校長室に戻ったハリーたちを待っていたのは、歴代校長の肖像画たちのどよめきと、アルバス·ダンブルドアの動揺しきった姿だった。本物のアルバス·ダンブルドアは、美術館の絵のようなマグルの世界にも居そうな紳士姿ではなく、魔法使いと聞いて誰もが思い浮かべるような白いローブを身に纏っていた。ハリーはあの絵のような時代がダンブルドアにあったなんて信じられないな、とぼんやりと思った。ヴォルデモート卿がトム·リドルだったように誰にでも過去というものは存在するのだが、13歳のハリーにとってはなかなか実感しづらいことだった。
ハリーにとっては目の前の大魔法使いこそがダンブルドアであって、あの絵画のようなスーツを着こなしたマグルらしい紳士ではなかった。
「……皆、よく無事で戻ってくれた。何があったのか説明してくれるかな」
ダンブルドアが杖を一振りすると、ハリーたちに染み付いた刺激臭は柑橘類の香りに変化した。異臭の原因である三名の遺体は、ダンブルドアが杖を一振りすると出現した三つの棺の中に収まった。校長室にある肖像画はホグワーツ内部に遺体が持ち込まれたことに立腹していた(特にフィニアス·ナイジェラスは今すぐハリーたち全員を退学にしろと叫んでいた)が、遺体が棺に入り、人としての尊厳を保たれたことで、ぶつぶつとハリーたちに毒づく程度に収まっていった。
ロンやハーマイオニーはハリーの方を見た。ダフネはうつむいたままでダンブルドアの方を向きもしない。ハリーは一歩前に進み出て、自分が白い部屋に拉致されてからの出来事をロンたちに話した内容通りに、つまり自分がインフェリを使役したことは隠して話した。
「美術館で絵画を眺めていた最中に、魔法で監禁されて襲われたんです。長くなりますが……」
罵詈雑言を並べていたフィニアス·ナイジェラスは、ハリーが魔法を受けかけたという説明を聞いた辺りから黙りこくっていた。
「……ハリー。奇襲を受けたとき、その魔女は髑髏の仮面をつけていたのだね。もう一度確認するが、それは確かかな」
「はい」
ハリーはダンブルドアの目を見て言った。ダンブルドアの蒼い瞳に、ハリーの翡翠色の瞳が映った。
「……その魔女は、具体的にどんな魔法を使っていたのかな。心当たりのある魔法は?」
「……それは……無言呪文のプロテゴ(防壁)を使っていました。あとはカタバ ロコモータ(死体操作)…これも無言でした」
ハリーはわざとインフェリが居たことを明かした。カタバ ロコモータがどんな魔法なのか、ロンたちには分からないだろうしあえて知らせる意味もない。だが、ダンブルドアならばこれで十分なはずだと考えたのだ。
「…………」
実際、ダンブルドアは無言でハリーに話の続きを促した。歴代校長の肖像画もハリーの話を遮らない。
(校長先生なら、闇の魔術に対処するために闇の魔術の知識くらいはあるってことか)
ハリーは少し肩の荷が降りた気がした。何だかんだで自分よりも上の存在がいるのはありがたいことなのだと実感する。ハリーは大きく息を吸い込んで言った。
「それから……奇襲を受けたとき、アバダケタブラと言っていました。わざわざ発言して撃ってきていたから、カース以上の危険な魔法だと思います」
フォークスの鳴き声だけが、静寂に満ちた校長室に響いた。ハリーは部屋の温度が一気に下がったような気がした。歴代校長の肖像画が絶句していた。
ハリーがことのあらましを話し終えたとき、ダンブルドアはすぐに美術館と魔法省に連絡を入れた。そのどちらにも歴代校長の肖像画はあったらしく、ディペット元校長や小太りの魔女の肖像画が校長室から消えるのをハリーたちは目を白黒しながら見守った。
外部への連絡を終えると、ダンブルドアはハリーたちに微笑み、グリフィンドールとスリザリンになんと百点ずつ加点した。
「このような事件に遭遇しながら君たちが生きて帰ってこれたことは奇跡だ。本当によく生き延びてくれた。君たちの帰還を祝して、グリフィンドールとスリザリンに百点を与えよう」
そのダンブルドアの言葉に、緊張していたザビニたちはほっと胸を撫で下ろした。肩に入っていた力が抜けていくのをハリーも感じた。
「校長先生がザビニに火消しライターを持たせてくれたからです。あれがなければ僕たちはみんな死んでいました」
ハリーはそこだけは心の底から感謝して言った。
「ハリーとハーマイオニーはマジでよくやったんすよ。ルーピン先生から教わった魔法とか使って、やべぇ炎も押し返したし」
「俺も頑張ったのにそれは無視?」
「あー、悪かったよロン」
ザビニがハリーの言葉を補足し、ロンが拗ねたように冗談を飛ばす。ザビニとロンはいつもの風景を頑張って演じていた。
しかし、ハリーたちの顔に喜びはなかった。白い部屋には一時間も居なかったはずだが、誰の顔にも疲労と、そして恐怖の残滓があった。ダンブルドアはそれを重く受け取ったのか、ハリーたちに丸二日の休息を命じた。
「今の君たちには休息が必要だ。台無しになった今日という日を終えても、まだ体は悲鳴をあげているだろう。君達の保護者にも連手紙を出す。月曜日と火曜日は休みを取りなさい。スネイプ教授とマクゴナガル教授には私から伝えておく」
「私は今すぐ寮のベッドで眠れたらそれで充分です!」
「お計らいには感謝します。でも、私は家には帰れません。妹が心配です」
「……それならば、本人の意思を尊重しよう。しかし、朝起きて体調に異常があればすぐにポンフリーを頼りなさい。絶対に無理をしてはならない」
ダンブルドアの言葉に、ハリーたちは深く頷いた。やっと寮に帰れるとハリーが思った矢先に、ダンブルドアはハリーを全てを見透かすような目で見ていた。
(……!)
ハリーは心をざわつかせながら、ダンブルドアを見返した。
「……さて、何か他に報告しておきたいことはあるかな。この場では言い辛いならば、一対一で話して貰っても構わないが」
ハリーはダンブルドアから目を離さず沈黙で返した。ダンブルドアはハリーたち全員に対して言ったはずの言葉だったが、ハリーはなぜか自分に対して言われたような気分になった。
(言いたいことなんて……)
ハリーは一つだけ、誰にも明かしていないことを思い浮かべた。動く死体。自由を奪われ、かつて確かに命があった人たち。それをもののように操った不快感は、今もハリーの胸の中にある。
(…………ない)
ダンブルドアの視線はハリーから離れ、後ろのザビニやロンたちに移った。やがてダンブルドアは深く深呼吸をすると、魔法省の闇祓いに今回の一件を報告すると告げ、こう言った。
「……もう行ってよろしい。ああ、ハリー」
「はい。どうかなさいましたか、校長先生?」
「魔法省に、君の確認した魔女について報告しなければならない。その魔女の姿を思い出せるかね?」
「できます」
「ならば、これから心を覗かせては貰えないだろうか。君の記憶が、事件を解決するきっかけになるかもしれない」
ハリーは一瞬躊躇した。記憶を見せれば、ハリーが死体操作をしたことが明らかになるかもしれない。
(……!でも……)
しかし、ハリーは深呼吸をして無言で頷いた。襲撃してきた魔女は、ハリーだけではなくその友達まで狙いかねない。とにかく、あんな犯罪者をのさばらせるのは気色が悪かったのだ。
***
ダンブルドアはその後、ホグワーツの抜け道からすぐにホグズミードへと直行した。美術館はすでに闇祓いが現着している。本来、ハリーという未成年の証言だけで闇祓いが動くことはあり得ない。それにも関わらず闇祓いが動いたのは、ハリーが現場から持ち帰った遺体のせいだった。
遺体は死後の腐敗が進行し、打撲の跡もある。しかしそれは、肉体から魂を失ってすぐに倒れてしまったために起きた後天的なもので、死因とは関係がない。ダンブルドアは一目見てその死因が何によるものであるのか判断できた。かつて散々目にした死因だったからだ。
その死因が闇の魔術によるものであるのは明白な以上、闇祓いが動くのは妥当だった。今回動員できた闇祓いは資格を取得したばかりの魔女トンクスと、暗黒時代を生き延びた精鋭の一人ドーリッシュだった。ダンブルドアは懐かしい顔と再会できたことを喜びながらハリーから読み取った記憶を頼りに現場に入り、闇祓いたちに協力した。あわよくば死喰い人を捕まえんとした探索は空振りに終わったものの、ハリーがどのようにして異空間に引きずり込まれたのかは明らかになった。
「美術館の柱には保護魔法がかけられてる。だから魔法で空間を作るなんて出来ないのに…………」
トンクスは紫色の髪の毛が真っ白になるほどに驚いていた。任官したての新米には荷が重い案件であることに相違なかった。
「……柱そのものを作っておき、そこに異空間を作るとはな」
ドーリッシュの声に驚きはなかったが、その表情は厳しい。職員の何人かがコンファンド(錯乱)によって認識阻害の影響を受けており、ドーリッシュは片手間に呪文を解除しながら、柱の内部に空間があることを突き止めた。しかし、内部への侵入はドーリッシュの腕をもってしても不可能だった。ハリーを拉致した何者かは入り口を閉じることで、ハリーを抹殺しようとしたのだ。アロホモラマキシマ(全開)も、扉がなければ効力を発揮しないのである。
そこでダンブルドアが、異空間への侵入路をこじ開けた。空間内部へ侵入する扉を新たに構築し、美術館に存在する柱から白い部屋への侵入路を作り上げ、三名で部屋の内部に突入する。部屋の現場検証が終わった後は、美術館をくまなく捜査し罠や魔法がかけられた箇所がないか探索し、その日の捜査を終えた。捜査を終えた頃には、トンクスは長めだった髪の毛が縮み額は汗まみれになっていた。美術館には罠になりそうな物品が多く、それらを一つ一つ解析して回るのは手間がかかるのだ。
最後に、ダンブルドアはハリーの記憶をドーリッシュに差し出した。
「……ダンブルドア。これは一体?」
「今回の賊と遭遇した少年の記憶だ。犯人の素顔もこの中にある」
「ちょっと待ってください。本人の了解を取っているんですか?その子は子供なんでしょう?保護者の了解は?」
トンクスは厳しくダンブルドアを問い質したが、ダンブルドアはさらりと言った。
「無論だとも。彼の保護者は、ハリーが犯罪者を捕まえることに貢献するならば協力を惜しまない」
そしてトンクスとドーリッシュは、少年が緑の閃光に襲われたことやインフェリに襲撃されたこと、少年が闇の魔術によってインフェリを従えたこと、魔女を返り討ちにしたこと、魔女を倒し、逃げられたこと、友人たちと再会してから悪霊の火に襲われ、闇の魔術によって闇の魔術を制したことを全て把握した。
「……私、この魔女知ってる!同期のシオニー·シトレだ!ケンタウロス室送りになったバカ!!」
「………………」
襲撃の実行犯は、つまらない失態からリストラ部署へと左遷された若手の魔法省職員だった。興奮するトンクスとは裏腹に、ドーリッシュは無言のまま記憶の中のハリー·ポッターの姿を眺めていた。
(………………感情的で、若すぎる。闇の魔法の素質がありすぎる。これは……闇の魔法使い予備軍として記憶しておいた方がいいな。局長に報告しなければ)
***
誰もいない校長室で一人、ダンブルドアは目をつむった。その日すべきことを終えたダンブルドアは、瞑目したまま動かない。
「……なるほどな。あの少年がまた闇の魔術を。袋小路だな」
フィニアス·ナイジェラスはダンブルドアに向けて呟いた。
「あの少年はまだ幼い心のまま身に余る力を得てしまった。全能には程遠いが、周囲に比べれば圧倒的だ。分かりやすく強力で、己の望みを叶えてくれる。虐げられた人間がそんな都合のいい力を得たとき、大抵はろくなことにならん。その矛先は今はデスイーターとか言う無法者に向くのだろうがな……大成はしないな、あれでは」
フィニアスはそう断言した。フィニアスは若者の弱点を見抜くのが上手い。というよりも、若者の美点を見いだすことがフィニアスには出来ない。子供が何よりも嫌いだと豪語する、歴代で最も人望のなかった校長だからだ。
「自分が校長ではないからと好き勝手なことを……!!」
「ハリーが自衛のために力を身に付けたいと言うならば、それを阻むことは出来んよ、フィニアス」
「本音では力すら与えたくはなかったのだろう?」
フィニアスはダンブルドアを皮肉った。
「幼少期から魔法と隔絶されたマグルの環境に置き、魔法に対して無知な赤子のままホグワーツへ迎え入れる。赤子のまま、目的を達成できるよう誘導するつもりだった」
フィニアスの言葉に、ダンブルドアは答えなかった。
「……君の懸念はこうだろう?あの少年が、第二のヴォルデモートとやらにならないかと恐れているのだ」
「ハリーはヴォルデモートにはならないよ、フィニアス」
ダンブルドアの言葉は、驚くほど穏やかだった。
「ハリーとトムは違う。あれは似て非なるものだ」
その言葉に、ディペット元校長の肖像画は力なく頷いた。校長室にいるダンブルドアの瞳は、何かを確信しているかのように強く輝いていた。
Wikiによるとトンクスは1994年に闇祓いに就任しています。なので今回特別出演させていただきました。
トンクスを含めた闇祓い候補生を育て上げたムーディ教官は(ドロホフが脱獄したので現場で働きたかったけど思いとは裏腹に体がボロボロだったので)めでたく退役し、年金生活に突入しました。マッドアイに幸あれ!
そして潰えるハリー闇祓いルート……