この二つが悪い意味で悪いところだけ顕在化したのはお辞儀とデスイーターとかいうテロリストが親世代で暴れまくったせいだと思うんだ……
校長室を辞し、グリフィンドールの談話室との分かれ目がやってきた。ハリーはロンとハーマイオニーに微かに笑いながら、談話室へと向かう二人に別れを告げた。
「二人とも、今日はありがとう。また明日ね」
「じゃな、ハリー、ザビニ。あーあ、明日休めると思ったのになぁ。ハーマイオニーは分かってないぜ」
「ロン。体調で悪いところがないのに休むのは良くないわ。それに明日はトレローニ先生のレポートの締切なのよ?提出しなかったら私落第になるわ!」
「落としたって構わないだろ?あれは科目として良くないってハーマイオニーも言ってたじゃないか……」
「ダメよロン。レポートの締切を守るのは人として当たり前のことよ……」
漫才を繰り広げながらグリフィンドールの談話室へと戻る二人を見送ると、ハリーたちもスリザリンの談話室へと向かう。道中ですれ違った上級生たちは珍しそうにハリーたちをちらちらと見てきた。トレイシーがザビニの腕にぴったりとくっつきながら歩いていたせいだった。ザビニが満更でもなさそうな態度だったことで、トレイシーはくっつき虫のようにザビニに貼り付いて歩いていた。
「……ねぇ、ハリー、ザビニ。貴方達はいつもあんな目に遭っていたの?」
ダフネはとぼとぼと力なく談話室までの道のりを歩いていたが、ポツリとそんな呟きを漏らした。あまりに小さすぎて聞き逃してしまうかもしれないほど弱々しく、か細い声だった。
「いつもって訳じゃないよ。やってくる厄介ごとのバリエーションが豊富だから」
「あー、まぁ俺はともかくハリーはそうだな……」
ハリーは肩を竦めて茶化したが、ダフネはますます不安そうな顔になっていた。
「……ねぇ、ハリー。あのね……」
ダフネは何事かをハリーに言おうか言うまいか悩んでいるように見えた。談話室の入り口にたどり着き、『高貴』という合言葉によって談話室へ入室すると、ダフネはまた口を閉じてしまう。
ザビニがそっとハリーの肩を叩いて目でハリーを促した。
(……僕がちゃんとフォローしろってことか。そりゃそうだよね)
休日が台無しにされたのはハリーだけではない。ロンもハーマイオニーもトレイシーもザビニも同様で、ダフネだってそうなのだ。
「……とりま、俺は部屋に戻っとくわ」「あっじゃあ私も先に言ってるから!」
ザビニとトレイシーは気を利かせたつもりでその場を去る。談話室のソファーには既にリカルド·マーセナスとイザベラ·セルウィンがいたが、ハリーは無理を言ってダフネの分の席を開けてもらった。
「一体どうしたんだ?まぁ、そこまで頼み込むなら開けてやるけどな。ホラよ。感謝して使うんだな」
「ありがとうございます、マーセナス」
ハリーはダフネを手で促して、ふかふかのソファへと座ってもらった。ダフネの顔色は相変わらず優れないが、ハリーはダフネに話しかけながら彼女を元気付けようとした。
「今日は散々だったね。……だけど、作品はいいものも多かった。はじめて見たけど、ユニコーンと貴婦人の絵とかは良くできてたと思うよ」
「そう……」
ハリーの言葉にも、ダフネは生返事だった。ダフネはぎゅっと掌を握りしめていた。
(あんなことがあったから気に病むのも無理もないか…いきなりだったもんな…)
ハリー自身、死体との遭遇は悪い意味で不快感が残り続けている。ハリーが理不尽に命を狙われるのは今に始まったことではないが、もうどうしようもない存在がいたという事実は嫌でも不愉快な想像を掻き立てられて気分をささくれ立たせるのだ。ハリーは何とかダフネに慰めの言葉を絞り出した。
「……今回は運が悪かったけど最悪でもなかった。狙われたのが僕でまだ良かったと思うよ。君やザビニでなくて本当に良かった」
上手く笑えている自身はなかったが、ハリーはなるべく頼もしく見えるように言った。ダフネは何度かハリーの瞳を見ては驚いたような顔をしていたが、やがて
「ありがとう、ハリー」
とだけ言って、ダフネは下を向いた。
「……ねぇ、ハリー。私、帰り道で考えていたのだけれど……」
ダフネはハリーと顔を合わせようとはしなかった。これまで、ルーピン先生についての相談を受けるときも妹についての愚痴のときも顔を合わせてくれていたのとは雲泥の差だった。
「うん。どんなことを?」
ハリーはダフネの態度に違和感を感じながらも話の続きを待った。ハリーたちを気遣ったのか、マーセナスやセルウィンたちが配慮したのか、共用のはずの談話室にはハリーとダフネしかいない。ダフネは言いづらそうにしながらも、己の考えを述べた。
「あのね。ハリー、貴方は純血主義に興味はないかなって思ったの」
「……何で?」
ダフネの言葉は悪い意味で予想外で、ハリーが想像もしていない内容だった。ダフネはハリーの驚きに対して、慌てて言葉を重ねてハリーを『説得』しようと試みてきた。
「唐突だったかしら?そうよね、そう思うわよね……でも私、今回貴方が襲われたのは純血主義者の不興を買ったのが原因なんじゃないかって思ったの……」
ダフネは心配そうにハリーを見て言った。
「パンジーみたいなことを言うね」
ハリーは皮肉のつもりで言った。ダフネに対して、多少の怒りを感じていた。
(君はロンとハーマイオニーに助けられたのに、その二人を貶めるんだね)
という皮肉を言わないだけ、ハリーの頭にはまだダフネへの配慮があった。ダフネと、ついでに言えばトレイシーは今回の一件では巻き込まれただけの被害者だったからだ。
「そうなのよ!私、昔はパンジーのことを恐ろしい子だと思っていたし、今も思っているわ。だけど、パンジーは間違ったことは言ってなかったのよ!スリザリン生が襲われるなんておかしいもの!ねえ、そうでしょう?」
ダフネはハリーの言葉を皮肉とは捉えなかったらしく、ハリーの言葉を肯定した。ハリーはダフネがおかしくなったように見えた。
(何を言ってるんだ……?いや……これがダフネの本音なのか……?)
ハリーがダフネの本音がどこにあるのか頭を働かせているうちに、ダフネは言葉を紡いだ。
「私、髑髏の仮面をつけた人間には逆らってはいけないってお父様から教わったの。純血主義者の……闇の帝王の忠実な配下がそれをつけていたって耳が痛くなるほどに仰っていたわ」
(……ヴォルデモートの……?)
ダフネは明らかに怯えていた。今回の襲撃者が、英国史上最悪の闇の魔法使いに連なるものの手であるかもしれないとダフネは察したのだ。ハリーは驚いたが、同時にこうも思った。
「でも、あの魔女は弱すぎる。とてもそうには思えないよ」
「だけど貴方は焼き殺されかけたわ!ウィーズリーやグレンジャーと居たことで不興を買ったのよ!」
ダフネはハリーの反論に不快感を顕にして言った。本気でハリーのことを心配しているからこその怒りであろうことは、これまでのダフネを見てきたハリーにも理解できた。
「……そうだね。でも、ダフネ。僕が襲われたのはロンやハーマイオニーが原因じゃあないと思う。僕の勘に過ぎないけど」
「どうしてそう言いきれるのよ!」
「ハーマイオニーがマグル生まれだと襲撃者はどうやって判断したんだい?確かにハーマイオニーはマグル風の格好だったけど、今時魔女でもマグル生まれの格好をする人間は珍しくない」
「……それは……そうね……」
「赤毛でそばかすがウィーズリーなのは魔法界の常識なのかな。でもそれなら、ロンを先に狙うはずだよ。ロンと親しい友人を狙う意味がない」
ハリーは更に畳み掛けて言った。ダフネは強気に反論した。
「……貴方がウィーズリーの友達で、穢れ……いえ、マグル生まれだと思われたのかもしれないわ!だから貴方が狙われて……」
「だとしてもロンを狙わないのはおかしいし、ロンと一緒にいたハーマイオニーを真っ先に狙うべきだと思わない?」
ダフネはハリーから見て、恐怖のあまり冷静な思考能力を欠いているように見えた。それでも知性は残っている。ハリーが常識的な根拠を示すと、ダフネは唸りながらハリーの言葉に頷いた。
「……そう……ね……それはそう。でも……」
(今しかないかな)
ハリーはダフネが迷っているうちに畳み掛けることにした。しっかりとダフネと視線を合わせて、にっこりと作り笑いを浮かべて言う。
「ダフネやパンジーは優しいから、僕を心配してそういうことを言ってくれたんだと思う。だけど、純血主義であるかどうかはたぶん関係がないと思うよ。今回狙われたのは僕で、僕の考えなんて連中には関係ないんだと思うんだ」
「どうしてそう言えるの?」
「魔女がとっとと死ねって僕に言ってきたからさ。まともな人間は相手と対話もせずに殺そうとはしないだろう?」
「……」
ダフネは何も言葉を返せない。しかし、その表情は恐怖で青ざめている。ハリーは、ダフネがアストリアを溺愛していることを思い出し、純血主義者を過剰に否定することは避けた。
「僕は今日、純血主義者と戦った訳じゃない。ただの人殺しに命を狙われて、ザビニやロンやハーマイオニーや君やトレイシーに助けられた。それが今日あった出来事の全てだよ、ダフネ」
「……わ、私は何もしてないし、出来てない……」
「でも来てくれた。来てくれて僕は嬉しかったし、心強かったよ。本当にありがとう」
「……ええ……」
ダフネはまだ納得は出来ていないようだった。それでもハリーを『説得』するのは不可能だと思ったのか、ハリーに純血主義を勧めることはしなかった。
「……心配をかけて、ごめん」
ハリーはダフネに謝った。己への戒めでもあった。
「でも、僕は強くなるよ。一人でも、生きて帰れるように。……だからさ。そんな顔をしないでよ。また明日、笑って会おうよ、ダフネ」
ハリーがそう言ったことに、ダフネは驚いていたようだった。ハリー自身、これは気持ちを整理するために必要なことだと思った。ダフネがロンやハーマイオニーを貶めたことに怒りもあったが、ダフネが恐怖でおかしくなっていることは明らかだったからだ。そしてダフネがそうなった原因は、ハリー自身の弱さにあるとハリーは思った。
(……強く。もっと強くならなきゃいけない。どんな手段を使っても……!僕のためにも、友達のためにも)
ハリーとダフネは、さよならを言って別れた。ダフネの足取りは、談話室まで歩いた時よりは軽くなっていた。ハリーの足取りは、何かを決意した人特有の重さがあった。
***
次の日の月曜日は、ハリーにとってあまりいい一日とは言えなかった。ハリーはその日、鼻の奥が詰まったような感覚に襲われ、料理の味もまともにわからなかった。死体の刺激臭が脳に衝撃を与えた影響が一日経って出てきたのだ。
ザビニやロンたちもハリーと同じ症状に苦しんでいた。その日の授業はつつがなく進行したものの、料理の味がわからないことで関係者の気分は最低に落ち込んでいた。唯一の救いは、スリザリンとグリフィンドールが一気に百点も加点したことで寮の雰囲気が明るくなったことだった。
さらにハリーに負荷をかけたのは、授業の終わりにセオドール·ノットに詰められたことだった。ノットは悪く言えば寡黙、良く言えば孤高なスリザリン生で、非常に頭がいいものの今までハリーと会話したこともなかった。せいぜいが挨拶を交わす程度だ。それはノットが純血主義で、純血主義に喧嘩を売りまくったハリーのことを快く思っていないことにハリーも気付いていたからだ。
そんなノットは、はじめて怒りを滲ませた目でハリーを見てきた。放課後の空き教室内で、ハリーとノットは剣呑な雰囲気で向かい合わざるをえなかった。
「どうしてグリーングラスが怯えているんだ、ポッター。一体どういうことなのか説明しろ」
「言えない。それを君に言う意味がない」
ハリーは言葉を濁した。純血主義者のノットに、純血主義の恥さらしたちのせいで襲われたと言うのは気が引けた。ノットの父親は過去にデスイーターだったと、ハリーはファルカスから教わっていた。
デスイーターらしき人間に襲われたと言えば、ノットはその事を気にするだろう、とハリーは思い言ったが、当然ノットは怒りを募らせる。
「お前がついていながら、どうしてあの子が怯えているんだと聞いている。説明しろ、ポッター!」
「……ダフネを怯えさせたのは全面的に僕が悪い。それはすまなかったと思ってるよ、ノット」
(……幼馴染みだったのなら自分で護るって言えよ……!何でもかんでも僕のせいにするなよ!)
ハリーはノットに対してそう言いたい気持ちもあったが、ノットがどれだけ本気でダフネのことを心配していたのかを想像してその言葉を抑えた。今まで自分というものを出してこなかったノットがそれを表面に出すほど、ノットはダフネのことを大切に思っている。ダフネの側がどう思っているのかは知らないが。
(……多分幼馴染ってやつなんだろうな。昔からの付き合いもあっただろうし)
「でも、僕が近くにいて僕が護れる時は全力で護るって約束する。それだけは誓うよ」
ノットは固く拳を握りしめていた。ハリーはノットから殴られるかもしれないと思い、目を閉じた。暫くしてからハリーが目を開けたとき、ノットは空き教室から去っていた。
ハリーは空き教室を後にすると、決闘クラブにいたロンとザビニに頼み込んだ。
「二人とも、頼みがあるんだ。昨日の今日で悪いんだけど……」
「一体どうしたんだ、ハリー?」
「いつになく真剣な顔だけど……」
ハリーは二人に頭を下げて、危険な考えについて明かした。
「僕と一緒に、禁じられた森に来て欲しいんだ」
ハリーの考えは突飛なものだった。二人の目が驚愕と、そして恐怖に見開かれた。
「禁じられた森に、古代魔法の手掛かりがある。……二人と一緒なら、あの試練を超えられるかもしれない。……お願いだよ。僕は、どうしても強くなりたいんだ」
禁じられた森にある、古代魔法の祀られた聖域に入り、古代魔法を手にする。それが、ハリーの考えだった。
アンドロメダ·トンクス「私がスリザリンの七年間で学んだことはたった一つ。スリザリンはクソということです」