少なくともジニーに対しては読者の見えないところでパーフェクトコミュニケーション取ってたと思ってる。
「ダフネ。君と話がしたいんだけど、時間が空いている日はあるかな」
火曜日の魔法薬学の授業でハリーは
「水曜日に黒ミサがあるわ。話があるならそこで聞くけれど……」
「いや、他の人がいるところじゃなくて、君と二人だけで話したい」
ハリーは火曜日の晩にダフネにそう話を持ちかけた。ダフネは暫く迷ったような素振りを見せたものの、黒ミサに参加する前にハリーと話すと言った。
「……黒ミサの前なら構わないわ……」
(……無理を言うのは良くないな……っていうか、黒ミサに参加するのもどうなんだって思うけど……)
ハリーはダフネを見て、彼女の体調が戻りきっていないことを確認した。黒髪にはあまり艶がなく、黒い瞳には輝きがない。
(……ダフネの体調と予定を尊重すべきだ)
ハリーは内心でそう結論付けた。本当なら黒ミサだって参加すべきではないと言いたかったが、それは堪えた。ハリーとダフネの話の流れ次第では、黒ミサに出席できなくなる。それはハリーにとって良いことであったとしても、ダフネにとってはそうではないからだ。たとえその黒ミサが趣味の悪い催しであったとしても。
「ありがとう。でも、君の用事を邪魔する気はないんだ。木曜日は?」
「その日には予定はないわ」
「じゃあ木曜日の放課後に僕についてきて。その日はマクゴナガル教授の講義だったはずだ」
「いいわ。……ねぇ、ハリー」
ダフネはそこで、ハリーに何かを伝えようとしたが「ポッター!!」という声に遮られた。
薬学のスネイプ教授は、闇の魔法使いの出現が報じられたことで一段と機嫌を悪くしていた。
「どうやら授業など聞かずともいいと考えているらしい。それならば、今私が説明していた薬品の調合方法を黒板に記述してみたまえ」
ハリーが授業中に私語に興じて授業に専念していなかったとしてスリザリンから五点減点し、『酔い止め薬』の煎じ方を黒板に書かせた。ハリーは夏季休暇の時に勉強していたノートを度々見返していたので運良く答えることが出来たものの、スネイプ教授はハリーの解答が遅いとさらに一点を減点した。ハリーはこの減点を取り返すために、タイムターナーを用いて受講していたルーン文字と薬草学の授業で積極的に発言しなければならなかった。
***
「これはどういうことだい、ファルカス?」
授業を終えた後、図書館で予習とレポートを済ませてから決闘クラブで軽く汗を流したハリーは、寮の部屋でぐるぐる巻きになって吊るされているザビニを目にした。ファルカスの十八番であるインカーセラスによってザビニはまるで芋虫のように身動きが取れなくなっていた。整った顔があったとしてもお世辞にも格好いいとは言えない姿だ。
「それはですねえ、ザビニがキスをしていたからですよ」
「トレイシー·デイビスとね」
「良かったじゃないか!どうだったの、ザビニ?」
ハリーは親友の進展を喜んだが、ザビニ哀れにも口をきくことができなかった。ファルカスのインカーセラスは中々に強力だったらしい。
「実はですねえ……ザビニはスーザン·ボンズとヘスティア·カローともキスしてたんですよ」
「えっ……!?いや、えっ……!?…カローはあのカロー姉妹だったよね。でもボンズって誰だっけ」
ヘスティア·カローはスリザリン内では有名な双子の姉妹だ。ハリーたちのひとつ上の先輩で、マクギリス·カロー先輩の従妹でもある。他の寮の生徒たちと揉めたというような悪い噂はハリーは聞いたことはなかった。
一方、スーザン·ボンズという生徒についてはまるで心当たりがなかった。
「誤解だっ!ヘスティアは向こうからキスしてきたんだよっ!俺のせいじゃねえっ!断じて俺のせいじゃねえぞっ!」
「スーザンの時は満更でもなさそうだったのを知ってるぞアホめ!口説いてたのも見てたんだからな!しかもまだ関係を切れてないんだろう!」
ファルカスがいつになくノリノリでザビニを弾劾すると、ザビニはぐうの音も出ないという風に項垂れた。
「スーザン·ボンズはハッフルパフの女子ですよ。ほら、ハナ·アボットって居るでしょう。あの子のとなりに居る巻き毛の女の子です」
「そう言えばそんな子も居たっけ……」
ハリーは秘密の部屋事件以後、アーニーとは和解したもののハッフルパフの生徒とは疎遠になっていた。ザビニが一体どんな経緯で知り合ったのか気になりもしたが、それよりも気になることがあった。
(でもザビニ、トレイシーは!?トレイシーのことはどうすんの!?……いや、これってトレイシーが居るのに浮気したってよりは二股してたのにトレイシーに手を出したってこと?!)
ハリーはあまりのことに笑えばいいか、それとも呆れればいいか分からなかった。ハリーはザビニが女子から人気があることは知っていたが、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
「カローとの関係は僕が、ボンズとの関係はファルカスが知ってました。僕はカローがザビニの本命だと思って応援してたんですよ」
「……と、とにかく。ファルカス、ザビニを解放してあげなよ。倫理的に三人と付き合うのは良くないけど、……まぁそれはザビニが何とかしないといけないことなんだ。ザビニ、手を貸そうか?」
「……仕方ないなあ。でも、ザビニは刺される前に本命を決めたほうがいいと思うよ、僕は。フィニート(終われ)」
ファルカスが束縛を解除すると、ザビニをくるんでいた布はザビニを地面へと着地させ、そのままほどけた。ザビニはすぐさまファルカスに噛みついた。
「うっせーよ!俺の本命はトレイシーだけだって言ったろ!他二人はマジで勝手についてきただけだって言ったろーが!」
「……なんか情けないこととカッコいいことを言っててそれはそれで腹立つんだよ、女の子の純情を弄びやがって!」
「だから誤解だって言ってんだろーが!俺の話を聞けよバトルギーク!!」
「糞ジョックに思い知らせてやる!」
ザビニとファルカスが呪文の撃ち合いをはじめるので、ハリーとアズラエルはプロテゴを張りながら眠る準備をしなければならなかった。決闘クラブでの鍛練のお陰で、今ではハリーたち全員がプロテゴを使いこなすことが出来る。ハリーはザビニのスコージュファイ(清潔)によって生じた泡をプロテゴで包み、エバネスコ(消失)で消しながらベッドの用意をした。そんなハリーの姿を見ながら、アズラエルはポツリと呟いた。
「ハリーはああならないように気をつけて下さいね。ザビニは本人の言葉を信じるなら半分被害者みたいですが」
「僕のことを恋愛的に好きな人なんていないよ。クィディッチチームも追い出されたしね」
そう答えたハリーに対して、アズラエルはやれやれと肩をすくめた。
「そう思ってると痛い目に遭いますよ、君もね」
そのアズラエルの言葉をハリーは本気にしなかった。友人たちが思っているよりも、ハリーの自己評価は低かった。
***
木曜日、変身呪文の授業でハリーはマクゴナガル教授から土くれを仔犬に変える方法を教えて貰った。この呪文はとても高度で、今までハリーは何度も挑戦して成功したことはなかったものの、ハーマイオニーやドラコはいち早く習得し、寮に十点ずつ加算されていた。ハリーはこの日、マクゴナガル教授の指導もありようやく瓦礫をゴールデンレトリバーに変えることに成功した。ハリー以外に、ファルカスも元気なブルドッグを造り出すことが出来ていた。
「お見事です、サダルファス、ポッター。スリザリンに五点差し上げましょう。……時間ですね。それでは無機物から疑似生命の変身についてレポートを課します。己の変身呪文における課題とその改善策について羊皮紙7cmで纏めること!!」
マクゴナガル教授のレポートに愚痴を言う生徒たちの群れのなかで、ハリーはそっとダフネの手を取った。ひんやりとしたダフネの掌を感じながら、ハリーとダフネは『必要の部屋』にたどり着いた。
***
必要の部屋は、ダフネの想像を反映したのか少しだけ可愛らしくなっていた。ハリーはダフネが兎の柄をしたクッションが敷かれた椅子に腰掛けるのを待って、熊の縫いぐるみがある棚に見守られながら、蛇のクッションが敷かれた椅子に腰掛けた。ハリーとダフネの間にはゆったりとした広さのテーブルがあり、テーブルには最上級の紅茶とスコーンがあった。
ハリーはダーズリー家で教わった手順通りに紅茶を淹れてダフネへとそっと差し出した。ダフネは何も言わず、紅茶に口をつけない。
「ダフネ。最近の調子はどうかな」
ハリーはすぐに本題に入ることはしなかった。ハリーはダフネの様子を見ながら、ダフネの体調を改めて観察した。ダフネの顔色はあまり優れない。
「とっても元気よ。黒ミサではね、純血主義について色々なことを教えてくれるの……」
(……無理をしてるな……精神的に……)
ハリーはそう感じた。純血主義についての蘊蓄を垂れるダフネの顔に笑顔はない。少なくとも、絵や妹にについて語っていたときの屈託のない笑顔ではないとハリーは思った。
(僕がダフネに言うことはダフネのためになるのか……?)
ハリーはダフネの姿を見るまでは、そう悩みもした。アズラエルに言わせれば、スリザリンにおいて純血の家の子供が純血主義を掲げるのは当たり前のことだ。それに対してとやかく言うのはご法度ですらある。
だが、ダフネが放った言葉はハリーの心をざらつかせ、ささくれ立たせた。中でもハリーの心にヒビを入れたのは、ダフネが言ったこの言葉だった。
「ねえ、ハリー。何度も言うようだけれど、純血主義もそう悪いものではないのよ。黒ミサでも習ったのだけれど、世の中には存在しないほうがいい生命っていうものも確かにあるの。ヴィーラ、巨人、吸血鬼、ディメンター、あとワーウル……」
ダフネの顔には、狂気の色があった。
(駄目だ)
「ダフネ」
ハリーは思わずダフネを遮った。それは、言わせてはいけない言葉だと思ったからだ。
「……何かしら?」
ダフネはハリーが話を遮ったことに驚いた。ダフネは恐らくはハリーに気を遣っていたのだとハリーは思った。マグル生まれについては、ダフネは話さなかったからだ。
純血主義の考え方は、実は一般的な魔法使いが持っている偏見をさらに過激に先鋭化させたものだ。だから異種族に対する偏見から入り、魔法族の優越性を誇り、そこから支持者を増やしていく。そういったノウハウが構築されているのだ。
実際のところ、公に推奨されないが魔法界にも偏見はある。そしてスリザリンはそれを差別心へと増長してもよいとする土壌がある。ハリーがダーズリー家の体験から生まれた恐怖心を、マグル全体への敵対心や差別へと変化させかけたように。
ハリーは自分も差別したことがあることを自覚していた。しかし、そうだとしても今のダフネを見てはいられなかった。なぜならば、ダフネが狼人間も差別の対象としはじめたからだ。
(ルーピン先生はダフネの好きな人だ。それを差別したなんて、ダフネが知ったら……)
黙っていれば暗黙の了承で発覚しないかもしれない。しかし、ダフネもそこまで愚かではない。DADAの授業が進むか、そうでなくてもこの年のどこかで気付いてもおかしくはない。
その時、ダフネは必ず後悔する。自分が好きな人を差別したという事実を。少なくともハリーはそう思っていた。ハリーは自分で思っているよりは純粋な少年だった。ダフネの善意を信じていた。それはある意味少年らしい潔癖さであり、押し付けでもあった。
「僕には、君が心の底からそう思っているようには見えない」
「どうしてそう言えるの?私、すっごく楽しんでいるわ」
ダフネは高慢そうに言った。その姿は、パンジーにもよく似ている。
「だって私は純血だもの」
「……」
(それは違うはずだ。そう思ってないだろう。本当にそう考えていたら、美術館にだって行かない。)
ハリーはダフネがここまで変わりかけたことに驚いていた。何せほんの少し前までは、ハーマイオニーと話をするほどに普通の女の子だったのだから。
「……もしも君が、本当にそう思ってるのなら、僕が君に言えることはないのかもしれない」
ハリーは深く息を吸い込んで言った。
(……何とか……何とかルーピン先生のことに触れずに言えないか……)
ハリーは悩んでいたが、結局、ハリーは本心をぶつけることにした。ダフネに嫌われたとしても、何とかして彼女の暴走を止めたかった。
「でも、ダフネを今まで見てきて思ったよ。君は、それを楽しんではいないし信じてもいない」
ハリーの言葉は図星だったようで、ダフネは苛苛とハリーに言った。段々とダフネの口調は荒くなっていた。
「……余計なお世話だわ。純血の私が血を誇ることのなにがいけないの。純血主義は、私たちを支えるための理念なのよ。信じたくなくても信じなくちゃいけない。人はね、やりたくないことだってやらないといけないのよ!」
それは渾身の叫びだった。ダフネの体からは、今までにないほどの魔力と憎悪が溢れていた。
「あんなことをしてくるやつにどうしろって言うの!あんな目に遭って、何で貴方たちはまともで居られるのよ!」
「まともではいられなかったよ」
ハリーは自分自身の悩みをダフネに打ち明けた。ダフネは吐き捨てるようにハリーに言った。
「どういう意味よ」
「そのままの意味だよ。僕は死にたくなかったし、殺そうとしてくる奴らには報いを与えてやりたいと思った。そのためには力が必要で、良くない魔法にも手を出した。君も見たろ?」
ハリーは暗に自分の使った魔法の正体を明かした。ダフネの顔に怒り以外の困惑が宿った。
「……だけど、そんなものに手を出したばかりに僕はパトロナスも出せなくなった。安易にマグルを嫌って差別して、狭い心のままで暴れて。だけどそれじゃ駄目みたいなんだ。それじゃ足りなかった。広い魔法の可能性がちょっとずつ狭くなっていくみたいだった」
「……貴方も……いえ、貴方は……どうして私にそんなことを……?」
ダフネはなにかを考えるように、じっとハリーの目を見ていた。ハリーの翡翠色の瞳と、ダフネの黒い瞳とで目があった。
(思ったよりダフネの睫毛って長いな……)
ハリーはふとそんなことを考えた。それからハリーははっきりと言った。悩むこともなく気負うこともなく、本音だからこそ言うことができた。
「君が好きだからだ」
「はっ?」
「……無理をして純血主義にのめり込んだのも間違いなく君なんだろう。君が悩んでそうしてることも分かってる。……だけど僕は、一緒に美術館を見たり好きなポーションを探していたときの君のほうがずっと好きだ」
「……いや」
ダフネの目が泳いでいた。ハリーはここまで言ったのだからと、もう最後まで言うことにした。
「……差別ってさ。やりたくなる気持ちも分かるし、世の中にはそうされても仕方ない奴だって居るって知ってるけど。それでも君にはやってほしくないって思うんだ。君がそうしていると、僕も胸が痛むんだ」
ダフネの様子がおかしい。ハリーと目を合わせない。
(気持ち悪くなったんだな……そりゃ、そうだよね)
ハリーは悟った。そもそもダフネが好きな人はルーピン先生だ。他に好きな人がいるというのに好きだと言われても迷惑極まりないだろう。それも単なる友人にだ。
「ダフネ……」
「ま、待って!私……今すごく混乱してるの……あの、少し考えさせて……」
「分かったよ」
ハリーははっとした。やはり言うべきではなかったのだと。そしてハリーは自分の愚かさを悔やんだ。純血主義という思想は、ダフネにとっても捨てられないものだ。ダフネに対してハリーがあれこれと口を出すべきではなかったのだ。
(君が好きだからなんて言うべきじゃなかったんだ)
それから暫くの間二人は沈黙していた。ダフネは時々紅茶を口にしたが、ハリーは手をつけなかった。
「……ハリー」
「私に、時間をくれるかしら」
ダフネはハリーの目を見なかった。
(僕が純血主義を悪く言ったと思ったんだ!)
ハリーは自分の気持ちが誤解されたことを知った。しかし、今の会話だけで誤解を解くことは恐らく無理だろうとも知っていた。
その日以降、ダフネは純血主義の黒ミサに参加することはなかった。そしてハリーとすれ違うと、時折慌てて忘れ物を取りに行ったり、目も合わせなくなった。
「ダフネに嫌われちゃったね」
そう言ったハリーの後ろでは、アズラエルとファルカスとザビニがハリーのことをとてつもない形相で睨んでいた。
とりあえず一人の魔女が闇に落ちることはなくなった…なくなったけど?
……まぁいいか。