蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ダフネやアズラエル(一年時)みたいな奴は学生時代のシリウスが見たら反吐が出るほどに嫌いになっていたと思う。
ハリーは学友のそういう部分はシリウスには言っていません。
あと今回は原作ブレイクがあります。


世界は恋に落ちている

 

 金曜日のダフネ·グリーングラスの様子はスリザリン生の誰から見ても異常だった。その異常さに気がつかないのはダフネと親しくないロンのような他所の寮の生徒か、あるいはハリー·ポッターのように気まずさからダフネを避けている生徒だけだった。

 

 ダフネという女子は、長い黒髪と黒い瞳を持つ平均的な身長のスリザリン生だ。彼女はここ最近まで己をひけらかしたことはなかった。パンジー·パーキンソンのグループに属する少女というだけの彼女が変わっていったのは、ハリー·ポッターと親しくなってからだった。

 

 ハリーがハーマイオニー·グレンジャーやロナルドウィーズリーと親しいことは誰の目にも明らかだった。スリザリン内部で明らかに浮いた存在であるハリーにはそれを差し引いてもスリザリン内部で無視できない影響力があった。父親から受け継いだ莫大な資産と、例のあの人を打倒したという眉唾物の名声。純血を至高とするスリザリンにおいて、かつて道を誤ったとはいえ確実に純血と言えるシリウス·ブラックの後見。そしてそんな箔がどうでもよくなるほどの学校での実績。

 

 サラザール·スリザリンが操ったという伝説の蛇語を使いこなし、魔法の腕では上級生にも引けを取らない。学校に起きた事件を何件も解決し、スリザリンに優勝をもたらした功績。加えてスリザリン生にもかかわらずグリフィンドールのウィーズリーとも友好的に接することから、(スリザリン生にしてはという枕詞がつくにせよ)学校内でも受け入れられている。

 

 ハリーは本人が気付いていないだけで、スリザリン生たちにとって嫉妬と羨望の的でもあった。ハリーがディメンターの影響を受けて墜落し、スリザリン·クィディッチチームから追い出されたとき、同年代のスリザリン生はホッとしたのである。

 

『ああ、ポッターも人間だったのだ』

 

『良かった。マジで良かった失敗してくれて。あいつと比べられたらたまんねえよ』

 

 と。

 

 客観的にハリーたちの世代を評価したとき、同年代でハリーに対抗できていたのは二年生でシーカーに選ばれたドラコ·マルフォイと、学年一位の才媛として名高いグリフィンドールのハーマイオニー·グレンジャーだけというのが、現在の三年生に対する評価だった。

 

 ハリーにも弱点はある。本人の素行による経歴と、母親がマグル生まれであること。しかし思春期の少年少女たちにとっては親よりも実績である。ハリーは自覚していないだけで、既に実績によって名声を勝ち取っていたのだ。嫉妬が畏怖に変わる前に失敗したことで、人間として嫉妬されるだけで済んでいたと言ってもいい。

 

 そして、ダフネ·グリーングラスにとってのハリーは。

 

 自分に親身になってくれる同級生の友人だった。ついこの間までは。

 

 父親から交際の許可が降りていたとはいえ、ダフネにも選ぶ権利はある。ダフネは自分を理解しないような人間と付き合うつもりなど毛頭なかった。父への義理立てとして形だけの付き合いにするつもりだった。

 

 しかしハリーは、ダフネのことを嫌がらなかった。同級生以上の付き合いはなかったのにダフネをレディとして扱い、デートのときはエスコートし、ダフネの趣味に付き合って(たまに嫌そうな顔はしたが)コーデされてくれた。パンジーやトレイシー以外でそれをしてくれる友人が出来るとは思っていなかったダフネは喜んだ。

 

 そして、ダフネに初恋の相手が出来たときもハリーは真摯にダフネの相談に乗った。純血主義を教えられて育ったダフネは、時々ふと頭の片隅に思うこともあった。

 

 

(どうしてハリーはここまでしてくれるのかしら)

 

 視線の先のハリーは普段通りに勉学に励んでいた。羽根ペンを動かす速度も、机に向かう姿勢も普段と変わらない。

 

(……それはきっと、ハリーが半純血だからだわ)

 

 ダフネはハリーを見ながら、そう自答した。

 

 ダフネの中の純血主義者としての思考は、ハリーは半純血だから自分に尽くすのは当然であると叫んでいた。純血であるダフネの血に敬意を払っているのだと。ダフネは純血主義を本気で信仰していたわけではなかったが、それでも両親から習った教義は知識として頭の片隅にあり、冷静になれと己に戒めの言葉を投げかけていた。

 

 しかしダフネの中の悪魔は、時々ダフネに甘く囁いていた。それは純血主義的な思考とは無関係の、年頃の少女としての考えで、ダフネ·グリーングラスにとっては余分なものだ。

 

 余分なものの筈だった。

 

(ハリーは純血主義者じゃないわ。でなければウィーズリーやグレンジャーとは付き合わない。だから私のことを好きになることはない…)

 

 そう思っていたのに、ハリーはダフネのことを好きだという。半純血の癖に。そう反吐を吐き捨てるべきなのに、ダフネの中の悪魔はこう叫ぶ。

 

(嬉しい)

 

 と。

 

 自分のことを好きになってくれたのだ、と。

 

 純血主義者にとっては邪な考えが己の中に沸き上がる度に、ダフネはその考えを殺してきた。それは当たり前のことで、当たり前であるべきことのはずだ。

 

 その均衡が崩れたのは、数日前の日曜日だった。日曜日にハリーが炎からダフネ(と友人たち)を救ったとき、ダフネは壊れた。迫り来る炎と立ち込める異様な臭気、そして自らの死を確信するほどの恐怖の中にあって、絶対に諦めず状況を打破して見えたハリーの姿は眩しく見えた。

 

 ダフネの中の乙女心は、ハリーが『ダフネを』を救ってくれたという都合のいい考えを主張した。純血主義的な冷静な思考がそれは偶然に過ぎないと主張し、ようやく余計な妄想を打破したとき、ダフネの心の中に残ったのは自分の命と、そしてハリーの命を守りたいという思いだった。

 

(ハリーが純血主義者になってくれれば、ハリーがあんな目に遭うことはなくなる。そうなれば、私がハリーを守ることもできる)

 

 己の内を狂気で満たし、マグル生まれのハーマイオニー·グレンジャーや血の裏切り者のはずのロナルド·ウィーズリーに命を救われたという事実も、己が当たり前に持っている人としての良心も無視して、ダフネは純血主義にのめり込もうとした。

 

 

 しかし今、ダフネの中に純血主義的な思考は消え去ろうとしている。それは恐ろしいことだった。

 

 ……体は驚くほど軽い。

 

 ……世界が色づいて見える。

 

 ハリーのことを考えると胸が締め付けられる。

 

 焼けつくような経験に、ダフネの脳は焦がされていた。

 

 

 ダフネ·グリーングラスはハリーと一切目を合わせようとはしなかった。というよりも、出来なかった。あたふたと理由をつけてはハリーから遠ざかった。そのくせ、授業中は必ずハリーの見える席につき、ハリーのことを目で追っていた。そして、ダフネ本人にその自覚はなかった。教授の声すら意に介さず、ダフネは頬杖をついて思索にふける。ノートに記入した文字は頭に入っていない。

 

(この先お父様の機嫌が変わったりすればハリーと交流することだって難しくなるかもしれない。でも今はお父様からの了承もある。チャンスは今。今ならハリーとの交際は悪いことじゃない)

 

 ダフネの中の乙女心、もとい思春期特有の思考回路は好機だとダフネに囁く。しかし頭の中の冷静な自分が待ったをかけようとする。授業の終了を告げる鐘が鳴り響いた。しかしハリーはファルカスやザビニらに詰め寄られ、席を動けないでいた。ダフネはそのままハリーの観察と思索に没頭する。

 

(でもハリーは一年生のときにグレンジャーを、二年生のときに……ええと誰だったかしら)

 

(そうよ、ラブクラフトを助けていた。ハリーは誰にでも優しいし、私が特別だなんてことがあるのかしら?もしかしてハリーは、目についた女子全員を私のように口説いているのでは?)

 

 

 

 ダフネの視線の先では、ファルカス·サダルファスを雑にレヴィオーソ(浮遊)で引き剥がすハリーの姿があった。ファルカスは大袈裟な声をあげて空中浮遊を楽しんでいた。

 

「そろそろ何があったのか話してくれよ、ハリー。友達だろう?」

 

「ファルカス。君が僕にのし掛かってこなければね。レヴィオーソ(浮いて)」

 

「おーおーハリーが悪い奴に育っちまって俺は悲しいぜ」

 

(………あれは友達相手だからノーカン。考えないことにしましょう。ハリーは私には優しかったけれど、私だけ特別に優しいという訳ではないわ。気を確かに持つのよ)

 

 

 ハリーが動き出すのを待ってからダフネはトレイシーたちと共に変身術の授業に向かう。トレイシーの話に生返事をして、パンジーの噂話……ハーマイオニー·グレンジャーが占いに傾倒していたとかいう世間話を聞き流しながら、ダフネの時間は流れていく。友人たちはダフネの様子がおかしいことを察しつつも、友人としてそこには触れないであげていた。

 

 変身術の教室に入り、トレイシーと共にハリー見える位置に座る。ダフネの前の席にはドラコ·マルフォイと取り巻きのクラブがいて、にやにやとした笑みをダフネに向けていた。

 

 変身呪文の授業中にも、ダフネの頭の中では叫び声がする。胸を焦がす衝動に従ってしまえと悪魔が囁く。悪魔が反芻するのはハリーのあの言葉だ。

 

『君が好きだ』

 

 ダフネはグリーングラス家の長女だ。グリーングラス家には少々厄介な事情があるとはいえ、美辞麗句を並び立てる男子には慣れている。黒ミサに足を運んだときも、ダフネを純血として遇する人間はいた。お世辞には慣れているつもりだった。しかし。

 

『君が好きだ』

 

 その言葉が頭から離れない。

 

 

 ダフネの中で、ハリーは直情的で物知らずなところのある男子だった。しかしだからこそ、ハリーがお世辞でこれを言ったとは思えない。

 

 否。

 

(ハリーは嘘なんかつかない……!!)

 

 ハリーの言葉を嘘だと思いたくはない。ダフネの視線の先のハリーは、今日も真面目にブレッドボードの内容を書き写していた。

 

 あのときのハリーの言葉が嘘ではないという理由をダフネは自分の中で考えた。ハリーが話してくれた言葉の一つ一つを吟味しながら、ダフネはハリーについて考える。気が付けば、変身術の数式を書く手が止まっていた。

 

(マグルが嫌いだっていうのは、似たようなことを一年生のときに言っていたわ。闇の魔術も、あのときの炎がそうなのね。バジリスクを殺したのもきっと……)

 

 ダフネの中の純血主義的な思考が、それは良いことよとダフネに囁く。ダフネは理性で、闇の魔術は悪いことに違いないと断じる。

 

(気持ち悪い。それにあまりにも危険よ。大人の魔法使いですら暴発して死ぬ可能性があるから使ってはならない魔法も多いとお父様は仰っていたし……)

 

 ダフネは純血主義的な思考回路ですら、闇の魔術が危険であることは否定できなかった。ハリーがそれを使って事故死するのではないかと気が気ではない。

 

(……どうしてハリーはそんな魔法を使えるのかしら?)

 

 考えても答えは出ない。ダフネは闇の魔術にどんな魔法が存在するのかの知識はあっても、具体的な理論の知識はなかった。両親がうまくダフネに教えないようにしていたからである。

 

 しかし、ダフネの中の乙女心は全てに優先した。ハリーが闇の魔術を使ったと明かしたのも、マグル差別を告白したのも私を信じてくれたからだと叫んだ。

 

(そんなことはどうだっていいわ。問題は、ハリーが本当に私のことを好きなのかどうか……!!)

 

 

(……そして私が本当にハリーのことを好きなのかどうか……!!もしもこの気持ちが吊り橋効果なら、私は……)

 

 頭の中で答えの出せない思考を回す内、ダフネは自分が魔法によって立たされていることに気付いた。

 

「ミス·グリーングラス!!授業中に集中力を失うとは何たることです?貴女らしくもない。スリザリンから五点減点します。教科書百八頁の、『無機物の変身とその過程』について読み上げなさい」

 

「す、すみませんマクゴナガル教授!」

 

 クスクスという笑い声が教室内に響く。それはグリフィンドールの生徒たちのものだ。ダフネは恥ずかしい思いをしながら変身呪文の授業に専念した。

 

(私は叱られてしまうほど動揺したっていうのに、ハリーは普通に授業を受けているなんて。何だか腹が立ってきたわ……!)

 

 自分がこんなにハリーについて真剣に考えて、授業もままならないほどだというのに。

 

 ハリーはと言えば、黒板のマクゴナガルにご執心ときている。ダフネは世の理不尽さをまざまざと見せつけられている気分になった。

 

***

 

 昼食の時間になってもハリーと会話する機会はなかった。というよりも、そんな勇気は持てない。勇気はグリフィンドールの専売特許で、スリザリンでそれを持っているのはハリーくらいだとダフネは思っていた。ハリー本人が聞けば、それは過大評価だと言っただろう。

 

 

 ダフネが遠巻きにちらちらとハリーを伺っているうちに、彼はさっさと大広間を出ていってしまったのだ。

 

 

「ダフネったらどうしたの?そんなに彼が気になるなら話しかけに行けばいいじゃない?」

 

 パンジー·パーキンソンがついにダフネを小突いた。パンジーはスリザリンでこそ成績優秀だが、性格的にグリフィンドールのグレンジャーに似ているところがあるとダフネは思った。

 

(そんなことできるわけ……)

 

 

「別に、そういう訳じゃないのよ」

 

「意地張っちゃって!かわいいんだから!何があったのかなんて貴女を見てればわかるわよ!」

 

「だから違うのよ!そういうのじゃないわ!」

 

 ダフネがパンジーを突き返し、パンジーは意味深にニヤリと笑った。彼女の勝ち誇ったような顔は、ダフネにとってはとても恐ろしいものだった。パンジーほど恐ろしい魔女をダフネは知らない。人の心を踏みにじることに躊躇しないパンジー·パーキンソンは、まさしくスリザリンに相応しかった。

 

「これでようやくグレンジャーに思い知らせてやれるわね。ハリーは貴女のもの。そして貴女のものということは()()()魔女のもの。ハリーはスリザリンのものよ」

 

(……えっ)

 

 

 その言葉に、ダフネは返事が出来なかった。パンジーの言葉があまりにも衝撃的すぎて、ダフネはしばらく呆然としたあと、顔を真っ赤にして大広間から出ていった。

 

「パンジー、あんたって子は」「デリカシーが無さすぎだよ」

 

「な、何よ。友達の勝利を喜んじゃいけないってワケ!?」

 

 ミリセントとトレイシーはパンジーを責め、パンジーはむくれて拗ねたようにそっぽを向いた。大広間に残された生徒たちは、ひそひそとゴシップについて噂しあった。スリザリンの女子から他寮の生徒たちへと噂は拡散されていった。

 

 

***

 

 ダフネは訳も分からないまま大広間を駆け出した。廊下を走るダフネは、ぐちゃぐちゃな思考回路を冷静にすることが出来ないでいた。

 

 狭まっていく。

 

 ダフネの自分ですらよく分かっていない今の気持ちが、ありふれた言葉に彩られて型に嵌められていく。

 

 パンジーが悪いわけではない。ただダフネは、自分達をつきまとう周囲の状況というものが、それに振り回される自分自身がたまらなく嫌で仕方がなかった。それに耐えられず駆け出した。パンジーは何も悪くないと分かっていてもなお、羞恥心がダフネの中で沸き上がる。

 

 

(私は別にグレンジャーに勝ちたかった訳じゃ……)

 

 ダフネの中に、ハーマイオニー·グレンジャーに対する嫌悪感はない。純血主義者としては恥ずべきことだが、ハーマイオニーが優れた魔女で(時たまそれを鼻にかけるような行動をすることを差し引いても)、公平であることをダフネは知っている。

 

 ハーマイオニーの人となりを知り、彼女が自分達に敵意がなく、そして一度命を救われた。そういった経緯があっても尚、ハーマイオニーへの感謝を投げ捨てて純血主義に傾倒できる程度には、ダフネ·グリーングラスという少女は壊れていた。人として最低の方向に。

 

 あるいはダフネの行動は、自分自身の良心に気付かないための防衛本能から出た行動だったのかもしれなかった。そうでなければ、己自身の心根の醜さを直視しなければならないから。

 

 日曜日に命の危機に遭って壊れるまでは、ダフネはアストリアに対して他寮への嫌がらせを控えるよう注意をしていたのだから。

 

 

 しかし、物事はダフネにとって都合よくは進まなかった。行く宛もないまま廊下を駆けていたダフネは、曲がり角で人と衝突してしまった。

 

「きゃ!?」

 

「インペディメンタ(妨害)!!あっ……ごめん、大丈夫?」

 

 ダフネは思わず止まろうとして止まれず、そのままぶつかった相手に受け止められる。しかし、ダフネの体に衝撃は来なかった。相手が使った妨害魔法のお陰だった。

 

 インペディメンタはジンクスの一種で、それなりに高度な魔法の一つだ。呪文をかけた物体の運動エネルギーを和らげ、動きを阻害することが出来るのである。

 

 この魔法が高度とされる理由は、動いている物体に魔法を当てることが難しいためだ。しかし相手には優れた反射神経があったようで、衝突の直前に妨害魔法によってダフネの動きを和らげると、ダフネが倒れ込まないようしっかりと受け止めた。その相手の声を聞いて、ダフネの顔は真っ赤になった。

 

「…………?えっ?ダフネ?」

 

 癖のある黒髪で、縁の丸い眼鏡をかけた少年が、驚いたようにダフネを見ていた。その少年の優しげな緑色の瞳を直視できず、ダフネは掠れ声で囁くように言った。

 

「降ろして、ハリー……!」

 

 ハリーの手で丁寧に降ろされたダフネは途方に暮れた。

 

(どうしよう。どうしようどうしよう???助けてパンジー。助けてミリセント、トレイシー……!)

 

 ハリーに対して何を言うべきか。

 

『グレンジャーと何を話していたの』

 

とか、

 

『私がこんなになっているのによくもそんな口が利けたわね』

 

 とか言いたいことは色々とあったはずなのに、ダフネの口からは言葉が出てこない。

 

 ハリーから視線を外したところ、ダフネの胸はざらついた感情に襲われた。ハリーの後ろにはいつものスリザリンの三人だけではなく、のっぼでそばかすの赤毛男子と手入れされていない栗色の髪の魔女がいた。魔女はダフネの様子を確認しようとロンの肩越しに跳ねていた。

 

「ごめん、迷惑だったよね、ダフネ」

 

「迷惑かけられたのはハリーの方だろ?間に合ったから良かったけど、本当に衝突する寸前だったぜ?」

 

 ロンの言葉に、ハーマイオニーは後ろからぎゅっとロンの足を踏んだ。ロンが口を閉ざすと、ハーマイオニーはふんっと生塵を見る目をロンに向けた。

 

 

「…………ダフネ。ロンのことは気にしないでくれ。あれで悪気はないんだ。でも、君はちょっと顔が赤いし、熱もある。医務室で診て貰おうか?」

 

 ハリーはロンの言葉を無視して気遣わしげにダフネにそう声をかけてきた。今度はスリザリンの三人組とハーマイオニーがハリーに対して塵を見る目を向ける。

 

「あー、そりゃ良い考えだ。ハリー、お前がエスコートしろ」

 

 ザビニは腕を組んだままハリーにそう促すと、さっさと魔法史の教室に足を運んだ。

 

「次の授業は魔法史ですね。ビンズ教授には体調不良で欠席すると言っておきますから。では失礼」

 

 アズラエルもそれに続く。

 

「ミスグリーングラスの分も含めてノートは取っておくから。またね、二人とも。ロン、放課後に会おうね」

 

「えっ、皆?」

 

 ハリーとダフネが呆けている間に、スリザリンの三人組は足早に去っていく。赤毛の少年は、栗色の髪の少女に引っ張られて薬草学の教室に向かう。廊下には、ハリーとダフネの二人だけが残されてしまった。

 

***

 

(ダフネは僕のことを嫌ってるよな……)

 

「えっと……じゃあ医務室に」

 

 取り残されたハリーは、ダフネに気まずそうに声をかけながら言った。ダフネの頬は依然として赤いままだ。ダフネは元々あまり運動をするタイプでもないのに、急に長時間全力疾走してしまったのかもしれないとハリーは思った。

 

 

「行かないわ」

 

(……やっぱり、嫌われたよな。僕は純血主義を否定したようなものだし)

 

 覚悟はしていたとはいえ、ハリーの胸は痛んでいた。ハリーはダフネに嫌われるのも覚悟した上で、昨日ダフネと話した筈だった。しかし、ハリーの中では後悔だけが残る。ダフネに目を背けられて相手にされないことに、ハリーは自分でも驚くほど落胆していた。それを誤魔化すために勉強に打ち込んだが、ハリーは心の中でずっとこう考えていた。

 

(バカめ。ダフネの気持ちを考えずに何が好きだからだ。僕は自分の考えをダフネに押し付けただけじゃないか)

 

 そうやって自分を責め、タイムターナーに手を伸ばしてもう一度話し直せないかとも考えた。だが。

 

(……それはダフネの気持ちを余計に踏みにじることになるんじゃないか?)

 

 ダフネのことを思うと、タイムターナーを使おうと考える気持ちは消え失せた。その代わりに、そんな浅はかな考えしか浮かばない自分がますます嫌になった。今日のハリーは、自己嫌悪とダフネともう一度話したいという思いと、どう話せばいいか分からないという思いに苛まれていた。

 

 ハリーの頭には、ドラコから投げ掛けられた言葉があった。

 

『お前は強いだけだ、ポッター!』

 

 生きるために必要な力を身に付け、手段を選ばすにハリーは強くなった。しかし、たった一人の女の子と会話することすらままならない。

 

(僕は強くなんかない。中途半端に役に立たない力があるだけだった……)

 

 自己嫌悪に苛まれるハリーは、そう思いながらもダフネに声をかける。

 

「じゃあ何処へ?寮に戻って休む?それとも必要の部屋で?」

 

 

 ダフネはふいと顔を背けながら、ハリーにこう言った。

 

「塔の頂上へ行きましょう。べ、別に病気というわけではないもの。火照った体を冷ますには外の冷気が丁度良いわ。……途中の階段で落ちそうになったら魔法で補助して頂戴」

 

(……?僕が着いていってもいいの!?)

 

「良い考えだね。今日は珍しく晴天だ」

 

 ハリーはホグワーツに来てはじめて、自主的に授業をサボタージュした。ダフネがハリーの同行を許すことに戸惑いながら。

 

***

 

 レイブンクローの塔の頂上には、溶け残った雪が積もっている。ハリーは少しの肌寒さを感じながら深く息を吸い込んだ。新鮮な酸素が脳に送り込まれ、清々しい気分になる。

 

「授業をサボるのなんて良くないことだけど、中々に開放的だね」

 

「貴方って意外と良い趣味してるわね……私もはじめてよ。真面目なだけが取り柄だったから。ビンズ教授の授業だからそこまで罪悪感が無いのは救いね」

 

 ハリーとダフネは着かず離れずという距離感を保ったまま、屋上からホグワーツを眺めた。太陽光が雪に反射して、美しく七色に輝く。その光景を見れただけでも、ハリーは何となく満たされた気分になった。

 

(次はどうしよう。こう言う時ザビニなら、『お前みたいに綺麗な景色だ』とか言うんだろうけど……)

 

 どんな言葉でも、言い表せないものはこの世に存在する。口に出した瞬間に陳腐になってしまいそうで、ハリーはダフネを見てただこう言うしかなかった。

 

「綺麗だ」

 

 本当は、景色ではなくダフネのことを褒めたかった。だが、自分にそれが許されるだろうか。かえってダフネを苦しめるだけではないのか。

 

「……ハリー。あ、あの……」

 

 ダフネはその言葉を聞いてハリーの方を向く。屋上に来てハリーとダフネの目と目が合う。しばらくの間、二人は無言だった。そのまま、ハリーの方が顔を赤くしてダフネから目を背けた。

 

(何しに来たんだ、僕は……!)

 

 覚悟してダフネに向かっていった昨日とは違う。ハリーはもう一度ダフネと会話できた嬉しさから、すっかり舞い上がってしまっていた。会話というほど長いものではないのだが。

 

 その時、一羽のふくろうがホグワーツから飛び去った。送り主めがけて舞い上がるふくろうは、ダフネとハリーの間をぬって空高く舞い上がる。

 

 しかし、二人の間にあるのはお互いの存在だけだった。

 

「ハリー。私と……」

 

 ダフネはついにハリーになにかを言おうとした。しかし、ハリーの目を見つめたまま動けない。ハリーはダフネに笑いかけた。ダフネは困ったようにはにかんで言った。

 

「……ううん。私、私ね。黒ミサの予定はキャンセルしたから、今は時間が余っているの。それでね、休日には絵を描こうと思っていて。だからその……モデルになってくれるかしら」

 

「うん。君が望むなら喜んで」

 

 その日の晩、ハリーはルーピン先生との追試験ではじめてエクスペクト パトローナムを成功させた。ハリーが出現させた有体のパトローナムは、銀色に輝くクスシヘビだった。クスシヘビはハリーに微笑んだあと、一瞬のうちに雪のように淡く溶けていった。

 




ファルカスお前闇祓いじゃなくて占い師になれ。
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