蛇寮の獅子   作:捨独楽

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青春狂想曲

***

 リーマス·ルーピンは、目の前で眼鏡をかけた少年が銀色の蛇を召喚する姿を目に焼き付けていた。月曜日に異常事態に遭遇し、闇の魔術を行使したと聞いた当初は、ハリーに訓練をさせてよいものかと不安になったこともある。

 

(一度パトロナスの訓練を止める必要があるかもしれない……)

 

 とすら考えた。ハリー周辺の異常事態が解決し、ハリーの心に平穏が訪れてからでなくては、ハリーがあまりに不憫だと思った。

 

 しかし、目の前の光景を目にすればそんな考えも吹き飛んでしまった。リーマスの予想を裏切り、ハリーは守護霊を作り出した。ハリーが訓練を始めてから数日しか経過していないというのに、闇の魔術に溺れなかったというだけでも驚きに値する。その上、パトロナスを呼び出すにまで至ったのである。

 

「やりました、ルーピン先生!」

 

 

「ルーピン先生でもパトローナスを作り出すことは難しかったのですか?」

 

 ハリーは不思議そうに尋ねた。

 

 

リーマスは、先程頭に浮かんだことを、そのまま話すべきか悩んだが思いきることにした。もう時期も良いしハリーには少し話を大袈裟に言って聞かせてもいいだろうと判断した。

 

「ああ。私がパトロナスを習得したのは15歳の頃だ。君よりずっと年寄りになってからだよ」

 

 ハリーはそれを聞いて少し驚き、それから嬉しそうに笑った。

 

「それは先生に習得の必要がなかったからですよね?だってディメンターとは普通なら遭遇しませんから」

 

「いいや。普通に練習していたが、私は友人たちの中では最も習得が遅かった。パトロナスは汎用性のない魔法ではあるが、念じればメッセージを込めることもできる。ふくろうを持たず、電話にも疎い魔法族にとっては貴重な連絡手段となるんだ、ハリー」

 

 ハリーにはあまり有難味が感じられないようだったが、リーマスの言葉に頷いていた。

 

 その年でパトローナスを習得出来るのは優秀な証拠だ。

 

「そんなことないです。僕はただ、生き残るために力が欲しかっただけで」

 

「……それは悪いことではない」

 

 リーマスはそう言うことしかできなかった。ハリーが、否、ハリーの友人たちが力を欲したのは、生きるためだという。それは生きるという当たり前である筈の権利を、ハリーたちが常に脅かされてきたからでもある。ハリーたちはこれまで子供がすべきではない経験をしてきた。それはハリーたち自身が首を突っ込んだから経験したことで、本人の選択の結果ではある。子供を子供として扱わず一人の人間として尊重するのであれば、スネイプのようにハリーたちの行動の是非をきちんと叱り、そして、リーマスがしたように時には褒めることが必要だ。

 

 しかし一方では、魔法界の不手際のツケを支払ったのがたまたまハリーたちだっただけという見方もできる。他の誰かがハリーたちと同じ事態に遭遇したとして、生き残れた保証はない。少なくとも学生時代の自分では不可能だったとリーマスは思う。

 

「ただ、そのために手段は選びませんでした。」

 

 とハリーが言った。

「僕は闇の魔術に手を染めてしまった。何度も何度も注意されたけど、離れられませんでした。心の何処かでは頼っていた」

「それは……」リーマスが口を開いたがハリーはそのまま続けた。

 

 

「でも、この間。闇の魔術で殺された人たちを見ました」

 

 今度はリーマスも何も言わなかった。リーマスはハリーの瞳に、確かな光が宿っているのを感じた。

 

「僕はぼく自身を守るために、闇の魔術を使いました。だけどあのとき……」

 

 

「使わなくても良かったかもしれない。使うべきじゃなかった。闇の魔術が疎まれている理由が、やっと分かった気がするんです」

 

「闇の魔術は人の命を、それだけじゃなくてもっと大切にしなきゃいけないものを、心を弄ぶ」

 

「そうですよね?」

 

 リーマスは頷いた。

 

「僕は、闇の魔術をもう使いたくない。だから力をつけるだけじゃなくて、手段を選べるような。……好きな人に自分を誇れるような強い人になりたいんです」

 

 ハリーはまっすぐとリーマスの目を見ながら言った。

 

(シリウス。……ジェームズ。リリー。君たちの子供は前に進んでいるぞ)

 

 

リーマスはハリーを見ながらそう思った。ハリーの瞳には、少年にしかない意志があった。こうなりたいという自分に向かって突き進むという強い意志が感じられる。

 

「そうか、ハリーには好きな人が出来たんだね?」

 

 リーマスはそう言った。学生時代のジェームズやリリーのことを思い返しながら。リリーのために己の行いを改めたジェームズと似ているようで、少し違うとリーマスは思った。

 

(この子には根本的に自信がない。根っこのところはシリウスに似ている)

 

 己に対して自信がないからこそ力を求め、色々なことに手を伸ばし、そして外敵に対して容赦がない。シリウスは正義感から闇の魔術に手を染めこそしなかったが、行動の過激さはハリーと良く似ていた。

 

 自分が人から好かれるとは思っていなかったという部分はむしろジェームズではなく、シリウスと似ている。過激な行動は弱さの裏返しだ。その弱さをリーマスは責めることなどできない。リーマス自身が、そうなる気持ちをいやというほど理解できるからだ。

 

「僕は僕のことを好きになって欲しい人ができました。今のままだと、僕はその人に好きだと言ってもらえるような人間になれません」

 

 ハリーは断言した。それは恐らくは、自分を追い込むための意思表示なのだろうとリーマスは思った。

 

(……本当に危ういな。努力を積み重ねなければ人は成長することは出来ないが……)

 

 努力が報われなかったとき、挫折したとき、人は己の限界を知って諦めるか、それでも進むかを選ぶ。これまでの人生で、「挫折」によって人が変わっていった人間をリーマスは何度も見てきた。

 

 何ならリーマスだって、挫折した側の人間なのだ。

 

「そうか。それは素敵なことだね。その人のことを守りたいんだね?」

 

 リーマスはそう言うと、ハリーは迷い無く答えた。

「守るとか、そういうのじゃありません。ただ、側にいたいんです」

 

(強い子だ。……いや、私達の時代よりずっといい子供たちだ。シリウスに手紙を送るとするか……)

 

 リーマスはハリーの、旧友に良く似た瞳を見つめながら思った。ハリーは今よりもっと強くなると言うのだ。ハリーはまだ子供で、世間の残酷さも悪意も無常さも知らない。

 

「君の決意は分かった。私の知っている魔法の技術をいくつか教えよう。ハリー、無言呪文について知っているかな?」

 

「……!はい!ありがとうございます、ルーピン先生!上級生たちが使っていたのを見ました!」

 

 ハリーが、そしてハリー以外のホグワーツの生徒たちには未来があった。リーマスは心の中で決意を強くしていた。

 

(元から、生徒たちを護るために就任した仕事だが。……何があったとしても、護りきりたい)

 

 ……DADAの教職には、呪いがかけられている。

 それは最早否定できない事実だった。その仕事に就いた人間は、一年と持たずに破滅する。例外は、短期間の穴埋めとして寄越された人間だけだった。それはその年の呪いを、就任した人間が全て受けたからだと囁かれている。

 

 

 それによってたとえ命を失うことになったとしても、リーマスは己を捧げることに躊躇いはなかった。

 

 

 そしてハリーがリーマスの研究室を後にして一分もしないうちに、研究室の扉を遠慮がちにノックする音があった。

 

「居ますよ」

 

「ああ、ルーピン。今少し話しても構わないか?」

 

「……どうぞ」

 

扉を開けたのはスネイプだった。いつもと代わり映えのしない仏頂面で、普段と同じ黒いローブを着込んでいる。真冬ということもあり、汗臭さは感じなかった。

 

「やぁセブルス。来てくれて嬉しいよ」

 

 リーマスがにこやかに言う。

 

「ポッターに何を言っていた?」

 

 スネイプはハリーと入れ違いに入ってきたのだ。当然聞こえていたのだろうと思い、リーマスは言った。

 

「そろそろ闇の魔術に対する防衛術を教えようかと思っている。私の経験を踏まえた上での錆びた技術と知識ではあるが」

 スネイプはそれを聞くとフンと鼻を鳴らした。どうやらお気に召さないらしい。スネイプがハリーのことを気に食わないと思うのはいつものことだったので、リーマスはさほど驚かない。

 

「君も知っての通り、今はアントニン·ドロホフが脱獄している。例の襲撃者がドロホフの一味である可能性を否定できない以上は、ハリーには自衛のための知識が必要だ」

 

 リーマスは肩を竦めて言った。

 それから少しスネイプと防衛術についての話でもしようとしたとき、研究室の扉を強くノックする音がした。

 

「し、失礼しますルーピン先生!お時間を頂けるでしょうか!?」

 

 

 その声は、女子学生のもので甲高く上ずっていた。ルーピンが何か言うより先に、スネイプが杖を振ってアロホモラ(解錠)し、扉を開けた。

 

「入りたまえ。……?何をしているミス グリーングラス?」

 

 

 

 スネイプが言うと、入ってきたのは長い黒髪を纏めたスリザリンの三年生、ダフネ·グリーングラスだった。

 

 髪をポニーテールにし、頰は赤く蒸気して興奮している様子だった。恐らく走ってでもきたのだろうとリーマスは思った。

 彼女は息を弾ませながら尋ねた。

 

「えっ!……え?スネイプ教授?」

 ダフネは目を白黒させながらスネイプとリーマスを交互に見ていた。

 スネイプの顔が微かに歪むのを、リーマスは見た。

 

 

「おやおや、どうしたことかね、ミスグリーングラス」

 

「あ、あの……!私、ルーピン先生に魔法の指導をしていただきたいと思って参りました。お邪魔だったでしょうか!?」

 

 ダフネの頬は真っ赤に染まっていたが、その目はしっかりとリーマスの目を見据えていた。

「これは驚いたな、ミスグリーングラス。一体どういう風の吹き回しかな?近頃は授業にも身が入っていないと聞いているが?」

 

「セブルス。彼女が訪ねてきたのは私だ」

 

「我が寮の生徒でもある」

 

「いえ、あの、それは……」

 

 ダフネは逡巡している様子だったが、やがて意を決したように言った。

 

「……私が、闇の魔術に対する防衛術をきちんと勉強すれば、襲われたとき自分の身を守れると思って」

 

 真剣なダフネの表情を見たスネイプはフンと鼻を鳴らした。リーマスは、ダフネが水曜日に見かけたより随分と調子を取り戻していることに気がついた。

 水曜日の授業で見たダフネは、死んだ魚のような目で生気もなく、生ける屍のような有り様だった。しかし今は、水を注がれた百合のように生きる活力に満ちている。リーマスはこれならば問題はないだろうと判断した。

 

「いい理由だね、ミスグリーングラス。DADAの教師として断る理由がない動機だ。ただ、今は五年生や七年生の希望者も多い。君を指導できるのは火曜日の放課後になるが、それでも構わないかな?」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 リーマスがそう言うと、ダフネは顔を明るくさせた。しかしスネイプは面白くなさそうな顔をしている。

 

「さて、どんな魔法の勉強がしたい?私が教えられる呪文であればいいが」

 

「それは、盾の呪文と……」

 

 ダフネが希望した魔法の名を聞いて、スネイプはますます不機嫌になった。不機嫌なスネイプを尻目にリーマスはダフネの希望を了承した。

 

「君の寮には熱心な生徒が多いね、セブルス」

 

「いや。己自身で簡単な呪文を習得できないような凡夫が多いだけだ」

 

 そう話すスネイプを見ながら、リーマスは思う。

 

 生徒たちも、大変な担任を持ったものだ、と。

 

***

 

 ルーピン先生の研究室を後にしたハリーは、スリザリンの談話室に戻る途中でダフネ·グリーングラスと遭遇した。ダフネは青いローブに身を包み、髪の毛をコンジュレ-ションで金色に変えていた。ルーピン先生の研究室を訪れていたということを明かしたくないのだろうが、魔法のかけ方が甘いのか髪の色が戻りかけている。ハリーはそのまま進むのは気が引けた。

 

「……ダフネ。これからルーピン先生のところに行くの?」

 

「え、ええそうよ。似合ってるかしら?」

 

「いや、髪の色が戻りかけてる」

 

「ええっ!?そんな、さっきまでは上手く行っていたのに!」

 

 

 コンジュレ-ションによる変装は、簡単なものならば長時間維持することも容易だ。しかしダフネはまだまだ本調子ではないからか、成功した魔法も長時間維持することまでは出来ていないようだ。

 

「ダフネ。今日はもうレベリオで解除して行ったほうがいいよ。中途半端なのは君のプライドが許さないだろ?」

 

 ハリーはそこで、普段通りの方が可愛いと言おうかどうか迷った。変装したダフネもそれはそれで趣があるからだ。

 

 魔法による変装は、簡単なものならば髪の毛や目の色や服装から始め、杖を使って顔のかたちや身長、骨格までもを変化させる。それを杖なしでこなすことができる天才はメタモルフォーガスと呼ばれるのだが、ホグワーツのシステムでメタモルフォーガスになれる人間は稀で、ほぼ0と言ってもいい。

 

 外国の魔法学校、たとえばワガドゥーであればワンドレスマジックのカリキュラムが充実している。そのため本人の努力次第ではメタモルフォーガスを量産することも可能だが、ホグワーツでは杖による魔法の習熟に重点を置いている。結果として、変装やちょっとしたお洒落はダフネのように杖を使って行うのである。

 

 

 

「……癪だけど仕方ないわね。じゃあ、ハリーが解いて頂戴」

 

「……いいの?」

 

 ハリーは驚いて言った。ダフネは目を瞑っている。

 

「くどいわよ。早くして」

 

「オーケー。3、2、レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)!」

 

 そしてダフネの髪と、ローブの色が元通りになる。魔法が解けかかって変色していた髪よりも、ダフネ本来の艶のある黒髪がハリーの目の前にあった。

 

「……うん、終わったよダフネ。大丈夫、似合ってる。僕はそっちの君も好きだよ」

 

「……え、ええ。私はあの変装も気に入っているけれど、中途半端な変装は失礼だものね。ハリー、後ろ髪は戻っているかしら?」

 

「大丈夫。ちゃんと戻っているよ」

 

 ダフネは手鏡で自分の姿を確認し、違和感はないことを認識したようだった。

 

「あの姿はあの姿でまた本調子の時に見せてよ。じゃあ。先に行くね、ダフネ」

 

「ええ。ハリー、貴方もね。明日また10時に、湖畔で会いましょう」

 

 ハリーとダフネはそう言って別れた。ハリーはダフネが何を学ぼうとしているのか聞きたい気もしたが、それをいちいち聞くのは野暮だと思った。

 

 そしてハリーは、ロン、ザビニ、そしてファルカスたちと合流した。眼鏡の少年と赤毛でのっぽな少年、非常に端正な顔立ちの黒人の少年と、少し痩せた金髪の少年たちはニヤリと笑って森へと向かう。

 

 悪童たちが四人揃った姿をある男たちが見れば、こう呼んだだろう。

 

 マローダーズ、と。

 

 

 

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