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全力でロンを称え、友人たちそれぞれの功績を労ったたハリーは、開いた扉の前で立ち往生していた。
「……パトロナスから連絡が来ないの?」
ファルカスがロンに尋ねた。四人の中で有体のパトロナスを出していないファルカスは、その分だけ回復も早かった。
「ああ。全っ然反応がねえ。あれだけ魔力を込めたなら十分は持つ筈なのに」
ロンは回復薬を飲みながら言う。一気に飲み込んで、その味に顔をしかめていた。
「僕はそこまでパトロナスを持たせられたことがないから分かんないな。ザビニも同じ?」
ハリーはザビニに尋ねた。ハリーのパトロナスであるクスシヘビは扉の隙間から先へと進んだ筈だが、ハリーの手の中には反応がなかった。とはいえ、パトロナスを使えても長く持たせられないハリーでは確証が得られない。
「そうだな……何つーか、扉の中に入った瞬間に途切れた、みたいな感じがする」
ハリーたちは顔を見合わせた。ロンは青ざめていた。
「扉の中に何かがあるってことかな。……危険な罠に引っ掛かって、パトロナスが壊されたとか」
「……パトロナスは別の空間に移動させられたのかもしれない」
ハリーが言うと、ファルカスはどういうことだとハリーに聞いた。
「ファルカスは直接みたことはないだろうけど、僕が魔法で作られた異空間に引きずり込まれたことがあったんだ。その時、僕は中で結構暴れたけど外の皆には何も伝わらなかった」
「空間が隔絶されているから、音や匂いや魔力とかそういったものも伝わらないってことだね」
流石にファルカスは呑み込みが早く、ハリーの言いたいことを理解していた。
「パトロナスとの繋がりが空間を隔てたことで切れてしまったのかも。試しに送り込んだ蝶々も帰ってこないし、まず異空間で間違いない」
ハリーたちの間に、少しの間緊張が走った。
「……どうする?ここで一回引き返すか、ハリー?」
ロンの問いに、ハリーは悩んだもののはっきりと言った。
「……今はザビニの火消しライターがある。万が一異空間に引きずり込まれたとしても、ブルームかダンブルドアを目印にすれば帰ってこられる。ここまで来たんだ。先へ進もう」
そしてハリーたちはプロテゴを展開しながら、扉の中に足を踏み入れた。
***
扉の中に一歩足を踏み入れたとき、ハリーの周囲から音が消えた。微かに聞こえていたザビニたちの息づかいが聞こえない。ハリーは周囲を見渡して言った。
「ロン!ザビニ!……ファルカス!!」
返事はない。その代わりに、ハリーの周囲にはそれまでと異なる空間が広がっていた。
そこは、大きな円形の部屋だった。滑らかな石造りの壁は何か動物をかたどった彫刻が施されている。部屋は薄暗く、入ってきたばかりなのもあって目が慣れておらずあまり周囲の様子が読み取れない。
(……ヒッポグリフ?それともペガサスか?)
ハリーは目を凝らして彫刻から部屋のヒントを読み取ろうとした。これまでの傾向から、どこにヒントが隠されていてもおかしくはない。ハリーは慎重に呪文を唱えた。
「スペシアリス レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)」
レベリオによって、隠されていた部屋の内装が少しだけ明らかになった。
天井はドーム状で、美しい夜空が見える。夜空に輝く星ぼしが、部屋の中心部にある天球儀のようなものを照らし出していた。
(天文学の試練かな……?それとも罠かな?)
ハリーはそう思って天球儀を調べようとした。念のために自分の周囲にプロテゴを展開した上で、レベリオを唱える。
しかし何も起こらない。ハリーはほっとしたが、同時に途方に暮れた。レベリオで部屋の奥を隅々まで探索したが、出口の扉がない。そして困ったことに、入り口となるような扉も存在しないのだ。
ハリーは自分の心臓が震えていることに気づいたがどうにもならなかった。ハリーは息を大きく吐き出したが恐怖で身を縮めることもできず棒立ちになっていた。
(皆は……無事なんだろうか……?)
ハリーはロンたちが無事であることを祈った。ハリーが頼み込んで、ここまで皆を付き合わせた。ハリーは深く深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。動揺したところで何にもならないのだから。ハリーの前には天球儀と星空がある。今考えるべきは、この繋がりを解き明かすことなのだ。天球儀に背を向けて、ハリーは天を仰いだ。
(鳥になってここを飛んでいけたら……)
ハリーの頭に、そんな思いがよぎった。異空間において意味があるのか分からないが。
その時、ハリーの背後で何かが動く音がした!
ハリーはすぐさま後ろを振り返った。杖を構えていたハリーは思わず目を見開いた。
そこにいたのは天球儀の上に立った一羽の鳥だった。その鳥はハリーがこれまで見た中で一、二を争うほどに美しい青い瞳を持ち、輝きを放つオレンジの尾羽を持っていた。ハリーはその瞳を見てアルバス·ダンブルドアを思い出した。
(フォークス?)
そしてハリーが何かを言う前に、鳥は口を開いた。
それは女性の声だった。滑らかな、耳に心地よい声だ。ハリーは以前これと同じような声を聞いたことがあった。しかし、どこで聞いたのか思い出すことはできなかった。
女性の声をした鳥はハリーに言った。
「はじめまして!いやこの場合はこんばんはかな?それともいらっしゃいませ?」
ハリーは鳥が流暢に喋ることに対して圧倒されながら言った。
「こ、こんばんは……」
アニメーガスという、生物に姿を変えることができる魔法使いはいる。目の前の鳥は十中八九アニメーガスなのだろうが、ハリーはレベリオを唱えることはしなかった。勝手に唱えることは失礼にあたるからだ。
「あ、そう?それであってた?良かった~」
ハリーは呆気にとられていたが、礼儀正しく挨拶を返した。
「僕はハリー・ポッターです。あなたはどなたですか?ここで何をしておられるのですか?」
「……!ふーん、ハリー·ポッターなら知ってるよ!前に来たマクギリスって子供が話してくれたからね!私は名乗るほどのものじゃないから名前は覚えなくていいよ!」
「そんなわけにはいきません。名前を呼ばないなんて失礼です。貴方にも名前がおありでしょう?」
ハリーは目を丸くして鳥を見た。鳥はハリーに対してふんと鼻を鳴らして言った。
「うーん、じゃあ昔呼ばれてた好きな渾名で呼んでよ。私は『転入生』さ」
「転入生さんですか?」
(ホグワーツで転入生なんて今だと聞いたことないぞ……?)
ハリーは若干面白がりながら聞いた。口ぶりからしてOGなのだろうが、一体何年生から転入したのだろうかと思った。
「うん!よろしくね!ところでハリーは、どうしてここに来たんだい?」
「実は、ここに失われた古代魔法があると聞いて。友達と一緒に探検しに来たんです」
鳥は面白そうに笑った。そして言った。
「そっかあ。私にもあったなぁ、そんな時代が」
(シリウスみたいなことを言うなあ……)
ハリーはこの鳥が何者なのか図りかねていた。先輩にしてはハリーと同年代のように話してくれるのだが、今の口ぶりは大人のようにも見える。しかし大人にしては随分と子供っぽいのだから、輪郭が掴めない。
「……転入生さんはどうやってここに入ったのですか?」
(……というか……もしかして、この人が試練なのかな……?)
ハリーは探りを入れることにした。この状況で出てきたことから聖域や古代魔法と無関係ではないだろう。無人かつテレポートも不可能な筈の場所に一瞬で現れたことから、ハリーの知らない何かの魔法を使っていることは間違いなかった。
「入ったんじゃナイナイ。私を呼んだのは君だよ、キ、ミ」
「……僕がですか?一体どうやって?」
「私の姿はね、ここにかけられた『魔法そのもの』。君が望んだ姿に化けて出てるわけ。ほら、ボガートって居るじゃん?人の怖がる姿を察して化ける奴。あれのいい感情版が私、『転入生』ってこと。わかった?」
「そんなことが……」
(……いや、あの時……)
しかし、ハリーには思い当たる節があった。ハリーは星空を眺めながら、一瞬、鳥になって飛べたらと思っていたのだ。
「……わかりました。転入生先輩は、ここで何をしておられるのですか?」
「知らないよ」
ハリーは思わずずっこけそうになった。そのハリーの姿を見て、鳥がおどけながら羽ばたく。
「あははごめんごめん。まあ強いて言うなら、君たちの勇気と友情を称えて、かな?ところでハリーは何で古代魔法なんか欲しいの?ここまで来れるってことはそれなりには強いんだよね?もう必要なくない?」
自分が質問されるとは思っていなかったのでハリーは面食らった。どうやら転入生はハリーを試しているようだ。
「命を狙われている可能性があるからです。僕は自分の身を守るために、力が欲しい。その力は、敵から見て未知のものである方が生き残れると思ったんです」
「ふーん。いつの時代も闇の魔法使いは居るもんだね!目の前にいたらぶち殺してやりたいな!」
(ぶち殺……)
ハリーは平静を装いながら転入生を見た。目の前の転入生は親しみやすいように見えるが、実はちょっと前の自分のような危険人物なのだろうかもしれないとハリーは思った。
「転入生さん。話をしてくださるのはありがたいのですが、友達が待っているんです。ここから出て、皆と合流する方法を教えて頂けませんか?ヒントでも結構です」
ハリーは恐る恐る聞いた。鳥は笑うような調子で言った。
「ああ、そうかそうだったね。ごめんごめん。君には友達が居るんだもんね」
しかしそれはどこか、憂いを秘めたような笑い方だった。
ハリーは少し驚いた。鳥の笑みに、人間らしさを感じたからだ。転入生は言った。
まだ知り合って間もないが、まるで長年の友人に話しかけるようにハリーに言った。
「……ここを出て友達と合流することは簡単だよ……でもね……」
「私の身にもなって!?こんな場所で来るかどうかも分からない客を待ち続ける日々!!暇なの!退屈なの!!めっちゃしんどいの!!ちょっと話し相手になって!?」
「お辛かったでしょう……」
ハリーは思わず転入生に同情した。暗い部屋に押し込められる苦悩は理解できる。
「そうなんだよ。それもこれも全部ランロクって奴のせいなんだ……!」
ハリーはランロクが誰なのか分からなかった。もしもハリーが今日という日を突入日にしていなければ、ビンズ教授の授業でその名前がどういう意味を持つのか察していただろう。しかしハリーは今日、ダフネと一緒に授業をサボり、後で確認するからとファルカスのノートにも目を通していない。予習の範囲である『ゴブリンの叛乱』では、反乱して鎮圧された敗戦の将については名前すら残っていない。だからハリーは、ランロクとゴブリンを結びつけることはできなかった。
それからハリーと転入生は色々な話をした。ホグワーツのこと、禁じられた森のこと、城に住むゴーストたちや先生たちのこと……しばらく他愛もない話をしていた。
「アルバス!アルバスは元気でやってるんだねえ。おばさんはうれしいよ」
器用に羽根を動かして泣き真似をする転入生は、ダンブルドアの話になると露骨に興味を示した。また、ハリーがスリザリンの生徒であると話すと、うんうんと頷いた。
「そうだねえ、スリザリンは魔法族だけどいい奴が多いよね。私の時代だとオミニス·ゴーントとかセバスチャン·サロウがそうだった」
「サロウ、ですか。聞いたことがありませんね……」
「それでいいんだよ。あいつらは元気で、楽しくやってた。それが重要なんだから」
ハリーは昔のスリザリンについてを聞くのが新鮮だった。
(……そうか……ホグワーツには色んな人がいたんだなあ。サロウ家とか、ゴーント家は残らなかったのかな……)
純血主義は家を残すために全力を尽くす、とハリーはマクギリスやダフネ、そしてドラコから聞かされていた。歴史の彼方に消えてしまった家系もあるからこそ、躍起になって純血主義にこだわるのかもしれないとハリーは思った。
それからもしばらく談笑が続いたが、やがて話題はホグワーツのことから離れ、ハリーの周辺の話題になっていった。ハリーはもう質問する内容が思い浮かばなかったので、転入生の質問に対して答えを返す側になっていた。
「ふーん、今の闇の魔法使いは純血主義者たちで、しかもスリザリン出身なんだねえ。おばさんは気に入らないなあ」
「僕もそう思います。スリザリン生があいつらのせいでどんな目で見られているか転入生先輩にも知ってほしい。連中はマグル生まれを排除しようとしているんです」
ハリーは辛抱強く長話に付き合いながら、目の前の鳥に気に入られようと思った。なるべくマグルについての話題は避けたかったが、ヴォルデモートのような邪悪な人間に関しては容赦なくハリーの身に起きたことを話した。
「ふんふん……ハリーはスリザリンだけどマグル生まれとかマグルは差別しないんだ。私と同じだね!」
「ありがとうございます」
(心を閉ざせ……!)
ハリーは努めて冷静になるようにした。ダーズリー一家への不快な感情と、マグル全体とを結びつけないように。
「うん、うん。今の話で、私はキミのことが分かってきたぞう」
鳥は笑顔で微笑んでいたが、突如、ハリーの前に降り立った。
「キミ、矛盾してるだろ」
「矛盾って、何がですか?」
「危険な闇の魔法使いに勝ちたいけど、そいつは殺したくない。規則違反は繰り返すけど先生たちからは褒められたい。闇の魔法は使いたくないけど、古代魔法は使いたい。マグル生まれは仲間だと思ってるけど、マグルは……本音では差別したい。それは手前勝手な理屈で、矛盾していて破綻しているよ。おばさんも昔言われたけどね」
「仰っている意味が分かりません。僕はマグルを差別したいなんて思ってない」
「ほら、今だってキミは自分を騙し続けている。本当は思ってるんだろう。マグルなんていなければよかったのに」
気付けば、転入生は人の姿をしていた。背の高い女子学生だ。ただしその学生には、顔がなかった。およそ人間と呼んでいいのかも分からないそれは、かつて見たトム·リドルや、ヴォルデモート卿とも異なる異質さだ。
転入生は杖を振った。ハリーは動かなくなった。
「そうすれば、今の下らないしがらみから解放されるのに、って」
(……それは……否定できないけど……だけど……!)
ハリーは自分を取り巻く環境が頭を過るのを押さえつけ、心を平静に保とうとした。思い浮かぶのは、自分が半純血であるという現実。それはスリザリン生ならば誰もが直面するもので、そしてどこかで折り合いをつけなければならない感情だった。
「僕はそれを下らないと思ったことはない。マグルを憎んでも、自分の血を恨んだことはない」
ハリーは柵に囚われていることは否定しなかった。だが、下らないと言わせるわけにはいかなかった。それだけは、絶対に下らないものではない。断言しなから、ハリーは自分の状況を何とか好転させようと手足を動かそうとして、気付いた。
(石になった……!?いや違う……!体が動かないだけだ……!)
ハリーは体の自由がきかないまま、転入生の言葉を聞くしかない。転入生はどこか嬉しそうにハリーに言った。
「私はね、ホグワーツにそういう子が来ることを予見していたのさ!そして実際にキミに出会った!運命の出会いって奴かな?ウィーズリー先生に自慢したいね!」
ハリーが首だけ動かして転入生を見ると、彼女は大声で笑っていた。そんなバカなという声さえ出なかった。ハリーはこの学生に見覚えがあった。顔のない女学生の顔が、ハーマイオニー·グレンジャーとよく似たものになっている。
「キミには闇の魔法使いの素質がある。あんまりにも危険きわまりないね!知ってるかい?世間じゃ闇の魔法を使わなくても、不法侵入しただけで闇の魔法使い扱いなんだ。ましてや闇の魔法を使った奴なんてもっての他だ!」
「僕は闇の魔術を使ったことはありません」
ハリーは即答して嘘をついた。当然の対応だった。
「マクギリス·カローから聞いたよ」
「それは彼がそう言っているだけだ。貴方にはそれが本当か嘘かは証明できない筈です。他人の言葉だけで僕を判断するのは間違っている」
「……それなら、キミが闇の魔法を使った後で殺せばいい。不法侵入したのは君たちだ。そしてその主犯はキミ。悪いのは全部キミなんだからね!」
転入生は、悪意をもってハリーを責め立てる。それが本音なのか、それとも演技なのかハリーには判断がつかない。鳥だったときと全く口調が変わらない陽気さと気安さだったからだ。
「私は闇の魔法使いなら別に殺してもいいとさえ思ってる。そう、今ここでキミを殺してもいいと思ってる!」
ハリーは恐怖した。目の前の転入生は、親しみやすいだけでハリーの味方ではない。この聖域を守る、という価値観で動いているだけの何かでしかないのだ。そして同時に激しい怒りも覚えた。
(……またか……!)
また、ハリーは判断を間違えた。会話で転入生と和解できると期待した挙げ句、何もできずにいる。
「ああ、その表情!憎しみに満ちた表情だ!それでこそ闇の魔法使いだよ!」
「……僕を闇の魔法使いとして、殺すって言うんですか。貴方に危害を加えていないのに」
ハリーは怒りで我を失いそうだったが、それでもこの学生の正体が気になっていた。そして同時に、今の言葉で彼女が怒ったり動揺したりすることを期待していた。僅かでも隙が生まれてくれれば好都合だ。
しかし転入生は笑ったままだった。ハリーの期待を裏切って笑い続けた。
「それじゃあつまらないだろう?遺跡に不法侵入した罰当たりには、私が罰を下すことになってるんだ。だってここは私の家だからね!……さ!構えてよ、ハリー・ポッター!!おばさんの杖十字会式決闘術と、キミの決闘クラブ式闇の魔術、どっちが強いか決めようか!」
「僕は闇の魔法使いになるつもりなんてありません……!」
「あろうとなかろうと、キミはもう闇の魔法使いだよ!法律の上ではね!そして闇の魔法使いには、決闘に異議申し立てをする権利はないよ!コーバス!」
ハリーは観念した。転入生が呪文を唱えると、ハリーの体が勝手に動き、杖を構えたのだ。
(……杖十字会は聞いたことがある……!決闘クラブの前身だってハーマイオニーが言っていたな。でもこの人は一体何者だ!?)
ハリーの心中の疑問に答えるように、転入生は声を張り上げた。
「さぁ!選ばれた闇の魔法使いと!古代魔法の継承者との決闘だ!!!!」
悪いのは全部ハリーなんだからね!