「ステューピファイ デュオ(失神魔法連射)!!」
「プロテゴ トタラム(広範囲を護れ)」
ハリーと転入生それぞれの杖から呪文が繰り出される。ハリーの杖からは赤い閃光、転入生の杖からは白い防壁が生まれる。魔法が衝突するたび、耳を劈くような衝撃音が響いた。ハリーは息継ぎをする間も惜しいとばかりに呪文で攻撃した。頭部を負傷したハリーはこれまでのような回避行動は取れない。エピスキー(癒せ)で治療するような間を転入生は与えてはくれない。先手を撃たなければ敗北しかないのだ。
ハリーにとって幸いなことに、転入生はハリーの魔法の射程外に離れ、物陰に隠れて狙い撃つといった戦法は取らなかった。ハリーは呪文を撃ちながらも、ある思いを強くする。
(やっぱりこの人は……!)
「エクスペリアームス(武装解除)!」
「プロテゴ!!」
何回目かの呪文の撃ち合いのあと、ハリーの集中力は極限まで高まっていた。決闘クラブでの鍛練と、これまでの戦闘経験。そして目の前の遥か格上の敵。
それがハリーの心を奮わせ、燃え上がらせた。不思議なことに、ハリーが高揚すればするほど体は驚くほど研ぎ澄まされ、余計な力も削ぎ落とされ、ハリーの動きは決闘クラブで鍛練した時のそれに近づいていく。
最も無駄のない、洗練された動きに近付いていく。それはまだ発展途上ではあれど、確かな成長の証だった。
(エクスペリアームス!)
ハリーは無意識に無言呪文を使っていた。ハリーがそれに成功したのは偶然に過ぎず、ハリー自身は無言呪文に成功したことに気付く余裕すらない。転入生はついにプロテゴではなく、周囲にあった瓦礫によってハリーの魔法を防御した。さらに転入生のロコモータ(動け)によって、ハリーへと瓦礫が迫る。ハリーは無言プロテゴによってこれを防ぐ。雨あられと降り注ぐ瓦礫が、ハリーから魔力を削り取っていく。
ハリーの額は痛んでいる。体は冷静に、ハリーに残りの魔力量を訴えてくる。
本能が恐怖に屈し、まだ余力があるうちに、まだ魔力が残っているうちに一か八か闇の魔術を使えと囁く。目の前の敵を燃やして殺してしまいたいと叫んでいる。
ハリーはそれを、理性でねじ伏せた。
(ボンバーダデュオ(二連続爆発)!!)
(グレイシアス(凍れ))
ハリーの爆発呪文と、転入生のグレイシアス。熱気と冷却の異なる力を持つ無言呪文が空中でぶつかる。産み出されたエネルギーは周囲に大規模な風圧を発生させ、その衝撃でハリーはよろめき、倒れそうになる。しかしハリーは、同時に転入生もバランスを崩したのを見逃さなかった。ハリーは、転入生に杖を向ける。
(ステューピファイ!!)
無言、かつ最速の赤い光線が吸い込まれるように転入生へと向かう。そして彼女に当たる直前で、彼女は煙のように消える。
「今のは危なかったよ、ハリー」
……いや、瞬間移動のように現れたのだ。転入生は自分の目の前に飛んできた呪文に驚きながらも、冷静に回避して見せた。
「やるね……本当に。マクギリス·カローが感心するだけのことはあるよ。これで闇の魔法使いでなければねえ。自分の間違いに気づくのが遅すぎだよ」
転入生は感心したようにハリーへと向き直ると、杖を構えた。ハリーも息を切らしながら杖を構える。
(こっちは限界……だけど向こうは万全)
ハリーの視界の端に、転入生と天球儀が見えた。天球儀はあれだけハリーたちが暴れても、何事もなかったかのように鎮座している。
(…………どっちだ……?)
次の一手を読み合う二人の間を冷たい沈黙が支配する。不意に、転入生が動いた。
「ステューピファイ!」
(プロテゴ!)
転入生が放った呪文を、ハリーは無言呪文で相殺した。しかしその瞬間、ハリーの上に巨大な柱が落ちる。
「!」
転入生はハリーと魔法の撃ち合いを演じていた、訳ではなかった。彼女はハリーと互角の戦いを演じるふりをしながら、コンジュレーションで瓦礫をまとめて変身させ、攻撃のタイミングを伺っていたのだ。
「レダクトマキシマ(粉々に砕けろ!!!)」
ハリーは咄嗟に己に迫る柱へと粉砕呪文を放つ。物体の破壊のみを目的としたレダクト(砕けろ)によって柱は打ち砕かれたが、恐ろしい速さを維持したまま落ちてきた瓦礫がハリーの左足に当たる。ハリーの心を絶望が支配する。
(……終わった……かな)
これでもう、ハリーは動くことはできない。転入生はロコモータ(動け)によって、砕けた瓦礫をハリーへとぶつけ、生き埋めにしようとしていた。
ハリーの脳内に、走馬灯のようにこれまでが思い浮かぶ。辛かった記憶ばかりなのに、ホグワーツに来てからの日々は輝いていた。そこで出会った人々の顔がくっきりと思い浮かぶ。ハリーは、アズラエルに黙ってここに来ていたことを思い出した。
ハリーの心に、また火が灯った。ハリーはまずはアズラエルに謝らなければならない。次にロンたちにもだ。そのためにここを、生きて出なければならない。
こんなところで、死んでいる場合ではないのだ。それは勇気とは言いがたい。蛇寮らしい、身内に対する友愛と言うべきものだ。そしてハリーにとって、最も幸福な感情だったことは疑いようがなかった。
「エクスペクト パトローナム(パトローナム召喚!!)」
ハリーは杖を力強く振った。ハリーの思いに、柊の杖はその能力を全力で発揮して応えた。柊と不死鳥の杖は、感情的な魔法使いにみられる組み合わせの杖だ。この杖は不安定な持ち主を象徴するかのように、悪い感情にも、そしてよい感情にも応えてくれる。
銀色に輝くクスシヘビが現れたかと思うと、それは恐ろしい速さで柱の残骸に体当たりし、魔法によって硬度を増していた瓦礫を粉々にした。
……そして、その瓦礫が床に落ちきる前には。
もうハリーの目の前には転入生がいた。
彼女はハリーの召喚した蛇に驚いてはいたが、恐れている様子はない。飄々とした態度でハリーに近づくと、右手で杖を、左手で何かを振りかざす。転入生の左手から繰り出されたのは毒触手草。育ての親以外の生物を獲物とし、触手と毒を繰り出す危険な毒草だった。
ハリーは、毒触手草の禍々しいシルエットに注意を払う間もなく、転入生の呪文が何なのかを気にしなければならなかった。
ハリーはその動きでどんな呪文が来るのか分かった。決闘クラブでマクギリスやバナナージといった先輩たちが使っているところをよく見たからだ。転入生の動きはあまりに正確で、杖の動きだけで先を読むことは容易かった。
(ディフィンド(裂けろ)だ!)
ハリーは全神経を集中させて、魔法を唱えた。
「プロテゴ インセンディオ マキシマ(炎の護りよ、全てを燃やせ!)!」
それは、ハリーの取りうる最大の防御魔法だった。ディフィンドによって繰り出される斬撃を弾き、毒触手草を燃やし、転入生に対する反撃となる一石三丁の最後の手段。毒触手草はハリーに痛痒を与えることなく、触手を炎に焼かれ燃えていく。
が、転入生に隙はない。
彼女はディフィンドが弾かれても、涼しい顔をしていた。己に杖を向けると、まるで炎などどうでもいいという風にこちらへ向かってくる。ハリーは転入生が、自分自身にフレイム インセンディオ(炎よ凍結せよ)をかけたことを悟った。
「コンフリンゴ マキシマ(最大爆破)!!」
ハリーはならばと、インセンディオの炎を火種に爆破呪文の風圧と音で転入生にダメージを与えようと試みる。
ハリーの爆発呪文が発動する前に、先んじて転入生が動いた。
「サラマンダ エグジ(サラマンダーよ出ろ)」
転入生は少しだけ冷や汗を流しながら、ハリーの炎に干渉した。プロテゴの炎から、炎の中で生きる魔法生物、サラマンダーが産み出される。
高度なコンジュレーションによって、彼女は炎からサラマンダーを擬似的に作り出したのである。「燃焼」というひとつの現象であり、他人の使った魔法すらも擬似的な生命へと変換することは、変身呪文の真骨頂と言ってよい。まさに古代魔法の継承者と自称するに相応しい魔法だった。
ハリーは思わず、火の中から誕生するサラマンダーの美しさに見とれてしまった。しかしサラマンダーが己に襲いかかる一瞬で、ハリーは現実に引き戻される。
「ロコモータ(動け)!!」
ハリーはロコモータによってサラマンダーを天球儀へとぶつけた。天球儀はびくともせず、疑似生命体であるサラマンダーは衝撃によって炎となって霧散する。
ハリーの魔力は尽きかけていた。エクスペクトパトローナム、全力の炎の護りと、そして最大出力魔法によって。
ハリーは、どさり、と音を立てて倒れた。手には杖が握り締められている。
転入生が倒れたハリーにとどめを刺そうと近寄る。
「……どうだい、ハリー・ポッター。自分の無力さを痛感しただろう」
転入生は瓦礫の上に立ち、ハーマイオニーの顔でハリーを見下した。ハーマイオニーが、テストで百点を取った時のような顔でハリーに勝ち誇る。ハリーにその顔は見えていなかったが。
……が、ハリーは諦めが悪かった。転入生の周囲に、プロテゴが展開される。
「!?」
この時、はじめて転入生は驚いた顔をした。ハリーがまだ意識があったことにか、プロテゴを使ったことに対してか。
いずれにせよ、転入生はハリーの次の魔法を避けきれなかった。この勝負ではじめて、ハリーの魔法が転入生に当たった。
「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!」
***
ハリーの使った魔法は、リディクラス。対象を己のイメージする馬鹿馬鹿しいものに変化させる、ただそれだけの魔法だ。
しかし、ハーマイオニー·グレンジャーの姿をした転入生にそれは効果抜群だった。ハーマイオニーの横に、赤毛のグリフィンドール生、ロンが現れる。
『ハーマイオニー!!毒触手草だ!』
「ええっ!どうしよう!?マッチがないわ!ロン、マッチを取ってきてーっ!!」
『君はそれでも魔女か!』
ハーマイオニーの顔をした転入生は、そう言うロンに対して反論も出来ずにうなだれることしかできなかった。
「転入生先輩。僕は貴方に勝てませんでした。どんな魔法も機転も、新しい戦術も貴方には通じなかった。闇の魔術を使っても勝てなかったと思います。だって貴方は全力を出していないから」
ハリーの言葉に、転入生はうんうんと頷いた。
「素直でよろしい。でも。何でリディクラスを使おうと思ったの?」
「貴方が自分で答えを言ってくれてたからですね」
ハリーは言った。
「『自分はボガートみたいなもの』……つまり貴方は、実体を持たないんだ。僕のイメージする一番強い魔女の形を取っているのが貴方だ。だから、リディクラスの影響を受けてしまうんだ。ボガートみたいな生態だから」
ボガートは人の恐怖する姿に変化する。この転入生はボガートとはまた異なり、人のポジティブなイメージに変化するという生態なのだ。
ポジディブなイメージによって産み出されたハーマイオニーならば、ポジディブかつ気が抜けるようなイメージで上書きしてしまえばいい。そうすれば、戦闘能力を削ぐことができるというのがハリーの推測だった。
「遅いよ、私に使うのが」
転入生はそう言って微笑んだ。
「それとも私がボガートみたいなものだって言ったこと、忘れてた?」
ハリーは己の未熟さを認めた。
「はい。途中までは忘れていました。ただ、思い出した時からは半信半疑でした。もしかしたら本体はあの天球儀で、そっちにリディクラスをかけないといけないのかと疑っていました」
「うむ。疑わしきはとりあえず確認するのは基本だよね。そういうときはレベリオを使うといいよ。戦闘中でもわりと便利だよ」
「肝に銘じます」
神妙な顔で約束するハリーに対して、ウムウムと転入生は頷く。ハリーは逆に転入生に聞いてみたいと思ったことを言った。
「……転入生先輩は最後、どうして僕への攻撃をやめたんですか?僕のリディクラスを受ける必要もなかったのにわざと受けましたよね」
ハリーは瓦礫の山から起き上がることが出来ず、寝転んだまま尋ねた。。転入生はハリーに回復薬を投げて寄越すと、少し感心したように言った。
「……キミがあれだけ追い詰めても闇の魔術を使わなかったから、かな」
転入生の声には、確かな称賛があった。ハリーは照れ臭くなる気持ちを抑えて強がった。
「使おうと思いました。でも、使っても勝てる見込みはなかった。だからリディクラスに賭けました。けどこれは、僕がギミックに気付くまで貴女に接待してもらっただけです」
転入生はしかし、ハリーのハリーの自制心を褒めた。
「そう自分を卑下しなさんな。闇の魔法使いはねえ、性格のネジ曲がった奴が多いんだ。そいつらとまともに会話していたらね、キレたくなる気持ちはよーくわかる。でも、キレて闇の魔法を使うのはね、良くない」
「……分かっているつもりです」
ハリーは闇の魔女に襲撃されたときのことを思い返して言った。使う必要のない魔法を使って、ハリーは汚す必要のない人の尊厳を冒涜したのだから。
「純血じゃないとか、バカな親分に楯突いたとかいう意味不明な理屈で攻撃してくる連中を闇の魔術を使って殺したくなる気持ちもわかる。わかるけど、世間的には闇の魔術を使える奴は尊重されないんだ。スリザリンはちょっと違うけどね」
ハリーは今度は真っ直ぐに頷いた。
「キミが私を殺したくなるように仕向けて、それに乗って闇の魔術を使ったらアウトだった。闇の魔法使いなんていつの時代もどんな時でも必ず産まれるんだから、そいつらをいちいち殺してたらキリがない。そのうち私みたいになっちゃうぞ」
(貴方にはなれないと思います……)
ハリーは思い浮かんだ言葉を飲み込んだ。
「……でも、闇の魔術を使うまでもない時、使わなくてもいい時を見極めることが今のキミなら出来る。だからおばさんもキミを信じて瓦礫を落としたよ。闇の魔術なしで生き残れるかどうか試して、キミはちゃんと生き残った。凄かったよ、キミは。よく頑張った」
(殺す気がなかった人に言われても実感がないなあ)
ハリーは褒められて嬉しいやら、負けて悔しいやらの気持ちが入り交じっていた。そんなハリーを知ってか知らずか、転入生は羽根を羽ばたかせて部屋の中を飛び回る。いつしか転入生の姿は鳥の姿へと戻っていた。
「もしもキミの心が折れて傷ついて、何もかもぶっ壊したくなったり闇の魔法使いになりたくなったりしたらさ。今日私にぶっとばされたことを思い出しなよ」
「貴女に負けたことをですか?」
「そ。どれだけ格好つけたって、大昔の、時代遅れのおばさん一人に勝てなかった闇の魔法使いなんて格好悪いだけだからさ」
ハリーは心外だという気持ちと、転入生という人が基本的には善人なのだろうという思いとで複雑な気分だった。転入生の言うとおり、ハリーは不法侵入した側だ。しっかりとハリーの言い分を聞いた上で説教してくれるというのは、転入生がハリーにかけてくれた温情なのだ。
「その時はまた会いに来てもいいですか?」
転入生はうるさいほどに羽根をバタつかせて、部屋中を飛び回った。
「……キミってあれだねえ。そのうち刺されるよ?」
「どういう意味ですか?」
ハリーを見る転入生の顔に、呆れが浮かんでいるような気がした。ハリーは転入生に、今一度深く礼をした。
「今日は、事前にお断りもせず足を踏み入れてしまって申し訳ありませんでした。……けれど、稽古をつけてくださってありがとうございました。転入生先輩の優しさを決して忘れません」
ハリーは負けず嫌いだった。決闘では、決闘クラブのルールに照らし合わせてもハリーの完敗だった。少なくとも、相手の温情で合格したことになっているのは釈然としない。だが、敗者には勝者の決定に異議を唱える権利はない。ことここに至っては認めるしかなかった。ハリーは杖を胸の上に掲げて礼をし、宣言する。
「参りました。降参します」
「よろしい。それじゃあハリー。試練を突破したキミにはご褒美だ」
転入生はそう言うと、天球儀の上に止まる。転入生の体が淡く輝き出す。
「キミに、ご褒美として聖石をあげる。そうだね、あのパトロナスに免じて……」
そして転入生は、淡い輝きを残して消え去った。
ハリーが周囲を見回すと、部屋の外れに扉が出来ていた。そして、転入生がいなくなった天球儀の側には、紫色に輝く苺のような大きさの宝石があった。
宝石を手に取ると、ハリーの頭に転入生の声が響いた。
『サーペンタリウス(蛇使い座)の聖石だ。使う魔法の効果を最大出力(マキシマ)にまで上げてくれるよ。あ、うっかり魔法を制御できなくなる可能性もあるからご利用は計画的にね?』
ハリーは心の底から微笑んだ。その宝石は、ハリーが愛するスリザリンにちなんだ宝石だったからだ。
『さあ、みんなのところに戻りな。気を付けてね』
「本当に、お世話になりました」
転入生の声がまたハリーの頭に響いた。ハリーは台座に向けて深くお辞儀をすると、新しく出てきた扉に、アロホモラと唱えた。扉は音を立てて開き、ハリーは迷わず扉をくぐった。
古代魔法入手ならず。
基礎を鍛えまくった奴はどんな状況でも強い。なぜなら基礎がしっかりしてるからこそ咄嗟の場面でも応用が出来るから。