試練の間を出て、ハリーは他の三人を探した。
「おー、ハリー!無事だったか」
最初に声をかけてきたのはロンだった。ロンは部屋の真ん中で腕組みをして立ち、周りをキョロキョロと見回していた。部屋にいるのはロンとハリーだけだった。ハリーがロンに他の二人のことを尋ねる前にロンが口を開いた。
「あのさ、試練のことなんだけど……あれ?何を持ってんの?」
「あぁ、そうだったね」とハリーは思い出した表情をした。
「ロンにだけ言うんだけど……。僕、勝っちゃったんだ」
ハリーは嘘をついた。驚くロンの顔はなかなかに見物だった。
「えーっ!ほんとに?」
「冗談だよ。でもお情けでこれをもらった」
ハリーはロンに転入生から貰った宝石を見せた。それは苺のように紫色に輝く、綺麗な宝石だった。ロンは感嘆の声を上げると、改めて部屋を見回した。
「……すげえ綺麗な宝石だな。ハリーはー、あれだろ?あんなわけわかんない奴にやられるわけないよな。だってさ……」
ロンは何か言いたげだったが、言葉を濁した。
「……まぁいいや!それよりみんなを探さないと」
「それもそうだね」
二人は、部屋中を探し回った。しかし他の二人の姿はどこにも見当たらない。
「ザビニとファルカスはどうなったんだろう……ロンの時はどうだった?女の人が出てきただろ?」
「ん、ああ。なんか好き勝手なことを言ってくる人だったな。途中から不法侵入者だ!ってキレられて、レヴィオーソで空に浮かされてから、アクシオだの何だので延々とボコられまくったよ。降参したら許してくれたけど」
「転入生は簡単にこっちのプロテゴを割ってくるからね。仕方ないよ。僕はたまたま相性が良かったんだ」
(僕は運が良かったんだな)
とハリーは思った。
ハリーが曲がりなりにも善戦できたのは、ハリーがアクシオ防止のルーンをローブに刻んでいたのと、たまたま飛行術に優れていて転入生との相性が良かったという幸運もあった。ハリーの内心では、本気のロンと自分とではどちらが強いかは分からないどころか、まだロンの方が強いとすら思っていた。
憧れや尊敬は、時に人の目を曇らせる。
このときのハリーは、それを言われたロンの気持ちに気がつかなかった。
「あとは転入生の昔話に付き合わされっぱなしだぜ。何でも、うちの親戚が転入生の時に先生をしてたらしくてさぁ」
ロンはヘラヘラと笑い言った。
「……となると……ザビニやファルカスも転入生の長話に付き合わされてる可能性はあるか。ファルカスはお爺さんの話を聞いているのかもしれないね」
「かもな。……じゃあ待ってる間に何する?暇だぜ」
「このサーペンタリウスの宝石を試してみるってのはどうかな?」
「それだ!」
ハリーはロンに聖石を持たせ、ロンは深呼吸をして呪文を唱えた。
「ルーモス(光よ)!」
瞬間、ロンの杖先から真っ白な光が爆ぜた。ハリーは咄嗟に目をつむったが、視界が回復するまでに数秒の時を必要とした。
「ノックス(闇よ)!!」
「ロン!!大丈夫!?」
「あ、ああ。目がチカチカする……」
「ダフネから貰った目薬がある。使うよ、ロン。上向いて」
「あ、ああ」
ハリーは、懐から取り出した目薬をロンに与えた。ロンは二、三回瞬きを繰り返し、ようやく視界が回復したようだった。
そのときだった。ハリーの背後で物音がした。ハリーが振り返ると、そこには背が高くハンサムな黒人の男子生徒が立っていた。その後ろには、細身でブロンドの少年の姿も見える。
「ザビニ!ファルカス!!」
ハリーは喜びの声を上げた。
「二人とも無事でよかった!」
「おう。オメーらも無事で何よりだぜ」
とザビニは素っ気ない返事を返した。ザビニの手には、緑色に輝く宝石があった。
「ちょいと時間はかかったがな。……それはなんだ?」
ザビニは、ハリーの手にある聖石を指差した。ハリーは喜んで聖石について説明をした。
「蛇使い座の石(サーペンタリウス)か」と、ファルカスが興味深そうに聖石を覗き込んだ。
「スリザリンっぽくていいだろう?魔法の出力を上げてくれるらしいんだ」
ハリーは少し胸を張って言った。
「それは凄い!ザビニはどんな聖石をゲットしたの?」
ファルカスがザビニに尋ねた。
「俺は魚座(パイシーズ)だ」
とザビニは答えた。そしてハリーは、以外だな、と思った。ザビニに魚のイメージはなかった。
(一体どんなやり取りがあったんだろう)
ハリーたちは興味津々でザビニの話を聞いた。ザビニによると、顔と口で聖石を勝ち取ったのだと言う。
「あの婆さんにはギタギタに叩きのめされたけどよ。俺が婆さんのことを誉めちぎったらなんか知らねえけどすげえいい気になってこれをくれたんだぜ!」
ザビニはニヒルに笑った。
「それで、そのパイシーズ(魚座)の聖石はどんな能力なの?」とハリーは聞いた。
「名前の通りさ。水中で息ができる。まあ魚だからな」
「なるほど」とハリーが頷いた。ロンは何やら納得できなさそうに呟いた。
「伝説の聖石ってわりにしょっぱいな……」
「使い道はこれから考えればいいだろ。売ってもいいしな」
ザビニは、ケタケタとまた笑った。
「それで?ファルカスはどんな試練だったんだい?いきなり襲われた?」
ハリーがファルカスに尋ねた。ファルカスの手には何もなかったが、ロンが手ぶらだったのを見て安心したように口を開いた。。
「僕はファーレイ監督生みたいな女性の姿をした人がやってきた。破天荒な人だったね」
「僕はハーマイオニーに似た人の姿だった」
「俺も」
ハリーとロンは口を揃えて言った。ザビニは自分が見た転入生の姿を明かさなかった。
「空の星は魔法で動かせるパズルになっていて、好きな星座を作ることが出来るんだ。遊んでたら、転入生が楽しそうに笑ってきたんだ」
ハリーもロンも驚いた。二人ともそれは初耳だったからだ。
「ファルカスはいいところまで行ったんだね」
「だけど石は貰えなかった。二人はどうだったの?」
ハリーは自分が受けた試練について話した。ロンやザビニはそれを聞いて、やっぱりな、という顔をした。一方ファルカスの方は面白くなさそうな表情をした。
「闇の魔術を使ったら闇の魔法使い扱いなんて横暴だよ。使わなきゃやってられない状況だってあるのに」
「闇の魔術を使っていいのは命の危機がある闇の魔法使い相手だけだよ。闇の魔術は基本的には使っちゃだめなんだ。ましてや今回は僕らが不法侵入した側なんだから」
さらにハリーは続けた。
「でも、僕たちは使わなかった。だから転入生も認めてくれたんだ。そうだろ?」
ファルカスは首を横に振った。
「僕はさっぱりだよ。聖石はもらえなかった。いきなり杖を向けられたと思ったら、次の瞬間には水をかけられて『グレイシアス(凍れ)』さ。何も出来なかった」
ハリーは驚かなかった。あの転入生は想像通り、全く本気を出していなかったということだ。
「転入生相手じゃ仕方ないよ」
「それで、やられっぱなしで降参したのか?」
とザビニがファルカスに言った。
「それにしちゃ、長くかかったな」
「いいや」
とファルカスが首を振る。
「何かやったの?」
「別に大したことじゃないよ」
とファルカスは素っ気ない態度だ。しかしロンは、すかさず口を挟んだ。
「教えてくれよ。友達だろ?」
「……弟子にしてくださいってお願いしてみたんだ」
「名案だね」
その手があったか、とハリーは思ったが、ザビニは違った。
「どう見てもあのばーさんは天才側だろ。参考にならねーよ」
「確かに、あの人はルナと双子を足して割らないみたいな天才だよ」
「なんだその地獄はよ」
ザビニがハリーの言葉に突っ込んだ。ホグワーツにおける天才と、天災を掛け合わせたかのような存在は恐らくは誰にも制御できないだろう。
「だけど、あの人の魔法はとんでもなく正確で綺麗だった。お手本にするにはもってこいだと思うよ、僕は」
「でもフラれたよ。僕はフラれっぱなしさ」
「まーそう気にすんなって。いい師匠がそのうち見つかるぜ」
ハリーとザビニは大笑いしながら落ち込むファルカスを慰めた。一方、ロンは何かを考えるように黙っていた。
笑い終えてから、ハリーは気を取り直して言う。
「古代魔法は手に入らなかったけど、収穫はあったね。聖石二つと、そしてここでの貴重な体験が手に入った」
「だな」とロンが言った。
「聖石は取った奴が持つってことでいいよな?」
ザビニは不安そうにハリーたちを見渡して言った。ザビニ自身、貴重なマジックアイテムが手に入るとは思っていなかったのだろう。
「異議なし」
「そりゃそうだよ」
「……じゃあ、サーペンタリウスは僕が、パイシーズはザビニが持とう。あんまり見せびらかさないようにしよう」
「よっしゃ。んじゃあ、火消しライターを使うぜ。帰ってアズラエルに石を自慢してやる」
ザビニがライターをひっくり返すと、赤く煌めく炎がライターから放たれた。ハリーたちは一人、また一人と炎の中に飛び込みながら、寮の部屋へと帰還していった。
こうして、ハリーたちは二つの宝石を手に入れることに成功した。
ハリーは一つをポケットに入れ、もう一つをローブの中にしまった。
ハリーにとって、二つの聖石は仲間たちとの絆を強く感じさせた。アズラエルに冒険の成果を話しながら、スリザリンの四人組の夜は更けていった。
土曜日の朝、魔法でしっかりと防衛措置を施したトランクに聖石をしまったハリーは思う。
(この石は、もしかしたら色々なことに応用が効くんじゃないか?魔法の出力を増大させる以外にも、何かに……)
だが今はまだこの考えを皆に話す時ではなかった。これから実験を重ねて検証し、少しずつ鍛えていけばいい。ハリーは逸る気持ちを抑えながら、ファルカスと共に大広間へと脚を運ぶのだった。
***
一方、火消しライターの火でグリフィンドールの談話室に戻ったロンは、ちょっとした冒険の秘密を部屋の皆に明かしていた。説明しなければ、夜中にどこへ出掛けていたのかとシェーマスやディーンがひどく心配そうな顔になるからだった。
『あの』ハリー・ポッターと一緒になって冒険したと言えば、マグル出身のディーンはともかく、シェーマスなどはとてつもなく驚く。そして、少しの尊敬を込めた目でロンをみてくれる。
それが、ロンにとってはとても嬉しく、同時にそんな自分がとてつもなくみすぼらしく思えてくる。
(今日、俺って何が出来たんだ……?)
今日の冒険で、ハリーたちはますます成長していた。ハリーはロンの知らないうちにいつの間にかパトロナスを習得していたどころか、試練を突破して聖石までゲットしてしまった。しかもハリーだけでなく、ザビニもだ。
対して自分は。自分は違った、とロンは思った。いつだって、自分は『特別』にはなれない。
転入生は、ロンを怒らせるためにロンの心の弱いところを的確に突いてきた。ロンは、他人の影でしか生きられない。双子に、パーシーに、ハーマイオニーに、あるいはハリーの影としてしか。
それを否定したかった。だが、どうやっても転入生には勝てなかった。本当に才能がある人間の前では、ロンなんて大したことはないという風に。ロンの目の前にいた転入生の姿は、次第にハーマイオニーの姿からハリーへと変わっていった。まるでロンの中の恐怖を膨らませたかのように。
悪夢のような記憶を振り払うように、ロンは寝返りをうった。
(こんなのはいつものことじゃないか)
自分は目立たない存在として生きてきた。恐らくはこれからも、そうだろう。そうロンは自分自身に言い聞かせる。
(それに、ダメだったのは俺だけでもないし……って、こんな想像にファルカスを付き合わせるんじゃねぇよ……)
ロンは自己嫌悪に陥っていた。ファルカスが聖石を手に入れられなかったと聞いて、ロンの頭によぎったのはファルカスへの同情だけではない。自分の同類だという、悪い意味の安心感だ。
だがそれは、ファルカスという友人への侮辱だとロンは分かっていた。ファルカスは、ロンにだけあることを明かしていた。闇祓いになりたいという己の野望を。
(本気で闇祓いを目指して努力している奴を、自分の安心感のために自分と同類だと見なすなんて恥ずかしくねぇのか)
ロンだって、闇祓いが格好いいと思ったことは、ある。
ただ、闇祓いになれるのはエリートの中のエリートだけだ。それこそパーシーのように12科目もOを取る必要はないが、変身術や呪文学、DADA、さらに薬学という広範な知識と根気が必要な科目でE以上の成績を取ることは最低条件。
平凡なロンでは目指すことすらおこがましいと言える夢だ。それでも、その夢をもう一度みたいと思った。だからファルカスとも仲良くなった。
そんな気持ちすらも裏切っているような気がした。
(…………今日は楽しかった。それでいいじゃないか)
ロンはそう自分に言い聞かせながら眠りについた。負のスパイラルに陥りがちなとき、その原因について深く考えない。それが、ロンが13年の人生で獲得したメンタルコントロール技術だった。実際次の日、ロンは何事もなくハリーたちと接することが出来た。
少なくとも、表面上は。
***
週末、ハリーはホグズミードには行かず、ホグワーツにとどまった。闇の魔法使いを警戒したのもあるが、ダフネとの約束を果たすためだった。
ダフネは金曜日以降、本来の調子を取り戻したかのように見えた。
ダフネはハリーと目が合うと視線を反らし、あまり多弁にハリーと会話をすることはなかったが、薬学の実験に必要な毒草を採集した後は絵を書いて穏やかに過ごしていた。ハリーはホグワーツ城の湖畔でダフネが絵を描く間、水草の採集や水鳥の観察に勤しんだ。ダフネと会話するのが何となく照れ臭かったが、努めて普段通りに振る舞えるよう意識した。
ダフネに風が当たらないよう魔法で風避けを作ると、ダフネは少し微笑んで風避けを無地から花柄の刺繍が刻まれたものへと変化させた。
「うまいね。流石だ」
とハリーが素直に褒めると、ダフネは澄ました顔で言った。
「戦闘だけが魔法の全てではないわ。こういうことに使えてこそ一流の魔法使いなのよ」
「僕は戦闘したくて決闘クラブに入った訳じゃ……ないとは言えないね、うん」
ハリーはダフネの言葉を認めた。
「一年の頃色々あったから、元々自衛のために魔法を学びたかったんだけど、独学だと限界があったんだ。決闘クラブに入れてちゃんとした先生に教えて貰えたのはラッキーだったと思う」
「貴方がそうなったのは、ミスタウィーズリーたちと関わったからかしら?それとも、貴方が貴方だったからかしら?」
ダフネは純粋な疑問を問いかけるようにハリーに聞いた。ハリーは、両方だよとダフネに言った。
「君が言うように、僕がスリザリンの中で浮いていたから闇の魔法使いに目をつけられたところはある。間違いなくね。けれど、それがなくても僕は狙われていたと思うよ」
「今なら、冷静に考えればハリーの言葉も正しいと分かるわ。けれど、やっぱり納得できないの」
ダフネは黒髪を茶色く染めて、三つ編みにしていた。湖畔からふわりと浮かび上がる水草が髪にくっつかないよう手でガードしながら、ダフネはハリーに問いかける。
「どうしてミスタウィーズリーのことを気に入ったの?彼は、失礼な言い方でごめんなさい。凡庸な人に見えるわ」
ハリーはダフネに少し苛立ちを覚えたが、ロンの凄さを分かっているのは自分たちだけだと思い直した。スリザリンでは、ライバルであるグリフィンドールの勇敢さは評価されにくい部分もあるのだ。
(……ロンのことを分かって貰おうとは思わない。本当にそれが分かるのは、僕たちみたいにロンと一緒に冒険した人たちだけだ)
ハリーから見て、現在も昔も、ロンは変わらずに勇敢だった。そうでなければ、どうしてスリザリン生の方が多いコミュニティの中でやっていけるだろうか。
「友達になれると思ったから、……いや、友達になってほしかったからかな」
ハリーは当時のことを思い返しながら言った。
「入学式の時にネズミの一件があって、ロンにはどう接すればいいのか分からなくなってた。だけど、ハロウィンの時にロンは大して仲がいいわけでもない子のために、危険な場所へ踏み込んでいった」
「それはハリーも同じではないの?」
「全然違うよ。僕は自分と仲が悪い奴のために助けようなんて思わない」
ダフネはハリーのことを過大評価しているのか、本当かしらという目でハリーを見た。ハリーは、そんなダフネの視線をスルーして言った。
「僕にはロンと同じことは出来ない。面白い冗談を言うとかは専門外さ。まぁ、ロンにも僕とまったく同じことは出来ないと思うけど。とにかく、ロンのそういう部分が僕は好きなんだ。友達としてね」
ダフネは少し考えていたようだったが、やがて絵の下書きを書き終えると、ハリーにこう呟いた。
「つまりハリーは、ミスタ ウィーズリーをリスペクトしているのね」
(……いや……?)
そうだろうか、とハリーは思った。そういう部分はあるのだろうが、それだけでもないと思っている。何となく不適切な気がして、ハリーはダフネの言葉に素直に頷けなかった。
「リスペクトって、友情からはちょっと遠くないかな?」
「そうかしら?私、そういう関係が少しだけ羨ましいと思うわ。美しくて」
ダフネはそう言うと、また湖畔に視線を落として筆を動かし始めた。ダフネの筆が動く音を聞きながら、ハリーは湖畔で心地よい風を受けていた。
「……うん。君がロンのことを認めてくれるなら、それでもいいかな」
ハリーは体を休め、そして心を休めることが出来ていた。恐らくは三年生でもっとも穏やかな一時を、ハリーは、過ごしていた。
***
闇の魔法使いがホグズミードに出没して以降、ホグワーツではいくつかの変化があった。
まずひとつは、ホグズミードへのディメンターの増員だった。ダンブルドアはディメンターの増員に難色を示したものの、闇の魔法使いの台頭に対してファッジは強硬な姿勢で臨んだ。
ファッジが強気になったのは、闇の魔法使いらしき魔女も、アントニン・ドロホフも、純血派閥ではない犯罪者だったことが原因だった。
純血に連なる一族の人間を捕まえることは、大衆の支持を受けて次の選挙での勝利に繋げやすい。しかし、純血一族の寄付金や政治献金を失えば、魔法省の運営は厳しい。暗黒時代から十年かけてようやく平和と言える環境を手にしたとはいえ、長い不況によって停滞した経済の建て直しには十年という時間では足りず、純血一族からの寄付金は今も魔法省の生命線であった。そのため、資金力のある一族にはギリギリまで手を出したくない、というのがファッジをはじめとした魔法省高官の本音なのだ。
しかし、長期にわたって闇の魔法使いを野放しにしたとなればファッジの支持率は低下する。今回の闇の魔法使いがスリザリン派閥でも、聖28一族でもないとなれば、ファッジも喜んで本気を出せるとばかりに、ダンブルドアの反対を押しきってディメンターの増員を決めた。ダンブルドアに対しては、一部の保護者(ルシウスなど)から強い要望があったからと説明して。
そのせいで、ホグズミード周辺は今では濃い霧が立ち込める異常地帯と化していた。休暇中にホグズミードを訪れようという生徒の数も減り、ホグワーツでは学内のイベント、主に週末のクィディッチ対抗戦がストレス発散のための共通の娯楽と化していた。
そんな中、ホグワーツの生徒たち、特に三年生の間ではまことしやかな噂が流れ始めた。流したのは一部のスリザリンの女子生徒だが、ホグワーツの三年生のほとんどが半ば事実としてその話題を認識した。
ハリー・ポッターとダフネ・グリーングラスは特に親しい、と。
何よりもその噂を補強したのが、金曜日に二人揃って授業を休んだ後、影の薄い女子生徒として認識されていたグリーングラスの顔に笑顔が戻っていたことだった。ゴシップ好きで想像力があるの生徒たちの口の端に、何かあったんじゃないか、という話題としてハリーとダフネのことが話題に上がるのにそう時間はかからなかった。ハリーはそんな噂を知ることもなく、普段通りせっせとスリザリンのために点数を稼いでいたが。
金曜日のXデー以降、ハリーの魔法の腕は一段と上達したように周囲の生徒たちの目からは見えていた。ハリーにとって長い長いトンネルから抜けた直後であったことや、さらに上を目指すことが出来る目標が見つかったこともあったろう。
イースター休暇まで残り二週間となった頃には、そんな『噂』は『事実』として認識され、人の口の端にも登らなくなっていた。
そんな現実を、苦々しく思う生徒もいた。
セオドール·ノットという、細身で寡黙だが目に強い意志を秘めた生徒は、寮の自室でドラコ·マルフォイに自分の考えを述べていた。話題はもちろん、ハリーとダフネの関係についてだ。
「ポッターは純血主義を尊重してなどいない。なぜなら奴は半純血だ。だというのにグリーングラスに近付くというのは、明らかな背信行為だ。それは君もよく知っているだろうがな」
セオドールの冷静で的確な指摘に対して、ドラコは狼狽えなかった。
(ノットの奴、やけにポッターに拘る……)
ドラコにとってセオドールは、数少ない同等レベルで議論が出来る友人だった。セオドールが感情を出すことは珍しく、もしかしたらグリーングラスに対して特別な感情があったのかもしれないとドラコは何となく察した。
「父上も、グリーングラスの父親もそれは承知の上だろうさ。あいつの母親は穢れた血だ。だが、幸いにして死んでいる」
ドラコは残酷にハリーの母親を嘲笑った。そうすることが、純血主義者としては正しいし、目の前のセオドールもそれを望んでいるのだから。ゴイルはなにか言いたそうにしていたが、クラブから口にお菓子を突っ込まれて黙らせられていた。
「半純血ではあっても、ポッター家の遺産や英雄としての名声を取り込める方がいいと判断したんだろう」
ドラコの言葉の理屈を、セオドールも理解していたのだろう。ただ、納得が出来ないというだけで。セオドールは心底苦々しげにドラコの言葉に耳を傾けていた。
(僕たちは何を言ってるんだ。同級生の色事なんて放っておけばいいものを)
ドラコの中の本音では、この手の話題にうんざりしていた。ハリーをどうするの、と聞いてくるスリザリンの同級生は後を絶たない。
(はっきり言ってハリーにも、グリーングラスにも大きなお世話だろう)
と思っている。同じことは、今ではハリーのブレインになっているブルーム·アズラエルも思っているだろう。
しかし、スリザリンという寮が持つ思想が、純血主義という一つの宗教が、邪推や悪意を否応なく沸き起こさせる。
ドラコはそれに内心でうんざりしながらも、純血主義者としての立場を取りながら宥めなければならなかった。本当はクィディッチの優勝決定戦まで、クィディッチのことだけを考えていたいのに。
「グリーングラス家の名誉はどうなる?あの家はポッターに侮辱されたんだぞ」
ハリーを明らかに下に見た言動に、ドラコは内心で顔をしかめたものの、表面上はにこやかに頷いた。
「君の言いたいことは分かるさ。だがな、ポッターは世間的にはすごい奴ってことになっているんだ。学校の怪事件を解決した英雄だってね」
「……それは分かる。分かるが」
「グリーングラスもそう悪い気分ではないだろう。今のポッターは話題の英雄なのだから。彼女の視点ではむしろ、ポッターの方がこちらに合わせてきた、とも言える」
「そんな悠長なことを。ポッターは僕たちを冒涜しているに過ぎない!」
「本当に冒涜している連中は僕たちには近付かない」
「……ッ……!!」
デスイーターの息子として、自分たちがどういう目で見られているかはドラコもセオドールも理解している。というよりは、ホグワーツでの生活で理解させられた。頭の芯から分かったわけではないが、自分たちが尊敬などされておらず、殺意すら抱かれるほどに憎まれていることもだ。
ハリーが、それを気にしていないこともだ。気にしていればスリザリンには入らない。
「ポッターがどういう立場を取っていようと、世間の連中は僕たち純血の人間を憎んでいる。あいつも直に分かるさ。グリーングラス家と付き合うことで、世間があいつのことをどう見るかをね。僕たちがどれだけ忌み嫌われているのか、これから知っていくことになる」
だからグリーングラス家については心配するな、というドラコの言葉に、セオドールは納得したふりをした。高級な毛布を被り、ニーズルの毛で覆われた安眠枕に頭を置いて眠ったふりをした。
セオドールはハリーへの怒りで、とても眠れたものではなかった。
ハリーが、よりによってダフネ·グリーングラスに対して手を出したこと、だけではない。
グリーングラス家はノット家が提唱した"確実に純血と断言できる28の一族"の一つだ。だからノットも幼い頃からダフネとの交流はあった。
社交界で強く自己を主張せず、日陰に咲く花のように微かに儚く笑うダフネが、セオドールは好きだった。そう、好きだったのだとはじめて自覚した。
彼は、自分が好きだという思いを、自覚することが出来なかった。何故なら、グリーングラス家は純血ではあるものの、致命的な欠陥があったから。
血の呪い。
親から子供へと継承されてしまう確率がある疾患。これがあるだけで、グリーングラス家は富や権力があれど、聖28一族のなかで高い序列を得ることは許されない。子孫に呪いが引き継がれてしまうかもしれないからだ。グリーングラス家の血は濃い。聖28一族同士でも、結婚相手を見つけるのが難しい家なのだ。
幼いながら聡明な少年だったノットは、世界の現実を朧気に理解した。理解できてしまった、という方が正しい。
そんなセオドールが、何よりも赦しがたかったのは。
ダフネ·グリーングラスという少女が、変わっていっているということだった。恐らくは、ハリー・ポッターの影響で。
ダフネはあれほど快活に笑う人ではなかった。
あれほど感情豊かではなかった。
……あれほど、心の底から楽しそうなダフネの姿など見たことがなかった。
そんなダフネの姿を見る度に、セオドールは思う。胸の奥に、どす黒い感情が沸き上がってくる。それはとめどなく、呪いのように一人の少年の心を満たしていった。
(今は笑っていろ。呑気に、何も気にせず間抜け面を晒して笑っていろハリー・ポッター。いつか必ず。お前を殺してやる。殺してやるぞハリー・ポッター)
黒い殺意を滾らせながら、セオドールはドラコに毒を撒く。いつかドラコにも、ハリーへの疑念が育ち、やがて敵意へと変わり、それがどす黒い殺意へと実るように。
「ポッターを味方に引き入れる、か。上手く行くといいがな……」
「僕の父上が間違っているというのか、セオドール」
「いいや。君の父上は寛大な御方だ。ただ、僕は奴がスリザリンに来た理由を考えていた」
「理由、ねぇ。間違いなく蛇語だろうさ」
「ポッターは復讐のために、スリザリンに入ったのだと思わないか、ドラコ」
ドラコはセオドールの言葉に対して、少しだけ間があった。少しの間の後、セオドールの言葉を笑い飛ばした。
「ポッター一人で何が出来る。スリザリンは僕たちのものさ、ノット」
幼馴染(というにはノットとダフネの間の縁はあまりにも薄かったけど)の間に挟まるハリー。
ジェームズポイントプラス100点!スネイプポイントマイナス100点!!スリザリンは百点減点!