ホグワーツの教職員に与えられた研究室の一室で、リーマス·ルーピンは一つの宝石を杖で叩いていた。
その宝石は琥珀色に輝いていたが、リーマスが二回、そっと撫でるように杖で叩くと、女性の甲高い声を発した。
『やぁ元気?私は元気!ところで貴方はだあれ?』
「ルーピンです、ミセス」
『ああ、ルーピン。リーマスね。例の子達はどう?元気してる?』
「ええ、ハリーたちは健やかに日々を過ごしています」
リーマスはその琥珀色の宝石に向かって丁寧に頭を下げていた。決してその宝石を下に置かない。その宝石はふわふわと机から宙に浮き上がると、リーマスと同じ目線になった。この琥珀色の宝石の名前は、ジェミニ。二対で一つの扱いとなる。その効果は単純で、ジェミニの片割れとなる宝石を持つものといつどこでも会話が出来るというものだ。距離の制限はない。リーマスの学生時代に、リリー·エパンズと二人で取得した思い出の品でもあった。
『まぁ!それはよかった。私、久しぶりの来客だったもんで嬉しくてね。加減がきかずにやり過ぎちゃったかな?と反省してたんだ』
「彼らは、敗北も日々の糧に出来る子供たちですよ」
『青春だねえ。リーマスはどんな気分?昔を思い出したりしちゃう?』
「私の世代はもっと殺伐としていましたよ。それこそ、グリフィンドール生とスリザリン生が手を取り合って冒険するなんて考えられませんでした。……いい時代になったと思います」
『うーん、おばさんの時代はもう少し健全だったんだけどねー』
「以前うかがった、貴女とダンブルドア先生との冒険ですか」
『そうそう。一年生のアルバスはねー、凄くちっちゃくて可愛かったんだよー。グリフィンドールにしとくのが勿体ないくらいだった』
「ダンブルドアの子供時代は、私には想像も出来ません」
『誰にも少年時代はあるものさ。君もそうだったようにね』
琥珀色の宝石を通して、二人の会話は続く。それはジェミニの特性であった。ジェミニは相手の心が読めるわけではない。しかし、その会話の声色やリズムから感情を読み取ることは出来る。
スリザリン生でありながらダンブルドアの信頼を勝ち取り、奇妙な信頼関係を築いたかつての転入生の名残がその声からは伝わってくる。
(……いい時代、か。俺たちの時代が暗黒時代でさえなければ、シリウスはどうだっただろうか)
話をしながら、リーマスの頭にふとそんな思いが過る。
(……シリウスは間違いなくグリフィンドールだったはずだ。そしてスリザリン生と対立していただろうな)
リーマスはそう結論付けた。今のシリウスならばまだしも、学生時代の、ブラック家の環境と過剰な教育方針、純血主義に反発し、正義感に溢れていたシリウスが清濁のうち濁の割合が多いスリザリン生と協調できたとは思えなかった。
ひとしきり転入生の長話に付き合ったリーマスは、転入生がポツリと漏らした言葉を聞き届けた。
『アルバスも、今回のことは承知済みだよね?』
「勿論です。ハリーたちがいつ訪れてもいいように森を整えておきましたから」
禁じられた森の生態系のなかで、ハリーたちに対応が難しいと思われた森トロルや、アクロマンチュラは探索ルートにかち合わないように二週間に一度、リーマスが誘導していた。
森の管理はハグリッドもやっていることだが、ハグリッドだけでは手が回らない部分もある。聖域の周辺はリーマスもよく知っていたので、問題なく管理することができた。
『……アルバスに伝えてよ。君の目論み通り、あの子供たち……ハリー、ブレーズ、ロナルド、ファルカスの四人は古代魔法の才能がなかったってね』
琥珀色の宝石はなおも言葉を続ける。
『アルバスが古代魔法を探索することを大っぴらに許すなんてあんまり無いことだ。アルバスは思い上がったガキが何よりも嫌いだ。古代魔法なんてものを中学生の子供に持たせたらどうなるかなんて、火を見るより明らかだからね』
「……中学生には過剰な力だというのは仰る通りです。私は実際にそれを見たことはありませんが、貴女が言うのであればそうなのでしょう。ハリーたちの現状を考えれば、古代魔法は闇の魔術の代替手段としてはありだったと思いますが。古代魔法の痕跡が見えなかったのであれば、ハリーたちが手にすべきではなかったということなのでしょう」
リーマスは転入生の言葉に同意したものの、本心ではハリーたちが古代魔法を得られるとは思っていなかった。リーマスの知る限り、転入生が残した古代魔法の痕跡を視認できた魔法使いはいない。リーマスは、ハリーたちが古代魔法の継承者になることは期待していなかった。転入生の基礎魔法を見せつけて、ハリーたちが普通の魔法や学業により身を入れることを期待していたのである。
実際、ハリーたち、特にハリーの基礎魔法の腕は確実に向上していた。地道な訓練こそが上達のために必要なことで、それは古代魔法や、ましてや闇の魔術という『特別』な力を求めるだけでは手に入らない。それを実感させるために、転入生に力を借りたのである。
リーマスでも、フリットウィックでも、あるいは七年生の誰かであっても出来たことかもしれない。
しかし、能動的に起こした行動の結果として得た教訓は、案外子供の心に残り続けるものなのだ。だからこそ、リーマスは転入生というハリーたちにとってのイレギュラーに、ハリーたちに体験させたのである。
リーマスの言葉に、琥珀色の宝石は笑った。
心の底から可笑しそうに、大声で笑った。
『ま、私の後継者が現れたら私はお役御免になっちゃうからいいんだけどね』
「そうならないことを祈っています」
ジェミニはうんうんとリーマスの言葉に頷いた。
『ま、アルバスに伝えてよ。私の見る限り、ハリー・ポッターは闇の魔法使いになることはない。少なくとも今のところは、ね。おばさんが何かするまでもなく、あの子は成長していたみたいだ』
「ええ」
『私ねー、ハリーのタフさにはビックリしたんだよ。平均的な魔法使いなら三日は入院する勢いで痛め付け続けたのに、すぐに立ち上がってくるの。いやー、信じられないガッツだったねえ』
(……?ハリーが……?)
リーマスは転入生の言葉に眉を上げた。転入生の魔法は、基礎魔法とはいえ延々と受け続けても大丈夫なものではない。しかしリーマスは、転入生がハリーたちと邂逅した次の日の朝にハリーが何事もなく元気に活動していたのを目撃している。
(どういうことか、ダンブルドアに訊いてみるか)
しかし、リーマスはダンブルドアから正しい答えを得ることは出来なかった。ハリーが異様に頑丈である、という転入生の報告について、ダンブルドアは私にも分からないと答えたのである。
『……それから。ファルカス君とかロン君とかにはもう少し配慮が必要かな。おばさんから見たらハリー君と大差ない子供だけど、色々と思春期の悩みがあるみたいだし』
「ええ。確かに」
(思春期らしい悩みか。……あの二人ならば乗り越えられるだろうが)
リーマスから見て、今名前が上がった二人はどちらも似たタイプではあった。ただ、ファルカスの方はロンよりさらに上昇志向が強く、オーバーワークの傾向があった。
(……私はまずミスタ サダルファスに声をかけてみるか)
リーマスはそう考えつつ、名前の上がらなかった残りの一人について問いかけた。
「ミスタ ザビニはどうでしたか?」
『あの子はねー、ガキぶってるけどマセてる。わりと大人だね』
(……)
「それは一体どういうことです?」
『もうねー、私のことをもんのすごく褒めてくれるの!そりゃあね、私はあの子の望み通りの姿になってたわけだけど、あそこまで褒められたら悪い気はしないよ!いやぁ、将来が楽しみだねえ!』
(……この人は、まったく……)
リーマスは呆れて声が出なかった。転入生の人格からすれば子供を相手にしてなにを言っているのだろうか。
『最後に、もし、万が一よ。あの子に言い寄られたとしたら、おばさんはどうしたらいいと思う?』
「全力で止めます」
リーマスのその答えを聞いた転入生は心底嬉しそうな声をあげた。どうやらこの答えは正解だったようだ。リーマスが呆れて話題を変えようとすると、琥珀色の宝石から笑い声が漏れる。
『あの子も間近で色んなものを見て葛藤してるんだけど、いい方向に進んでると思うよ。私からすると、あの四人の中だと一番安定感があるね』
「それは嬉しいことです」
リーマスは心の底から言った。ブレーズ·ザビニは身内に不幸があったばかりで、彼には不名誉なレッテルがつきまとう。そんな少年が、健やかな精神状態でいることをリーマスが喜ばないわけはなかった。
『いやぁ、久しぶりに若い子供たちが見れて楽しかったよ!!んじゃ伝言の件よろしく頼んだよ!あとね、またここに来たいって子がいたらそのときは宜しくね!杖を振って出迎えるから!』
「分かりました。……それでは、いい夜を」
『いい夜を、リーマス』
琥珀色の宝石はそう言い残して静かになった。リーマスは宝石を己のトランクの中にしまうと、ダンブルドアへと報告に向かうのだった。