コリン→愚者
ルナ→月
トンクス→太陽
リタ·スキータ→塔
週末の土曜日、ハリーは決闘クラブで、アフロ姿になって登場したコリン·クリーピーを迎えていた。コリンの異様な変化にザビニとロンが爆笑するなかで、ハリーはポーカーフェイスを保たねばならなかった。
「やぁコリン。どうしたんだい、その髪型は?」
「ルナと一緒に冒険をして、ひとつ上の経験をしてきました!似合ってますか?」
「うん。似合ってる似合ってる。たわしみたいだよ」
ハリーが適当に誉めると嬉しそうな顔をするコリンに、ハリーは少し心配になった。
(君はそれでいいのか、コリン……アフロって維持するの大変だろうに……)
「アフロになることがひとつ上の経験になんのかよっていうかお前アフロになれるほどの髪の量じゃなかったろそれどんな魔法だオイ」
「魔法の本の中で美容師さんに整えてもらいました」
コリンの話によれば、必要の部屋のなかでルナが見つけた本の中に閉じ込められ、中の世界を探索していたのだという。
「その本は?」
ホグワーツ内部には隠し通路や隠し部屋、そして生徒を殺しかねないようなアイテムが至るところにある。三年生のはじめにレイブンクローのダイアデムを発見したときを思い出したハリーは念のためにコリンに確認した。
「ダンブルドアに渡しました!」
「本当に良くやったね。偉いよ二人とも」
ルナはライオンの形の帽子を身に付け、誇らしげに杖を掲げた。
「いあ、いあー。冒険には勇気とアフロが付き物なンだよ。ホグワーツにはスリルと興奮がいっぱいで楽しいね」
突然異空間に閉じ込められたにしてはまったく普段と変わらないルナを見て、ハリーは呆気に取られていた。
(……もしかしたらこいつらなら古代魔法も入手できたんじゃないか……)
ハリーはのほほんとした表情で本の中のちょっとした冒険を語るルナとコリンを見ていると、将来大物になりそうだという予感にとらわれた。好奇心の強いコリンと、センスのあるルナならばハリーたちの冒険に負けず劣らない冒険を繰り広げてくれるだろう。それに耐えうるだけの実力は必要だが、それはこれから身に付けていけばいいことだった。
「……気のせいでしょうか。ルナを見ていると胃がひりつくような感覚があるんです。ルナは大丈夫でしょうか……」
アズラエルはルナを見てそう呟いた。
「アズラエルの気のせいじゃないの?」
「なんか変な魔法とか宗教に関わってないかって不安になるんですよ。いあー、とか、いかにも怪しげな掛け声じゃありませんか。まぁ、僕の気のせいだと思いますけどね」
「きっと考えすぎだよ。ルナがおかしいのはいつものことじゃないか」
ファルカスはルナよりもアズラエルの方に心配そうな視線を向けた。ハリーもじっとルナを観察したが、別段おかしなところは感じられない。
(確かにコリンの髪型はおかしなことになったけど、調子は普段通りの健康そのものだ。人をおかしくする魔法なんて、そうそうあるもんじゃ……)
(……いや、あるな、この世には)
ハリーはダフネを思い返した。命の危機は人を変える。普通だった人も、何かのきっかけ次第で簡単に変な方向に進むことはある。ハリーが闇の魔法使いになったようにだ。
(二人は大丈夫だろう)
ハリーやダフネに比べると、ルナもコリンも健全そのもので、顔色も口調も普段通りに見えた。
「だといいんですけどねえ。僕の気のせいであることを祈ります」
アズラエルも自らの杞憂であることを認めた。ザビニはコリンのアフロに手を突っ込んで遊びながら二人に言った。
「ルナがおかしいのはいつものことだろ。ここのところお前らの影が薄かったのは、二人で冒険してたからってことか?」
「だって、ここ最近は皆ホグズミードに行っちゃって構ってくれないんだもの」
ルナは少し拗ねたように言った。
「拗ねんなよ……ったく。しょうがねえな。今ホグズミードは霧まみれで陰気だからここにいるんだ。ほら、なんか覚えたい魔法とかあったら言ってみな。俺が知ってる奴だったら教えてやる」
「ザビニが駄目だったら私にも聞いてね。教えられるものがあれば、私がやってみせるから」
「本当!?ありがとうザビ兄!ハーマイオニー!!」
「結構慕われているわね、ザビニは」
ハリーはそう言ってからかった。ザビニはやれやれとため息をついた。
「俺はこいつの兄になった覚えはねぇよ……」
スキップしながら訓練場に足を運ぶルナたちを見送って、ハリーもコリンに声をかけた。
「じゃあ、コリン。僕やロンと一緒に訓練をするかい?」
コリンの顔が明るくなった。トレードマークのカメラに手を伸ばしたので、ハリーは手でそれを制した。
「カメラは無し。いいね?」
「はい!あ、ハリー先輩。その前にちょっといいですか?」
「いいよ、どうしたの?」
コリンはキョロキョロと周囲を見渡し、辺りにハリーたち以外の生徒が居ないことを確認した。人に聞かれてはまずいかもしれないという配慮が出来るようになったのだとハリーは思い、コリンの成長に胸があつくなった。
「……あの、ハリー先輩がダフネ·グリーングラス先輩と付き合っているって噂があるんですけど、本当ですか?」
コリンは十分に声を潜めていたが、ここで大声をあげる人間がいた。
ロンだった。ロンは全く予想外だったらしい。
(うん、そうだね。ロンはそうだよね)
「……え!?」
「ロン、まさか君……」
「シレンシオ(静かに)。練習の邪魔をしてすみません。続けてください」
ロンが驚きのあまり大声をあげるので、周囲の部員たちは何事かとハリーたちの方を向いた。アズラエルは呆れ、ファルカスはロンに対して怒りのシレンシオを与えた。
ハリーは耳が赤くなるのを感じた。コリンの言葉が決闘クラブのメンバーに聞こえていなければいいのだが。
決闘クラブの活動中は、恋愛沙汰も政治活動もご法度である。実際にはメンバー同士で付き合っているというのも珍しくないが、少なくとも部活の間は自粛するようにと決まっている。過去に恋愛沙汰で部が崩壊しかけたからというのが、現在の部長であるバナナージの言葉だった。
「……さぁどうだろうね。そういう噂は誇張されるものだよ、コリン。噂に左右されるのは良くないと思うな」
ハリーは占い学で培った曖昧な言葉を使い、コリンを煙にまこうとする。コリンはほっと胸を撫で下ろした。
「そうなんですか、良かったです。おめでとうございます!」
「いや、だからね。そういう訳じゃないんだよ。……声を落として」
コリンがヒートアップしそうだったので、ハリーはコリンを指で制した。コリンはこくりと頷くと、続けて言った。
「先輩がそう仰られるのであれば良かったです。最近先輩とか、グリーングラス先輩に関する変な噂が流れてて、僕心配だったんです!」
「噂か。どんなものだい?」
「先輩もグリーングラス先輩も純血主義だっていう根も葉もない噂です。僕、先輩が純血主義者と付き合ってるっていう奴を一人とっちめてやったんですよ!」
「待てコリン。とっちめた?魔法で?」
「はい。ハリー先輩もグリーングラス先輩も純血主義で、スリザリンのことも悪く言ってる奴が居て。僕、頭に来ちゃって……」
ハリーの裏で、ロンの表情はだんだんと曇っていった。ハリーはコリンを優しく諭さなければならなかった。
「コリン。僕のために怒ってくれたのは嬉しいよ。でもね、そういう連中は好き勝手に人のことを想像して遊びたいだけで、僕らを貶めようとは思ってないんだ。暴力で黙らせるなんてことをするのは良くない」
ハリーがそうコリンを諭すことで、コリンは納得したような顔をした。
「はい!……あ、でも昔、バナナージ先輩もマーセナス先輩を倒されたんですよね?」
ハリーは顔をしかめた。かつてのリカルド·マーセナスは素行が悪く、スリザリン以外の三寮生から嫌われた挙げ句とうとうバナナージ先輩の怒りを買って叩きのめされたという過去を持つ。ホグワーツでは双子とモンタギュー等の抗争じみた争いを繰り広げる生徒は珍しくないが、自分がその火種になるのは気分のいいものではなかった。
「それとこれとは話が別だよ。ただ噂をしていただけの人を倒して、それで君の立場が悪くなったら僕が悲しくなる。そういうことは、笑って受け流してくれ」
コリンはハリーの言葉に納得していたものの、ハリーは内心でどうしたものかと思っていた。
(……まぁ僕は素行不良だから何を言われても仕方ない。自業自得だ。だけど、ダフネやスリザリンまで悪く言われるのはな……)
ハリーの自己評価は低い。この噂はハリー自体の評判を落としているのだが、今のハリーが気になっているのはスリザリンとダフネの評判だった。
(……去年あれだけ頑張って秘密の部屋事件を解決したのに。スリザリンやダフネがこんなことで評価を下げるなんて……)
ハリーたちには知る由もないが、この噂の出所がスリザリンの女子たちであることも噂の信憑性を裏付けていた。なんと言ってもダフネは純血で、しかも一度純血主義の黒ミサに参加している。純血主義者だと喧伝しても問題ないと思ったスリザリン三年生の女子たちを中心とした噂は下級生、上級生にまで広がっていた。
(……これは……まずいかもしれませんね……)
アズラエルは事態が徐々に悪い方向に傾いていることを察していた。ハリーはアズラエルと、そしてハーマイオニーに声をかけ、思い付いた対策を話した。
***
「噂をどうにか沈静化させたい?」
「そうなんだ。根も葉もない噂が流れていて困ってる」
ハリーはハーマイオニーに少し嘘をついた。ダフネが純血主義に染まりかけたことは本当で、実際に差別用語を口にしたところもハリーは見た。ただ、それがスリザリンの外に漏れる前に何とか食い止めることができただけだ。
ハリーはダフネから、学校での生活とスリザリンでの生活を両立したいとも言われていた。
『……別に、他の寮生と喧嘩をしたいと思っているわけではないの』
ダフネはハリーに本音を打ち明けてくれた。
『ただ、平穏に過ごせればそれでいいと思うのよ。競争して勝つ以上は敵は蹴落とさなければならないし、そのために手段を選ばないのは当たり前だとわかっているわ。けれど。……あそこまですることは……』
ハリーはそれが綺麗事だと分かっていた。実際に闇の魔術に手を染めなければ生き残れなかったのだから。それでも、ハリーはその綺麗事を守りたいと思った。
笑ってしまうほど矛盾した綺麗事があったから、ハリーは生き残っているのだから。
だからハリーは嘘をつく。スリザリンがたとえ純血主義の巣窟だとしても、中にいるダフネのような『普通の』スリザリン生が時に純血主義に染まってしまうとしても、そのほとんどは、本当は排斥などしたくはないのだから。
「噂に対する対応としては、コリンに言ったようにスルーするのがひとつ。……あと考えられる手段としては、別のゴシップを用意することでしょうかねえ」
アズラエルはハリーにそう言った。
「別の面白そうな話題ってことかい?」
「ええ。噂で盛り上がる人たちは、君も言ってましたけど娯楽として盛り上がっている人たちがほとんどですからねえ。例えばそれが嘘だったとしても、面白そうな話題があれば食いついてハリーやミス グリーングラスへの関心は薄れるでしょう」
「なるほどね。一理ある。流石はアズラエルだ。どんな噂を立てるか、だね」
ハリーはダーズリー家での生活を思い返した。
(ペチュニアおばさんは朝に政治家が不倫した記事を熱心に読み込んでいたかと思えば夜には人気俳優が浮気したというニュースに耳を傾けていたもんな)
何か面白そうな話題が他にあれば、ハリーたちへの関心は別の方向に向く。それは分かる話だった。
「ねぇハリー。ロンから聞いたけれど、貴方はもうパトロナスを使えるのよね?」
そこで、ハーマイオニーが思わぬ提案をした。
「決闘クラブの皆の前でパトロナスを披露するのはどうかしら。ハリーが純血主義者だと噂する人間たちも、ハリーのことを悪意をもって見ている人たちも、ハリーがパトロナスを使えると分かれば一目置くと思うのよ」
ハーマイオニーはパトロナスの権威を利用するという手段を思い付いた。ハリーは名案だとハーマイオニーを褒め称えた。
「パトロナスは正義の魔法使いの象徴だからかい?冴えてるね、ハーマイオニー」
「実際には必ずしも正しいとは限らないってバナナージ先輩も仰っているけれど、そう考える人が多いのは確かよ。私たち魔法使いの迷信深さを利用しましょう。ラベンダー……ゴシップが好きな子に心当たりもあるわ」
「フリットウィック教授は魔法を誇示することはあまり好まれませんから、クラブの身内にだけ披露して、コリンのようなゴシップ好きの生徒が噂を広げて徐々に浸透させていくのがベターでしょうね。……ですがハリー、衆人環境の中でパトロナスを出すのってキツくありませんか?」
「全校生徒の前でクィディッチをすることに比べたらなんてことないよ、アズラエル」
「成る程。愚問でしたね」
アズラエルに大言壮語した通り、ハリーは決闘クラブの部員たちの前でエクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)を披露した。銀色に輝くクスシヘビを見たマクギリスが喜びに震え、ハリーが蛇を出したことではじめてガーフィールはハリーを手放しで褒めた。ハリーにとって幸福な思い出がまたひとつ増えた。
ハーマイオニー·グレンジャーとブルーム·アズラエルというハリーの友人たちの助力、そしてゴシップ好きなインフルエンサーたちの力もあり、ホグワーツに蔓延していた噂は徐々に鎮静化していった。ハリーたちは束の間の平和を満喫することができた。
***
明日がイースター休暇となる日、魔法界に激震が走った。
「ドロホフと指名手配犯の魔女が死んだって?」
「そうなんじゃないかって噂ですよ。ディリープロフィットの記事にはそう書いてありますけど、魔法省はまだ公式見解を出していません」
その日の朝刊には、指名手配されていた闇の魔法使いアントニン・ドロホフと、シオニー・シトレという闇の魔女の写真が掲載されていた。ハリーはアズラエルから新聞を借りると、朝食にも手をつけず記事を読み込んだ。ハリーのとなりで、ファルカスも新聞を覗き込んでいる。
「ノクターン横丁の古書専門店において、死亡している二人を新聞社所属の記者が発見した。記者はすぐさま遺体が指名手配犯であることを確認した……」
「魔法省に通報するよりも記事にする方を優先してそうだよね、ここの新聞社は」
ファルカスは軽蔑を含んだ声をあげた。ザビニはそれに同調した。
「ま、新聞記者は目の前で特ダネに出くわしたとしか思ってねえだろうよ。それで食ってるんだからな。けど、これでイースター休暇は大手を振って出歩けるぜ。良かったじゃねえか、ハリー」
ハリーの返事に覇気がないことにザビニは気付いた。ハリーは自分の朝食には目もくれず、ドロホフとシトレの写真を見つめていたのである。
「何だ、気になるのかよ?自分の手で捕まえられなくてガッカリしたか?」
「……いや。気持ちが軽くなったよ。ただ、呆気なさ過ぎてちょっと違和感があるだけなんだ」
「手柄を挙げられなくて残念だったな。闇の魔法使いなんて、結局のところ自分勝手な奴らだぜ。仲間割れして両者死亡なんてこと、珍しくもねえだろ」
ザビニは軽い口調で言いながら、朝食のグリーンピースを口に流し込んだ。ザビニにしてみれば、ハリーが襲われる心配が無くなったと言うだけで万々歳なのだ。ハリーのついでに自分達が襲われる可能性もなくなったということなのだから。
「ハリー、ブルームの記事だぜ、そいつは。さっさとブルームに返してやれよ」
「あ、ああ。そうだね。ありがとうアズラエル」
「いえいえ。これでディメンターがホグズミードから居なくなると思うと清々しますね」
ハリーは胸中に違和感を感じはしたが、皆に合わせて朝食を胃袋に流し込んだ。
何はともあれ脅威が一つ減ったのだ。イースター休暇の到来をみんなで喜びたい気持ちだった。その日の朝刊を書いた記者の名前は、リタ·スキータと言った。