イースター休暇のためにホグワーツから一時帰宅する生徒は過去最高を記録した。アントニン・ドロホフという犯罪者が居る限り、ホグズミードではディメンターが跋扈し続ける。生徒たちのほとんどは、ホグワーツからディメンターのいない家に帰り、予め予定していた旅行へと向かうのだ。
ハリーとザビニも例外ではなかった。ザビニもまた、自らの実家へと帰ることを選んだ。ハリーはザビニのそういう部分を素直に尊敬した。自分にはとても出来ないことだったからだ。
ホグワーツ特急のコンパートメントには、いつもの四人とロン、ハーマイオニー、そしてルナとコリンがいた。コリンはアフロの髪を自分のペットであるフクロウにつつかせていて、ルナはザ·クィブラーを逆さにして読んでいた。
「アズラエル、ハーマイオニー。なんで聖域に行かなかったんだよ。お前らならワンチャン古代魔法もゲットできたかもしれねえのに」
ザビニはコンパートメントで紅茶を片手にアズラエルを揶揄した。ハリーたちが危険な『冒険』をしたことを当初アズラエルは喜ばなかったが、ハリーの持ち帰ったサーペンタリウスとザビニのパイシーズを見るとたちまち黙り込んだ。似たような効果を持つアイテムは存在するが、いずれも消耗品だ。使い減りのしない宝石はとても貴重なのである。
「ロンやファルカスでも駄目なのに僕が挑戦したって突破は出来ませんよ。僕はまだパトロナスは使えませんしねえ。実力をつけてから挑むことにします」
アズラエルはやれやれと肩をすくめた。ルナとコリンは、顔を見合わせてなんの話だろうと二人で相談している。
「いいなー、なんか知らないけどまた楽しそうなことやったんだ」
「うわー、僕も参加したかったなぁ」
「ハーマイオニーは?」
ハリーはハーマイオニーに話を振った。ハーマイオニーは口を尖らせながら言った。
「私はそういう才能によって選ばれる類いの魔法はあまり好きじゃないわ。努力でどうにか出来る部分が少なすぎるもの」
「流石、努力家のハーマイオニーらしい答えだね」
「まー、アレはかなりキツいからなぁ。無理していかない方がいいぜ、本当にさ」
ロンは聖域での試練を思い出したのか、ハーマイオニーの判断を褒めていた。
(ハーマイオニーならあの転入生を見るだけでも刺激になるとは思うんだけどな)
ハリーは内心でそう思ったが、あえて口には出さなかった。転入生の基礎魔法はハーマイオニーにとってもいいお手本となるはずで、それを見ておかないというのはやはり損のような気もする。仮にハリーが受けたような魔法の嵐が打ち込まれるのであれば難しいかもしれないが、試練の詳細は人によって異なるらしい。それならば、ハーマイオニーやアズラエルが眼鏡に叶って何かの宝石を受け取れる可能性も0ではなかった。もちろん、ロンやファルカスもそうだ。
アズラエルは腕を組みながらにやりとハリーたちに微笑んだ。
「フフフ。古代魔法とか聖石もいいですけど、僕は今遠大な魔法取得の計画を立てているんですよ」
「計画?」
「何だぁ、どんな魔法だよ」
「習得の目処がついたら教えますよ。ま、僕がそれを習得するかしないかはまだ分かりませんがね」
「アズラエルなのに今回はやけに勿体ぶるね」
「それだけすごい魔法ってことか……?何か気になるじゃねえか」
「んー。どうしてもって言うなら教えてあげてもいいですよ?」
アズラエルのにやけた顔に少しだけ苛立ったのはハリーだけではなかった。ザビニとロンとハリーはアズラエルをスルーし、三人で七並べをはじめた。ファルカスたちにアズラエルが自分の遠大な『計画』を話す間(コリンはアズラエルに尊敬の目を向ける一方、ルナは途中からお菓子を貪っていた)、ハリーはザビニたちとトランプ遊びに興じて時間を潰した。ホグワーツ特急が9と4分の3番線に到着し、ハリーのイースター休暇が始まった。
***
「納得できません!!」
「君の『納得』はこの際重要ではない、トンクス」
闇祓い局の執務室。歴代局長……魔法使いや魔女としての全盛期からやや下りはじめた頃の闇祓いたちの肖像画が掲げられた部屋の一室で、紫色の髪の魔女、ニンファドーラトンクスは老いた獅子のような魔法使いへ食い下がっていた。
「間違いなく、あの死体は偽物です!私が見た限り、時限式の変身呪文で外見を取り繕わされているだけです!」
トンクスは、変身呪文について天性の才能を持っていた。
変身呪文(コンジュレーション)とは、あらゆる呪文の中でも最も理論を組み上げる必要がある魔法である。マッチを針に変えるという比較的簡単な変身呪文ですら、その過程で、マッチの材質である木材を変換したい針の材質であるステンレスへと置換するためには、魔力によって物体に干渉してその性質そのものを作り替えてしまう工程を使用者の脳内で組み上げる必要がある。
そのため、変身呪文において優秀な成績を修めることはとても難しい。闇祓いになりたいという夢を抱く魔女や魔法使いたちが挫折する壁となるのが、この変身術という学問だった。
しかし、ニンファドーラ·トンクスは変身呪文に関しては十年に一人と言ってよいほどの天才だった。何せ彼女は、生まれたときから自分の思いどおりに自分自身の外見を弄くることが出来たのだから。
相手の望む容姿に自在に姿を変えることが出来る彼女が、己の容姿として定着させることを選んだのは、紫色の髪の毛、あまり整っているとは言えない顔だった。そこにどんな葛藤がありどんな人生があったのかは、常人の知るところではなかった。
その彼女が言っているのだ。
ドロホフとシトレの死体は偽物だ、と。
濃紺のスーツに身を包んだルーファス·スクリンジャーはおもむろに立ち上がるとトンクスから背を向け、己の背後に立つテセウス·スキャマンダーの肖像画に視線を向けた。
「あれが偽物であるということを証明するには君の言動だけでは足りん。時間の経過を待つより他に、あの遺体にかけられたコンジュレーションを解除する術はないのだろう?」
ルーファス·スクリムジョールはトンクスの顔を見ずにそう言った。局長であるスクリムジョールが、一介のそれも新米でしかないトンクスの直談判を許すというのは本来あり得ないことだった。通常ならば階級が上でコンビを組んでいるドーリッシュに提案し、ドーリッシュからスクリムジョールに話を通すべきところだ。
しかし、トンクスはそうせざるを得ないと思っていた。
ドーリッシュから、ドロホフとシトレの追跡を打ち切るという命令が下されたからだ。
(そんなことがあっていい筈かない)
遺体にかけられたコンジュレーションは、高度な変身呪文と、カタバ ロコモータ(遺体操作)の合せ技によって迂闊に魔法での解除が出来なくなっていた。だからトンクスですら、あれが偽物だと客観的に証明することはできない。
魔法でなら、だが。
「ええ。ですが、もっと簡易的で、もっと手早くあれが偽物だと証明する手段があります。マグルの司法解剖にかけましょう。あの遺体がドロホフとシトレの血液型や歯形と一致するかどうか試すんです。きっと面白い結果になる筈です」
トンクスは力の限りスクリンジャーに司法解剖の必要性を説いた。
「コンジュレーションでの変化で細部まで拘る人間は稀です。ドロホフの過去のデータから見て、血液型が同じ人間を選んで殺すような繊細なことをするとは思えません。必ず本人とは異なるデータが取れる筈です」
魔法界には、ある慣習がある。
『魔法界の出来事にマグルを関わらせない』という、最も形骸化しやすい慣習だ。それがとても難しく形骸化しやすいからこそ、公的な立場にいる人間はおいそれとマグルの世界の技術や、人員を頼ることはできない。魔法界の秘匿のために、魔法使いの愛だの揉め事は魔法使いだけで解決するという不文律が出来上がっている。国際魔法連盟によって、法的にもそう決まっているのだ。
しかし、過去にそれが破られた事例はある。
ある一人のマグルは、単なるパン屋でしかなかった。彼は魔法世界に何の知識もない一般人でしかなかったが、ひょんなことから魔法世界に関わってしまった。彼は闇の魔法使いと善の魔法使いとの闘争で、多大な貢献をした。
魔法使いは、確かにマグルより個人で出来ることの幅は広い。寿命も長く、身体能力にも優れている。
しかし、裏を返せば殆どの魔法使いは、魔法でできないことは何をどうしたって出来ないのだ。
だからこそ、単純なマグルの司法解剖でも遺体が本物か偽物かを把握することは出来る。そうトンクスは確信していた。
「……」
老いた獅子は、しばし瞑目したままトンクスから背を向けていた。そのまま何かを考えていたようだが、やがてトンクスの方を振り向いて言った。
「大臣の指示だ。『事件が解決したと魔法界全体が浮かれている』『今の流れに水を差すことは出来ない』と言っている」
トンクスの脳裏に、ファッジへのありとあらゆる類の罵倒が駆け巡った。その罵倒はファッジだけではなく、目の前の局長にも向きかけたが、かろうじて思いとどまった。
『闇祓いが守るのは、英国魔法界全体の秩序』だ。闇祓いに、『正義』を期待するな。闇祓いとして護るべきものを間違えるな。』
『我々が護るのは、魔法省の権益だ』
かつてトンクスは老教官マッドアイ ムーディからうんざりするほどにそう叩き込まれた。トンクスは最後までその考えに抗い、ついに己の意思を曲げなかったのだが。
どれだけ反発しようと、それが現実なのだと、今まさに解らせられた。
我々は魔法省の駒であり、魔法界全体を守るための駒である、と。
ムーディの教えは正しい。ムーディの教えは闇祓いの基本的な理念であり、そこにムーディの私情は存在しない。
闇祓いとは、国家に必要な力であり、英国魔法界を構成する歯車のひとつなのだ。力とは、理性的な判断の元で制御されてはじめて効果を発揮するものだ。秩序なき力は単なる暴力であり、簡単に人を闇の魔法使いへと堕とす。だからこそ、国家権力に縛られることで闇祓いたちは英国を護っているのだ。
放置すれば大量殺戮を繰り返す魔法世界の害虫が、この世から切除してアズカバンへと収監しておくべき歪みが、今もなおのさばっていなければ。
肝心の大臣が、自分が決めたディメンターの派遣のせいで支持率の急激な低下を招き、早々にこの一件を『解決』したことにしたいと思ったのでなければ、トンクスも迷うことなどなかったのだが。
闇祓い局は魔法省の一部分でしかない。選挙によって民主的に選ばれた大臣の決定に異論を唱える警察組織などあっていい筈もない。だからトンクスは、口をつぐむしかない。目の前の局長が単なる中間管理職でしかないと分かってしまった。いや、解らされてしまったから。
組織には組織の論理がある。
個人が個人の判断で上の決定に異論を唱えるなどあってはならない。善良なハッフルパフ生だったトンクスにとって、それが正しいこともわかる。
「……失礼します、局長」
トンクスは閉心術を使いながら慇懃無礼にお辞儀をすると、局長室を辞した。トンクスはこの日、『善良な』自分自身であることを捨てようと決めた。
(世間は安心感に沸いているだろうな)
トンクスはやけに冷静な頭でそう考えた。
(ドロホフたちは、もしかしたら表だって悪事を働かなくなるかもしれない。まぁそれならそれでいい。いい?)
(何が?魔法省にとって?…違う。あの無能のファッジにとってだろうが!!!)
トンクスの心には、強い怒りがあった。それは、ドロホフに蹂躙される弱者たちを思っての義憤だった。
(ドロホフたちが……他の、ルシウス·マルフォイみたいな連中と同じように大人しくする?いいや。裏で人を殺しながら生きるに違いない)
トンクスはそう確信した。ドロホフには、グリンゴッツの口座預金もない。シトレの預金も微々たるものだ。他者からの略奪や殺害によって生計を立てることは明白だった。
トンクスは勇敢な魔女だった。そしてその勇敢さは今も損なわれておらず、ドーリッシュやスクリムジョールのように心が諦観に支配されるにはまだ若すぎた。
(……………………ダンブルドアに、連絡を取ろう)
闇祓い局に所属しながら、機密情報を外部の民間人に漏らすことをトンクスは決意した。言うまでもなく、警察官であり事実上の軍人でもある闇祓い失格の行為だった。トンクスが一線を越えたのは、今日この日だった。
ファッジは闇の魔法使い対策を徹底できれば良かったのに徹底できないという一番駄目なやつ。