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イースター休暇が空けてもなお、ボグズミード周辺の霧は晴れなかった。ディメンターはもはや制御不能なのではないかと言う程に冷たい霧でボグズミードやホグワーツの周辺を覆い隠し、訪れようとする春を阻もうとしていた。
「折角のホグワーツが台無しだぜ。ディメンターは全部パトロナスで追い払ってやりてえ」
ザビニはそんな冗談を飛ばせる程度には朗らかだった。女子たちはそんなザビニのことを頼もしく思ったのか、週末のボグズミード行きに付き合ってほしいと頼み込まれていた。
「予定があるんで別の日だ。……無理?それならしゃーねぇな。相談?今日の放課後ならいいぜ」
「相変わらず大忙しだね」
ファルカスは茶化すように声をかけた。
「まあな」
ザビニは肩をすくめてそう言った。
「トレイシーに愛想をつかされるんじゃない?」
「心配しなくても愛想つかされるほど甲斐性なしじゃねえよ。俺のことより、アズラエルと相談してた馬鹿話の件はどうなったんだ?うまくいったのか?」
「ああ、あれね。うん、いい感じに進んだよ。マクゴナガル教授も五年生と七年生の追い込みで忙しいけど、そろそろいいだろうって」
「そりゃよかったな。お前やハーマイオニーなら習得できるだろうよ」
ザビニはにっこりと笑った。
アズラエルの計画は、エクスペクト パトローナムを習得した後、友人たちと一緒にアニメーガス取得を目指すというものだった。
アニメーガスは、ピーター・ペティグリューやマクゴナガル教授が習得している魔法使いの技能で、杖なしで自らの体を動物に変化させるというものだ。習得には長い時間が必要な魔法薬を煎じる必要があり、失敗した場合は年単位での治療が必要となることから挑戦する人間もあまりいない。ハイリクスかつローリターンな技術の一つだった。
「どんな動物になるかは自分で選ぶことはできないようですけど、『上級変身用術』によれば、自分のパトロナスの姿になるそうなんです」
とアズラエルは熱弁していた。パトロナスを出せるようになれば、自分がどんな動物になるのかが分かる。フクロウやコウモリ、ネズミやニフラーといった小動物が理想だとアズラエルは熱弁していた。
「お前それペティグリューみてえな発想だな。どうせならドラゴンとかにしろよ」
とザビニが突っ込みを入れると、アズラエルは実用性を重視しているんですと反論した。
「それは目立ちすぎるし変身したとき困るじゃないですか」
アズラエルの熱弁に、ハーマイオニーとファルカスは乗り気になった。しかし、ハリー、ロン、ザビニは習得を見送った。ハリーは別に習得したい魔法があったからで、ザビニは馬に変身することを嫌がった。ザビニ曰く、格好悪くなるからということだった。そしてロンは経済的な理由から習得を辞退した。ハリーはいずれは習得したいと思ったが、少なくとも今ではないと思っていた。高度なアニメーガスより、リディクラスや、転入生から教わった変身魔法など誰もが使えるような魔法をまずはものにしたいと思っていたのだ。
(アニメーガスになるって、何だかピーター・ペティグリューみたいだな)
と、頭によぎった考えをハリーは追い出した。いくらなんでも、アズラエルとピーターを重ねるのはアズラエルに失礼極まりなかった。ピーターと違ってアズラエルがハリーを裏切ったことはただの一度もない。一年生の時アズラエルがやったことは、すでにハリーの記憶からは消え去っていた。
この時ハリーは、アニメーガス習得を軽く考えていた。来年、来学期にやればいい、と。
その判断が正しかったのか、間違っていたのかはまだ先の話であった。
アズラエルがハリーたちに自らの野望を明かしたのは、大目標を定めてモチベーションを高め、パトロナスの習得を効率よく進めるためでもあったらしく、休暇明けのルーピン先生との補習では無形のパトロナスを長時間維持することに成功したようだった。そうしてハリーたちが少しずつだが着実な歩みを進める中、ホグワーツではちょっとした出来事があった。
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イースター休暇明けのはじめての魔法生物飼育学の授業には、ハグリッドの他に特別な講師が招かれていた。その魔法使いは腰の曲がった老人で、時間きっかりにハグリッドの小屋へと現れた。
「こちらの先生は、お前さんたちも聞いたことがあるぞ。なんと、『幻の動物とその生息地』を書かれたニュート·スキャマンダー大先生だ!」
生徒たちは驚いた。『幻の動物とその生息地』は、『モンスターブック』というなんの役にも立たなかった本とは異なりハリーたちに魔法生物の素晴らしさを教えてくれた名著だったからだ。ドラコはそんな高名な人間がハグリッドの授業に来るはずかないと嘲った。
「馬鹿馬鹿しいね。そんな有名人が来るはずがない。お前の言ってることが正しかったことが今まであったかい?」
「ハグリッドはユニコーンやサラマンダーやニフラーについて正しく教えてくれたわ。貴方が授業をちゃんと受けていないだけよ」
ハーマイオニーがすかさず反論すると、グリフィンドール生はそうだそうだとハーマイオニーに同意した。その中にはもちろんロンもいた。グリフィンドール生の大勢が敵対的になると、ハリーたち四人を除くほとんどのスリザリン生はドラコの味方をし出した。
(……あ)
(やべっ)
(不味いですね)
「誰もお前の意見なんか聞いてない。このー」
ハリー、ザビニ、アズラエルはドラコの癇癪が爆発しそうになるのを感じた。ハグリッドが教師としてドラコに教えるという事実自体が、ドラコの癇に障るのだ。そしてそれをハーマイオニーから指摘されるのも気に食わないだろう。
それに、ドラコには純血主義者という立場もあった。ハーマイオニーになにも言い返さないのは面子が潰れると思ってもおかしくはない。実際に差別発言などすれば、スリザリン以外からの評価は地の底に落ちるのだが。
幸い、ハリーはドラコの斜め後ろにいた。ドラコが口を開く前に、ハリーはシレンシオ(黙れ)をドラコにかけようとした。しかし、老人がドラコとハーマイオニーの間に割って入った。ハリーはすぐに杖を下げた。
「いやはや、君の言うとおり、私はニュートスキャマンダー大先生ではない」
老人が小声で言った。よく耳をそばだてなければ聞こえないほどの声だった。
「ニュート·スキャマンダーはホグワーツに常勤するわけではない。今学期が終わるまで、ここで君たちの授業を眺めるだけの老人に過ぎない。私のことは気にしなくてもかまわないよ。さ、授業を進めてくれハグリッド先生」
老人は一歩下がったハグリッドの小屋へと入ると、生徒たちに向かい合った。
「今年が始めての魔法生物飼育学の授業になるみなさん、どうぞよろしく。魔法生物との触れ合いを忘れないでほしい」
(……あれ?)
(なんか違うぞ?)
ザビニとハリーは顔を見合わせた。ドラコは毒気を抜かれたかのように黙り込んでしまった。それから、小屋の外からこちらを覗いていたファングに気がついた。ファングは老人の匂いを嗅ぐと、突然嬉しそうに尻尾を振りはじめた。ファングが臆病ということは誰もが知っていたが、ハグリッドに対して見せるような態度だった。老人は杖を取り出し振ると、現れた椅子に座り込んだ。
それから先の授業は終始穏やかだった。ニーズルに適切な量の餌を与えるように、という指示で、生徒たちはニーズルの可愛らしい挙動に魅了されてたちまち熱中した。ドラコはニュート·スキャマンダー氏の前で粗暴な行動をしたくなかったのか、それともニーズルがドラコに対して従順だったことで満足したのか、授業の終わりにはすっかり機嫌を直していた。
ハリーは当初、ニーズルからはあまり好かれなかった。何人かの生徒はあまりニーズルに懐かれず、ダフネは動き回るニーズルと追いかけっこをする羽目になっていた。
(……多分僕の接し方が悪いんだな。……ちょっと毛並みが悪いかな、この子)
ニーズルが腹を空かせていないと思ったハリーは、ニーズルの毛繕いから始めた。古びたブラシをロコモータによってせっせと動かし、ニーズルの毛並みを綺麗に整えると、ニーズルはようやくハリーの差し出した餌を食べ始めた。ハリーが差し出した少量の餌を食べ終えると、ニーズルは満足げに喉を鳴らした。ハリーにとって魔法生物飼育学はあまり得意な科目ではなかったが、それでも一つの気づきはあった。
ニーズルの一匹一匹が、一つの命でありよく見れば個性があるということだ。性格も違うし、その日の体調によって機嫌も変わる。ダフネに与えられたニーズルは活発で運動好きな性格だったし、ドラコや他のほとんどの生徒たちのニーズルは素直で人懐っこい性格だった。それらと比べるとハリーのニーズルは少し気難しかっただけだと言うことだ。断じてハリーが闇の魔法使いだからなどではないとハリーは思った。
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「ハリー。ニュート·スキャマンダー先生がホグワーツに来てるって本当!?」
「本当だよ。目を合わせてはくれないけど、とても好い人そうだった」
「うわぁー。会ってみたい!スノーカックがいるか聞きたいモン!ハリー、ハグリッドの小屋に一緒に来てもらっていい?」
「僕は構わないよ。ファルカスたちはどうする?」
ニュート先生がホグワーツを訪れたというニュースはたちまちホグワーツ中に広まった。ルナはコリンを通してこのニュースを知ったらしく、魔法生物学者の話を聞きたがった。
「僕は決闘クラブで魔法の練習がしたいかな。ザカリアス·スミスと決闘する約束をしてるんだ」
ファルカスはそう言った。ザカリアス·スミスはハリーたちと同い年のハッフルパフ生で、セドリックの後輩としてたまに決闘クラブを訪れることもあった。
「僕もファルカス先輩の決闘を見に行っていいですか!」
コリンはイースター休暇の間に美容院に行ったのか、アフロを元の髪型に戻していた。ファルカスはコリンに対して優しく言った。
「いいよ。スミスに勝てるといいなあ」
「俺はファルが勝つ方に賭けるからスキャマンダーのところには行けねーわ。なんか面白そうな話が聞けたら教えてくれよ」
「そっかあ。ファルファルも頑張ってね。ハッフルパフの野蛮人はこてんぱんにしてもいいから。アズにゃんは?」
ザビニが同行を断ると、ルナは少し残念そうな顔をした。ルナはアズラエルに話をふった。
「うーん、僕は魔法生物飼育学を取ってませんからねえ。ハグリッド先生に会わせる顔はありませんよ」
アズラエルはニュート·スキャマンダーという名前を聞いたとき、かすかに眉を上げていた。断ったときも、普段より残念そうな声を出していた。
ルナとザビニは不思議そうな顔をした。ハリーはアズラエルが嘘をついたのだと気づいた。スキャマンダー先生に会いたいなら、正直にそう言えばいいのだ。アズラエルは魔法生物飼育学を取っていないのではなくて、取りたくても取れなかったのではないだろうか、とハリーは思った。
(……ここは……)
「アズラエル。有体のパトロナスを出すためには、今までの自分がやってない経験を積むことも必要だと思うよ」
ハリーはそうアズラエルを焚き付けた。アズラエルはハリーがそう言うと、少し嬉しそうな顔をして言った。
「……経験者がそう言うと説得力がありますね。僕も同伴させてください。本当のことを言うと、ニュート·スキャマンダー先生には一度会ってみたかったんです」
こうして、ハリー、ルナ、アズラエルの三人はハグリッドの小屋を訪れることにした。ハリーはなんだか嬉しかった。アズラエルとはここのところあまり行動を共にできていなかったが、アズラエルはハリーの親友なのだから。
ここのハリーにしては珍しくアニメーガス習得を見送りました。
まぁリディクラスと変身魔法と基礎魔法の習熟と体術の強化とやることは山積みですからねえ。しかしハリー、錬金術師志望のわりに戦闘能力にスキルを振りすぎである。環境のせいもあるけど。