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『魔法生物に情を持つな。あれは所詮道具だ』
それが、三年生の選択科目で魔法生物飼育学を受講したいと言ったときにアズラエルが祖父からかけられた言葉だった。
アズラエルの一族が経営する会社は、表、つまりマグルの世界では名の知れたスポーツ用品メーカーである。表の世界でもそこそこ有名なブランドであるが、裏、つまり魔法界では魔法使い用の箒メーカーも経営している。魔法族とマグルの間の倫理観の違いや安全意識の差から両方の世界にまたがって会社を運営するのは容易ではないが、それでも『純血』を自称できる程度には、資産のある一族としての地位を確立できていた。
裏の仕事である箒メーカーとしては、箒やその周辺の整備用道具やクィディッチ用のマント、ブラッジャーやクァッフルまで取り扱っている。他の大勢のスリザリン生と同じく、アズラエルにとっても家族の言葉は絶対だった。
『箒を一本作り上げるのにも、数多の魔法生物を殺し、魔法生物が棲息する森を破壊している。そんな我々が魔法生物を飼育するなど、傲慢にも程があるというものだ』
一見すると、祖父の言葉は正しいように思えた。箒にも杖と同じように、魔法生物の肉体の一部が使われている。そもそもクィディッチというスポーツ自体、スニジェットという魔法生物を狩り尽くした果てに生まれた競技だ。自然も魔法生物も征服し自在に管理するためのものであって、愛でるためのものではない。
しかしだからこそ、アズラエルにも言い分があった。
『ですが、道具なら正しく管理する方法を知るべきじゃあないですか?どんなにいい箒でも粗雑に扱えばすぐ壊れてしまいます。魔法生物を効率よく
そんなアズラエルの反論は、小賢しいと一蹴された。
『命を奪う側である以上はそれを弁えろと父上は仰っている。お前が魔法生物飼育学を受講する必要はない』
アズラエルの父も祖父に便乗した。祖父が経営してきたグループの中でも基幹となる箒メーカーを引き継いだ父は一族でもやり手だった。その父も、祖父の意向には逆らえない。
『でも。将来のためには皆と同じ授業を受けることだって必要でしょう。ハリーやミスグレンジャーやミスタウィーズリーと交流することは許してくれたじゃないですか!』
アズラエルはそう懇願したが、結局は許されなかった。
『ブルーム。純血主義などは本気で信仰する必要もない。思想というものは時代の流れで評価が変わる不安定なものだ。だから裏切り者のウィーズリーやマグル生まれの子供との交流も許した。……しかしそれとこれとは話が別だ。箒作りは我々の稼業であり、我々の誇りなのだ。魔法生物にうつつを抜かすようでは、箒の事業を継がせることは出来んぞ』
祖父も父も、そう言うとさっさと仕事に戻ってしまった。アズラエルは自室で一人、『幻の動物とその棲息地』を眺めながら、自分はこの授業を取らないのだと言い聞かせた。幼き頃に祖父から買ってもらったこの本を、アズラエルは何度も何度も読み返していた。
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そしてアズラエルは三年生になった今、かつて憧れたニュート·スキャマンダーに会うために、ホグワーツ城から少し離れた森小屋へと足を運んでいた。
アズラエルの前には眼鏡をかけたハリー・ポッターが、後ろには虎の帽子をかぶったルナが続く。アズラエルの胸中は少しの期待と、そして不安に包まれていた。
(……スキャマンダー先生に失礼があってはいけません。特にルナには念入りに確認しておかなければ)
「今日出会う人は有名な方ですからね。くれぐれもスノーカックとかの話はしないようにお願いしますよ」
「なんで~?魔法生物の学者なら見たことあるかもしれないよ?スノーカックとかさ」
「そういう問題じゃありません。あの人は魔法生物研究の第一人者なんです。変なことを言って気分を悪くされたらどうしますか」
「ええ~?」
アズラエルとルナは口論になりかけたが、ハリーが間に入って仲裁した。
「……スキャマンダー先生は優しそうな人だったよ。外国の珍しい魔法生物について聞いてみればいいさ。話の流れでスノーカックの話題が出るかもしれないし、なかったら自分で探せばいい。そうだろう、ルナ?」
「ほーい」
ルナが素直にハリーの意見を聞いたので、アズラエルもほっとした。そしてハリーに視線でお礼を言った。
(ありがとうございます。柄にもなく熱くなりました)
(気にするな)
アズラエルとハリー、ルナがハグリッドの小屋の前にたどり着いたとき、中からハグリッドともう一人、野太い大人の男性の声がした。
「スキャマンダー先生、それは無茶と言うものです!!」
「……どなたでしょう。スキャマンダー先生でも、ハグリッド先生でもありませんね」
その男性の声には焦った雰囲気があった。アズラエルには誰の声かわからなかったが、ハリーが反応した。
「二人とも、ちょっと隠れて聞いてみよう。……僕はこの声をどこかで聞いた気がする」
ハリー、アズラエル、ルナは耳をそばだてて話し声を聞き取ろうとした。断片的にではあるが、小屋の中の会話を聞くことができた。
「……しかしエイモス。政治の都合で作られる命が哀れでならない。君ほどの男が、交雑種を安易に産み出すと言うことがどれ程危険で悲惨か知らないわけではないだろう?」
穏やかそうな男性は、諭すような調子でそう話していた。ルナはアズラエルの頬をつつくと解説を求めた。
「ねえねえどういうこと?アズにゃん」
「どうやらハグリッド先生は、新種の魔法生物を作ろうとしておられるようです。スキャマンダー先生はそれを止めたいようですね」
「……品種の違う犬同士を掛け合わせるみたいなものなのかな。純血でないのが問題ってことかい?」
ハリーはアズラエルに聞くと、アズラエルはいいえ、と言った。
「どうもそういったレベルではないような雰囲気ですね。それならスキャマンダー先生もわざわざ反対しないでしょう。狼とバウンドウルフとか、野犬と狼の混血は自然界でも起きることです。そんな次元ではなく、生態が異なる魔法生物同士を組み合わせてキメラでも作るつもりなんでしょうか……?」
ハリーはアズラエルの言葉に身を震わせた。一体どんな怪物を作ろうと言うのだろう。
(不死鳥とドラゴンを掛け合わせるつもりかな……さすがにそれはない……ないかな。ハグリッドはやるんじゃないか?)
ハグリッドはハリーたちが一年生のとき、ドラゴンを違法に飼育しようとしたことがある。ハリーはハグリッドが一匹しかいない動物に家族を作るために、新種の生物を作ろうとしているのではないかと想像した。ハグリッドの優しさは本物だとハリーは思っていたからだ。
「でも新しいUMAが出来るんでしょ?なんでダメなの?」
一方、ルナは純粋な好奇心が抑えきれないようにそう言った。レイブンクロー生は知識や新しい技術、己の興味のある分野の未知に対して時に寛大となり、そして未知を踏み外すこともある。ルナの興味は、まだ見ぬ生命へと向けられ、倫理的な制約にまでは目がいかない。
そんなルナの疑問が聞こえたわけではないだろうが、小屋の中のスキャマンダー先生がその疑問に解答してくれた。
「エイモス。それにハグリッド先生。繰り返すが、自分達のやろうとしていることの危険性を今一度よく考えて欲しい。交雑種は子孫を残せない可能性が極めて高い。マグルの科学によれば、染色体異常によって第二世代を残すことが出来なくなる。……そんな不幸で悲惨な存在を産み出すことが、本当に正しいと思っているのですか?」
「先生、俺はそこまで考えていませんでした……ただ、お偉方が俺を頼ってくださるのが嬉しくて……」
畏まっているハグリッドに対して、
「魔法生物は責任をもって魔法省が管理します。これには魔法省の威信がかかっているのです!止めるわけにはいきません!」
「エイモス。魔法省が来年のアレに向けて新種の魔法生物を産み出そうとしていると聞いて、私はフクロウを飛ばしてそれを妨害しました。……そして最終的にハグリッドのところに話が回ってきたと言うわけですが」
「アズにゃん、わかんない!例のアレってなに?」
「え!?えーとですねえ。……大きなイベントだと、確かワールドカップがある筈です。それのエキシビジョン用でしょうか」
ハグリッドとスキャマンダー先生の話を聞いていて、ルナがアズラエルに尋ねた。ハリーは苦笑してルナを取りなした。
「……静かに聞いていれば分かるかもしれないよ、ルナ。会話の流れを見守ろう」
しかし、会話のなかで来年にある『何か』について分かる前に、小屋の中で動きがあった。ハグリッドでもスキャマンダー先生でもない第三者、エイモスと呼ばれた人間が立ち上がった音がした。
「今になって止めようとされても無駄なことです!魔法省の決定は覆りません。スキャマンダー先生!我々は英国魔法界の威信にかけて、何としても来年のイベントを成功させる義務があるのです!!どうか分かってください……」
「『我々』は、産み出した生命に対する義務を完遂できないかもしれないのに?」
ハリーはスキャマンダー先生の声の調子は変わらないのに、その場に居たくないと思った。温厚な人が怒るときほど怖いことはない、とハリーは思った。スキャマンダー先生は教師が生徒に諭すように、エイモスという魔法省の役人を説得しようとしていた。
「交雑種が長く生きられないと先ほど私は話しましたが、別の懸念もあるのですよ、エイモス。……手に追えないものが産まれるという可能性も、考えなくてはならない。例を一つ挙げましょうか」
「今ホグズミードをうろついている霧の正体を君たちも知っていると思います。闇の魔法使いエクリジスが産み出したディメンターを、我々はついに駆逐できなかった。それどころか、あれの『死』を観測できたことすらありません。軽々しく新しい種族の魔法生物を産み出すということは、生態系を乱し、ディメンターと同じ過ちを繰り返すことにもなりかねない」
「どゆこと?」
首をかしげるルナに対して、ハリーはディメンターに関する資料で呼んだ記述を思い出し、説明した。
「レシフォールドって闇の魔法生物をエクリジスって闇の魔法使いが改造してディメンターを作ったと言われてるんだ。それまではディメンターは観測されていなかったらしいよ」
「予想よりろくでもない経緯でディメンターが誕生していたんですねえ。……そういうモンスターが森とか川とかに君臨すると、食べる側と食べられる側のバランスが崩れるんです」
「それは知ってる。食物連鎖ってやつ?」
ルナの言葉にアズラエルは深く頷いた。
「ええ。スキャマンダー氏は、『絶滅』する魔法生物を『保護』するというのは人間のエゴだと著書で書いておられました。ですが、安易な考えで自然界で成立しているバランスを乱すことは流石に我慢ならないのでしょう」
「アズラエルはスキャマンダー先生派か。ルナはハグリッド派?」
「うん。ハリーは?役人派?」
「ニュートラル」
ハリーが言うと、アズラエルは肩をすくめた。
「スキャマンダー先生には頑張って欲しいですね。魔法省が引くとも思えませんし、この話は長引くかもしれませんね……」
アズラエルは強くスキャマンダー先生に同調した。手がつけられない怪物などお断りだとアズラエルは目で語った。
「スキャマンダー先生。魔法省はディメンターを制御できています。揚げ足取りはやめていただきたい」
エイモス氏は心外だと語尾を荒げた。
「ではなぜディメンターを撤退させないんです?新聞では、世間を騒がせた闇の魔法使いはもういないと書いてありますが……」
スキャマンダー先生はどうやらデイリープロフィットを信じているらしかった。ハリーにとっても、本当にドロホフやシトレが死んでいた方がいいのは確かだ。何せ連中は、人を躊躇なく殺せると分かっているのだから。
「私の預かり知らぬところですよ、それは。大臣はこのところイベントへの準備に余念がなくて睡眠不足だとは聞きますがね!」
「ま、まぁまぁエイモス。そういきりたつな。タンポポ茶でも飲んで落ち着け、な?スキャマンダー先生もあんまりエイモスを苛めんでやってください。こいつも上の指示でやっとるだけなんです」
エイモス氏が投げやりにスキャマンダー先生と対立するので、ハグリッドが仲裁に入らねばならなかった。ハリーはそろそろ頃合いだとアズラエルとルナに言った。
「入ろうか。たぶんこのままだと事態が進展しないし、僕らの目的も果たせない」
「え!?……いや、ハリーらしい考えですけど一体どうするんです!?今めちゃくちゃ立て込んだ話の最中だし帰れって言われるに決まってますよ!?」
「そんなの大丈夫に決まってるだろ」
ハリーは事も無げに言った。大人たちの修羅場など、ハリーにとって知ったことではなかった。
「何食わぬ顔で『うっかり話を聞いちゃった』ってふりをして入って、この事をみんなに話さないって約束する代わりに見せてもらうのさ。一体どんな魔法生物を掛け合わせようとしているのかをね。スキャマンダー先生とハグリッドたちのどっちが正しいのか、それで分かる」
「賛成!!あたしも魔法生物見たいモン!」
「……いや、貴重な魔法生物だとしたら見せてくれるとは限りませんよ!?気難しい子かもしれないじゃないですか」
「でもさ、アズラエル。スキャマンダー先生の話が聞けるチャンスだよ?それもわりとためになるっぽい話。聞きたくないの?」
アズラエルは止めては見たものの、結局はハリーとルナの後ろにくっついてハグリッドの小屋に入り込むことを選んだ。ハグリッドの小屋に入ったハリーは、魔法省の役人が見知った顔だったことに衝撃を受けた。ハリーの好敵手であり尊敬する先輩でもあるセドリック·ディゴリーの父、エイモス·ディゴリーが、ハグリッドの淹れたタンポポ茶に口をつけていた。エイモス·ディゴリー氏は魔法生物規制管理部に所属しているとシリウスが言っていたことをハリーは思い出した。
(うん……うん、大人って大変なんだな)
ハリーはエイモス氏がすっかりやつれきっていることに気がついた。目の下に隈があり、痩せこけたエイモス氏の容貌から、法規制の穴をつき、規則に抵触しない範囲で合法な新種を作り上げるために奔走していたことを察したからだ。
魔法生物を道具として見るか
家族として見るか
命として見るかは貴方次第です。