「おお、ハリー!それにルナとブルームもか。お前さんたち、一体どうした?」
ハリーたちが小屋の中に入ってきたとき、ハグリッドは嬉しそうに破顔した。しかし、ハリーがエイモス氏とスキャマンダー先生を見比べるように視線を移すと、その表情を硬くした。
ハリーはスキャマンダー先生の表情から、何か決意のような物が読み取れた気がしたが、あえて無視することにした。
エイモス氏はハリーの視線に気がついたようだったが、何も言えずに黙っていた。
(……魔法生物規制管理部って……)
魔法省の仕事は真面目にやればやるほどきりがない、とはシリウスの言だったが、エイモス氏の姿はまさにそれを象徴しているように見えた。明らかにやりたくてやっている仕事ではなさそうだったからだ。
社会に出れば、必ずしも望んだ仕事に就けるとは限らない。闇祓いの仕事を望みながらも、適正試験と面接で落とされたシリウスのように。魔法使いとしての技量が優れていたとしても、性格や適正で不適格となることはあるのだとシリウスは言った。
望んだ会社や望んだ部署に就ける人間などほんの一握りで、その一握りの人たちでも望まざる仕事は振りかかってくる。ハリーはエイモス氏に内心で黙祷を捧げた。
一方、ハリーの後ろにいたアズラエルはニュート·スキャマンダー先生の姿に釘付けになっていた。憧れの存在が目の前にいるというだけでもアズラエルの気分は高揚していたが、スキャマンダー先生がその高い名声に相応しく、魔法生物学の一員として活動している姿にも感銘を受けていたのだ。
アズラエルは、二年生の時ギルデロイ·ロックハートの正体に少なからずショックを受けていたホグワーツ生の一人だった。アズラエルは、ロックハートを魔法生物について適切な知識を持っている偉大な人だと思っていたのだ。教師として無能でも、人としては真っ当な人間だと信じていたのに、実態は教え子にすら手を出す卑劣な男だった。
しかし、目の前の人は自分の生き方に対して誠実であるように思えた。それはアズラエルにとって非常に好印象だった。
「ハリー、ルナ、そして……ブルーム、だね?ルナとブルームははじめまして。ニュート·スキャマンダーです」
「はじめましてルナです!」
スキャマンダー先生が挨拶をしてくれたので、アズラエルとハリーは丁寧にお辞儀で返した。対して、ルナは元気よく挨拶を返した。
スキャマンダー先生は三人の顔を順繰りに見て言った。
「君たちは、ハグリッドとエイモスさんが何の話をしていたか知っているね?」
スキャマンダー先生は非難する調子ではなかった。ハリーは今更ここで嘘をつく意味もないとその言葉を認めた。あわよくばどんな生物を組み合わせるつもりなのかこの目で見たいと思っていた。
……少なくともこの数分後までは。
「はい。エイモス氏とハグリッド先生は新しい魔法生物を産み出そうとしておられるんですよね?」
「その通りだ。子供たちには分からないことかもしれないが、これはどうしてもやらなければならない事なんだ。英国魔法省が世界最先端の魔法生物学の権威であると証明し、世界の尊敬を勝ち取るための……」
エイモス氏が重々しく口を開いた。エイモス氏自身がそう考えていなくても、仕事である以上はそれを遂行するのが役割なのだろうとハリーは思った。そんなルナは興味がなさそうにぼうっと小屋の中を見回していた。
しかしスキャマンダー先生は頷かなかった。ハリーには預かり知らぬことだが、スキャマンダー氏もかつて魔法省に勤務した経験があった。だからこそ、エイモス氏やその上司が自身のキャリアのためにこのプロジェクトを進めていることを理解していた。
「あのう、魔法使いの都合で勝手に生物を産み出すのは正直どうなんです?合法で認可が降りていたとしても、スキャマンダー先生のように不快に思われる人はいらっしゃると思います。最悪、色々な団体から批判を受ける可能性だってあると思うのですが」
(……アズラエルにしては積極的だなぁ)
アズラエルが言った。ハリーはアズラエルを意外な気持ちで見つめた。アズラエルは魔法省や権威に対しては寛容な姿勢をとっており、ハリーたちのなかでは最も常識人だと思っていたからだ。
(……ということは、そう思う人も多いってことかな)
アズラエルの意見は大多数の魔法使いが思うことでもあるとハリーは考え、事態の推移を見守った。
「いやいや。こういった物事にはインパクトが重要でね。新種が産まれたというニュースは、今の魔法省を支えてくれる追い風になる。魔法生物規制管理部としては、実績を出しておくに越したことはないんだ」
エイモスの意見に、ハグリッドはそうだと何か思い付いたような顔をした。
「そうだエイモス、ハリーたちやスキャマンダー先生に新しく産まれたあの子を見てもらうのはどうだ!可愛い子を見れば、きっと考えも変わる!」
「……ハグリッド、君という人は……」
エイモス氏が苦々しく言った。スキャマンダー先生は衝撃を受けたような顔で、ハグリッドを、そしてエイモス氏を見た。あまりの事実に脳が理解を拒んでいるようにハリーの目には見えた。
(……そう言えばイースター前にも役人がハグリッドのところに来ていたっけ)
スキャマンダー先生はホグワーツに来るのが遅すぎた。
もう新種の魔法生物は誕生していたのだと、ハリーは悟った。そして安易に足を踏み入れたことを後悔した。
(知らなきゃ良かったなぁ)
「……何……ですって……?」
アズラエルは言葉が出ない。この先どんな事態になるのか全く予測できない怪物か、それとも人畜無害な可愛い生き物が出てくるのかは分からないが、脳が思考を拒んでいた。常識人のアズラエルは、ハグリッドが新種の生物を作り上げたという事実に驚いていた。
「え!?スゴーい!!どんな子なの?」
「ハグリッド。それを見せてくれ」
「……ええか?エイモス」
「……ここで見たことは他言無用でお願いします。君たちもだ、いいね?」
スキャマンダー先生は何かに耐えるような表情で、しかし努めて冷静な声で言った。ハリーたちが杖にかけて他言しないことを誓ったのを確認すると、ハグリッドは小屋の奥に置いてあった樽に向けて杖をつついた。すると、樽が透明となり、樽の中の見たこともない魔法生物が見えるようになった。
「見てやってくれスキャマンダーさん!まだ産まれて一月も経っとらんが、もうすばしこい!俺ぁこいつに『スクリュート』って名前をつけてやりてえと思うんです!」
「……はじめまして。スキャマンダーです。ハグリッド先生、スクリュートというのはこの子の種族名だったね?この子の名前はあるのかな?」
ハグリッドは嬉しそうに髭をさすった。
「スクリュートってのは俺が考えた種族名で、個人名はエリザベスです、先生。おてんばな女の子ですよ!」
「そうか。エリザベス。いい名前だね」
ニュート·スキャマンダー先生は、慈愛をもって新種の生物に接した。ペット一匹一匹に名前があるように、スキャマンダー先生はハグリッドから名前を聞き、その生き物はハリーの目にはグロテスクに思えた。
小さい樽の中に押し込められたそれは、目のない蠍のように見えた。とても獰猛で、今にも樽の中から飛び出して襲いかかってきそうだ。
(蠍の毒は猛毒だぞ……!)
刺されれば魔法族でも身動きが取れなくなることは確実だった。マンティコアと同じ毒である保証もないが、とりあえずハリーは友人たちに指示を出した。
「アズラエル、ルナ、僕の後ろに。プロテゴ」
「こいつはマンティコアとファイアクラブの合の子でなぁ。マンティコアに似て本当に可愛いんだ。そう思うだろう?」
ハグリッドはハリーに向けてそう呟いた。ハリーはスクリュートを見たエイモスが後退りするのを見逃さなかった。ルナは期待していた動物とは違ったのか、それとも頭を働かせながらスクリュートの挙動を観察しているのか、スクリュートを目撃した瞬間に黙り込んでしまっていた。
「マンティコア!?危険度XXXXXじゃないですか!ハリー!」
「プロテゴマキシマ(全力で護れ)。できればファイアクラブに似ていてほしかったね」
ハリーはそんな必要はないと言うハグリッドの言葉を無視してアズラエルの言葉にしたがった。
「そう、可愛い」スキャマンダー先生が訂正した。
(感性が違う……)
ハリーは魔法生物学者との埋められない価値観の差を感じた。
「マンティコアの知性とファイアクラブの温厚さを併せ持つ、優れた魔法生物」
「……になる、筈だ」
エイモス氏が説明した。ハリーは『プロテゴマキシマ』を解除する気になれなかった。樽の中はひどくボロボロで、スクリュートが体の甲羅を樽にぶつける音が小屋中に響いていたからだ。ハグリッドがレベリオによって隠蔽を解除した瞬間から、樽の中のスクリュートが獰猛に暴れまわる音が小屋に響いていた。
「どうしてこうなったんです?……いや、本当にどうしてこんなことに……?」
ハリーは、エイモス氏に質問した。エイモス氏は渋々ながら答えてくれた。
「ハグリッドに頼んだとき、私はセストラルとヒッポグリフや、グリフォンとヒッポグリフ……あるいは、ケルベロスとフェンリルの組み合わせを依頼した。しかし、どれもうまく行かず……成功したのがこの組み合わせだった」
「どうしてどれもこれもろくなものにならなそうな組み合わせなんですか!?」
「ハグリッド先生、エリザベスの樽に隠蔽魔法をかけてあげてください。私たちの姿が見えることは、彼女にとってストレスなようだ」
スキャマンダー先生が厳しい口調で言い切った。その目には恐怖ではなく悲しみが見て取れた。
「この子は危険なんかじゃねえ!全部危険だと勝手に決めつけとるだけだ!」
ハグリッドが言った。
「ハグリッド、この子たちは君が飼っているならば安全だと信じて杖に誓いました。その信頼に答えたいと思わないんですか?」
「そりゃあ、そう思うが……。スキャマンダー先生。あんたはどうなんです?危険はないと保証してくれますか?」
ハグリッドは同好の士の理解を求めた。
「保証はできません。この子については慎重にならなければいけませんから」
スキャマンダー先生は樽の中を熱心に観察しながら慎重に答えた。スクリュートはスキャマンダー先生がハグリッドのアドバイスに従って餌を樽の中へ投入すると、樽をつつくのをやめて一時的におとなしくなった。しかし、他の生物に対しては依然として興奮状態にあるのが見て取れた。
(目はないけど、人間を認識できているんだな。この子、個人の違いは分かるのか……?)
ハリーはこの動物の生態について興味を持った。魔法生物は案外賢い生き物だ。スクリュートもといエリザベスに、ユニコーンほどとは言わなくてもニーズル程度の知性があるのなら狂暴であったとしても躾をする余地はある。ハリーはプロテゴに込める魔力を増大させてみた。スクリュートがハリーに特別の警戒を見せるなら、スクリュートには野生生物の本能である危機感や相手を良く観察する能力が備わっていることになる。
(……反応がないな……人間はみんな敵だと思っているのか、それとも見分けがついていないのかな?)
飼い慣らされた動物は野生動物ならば持つ筈の警戒心を失うと、ハリーは他ならぬハグリッドから教わった。スクリュートには、そもそも野生という概念が存在しない。産まれてからずっとハグリッドに世話されるだけの生命だっただろう。
それはつまり、スクリュートという生命そのものが非常に危ういということなのではないかとハリーは思った。ハリーたち人間にとっても、スクリュートという生命にとっても。
(……この子も不憫ではあるんだよな。産まれてからずっと外に出られないなんて)
ハリーはふと、ダーズリー家にいた自分自身とスクリュートを重ねて考えてしまった。
(ストレスも溜まっているだろうし、かといって野放しにはできないし。樽の中は魔法で拡張されているんだろうけど、外敵のいない空間なんて本当の野生とは程遠いだろうしなぁ)
ハリーはアズラエルやハーマイオニーからしばしば無謀と言われることはある。それでも、決闘クラブや数々の魔法生物との交戦や闇の魔法使いとの殺しあいを通して、相手を見て戦法を変えたりはする。しかしスクリュートは、そうした経験がない。自らを脅かす天敵の存在も知らず逃げるという選択肢を親から学ぶことができず、群れを作り孤独を癒す術すら知らない。ハリーはスクリュートに感情移入しないよう心を無にした。
一方、アズラエルは不快そうにスクリュートから目をそらした一方、ルナはじっくりとスクリュートの体の隅々まで観察していた。やがてルナはそっと呟いた。
「この子の甲羅は綺麗だね」
「そうだろう!毒針避けの手袋をつけて撫でてやるとなぁ、エリザベスも喜ぶんだ!やってみるか?」
「う」
「ダメだよ」
ルナが頷こうとしたので、ハリーが止めた。
「やっぱり毒持ちじゃありませんか!」
スクリュートの体はファイアクラブを思わせるような固い甲羅で覆われていて、そこだけ見れば綺麗にも見える。目が存在しない頭部と、尾に存在する蠍の毒、そして、隠しきれない狂暴さを考慮しなければ。スクリュートはハリーたちの存在を認識すると、樽の中からでも分かるほど暴れ始めた。聞き分けのないダドリーのようだとハリーは思った。
「この子の好物は何だね、ハグリッド?」
「亀の肉ですスキャマンダー先生!」
スキャマンダー先生はハグリッドの話を聞きながら、エリザベスとコミュニケーションを取ろうとしていたが、エリザベスがスキャマンダー先生に興味を示さず、与えられた亀肉だけに興味を示しているのを確認するとハグリッドに言った。
「……エリザベスに余計なストレスを与えてしまったな。ハグリッド先生、彼女をもとの安全な場所に戻してくれないだろうか。私が不信感を与えてしまったらしい」
「了解です。驚かせちまったなあ、エリザベス」
「マンティコアとファイアクラブの子供……。そんな命が産まれるとは想像もしなかった」
スキャマンダー先生の言葉に、ハリーは同意した。
「先生、僕もです」
「……」
アズラエルはなにか言おうとして口を閉じた。ハリーは何となくアズラエルの言いたいことを察した。
(……危険すぎるのは確かなんだよな……)
スキャマンダー先生は、エリザベスの能力や特徴を把握することから始めたようだった。矢継ぎ早にハグリッドに質問をしては、驚愕に肩を震わせている。
「ハグリッド先生、この子は産まれてからどれくらいだね」
「二週間です。最初は三センチくれえのちっせえ群れだったんですがね」
「三センチか。それが今は十センチほどの大きさになったというのは素晴らしいことだ。産まれたとき、兄妹はいたのかな?」
二人は意気投合していた。スキャマンダー先生はハグリッドの手綱を握り、産まれた命であるスクリュートに向き合うことを始めたようだった。
「十匹の兄妹が居たんですがね。同じところにいると、共食いしちまうんで」
「…………」
ハリーとルナとアズラエルは顔を見合わせてヒソヒソと話した。ハリーの中で、スクリュートを可哀相と思う気持ちが一瞬で消え失せていった。
(スクリュートってさ、もしかしてお魚さん?それともめちゃくちゃ大食い?)
(そんな可愛い生き物じゃあなさそうですよ。そもそもマンティコア自体が最高レベルの危険生物なんです。ましてやその子供なんて……)
(でも観察してデータを取らないとなにも分からないよ。産まれてしまったからには育てるのが人間の義務なんじゃないかな?)
ハリーはスクリュートの甲羅や毒針に興味を持った。特に毒針は、マンティコアの持つ蠍の毒がどのように変化しているのか気にかかる。
(……もしかしたら人類にとって有効な使い方を確立できるかもしれないし……)
アクロマンチュラの毒のように、強力な毒は時として新薬に繋がることもある。仮にスクリュートがマンティコアと同じ蠍の毒しかなかったとしても、マンティコアより飼育が容易であれば、将来的には魔法使いにとって益にもなり得るのだ。
「他の子達は?今も生き残った子達はどれくらいだね?」
「四匹います。すぐにご覧いただけます!」
エイモス氏は、スキャマンダー先生がスクリュートという魔法生物を観察する方向に進んだのを見て胸を撫で下ろしていた。
ハリーはルナに目で合図を送り、ルナと一緒にハグリッドとスキャマンダー先生の後に続いた。アズラエルは無言でハリーに従い、三人も残りのスクリュートを見せてもらうことが出来た。その結果分かったことは、スクリュートはバウンドウルフやトロルより狂暴な生き物だということだった。
「ハグリッド。マンティコアやファイアクラブの血をひいているからといって、全てのスクリュートが獰猛で危険な生き物というわけではないのだろう?」
スキャマンダー先生が訊ねた。
「もちろんです先生!」とハグリッドは嬉しそうに言った。
「エリザベスはちいっとばかし攻撃性が高いように見えますがね。末っ子で兄弟から構ってもらえねえのが寂しいんです」
「共食いして死ぬなら兄たちに構わせたらダメじゃないですかねぇ!?」
アズラエルの突っ込みをハグリッドはスルーした。
「群れの他の連中はエリザベスほど狂暴じゃねえ。こいつらが危険なんてことはねえぞ、アズラエル」
「いや人間にとっては危険きわまりないと思うんですが。そもそも共食いしている時点で狂暴じゃないってことはありませんよね?」
(もっと言っていいよアズラエル)
ハリーも内心でアズラエルに同意した。同族相手にすら襲いかかるような生き物が、他の動物に友好的に接するなど出来るとは思えなかった。
「我々魔法生物学者から見ればそうだな、ハグリッド。そういう生態の生き物は珍しくない。しかし残念ながら、一般的な観点から言うと今の時点でも十分に危険だ」
スキャマンダー先生はすっぱりと断言した。その目には優しさとそして諦めがあった。
「ハグリッド、この子たちは森に出してはいけない。それは約束してくれるね」
「そんなあ先生……。それはこいつらが可哀相です。俺はこいつらを自由にしてやりてえ……」
ハグリッドが悲しそうな顔をしたので、スキャマンダー先生がなだめるように言った。
「ハグリッド、君の決断を責めているわけではないよ。君の気持ちそのものは分かる。しかし、禁じられた森には既にコミュニティが存在するんだ」
スキャマンダー先生は学生に説明するように言葉を続けた。ルナもハリーもアズラエルも、ハグリッドも先生の言葉を傾聴した。
「危険生物の飼育というのは繊細な扱いを要するものなんだ。それこそ、杖を扱うように丁寧にならなければならない。決して感情的にならずに、専門的な知識に基づいて行わなければならない。ハグリッド先生、君が命をかけてこの子たちを守るというのなら、この子達が野生に解き放たれないよう育てることが君に課された義務だ」
アズラエルはハグリッドに見えないようにハリーの脇腹をつねった。ハリーはアズラエルがスキャマンダー先生に抗議するのではないかとヒヤヒヤした。しかしアズラエルは冷静だったし、ハグリッドを無駄に責めたいわけでないようだった。ハリーはこの友人の判断基準をつかめずにいた。アズラエルはハリーの耳元で囁いた。
『スクリュートは今すぐに始末する必要があると思うんですが、やっぱり難しそうですねえ』
ハリーはアズラエルの耳元に囁き返した。
『スキャマンダー先生にもハグリッドにもそれは出来ないんだよ、きっと。魔法省がスクリュートを危険だと判断したら役人が殺しに来るだろうけどね』
『なんだか胸糞悪いね。勝手に作って勝手に閉じ込めて都合が悪くなったら殺すなんて』
ルナは普段からは考えられないほど冷めていた。アズラエルは対称的に、きっぱりと言った。
『それが勝手に作ったものの責任って奴なんですよ。あいつらが人を襲ったらどうするんです?下手をすれば死人が出ますよ。……その代わり、ちゃんと飼われてくれるなら育てきるってことです』
「この子たちを自然に解き放つことがあれば、どんな影響があるか分からない。……産まれた命である以上は、責任をもってここで育てきることが我々にできる最善なのだろう……」
ハグリッドはルナとスキャマンダー先生の言葉を噛み締めているようだった。そして、決心したように頷いた。
ハリーはこの決断が、ハグリッドにとって、というよりも将来の英国魔法界にとって大きな責任となるだろうと思った。
ハリーはアズラエルをちらと見た。アズラエルはハグリッドとエイモス氏を睨んでいた。ハリーにはスキャマンダー先生の言葉の意味が分かるような気がしたし、アズラエルにも理解して欲しいと思っていたからだった。
『君は正しいことを言ってると思うぞ、アズラエル』
『でも、人に危害を加えてない生物を殺すのはよくない。そういうことだよ、きっとね』
ハグリッドの決断にやんわりと反対の意を表するアズラエルを、ルナとハリーが説得する。アズラエルは納得しなかったが、ハグリッドやエイモス氏に言いつのることはなかった。
「……他の新種はない、と見てもいいのかな?」
スキャマンダー氏はハグリッドにそう尋ねた。ハリーはスクリュートのインパクトに圧倒されていたが、まだまだ新しい魔法生物が出てくる可能性を思って身震いした。
「勿論ですよ。流石の我々もそうそう新種を作り出すことは出来ません」
エイモス氏はそう言ったが、スキャマンダー氏は信用していないようだった。
「少なくとも今学期の間はここに残らせて貰います。ハグリッドの補助教員としてね。ダンブルドアと話はついています」
「それがいい!ですよね、ハグリッド先生!」
アズラエルは喜びを隠せずに言った。ハリーも同意した。
(こ、これで最後であってほしい……!)
新種の魔法生物創造計画は何もスクリュートだけだと限った話ではない。失敗した計画についてもエイモス氏が話してくれはしたが、スクリュートが成功したことでさらに次を、とさらなる怪物を造り出さないとも限らないのだから。
エイモス氏は話が纏まったことで安心したのか、そのあとすぐにハグリッドの小屋を辞した。
ハリー、アズラエル、ルナはエイモス氏が去った後も小屋に残り、スキャマンダー先生からサンダーバードの話を聞いたり、スキャマンダー先生のトランクにいたやオカミー(つばさを持つ蛇)と蛇語で会話したりしながら楽しい時間を過ごした。オカミーは体長四メートルになる大人の雌で、ハリーたちにも友好的だった。
「た~のしー!!ありがとうオカミーちゃん!最っ高!!」
『ルナは貴方にありがとうと言っています、オカミーさん』
『喜んで頂けて私も嬉しいです。ブルーム、ハリー、貴方たちも乗りますか?』
「アズラエル、背中に乗せて貰えるらしいよ」
「是非お願いします!」
ルナはオカミーの背中に乗らせて貰い、禁じられた森の上空を飛び回った。色々なサプライズはあったものの、ハリーもアズラエルもオカミーの背中から禁じられた森を上空を見て回った。森の中は広大でほんの一部しか見渡すことはとても出来なかったが、聖域らしき大樹や恐ろしいほど深い樹木、ケンタウロスたちが焚き火をしているところもあった。
オカミーから降り、スキャマンダー先生にお礼を言ったアズラエルは、そのあと持参した『幻の生物とその生息地』にスキャマンダー先生のサインを貰ったことで、飛び上がるほど喜んだ。
それから三人はハグリッドたちににさよならを言ってホグワーツに戻った。大広間で夕食を取り、ふくろう小屋へ手紙を出しに行ったルナと別れたあとハリーとアズラエルは二人で歩いていた。話題はオカミーやスキャマンダー先生の偉業についてだったが、やがて魔法省の指示で産み出された例の生物の話になった。周囲を見回して人がいないことを確認して、ハリーは言う。
「将来的に間違って解き放たれたアレのせいで禁じられた森の生態が壊れる、なんてことにならないといいけどね」
ハリーは禁じられた森に住むフィレンツェたちを思い浮かべて身震いした。まさかこんな形で彼らの身の安全を心配することになるとは夢にも思っていなかった。ハリーたちの立場で考えれば、突然身の回りに得体の知れないミュータントが出現するようなものなのだ。
「ハグリッドがあのスクリュートを全部ちゃんと世話してくれることを願うよ。責任重大だ」
ハリーがアズラエルにそう言うと、アズラエルはハリーの顔を見て深くため息をついた。彼は髪の毛をかきむしりながらこう言った。
「君、ハグリッドに愛想が尽きないんですか?言っておきますけど魔法省の指示とはいえアレを産み出したのはハグリッドですよ?正気の沙汰とは思えません」
「スクリュートがマンティコアより有害になるか、それとも穏やかで使える生き物になるかは今のところ分からないじゃないか。これから判断しようよ」
ハリーが何となくそう言うと、アズラエルは少し考えるようにしながら答えた。
「……有用な道具を大切に扱うべきという考え方は嫌いじゃないですよ。僕も使えるものは使うべきだとは思います。ただ、ひとつの命として考えたとき、他の命にとって危険でしかないものを産み出すことに意味はあるのかって考えてしまうんです」
ハリーはアズラエルの意見に一定の理解を示しながらも、スクリュートにもいいところがあると言った。
「危険なことは確かだよ。でも、リスクばかり話していても始まらない。だってもう産まれてしまったんだから。僕はアレの甲羅や毒針の方に興味があるよ。アズラエルも、アレの活用方法を考えてみない?」
ハリーは努めて明るく言った。ハリーはハグリッドがあの危険な魔法生物を育ててくれることを望んでいた。それはハグリッドの優しさを信じているからだし、もしハグリッドが選択を間違えたとしても、そのときはハリーがスクリュートを殺害するなりして軌道修正してやればいいと思ったからだ。それだけの実力はあるとハリーは自分の力量を信じていた。
「もしも問題が起きたら?この先、何かの間違いであれが森に解き放たれるようなことがあるかもしれませんよ?」
アズラエルが不安そうにハリーに聞くと、ハリーは断言した。
「そのときは僕がスクリュートを殺してでも皆を守るよ。僕ならできる」
ハリーは無闇に闇の魔術を使うことはしなくなった。しかし頭の片隅には、自分が強くなっていることに対する実感と過信から来る驕りが芽生えていた。人を殺した怪物を殺すことに躊躇いを覚えず、いざその時は殺せると疑わない程度にはハリーは若く傲慢だった。
「……君なら出来そうな気がするのが恐ろしいですね。けれども、そんな日が来ないことを祈りますよ、僕は」
アズラエルはハリーの顔をまじまじと見つめて微笑んだ。ハリーはアズラエルの不安を取り除くことが出来たと思い、にっこりと微笑んだ。四月のホグワーツには暖かい春の暖気が流れ込んできていた。
ハリーさんは思考が大分スリザリン寄りになっています。情はあるけどね。