ファルカスのタロット占い
バナナージ→力
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「すまないハリー。俺の考えが甘かった」
「そんなことありません。頭を上げてください、バナナージ部長」
「いや、まさかマリーダ姐さんがこんなゴシップ紙に目をつけられるなんて思ってもみなかったんだ。俺の落ち度だ」
「それは部長の責任じゃありませんよ。デイリープロフィットの記者の趣味が悪いだけです」
ハリーとバナナージが向かい合っているのは、必要の部屋の一室だった。今ここに居るのはハリーとバナナージだけで、この部屋は部屋自体が厳重な魔法で管理され、外界とは完全に隔絶されているので、二人が何を話しているのか知るものはいない。
「でも、どうして漏れ鍋に?」
「マリーダ姐さんには昔散々鍛えて貰ったし、今までのお礼を兼ねて結婚祝いをしたいと思ってな。君に不快な思いをさせてしまって本当にすまない」
バナナージは申し訳なさそうな顔をしている。ハリーは気にしていないと首を振った。
(……まぁマリーダさんは怒ってるだろうけど。デイリープロフィットに)
ハリーだとしたら、自分がマリーダの立場なら新聞記者に腹を立てるだろうと思う。短い付き合いではあるが、ハリーはマリーダが自分自身についてあれこれと記事を書き立てられるよりはバナナージのために怒るタイプだと思っていた。デイリープロフィットはあれこれと憶測で記事を書いており、記事の中のバナナージは、いわゆる間男という扱いになっていたからだ。
「怒ってないんだな、ハリーは」
「勿論、変な噂が出てくるのは嫌ですけど、慣れました。僕よりバナナージ先輩こそ大丈夫なんですか?」
「俺はその点は問題ないよ。友人たちは気のいい連中だし、マリーダ姐さんとも面識があるからな」
バナナージが落ち着いていたのでハリーはほっとした。ただでさえハリーは問題を起こしている側だが、バナナージはそんなハリーでも部に在籍させてくれた恩人なのだから。
(やっぱり決闘クラブ内でのトトカルチョは良くないな。今度ザビニがやろうとしてたら止めよう)
そんなことを考えていたハリーに対して、バナナージは感心したように言った。
「でも、ハリーは落ち着いてるな。……ああ、噂についてもだけど」
ハリーの怪訝な顔を見て、バナナージは言った。
「シリウスさんがマリーダ姐さんを紹介したときも、君はすぐに受け入れてくれたって聞いたぞ」
「ああ……シリウスがマリーダさんを連れてきたときですね」
「そう。君の立場からしたらたまったもんじゃなかっただろう?急にゴッドファーザーが生えてきたと思ったら、そのゴッドファーザーに恋人が出来たなんて。マリーダ姐さんは君に受け入れられるかどうか、とても不安がっていたんだ……」
ハリーは当時はシリウスに嫌われたくないという一心だったとは答えようがなかった。
(あのときは不安だったけど、今は……)
「マリーダさんはとてもいい人でしたから。シリウスはあんまりスリザリンに理解がないんですけど、マリーダさんは違います」
「そうだな、マリーダ姐さんは違う。君の気持ちにも寄り添えると思うよ」
「先輩もマリーダさんと同じで、スリザリンに対しては寛大な対応をしてくださりますよね。僕もそうですし、カロー先輩やマーセナスにも」
ハリーは嬉しくなったが、そんなハリーを見てバナナージは神妙な面持ちになった。
「そりゃあな。一年の頃からずっとガエリオとマクギリスでバチバチにやりあってるのを見てきたら、冷めるよ。ましてや俺はハッフルパフ生だし、あいつらがやり過ぎる前に止める役にならなきゃいけないんだ」
バナナージは肩をすくめた。ハリーは少し驚いた。その言い方は、バナナージにしてはドライだったからだ。同時にバナナージの苦労を偲んだ。
「マリーダさんも、バナナージ先輩はすごい人だと言っていました。考え方が前向きで、寛容だって」
マリーダは昔スリザリン生だったが、バナナージのハッフルパフ的な性格を好ましく思っていたとハリーは言った。
「先輩は何でスリザリン生とも対話しようって考えられたんですか?僕たちを嫌う人たちは大勢いるのに」
「何でって、そりゃあマリーダ姐さんがスリザリンの出身だからだよ。マリーダさんを見て、スリザリン生が悪人だなんて考えないだろう」
当然といえば当然の言葉だった。
「……ですよね。でも、ファルカスや僕たちや……マーセナスまで受け入れるのは懐が深いと思います」
ハリーは心の底から言った。そんなハリーを見てバナナージは苦笑する。
「マーセナスも最近は落ち着いてるからな。俺達の代も平和になったもんだよ」
平和になった、ということは、そこに至るまでにスリザリン生やグリフィンドール生に踏みにじられてきた犠牲もあるということだ。しかしあえてバナナージはそれを口に出さなかった。
ハリーはマーセナスには興味がなかった。ハリーはマリーダについて聞いてみようと思い、バナナージに尋ねた。
「マーセナスのことはともかくとして、マリーダさんは一体どんな人だったんですか?」
ハリーは何となく予想は付いていたが、改めて聞いてみたくなった。バナナージはそれがな、と頭を掻いて口を開いた。
「俺がホグワーツに行くちょっと前だったかな。マリーダ姐さんに会ったのは」
ハリーはバナナージとマリーダが知り合ったのは七年前だと聞いて驚いた。その頃にはもう、マリーダはマグルの世界で働いていたという。
「それまでは親戚付き合いとかもなくて驚いたよ。マグルの世界に溶け込める魔女ってのも不思議だったし。マリーダ姐さんは初対面の俺に、杖の振り方を教えてくれて、ホグワーツのことも熱心に教えてくれた。決闘クラブのこともその時知ったんだ」
「そうだったんですか。マリーダさんも昔決闘クラブだったんですよね……」
「ああ。マリーダさんがチャンピオンになった頃にはもうフリットウイック教授が決闘クラブを纏めていたそうだぞ」
ハリーはやっぱりかという顔をした。バナナージはそんなハリーを見て続けた。
「決闘クラブならいろんな寮の、色んな考えの奴らがいて、退屈しないってマリーダさんは言った。実際楽しかったよ」
「ハッフルパフは違うんですか?なんとなく、ハッフルパフは純血主義でも、反純血主義でもない多様な考え方が許されてるイメージなんですが」
ハリーが何となく聞いた。ハリーの中では、主にロンの影響でグリフィンドールは混血主義、というよりは反純血主義、レイブンクローはルナの影響で個人主義という認識が出来ていた。それに対してハッフルパフは、よくも悪くも思想的な意識は薄い寮だと思っていた。バナナージが政治活動を決闘クラブの内部では禁止していたからだ。
バナナージは頭をかきむしってから、困ったように言った。
「まぁ、実際のところハッフルパフにもいろんな考え方の奴らがいてな。資本主義とか共産主義とか体育会系とか文系とか理系とか、とにかくタイプが違う奴らが多い。ただな、多様な考え方があるってことは統一性もないってことなんだ」
「あ、そうなんですか?」
ハリーにとって意外なことに、ハッフルパフ内部では対立とまではいかずとも、気の合わないグループはあるようだった。人が多く集まれば色々な考えが生まれるのは自然なことで、そこに意見の相違が生まれるのもまた自然なことだった。
「……ただ、うちの寮は全体的に流されやすいんだ。俺も人のことは言えないんだけど、よくも悪くも、周囲の友達がやってるから友達のグループに入る、みたいな感じだな。本気でその思想のことを考えてる訳じゃなくても、そういう雰囲気に流されてやってるだけなところがある」
(バナナージ先輩の言葉を完全に否定できるホグワーツ生が、このホグワーツに居るのかな。寮生活だぞ?)
ハリーは己の身にあてはめて考えてみた。もしも、ロンやザビニと仲良くなれず、スリザリンの内部で孤立していたとして、ハリーは純血主義に染まらずにいれただろうかと。
母親のことを思えば、染まるわけにはいかなかっただろう。しかし、ハリーは自分がその孤独に耐えられたとは思わなかった。純血主義を信仰しなかったとしても、ろくでもない拗らせ方をしていたのは間違いなかっただろう。
「自分で考えて所属するグループを選択するって、とても難しいことです。別にハッフルパフに限った話だとは思いません」
ハリーがそう言うと、バナナージは困ったように笑った。
「……君が言うと説得力ないな、ハリー」
「そんなことありませんよ。僕だって周囲の顔色は伺ってますから」
ハリーは本音を少しだけ話した。ハリーは特に、身近なシリウスのことを気にしていた。純血の家に生まれながらグリフィンドールに入ったシリウスからは、言動の端々でグリフィンドール至上主義な部分を感じるのだ。
シリウスは、ハリーからファルカスやザビニの話を聞いたりしたときスリザリンのことを誉めることはある。それでも、『スリザリンにしておくには勿体無い』と思っていることを、ハリーは無意識に感じ取っていた。
「マリーダさんがスリザリンに理解を示してくれるのは、凄く勇気付けられるんです」
ハリーの言葉は、勇気を象徴するグリフィンドールに対するスリザリン生らしい皮肉だった。バナナージはあえて笑って言った。
「マリーダ姐さんも君がいて良かったと思ってるよ。ま、誰かの考えた思想に対して受け身でいると、それに抗うか、それとも従うかって二択しかとれなくなっちまう。第三の選択なんていうのは、余裕がある奴しか取れないものさ」
「だから状況に飲み込まれて心が殺される前に、確固たる自分自身の意志で判断しなきゃいけないんだ」
ハリーの表情を見て、バナナージは苦笑した。
「分かってるよ。理想だよ、そんなのは。現実問題として、そんな都合よくいくわけない。寮の中で孤立するなんて地獄だろ?誰だって、身近な友人の考えに流されるさ」
ハリーは黙って頷いた。今のハリーは恵まれ過ぎていると言っていいほど恵まれていたが、立場が危うくなることは何度もあった。スリザリン生ならば純血主義を信じているはずだという三寮生の偏見もあったが、それでも純血主義を信仰せずにここまできたのは周囲の影響も大きかった。
「だからこそ、決闘クラブみたいに、特定の思想と切り離した環境は必要なんだよ。居場所って言い換えてもいいけどな」
「クラブでは凄く楽しく勉強させて貰ってます」
「なら良かった。……なぁ、ハリー」
「はい?」
「一応、マリーダさんの関係で俺と君は遠縁の親戚ってことにはなるが、学校ではこれまで通り、先輩と後輩って感じでいいか?親戚ってなるとクラブでもやり辛いだろう」
「勿論です、バナナージ先輩。これからもよろしくお願いします」
「おう。こちらこそな」
ハリーは一も二もなく頷いた。正直なところ、親戚というものにあまりいい思い出がないハリーにとってはそちらのほうが気が楽だった。二人は校内ではこれまで通り先輩後輩という関係で振る舞うことに決めたのだ。
***
バナナージ·ビストはハリーとの対話を終えると、ほっと胸を撫で下ろした。バナナージの胸中は安堵感で満たされていた。
(正直ハリーからは嫌われてもおかしくなかったが……)
ハリーの立場で考えれば、マリーダはシリウスを横から奪おうとする女性だ。多感な時期の中学生は怒り狂っているだろうと思っていた。年下の後輩相手ではあるが、嫌味や罵倒を受けて禊とすることもバナナージは覚悟していた。
しかしハリーが普段通りに振る舞っている姿を見てバナナージはますます申し訳なさを感じた。ハリーと会話するうちに、意外にもマリーダに対する好感度が低くはないことを知り、ハリーのことがますます心配になったが。
(大丈夫か?物分かりが良すぎないか?無理してないか?)
(もっと周囲に怒ってもいいと思うぞ、君は)
そう喉元から出かかった言葉を、バナナージはすんでのところで引っ込めた。
ハリー・ポッターやその友人のブレーズ·ザビニという少年の境遇は、バナナージの目からは異様に見えた。突然知らない親戚が増えることは、年頃の少年にとってはストレスのはずだからだ。他ならぬバナナージがそうだったのだから。
バナナージは十歳の誕生日までは、己が魔法使いであることを知らなかった。母子家庭として苦労人の母と二人、慎ましく暮らしていたところを、ビスト家の人間だと名乗る父親が現れた。
バナナージはその時、母はマグルで、バナナージは魔法使いだと聞かされた。暗黒時代の最中、正妻がいるくせにマグルの母親に手を出したカーディアスは、やむを得ない措置だとして母から魔法使いの世界に関する記憶を奪い、母をマグルの世界に生まれたばかりのバナナージ共々放逐した。万が一、嫡男のアルベルトに何かあったときのスペアとして。
そして散々母親を放置した挙げ句、バナナージが十歳になったとき、これまでのバナナージの交遊関係を全て取り上げて魔法界に来い、とバナナージに告げてきた。それもバナナージが高い魔力を持っていたからで、仮にバナナージがスクイブであったなら認知したとは思えなかった。
バナナージは怒り狂った。幼いながらに、父親を名乗るカーディアス·ビストが無茶苦茶なことをやっていることが分かった。しかし、その一方的で人を舐め腐った提案を受け入れざるをえなかった。カーディアスへの情を感じたからではなく、苦しい生活でやつれきった母親の身を案じたからだ。幸い母親は今は元気でいる。ビスト家とカーディアスは、母親に何不自由ない生活をさせてくれていた。バナナージの選択と引き換えに。
バナナージが達観といっていい境地に達したのは、兄やマリーダや、ホグワーツで出会った友人たちのお陰だった。しかし父親を許したわけではなかった。
(俺と比べたら、ハリーは聖人君子だな)
と、バナナージは思う。
もしもバナナージがハリーの立場だったら、勝手な都合で純血主義と戦った父母も、義務を放棄して刑務所に入った挙げ句に生えてきたゴッドファーザーも、いきなり生えてきたゴッドファーザーの恋人も、何もかも受け入れられないと思う。
(……一年の頃のハリーは、思いっきり痩せていたな)
バナナージはその頃のハリーの顔を見たわけではなかったが、それでも人伝にハリーが妙に痩せていて、身なりも英雄にしてはみすぼらしいと聞いた。幼い頃に両親も、後見人であるゴッドファーザーも失った少年に何かがあったことは、容易に想像がついた。
それでも、ハリーの精神は強靭で、同い年の頃のバナナージよりよほど前向きに見えた。そんなハリーをバナナージは年齢を超えてはじめて尊敬した。同時に危うさも感じた。
ハリーの持つ杖は、柊の枝と不死鳥の尾羽で作られている。バナナージは、ビスト家の教育によって杖の持つジンクスにも詳しかった。感情的で不安定な魔法使いを好むとされるハリーの持つ杖は、持ち手の成長によってさらに力を貸してくれる。正の感情に呼応すればパトロナスを、そして負の感情に呼応すれば、闇の魔術を。ハリーは成長しているが、感情を起因として強くなっていることに変わりはなく、その心が変化していけば、ハリーの成長はあらぬ方向にすすむことは容易に想像がついた。
そしてそれだけに、バナナージはハリーがいつか折れてしまうのではないか、と不安になった。
(……スリザリンの獅子、か)
バナナージはハリーに付けられた渾名を思う。なるほど、一年生の頃のハリーは獅子寮にふさわしい資質だったかもしれない。そのアンバランスさこそがハリーだった。
しかし、今のハリーは蛇寮に馴染み、スリザリン生徒らしい考え方も出来るようになっていた。そのハリーと、マリーダから伝え聞くところによるとグリフィンドール生らしいゴッドファーザーとの間に確執が生まれるのではないかと、バナナージは懸念を抱いてしまった。
グリフィンドールの思想である勇敢さと、スリザリンの資質である狡猾さは相容れない。噛み合えば無二の親友にもなれるそれは、下手をすれば断絶するほどの確執となってしまう。
(……いや、口喧嘩できる程度ならまだいいんだ)
バナナージは己にあてはめて、ハリーにはそうなって欲しくはないな、と思った。
(下手に耐えてしまって、喧嘩すら出来ないくらい冷えきった関係になったら地獄だぞ……)
大人や目上の人間の顔色を伺い、『いい子』のフリが出来る利口すぎる子供は、子供らしく振る舞うことが出来なくなる。かつてのバナナージがそうだったように。バナナージの心には、薄く、そして暗い靄がかかっていた。
(大事なのは心だ)
バナナージは精神的な在りかたにこそ、人の真価があると思っていた。ハリーが己の価値観とどう向き合っていくのか、自分の感情を押し殺してしまうのか、それとも上手く折り合いを付けていくのか。
今のハリーは闇の魔術を行使できるような精神状態ではないだろうが、それでも一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
バナナージは、後輩への興味が尽きることはないな、と思う。ハリーがもしストレスを溜めたときはハリー相手に決闘でもして、ストレスの捌け口になってやろう、と誓った。
実際、バナナージ·ビストはハリーや後輩たちを相手に何度か決闘し、何度も何度も後輩たちを打ち負かしながらその技術を教えていった。バナナージは決闘クラブの部長として、その責任を果たしていたのである。
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五月に入っても、ホグワーツ周辺は平穏を保っていた。どういうわけかホグズミードを去らないディメンターさえいなければ、ホグワーツ生たちは近づく試験前に最後の余暇をホグズミードで過ごそうとしていただろう。
ハリーはホグワーツの魔法薬学教室で、ダフネと共に薬を作っていた。スネイプ教授へ届け出を出し、痛み止めの薬を煎じていたのである。ダフネが作りたいと言い出したからだ。
ハリーはこっそりと禁じられた森に入り、ダフネが実験したい魔法薬の素材を集めた。三年生に作れる痛み止めといえど、素材がなければ調合など不可能だ。ダフネはハリーがどこから調達したのかと首をかしげたが、アズラエルに頼んだと言うと納得した。
「ダフネ、これ」
「? どうしたの、これは何、ハリー?」
「君への誕生日プレゼント。友達にプレゼントなんて初めてだから、気に入らなかったらごめん」
そう言ってハリーがダフネへ差し出したのは瓶入りの魔法薬だった。中身は『変声薬』で、服用後は十分間だけ使用者のイメージ通りの声を出すことが出来るという薬だ。あまり市販されていない薬だが、ダフネはハリーがくれたものは値段とはまた別の価値を持っているように見えた。
ちなみに、はじめてと言うのは勿論嘘だ。ザビニやアズラエルやロンに贈ったことはある。ダフネには話していないが、プレゼントした変声薬は市販のものではなくハリーが自分で煎じたものだった。
「いや……いいのかしら。こんなものを貰ってしまって」
「気に入らなかったら返してくれてもいいから。また別のプレゼントを考えるよ」
ダフネは受け取るか受け取らないか迷ったが、結局ハリーの厚意を受け取った。ハリーは少しホッとしたように笑った。
「……でもこれ、高かったでしょ?」
「そんなことないよ」
ダフネの知っている限りハリーには収入源などない。両親から受け継いだ遺産だけで、それもゴッドファーザーのシリウスによってきちんと管理されているはずだ。ダフネはそれ以上追及するのは良くないような気がして別の質問をした。
「……そういえば、ミス·ジンネマンの件は大丈夫だったのかしら?彼女は貴方の養母ということになる方だけど、世間は一時期誹謗中傷していたようだけれど」
「うん。シリウスも手紙で笑ってたよ。そういうこともあるってさ」
「そう……」
(本当に大丈夫なのかしら?)
ダフネはシリウス·ブラックの態度は少し鷹揚過ぎるような気もした。婚約間近の恋人の浮気を許すなんていったい何を考えているのかしら、と。
一般的なホグワーツ生は、マリーダと一緒に写真に写っていたのがバナナージだと気付いておらず、世間的にはマリーダはバッシングを受けていた。英雄シリウスを誑かした悪女だと。『密会』の記事が出てからしばらくの間は、デイリープロフィットによるマリーダ叩きの記事も多かったのだ。
シリウスはハリーには何でもないように言ったが、むしろマリーダを守るために全力を尽くしていた。マスコミからの取材は全て拒否し、弁護士と契約して訴訟を起こす構えを見せたために、デイリー·プロフィットのマリーダ叩きは沈静化していった。ダフネが五月になってからハリーに聞いたのは、騒動の直後に聞くのはハリーの心が持たないだろうと思ってのことだった。
「それで、この夏に式を挙げられるのね?」
「ああ。何も問題はないよ。シリウスは人を大勢呼びたくないらしくて、親戚と知人だけでやるつもりだって」
ダフネがハリーに訊くと、ハリーは困ったように眉を寄せた。
その反応を見て、ダフネは思考を巡らせた。
(……いいなぁ)
ダフネは年頃の少女らしく、シリウスの、というよりは、『英雄シリウス·ブラック』という虚像のファンだった。マスメディアが作り上げた、友情に殉じた悲劇の英雄に憧れ、結婚する前にせめて直接祝福の言葉を言えないものかと思っていた。と言っても、ハリーにはシリウスのファンであることを打ち明けたことはない。ハリーからミーハーな女子だと思われたくなかったからだ。
(ミスタ ブラックのサインを頂けないかしら……)
おそらくは不可能だろうが、冗談のような調子で聞いてみることにした。
「そう。私も結婚式に呼んでもらえるのかしら?」
「もちろんだよ。シリウスに頼んでみる。飛び入りだって大丈夫だよ」
「結婚式場が怒るわよ、飛入り参加なんて」
ダフネはにっこりと笑った。ハリーはダフネの笑顔を見ていると、少しだけ頬が赤くなるのを感じた。
(……笑うと可愛いな、ダフネは。……いや、集中だ集中。何考えてるんだ僕は)
暫しの間ダフネに見とれてしまったハリーは、調合したクスリが完成するまで他のことを考えることで気をそらした。
(ダフネはまだ、ルーピン先生の持病に気付いていない。このまま気付かずにいてくれたら…………いや、それはもう無理か)
スリザリンの内部でも、ルーピン先生の持病に気付く人間は多く出始めていた。しかし一方で、彼らはルーピン先生の正体を喧伝したりはしなかった。ただ遠巻きに、気付いていない他寮の生徒をせせらわらって態度で示し始めていた。
ダフネが気付くのは時間の問題と言って良かった。ハリーはダフネにいつ、どんな風に真実を告げるべきか考えあぐねていた。ダフネを傷つけるような結果になることだけは避けたかったが、どんな言い方をしても、ダフネが衝撃を受けるのは間違いなく、それがハリーには心苦しかった。
暗黒時代の後だとバナナージみたいな境遇の子供は沢山出ます。
原作のディーンとかもそうですしね。