ルナ→月
ハリー、ロン、ハーマイオニー、ルナ、そしてアズラエルは、ハグリッドの小屋を訪れていた。ルナはスクリュートを観察するために度々小屋を訪れていたようで、ハグリッドからもスキャマンダー先生からも顔を覚えられていた。
「よく来たな皆。ちょいと手狭だが入ってくれ」
ハグリッドは一行を歓迎した。アズラエルは、軽く会釈するにとどまった。
「ハグリッド、スクリュートはどこ?」
「そう慌てるなルナ。また気ィ失うぞ」
(……気を……?)
ハリーの知らない間に後輩が危険な目に遭っていたのではないか、とハリーは一瞬危惧した。しかし、ルナが医務室に運ばれたことはなく、ルナの様子も普段通りだった。ハリーは一抹の不安を感じながらも、ハグリッドから差し出されたお茶を口に運んだ。ストレートティーの澄んだ香りは、不安な心を落ち着かせてくれた。
ルナはハグリッドの小屋に来ると待ちきれないとばかりに興奮するようになっていた。ルナは早くスクリュートが見たくてうずうずしていた。被っていた帽子の獅子は、ルナの動きに合わせて鳴き声をあげた。
「ルナのおかげであいつらも生き生きしとるよ!」
『……スクリュートたちは生き生きと殺し合いをしてそうだよな』
『全くです。ルナの話を聞く限り、狂暴性や残虐さは失われていないそうですし……』
ロンとアズラエルは、ひそひそと囁きあった。スクリュートの話を聞いたとき、ロンはアズラエルと同様の考え方をしていたようで、スクリュートなんて育てるべきじゃないと強く主張した。ハーマイオニーは最初そんなロンをたしなめていたが、一目スクリュートのグロテスクな蠍と亀の集合体のような姿を見て絶句し、スクリュートが敵意を露にして襲いかかってきたことで、ハーマイオニーでさえ闇の魔法生物として分類するかもしれないと言った。
ルナは献身的にスクリュートの世話を買って出ていたようで、熱を出したスクリュートがいればそれをスキャマンダー先生やハグリッドに報告し、スクリュートの一匹一匹の見分けがつくまでになっていた。ルナは魔法生物に興味があったからか、ハグリッドの内弟子のようになっていた。
そんなルナでも、スクリュートの凶暴さを矯正することは出来ないようだった。
「先生、こいつら凶暴すぎますよ。ハグリッドの小屋から放り出したほうがいいです」
ロンがそう言うとハグリッドは笑い飛ばした。
「はてさて、そんなことが出来るもんかな?スキャマンダー先生?」
「それは認められないんだ、ロン君。彼らを森に放つことは、森の調和を乱してしまう」
(……)
ハリーとロンはこっそりと顔を見合わせた。ハリーたちが聖域周辺のモンスターを焼却したことも、広義で言えば森の調和を乱す行為には違いなかった。
しかしながら、森に放つという選択肢がないことは確かだった。スクリュートはもう50cmほどの体長になっていて、強靭な甲羅と強い毒素を持つ毒針は大抵の魔法生物にとっての脅威だった。
ハリーはスクリュートの毒の成分を調査させてほしいと頼んだが、資格がないからと許可されなかった。毒はスネイプ教授が調べたところ、蠍の毒でもマンティコアの持つ神経毒でもない新種の毒であることが発覚した。
ルナとスクリュート、あるいはハグリッドやスキャマンダー先生とスクリュートの間には、一定の関係が構築できているようにハリーには見えた。ハリーにはそれが羨ましかった。将来錬金術師になったとき、珍しい毒や貴重な素材を持つ伝説級の魔法生物の知識を持つスキャマンダー先生との人脈は必ず役に立つだろうことは確実だったからだ。しかしハリーは、ルナほどスクリュートに熱心になることも、熱心なふりをすることも出来なかった。
(スクリュートには価値があるのは確かだ。けれど……)
危険な猛獣の世話を進んでやりたいという人は居ないだろうとハリーは思う。そしてハリーも、それが出来ない側の人間だった。ハリー自身の実力なら可能だったかもしれないが、結局は出来なかったのだ。
「俺、スクリュートって好きじゃないなぁ。動きが蜘蛛みたいでちょっと」
「私もよロン」
ロンもハーマイオニーも同意見だった。スクリュートを見た人間のほとんどが同じ感想を持つだろうとハリーは思った。しかしハグリッドは聞く耳を持たなかった。
「そうは言っても、こいつらは他の魔法生物より俺やスキャマンダー先生にはなついておるんだ。……ほれ、お前らが好きな苺じゃぞい」
「ありがとう。あーあ、こいつらがイチゴ好きの穏やかな連中ならなあ」
ロンはハグリッドのスクリュート好きを呪いながらも苺を一つ摘みあげた。ハリーとハーマイオニーが苺を食べたのを見て、ロンも口に放り込んだ。ちなみにアズラエルはお構いなくとばかりに手をつけなかった。スクリュートの存在が明らかになって以降、アズラエルは明らかにハグリッドから距離を置こうとしていた。
ハリーはルナがスクリュートたちに餌を与え終わったあと、日記をつけているのを見て聞いた。
「ルナ、それは観察記録かい?」
「うん。スキャマンダー先生がつけろって言うんだ。先生、ハリーに見せていいですか?」
「もちろん」
「失礼します。僕も見せてもらって構いませんか?」
ルナはハリーにも一冊のノートを差し出した。ハリーはアズラエルと共にそれをざっと読んだ。研究ノートらしく、日付ごとにきちんと内容は整理されていて読みやすかった。
「……」
アズラエルは黙々と一人でページを捲っていた。ハリーも一通り目を通したが、内容に気になるところがあったのでふと質問した。
「先生、この……スクリュートの血を採るってどういうことです?それで何かわかるんですか」
「ええ、それがとても重要なことでね。スクリュートを育てるためには、血を確保しておくことが必要と分かったんだ」
ハリーは思わず首を傾げた。ルナはハリーに説明しだした。
「スクリュートの有用さを証明するためなんだって。スネイプ教授は、このスクリュートの血から、既存の毒の解毒剤が作れないか考えているみたいだよ」
ハリーはスネイプ教授が、スクリュートの血から解毒剤を調合するところを想像してみた。毒々しい色をした血清が出来上がる光景は、ハリーにも容易に想像できた。
研究ノートを読み終えたアズラエルは、ルナを激賞した。
「よくスクリュートなんて生き物を育てる気になりましたね。それだけでも僕には真似できない偉業ですが、このノートも見易く分かりやすかったです。本当に大したものですよ、きみは」
「ありがと、アズにゃん」
ルナはにっこり笑った。アズラエルはルナに丁寧に礼を言ったあと、スキャマンダー先生に言った。
「先生、どうしてルナに一部の個体の世話を任せたんですか?スクリュートが危険だと分かっていらしたのに」
「アズラエル君。私も止めたが、彼女の意欲は止められなかった。……それに、彼女の意見はスクリュートのためになった。私もハグリッドも、思考が硬直化していてね。スクリュートをマンティコアや、ファイアクラブの延長線上と考えていた。それがスクリュートを育てる上での足枷になっていた」
ルナはえっへんと胸を張った。ハリーは思わずルナに突っ込んだ。
「その意欲を決闘クラブでも見せれば、フリットウィック教授は君のことを気に入ると思うんだけどね」
ルナは天才ではあったが、決闘に対してはあまり意欲的ではなく、戦績にもムラがあった。どうでもいい時には露骨に手を抜くせいで、ルナの勝率は芳しくない。
「え~。デュエルはやだ。痛いし」
「……まったく」
ハリーはロンと顔を見合わせてルナに対してあきれた。ルナは日記をしまったスキャマンダー先生に聞いた。
「あのう先生、ちょっと試したいことがあるんですけど」
「どんなことかな?」
「スクリュートの声を録音したいんです」
そう言って、ルナはバッグからラジカセを取り出した。それはバナナージ·ビスト先輩が使っていたものだった。ハーマイオニーが興味深そうにルナの挙動を見守った。
「あの子たちに『喧嘩はダメだよ』と教えてみたけど、意味がなくて……。でも、あの子達の言葉が分かれば意味を伝えられるんじゃないかと思ったんです」
『……ぶっ殺す、くらいの単語しかないんじゃないか、スクリュートの言葉なんて』
『ロン、今はルナのやることを見守ろう』
「それはいい考えだ。やってみなさい」
しかしスキャマンダー先生はルナの考えに頷いた。これは彼に教師としての適正があることを示していた。生徒の考えをいたずらに否定せず、安全を確保した上でまず行動させる。それによって、生徒は己の才能を伸ばしていくのだ。
「よーし、やってみよう!」
スキャマンダー先生が杖を振ると、ケージに入っていたスクリュートたちがスキャマンダー先生の方を向いた。そしてルナはラジカセをセットした。
しばらくの間、小屋は沈黙に包まれた。ルナはじっとスクリューとたちに笑いかけていたが、ある時ラジカセを止めた。真っ先にロンが言った
「スクリュートは何か話してたか?何にも聞こえなかったぜ??」
「ちょっと待ってね。ラジカセの機能に高周波モードがあるみたい」
ロンは首を傾げたが、アズラエルは合点がいったという風に頷いた。
「なるほど。スクリュート語は人間の耳には聞こえないということですね」
「……蛇語と同じ……?もしかして、それを科学的に解析しようと……?」
ハーマイオニーが呆気にとられたように呟いた。ハリーは内心で冷や汗をかいた。
(ま、まさかそんなことが……?)
高周波モードになったラジカセからは、耳の奥に響くような音が放たれた。バナナージ先輩の持つ特製ラジカセには、人間の耳には聞こえない高周波を可聴域に変えたり、どの帯域の音なのか分析する機能も存在する。ダンブルドアはどうやら研究家らしく、ホグワーツ内で電化製品を使えるようにする魔法をかけるにあたって、ラジカセに本来にはないいくつかの機能をつけていた。
「ビンゴ。やっぱりスクリュートにはスクリュート語があるみたい」
ルナがラジカセをいじると高周波音が止んだ。ハリーはほっとするのと同時に、これからどのようにこの実験を進めるのか気になり始めた。
ルナはラジカセの高周波音を分析すると、早速ハリーの方を向いて、手を差し出した。
「……何?どうしたの、ルナ?」
「ハリー。変声薬を前に調合してたよね?お金は出すから頂戴」
「あ……、うん。十分で効果がなくなるから気をつけて。あと、これを飲んだら必ず喉にいい飴をなめて」
「ほいほい。本当にありがとね、ハリー!」
「……変声薬にそんな使い方があるなんて……」
ルナを見てハーマイオニーが悔しそうに呟いた。その発想に思い至らなかった自分を責めているようだった。
ハリーは呆気に取られていたが、懐から変声薬の小瓶を取り出すと、ルナに手渡した。ハリーが煎じ、ダフネに渡すプレゼントとしては納得がいかなかった粗悪品だが、一度飲めば十分間は効果がある。
ルナは躊躇うことなくその中身を飲んで、スクリュートたちを呼んだ。ハリーたちは固唾を飲んでルナの様子を見守った。
ルナが口を開き何かを話しても、ハリーたちにはルナの声が聞き取れない。しかし、スクリュートたちは違った。ゲージの中でスキャマンダー先生の方に身体の先端を向けていた彼らは、一瞬でルナのもとに一斉に駆け寄った。
ルナはにっこりと笑いながらスクリュートと会話をしているように見えた。その様子は端から見ればとても奇妙だった。ハグリッドもスキャマンダー先生も、小屋にいる全員がルナに称賛の視線を向けるなかで、ハリーは素直にルナに感心した。
(ああ、僕は皆からこう見えていたのかな?)
そして、雷を浴びたような衝撃を受けた。
(もしかしたら、これを応用すれば皆が蛇語を話すことが出来るんじゃないか……?)
ハリーの蛇語は一種のギフテッドではあるが、努力によって身に付けることができる技術でもある。ルナの手法を使えば、誰でも蛇語が話せるようになるのではないかとハリーは思った。ハリーは、自分がその可能性に衝撃を受けていることに驚いていた。
ザビニもアズラエルもファルカスも、蛇語の解説書を見ても蛇語を覚えようという気にはならなかった。しかしルナは、たったひとつの発想で新しい世界の可能性を開いてくれたのだ。ルナは薬の効果によるものか、スクリュートの声を聞き分けることもできるようだ。
「ハリー、何ボケっとしてるんだよ。スキャマンダー先生が、これを持ってって!」
ロンがハリーの肩を突っついた。ハリーは我に返り、スキャマンダー先生から実験用のビーカーに入った液体とスポイトを受け取った。
「ルナ!これでどうだい!?」
ハリーはルナがしきりに頷きながらスクリュートと話しているように見えたので声をかけた。するとルナはノートにペンを走らせた。
『やっぱりそうみたい!ハグリッドの言ったことも当たってた。スクリュートちゃんには不満があって、ぶつけようがない怒りを目の前のやつにとりあえずぶつけていたんだって』
「おー、やっぱりそうじゃったか。エリザベスに好物は何か聞いてくれんか?」
スキャマンダー先生は小屋に保管してある大きな瓶を二つ取り出すと、ルナに差し出した。ルナはビーカーを先生に渡して瓶を受け取ると、スクリュートたちに液体の中身を服用させた。
スキャマンダー先生はその様子をメモして新しい情報を得たことを喜んだ様子だった。
ハグリッドの小屋を去るとき、アズラエルは興奮した様子でハリーに言った。
「天才って言うのは、ああいう子のことを言うんでしょうかねえ。いや本当に驚きましたよ、僕は。スクリュートがあんなに穏やかになるとは思ってもいませんでした」
「……そうだね、天才っていうのはいるんだ、確かに」
ハリーは奇妙な感覚にとらわれていた。蛇語が話せるというハリーのアイデンティティが失われそうなことで、ハリーは自分でも意外なほど動揺していた。
(ルナがスクリュート語を話せるようになるのは当然じゃないか?ルーン語と同じだ。語学はどれだけ真剣に他人と……その言葉を話す存在とと向き合ったかなんだ。本気で会話したいと思わなきゃ、その言葉が話せるようになんてならない。それが普通なんだ)
ハリーはそうやって自分に言い聞かせなければならなかった。
「他の人がやらないことや、諦めることを……諦めずにやり続けようとする人なのかもしれない」
ルナ·ラブグッドは獅子の帽子を被り、スキップをしながらホグワーツ城へと駆けていく。ハリーたちは、天才の後を追う気にもならず、ただ一歩一歩踏みしめながらホグワーツ城への道を歩いていた。それはそのまま、天才と凡人との差のようにハリーには思えた。
ルナ·ラブグッドは己が天才だと思ったことは一度もなかった。しかし、ハリーたちの間では、間違いなく彼女は才能ある人間だった。そしてハリーは、その才能を尊重しつつ対等の友人でありたいと思った。ハリーにとって、ルナは世界が暴力に優れた強者と虐げられる弱者ではなく、様々な種類の才能によって成立していることに気付かせてくれる友人だった。
***
ハリーがルナに対して強烈な感動を味わった次の週の末には、五月も終わろうとしていた。五年生と七年生たちが迫る試験に殺気立つ中で、ハリーの周囲にも変化が起きていた。落ち込むアズラエルを慰めるため、ハリーたちは決闘クラブで駄弁っていた。
「アズラエル、そんなに落ち込むなよ。いいじゃねえか、パトロナスがハズレでも」
ザビニは心の底からそう言った。ザビニにとっては自分のパトロナスが馬であることをあまり良くは思っていなかった。
「いえ……まぁいいんですよ、使えないアニメーガスでも。……はぁ……」
どうやらアズラエルのパトロナスは、本人が期待していたような隠密行動向きのものではなかったらしい。アズラエルは、落ち込む気持ちを、周囲への期待に変えようとしていた。
「僕の変身後の姿は役には立ちませんが、ファルカスとハーマイオニーは僕に比べたらよっぽど実用的です。僕の野望は二人に託しましょうか」
アズラエルは二人の肩を叩いてそう言った。ハーマイオニーはまだパトロナスの実体化までは行けていないようだったが、ファルカスは努力の甲斐もあってか実体化に成功していた。ハーマイオニーとファルカスがアニメーガスになったところを想像して、ハリーは笑った。
「期待しててよ。かっこいいアニメーガスになるからさ」
「その意気です、マイフレンド。パトロナスとアニメーガスの資格持ちは闇祓いの採用でもきっと有利ですよ。頑張って下さい」
ファルカスとアズラエルが固い誓いをかわすなかで、ロンはおどけながらハーマイオニーに言った。
「ハーマイオニーのパトロナスが、カタツムリかナメクジじゃなきゃいいけどな」
ハーマイオニーは真っ赤になって、二人してロンにパンチをお見舞いした。ハリーたちは呆れた視線をロンに向けた。
「ここまで鈍感になれるのはある意味才能だぜ。なぁハリー?」
「うん。本当にそう思うよ」
ハリーは背後のファルカスから、お前が言うなという視線を向けられたがそれに気づくことはなかった。ひとしきり笑った後、アズラエルがロンを助け起こすとハーマイオニーがアズラエルに聞いた。
「……でも、そうね。もしも私がパトロナスをものに出来て、アニメーガスになれたら一つやってみたいことがあるの」
「それは何ですか?」
アズラエルが聞くと、ハーマイオニーは胸を張って言った。
「スリザリンの談話室に入ってみたいのよ」
「「「はぁ!?」」」
ロン、ハリー、ファルカスの声が重なった。ハーマイオニーは構うことなく続けた。
「スリザリンの寮は見たことがないもの。バレなければ問題ないでしょう?」
「おい、正気か?」
ロンは信じられないという声で聞いたが、ハーマイオニーは当然よという顔をした。ハリーはそれを見て苦笑した。他の寮の談話室を知らないため比較はできないが、ハーマイオニーに見せられるものではなかった。
「……まぁあまりおすすめは出来ませんねえ。談話室に入っても面白いものはありませんよ」
「そうだね。知らない方が良いこともあるよ」
ハリーもそう断言した。ハリーが入ったときより数は少なくなったものの、スリザリンの談話室では未だに差別用語が飛び交っている。マグル生まれに対して『穢れた血』という最低の呼び方をする人間がいても、寮の中だからと誰もそれを咎めない。ハリーも咎めたことはない。一年の頃からそれが当たり前だった。今では他所の寮生の前で態度にして出すより、身内の前で愚痴をこぼすだけの方がよほど健全だとすら思っていた。しかし、そんな寮をマグル生まれの親友に見せることは出来ないという理性はまだあった。
ハーマイオニーは不満そうに栗鼠のように頬をふくらませた。しかしスリザリンにいる友人で、ハーマイオニーにスリザリンを見せたいと言う人間はいなかった。
「いいさ。君がスリザリンの談話室に入るなんて、天地がひっくり返ってもありえないってことはわかってるんだから」
ロンがそう言うとハーマイオニーは不機嫌そうにそっぽを向いた。ハリーはそれも仕方ないことだと思った。もしもハーマイオニーがスリザリンの談話室を訪れる日が来たら、きっとハーマイオニーを失望させてしまうからだ。
「ま、俺らは陰気な奴らが多いからよ。グリフィンドールみたいな陽気な奴らは肌に合わねえんだよ」
ザビニはそう締め括った。
ハリーがスリザリンの上に立って、純血主義を取り締まるなんてことをしたとして、スリザリン生は誰もついてこないのは分かりきっていた。ロンたちが継承者を打倒しようと、ハリーがバジリスクを殺そうと、純血主義を信仰する人間が減ることはなかった。ただ、それを理由に虐めをする人間の割合が少し減っただけだ。そしてそれで十分だとハリーは思っていた。
***
ハリーたちとロン、ハーマイオニーの友情は変わらず続いていたが、一時的にその友情を忘れ去る日があった。六月終盤の、クィディッチの優勝決定戦だ。セドリックの獅子奮迅ならぬ孤軍奮闘も、チョウ·チャンの健闘も、獅子と蛇の因縁の前には届かなかった。ハリーは観客としてドラコたちの晴れ舞台を見守ることになった。
「ポッター、そんなとこで何してんだ?」
決勝戦の当日、ハリーが城の内部で雨が滴る校庭を憂鬱な顔で眺めていると、ガーフィールが声をかけた。
「ああ……ガーフィール先輩」
「辛気臭い顔してんじゃねえ。フリントも悪天候での試合は想定して練習してきた。こんな点気にゃ慣れてるだろうよ。応援に行くぞ!」
ガーフィールは興奮したように言った。ハリーははいと返事はしたが、内心は暗い。
(してないんです。してないんですよ先輩……)
フリントはドラコを気遣ってか、悪天候下ではあまり練習をしていない。悪天候によってドラコの不興を買うことをフリントは恐れていた。
対して、ハリーはロンからグリフィンドールの情報を得ていた。キャプテンのウッドはクィディッチに全てを捧げた狂人で、雨だろうが雪だろうが雷が落ちようが、練習を止めたことは一度もないとハリーはロンから聞いていた。
グリフィンドールとスリザリンの間には、アズラエルの会社が提供した箒による差が存在する。しかしどんなにハードが優れていても、肝心の選手のスキルに差があれば勝負はわからない。
不安要素を理解しているのかどうかわからないがフリントは試合に挑む。その様子に気負いも不安も見受けられない。ピュシーもマイルズも、決勝戦そのものには慣れた様子だった。ハリーはスリザリンの勝利を願いながら声を張り上げてドラコに声援を送ったが、きっとドラコには届かなかっただろう。ドラコは試合だけに集中しきっていた。
ハリーの隣にはいつの間にかザビニではなく、ダフネが座っていた。しかしハリーは試合が始まってタイムアウトが取られるまで、ダフネに気付かないほど試合に没入していた。
雨のしとしと降る中での試合は、泥で滑ったり視界が悪かったりとグリフィンドールの独壇場だった。スリザリンの応援席は、グリフィンドールの選手に対してブーイングを、スリザリンの選手に対しては盛大な声援を送ったが、次第に盛り下がっていった。試合時間が二十五分を越えようとする頃には、九十対二十でスリザリンはグリフィンドールに大差がつけられていた。グリフィンドールはあえてハリーの代わりのチェイサーであるカシウス·ワリントンのマークを緩くし、カシウスにボールを集めさせることで何度もスリザリンの攻撃機会を潰した。
タイムアウトが取られ、その度に攻撃用の陣形が変化する。オリバー·ウッドはグリフィンドールの陣形を攻撃よりにし、点取り合戦の構えを見せた。そしてそれが当たり、試合時間が二時間を超えた頃には、二百対六十という大差がつけられていた。ピュシーが信条を捨ててなりふり構わず強引にファウルで試合を止めてグリフィンドールの攻撃機会を潰した。グリフィンドールのPKをマイルズが阻み、フリントがアシリア·スピネットのパスをスティールしていなければ百六十点差がついていただろう。会場は今やグリフィンドール生の熱狂とスリザリン生のうめき声で満たされていた。
「貴方が居れば変わったかしら?この惨状が」
ダフネはハリーに向けてそう言った。ハリーは首を横にふった。
「ダフネ。今勝つためにプレーしている選手を侮辱するのは止めてくれ」
客観的に見たとき、カシウスが穴となってしまったのは本来のチェイサーであるハリーが抜けたことによる得点力の低下だと言える。しかし、ハリーから見てカシウスは己の役目を果たしていた。相手ビーターからの妨害や相手チェイサーのタックルを引き受け、シーカーをフリーにするという重要な役割を。
悪天候でさえなければ、ここまで差がつけられる前にドラコはスニッチを補足し、スニッチを捕まえていただろう。しかし、勝利の女神は常に、勝つために全力を尽くした人間に微笑む。
グリフィンドールの観客席から歓声が上がり、スリザリンの観客席からは絶望の絶叫が上がる。試合が終わったとき、ピッチの上の選手たちは一人残らず泣いていた。幸運だったのは、その涙を雨のせいに出来たことだった。競技場の上で立ち尽くすドラコを見て拳を握り締めたあと、ハリーはザビニを探し、言った。
「来年は僕らがレギュラーを獲ろう。ザビニ、協力してくれ」
「……いい顔になったじゃねえか。やってやるよ。俺たちでスリザリンを勝たせようぜ」
ハリーたちは、この先自分達を待ち受ける運命を知らない。クィディッチに青春を賭けた生徒たちの涙は、ふりしきる雨の中に溶けて流されていった。
ドラコォ……
シーズン途中で急なレギュラー変更があったのによくそこまで頑張ったと思うよ。
ルナに関しては才能というか魔法生物にかける意欲と献身の差ですね。UMAハンターもとい魔法生物学者目指して頑張ってほしい。