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グリフィンドール対スリザリンの決戦が終わった直後のスリザリンの寮内は陰鬱な雰囲気に包まれていた。歴史的大敗を喫したことで、寮生たちのテンションはどん底の底まで落ちていた。寮対抗戦の得点でグリフィンドールは首位の座に輝き、スリザリンは二位へと陥落した。これまで同時優勝というアクシデントはあれど、九年もの長きにわたって継続したスリザリンの優勝が途切れることは最早避けられなかった。
「……さぞかし痛快だったろうな、ポッター?」
「痛快?何を言ってるんだ、ドラコ」
スリザリンの談話室に戻ったドラコは、敗北の苛立ちをハリーにぶつけた。ドラコはハリーがチームのためになにもしなかったとしてハリーを非難した。
「君はグリフィンドールの連中に気を遣って、あいつらと友達ごっこをやっていたんだろう。反吐が出る。だから実力があるくせにチームに戻らなかった。違うか?」
ドラコの言動は八つ当たりでしかないとハリーには分かっていた。こういう場合、友人が取るべき対応には種類がある。相手の言葉を否定せず、内容に対して紳士的に同意して、相手の感情が落ち着くまで待つ。しかし、ハリーはそれが出来なかった。実際に自分があの場にいて試合の流れを変えられそうな場面は幾つかあったが、それを口に出すことはあの戦術を取ったフリントやワリントンに対する裏切りになるからだ。
チームスポーツで強くなりたいのなら、一戦ごとに自分のプレーを見直して反省して練習し直し、課題を修正するなりスキルの向上を目指すなりしなければならない。ハリーから見てドラコの言動はチームにとっては何の益もなかった。むしろ、ワリントンの立場を危うくしかねないものがあった。
ハリーはチェイサーのレギュラーの座を諦めたわけではない。ザビニに宣言した通り、自分とザビニがいれば得点力を確保できるような作戦もある。しかし、それはハリーとザビニがテストに合格できればの話だ。普通にハリーとザビニが落ちる可能性だってあるのだ。
「それは僕に対する過大評価だね。試合中に箒から落ちるチェイサーに居場所がないなんて当たり前のことだ。君だって、僕がチームを去ることに納得していただろう」
ハリーは言葉に少しだけ含みを持たせた。ハリーがチームを追い出されたとき、誰一人としてハリーがチームにとどまるべきだとは言わなかった。それは当たり前の判断だとハリーにも分かっていたからこそ、都合のいいときになって戻るべきだと言い出すドラコに腹が立った。
「あの時はな。だが、お前がパトロナスを使えるようになったと聞いて、皆が何を考えたか分かるか?戻ってくるかもしれないとエイドリアンが言ったのを僕は聞いていたぞ」
「ピュシーが……?」
ハリーははじめて動揺した。自分をそこまで評価してくれていたとは思いもしなかったのだ。
「お前はキャプテンに頭を下げて戻るべきだったんだ。パトロナスが使えたのにチームに復帰せず、高みの見物に徹して傍観者を気取る。お前の姿勢は実に小賢しいよ。そうやって上から眺めていれば、負けることはないんだからな」
カシウス·ワリントンはいてもたってもいられず逃げるように自分の部屋に戻っていた。ドラコの言動はもはや公開処刑に等しかった。しかし、ハリーにも言い分はあった。
「確かに僕はパトロナスを使えるようになった。ディメンターのそばを通っても気絶しなくなった。だけど、じゃあもう大丈夫です、入れてくださいなんて言えると思うのか?あんな追い出し方をされて?」
ハリーはパトロナスを使えるようになった後も、チームには戻らなかった。それは、スリザリンチームがフリント体制の下で完成していたからだ。
ハリーを追い出す判断をしたのはキャプテンのフリントだった。ハリーがいればチームの結束を乱し、ドラコがハリーに気を取られて敗北したように、勝敗を左右するミスに繋がりかねないという判断からのものだ。それはハリーも理解していた。
理解した上で、感情としてフリントのいるチームでプレーしたいと思えるかというと、それは別の話だった。ハリーはキャプテンとしてフリントのことを尊敬はしていたが、それはそれとして、恨んでもいたのだ。
気付かないふりをしていた己の感情が思いの外醜かったことにハリーは動揺していた。しかし、今さら後には引けなかった。
「クィディッチをしたいならそれくらい言え!キャプテンに頭を下げるくらいはやって当然だろう!君はチームに迷惑をかけた自覚はあっただろう!」
「ふざけるなよ。僕だってプライドくらいある!実力でならまだしも、お情けでチームに戻るなんてこと出来るか!」
「プライド?……何がプライドだ、ポッター!プライドで試合に勝てるか!お前は普段謙虚なふりをしながら、どこまでも自尊心だけ高い自己中野郎なんだよ!!」
「ドラコにだけは言われたくないな!ええ?実力で負けたのを人のせいにしてる奴には!」
談話室でハリーとドラコは険悪に言い争った。ほとんど悪口に近いものだった。
「あの……ガーフィール先輩、そろそろ止めて頂けないでしょうか……?」
ハリーとドラコが罵詈雑言の応酬を繰り広げる間に、アズラエルはガーフィールを呼びに行った。しかし、ガーフィールは冷めていた。
「クィディッチ馬鹿の喧嘩は外野には止めようがねえよ。ほっとけ。気が済むまでやらせろ。シーズン中にこれが出来なかった時点で、俺たちの敗けは決まってたンだろうよ。チームってのは、喧嘩しようがなんだろうが勝つために知恵を絞りあって形成されてくもンだろうが」
ガーフィールは最終学年に寮杯を落とすことが確実であるにも関わらず、達観していた。
「……それは」
アズラエルの横にいたファルカスは複雑な顔でハリーとドラコの喧嘩を見守った。ハリーとドラコは、この年は不仲だった。ハリーが厄介ごとに巻き込まれた挙げ句、ハリーが咄嗟に使ったリディクラスや、闇の魔術をドラコが非難したからだった。それをきっかけとして、ハリーとドラコの関係は冷え込んでいた。
(もし、あれがなかったら……今年も勝てていたんだろうか?)
そんな考えが脳裏をよぎり、ファルカスは違う、と思った。
(いや……あれは必然だった。闇の魔術にしたって、ドラコは非難できるような立場じゃないじゃないか)
(……それに、ハリーが今年クィディッチを休んだけど、そのお陰でまたさらに強くなった。転入生に出会って、決闘クラブにも今までよりもっと熱心になった。ハリーにとってはこの方が良かった筈だ)
ファルカスは闇祓いの家系らしい意識の高さで、己の中に生まれた思いを黙殺した。生き延びるために力を持つことはハリーにとって必要なことで、それはクィディッチというゲームよりも優先されるべきことだとファルカスは信じていた。
ファルカスの考えは正しく、そして間違ってもいた。人は、必要なことを優先しなければならない生き物だ。しかし、必要なことだけをしていて心が育めるほど、人という生き物は単純な生き物にはなれないということを、ファルカスはまだ知らなかった。ゲームに打ち込める短く儚い青春があるということの尊さを知るのは、まだ先の話だった。
結局、ハリーとドラコの喧嘩を止めたのはエイドリアン·ピュシーだった。ピュシーは、ハリーとドラコをそれぞれ叱ると最後にこう言った。
「お互いに言い分はあるだろう。どっちが正しいだの、間違ってるだのは、俺が決める話でもない。だがな」
「……談話室のど真ん中で喧嘩するなんてことは、チームの品位を損なうからやめろ。本当にやめろお前ら。しばくぞ」
ハリーとドラコは顔を真っ赤にしながら、すごすごと自分の部屋に戻った。ハリーはダフネが、やっぱり私の言った通りだったわねという顔をしながらハリーに笑いかけているのを目の端で捉えた。部屋の中で、ハリーはぽつりと呟いた。
「つくづく都合いいよなあ、皆。要らないって言ったり必要だって言ったりさ」
「世の中そんなもんだろ。つーか、受かったらマルフォイと同じチームになるって罰ゲームになるこの俺を労れよ」
「ワリントンとかモンタギューとかピュシーとか、あのポジションにはライバルが多いけどね」
「じゃあそれに勝つ方法教えろよな。なんか考えてんだろ?」
ハリーとザビニは、クィディッチ選抜試験に通るための作戦を相談した。この時二人は、四年生になった自分達がクィディッチ競技場に立つことを夢見ていた。
なお……