蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ファルカスのタロット占い
パンジー→女帝(逆位置)




 ドラコと言い争った次の日、ハリーはホグズミード行きを決めた。スリザリンの寮内には何とも言えない微妙な雰囲気が流れていて、周囲から突き刺さる視線が痛かったからだ。談話室に居続けることは困難だった。

 

 ハリーは直毛薬でボサボサの髪を整え、簡単な変装をしてから部屋を出た。部屋を出るとき、ザビニが言った。

 

「俺は念のため火消しライターを持ってく。何かあったらハリーんとこに合流するぜ。花火か何かで合図をくれ」

 ザビニがそう言うと、ファルカスはハリーにある提案をした。

 

「ハリーはサーペンタリウスを持っていってもいいんじゃない?護身用になるよ、それ」

 

「そうだね。アクシオとエクスペリアームス防止のルーンを刻んだポケットに入れておくよ。これ、出力が上がりすぎるのがちょっと困るけどね」

 

 ハリーはサーペンタリウスを自分の服のポケットにしまった。サーペンタリウスの聖石は、少しの出力で放った魔法も、術者の出せる100%の威力、効果で放つことが出来る。ただ、術者の力量やメンタルが不安定だったり、制御するための魔力が不十分だったり、マキシマ(最大出力)を使おうとすると魔力の制御が上手くいかず、暴発するリスクもあった。

 

 ハリーは万全の準備をした上でザビニをはじめとしたいつもの四人組でホグズミードに行こうとした。寮を出て大広間に来たとき、ハーマイオニーがハリーたちを制止した。ハーマイオニーはここは通さないと言わんばかりに腕を組んでいた。

 

「ハリー、ホグズミードには行くべきじゃないわ。何があるか分からないもの」

 

 

「前みたいに何かがやってきたとしても返り討ちにすればいいさ。あの時より僕は強いよ、ハーマイオニー」

「ハリーったら……」

 

 ハーマイオニーはそんなハリーを引き止めようとしたが、ハリーは彼女の忠告を振り切った。アズラエルがでしょうねえと呟く横で、ロンはハーマイオニーを宥めながら言った。

 

「これからテスト期間に入るし、その前に最後の気分転換が必要だぜ。どうせ変なことなんて起きないって。ドロホフもシトレも死んだって報道されたし」

 

「でも、ロン。ディメンターがまだホグズミードから消えていないのよ?ホグズミードには何かあるわ、きっと」

 

「ディメンターは、この一年はホグズミードにいるっていう契約だったかもしれないだろ?俺たちも行こうぜ」

 

 ハーマイオニーは最後まで渋っていたが、最終的には折れてくれた。ロンは朝食のあと、ハリーと二人で行くことになった。玄関ホールにはダフネ·グリーングラスがいた。ダフネは化粧によるものか、長く艶のある黒髪を茶色く染めていた。

 

「ハリー、ホグズミードに行くのなら私も連れていって頂戴。荷物係が必要なの」

「……えーと」

 

 ダフネは有無を言わさぬ口調でそう言った。ハリーが迷っている間に、ダフネはハリーの周囲を説得しにかかった。

 

「いいでしょ?ハリー?それから……ミスタ アズラエル」

 

「ええ、僕らのことはお気になさらず。貴女もホグズミードは久しぶりでしょう?楽しんできて下さいよ」

 

 ダフネは勝ち誇った顔でハリーに微笑んだ。ハリーは一瞬、なぜか胸騒ぎを感じたが気のせいだろうと無視した。代わりに、ハリーはダフネの化粧を褒めた。内心では黒髪の方が似合っていると言いたかったが、ダフネの趣味を否定するのも気が引けた。

 

「じゃあ行こうか。似合ってるね、その髪。新しい化粧品かい?」

 

「いいえ、簡単なコンジュレーションよ。髪の色素を一定時間変えるくらい大したことないわ」

 

「へえ、便利だね。今度やり方を教えてくれる?」

 

「勿論よ。ハリーならすぐに出来るわ」

 

 ダフネはハリーの褒め言葉を受けて、満足気に頷いた。ホグズミードでは、ハリーとダフネを気遣ってかザビニたちは予定より早くハリーと別れた。代わりに、ロンとハーマイオニーがハリーとダフネに同行した(同行を提案したロンはハーマイオニーに足を小突かれていた)。

 

 四人はまず、ゾンコの悪戯専門店に立ち寄ることにした。悪戯のためではなく、試験のために筆記用具を買い足す必要があったからだ。ハリーは羽ペンとインクを購入したが、それ以外にめぼしいものは見つからなかった。ロンは試供品として置かれていた飛び回る羽ペンに翻弄され、ダフネは絵画に使う高級な絵の具を買うかどうかで迷っていた。

 

「買おうか?僕ならまだ持てるよ?」

 

「……結構よ。これからは試験期間だもの。趣味に没頭するのは終わった後でいいの」

 

 ハリーはそう申し出たが、ダフネは断った。それでも、ダフネは後ろ髪を引かれるようにちらちらと絵の具を見ていた。ハリーは店員に頼んで、試験明けにダフネのところに届けて貰うようにした。

 

 叫びの屋敷で恐ろしい獣の爪痕を確認したハリーたちは、次にクィディッチ用品店に足を運んだ。クィディッチ用品店の入り口にあった特集雑誌は、ブルガリアの天才シーカー、ビクトール・クラムを表紙にしていた。

 

「おっ、センスある表紙だな。このクラムって人凄いんだぜ、ハリー。まだ学生だけど、もういくつかのプロから声がかかってるんだ」

 

「そんなに有名人なの?シーカーか。やっぱり花形はシーカーになるか」

 

「そうよ。クラムは今大人気のスターなんだから」

 

「そうなの、凄いわね」

 

 ハーマイオニーは興味の無さそうな生返事を返したが、ダフネは得意気だった。

 

「覚えておきなさい、ミス グレンジャー」

 

 

 

 ダフネがフフンと鼻を鳴らして言った。ロンが熱っぽくクラムのスーパープレーについてハリーに紹介してくれた一方で、ハーマイオニーはクラムの容姿がお気に召さなかったのか、クィディッチ用品店に置かれていた古い箒についてあれこれと店員に質問していた。

 

(ダフネもわりとミーハーというか、その辺りの感性はロンと同じで普通なんだな……)

 

 ハリーはダフネが有名人に興味があることを心にとめながら、雑誌を購入した。雑誌を読めば、チェイサーであるハリーにもクラムの凄さが分かる筈だった。

 

 服屋に入ったハリーたちは、夏用の肌着や衣類を購入した。ロンがハーマイオニーが選ぶ服にあれこれとダメ出ししている間、ダフネは子供っぽいリボンのついた山高帽子を選んだ。ハリーの怪訝そうな顔に、ダフネは言い訳がましく言った。

 

「これはアストリアへのお土産よ。あの子の帽子が飛行訓練で破れてしまったから」

 

「いいお姉さんだね、ダフネは」

「さて、どうかしら」

 ハリーが何となく思ったことを口にすると、ダフネは照れたようにはにかんだ。

 

 それから四人は書店に入り、ドラコたちを偶然見つけた。ドラコはいつものグレゴリーとビンセントに加えて、セオドール·ノットと行動を共にしていた。ノットは変身呪文の参考書を購入していた。ハリーはドラコと会って話すのも気まずかったので、三人に言った。

 

「ここは駄目だ。別のところに行こうか」

 

「待ってハリー。いい機会よ?ドラコに謝った方が良いわ。彼はあなたの力量を高く評価しているのよ?今仲直りしておけば、来期のレギュラーだって確実よ……」

 

「ダフネ。君も知っての通り、ドラコは僕が大嫌いなんだ。クィディッチの選抜にドラコの意見を聞く必要はないね」

 

「ハリー、貴方って子は。ミス グレンジャー、貴女からも何か言って頂戴。ハリーとの付き合いは貴女の方が長いわよね?」

 

 ダフネはスリザリンらしい狡猾さ、もとい面の皮の厚さを見せた。自分の意見だけでは通らないのならば、ハリーの信頼する頭脳にハリーを説得するように誘導しようとしたのである。ダフネに純血思想に対する罪悪感はない。自分の思いどおりにことを運ぶためならば、イースター休暇前に純血主義に傾倒したことを忘れるぐらい訳はなかった。

 

「え、私?」

 

 ハーマイオニーは目を丸くしていたものの、頼られて悪い気はしないようだった。

 

「っていうか何があったんだよ。まずはそれを説明してくれよ」

 

 ハリーとドラコの関係がどうなっているのかまでは二人に分かる筈もなく、ハリーがさっさと書店を出たので、ダフネもロンたちも書店を出ざるをえなかった。

 

「……私の意見は聞いてくれないのね、ハリー。実際にプレーしていたドラコから見ても、あなたがチームに戻るべきだったって意見だったわ。私の意見の方が正しいのに」

 

 ダフネがハリーの背中に投げ掛けた言葉を聞いて、ようやくハリーは振り返って言った。

 

「……ダフネの見立てが正しいことは認めるよ。それでも、出来ないことはある」

 

 ハリーはダフネの言葉に頷かなかった。頑固さでは誰にも負けないつもりだった。

 

 二人の気まずい雰囲気を察したのか、ハーマイオニーはお茶にしようと提案した。四人はホグズミードを並んで歩き、三本の箒に入った。三本の箒に入ったとき、、ハリーは何者かの視線を感じたが、スニーコスコープが起動しなかったので考えないことにした。ハリーを観察するような視線は、魔法界では良くあることだった。

 

 

 ハーマイオニーはバタービールを二本頼み、ハリーとダフネはミルクを注文した。気まずい雰囲気の中で飲むドリンクはお世辞にも美味しいとは言えなかった。ハリーは一口飲んで失敗したと思った。それはダフネも同じだったらしく、ダフネはミルクに砂糖を投入していた。

 

 微妙な顔をしている二人にかまわず、ハーマイオニーが聞いた。

 

「それで、ハリーとマルフォイがクィディッチチームの編成についてで喧嘩をしたという理解でいいかしら?」

 

「大体合ってるけど喧嘩じゃない。意見の不一致があっただけだよ」

 

 ハリーは不快そうに言った。ダフネがすかさず口を挟む。

 

「ハリーにはチェイサーとしての才能があるのに、このままだと試合に出れなくなるわ。マルフォイと喧嘩するなんて」

 

「僕からすれば、あいつは他人の足を引っ張る才能に恵まれているね」

 

 ロンが言うと、ダフネは思わず笑いそうになった。ハリーは笑わなかった。ダフネはさらにハーマイオニーに対して愚痴をこぼした。

 

「悔しいけれど、昨日の試合は酷かったわ。あんな無様な敗北を経験したら、誰だって優秀なメンバーに戻ってほしいと思うわよ。そうでしょう?」

 

「だからってドラコに謝る意味がないよ。僕がチームに戻るかどうかは試験で判断されるべきだ」

 

「ハリー。ミス グリーングラスの忠告をあんまり無視していたら、そのうち痛い目を見るわよ。彼女は厚意からそう言ってくれているんだから、ね?」

 

 ハーマイオニーはハリーに対して圧力をかけながら仲裁に入った。ダフネの目論み通り、ダフネはハーマイオニーを味方につけることに成功したようだった。

 

(それは分かってるんだけど……)

 

 つまらない意地だと分かっていても、張りたい時は存在する。ようするに、ドラコはハリーにこう言っているのだ。

 

「助けてくれ。チームに戻ってくれ」

 

 と。ただ生来の性格の悪さとプライドの高さでそう言えないだけなのだ。ダフネがそういう認識なのかどうかは分からないが、少なくともハリーはそう理解した。今のままでは、スリザリンの優勝は望めない。そうはっきりと自覚してしまったのだ。

 

 だが、ハリーがドラコに歩み寄るにしても、ドラコがロンやハーマイオニーとの付き合いにまで言及してくるとなればハリーが折れるわけにはいかないのだ。ハリーはそう思っていた。

 

 ハリーはマリーダからの忠告を実践は出来なかった。ダフネのためを思うなら、スリザリン生としてドラコが正しいと認めて頭を下げることも必要な行為だ。そう認識した上で、ハリー個人の意地と信条をハリーは優先した。

 

 ハリーとダフネはしばらく睨み合っていたが、やがてお互いに顔を背けた。その様子を微笑ましく見ていたハーマイオニーは、続けてロンが言った言葉に笑った。

 

「まー、ハリーはファイアクラブの甲羅より頭が固いからな。そんでもって一回キレたらファイアクラブ並に鎮火するまで時間がかかるんだよ。そういうときは、ちょっと待ってあげなよ」

 

 ロンはまるで聞き分けのない妹に諭すかのように言った。ハリーはロンが妹を持つ兄だったことを思い出した。

 

「なによ。まるで私が悪いみたいに言わないでくれるかしら、ウィーズリー」

 

 ダフネはじっとりとした目でハリーを見、次にロンに対して雑な物言いをしながらミルクを口に流し込んだ。ハリーは妙に既視感があった。その姿はダフネの妹、アストリア·グリーングラスと似ていた。正しく言えば、アストリアは無意識に姉の挙動を模倣していたのである。

 

「でも、君がハリーにマルフォイと仲直りしろって言ったのは事実だろ?それはちょっと無理な話だぜ。何せ、マルフォイは百パーハリーが悪いみたいなことしか言わねぇだろ」

 ロンは巧みに矛先をマルフォイにずらそうとした。

「それはそうだけど……」

 

 ダフネはなにか言いたそうにしていたが、口をつぐんだ。そもそもロンとはあまり親しくなかったことも関係しているかも知れなかった。

 

 ハーマイオニーはやがてバタービールを一気に飲み干して言った。

 

「今日はここまで!ここで喧嘩をしても仕方ないわ。話題を変えましょう。ハリーは最近魔法薬を煎じたりもしていたのよね?何か進展はあった?」

 

「さすがにないよ。魔法薬の調合に使えそうな毒草や毒物も貴重なものは手に入らないしね。さっき見たゾンコだって毒草を売ってるけど、取り扱いには資格が必用だし」

 

「OWLでE以上を取らないと所持できないって滅茶苦茶厳しくねえかな。Eなんて上から二番目だぜ?」

「当然のことよ。命に関わるような劇物は、生半可な知識で取り扱っていいものではないもの」

 

 ロンのぼやきに対して、ダフネは真面目に返答した。魔法薬を調合する薬草は、成分の都合上劇毒であることも多い。そのため、栽培だけでなく所持するだけでも、薬草に関する知識を要求されるものも存在する。魔法省の制定する法律でどの薬草を所持できるかは細かく分類されていて、店側も購入者が要件を満たしているか確認するように義務付けられているのだ。

 

「けれど、ハリーは他の生徒よりも努力していると思うわ。本当はもっと調合の練習をしたいんでしょう?」

 

「そうだけど、素材も貴重だしスネイプ教授は許可しないよ。それこそ、バジリスクの毒とかアクロマンチュラの毒で薬品を作りたいけど、NEWT レベルだからね……」

 

 ハリーは図書館の本で調べられる限りは毒物や薬草から毒を抽出する魔法薬の作成方法を知っていた。しかし、まだ実践したことはない。劇毒からの魔法薬の調合は、一歩間違えば悲惨な重大事故を引き起こすことから調合経験のある監督者の指導が義務付けられているのだ。そして、スネイプ教授は13歳の少年に劇薬の取り扱いを認めるほど倫理観が欠落してはいなかった。

 

「今は自分にできる調合を実践しながら、経験を積んでいくべきなんだろうね」

 

 ハリーは穏やかにそう言った。薬物の調合は針の先に糸を通すような繊細な積み重ねの上で成り立っている。一滴などという曖昧な単位で成り立っているような世界でもなく、シビアな条件を満たさなければ成立しない薬品ばかりだ。ハリーが目標としている錬金術も、魔法薬と変身術の実践経験と広範な知識が求められる。だからこそ、焦らず少しずつ積み重ねていくしかなかった。

 

「毒物を取り扱うなら、繊細で厳重な管理が必用だものね。ミスグレンジャー、貴女、心筋梗塞用の薬剤の主成分について答えられるかしら?」

 

「コモドドラゴンの爪10g、アクロマンチュラの毒3ml、干しイラクサ30g、満月草1g、それに毒ツルヘビの皮4g煎じたものを混ぜればいいわ」

 

 ダフネの問いに、ハーマイオニーは即座に答えた。ダフネは大袈裟にため息をついて言った。ハリーも同じ気持ちだった。

 

「……貴女の頭脳には脱帽だわ」

 

 そう言ってダフネはアストリアへの土産に購入した山高帽子を杖でつついた。帽子は杖に反応して、ハーマイオニーにお辞儀をした。

 

「別に大したことじゃないわ。『最も強力な魔法薬』にあった内容を暗唱しただけよ」

 

「俺、二人の話についていけねぇよ。もっとクィディッチとかゲームの話にしねえ?」

 

 ロンが拗ねたように言ったので二人は再びそっぽを向いた。ハリーは心の中でロンに詫びた。

 

 

 ハリーから見て、ロンのコミュニケーション能力は高い。その能力は一朝一夕で身につくものではないと思っているのだが、三年生の内容を大きく逸脱した薬学の話についていけないのは仕方のないことだった。

 

「難しいだけじゃないわよ。魔法界の薬学はとっても奥深いのよ?ハリーもそう思うでしょう?」

 

 ハーマイオニーはあらゆる科目の成績がトップクラスだった。幼少期から家庭教師をつけて勉強してきたアズラエルやダフネ、レイブンクローの秀才たちを抑えて一、二年生の時に成績で一位を取ったことは伊達ではない。

 

「まぁね。魔法薬学はかなり好きだな。調合の実践が楽しいから」

 

 ハリーもハーマイオニーに同調した。魔法薬学にしろ薬草学にしろ、ホグワーツで学ぶ内容の大半は机上の学問ではなく、実習によってすぐに学んだ内容を実践することができる。ハリーは理論を学び、熱心に勉強することを評価していたが、自分自身の手で実行しながら体験していけるホグワーツの授業は面白く、魔法にのめり込むには充分だった。

 

「スリザリン生は、そのへんはちゃんとしてるな」

 

 ロンが苦い顔で言った。ロンとしては宿題や試験勉強に追われる生活はほどほどにしたいという気持ちもある。努力すればするほど、パーシーのように己の時間のほとんどを勉強に捧げるような生活は出来ないと思ってしまうのだ。

 

「それは褒め言葉と受け取っていいのかしら?それとも挑発?」

 

「褒め言葉だよ、ダフネ。そうだろロン?」

 

「そーそー」

 四人はドリンクを飲み終わった後もしばらくホグワーツの話をしていたが、ハーマイオニーが思い出したように言った。

 

「そう言えば、スキャマンダー先生のところにお邪魔していたルナはこの夏休みに学会で発表すると決まったそうよ」

 

「発表って、何をするというの?ルナというのはどなた……?」

 

「レイブンクローの二年生よ。ルナ·ラブグッド。彼女、スキャマンダー先生やハグリッドの助手のようなことをしていたのだけど、その縁で論文を書いてみないかということになったらしいの」

 

 ダフネは突然出てきた名前に驚きながら聞いた。ハーマイオニーは使い込まれた羊皮紙を何枚か鞄から取り出した。

 

「このところ、彼女が忙しかったのはこれのせいよ。魔法生物学会の魔法生物言語部門で、魔法生物の言語と魔法使いや魔女の用いる言語に関する発表をするそうよ。もう論文も書けてるって」

 

 ハーマイオニーは手早く魔法生物飼育学の内容を羊皮紙に書き留めたメモをめくりながら言った。スクリュートの詳細は伏せられていたが、ハリーはルナがスクリュートと『会話』した一連の出来事を思い出して微笑んだ。

 

(やったな、ルナ)

 

 ハーマイオニーはあえて他人事のように言ったが、論文の執筆にはハーマイオニーとアズラエルが協力していた。ルナは天才ではあったが、論文の形式に則って第三者から見ても分かりやすいように内容を纏めるのははじめてのことだった。だから魔法界の論文に詳しいアズラエルと、魔法界の知識はまだまだだが論文の形式は知っているハーマイオニーがルナの論文を添削してスキャマンダー先生に見せ(ハーマイオニーはさらにハグリッドのスクリュート第一世代交配論文を添削し)ていた。その間、ハリーはスクリュートたちがルナを待ちわびている様子を眺めつつ、スクリュートに餌を与えていた。

 

 

「マーリンの髭。スキャマンダー先生、デスクワークは嫌だって愚痴を溢してたのになぁ」

 

「デスクワークは嫌でも、魔法生物に関する仕事ならちゃんとやるよ、あの人は。じゃなきゃ幻の動物とその生息地なんて書けないよ」

 

「……!」

 

 ルナの偉業を知っていたハリーやロンは落ち着いていたものの、ダフネは目を見開いて驚いていた。それこそ、二の句が継げないほどに。そんなダフネの様子を見て、ハリーはなぜか誇らしくなった。

 

 レイブンクローの秀才たちは、若くして自分の興味のある分野を学び、時には論文を発表することもある。論文の評価は(論文が形式に則って書かれたという前提の上で)内容次第だ。発表した、というだけならレイブンクローの秀才なら誰かしらやっていることだ。しかし、他の寮生でそこまでの情熱と意欲を持ち、新規性のある『何か』を発見できた人間はそうはいない。スリザリン生は既存の知識の応用こそ上手いが、保守的な傾向ゆえに新しい何かを生み出す能力には乏しい。だからこそ、ダフネは驚いたのだ。

 

 もちろん、ハリーとアズラエルはルナの能力を高く評価していた。ハリーはルナが魔法生物と向き合う姿勢に敬意を抱き、アズラエルはルナが危険なスクリュートを手懐けたことをとても高く評価し、ルナを名誉グリフィンドール生と呼んだ。

 

 ハリーはルナの考案した手法を使えば、誰でも蛇語が話せるのではないかという考えを明かそうかどうか迷い、今はまだ早いと踏みとどまった。

 

(……今度、バナナージ先輩に頼んでラジカセを借りて、部屋で試してみよう。ハーマイオニーたちに話すのはそれからでいい)

 

 ロンは、マダム ロスメルタにバタービールをもう一杯注文してから言った。

 

「なんだか自信なくすよな。レイブンクローってルナみたいな天才が山ほどいるんじゃないか?俺、グリフィンドールが駄目だったらレイブンクローとか思ってたけど行かなくて良かった」

 

「ロンは十分優秀だと思うけどな」

 

 ハリーは肩をすくめた。そのすぐ隣ではハーマイオニーとダフネが難しい顔をして羊皮紙を覗き込んでいた。ハリーたちの楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。

 

***

 

 三本の箒を出たダフネ·グリーングラスは、眩く輝く月明かりを受けながらハリーの隣を歩いていた。満ちた月は明るく、日が落ちかけてもなお人の判別がつくほどだ。ダフネは、想像していたよりもハリーたちが優秀であることに驚いていた。

 

 ダフネは優秀ではない。自他共にそれを認めざるをえないほど、自分自身は凡庸な人間であるという自覚がダフネにはある。幼少期から魔女としての教育を受けたという一点しかダフネの強みはなく、ロン·ウィーズリーと似たり寄ったりか、それより低い程度の成績しかダフネにはない。つまるところ、ダフネは誇れる自分自身を欲していた。血統以外の、己の手で勝ち取った何かを。ロンの言葉は、そのままダフネにも存在する悩みだった。

 

 しかし、大半の人間にとって、己の手で勝ち取れるものというのは小さい。挑戦して必ず栄光が約束されることなどなく、スリザリンクィディッチチームのように手痛い敗北を経験することもある。スリザリン生のほとんどやダフネはそれを理解していたからこそ、勝者を中傷し、敗者を嘲笑することで何者でもない己自身を慰める。

 

 そんな己の非生産的な性根が突きつけられたのは、ハリーたちの友人でハリーたちよりも一学年下のルナ·ラブグッド(ラヴクラフトではなかった)が、学会に論文を提出したという事実だった。レイブンクロー内ですら浮いた変人でも、ラブグッドは紛れもない天才だった。だからこそ、ダフネにはパンジーやドラコがハリーやハリーの周囲に嫉妬する気持ちがよく分かった。

 

 

 ダフネ自身、現状に対する漠然とした焦りはあった。進路を決めるOWLまではあと二年。しかし、現時点のダフネは何者でもない。趣味の絵画は手慰み以上のものではない。それで生計を立てるという明確な計画はなく、コンクールに応募するという度胸もない。ただ友人に楽しんで貰い、自分が楽しくなるためものだ。

 

 薬学と薬草学、変身呪文を学んでヒーラーを目指すのがダフネの現在の夢だ。ハリーはその夢を笑わなかった。しかしダフネの父や母はどうだろうか。現時点のダフネの成績では厳しい夢を応援してくれるだろうか。

 

(……いえ……お父様やお母様を説得できるように今年の試験で好成績を取ること。まずはそこからよ。そのための準備はしてきたじゃない。……最低条件すら満たしていないのに、認められるかどうかを気にしていても始まらないわ)

 

 そうダフネは自問に対して自答した。それでも、ダフネの胸中に不安は尽きない。父は、『そんなことよりグリーングラス家の後継者になる婿を探せ』と言うのではないだろうかと、ダフネは嫌な悩みを抱えていた。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、突如、ハリーの周囲に警報が鳴り響いた。

 

「伏せろ!!!!」

 

 瞬間、ダフネは誰かに庇われた。それがハリーであると気付いた時には、ダフネやハリーたちの周囲はハリーの展開したプロテゴの白い防壁に護られていた。

 

 ダフネが、自分達が何者かに襲われているという状況を理解したのは、プロテゴが軋む音を聞いたからだ。ハリーが無言呪文を使ったことに気付く余裕はなかった。

 

 マダム·ロスメルタをはじめとした、十数人もの魔女や魔法使いたちが出した赤い閃光が突き刺さり、けたましい轟音を上げていた。

 

「ハリー!ハリー!」

 ダフネは絶叫して、自分の盾になって防壁を維持しているハリーの肩を叩いた。ハリーは手を緩めず、杖を振った。すると、盾の呪文は自分たちに飛んできた赤い閃光を弾き返した。しかし、盾の呪文が防御壁を展開した直後に別の閃光が着弾したかと思うと凄まじい衝撃が起こった。

「っ……」

 

 プロテゴの防壁にヒビが入った。ダフネは戦慄した。もしもあの閃光が自分たちを直撃していたらと思うと、全身が総毛立った。何より恐ろしいのは、マダム·ロスメルタのようなホグズミードにいる普通の人たちが、自分達に殺気を向けていることだ。

 

「ロン!狼煙を!!!ハーマイオニー、敵を倒すぞ!!」

 

 

「ハリー!絶対に殺さないでね!ステューピファイ(失神)!」

 

 

 ハリーはダフネの前に立ち、何人かの魔法使いにレヴィオーソを直撃させていた。十数人の魔法使いは、ハリーのレヴイオーソによって強制的に浮遊させられた後はハリーの玩具のように上下左右に振り回され、数を減らしていく。ハリーが基礎呪文で足止めし、ハーマイオニーのペトリフィカス トタルス デュオ(石化魔法連射)によって無力化する。襲撃者の数が七人となるまで時間はかからなかった。

 

 瞬く間に数を減らした襲撃者たちは、虚ろな視線でダフネを、正確にはダフネの前に立つハリーを見ていた。ダフネはハリー越しに襲撃者の顔を見た。その瞳から、ある闇の魔術を連想してダフネは震えた。ダフネはこの騒動の中、プロテゴを展開するのがせいぜいで、襲撃者に魔法を撃ってみても、当てることはできなかった。

 

 七人となった襲撃者たちは、操られているとはいえ手練れのようだった。かつての魔法戦争の生き残りか、昔決闘でもしていたのか、それとも日常的に魔法を多用する仕事なのかは分からないが、それまでとは攻撃の頻度が違う。赤、青、白のジンクスやヘックス、そしてカースの魔力を帯びた閃光が再びハリーのプロテゴに着弾する。それら全てを、ハリーの無言プロテゴは防ぎきった。少しヒビが入っただけという異常すぎる防御力を目にしたダフネの心に、安心感が広がる。ダフネはハリーの姿が頼もしく見えた。と、思った次の瞬間、ダフネは斜め前にいた赤毛の少年の杖から銀色の生物が出てくるのを見た。

 

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)!」

 

 エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)で呼び出したテリアに敵を撹乱させ、敵が使ってきた変身魔法で呼び出された猫や仔犬にテリアが噛まれながらも敵の攻撃を凌いだロンは上空に杖を向けて叫んだ。

 

「ボンバーダ(爆ぜろ)!!!」

 

 SOSの文字が夜空に浮かび上がる。しかしそれと同時に、ダフネたちの周囲にはさらに二十名以上もの人が集まってきた。皆が虚ろな目をしている。操られているのだ。

 

 そして最悪なことに、その襲撃者の中にはダフネたちの見知ったもいた。パグ犬のようなかわいらしい親友の顔をダフネが見間違える筈はなかった。

 

「パ、パンジー!?」

 

 ダフネがそう叫んだときには、ハリーとハーマイオニーが反射的に撃った呪文がパンジーの顔面に直撃した。パンジーは虚ろな目のまま、乱戦の最中で石像のように固まってしまった。

 




頑張れハリー、闇の魔法使いをぶち殺せ!!
なお堅気の魔女や魔法使いが(支配の呪文で)巻き込まれている模様。
あとパンジーファンの方はごめんなさい(二回目)。でもまぁパンジーは見えないところでハーマイオニーを虐めていたので恨みを買っていたのです。南無。
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