蛇寮の獅子   作:捨独楽

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虚無の中の光

 

***

 

「ねぇザビニ、あれって何がどうなってるの?何かのイベントかなぁ。私たちも行ってみる?」

 

 ザビニは同学年の女子、スーザン·ボンズとデートをしていたとき、満月が輝く夜空にSOSの信号が上がるのを目にした。ホグズミードに異変が起こっているのは一目瞭然だった。周囲の大人たちや、ホグワーツの学生たちが一斉に駆け出していくのを見て、ザビニはホグズミードに引き返すことを決めた。

 

 

「まぁ待てスーザン。これはイベントとかじゃあねえよ、多分。……今日、お前といてすげぇ楽しかったよ。だけどよ、俺用事が出来ちまったから。今日はここまでだ」

 

「用事って何よ!ホグワーツまであと少しじゃない!帰り道を送ってくれたっていいでしょ、ねえってば!」

 

「この埋め合わせは後でな。月曜日にクラブで会おうぜ」

 

「……約束したからね!?」

 

 ザビニはスーザンをホグズミードの出口まで送り届けると、スーザンの手に口付けをして彼女と別れた。それから、ザビニはアズラエルとファルカスを探した。二人は困惑したような表情で三本の箒の前にいた。三本の箒の、箒を模した特徴的な看板が地に落ちており、店の周囲には人だかりが出来ていた。

 

「何の騒ぎだ!?」

 

「ハリーがマダム·ロスメルタたちと喧嘩になった……いえ、マダムがハリーたちを襲ったらしいんですっ!」

 

「はぁっ!?何でだよ!?」

 

 周囲の大人たちやホグワーツ生たちが少しずつ流されるようにSOSの信号があった場所まで移動していく。ザビニ、ファルカス、アズラエルはその集団から距離を置いた。訳が分からないまま、ザビニは説明を求めた。

 

「多分、インペリオだ!人を操る支配の呪文を使って、マダムたちにハリーを襲わせたんだよ!!!」

 

 

 闇祓いの家系のファルカスはそう叫んだ。そうファルカスが話しているあいだにも、周囲の人混みはぞろぞろとSOSの信号が上がった場所に移動していく。大人たちだけではなく、ホグワーツの生徒たちまでだ。

 

 普通のホグワーツ生ならば、そんな荒唐無稽な話を信じはしなかっただろう。しかし、ザビニたちには友人が闇の魔法使いに襲われたという事実があった。ファルカスはさらに言葉を重ねる。

 

「……支配の呪文は、強い意志があれば抵抗は出来るらしいよ。でも、酒で自制心が弱っている大人なら?まだ支配の呪文を受けたことがない人なら?」

 

 アズラエルとザビニは、青ざめたまま顔を見合わせた。よくよく見れば、人の波のなかの大人や、見知った顔のホグワーツ生には人間らしい精気がないように見える。彼らの視線はどこか虚ろだった。

 

「……なぁ?これ、俺が今助けに行かなきゃハリーの奴やべえんじゃねえか!?また変なことに巻き込まれてるよな!?」

 

「そうだ、僕たちもすぐに-」

「待ってください!それより、この人の波を操っている闇の魔法使いがいる筈です。それを止めるのが先です!」

 

 頭脳役のアズラエルにそう言われてはザビニもファルカスも引きさがるしかなかった。だが、周囲の大人たちやホグワーツ生たちがまるでゾンビのようにハリーたちのところへ向かっていく様子は恐ろしかった。ファルカスの言う通りなら、大人ですら操られているのだ。子供などひとたまりもない。まがり間違えば、ザビニたちだって操られない保証はないのだ。

 

 その時、ザビニは人だかりの後ろにいた痩せた魔法使いがぶつぶつと呪文を呟いているのを見た。彼が後ろから年配の魔女に杖を向けると、前にいた年配の魔女は脱力したように首を下に傾ける。数秒後、年配の魔女は虚ろな目で人だかりのなかを進んでいた。

 

「お、おい。まさかあれが……」

 

 ザビニは恐る恐るファルカスの肩を叩く。ファルカスは呻きながら言った。

 

「インペリオ(支配)だ。間違いないよ。見たのははじめてだ……人を操る最悪の魔法だ……!」

 

「……え、いや、そんなすぐに見つかるなんて嘘でしょう?支配の魔法はアズカバン行き確実な闇の魔術ですよ。いくらなんでも、こんな目立つところで使うバカがいるわけないじゃないですか」 

「でも、俺は見たんだよ。呪文をかけられた魔女が人形みたく動き出すところをな」

 

 アズラエルとザビニは声を潜めて話し合うが、ファルカスはアズラエルの意見を否定するように首を横にふった。

 

「きっと支配の呪文をかけた人も、誰かに操られてるんだ。爺ちゃんの手記に書いてあった。支配の呪文で、支配の呪文を使える人間を操るんだ。そうすれば人を堂々と操れるから……!犯罪者らしい最低の発想だよ」

「……はぁ!?そんな、そんなふざけたことが……!!!」

 

 アズラエルは怒りと恐ろしさで発狂寸前だった。支配の魔法を使える人間が世の中にはそれなりの数いるという事実が恐ろしく、邪悪の極みのような闇の魔法使いに対する怒りが沸き上がる。

 

(こんなの……これじゃあ、魔法使いの方がスクリュートなんかよりよほど性質が悪い害獣じゃあないですか)

 

 己の意志に関わらず、強制的に従わされることの邪悪さが理解できるからこそ、アズラエルは闇の魔術と闇の魔法使いを恐れた。己や友人達の精神的な尊厳や社会的な尊厳を容易く崩壊させかねないインペリオ使いは、この世でもっとも近付きたくない存在だった。

 

「……インペリオの操り手が複数いるってことですね。考えたくはありませんが……」

 

「最悪じゃねえか。俺たちも狙われるかもしれねえんだろ……?」

 ザビニとアズラエルは焦って周囲を見回す。だが、ザビニが指差す男以外で怪しそうな人間はいない。するとファルカスが瞳を光らせて言った。

「ザビニの見た奴を狙い打とう。支配の呪文は術者を倒せば解除される。そうやって、あの人たちを少しでも解放してあげたい」

 

「……やるしかねえな……」

 ザビニもアズラエルも、インペリオ使いを倒すことに異論はなかった。アズラエルは念のために逃走の段取りも決めておく。

 

「成功したら、即この場を離脱して、ホグズヘッドまで移動しましょう。ハッキリ言って、他に怪しそうな奴を見分けて探すのは今の僕らには不可能ですし」

 

「うん、よし。じゃあ……せーので撃つぞ?3、2、1……ペトリフィカス トタルス(石化)!」「インカーセラス(捕縛)」「ステューピファイ(失神)!」

 

 ザビニの合図で三人は同時に呪文を放った。呪文の標的への到達と同時に悲鳴が上がり、支配の呪文に操られていた人々は夢から覚めたかのように周囲を見回している。三人は即座に走り出した。三人に向けて群衆から呪文の閃光が放たれるが、なぜか三人には当たらなかった。

 

 三人は荒い息を吐いて路地裏に逃げ込んだ。三本の箒から大きく離れた路地裏に人影はない。ザビニがニヤリと笑う。

 

「待ちなさい。今のはあんたらの仕業ね?」

 

 ……が、その笑顔はすぐに凍りついた。テレポートの音と同時にら赤色のローブを身に纏った魔女が三人の前に出現する。

 

「……だったら何すか?今怪しいことをしてた奴がいたんすよ。言っときますけど、俺ら悪いことはしてねえっすよ?」

 

 ザビニは精一杯の虚勢を張り、杖を見知らぬ魔女に向けた。ザビニ浮かぶ怯えの色すら、端正な顔立ちにとってその美貌を損なわせはしない。

「……へぇ」

 友人達を守るように立ちはだかる姿に、魔女は感心したような声をあげた。

 

 友人の発言にファルカスも大きく頷いた。すると魔女はにっこりと笑ってフードを上げた。

 そして、三人にカードを提示しながら言った。

 

「安心しなさい。闇祓いよ」

 

 その言葉で、三人は凍り付いたように動けなくなった。一度見たら忘れられないような紫色の髪の魔女は、利発そうな雰囲気を身に纏っていた。ザビニは魔女が提示した手帳に、アズラエルは魔女にそれぞれがレベリオをかけたが、手帳にも、魔女にも変化はない。紫色の髪とアーモンドのような顔のままだった。本物の闇祓いとわかり、ファルカスが興奮しかけるのをアズラエルは宥めなければならなかった。

 

「今、どうしてインペリオがかけられていた奴を攻撃したのか、説明してくれるかな。あんた達はただのクソガキじゃあ無さそうだ」

「クソガキじゃあありません!ぼくたちは闇の魔法使いを倒したんです!」

 ファルカスは恐怖に駆られながらも声を荒げた。だが魔女はその言葉を笑い飛ばした。

「はっ!あんたも闇祓いから見たら十分クソガキさ。毎日毎日、戦闘して生きるか死ぬか。そういう経験をしてはじめて一人前の闇祓いなんだ」

「な……!」

魔女に図星を突かれたファルカスは言葉を詰まらせる。ザビニとアズラエルも目を白黒させた。彼らはまだひよっこに過ぎないと思わせるだけの力量が、目の前の魔女にはあった。先ほど三人がかりで倒した闇の魔法使いが、いつの間にか彼女によって手錠をかけられ、彼女に拘束されていたのだ。恐ろしいことに、目の前の魔女はザビニたちも、操られていた一般人たちもそれに気づかないほど素早くそれをやってのけたのだ。

 

「そういうのを世間じゃ背伸びって言うんだよ。……でもね、そういう背伸びが出来る子は強くなるよ。七年後、闇祓いになったら、一緒に働こう」

三人の顔が赤く染まるのを見て、魔女は微笑んだ。魔女は続けて言った。遭遇した瞬間の冗談めかした雰囲気は徐々に鳴りを潜め、緊迫した雰囲気が周囲に漂う。

 

「ハリー·ポッターが襲われているって言うのは本当か?」

 

「そうです!早くハリーを助けてやって下さいよ!あなたはそれが仕事でしょ!」

 

 ザビニは懇願するように言った。魔女は肩をすくめた。

「今日は非番。で?あんたらはこのままお友達を助けに行くつもり?」

 

「はい!!……僕は闇祓いになるつもりです!こんな異常事態に遭遇して、黙って見ているだけなんて出来ません!」

 ファルカスは大きく頷き、アズラエルとザビニも同じように頷くと、魔女はおかしそうにケラケラ笑った。笑いすぎて目に涙を浮かべている彼女を見て、三人は顔を見合わせた。

 

 

「なら、後学のために覚えときなさい。こういう場合、闇の魔法使いは安全圏から事態をコントロールするために高所に陣取る。そんでもって、酒に酔っぱらった魔法使いや魔女、闇の魔法を知っていそうな奴を優先して支配する。複数人の護衛がいる筈よ。あんたらじゃ厳しいね」

 

「……まずはその隠れてる犯罪者を叩くってことですか!?」

 

 ファルカスはもどかしそうに言うが、アズラエルは内心でトンクスに同意した。

 

(……確かに、事態を裏で操っている闇の魔法使いを倒さないとこの異常事態は解決できません……ただ、解決するためにもまだ問題はある……)

 

「あたし一人じゃあダース単位の魔法使いは止められないんだ。手配した援軍と合流して敵を叩くよ。でも、あんた達はホグワーツに帰りな。実力不足で高確率で死ぬよ。最悪操られて足手まといになるかだ。大丈夫だよ、あんた達の友達は必ず助けるから」

 

 そう言うと、魔女は瞬間移動で姿を消した。ザビニたちは、魔女が闇の魔法使いを倒してくれることを祈るしかなかった。アズラエルは不安そうに呟いた。

 

「……あの人が戦っている間に、ハリー達は持ちこたえられるでしょうか……?」

 

 アズラエルの言葉に、ファルカスもザビニも答えられなかった。三人はホグワーツの敷地に戻ることも出来ずに、ただただホグズミードを眺めていた。深い霧が濃さを増してきていた。

 

 

「……ディメンターどもが蠢いてやがる」

 

 

「きっと、トンクスさんが手配した援軍ですよ。これでハリーも何とかなります」

 

「……ハリーと一緒にロン達も巻き込まれてないよね?」

 

「あいつらなら滅多なことにはならねえさ。……問題はグリーングラスだな」

 

 ザビニがそう言った時には、霧はホグズミードの方角へと向かっていった。ドロホフとシトレを捕らえるために配置されていたディメンター達が、ついにその使命を果たそうとしているのだと三人は思った。

 

***

 

 ドロホフに抱えられたダフネは悲鳴にも似た声で叫んだ。

 

「ハリー!ハリーッ!!助けてえっ!!」

 

 ドロホフの無言呪文がロンとハーマイオニーがいた場所を通り過ぎ、後ろの石壁を砕いた。

「やめろぉぉぉおおおおお!!やめてくれぇぇぇぇえええええ!」

ハリーは落下の途中で何とか体勢を整え、空を飛びながらドロホフに突進する。

 ドロホフは不意をつかれたのか、ダフネではなくハリーに杖を向けた。

 

 人質を取った相手に対する有効な対処法は、人質に価値がないと思わせることだ。ハリーはドロホフに思考の間を与えることなく接近することで、ダフネを盾にすることで、ハリーを狙えなくなると思わせた。ドロホフは左手に抱えたダフネを放り投げた。

 

「ポッターッ!!クルーシオ!」

 

「エクソパルソ(爆破)!!!」

 

ハリーの爆破呪文とドロホフの拷問呪文が空中で激突した。呪文の衝撃波は空間を揺らし、ドロホフは数メートル後ろの石壁へと叩きつけられた。

 

 ハリーの行動は危うい賭けでもあった。ドロホフが反射的にアバダケタブラを選択していれば、ハリーかダフネの命は無かったかもしれない。しかし、ドロホフはシトレとハリーの戦闘内容を知っていた。闇の魔法使いに対しては命の盾を使用し、慎重、かつ攻撃的に戦うのがシトレとの戦いでのハリーだった。己の命すら危険にさらすほどの怒りも、一瞬視認できなくなるほどの高速移動もドロホフの知るハリーにはなかったものだ。ドロホフが不意を突かれたのは、当然のことでもあった。

 

 それでも、ドロホフのクルーシオはカースレベルを超える闇の魔術である。カースで相殺できる筈のない魔法だったが、聖石の力と、ハリー自信のつよい感情に呼応して魔力を増幅させる柊と不死鳥の尾羽による杖の力がハリーを助けた。

 

 つまりは、ハリー自身すら意図しない愛と勇気、そしていくつかの偶然が、経験と実力においてハリーを遥かに上回る闇の魔法使いを上回ったのだ。

 

 

 ダフネは衝撃波の余波で吹き飛ばされかける。しかし、ハリーは迷わずダフネを護り抜いた。

 

 

「アクシオ ダフネ!」

 ハリーは即座にダフネを自分へと引き寄せ、抱き抱える。爆発の衝撃を受けたダフネはそれでも、ハリーにしっかりとしがみついた。

 

「お気に入りのローブがぐちゃぐちゃよ」

 

 そう言っているダフネの顔もぐちゃぐちゃだった。

 

「ごめん」

 

「弁償してよね、高いんだから……」

 

「……小遣いが入るまで待ってくれる?」

 

「約束したからね!」

 

「二人とも、戦闘中よ!」「ハリー!気を付けろ、あいつお前を狙ってくるぞ!」

 

 ハーマイオニーとロンは警戒を促す。

 

「このガキがぁーっ!舐めるなよぉーっ!!!アバダケタブラ(くたばれ)っ!!!」

 

 ドロホフが吠えた。本気のドロホフは容赦なく緑色の閃光をハリーに撃つが、ハリーはダフネを抱えたまま回避し続けた。

 

「クソガキがぁ-っ!!!抵抗するんじゃあねえーっ!!穢れた血のガキがよぉ-っ!!」

 

 怒りのあまり気が触れたのか、耳をつんざくような絶叫をあげながらドロホフの闇の魔法は続く。インペリオ、クルーシオ、アバダケタブラといった魔法の叫び声と、強力な闇の魔法の数々が木霊する。恐ろしいことにその狙いは正確で、ハリーが産み出したフクロウやハヤブサをことごとく打ち落としていく。ハリーは耳を塞ぎたかった。

 

 敵はハリーを、ハリーごとダフネやロンやハーマイオニーを殺すつもりなのだ。恐ろしいことに、ドロホフはカースレベルの攻撃で吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられたのに、まるでピンピンしていた。

 

 

「なんだあいつ、痛覚(いたみ)ねぇのか!?」

 

 ロンやハリーの飛ばす無言呪文も、ハーマイオニーの詠唱失神呪文もドロホフには当たらない。ダフネが叫んだ。

 

「目が血走っている!きっと痛み止めよ!体を麻痺させて無理矢理動いてるんだわ!」

 

 

「ダフネ!ありがとう!エグジ(フクロウよ出ろ)!!!」

 

 

 ハリーが盾になるフクロウを召喚しながら叫んだ。フクロウはドロホフとハリーたちのあいだを飛び回り、呪文を防ぐ盾としてハリーたちを護る。

 

「クソッタレがぁっ!何故増援が来ねえっ!?」

 

 ドロホフの問いに答える人間はいない。ハリーは焦りを感じていた。ハリーたちが吹き飛ばし、失神させた魔法使いや魔女にドロホフの死の呪いが当たるのではないかと思ったからだ。ハリーは覚悟を決めた。

 

(こいつは殺す、ここでっ!こんな人間はこの世に存在しちゃいけないんだ)

 

 ハリーから見て、ドロホフを生かす理由など何もなかった。ドロホフはハリーの転入生仕込みの基礎魔法をことごとく躱し、瓦礫を操る合間に闇の魔術でハリーたちを殺しにくる。愚図愚図していれば、また操られた魔法使いの増援が来て形勢逆転しかねないのだ。

 

(こいつはダフネを、皆を、何よりロンとハーマイオニーを殺そうとする。こいつは殺さなきゃ止められない……っ!)

 

 ドロホフはシトレなど比較にならないほどの手練れだった。今はダフネまで参戦して、四人がかりで魔法を撃ちまくり攻撃し、ドロホフ相手に何とか優勢を維持できている。それでもドロホフを崩しきることができないのだ。この均衡はいつ崩れてもおかしくはないものだった。

 

 

「フィニート!呪文よ終われ!」

「やめろぉぉお!!」

 ハーマイオニーが妨害呪文を唱えると、宙を舞う瓦礫は地に落ちる。ドロホフは顔を真っ赤にして吠えた。

 

「レダクト(砕けろ)!!!」

 

 ハリーたちのいた路地が粉々に砕け、ハーマイオニーとロンが後ろに飛ぶ。ハリーにはダフネがしがみついたままだ。ハリーはドロホフより上空に飛び、杖をドロホフに向けた。ハーマイオニーとロンから注意をそらすためだった。

 

(ステューピファイ(失神))

 

 ハリーの杖からは無言の失神呪文が放たれる。赤い閃光に対して、ドロホフも負けじと無言の障壁呪文(プロテゴ)で応戦する。その間にも、ハリーは殺意を高めていった。ドロホフへの怒りや義憤、正義感といった強い感情とはまた別の、冷えた心がハリーの頭を支配する。

 

 人を殺すために必要な感情とは、己自身を尊いと思わないことだ。少なくともハリーはそう理解していた。己を尊ぶべきものだと思っていれば、己と同じ人間を殺そうとは思わない。

 

 

 

 しかし、ハリーは己を尊いものだと思うことができない。己を尊ばない人間は、必要ならば、他人を尊く思う気持ちを捨て去ることも出来る。ハリーは経験でそれを理解していた。

 戦闘の最中であるにも関わらず走馬灯のようにダーズリー家で虐待を受け、引き取られた先で屈辱的な日々を送った記憶が頭に過る。それだけで、ハリーの心は虚ろになり、虚無に満たされる。空になった心に、怒りと憎しみを満たす。闇の魔法を完璧にコントロールすることなどハリーには造作もなかった。虚ろな心と、自分でもぶつけようのない怒りのまま、底の抜けた箱のような虚無感を抱えていればそれで良かったのだから。

 

(ドロホフもそうなのかな。……そうだったのかな。……まぁ、どうでもいいか。こいつは殺す。そうしなきゃ)

 

 ハリーにとって、魔法は力であり、希望であり、生きていくための手段だった。自分自身を守り、生まれて初めて出来た大切なものを守り、そして自分の未来を切り開いてくれる力。同年代のスリザリン生たちは、魔法を知らないハリーよりずっと魔法を使い慣れていた。だからこそ、ハリーは力を求めた。己の内に生まれた劣等感、魔法使いであるにも関わらず魔法をまるで知らなかった屈辱。

 

 そんな薄暗い感情が、ダーズリー家での暴力と空腹と、そして無視。それがハリーの世界であり、どうしようもないこの世の現実だ。ダーズリー家は、ハリーに何も与えなかった訳ではなかった。彼らはどこまでも薄暗い悪意を与えた。強力な杖である柊と不死鳥の尾羽から、ドロホフとシトレを殺害するためにハリーが闇の魔術を撃たんとしたとき、はじめて柊と不死鳥の尾羽の杖が重たく感じた。

 

 

(……!?これは……杖が言うことをきかないっ?)

 

 はじめての経験に、ハリーは困惑を隠せない。それでも、ハリーは力ずくで杖を従えようとした。その瞬間。

 

 ダフネがハリーの手を握った。震える手で、それでも力強く。

 

「……大丈夫、大丈夫だよ。ダフネ。僕がいるから」

 

 ……それだけで、たったそれだけのことで、ハリーは闇の魔術を撃てなかった。ハリーは飛びながら後退する。そして冷えた頭で、どうすればドロホフを殺せるのかと思案する。

 

(基礎魔法は駄目だ。ドロホフのプロテゴ相手だと聖石で底上げしても威力不足だ。カースでもあいつは崩しきれない。ドーピングしてるからだ……このままじゃあ……誰かが死ぬ)

 

 冷えた心に染み込んでくるダフネの暖かさと、汗と香水の匂いがハリーを踏みとどまらせていた。打開策が見出だせないまま。

 

「ねぇ、ハリー。ドロホフは幸運薬を飲んでいるのではないかしら。瞳孔が不自然に開いているのよ」

 

「!!幸運薬か!それなら……可能性はある!……ありがとうダフネ」

 

 ハリーに対して、ダフネはヒントを与えてくれた。幸運薬による覚醒は、敵に対して少なくない利益をもたらす。しかし、良薬には必ず大きな副作用がある。フェリックス・フェリシスを服用した人間は、麻薬中毒者のように思考が単純化してしまうのだ。そのためレジリメンスのような複雑な魔法の精度は低下し、ハリーの企みが察知されない可能性は高まる。ハリーは無言で瓦礫を動かし、ドロホフを挑発しながら考える。

 

「子供一人殺せない癖にデスイーターを名乗るなよ、犯罪者。アズカバンしか居場所がない大人の癖に」

「……!!!子供がっ!大人を舐めたことを後悔させてやるっ!」

 ハリーの挑発に、ドロホフはますます怒りを高めたようだった。

(……聖石が引き出せるのはその人の最高の力までだ。だけど、意図せずして最大の力を引き出してしまったとしたら?)

 

 戦闘の最中ではあったが、服に刻まれた思考のルーンがハリーの頭を冷静にさせた。ハリーは聖石と悪霊の炎を併用したことはない。もしも聖石を持ったまま制御が難しい魔法を使えば、暴発する可能性がないとは言いきれなかった。

 

(……見えたっ!)

 

 ハリーの心に、ドロホフを殺害するための策が浮かぶ。あとはそれをどうやって実行するかだった。

 

 その時、膠着状態に陥っていた戦局が動いた。まず、ドロホフの周囲に十数人の魔法使いや魔女がテレポートで現れる。ほとんどが虚ろな瞳で、操られていることは明白だった。宙に浮いたハリーは、箒なしで宙に浮いた魔女を目撃した。ハリーが以前遭遇したシトレらしき魔女に違いなかった。

 

「遅いぞフィーナ!!何をしてやがったぁ!」

 

 ドロホフの怒声にシトレは萎縮したように見えた。フィーナと呼ばれた魔女、シトレはしかし、金切り声で叫んだ。

 

「敵が来ています!手練れの精鋭たちがっ!逃げましょうアントニン!!!勝てないわ!!」

 

「お前の人生を潰した元凶が目の前にいるぞフィーナ!殺せ!殺って殺ってお前があの方の配下に相応しいことを証明しろ!」

 

 ハリーは、仮面の魔女から背筋が凍るような殺気を感じた。完全な八つ当たりだとハリーは思った。指名手配されたのは、他でもないシトレの自業自得だった。

 

 

 

「逃げるのはポッターを殺してからだっ!行くぞっ小僧共!アバダ ケタブラっ(くたばれ)!!」

 

「アバダ ケタブラ(死ねぇっ)!!!」

 

 そしてドロホフが最後の号令をかけた瞬間、フィーナとドロホフの杖から緑色の閃光が、操られた魔法使いたちの杖から赤い閃光がハリーに向けられる。ハリーは、ダフネを抱えたまま無言でアヴィホースデュオ(鳥たちよ出ろ)を使い、死の呪いからダフネとハリーの命を守る。そして、ハリーは迷わずプロテゴ ディアボリカ(悪魔の護り)を唱えようとした。不思議なことに、そのとき柊の杖は驚くほど軽かった。

 

 その時、ハリーたちの周囲で瞬間移動の音がした。

 

「「プロテゴ ホリビリス(恐ろしきものから護れ)」」

 

 音と同時に、箒にまたがった黒い髪の魔法使いが現れる。黒髪に灰色の瞳、やつれきった美貌を持つ壮年の男性が、ニンバス2001に乗って現れた。シリウスのニンバスの後ろには、茶髪の魔女マリーダが乗っていた。ハリーの保護者である二人は強力なプロテゴを展開していた。

 

 プロテゴ·ホリビリスはプロテゴを大規模に拡大して展開する高位の魔法だ。障壁を広範囲に展開する都合上、強度を維持することは困難になるが、二人がかりで使用することでその欠点を補っていた。保護魔法は十数本のステューピファイを弾き返し、ハリーとダフネを護りきっていた。そして更に、シリウスの周囲に人が現れる。

 

 黒髪のハンサムな魔法使い。セドリック·ディゴリーだった。ボサボサな茶髪の魔法使いはバナナージ·ビスト。一際大柄で、バイクに跨がったルビウス·ハグリッドは、後ろにニュート·スキャマンダー先生を乗せていた。恐らくはニュートのテレポートで移動したのだろう。

 

 赤毛のパーシー·ウイーズリーは、プラチナブロンドのガーフィール·ガフガリオンと共に登場した。ガーフィールは左腕を負傷したのか包帯を巻いていた。そして特徴的な紫色の髪の魔女と、変身した狼人間がドロホフに向かっていく。突如現れた援軍は、全員が空中にテレポートしてきた。ホグワーツでも一、二を争う精鋭の学生と、ホグワーツが誇る精鋭の教授たちだった。

 

「遅くなってすまないハリー!……だが、無事でよかった」

 

 シリウスの声に、ハリーは笑っていった。今の自分なら、たとえディメンターが百体いてもパトロナスを出せるとハリーは思った。

「遅くなんてないよ、シリウス。一緒にあいつらを捕まえよう」

 

 シトレやドロホフは緑色の閃光を放つ。しかし、ハリー達はそれをよくかわした。戦闘はハリー達が押していた。ハグリッドは、操られていた魔法使いたちの前に立ち塞がり、彼らの失神呪文をその体に受けてなお平然としていた。瞳や口腔内部への攻撃は、スキャマンダー先生のプロテゴが防ぐ。闇の魔術によって操られていた魔法使いや魔女達はいずれ劣らぬ精鋭達だったが、ハグリッドや狼人間を相手にするとは想定していなかったのか、劣勢のまま追い込まれていった。

 

 そんな中で、セドリックとパーシーは戦闘に加わらず、即座にロンとハーマイオニーの護衛に回った。

 

 それぞれがそれぞれの役割を果たす中で、ガーフィールとバナナージは負傷した一般人達の救護に回った。ガーフィールは全身に火傷と打撲の跡があるマダム·ロスメルタを見て呟く。

 

「これをハリーの奴と、パーシーの弟たちがやったのか?……応急手当はしてあるとはいえ、いつの間にここまで強く……?」

 

 ガーフィールがハリーの急成長を疑問に思う一方で、バナナージは義憤に燃えていた。怪我をした被害者達を魔法で作り出した担架の上に乗せてガーフィールに言う。

 

「全部闇の魔法使いの仕業ですよ、先輩。皆明日の予定だって明後日の予定だってあったんだ。それなのに、あいつらの支配の呪文のせいで……!」

 

「……ああ、わーってるよ。お前の言う通りだ。全部闇の魔法使いの仕業だ」

 

 バナナージは、実力ではパーシーやセドリックに準ずるレベルにある。当然操られた一般人相手でも無傷で戦えるのだが、その人の良さから、無辜の市民に魔法を直撃させることが出来なかったのだ。

 

 闇の魔法使いの最も悪質なところは、バナナージのような普通の人間を餌にしてのさばるところにあった。大半の人間は、見知った善良な人間が襲ってきたとしても即座に反撃など出来ないのだから。

 

(ハリーは自分が特別だと思い込みたいただの馬鹿だと思ってたが……)

 ガーフィールは内心で、バナナージとハリーとを比較して、思う。ハリーは始めて出会った一年生の頃とはよくも悪くも変わった、と。

 

(……必要なら状況に応じて他人に残酷になれる能力が身に付きつつある。あいつ、いつの間にここまでの成長を……?)

 

 ガーフィールがその答えにたどり着く前に、上空の戦闘は一段と激しさを増していた。呪文とプロテゴの障壁がぶつかり合い、エネルギーの奔流に耐えられなかった障壁が悲鳴をあげて崩壊していく音は、ハリケーンによって砕け散っていく家屋のように耳障りで、ガーフィールの耳朶をうった。

 

 ドロホフとシトレのコンビと、シリウスとマリーダとハリーとの戦闘は激しさを増していた。

 

 シリウスのニンバスを操っているのはシリウスではなく、後ろに乗るマリーダだった。彼女は攻撃にも防御にも加わらず、呪文への回避行動を取り、闇の魔術以外の魔法が来ると解ればハリーやシリウスにそれを伝える。それによって、元々卓越したシリウスの魔法はさらに冴えた。

 

 闇祓いや一般的な魔法使いとデスイーターを比較したとき、闇の魔術の有無だけでなく空を飛べるかどうか、という部分は戦闘を大きく左右する。特に屋外戦において地上から空を飛ぶデスイーターに対処しようとするなら、両者の間にハリーとセドリックほどの差がなければ戦闘が成立しない。普通の魔法族は箒を操りながら空を飛ぶので箒の操作に専念する必要があり、箒の扱いがよほど上手くなければ戦闘にならないのだ。

 

 しかし、ハリーはダフネを抱えたままドロホフと遜色ない高速移動を繰り返して的を絞らせなかった。さらに、マリーダがシリウスを乗せて操るニンバス2001は、ドロホフの時代には存在しなかった傑作機だ。加速、減速にとどまらずターン、エッジなどの三次元的な動きも可能となった。もはや腕のいい箒乗りならばデスイーターを容易く凌駕するスペックがあるのだ。

 

 瞬きする間にシリウスは無言でステューピファイデュオ(失神呪文連射)を使いドロホフを追い詰めた。しかし、ドロホフに赤い閃光が着弾する直前、操られた襲撃者がテレポートし、ドロホフの盾になった。ルーピン先生が一般人を拘束し、地面に落ちる前に保護する。シリウスは怒りに震えながらながら吠えた。

 

「私の息子に……いや、罪なき人間に、これ以上手を出すな、犯罪者め」

 

 シリウスの言葉はこの場にいる善人達の総意だっただろう。ハリーは基礎魔法を使いながらシリウスを援護する間、ダフネがシリウスの方を熱っぽく見ているのを目にした。

 

「よく言うぜ、殺人未遂のお坊っちゃんが。アズカバン暮らしの方が似合ってたぜぇ、お前はよぉ!」

 

 ハリーたちと、ドロホフ一味との最後の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

***

 

 

 

 




①ハグリッドに保護魔法(プロテゴマキシマ)をかけて単騎で突っ込ませる。
②パーシーの例のオリジナルコンジュレーションでハグリッドごと敵を攻撃する。

 これだけでドロホフ以外は一瞬で殲滅できたんですが、急増チームだったんでパーシーがそこまで強いことをリーダーのトンクスが知らなかったんです。
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