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シトレは、作戦決行前にドロホフと打ち合わせた内容を今も覚えていた。
『ポッターを見つけたら、発信器で知らせる。フィーナ、俺が連絡を入れたらインペリオで奴隷を量産しろ。俺がどさくさに紛れてポッターを仕留める』
シトレはその案ならば確実にポッターを殺せるとは思った。しかし、あまりに仕掛けが大掛かり過ぎるのではないか、とドロホフに問いかけた。
『確かにな。これはガキを殺すにしては少々大袈裟ではある。……が、お前のプライドを粉々にした小僧の葬式としては派手で悪くなかろう』
『茶化さないでください。……ただ、貴方が居ればポッターごときすぐに殺せると思いますが』
ドロホフがそう茶化したとき、シトレは仮面を被らず気安い口調でドロホフに言った。シトレにとって、ドロホフはもはや世界でただ一人気を許せる相手だった。それは依存と信仰に近い感情だった。
『そうでもない。俺とシトレに実力の差はほぼない。実際のところ、奴隷どもの力量も未知数だからな。運が悪ければ失敗もあり得る。ポッターの力量は、低く見積もって成人した魔法使いと同等以上、闇祓い未満と言ったところだろうからな』
ドロホフは蒸留酒を飲みながら言ったが、その目は確かだった。ロシア人のドロホフにとって、一杯二杯の酒は水と変わらない。フィーナはドロホフからポッターに対する評価が高いことにやや憎しみを抱いたが、すぐに思い直した。ポッターが年齢通りの実力しかない子供なら、それに負けた自分は文字通りの無能なのだから。
『俺がしくじったら、まぁポッターを勧誘でもしてみるさ。闇の魔術を使える小僧となれば帝王もお喜びになるだろうしな』
『……ご冗談を。闇の帝王がポッターを受け入れるのですか?あの方に歯向かった男の息子を?』
ポッターを殺害できない可能性も視野に入れていると聞いて、シトレは不機嫌になった。それでは何のために苦労したのか分からない。
『ああ、冗談だ。どうせポッターも乗らんだろう。が、惜しいのは確かだ。……ま、俺が時間を稼ぐ間に、フィーナは増やした奴隷どもと合流し、テレポートでポッターを囲んで殺す。それでいいか?』
シトレは強く頷いた。ドロホフはシトレの士気が高いことを喜び、ついで念を押してシトレに言い聞かせた。
『……ポッターをこれから探すのは長丁場になる。お前さんには苦労をかけるが、問題はまだある。運良くポッターを見つけて、運悪く俺が失敗したパターンも何度か想定しておく必要がある。面倒だろうが、覚えてもらうぞ。俺がやられて先に死ぬ可能性もある。そのときは、フィーナ、帝王の復活を最優先に行動しろ』
ドロホフとシトレの会議は、ホグズミードでハリーを捜す間何度も繰り返された。そこで、シトレはドロホフと行動を共にし、ハリーを殺害するときも、必ずドロホフの指示に従うように命じられた。
『お前は強い、フィーナ。お前さんは俺の指示なぞ必要ないとも思うだろう。だが、戦場は生き物が動く以上、必ず不測の事態が起きる。ロートルである分だけ、俺の方がそういうものに気がつきやすい。俺の指示には従ってもらう』
失神呪文から目覚めたシトレの脳裏には、そのときのドロホフの姿がありありと浮かんだ。シトレは、必ずハリーと、出来ればシリウス·ブラックを殺害し、自身の有能さを証明したいと願っていた。
「ええ、もちろんよ。プロテゴ ディアボリカ!!」
シトレの杖から放たれた禍々しい蒼炎が、周囲の全てを飲み込もうとする。真っ先にそれを食い止めたのは、闇祓いのニンファドーラ·トンクス……ではなく、魔法生物学者、ニュート·スキャマンダーだった。
「フィニート インカンターテム(呪文よ終われ)!」
ニュートは誰より素早く、そして老いを感じさせない速度で杖をふった。温厚なニュートが、鬼神のように必死になって蒼炎を食い止める。それはニュート·スキャマンダーが老体に鞭打って出した正真正銘の全力だった。
そうしている間にも、シトレの後ろに控えたドロホフの杖には魔力が集まっている。ドロホフが、大技を放とうとしていることは明白だった。しかしシトレのプロテゴ ディアボリカですら、放置すればほとんどの魔法使いを焼き殺してしまうだろう。ここには動けない怪我人が山ほどいるのだ。
ニュートはあまり大声を出したがらない老人だったが、それでも声を張り上げた。そうしなければならなかった。
「フィニート(終了)を!!」
ニュートに続いてトンクス、ハグリッド、遠くから炎を見ていたロンやハーマイオニーもフィニートを唱える。
ハリー自身は知らないものの、ハリーの闇の魔術を目にしてきた二人にとって、フィニートは得意魔法となっていた。いつかハリーが悪魔の護りで人を殺してしまうのではないか、と、二人だけで語り合ったことも一度や二度ではなかったのだ。そうならないよう、自分達で止められるように練習を重ねていたのだ。
ハグリッドや操られていた魔法使い達もフィニートを唱えようとするが、操られていた魔法使い達は蒼炎の勢いにパニックになりかけていた。ただでさえ全身に鞭を打たれたように痛みがあり、心理的にもダメージを負っていたところに、本当の命の危機が迫ったのだ。フィニートに成功したのはハグリッドやセドリック、パーシー、ガーフィール達だけで、ダフネを含めたほとんどの魔法使いは動揺し、上手くいかなかった。
邪悪な意志を込めた悪魔の蒼炎は、勢いを弱めてもなお止まらない。シトレを中心に広がった蒼炎は、ドロホフを燃やすことなく空中から周囲へと拡散しようとする。それが地上に降り立ったとき、人々は焼け死ぬだろう。
ここで、ニンファドーラ·トンクスは賭けに出た。フィニートを中断し、シトレに向けてソノーラスで拡大した自分の声を届ける。シトレの注意を惹き付けるため、トンクスが狙われることで、ハリーや一般人達を守るための策だった。
その間、ハリー、シリウスとマリーダ、そして人狼状態のリーマスの三組が動いた。シトレの注意がトンクスに向けられた間、ハリーは蒼炎に護られたシトレに杖を向けた。ハリーの耳に紫色の髪の魔女、トンクスの言葉が聞こえてくる。
「泣き虫シオニー!あんたは強くなったんじゃないわ。ハッフルパフにいた頃から比べて弱くなった!人として劣化したのよシオニー!『フィーナ』ぁ?バカ言ってンじゃねえよ!あんたは無能な自分から目を背けるために、現実逃避のためだけに自分のことを知らない男に依存してンだよ!」
(……!!)
ハリーの心がずきりと傷んだ。ダーズリー家のいないホグワーツで頑張っているハリーも、ダーズリー家に戻れば、魔法の使えない、誰からも必要とされない存在でしかない。シトレがトンクスに杖を向けたのを見て、ハリーは覚悟を決めた。シトレを殺すと。
「フィーナ!下らん挑発だ!それより下だ!下に誰か来ているぞっ!」
ドロホフは必死にシトレに指示を出すが、シトレには届いていなかった。
「サラマンド エグジ(サラマンダー、行けっ!!)!!」
ハリーの杖から放たれた紫色の閃光は、確かにシトレのプロテゴ ディアボリカの蒼炎に到達した。
プロテゴ ディアボリカには、いくつかの弱点も存在する。攻防が揃い大規模攻撃が可能な魔法ではあるが、それを使いこなしてきたハリーだからこそ、弱点も自覚している。
その一つが、炎であることだった。
紫色の閃光は、炎への着弾と共に消滅する。しかし、それに込められた魔法は成功した。シトレの首筋に向けて、サラマンダーが突撃する。
ハリーは、蒼炎をサラマンダーへと変身させたのだ。サラマンダーは炎の中を生きる魔法生物である。炎であれば、ドラゴンであろうと悪霊の火であろうとサラマンダーは動くことができる。プロテゴ·ディアボリカの護りを過信した人間ほど、サラマンダーの奇襲を止めることは出来ない。ディアボリカを解除しなければならないからだ。
シリウスはマリーダに指示を出し、箒をシトレの死角である左斜め下へ潜り込ませた。シトレはサラマンダーを止めるために左腕でサラマンダーの牙を受け止めている。動揺からか、蒼炎の威力は弱まる。その隙に、シリウスは魔法を唱えた。そこはハリーによって粉々に破壊された水道管があった。
「アクアメンティ マキシマ(水よ 沸き出ろっ!!)」
水道管に向けてシリウスの魔法が放たれる。そしてすぐに効果は出た。膨大な量の水が、シリウスの怒りと共にシトレに襲いかかる。
「アクアメンティ エグジ(水に変われっ!)っ!!」
さらに、シリウスはシトレの蒼炎そのものを水に変えるという強行策に出た。
シリウスのコンジュレーションはマクゴナガルや、現役闇祓いであるトンクスにこそ劣れど、NEWTでOを取りジェームズと共に闇の魔法使い達を打倒したあの頃と変わらない。魔法省での経験を加味すれば、全盛期すら越えていた。闇の魔術の蒼炎は、過去に囚われ、それでも未来を選んだ男の作り出した洪水に飲み込まれて消えていく。
もしもシトレが、ドロホフの指示を聞き入れていれば結果は変わっていたかもしれない。シトレは結果的に、自分自身の手で証明してしまったのだ。
自分が無能であることを。
最後の意地か、シトレの杖は目の前のトンクスに向けられる。大量の水に視界を遮られながらも、シトレの魔力は尽きてはいない。
「待て!!プロテゴを使えっ!!」
ドロホフの指示をシトレは聞かなかった。シトレは、同期で、かつて同じ寮に在籍したニンファドーラ ·トンクスを殺害せんと杖を向ける。
(この際ポッターでなくても構わないっ!お前でも良いっ!殺してやる!!生まれながらの七変化?ふざけるなふざけるなふざけるなっ!そんな不公平が許されるかっ!闇祓いのエリート街道なんて歩ませるかっ!お前も道連れだっ!トンクスゥゥゥーッ!)
それは嫉妬だった。同い年で、同じ寮を過ごした相手に対する嫉妬のまま、シトレは杖を向け。
「アバダ ケタブ」
「ステューピファイ デュオ」
そして。
更なる罪を重ねる前に、狼人間、リーマス·ジョン·ルーピンの杖から放たれた赤い閃光は、確かにシトレを撃ち抜いた。シトレは真っ逆さまに地面へと激突し、そしてその命を散らした。
ハリーも、そしてその場にいた誰も、シトレの死を悲しまなかった。それどころではなかった。シトレの悪魔の護りによって、ドロホフは今まさに最悪の闇の魔術を放とうとしていたのだから。
「ペスティス インセンディウムっ!全員まとめて焼け死になっ!仲間を殺した代償を払わせてやるよ!」