蛇寮の獅子   作:捨独楽

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青のすみか

「ステューピファイ」「インカーセラスッ!」

 

 

 

 

 リーマスは蒼炎を水で防いだシリウスに驚きながらも、すぐさまドロホフに向かって失神呪文を放った。マリーダがそれに続き、ハグリッドやニュートもそれに続く。

 

 ドロホフには四人の呪いが命中することはなかった。幸運薬の効果ゆえか、ドロホフの周囲に立ち込める水流が呪文の閃光を屈折させ、ドロホフには呪文は届かない。ハリーの額が割れるように傷んだ。

 

 悪霊の火の火力は、悪魔の護りの比ではない。防衛能力を度外視し、制御を困難にした代わりに発動すればあらゆる相手を灰塵と化す炎。

 

 だが、それでも闇の魔術を止められなかった。トンクス達が杖を振るう中、ドロホフの杖からルーンが空へと放たれる。そのルーンは夜の闇の中で輝きだし、巨大な髑髏と蛇の形に浮かび上がる。

 

 闇の印。闇の帝王の僕が、帝王から授けられたルーンを模した悪霊の火を解き放とうとした。

 

 ハリーはその髑髏の中に、聖石を……翡翠色に輝くサーペンタリウスを、無言ロコモータで投入した。

 

 ハリーが想定していたドロホフの殺し方は、ドロホフがアバダケタブラを使用した瞬間に聖石をぶつけ、過剰魔力による杖の逆噴射を狙うというものだった。

 アバダケタブラに関する知識はハリーにはなかったが、死をもたらすほどの呪いに消費する魔力量も、それを制御するために必要とする集中力も並ではないとハリーは思っていた。だからこそそれが成功すれば、確実にドロホフを葬れていただろう。

 

 しかし、今、ハリーはその計画を捨てた。ハリーの背中にはダフネが、ロンが、ハーマイオニーがいた。ハリーの周囲にはシリウスが、ルーピンが、ハグリッドがいた。ハリーは聖石の力によって、ドロホフの魔力の暴発を狙った。

 

 

 

 

「うおぉぉおおっ!!?????!!な、何だっ!?何が起きたぁっ!?」

 

 そして。

 髑髏の周囲に、蜘蛛の巣状の亀裂が走り、やがてそこから大爆発が起きる。耳をつんざくような轟音と共に、悪霊の火はドロホフに襲いかかる。

 

「あああああああああっ!」

 

 ドロホフが悲鳴をあげる中、ハリーはアクシオで呼び戻したサーペンタリウスを握りしめていた。翡翠色の輝きは失われていない。成功だった。聖石が粉々になる覚悟でハリーはサーペンタリウスを投擲し、その上で賭けに勝利したのだ。

 

「いったい何が起きたの……?」

 

 ダフネが呆然と呟く。爆発は悪霊の火どころか、ハグリッド達の放った魔法すら吹き散らしていた。リーマスですら、何が起こったのか理解できないでいるようだった。

ハリーは落ち着いて言った。

 

「ドロホフの自爆だよ。運が良かったね」

 

「……でも、今何かが炎の中から飛んできたわ。ハリーが何かしたのではなくて?」

 

 ハリーは完全に油断しきっていた。ドロホフを倒せたという確信があったからだ。

 

 しかし、ドロホフはハリーの想像の上を行った。

 

「……ぬぅン!」

 

 ドロホフは悪霊の火を、おそらくは炎凍結呪文をかけた左腕で受け止めた。そのまま左腕が髑髏の中に飲み込まれるとき、ハリーはドロホフが己れの左腕を切り離したのを見た。ディフィンドだった。炎はドロホフの杖にまで飛び散っていたが、ドロホフ本体にはまだ余力があり、ハリー達が撃った呪文も、失神呪文も、変身術で産み出した動物達ですらドロホフを止められない。

 

 そして、ドロホフは何かが弾ける音と共に消え去った。テレポートしたのだ。

 アントニン・ドロホフは、幸運薬の力で正気を失っていた。もしも幸運薬を飲んでいなければ、相棒が死んだ時点でドロホフは逃げていただろう。

 

 しかし、幸運薬の力で正気を失ったことで、ドロホフはこの場にとどまった。仲間意識に囚われ、ハリーたちの殺害に固執した代償としてドロホフは左腕を失ったのである。

 

 悪霊の火の残り火は、術者が消え去っても止まらなかった。大勢の魔法使い達やシリウスが水を放つが効果はほとんど無い。悪霊の火を止めたのは、トンクスだった。彼女はハリーを信じられないという眼で見つめていた。いや、トンクスだけではない。その場にいたシリウスやルーピンも、ハリーのしたことに気が付いてはいた。しかし、悪霊の火を止めることを優先しなければならなかった。そうしなければこの場の全員が死んでしまうのだから。

 

 

「誰かっ!コンジュレーションで大きな板を出してっ!ばかでかい板をっ!」

 

 そのトンクスの指示に呼応して、シリウスは瓦礫を頑丈な大扉へと変化させる。そこからのトンクスの杖さばきは絶品だった。

 

 トンクスは淀み無く杖を回転させ、大扉に向けて無言魔法を使った。大扉が大きく開かれると、トンクスは勢いを増す髑髏の炎を呼び寄せた。

 

「アクシオ インセンディオ(炎よ 集まれ)!!」

 

 触れるもの全てを燃やし、悪意のままに破壊し尽くす炎は大扉の中に吸い込まれていく。ダフネはピンときたようだった。

 

「もしかして、あの中に閉じ込めようというの?闇の魔術を?」

 

「……悪霊の火は炎だ。空間内の酸素が尽きれば鎮火するってことだね」

 

 ハリーもダフネの言葉に頷いた。どうやらその推測は正しかったらしく、悪霊の火を全て吸い込んだ扉は大きく音を立てて閉じる。ドロホフの炎によって昼と見まがうほど明るくなっていた夜空は、嘘のように暗くなっていた。

 

 ハリーはダフネを地上に下ろすと、杖を注意深く構えたままレベリオを使い周囲を見渡した。すると、ハグリッドが大股でこちらに向かって来るのが見えた。

「ハリーっ!お前さん達!大丈夫だったかぁっ!!」

ハグリッドは走りながら泣いていた。ハリーは友を見上げ、頷いた。

 

「ごめんよハグリッド、僕のせいでこんなことに」

「何を言うんだぁっ!お前さんのせいなんかであるもんかぁっ!」

 ハグリッドは巨体を折り曲げてハリーをハリーの後ろにいたダフネごと抱きしめた。ハリーはされるがままだった。ダフネは抵抗するようなそぶりを見せたが、やがてハリーの背中にもたれた。

 

「ご協力、ありがとうございました。負傷者が此だけで済んだのは、あなた方のご協力あってのことです」

 

 ニュートは大声でルーピンに言った。人狼形態のルーピンを見て杖を向けていた一般人達は、済まなさそうに杖を下ろした。

 

 

 その時、ハリー達の耳に耳障りな声が響いた。闇の魔法使い、アントニン・ドロホフの野太い声だった。

 

「いやぁ参った、参った。完敗だぜ」

 

「出てこんか卑怯ものッ!人殺しの穀潰しがっ!てめぇのタマキンを切り刻んで豚の餌にしてやるっ!」

 

 ハグリッドが叫んだ。

「ははぁっ。威勢がいいな。その声はハグリッドってやつか?」

ドロホフの声は笑いを含んでいた。ハリーはアントニン・ドロホフを探した。すでに多くの魔法使い達が杖を構えて四方を警戒していた。しかし、ドロホフの姿はどこにも見当たらない。まだ耳に残る不快な声だけが聞こえるだけだ。

 

 その声は、シトレの死体から響いてきた。トンクスがシトレの死体が誰にも触れられないよう保護していると、シトレが耳にイヤホンを入れていたのを見つけたのだ。ドロホフとシトレは連絡を取り合っていたようで、ドロホフの声はイヤホンから聞こえてきたのだ。

 

「俺を探し回っているな?無駄だぞ、ハリー・ポッター……お前さん、ホグワーツではスリザリンなんだってな。まぁ俺はスリザリンのことはよう知らんが。スネイプに会ったら伝えてくれよ。またお前さんと一緒に、お前が開発した麻薬を売り捌いて、児童臓物を売り捌く日を楽しみにしてるってな!あー、裕福な家のガキを殺すのもいいなあ!アイツはそういう家を襲うのは得意だったしな!!」

 

「なっ……!!」

 

「あいつは帝王のお気に入りだったよ。いい稼ぎ頭だったからな。暗黒時代に戻ったら、また楽しく殺ろうぜ」

 

 怒りの形相のまま、ハグリッドとリーマスはイヤホンを破壊しようとする。しかし、イヤホンには強い防御魔法が施されていたのか、原型を失ってもなおドロホフの声は止まらない。ハリーの心臓はどくどくと脈打った。

 

(スネイプ先生が、そんな、そんなことを……!?)

 

「あとグリーングラスとマルフォイ、クラブの親父にもな!あいつらのアバダケタブラは最高だった!罪のねえマグルを面白半分に殺し回ってよぉ~!!誰がいちばん殺したか競いあったもんさ!楽しかったねえ……!」

「……!?」

 

 ハリーの脳は一瞬理解を拒んだ。

「やめてぇっ!」

 

 ダフネが絶叫する。しかし、ドロホフの毒はこれで終わらなかった。

 

「そうそう、セルウィンとカロー、ゴイル!!クルーシオで老人どもを認知症にしてやるビジネスはうまくいってるか?聞いてきてくれよ!!ゴイルとクラブ、マクネアの間抜けやヤクスリーはインペリオがうまくなったかってな。あいつらは俺がいねえとすぐに殺すから大変だったんだぜ?」

 

 ハリー達だけではなく、その場にいた一般人や一般のホグワーツ生徒の全てが、ドロホフが語った罪を聞いていた。今まで深く意識してこなかった事実が、彼らの脳裏にはありありと浮かび上がる。

 

 

 スリザリン生の親や、スネイプ先生。彼らは皆。

 

 自分達を操ったドロホフやシトレと同じ連中なのだと。

 

 生きていてほしくもないドロホフと同じ殺人者であり、社会不適合な度しがたい犯罪者なのだと。

 

「……だってのにあいつらはよぉ~っ!!」

 

 ドロホフの声には、明らかな怒りがあった。

 

「神の名の下に悪事を重ねながらッ!あっさりと神を棄てやがったッ!絶対に赦さねえっ!!」

 

「……つーか、お前らも思ってんだろ?あいつらが堅気として生きてちゃあいけねえ、娑婆にいちゃいけねえってよ!!」

 

 ハグリッドやリーマスですら、その言葉を否定できなかった。

 

「てめえらやあいつらが積み上げたせせこましい人並みの幸せってやつを……全てぶち壊してッ!暗黒時代を取り戻してやるッ!……それまでは死ぬなよ、ハリー・ポッター。闇の帝王以外に殺されることは許さんぞ」

 

「人殺しが何をほざいてやがる!出てこい!!お前に人権はないっ!自由などおこがましい!お前が行くべき場所はアズカバンだ!!」

 

 シリウスをはじめとしたありとあらゆる人たちの罵詈雑言をドロホフは聞き流した。

 

 その時、ハリーは叫んだ。もう沢山だった。

 

 

 

「いい加減にしろよ!」

 

「お前が……お前ら闇の魔法使いが暴れる度に、僕らスリザリン生はずっと白い目で見られるんだぞ。何もしてないのにだ!何もしてない子までだ!関係ないんだよ僕らには、お前らのやったことなんて!」

 

 周囲の大人達は気まずそうにハリーから目をそらした。そんな中でもシリウスは、ハリーを誇らしそうに見ていた。

 

「ふざけるなっ……ふざけるなよ!大人の癖にはずかしくないのかよ!」

「……恥ずかしいぜ、実際よ。この年で無職ってのはきつい」

 

 ハリーの声にだけ、ドロホフは答えた。

 

「ま、それでも俺には……暗黒時代が眩しすぎてよぉっ!ガキどもには悪いが、俺たち大人の犠牲になってくれや!ああ、闇の魔法で暴れてえなら俺のところに来いよ!一緒に弱いものを殺して奪って、楽しもうぜ!じゃあなっ!」

 

 ドロホフは言うだけ言うと、イヤホンはすぐに沈黙した。その場には、名状しがたい薄気味悪さだけが残った。シリウスは、ハリーの肩を抱いた。

 

「あいつは大人じゃあない。ガキだ。君たちよりもな」

 

 シリウスは、ダフネにも聞こえるように言った。

 

 それでも、場の雰囲気は凍えたままだ。ハリーは肌寒さを感じながらも、シリウスから離れ、ダフネに寄り添って言った。

 

「……帰ろう、ホグワーツへ。……大丈夫だよ、ダフネ。大人達が、きっとなんとかしてくれる」

 

 ハリーの中に、ドロホフへの怒りは煮えたぎっている。それでも、今はそんなことよりも優先すべきものがあった。ダフネはハリーの手を取ろうとして、ハリーの後ろを指差した。

 

「……ねぇ、ハリー。あれ、何?」

 

 

「?」

ハリーは後ろを振り返った。すると、ちょうど月明かりに照らされている場所にから、恐ろしい姿が見えた。それは人のようで人ではない幽鬼だった。

 

「……そんな」

「ウソだろ……何で今さら」

 

 ロンが呻いた。

 

 何百というディメンターの群れが、ホグズミードの空を飛び、ハリー達のもとへ駆けつけてきていた。役立たずの守護者達は、ドロホフではなくハリー達に襲いかかろうとしてきたのだ。

 

 ハリーの額が、割れるように傷んだ。その時、ハリーはディメンターの一団から声を聞いた。ハリーは引き寄せられるように足を前に進めた。

 

『こちらへ来い……どこだ……っ!』

 

 ディメンターの声に呼応するように、ハリーはふらふらと足を進めていく。そんなハリーを止めたのは、シリウスとロンだった。

 

「ハリー!だめだっ!!行くなっ!」

「どうしたハリーっ!」

 

 シリウスの腕は震えていて、最早立っているのも辛そうだった。ニンファドーラ·トンクスがディメンターと交渉を試みようとして、断念しているのが見えた。トンクスの杖先から兎のパトロナスが飛び出したのを皮切りに、大勢の魔法使い達からパトロナスが飛び出ていく。それでも、ディメンターの行進は止まらない。彼らはハリーの元に集まろうとしていた。ハリーはシリウスの声で己の意識を取り戻した。

 

(……一体何が……!?)

 

 ハリーは今度ははっきりと言葉が聞こえた。

 

『さあ……来い……ここへ…』

 ハリーはまた一歩足を踏み出した。その時、ハリーの耳に、声が聞こえた。

 

「嫌あっ!助けてっ!助けてえ!」

 

 ダフネの声だった。

 

『こちらに来い、闇の魔法使いよ。力を求める者よ…』

 

 ディメンターの声は、抗いがたいような誘惑を持っていた。ハリーには力が必要なことは、確かだった。ドロホフを確実に葬り去ることができる力が。もしもそれが、ディメンターの中にあるのであれば……

 

「やめてぇっ!!助けてえ!!」

 

「ダフネ、落ち着いて!大丈夫よ!皆が食い止めてくれているわっ!」

 

 シリウスとロンの手をすり抜けて、ハリーは駆け出した。ダフネはハーマイオニーに抱きついて震えていた。

 

「……ハーマイオニー、ダフネ、ロン。皆で、パトロナスを出そう。それで連中を追い払ってみよう」

 

「……出せるかしら?私は有体のものを出したことは一度も……」

 

「わ、私に。私なんかに。パトロナスが出せるわけない……」

 

 ダフネは明らかに動揺していた。そんなダフネに道を示したのは、シリウスだった。

 

「なんか、何てことはない。君たちは、強い。人として、俺やドロホフなんぞとは比べ物にならないほどに立派なんだ。いいか。人は……人の価値は、寮や生まれで決まるものじゃない。君たちならそれを証明できる。君たちなら、ディメンターなんぞに負けやしない」

 

「闇の魔法使いの家に生まれた、この俺が保証する。自分の中の良心に従うんだ」

 

 そう言うと、シリウスはパトロナスを呼び出した。銀色の雄鹿が、シリウスの杖から飛び出る。マリーダが困惑したように目を見開き、ルーピン教授はシリウスを痛ましそうに見ていた。

 

 

「……プロングズ……」

 

 ハリーには預かり知らぬ話だが。

 

 シリウスは無罪となり、ハリーの親になると決めた時からずっと、己を責め続けていた。

 

 ピーターの殺害を優先した時点で、シリウスは一度ハリーを捨てたに等しい。そんな自分が、親友の息子の親代わりを名乗るなどおこがましいとずっと思っていたし、今もその思いはシリウスを苛んでいた。

 

 それでも、たとえ己の中の怒りや、過去への憧憬が捨てられなくても。

 

 あれほど嫌悪した権力を行使し、あの頃とは比べ物にならないほど(シリウスの主観で)薄汚れたとしても。

 

 それでも、自分の存在でハリーや、今を生きる子供達に僅かでも幸せがあるのであれば、自分がジェームズの意志を継ぐと。

 

 

 雄鹿のその光は、夜空に光る星のように途轍もなく眩くハリー達を守るように照らすと、ディメンターの群れに突撃した。大勢のパトロナスの群れが、徐々にディメンターを押し返していく。マリーダもパトロナスを呼び出した。マリーダのパトロナスは雌獅子だった。シリウス·ブラックが獅子のように勇敢な男ならば、自分は獅子になろうとしたのだ。マリーダの顔には困惑があった。

 

「先生、俺はパトロナスなんて使えねえんです……!!」

 

「私も退学になった身だよハグリッド。大丈夫だよ。スクリュートの赤子を取り上げた時のことを思い出すんだ」

 

 幽体のパトロナスしか出せない者も、有体のパトロナスを出せる者も、皆がパトロナスを呼び出していく。ロンがテリアを呼び出し、ハーマイオニーが銀色の霧を呼び出したとき、ハリーはパトロナスの群れに飛び込む銀色の馬を見た。ザビニもどこかから、パトロナスを呼び出して加勢したのだと思った。

 

 バナナージのユニコーン、セドリックのドーベルマン、トンクスの兎、ニュートのニフラー。さらにパーシーのイタチや、誰が呼び出したか分からないアヒルや雌鹿、コアラ、アナグマ、ゴリラやカエル。ホグズミード中のあらゆる魔法族達が一丸となって、パトロナスが闇に立ち向かっていく。

 

 

 ハリーは、ダフネに聖石を渡した。スリザリンを象徴する蛇の色が、ダフネを照らした。

 

「……ダフネ。君は自分にはその資格がないと言ったけど、僕にもないんだ」

 

 ハリーは、パトロナスを呼び出さずそう言った。

 

 その時、ダフネはずるい、と思った。

 

(……何よ、それ)

 

 あれだけ自分のことを助けておいて、あれだけ格好をつけておいて、それは何だと思った。死ぬ直前くらいはいいゆめを見せてくれてもいいじゃないかと思った。ハリーが憎らしかった。

 

 それでも、はじめてハリーが歩み寄ってくれたような気がした。それが、ほんの少し嬉しかった。

 

「そんなわけ無いわ。だって、ハリーは勇敢だったじゃない」

 

 ダフネは震えながら、拗ねるように言った。

 

「……僕は、マグルに苛められていたんだ。だから、本当は強くもなんともないし、人に優しくすることなんてできなかった。君たちがいてくれたから、友達がいてくれたから、それが出来ただけなんだ」

 

 ダフネの口調が、普段のそれと近くなっていたのを見て、ハリーはなぜだか安心した。もう、ハリーが居なくても大丈夫だと思った。ハリーは詠唱した。

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナスよ、来い!)!」

 

 ハリーの杖から、銀色の蛇が呼び出される。蛇は、そっとシリウスに寄り添うと、すぐにディメンターの群れに突撃した。

 

 ダフネは、自分がしたかったことを考えた。絵画も、純血主義も、家族も、自分にとってとても大切で、掛け替えのないものだ。その中のものが血にまみれていて、恐ろしく、そして自分がそれのお陰で今まで生きてきたことも、覆せない事実だった。

 

 それでも、ダフネは生まれてはじめて自分だけの夢を見た。分不相応でも、たとえ誰から憎まれようとも。いつの日かヒーラーとなり、傷ついた誰かを助ける夢を。

 

 ドロホフやシトレのように誰かを傷つけるだけの人生ではなく、自分の足で立つ日を夢見て、ダフネは叫んだ。その魔法は、尊敬するルーピン先生から教わったものだった。

 

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)!」

 

 ダフネの杖から、はじめて有体のパトロナスが飛び出た。それは、銀色に輝くメンフクロウだった。メンフクロウはハリーの周囲を飛び回ると、空回りながらもディメンターの群れに飛び込んだ。

 

 大勢の魔法使い達の光が、凍えるような霧を打ち破ったとき、ダフネはハリーに抱きついた。そして、まずはロンにお礼を言った。心の底からの謝意を込めて。

 ここが、自分にとっての最初の一歩だとダフネは思っていた。まずはここから、自分自身を変えなければヒーラーになどなれないと思ったのだ。

 

「あなたが突き飛ばしてくれなかったら、私は殺されていたかもしれないわ。ありがとう、ミスタ ウィーズリー」

 

「え、いや……いつの話?」

 

 ロンは照れ臭そうに鼻をかいていた。ダフネはハーマイオニーにもお礼を言ったあと、彼女にも言った。

 

「……ミス グレンジャーには、どうやら男子を見る目があるみたいね」

 

 その言葉を皮切りに、ハーマイオニーとロンの夫婦漫才が繰り広げられるのは別の話である。

 

 

***

 

 シトレに操られた群衆の中に、クラブとゴイルもいた。二人は気付くとドラコに介抱されていた。

 

 ゴイルは簡易的な布団の上に寝かされていた。周囲を見渡すと、同じように寝かされた人たちの姿と、そんな人たちを介抱するスネイプ教授や、グリフィンドールの監督生や、ゴイルの知らない大勢の大人の姿が見えた。

 

 

「やっと気付いたのか。遅いんだよ。まったく、この僕の手を煩わすなんてなんて奴らだ」

 

「あれー。何で俺寝てたんだ?」

 

 ゴイルが聞くと、ドラコは嫌みを交えながら説明してくれた。どうやら自分はバカな悪党に操られたあと、ハリーに叩きのめされて倒れたらしい。今は、ハリー達と悪党が戦っているのだという。

 

「助けに行かなくていいのか?」

 

 ゴイルは何となく聞いた。クラブがそんなゴイルをこづいた。

 

「いいわけがねえだろ。立場を弁えろ。ドラコに意見するんじゃねえ」

 

 クラブはゴイルにとっては対等の友人だったが、ドラコとは一線を引かなければならないといつもゴイルに言っていた。ゴイルの父はドラコの父のお陰でアズカバン行きを免れたのだ。まちがっても対等だと思ってはいけないと、ゴイルは言い聞かされて育った。それでもゴイルはクラブより頭が悪く、時々意見することがあった。

 

「……」

 

 ドラコは珍しく何も言わずに沈黙した。ゴイルは、

 

(やっぱり行きたいんじゃないか)

 

 と思ったが、今度は黙った。

 

 それから暫くすると、夜空に闇の印が浮かび上がった。ゴイルは何となくかっこいいなあ、と思ったが、ドラコが青ざめていたので何も言わなかった。しかし、闇の印の端に、闇の魔法使いと戦うハリー達の姿が浮かび上がった。

 

「すげーな……」

 

 今度は黙ることも忘れて呟いた。ゴイルには政治的なかれこれなど分からない。単に両親がそう言うから純血主義なだけだし、ドラコの感じている苦労なんぞゴイルとは無縁の話だと割りきっている。

 

 だからこそ、純粋に凄いと思ったものは称賛し、ダメだと思ったものは嘲笑する。ゴイルの呟きにクラブはゴイルを殴ろうとして、ドラコに制止された。

 

 

「……ここを移動するぞ。ついてこい……」

 

 ドラコの言葉に従って、夜の闇の中を三人は進んだ。ドラコのレベリオによって進む最中、レベリオの効きが悪くなることがあった。

 

 ハリー達の場所に到達したとき、闇の魔法使いは消え去っていた。しかし、闇の魔法使いの言葉だけがその場に残された。ゴイルは何となくいたたまれなくなった。

 

 ゴイルはドラコのレベリオがいよいよ消失し背筋がヒヤリとする思いがしたが、口に出すのも悪いかと思い黙っていると、石につまづいて転んだ。

 

「……何をしているんだ。ほら、立てるか?」

 

「悪い……ありがとよ」

 

 ドラコの差しのべた手を取って立ち上がると、ゴイルは背筋が凍りつくような思いがした。それはクラブもドラコも同じだった。

 

 ディメンターの群れがやって来たのだ。周囲の魔法使い達が何か呪文を唱えるのを見て、ゴイルもその真似をした。

 

「莫迦っ!やめろ!」

 

「おお!君たちも唱えてみるといい!いいかい、幸せなことを思い浮かべるんだ!」

 

 ドラコの制止も空しく、周囲の大人は一緒に魔法を唱えるようにドラコ達を促した。

 

 ゴイルはハニーデュークスのお菓子の味を思い浮かべて、エクスペクト パトローナムと唱えた。何も出ない。しかし、十回目でようやく白い煙が出ると、煙は動物達の群れに加わっていった。

 

 

 隣を見ると、クラブは明らかに手を抜いてやるふりをしていた。集団の中には、セオドール·ノットもいたが、ノットもやるふりをしているだけだった。しかし、ドラコは銀色の霧を動物達のもとに送り続けていた。

 

(いいじゃん、それでよぉ)

 

 ゴイルは何となくそう思った。ここには、親はいないのだから。ドラコに睨まれると、再びパトロナスを呼び出そうとした。今度はどういうわけかうまく行き、ゴイルの杖からは先程より多くの煙銀色のが吹き上がり、動物達の群れに加わった。

 

 ディメンター達は大勢の動物達に押されて撤退していった。ゴイルは大喜びでディメンターを煽り散らしたとき、ドラコがじっと何かを見ているのに気づいた。クラブは不機嫌そうだった。

 

「どうしたんだ?」 

 

 ドラコが指差した先に、銀色のフクロウを従えたダフネ·グリーングラスがいた。ダフネはハリーに抱きついていた。

 

 その時、ゴイルは誰かに突き飛ばされた。痛みに呻きながら背中に視線を向けると、痩せっぽちのセオドール·ノットが、耐えられないというようにその場から走り去っていく姿が見えた。

 

(何だぁあいつ。トイレ行くならしかたねえけどさ。ぶつかったら謝れよなぁ)

 

 ゴイルはドラコが頭を抱えている裏で、そんなことを考えていた。

 

 

 

 




原作通りのシリウスだったらシリウスはここでうっかり死んでもおかしくありませんでした。だって、自己評価低すぎて生きる気ないもの。

シリウスの戦闘スタイルは変身呪文を多用しフィジカルで敵を翻弄しながら変則的な杖使いで意表を突くというものですが、仲間がいる場合は、大袈裟に敵の前に姿を出して注意を惹き付け、仲間の盾になる男です。ジェームズという無二の相棒なしに生き残れるわけありません。

この二次創作でも自己評価はいまだに最低なので、自分が死んだら箒を操縦しているマリーダも死ぬ、という枷をつけてはじめてシリウスは自重するようになりました。
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