蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ファルカスのタロット占い
ダンブルドア→審判


審判

 

***

 

 無事ディメンターを撃退したハリー達ではあったが、その後処理はとても大変だった。

 

 

 

 トンクスが応援に呼んだという闇祓い達は、ハリー達から事情聴取をした。ハリーは己の記憶をドーリッシュという闇祓いによって模写され、闇祓いに差し出した。 

 ドーリッシュは次に、支配の呪文で操られ、他人にインペリオを使用していた人たちを逮捕した。

 

「そんな!その人たちは操られていただけです!!」

 と、ハーマイオニーは抗議の声をあげようとしてシリウスに制止された。

 

「ドロホフ達と無関係であることが証明されれば、せいぜいが禁固二ヶ月で済む。……たまに居るんだ、わざと仲間のインペリオにかかってから他人にインペリオをかける悪党がな」

 

 ハリー達は絶句した。支配の呪文を人にたいして使用することは終身刑に値する。

 

 しかし、闇の魔法使いや闇の魔法生物に対する正当防衛であれば、例外的に闇の魔法の使用が認められる。この前時代に制定された法律を逆手に取り、インペリオをかける人間が多発したのだという。

 

「心配するな。魔法省も無辜の市民を牢屋に入れるほどバカではない。今回はきちんとした調査が行われるさ」

 

 シリウスは含みを持たせてそう言ったものの、ハリーの胸には不安が残った。シリウスを冤罪で牢屋にぶちこんだ実績があるだけに、市民受けがいいからとパフォーマンスのために重い刑罰を下すのではないだろうかとハリーは思った。

 

 場の安全が確保できた段階で、聖マンゴからのヒーラーチームが現着した。その場を動かせない重傷の患者達をヒーラーが治療していく様を、ダフネは尊敬の眼差しで見つめていた。

 

「私は魔法省でのキャリアは長いが、これだけは言える。アズカバンの看守の多くが暴走したのは、決して私のせいじゃない。ドロホフが何らかの手段を用いて、彼らを暴走させたんだ」

 

 ヒーラー達や闇祓いが動き回る中で到着した魔法省大臣、コーネリウス·ファッジが自棄になったようにそう言っているのをハリーは耳にした。

 

 

 ロンやハーマイオニー達がハグリッドの引率でホグワーツに帰還する中、ハリーは自分の行動の結果として傷ついた人たちに、シリウスとマリーダと共に謝罪した。

 

「明らかにやり過ぎました、本当に申し訳ありませんでした。あの、お怪我は……」

 

 ハリーはニーズルに変身した魔法使いに対して丁寧に頭を下げた。彼は魔法省の役人で、ブロデリック·ボードと言うらしい。土気色の顔をした壮年の男性だった。

 

「いや、とんでもない。痛みももうありませんよ。しかし、まさか貴方が……」

 

 ブロデリックは何かを言いかけて、はっと言い直した。

 

「あのハリー·ポッターだったとは。私は本当に運が良かった。貴方が止めてくれなければ、今頃私は殺人者になっていたのですから。いくら感謝してもしきれませんよ。本当にありがとう」

 

 ブロデリックはそう言って聖マンゴに運ばれていったが、ハリーの顔は晴れなかった。ブロデリックはキラービーの毒を受けて入院せざるをえなくなった。ハリーがやり過ぎたためだ。

 ハリーが吹き飛ばした破片で骨折した女子生徒や、顔に怪我をした男子生徒は明らかに不服そうだったが何も言わなかった。

 

「……皆、僕のことを怖がっている?ドロホフみたいなやつだって思われてるかな」

 

 ハリーは自分がダドリーになってしまったような気分だった。控えめに言っても最悪の気分でシリウスに問いかけた。

「いいや、誤解しているだけさ」

 

 

 と、シリウスはスマートに言った。

 

 ハリーは、過剰防衛によって何が起きるかをまざまざと見せつけられていた。謝罪した人たちの中には裁判でハリーのことを訴えると言う男性もいたが、シリウスが毅然とした対応を取ると嘘のようにおとなしくなった。

 

「ハリー、そう気を落とすな」

 

 マリーダはハリーの肩を優しく叩いた。

 

「皆気が立っているだけだ。インペリオにシトレの炎。その上、ドロホフの闇の印とディメンター。動揺してしまうのも無理はない」

 

「でも、僕はやり過ぎた。……せめて、ドロホフを倒せていれば良かったのに」

 

 ハリーは最後にマダム·ロスメルタへの謝罪を終えたあと、シリウスとマリーダと一緒に公園のベンチに腰掛けていた。既に時計は夜の10時を過ぎていた。マダムもハリーによって酷い怪我を負った一人で、全身に火傷を受け、全治一週間で入院は免れないとのことだった。

 

「シリウス。……僕は結局、何が出来たのかな。……あそこで、せめてドロホフを捕まえることが出来ていれば……」

 

 ハリーは自問していた。皆の力を合わせて生き残ることは出来た。だが、これだけの被害が出たのにドロホフは仕留めきれなかった。

 

「ハリーが生き残っただけで充分だ。それ以外のことは、俺たち大人の領分だ。マダムも命に別状はない。また今度見舞いに行けばいい。なぁ、ハリー」

 

 そして、シリウスはハリーにこう言い聞かせた。それは、シリウス自身にも言い聞かせているようだった。

 

「ドロホフの言葉は、俺たちを惑わすための毒だ。やつの言葉に何一つ真実はない。分かるな、ハリー」

 

 シリウスの真剣な言葉に、ハリーは無言で頷いた。ハリーは、ドラコの父ルシウスや、スネイプ教授が、スリザリンの友人や先輩達の親族がやってきたことを友人たちとは切り離して考えるようにしてきた。それは今後も変わらない。それだけのことだった。

 

「……疲れただろう、ハリー。ホグワーツに行こう」

 

「うん、そうだね。ホグワーツに帰るよ……」

 

(……待てよ。そういえば、ホグワーツにはアレがあった……)

 

 ハリーはそれだけでもう充分だと思っだ。マリーダとシリウスはハリーがホグワーツに帰ることで調子を取り戻したと思い、微笑みあった。

 

***

 

 ホグワーツに戻った時、時計の針は十一時を過ぎていた。スネイプ教授が氷のような表情でハリーを迎え入れる間、シリウスとスネイプ教授の間にはいつになく壁があったように見えた。ハリーはドロホフの言葉を連想してしまった。

 

(麻薬作成に……児童の臓器売買。拷問に、殺人……)

 

 ハリーは、すぐにそれを忘れることにした。スネイプ教授は一年生の時、ハリーの命を救ってくれた恩人だった。たとえどれだけ嫌われていようと、スネイプ教授は生徒を手にかける筈がない。それは今でも変わりない筈だった。

 

 シリウスやマリーダに背を向けると、早速スネイプ教授は普段の調子を取り戻した。

 

「まったく、君は自分を特別と考えているようだ。こんな時間まで夜遊びでもしていたのかね。スリザリン五点減点」

「違います、先生」

 

 ハリーは咄嗟にそう言った。

「僕はディメンターと戦ってきたんです!」

 

 しかし、その言葉はスネイプ教授の眉を吊り上げただけだった。

 

 

 ハリーは不思議なことに、普段通りのホグワーツに戻ってきたような気がした。ホグズミードにいたとき、知らない大人達がハリーに取ったたいそうな態度より、こちらの方が相応しいような気がした。

 

 スネイプは黒いローブを翻して廊下を歩いていってしまったが、マリーダとシリウスはその後ろ姿ににやりと笑いかけていた。そしてスネイプ教授の後ろをついていったハリーは医務室に入った。

 

 ハリーはそこでやっと遅めの夕食を食べることができた。スネイプ教授は、ハリーにここで眠るように言うとさっさと医務室から出ていってしまった。

 

 医務室には、ハリーと、グリフィンドールの男子生徒、シェーマス·フィネガンがベッドで寝息を立てていた。シェーマスの隣には、右手に包帯を巻いたトレローニ教授がいた。シェーマスはすやすやと寝息を立てており、トレローニ教授は右手の包帯から淡い光を放っていた。どうやら右手の治療中のようだった。

 

 ハリーはトレローニ教授に会釈をしたが、トレローニ教授はこっくりと首を傾けた。

 

(……ホグズミードの騒ぎでお疲れなのかな)

 

 本来ならば皆とっくに眠っている筈の時間だった。ホグズミードの騒ぎに駆り出されたトレローニ先生を起こさないよう、ハリーはそっと立ち上がり、シャワー室に行こうとした。

 

 

 その時、ハリーは何か強烈な威圧感を感じて振り返った。闇の魔術の悪意や、ダンブルドアの包み込むような暖かさとも違う。もっと無機質で、しかし、計り知れない何かを感じて視線を向けた先には、トレローニ教授がいた。彼女は目を見開いてハリーを見ていた。ハリーは無意識に、トレローニ教授に杖を向けていた。

 

(いったい……!?)

 

『闇の帝王は』

 

 その時ハリーは、確かにトレローニ教授から声を聞いた。トレローニ教授がいつも生徒たちに語りかける時の神秘的な声ではない。普通の人間が話すような普段通りの調子でもない。淡々としているのに、まるでこの世のものではない何かがトレローニ教授を操っているかのような声だった。

 

(……操られてる……?いや、でも……)

 ハリーにはトレローニ教授が誰かに支配されているようには見えなかった。そう思い込むことは危険だと分かっているのに、ハリーはトレローニ教授の言葉に耳を傾けてしまっていた。

 

 或いはそれこそが、本物の預言者の才能だったのかもしれない。トレローニ教授は、ハリーに預言を下した。

 

『……召使いの手を借りて、再び立ち上がるだろう』

 

 そして、トレローニ教授は目覚めた。キョロキョロと周囲を見回したあと、はじめてハリーに会ったような顔をした。

 

「あら……?わたくし……いえ。眠っていたわけではありませんわ。真眼によって未来を見渡すため、しばし空想の世界に入っておりましたの」

 

「分かります、先生」

 

 ハリーの心臓は脈打っていた。そのあと、トレローニ教授が珍しくハリーを気遣って励ましの言葉をかけてくれた時も注意深くトレローニ教授を観察し、そしてトレローニ教授が普段通りであることを確認した。

 

(預言なんて……馬鹿馬鹿しいものだ)

 

 ハリーは、トレローニ教授が去ったあとそう自分に言い聞かせた。

 

(……それでも、やれることはやれる内にやらないと)

 

 ハリーが医務室のシャワーを浴びたときには、時計の針は十二時を回っていた。しかし、ハリーが眠りにつくことはなかった。ハリーはそっと医務室を抜け出すと、スリザリンの寮めがけて廊下を歩き出した。

 

***

 

 廊下を歩くハリーのローブには、ダフネから返してもらった聖石が忍ばせてある。しかし、スニーコスコープはない。ハリーは、自分の計画を吟味して必要なものだけを持っていくことにした。

 

 ハリーの頭は驚くほど冷たく、自分でも驚くほどハリーは落ち着いていた。しかし、スリザリン寮に向かう途中で、ハリーの翡翠色の目に信じられないものが映った。ハリーの視線の先には、ホグワーツ校長にして今世紀最大の善の魔法使い、アルバス·ダンブルドアが立っていた。

 

「こんばんは、ハリー」

 

 ダンブルドアが言った。

「セブルスから、君は医務室に入ったと報告を受けた。廊下にいては体を壊してしまうだろう。医務室に戻りなさい」

 

 ハリーは、思いきって預言の内容を打ち明けてしまおうかと思った。ハリーはダンブルドアのことが嫌いではあるが、ダンブルドアは、少なくともヴォルデモート卿やドロホフとは敵対しているのだから。

 

「すみません、先生。ですが、僕はどこも悪くはありませんでした。ですから医務室でなくても大丈夫です。それよりも、ペットのことが心配で」

 

 しかし、そのまますぐにトレローニ教授の預言を報告するのは癪だった。ハリーの言葉に、ダンブルドア先生は見透かすように綺麗な青い瞳を向けた。

 

 翡翠色の瞳と澄んだ青い瞳が向き合う。ダンブルドアは、ハリーを見下ろしながら言った。

 

「君のペットについては心配はないだろう。ミスタ アズラエルをはじめとした君の友人たちは、君のペットをないがしろにするような薄情ものではないだろう?」

 

 ダンブルドアに言われるまでもなく、そんなことは分かりきっていた。ハリーは頷きながら言った。

 

「仰る通りです。ですが、僕は寮の部屋に戻りたいと思いまして。眠れないんです」

 

「何故かね?」

「トレローニ教授が、預言を下されたんです。ヴォルデモート卿が、召使いの……多分ドロホフの手を借りて復活するって!!」

 

 

 ダンブルドアが何か口を挟む前に、ハリーは急いで言った。ダンブルドアはじっとハリーの目を見つめた。まるで心の中を透かし見るような視線だった。ダンブルドアの半月メガネの奥で、明るいブルーの瞳が煌めいた。ハリーはまるで自分が丸裸にされたような気持ちがした。

 

 ハリーはかつては閉心術の訓練をして、その初歩を習得もした。しかし、感情に任せての行動を繰り返してきたハリーが心の内を閉ざすことは難しくなっていた。

 

「なるほど」

 

 ダンブルドアは静かに言った。しかし、預言を信じると言ったわけではなかった。

 

「……先生、預言を信じるなんて馬鹿馬鹿しいと思われているでしょう。でも、僕は……色んなことがありました。それで……認めたくはありませんが、不安なんです。ですから部屋に戻らせて下さい。僕は、あそこでないと落ち着いて眠れないんです」

 

 

 ハリーはなるべく可哀想な少年を演じて言った。ヴォルデモートに怯えていると思われるのは屈辱だったが、手段を選んではいられなかった。ダンブルドアはしばらくハリーを見つめていた。ハリーは、ダンブルドアがいつもの魅力的な笑顔を取り戻し、「よかろう」と言うだろうと予想した。しかし、そうではなかった。

 

「今の君を、寮の部屋に戻すことは出来ない。君が必要としているのは、暖かいベッドではなく、保管されているタイムターナーだろう」

 

 ハリーはポーカーフェイスを装いながら、心臓が飛び出るほど驚いた。ダンブルドアは、ハリーの目を見ただけで全てが分かったのだろうか?

 

「もちろん、君にはその資格はない。時を歪めることは誰にも許されない」

 

ダンブルドアは言葉を続けた。その口調には不思議な説得力があった。ハリーは黙って聞いていた。

 

(……どうやって……どうやってこの人を説得すればいいんだ……) 

 

「タイムターナーによって過去に戻り、ドロホフを殺害する。それが、君の考えだね」

 

「いいえ、先生。確かに僕はタイムターナーを使おうとは思いました。でも、ドロホフを捕まえるためです」

 

 半分は嘘だった。ドロホフという危険極まりない男を殺害することに、良心の呵責を感じる筈がないとハリーは思っていた。

 

 ハリーがタイムターナーの使用を考えたのは、悪意からではなかった。そして、トレローニの預言だけが原因でもなかった。ドロホフを野放しにすることで失われる命が、奪われる家族、虐げられる弱者が確実に増えると確信できたからだった。それがたとえマグルであったとしても、そんなことが起きると分かっていて見過ごせる筈もなかった。どうしようもない訳ではなく、どうにかできる可能性があるのだから。

 

「そうだとしても、時を歪めることは許されない。スネイプ教授は君にそう言った筈だ」

 

 ダンブルドアは穏やかな口調だった。しかし、ハリーはもう後には退けないと感じた。

 

「先生、ドロホフとシトレのやったことを先生はご覧になられましたか?あいつらは、人を人とも思っていません。僕は、それを止めたいんです」

「君がしようとしていることは、非常に愚かで恐ろしいことだ」

 

(……人が死ぬかもしれないのを止めることが、愚か?)

ハリーは沸き上がる怒りを抑えて黙っていた。意味が分かりません、と、ハリーは言った。ダンブルドアはハリーを真っ直ぐ見つめていた。そして口を開いた。

「君は一度失敗している。その教訓が活かされていないとは残念だ」

 

 ダンブルドアは、ハリーがアストリアのためにタイムターナーを不正使用したことを知っていた。あの時、ハリーは未来を変えようとして失敗した。

 

 タイムターナーを使って変えられるのは、本人が取りうる範囲の行動だけだ。ハリーが、同じ時刻でどんな科目を受けるかは、ハリー自身の選択だけで変えられる。しかし、幸運薬を服用し、大勢の魔法使いから逃げ切ったドロホフに、ハリー一人分の戦力が増えたところで変わるだろうか。むしろ、その世界線で不確定要素が生じて、ハリーが死ぬ可能性の方が高い。ダンブルドアは暗にそうハリーに言っていた。

 

 

「僕は、それでも……あの時、ドロホフを捕まえたかったんです。それが出来ていれば、この先犠牲が出る可能性はぐっと減ります。僕はもう、誰にも死んでほしくないんです。愚かで何がいけないんですか?賢いことで、誰かが救われるんですか?」

 

 ハリーは反論を重ねた。ドロホフがいかに卑劣で、残酷な存在かを話してダンブルドアの情に訴えかける策を取った。

それは人を唆す蛇のような説得だった。情に厚く、正義感があり、そして往々にして規則を破る傾向にあるグリフィンドールの生徒、ロンやハーマイオニーであればハリーの言葉に心を動かされていたかもしれなかった。

 

 しかし、ダンブルドアは穏やかに言った。ダンブルドアは、本人が思っているよりも遥かに情に厚く、正義感があったが、本人が思っているよりも遥かに自制心と理性に優れていた。

 

「君は、ドロホフとシトレから何かを学ばなかったかね?」

 

ダンブルドアがハリーに考えさせるように言った。教師が教え子に指導するとき、かける言葉だった。

 

「ドロホフとシトレ……?あいつらから学ぶことなんて何もありません」

ハリーはそう言ったが、ダンブルドアは見透かしたように言った。

 

「彼らは己の都合だけで、己の大切なものを守り、法律と規則を軽視し冒涜する。他者の存在を忘れ、社会の一部であるということを忘れた存在だからそんな真似ができる。君がタイムターナーを使ったとき、誰が責任を取るのか考えたことはあるかね?」

 

 ハリーは言い返した。

 

「そのときは僕を退学にでもすればいい。そうでしょう?」

 

「それでシリウスが喜ぶと本気で思っているのかね?」

 

「……えっ……」

 

 ハリーははじめて、明確にダンブルドアから叱られた。それは、ダンブルドアの行う躾だった。

 

「君は、君自身の行動で誰かが悲しむことを自覚しなければならない。ハリー、君は、他人から愛されているのだ。あのシトレがかつてはそうだったように」

 

「……で、でも、僕は……」

 

 ハリーは、ダンブルドアの思ってもみない言葉に動揺した。完全に想定外だったのだ。

 

「シトレはかつてはハッフルパフの優等生だった。上級生、同級生、下級生達と時に喧嘩し、時には愛を育んでこのホグワーツで学んだ。その時、シトレは他人を愛することを知っていた。他人を愛するということは、そのために何でもやるということ

だけではないことを」

 

 

 ダンブルドアは、はじめて明確な哀れみを見せた。ハリーにはダンブルドアがシトレに対して見せた怒りはともかく、憐憫に共感することは出来なかった。

 

「他人を愛する人間は、ハリー。愛するものが自分のために傷つくことをある程度は許容しなければならない。しかし、己の行動で、愛するものが本当に傷つかぬように、己を律しなければならない」

 

「自律……」

 

 ハリーはシリウスの言葉を思い返した。シトレとドロホフは、シリウスの言葉に従うならば、『ガキ』だった。

 

「それはつまり、シトレの行動で傷付いた人間がいたということですか。シトレを愛していた人間がいたということですか」

 

「そうだ。そして、その人たちは……シトレが罪を犯した時、魂が引き裂かれるような痛みを感じた」

 

 ダンブルドアは、じっとハリーを見た。

 

「君が今までに得たものを思い返してみなさい。彼らは、君が他人を殺すことを喜ぶような人たちかね?」  

 

 ホグワーツで出会ったもの、その全てが、ハリーにとってはかけがえのないものだった。そして、皆は断じて殺人をよしとはしなかった。

 

 ハリーは俯いた。ダンブルドアの顔をまともに見れなかった。しかし、それでもハリーは顔を上げてダンブルドアの目を見て、言った。

 

「……思いません」

 

 

 ダンブルドアはさらに言葉を続けた。ダンブルドアは、ルーピン先生について言及した。

 

「ルーピン先生は、やむを得ずシトレを手にかけた。しかし、己れがそれを成したことに苦しんでいる。明日。彼はホグワーツを去る」

 

「待ってください、それはおかしいじゃないですか!ルーピン先生は、僕たちを守ってくれたのに!……まさか、人狼だからですか?」

 

 ハリーは思わず、人狼に対する迫害を連想した。しかし、ダンブルドアはルーピン先生個人の意思だと言った。

 

「……殺人という行為を、守るべきもの達にさせるわけにはいかない。それは教師であれば当然の考えだ。ルーピンは、君や、ミスグレンジャーや、ミスタウィーズリーを守るためにやむを得ず手を汚した。しかし、それは断じて君に手を汚させるためではない。己の背負った苦悩を君達に背負わせるわけにはいかなかったからだ」

 

「……ルーピン先生だけではない。スネイプ先生は、己の過去の罪に苛まれている。シリウスは過去に囚われ、自分が幸せになることを許せないでいる。他人を殺した人間は、地獄のような苦しみを背負うことになる。その意味を理解しているのかね?」

 

 ハリーは長い間黙り込んだあと、ダンブルドアにお辞儀をして言った。

 

「……医務室に戻ります。そして、明日ルーピン先生に会いに行きます」

 

 ダンブルドアは、ハリーの説得に成功した。スリザリンらしい利己主義と、身内に対する愛情深さは、遵法精神に繋げることもできるとダンブルドアは信じていた。そして、それを今証明したのである。

 

 

 

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