ニンファドーラ·トンクス→太陽
私が謝らなければならないのはアンブリッジファンの皆様だけではありませんでした。
ハッフルパフファンの皆様に心からお詫び申し上げます。
***
ホグワーツが再開したとき、まずハリーは周囲に自分を持ち上げないように強く言い含めなければならなかった。
「でも、ハリーは闇の魔法使い相手に生き残ったって皆が言ってるよ!凄いことなんだからいいじゃないか」
コリンはハリーがやったことを喧伝しようと躍起になった。ハリーは放課後に必要の部屋に行き、人の居ない場所でコリンによく言い聞かせた。
「あの事件で被害を受けた人が大勢いるんだよ、コリン」
ハリーの言葉に、コリンははっとなった。
「授業に戻れていない人も、授業を受けているけど、トラウマになっている人もいるんだ。分かるね?」
コリンは風呂上がりの猫のようにしょんぼりとしていた。ハリーが活躍したことが嬉しかっただけで、悪意はなかったのだ。そんなコリンを、ハリーはいい後輩だと思った。
ハリーの中で、着実に自分自身に対する傲慢さは形成されていた。本当に自己を抑制し、自分自身の行いを恥じるのであれば、いっそコリンとも距離を置くべきなのだ。生き延びたのはハリー自身の実力者だけではなく、聖石によるところも、友人達の存在あってこそだ。しかし、ハリーはそうしなかった。
かつてジェームズ·ポッターがピーター·ペティグリューを側に置いたように、人は周囲からの称賛に弱い。
ジェームズ·ポッターが年齢を重ねて更正したように、人は周囲のそういった称賛を受け入れて自己肯定感を高めつつ、王が道化を介して己を見つめ直すように己自身をコントロールする術を持たなければならない。しかし、ハリーのなかでは着実に、自分自身の力量に対する過信や、驕りが生まれていた。聖石がなくても、同年代ではトップクラスの実力を得たからこその驕りだった。だからこそ、ハリーはコリンをたしなめても突き放しはしなかった。
そして、コリン以上にハリーの活躍を喜んでいたのがマクギリス·カローだった。マクギリスはハリーの性格を把握していたので、月曜日の朝以降は表だってハリーを称賛することは控えた。しかし、スリザリンでありながら闇の魔法使いを退けたという栄誉を称えて、イザベラ·セルウィンが目撃したハリーの活躍をハリーの居ないところで喧伝した。スリザリンの評判を高めたいが為の暗躍であり、ハリーをスリザリンのイメージアップに使ったのである。
マクギリスにしてみれば、そうしなければならない事情もあった。自分達の父兄の所業をドロホフが明らかにしたことで、ホグワーツの三寮生はスリザリン生を恐れるに違いないと思ったからだった。マクギリスにとってそれは本意ではなかった。カロー家の所業を自分が悪く言われることは耐えられても、そのとばっちりで無関係の後輩たちが迷惑を被るのは耐えられなかった。だからハリーには心のなかで謝罪しつつ、影からハリーのことを持ち上げた。
ハリーはマクギリスの暗躍に気付くことはなかった。ハリーに関する噂は、ホグワーツ生の間で蔓延していたからだ。インペリオで支配されながらハリー、ロン、ハーマイオニーのトリオに敗北した生徒達は、己の不名誉を塗りつぶすためにハリー達のことを称賛するコメントを発していたこともそれを冗長した。
闇の印とディメンターの暴走、そして普段あえて意識していなかったスリザリン父兄の所業の数々は、ホグワーツの生徒達に暗い影を落としていた。それを忘れ去るために、生徒達はハリーという仮初の英雄を求めた。生徒達はスリザリンが産み出した闇の魔法使いに対する恐怖を忘れるためにこう言った。
『でも、スリザリンにはハリーやその友達がいる』
と。
***
ハリー達がよい空気を吸う一方で、割りを食っていた生徒達もいた。それはハッフルパフ生だった。
「『ポッターを大統領に』だって?あいつら、よくそんなことが言えるよな」
「きっと、自分達は安全だと思ってるんだろう。ポッターと居れば安心だってな。……ま、実際にポッターのお陰で事件が解決したなら良かっただろ、ザカリアス」
ザカリアス·スミスとその友人のリヴァイ·リーザスは、にわかに増えたハリーの取り巻き達(ほとんどがスリザリン生だったが、ハッフルパフのスーザン·ボンズなどはベッタリとブレーズ·ザビニにくっついていた)を苦々しく見ていた。
事件解決後、デイリープロフィットは死亡したシオニー·シトレについての記事を面白おかしく書き立てた。シオニーがハッフルパフのOGであることも、大々的に報道されてしまった。世間的に、闇の魔術を乱射したシオニーが言語道断の犯罪者であることは疑いようもなかった。
『ハッフルパフの恥、シオニー·シトレ。なぜ彼女は闇を育んだのか……』
その記事を書いたのは、リタ·スキーターだった。デイリープロフィットは自らの誤報を忘れさせるために、ホグズミードの一件を大々的に特集したのである。
リタ・スキーターの記事は世間の関心を誘った。人々はホグワーツやホグズミードの住民に同情し、(名前は伏せられていたが、当事者であることは大勢の当事者達の口からで広まっていた)ハリー達を称賛した。そして反比例するように、ハッフルパフ生は肩身の狭い思いをしていた。
人間の心理として、綺麗な白紙が汚れていた時ほど汚れは目につく。ハッフルパフ生達のコネクションによって、ハッフルパフ全体への教育体制への批判などのリタが書いた記事は差し止められ、記事の内容はあくまでもシトレ個人の性格と行動を列挙し、犯罪に至るまでの過程を記述していた。
それでもセンセーショナルな見出しによって、多くのホグワーツ生は『あのハッフルパフが問題を起こした』と誤解してしまった。真っ当に生きているすべてのハッフルパフ生にとっては屈辱的なレッテルだった。
「いいもんか。ポッターが原因だろ。闇の魔法使いは、あいつを狙ったそうじゃないか」
(おい……何を言ってやがる……)
と、ザカリアスは吐き捨てた。流石にリヴァイも眉を潜めるが、ザカリアスの不満は止まらなかった。
「ポッターは純血主義者達にもいい顔をしてるんだぞ。親を殺されてるくせに。先生達も皆もそんな奴ばかり褒めて、俺たちには何にもしてくれないんだ。不公平だよ、ホグワーツは」
ザカリアス·スミスは元々あまり周囲から好かれてはいなかった。向上心が高く、努力家で勤勉で、ハッフルパフらしい美徳を備えてはいた。しかし、向上心が転じて他人の揚げ足を取りたがるところがあった。付き合いのいいリヴァイも、内心そういうところにはうんざりしていた。
それでも、他の寮生から煙たがられていたとしても、ハッフルパフ内ではザカリアスは仲間だった。皆が言いたくても言えない本音を時に愚痴として代弁していたのだから。
「……年末の表彰はホグワーツの制度だ。そういうシステムってやつなんだろ。俺たちは、周囲がどうだろうと俺たちの努力を続けるんだよ、ザカリアス」
ザカリアスは明らかに納得していなかった。リヴァイはザカリアスの愚痴を聞きながら、似たような不満を抱えているハッフルパフの仲間は多いだろうな、と思った。
(……何せ、ポッターは目立つからな。今年も表彰されるかもしれねえ。……贔屓されてると思う奴が出るのは当たり前だろう)
リヴァイはポッターに同情したが、そんなものだと割り切った。リヴァイにとってポッターは面識のない他人で、ザカリアスは仲間なのだから。遠くの英雄より、近くの友人なのだ。
***
ホグワーツが再開したとき、DADAの代役も魔法省から派遣された。赴任したその魔女の姿を見て、大勢のホグワーツ生は歓声をもって彼女を迎え入れた。彼女はちょっとしたヒーローであり、特にホグズミードの一件にかかわった生徒にとっては命の恩人だったからだ。
その紫色の髪の魔女、ニンファドーラ·トンクス先生は実践派の教師だった。人に教えることには慣れていない、と前置きした上で、彼女はハリー達の前でまずは正しい発音と杖の振り方で呪文を使って見せた。そして実演の後、ハリー達生徒に理論を教えた。
「最初に黒板に文字を書いたって眠くなるでしょ。ほら、杖ふった分だけ頭は冴えたよね?制限時間内に内容を記入!わからないことは聞いてね。そんで余った時間で実践。戸惑うかもしれないけどこれが一番時間を無駄にしない。こういうスタイルで行くよ」
トンクス先生の手法は概ね好評だった。彼女はルーピン先生ほど教えるのは上手くなかったが、生徒達は高度な魔法を実演して見せてくれるトンクス先生を一流の魔女として認めた。
OWLやNEWTの試験を控えた五年生や七年生の学生にとっては、比較的近い時代に試験を受けたトンクス先生の記憶は頼りになるようだった。そしてハリー達にとっては、親しみやすく面白い先生だった。
「ニンファドーラ先生~。私ぃ、くすぐりの呪文が上手くできなくてぇ。教えていただけませんかぁ?」
トンクス先生の名前をあえてパンジーが呼び、スリザリンの女子達はクスクスと笑った。ニンフをもじったトンクス先生の名前は魔法界基準でもおかしな部類に入った。
「ハイハイ。くすぐりのヘックスは『ティティーランド』ね。そんでこうやる。ティティーランド(手よ)!」
「キャハヒ……キャハハハヒッ!」
「こんな風に、杖先の動きを手の動きに連動させる!ビシビシ行くよー!覚悟っ!」
パンジーが紫色の手に翻弄されくすぐられる様子は教室を笑いに包んだ。トンクス先生はパンジーにやり返されることでパンジーの魔法を褒め称え、スリザリンに五点を加点したところで授業の終わりを告げる鐘の音が鳴った。
「バイバーイ」
「じゃあね、みんな。次の授業でまたね」
トンクス先生は颯爽と教室を出て行く。生徒たちは教室を出た先生を見送った後教室を出た。
「闇祓いの先生は流石にプロって感じだな。教えるのははじめてって話だったのに全然緊張してねーわ」
ザビニはトンクス先生をそう評価した。ファルカスは、闇祓いのすごさを力説した。
「そうだろ?闇祓いは本物のエリートなんだ。ハリーはあの人の戦っているところを見たんだよね。僕も行けば良かったなぁ」
「うん、トンクス先生がドロホフの悪霊の火を止めた」
ハリーは自分の行いを隠して言った。ダフネには口裏を合わせるように言ってあった。聖石のことは隠したかった。一人の死人も出ずに終わったのは間違いなくトンクス先生の功績だったからだ。しかし、それでもハリーは少し後ろめたい思いがした。
にわかに増えたファン達に自分の行いを称賛される度に、まるで自分が、トンクス先生の手柄を横取りしたかのような気持ちになったのだ。トンクス先生の登場によって、そういうファン達はトンクス先生に目移りしていったのが救いだった。
「ファルカス、放課後にトンクス先生のところに行ってみない?」
「うん、いいよ。闇祓いとしての心構えとか教えてもらいたいしね」
「また何か教わる気かよ?お前らも熱心だな、オイ」
「闇祓いと会話できる機会なんて滅多にないんだからいいだろ、ザビニ」
ザビニは茶化すようなことを言って、ファルカスと野次りあった。ハリーは内心で、トンクス先生に教わることが出来るかどうか不安だった。普通に考えて、今のハリーが習う必要のない事柄だったからだ。
***
時を少し遡る。
ニンファドーラ·トンクスは、闇祓い長官の執務室で辞表を提出していた。しかし、辞表は長官であるルーファス·スクリンジャーの手で燃やされ、即座に灰となった。
「あれだけの被害を出しながら、被疑者死亡と主犯の取り逃がし。確かに、遺憾な結果に終わった。君の失態だと言う声も省内には存在する」
スクリンジャーは皺の増えた顔に疲労の色を滲ませながらも、決然たる声で言った。
「しかし、まだ捕まえるべき闇の魔法使いは世にのさばっている。君が闇祓いの職を辞すということは、闇祓いとしての責務を放棄するということだ。君がいない分だけ、市民の盾が一人減るということだ。そんなことは断じて許さん」
トンクスは内心で舌を巻いた。スクリンジャーはそんなことは露しらず言葉を続ける。
「批判は全て長官である私が受ける。職務を続けたまえ」
「ですが長官、私は……」
トンクスは己に闇祓いとしての資格はないと自覚していた。
闇祓いは、闇の魔法使いに対する専門的な訓練を受け、試験に合格してはじめてなれるエリートである。魔法省の法執行部のなかでも最も重要な地位にいると言ってよく、機密を外部に漏らすことは許されない。
それでも、トンクスはアルバス·ダンブルドアという外部の人間にドロホフとシトレ生存の可能性を漏らした。そして、日曜日には己の休日を返上してホグズミードの警戒にあたった。全ては市民に無用の被害を出さないための、ニンファドーラ·トンクスの正義に従った行為だった。
それが、闇祓いとしては落第であることは疑いようもなかった。闇祓いは魔法界の警察であり、軍人でもあるのだ。個人的な感情で上の意向を無視して動くなど許される筈もなく、懲戒免職を受ける覚悟だった。それでも闇祓いに在籍していたのは、闇祓いでなければ得られない情報……人脈があったからだ。自身が組織人として失格であることは疑いようもなかった。
トンクスが己の行動を明かそうとしたとき、スクリンジャーは手でトンクスを制した。そして、彼はこう続けた。
「……君にはやってもらわなれけばならん任務がある。ホグワーツに、今学期の終わりまでDADAの教師として赴任してもらう。君にしか出来ない任務だ」
(……!)
トンクスは、スクリンジャーの目に強い光を見た。そして、それは確かにトンクスにしか出来ない仕事でもあった。
「トンクスがこの先闇祓いとして使い物になるかどうかは、ホグワーツから戻ってから判断しても遅くはあるまい。あそこには、過去が詰まっているのだから」
老いた獅子と鍛え上げた歴戦のつわものはその後執務室から姿を消した。闇祓いとして悪党を捕まえるために。
***
「久しぶりのホグワーツへようこそ、トンクス先生。急な話で驚いたとは思うが、暫くの間生徒達のことを頼みたい」
「お久しぶりです校長先生。それにしても、あたしが教師だなんて。これ以上なく分不相応ですね。監督生にもなれなかったのに」
トンクスの言葉に、ダンブルドアは微笑んだ。トンクスは在学時代、友人のレイブンクロー生、チューリップ·カラスらと共にホグワーツではよく学んだが、それ以上に遊び、騒ぎを起こす問題児だった。今もトンクスの起こした騒ぎを覚えている後輩が在学している。1ヶ月弱しかない任期も相まって、生徒達から舐められることは確実だとトンクスは理解していた。トンクスは元が悪童だった分、生徒達の心理をよく理解できていた。
「少なくとも、君は教育者として非常に優れていると私は見ているよ。就任を断る理由などあるまいて」
「まぁお上手ですね、ダンブルドア校長先生。……こちらはスクリンジャーからです。お受け取りください」
ダンブルドアの微笑みには有無を言わせぬものがあった。トンクスは仕方なしに頷いた。そして、スクリンジャーの手紙を差し出した。手紙には防護魔法が施されており、トンクスも中の内容は把握していない。ダンブルドア以外の人間が封を開ければ、手紙は読まれることなく消滅するだろう。
「……うむ、読んでも構わないかな?」
「どうぞ、校長先生」
この場においては、ダンブルドアが自分の上司だとトンクスは認識していた。
スクリンジャーからの手紙を受け取ったダンブルドアはしばし瞑目した。トンクスは、ダンブルドアの反応をなにも言わず待った。
(……スクリンジャーは何を書いた……?)
この手紙をダンブルドアに渡すために自分をホグワーツに派遣したのだろうか。それとも、よほどその内容には無理があったのだろうか。とにかく、長い沈黙の間、トンクスはフォークスが自分の肩に止まるのを許容して待った。
ダンブルドアは暫し瞑目し考えたが、やがて目を開けて机の引き出しから羊皮紙と羽根ペンを取り出し、短い返事を認めた。そしてそれを不死鳥に預けたのだった。
(そう言えば、いったいいつからダンブルドアは不死鳥を手に入れたんだろう)
トンクスの在学時代には、ダンブルドアのもとに不死鳥は居なかった。不死鳥は非常に美しく高貴で、滅多に人前に姿を見せない伝説上の魔法生物だった。
とにかく、トンクスはダンブルドアへの挨拶を終えると、馴染み深い教師達に挨拶回りをした。マグル学や魔法生物飼育学の教師は以前とは変わっていたが、トンクスは教師達にとっても印象的だったようで、(特にスネイプ教授やマクゴナガル教授から)皮肉でもって歓迎された。
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トンクスは着任してからすぐに引き継ぎの資料を確認した。教員は一年間の授業の進捗を都度記入し、カリキュラム通りに授業を進め、進捗の遅れがあれば上司、この場合副校長のマクゴナガルに報告する義務がある。前任者のルーピンは真面目な性格だったらしく、学年ごとに詳細な進捗状況を記入していた。進み具合の遅い学年もあったものの、五年生と七年生はすべての内容を教え終えて、試験の対策問題も与え終わっている。
(……うわっ……凄い。もうほとんど終わってる。これならあたしが教えることはほぼないね)
トンクスは肩を並べてシトレやドロホフと戦った人狼の姿を思い出し、リーマス·ルーピンという教師、ひいては
魔法使いの底知れない実力に舌を巻いた。
(あたしも習いたかったなぁ、この人に)
トンクスはルーピンともう一度話して、改めてホグズミードの一件について礼を言いたかった。ハグリッドやスキャマンダー先生には会えたものの、ルーピンは既にホグワーツを去っていた。それが、無性に寂しく思えた。
トンクスはさらに引き継ぎ資料を読み進めた。ルーピンのものだけでなく、キングズリー、そしてギルデロイ·ロックハートの空白期間がある資料があったあと、ドロレス·アンブリッジの残した記述も確認した。アンブリッジは、ウィーズリー兄弟を要注意人物として記載していた。
(まぁ……あの鬼婆の授業を好きになる奴はいないわね)
トンクスは苦笑いし、授業計画を練り直した。感覚派な自分が上手く教えられそうにない理論はそこそこに、出来る仕事だけはやることにした。
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トンクスは本人の予想に反して、ルーピンやキングズリーほどではないがそれなりによい教師という評判になっていた。それはルーピンがこの学年で必要な内容を全て教え終えていたからでトンクス自身の手柄ではないとトンクスは理解していたが、実は彼女が成功した理由はいくつかあった。
まずは、トンクスはよくも悪くも若かった。多くの場合、若さは威厳がなく、未熟な教師というマイナスに作用する。しかし、トンクスの場合は生徒との間に壁を作ることがなく親しみやすいという利点として作用した。トンクスは在学時代から、道化を演じることも殺気を消すことにも慣れきっていたからだ。
次に、彼女は分からない部分の質問を認め、そして拙いながらも感覚的に生徒に指導した。天才肌のトンクスの説明は新米教師の半分程度の分かりやすさでしかなかったものの、実演しながらの説明は生徒達に身体で理解させることが出来るという利点があった。これも、一年間ルーピン先生の指導を受けていた生徒達には好評だった。ルーピン先生のもとである程度魔法の基礎を学べていたからこそ、一年生であっても多くの生徒はトンクスの授業を楽しむことができた。
もちろんトンクスは未熟な教師で、至らない部分もあった。天才肌かつ陽気な性格のトンクスは不真面目な悪童であっても楽しませる術を心得てはいたが、授業のペースについていけていない生徒や引っ込み思案な性格の生徒からは距離を置かれていた。トンクスはそういう生徒に声をかけたものか迷ったが、生徒の自主性に任せることにした。流石にそこまでは手が回らなかったからだ。
***
トンクスは、ルーピンから引き継いだ研究室で一人の男子生徒と話をしていた。背が高く黒髪で、灰色の瞳を持つ端正な顔立ちのハッフルパフ男子。トンクスにとっては後輩にあたる、セドリック·ディゴリーだった。
「……トンクス先生。僕は正直、今でも信じられないんです。シトレ先輩があんなことをしたなんて」
「トンクスでいいよ、セドリック。二人きりだしね。……ああ、あたしも未だに実感がないよ。シオニーがあんなことをしたなんてね」
トンクスは悲しむふりをした。トンクスの中で、シオニーのことは割り切っているつもりだった。
ニンファドーラ·トンクスとシオニー·シトレは、共にハッフルパフ寮に所属する同期で、ハリー達の七年上、つまりセドリックの五年先輩だった。トンクスもシオニーもクィディッチチームに所属しており、当時二年生だったセドリックのことは有望な後輩として可愛がっていた。シオニーは、引っ込み思案なものの努力家で勤勉なセドリックのことを可愛がっていたことをトンクスは思い出した。
(……いいやつ『だった』んだけどね)
それは過去の話だった。闇の魔法使いとして堕ちたシオニーは、トンクスには救えない。もっとも、救う機会があったとしてトンクスにそれができたとは思えなかった。
後輩たちの手前仲良しを演じてはいたが、トンクスとシオニーは仲良くはなかった。トンクスは感覚派で、勝利よりは目先の興奮や感動を重視した。一方でシオニーは、最終的な勝利のためにもっと積極的に勝ちに行くべきだと主張していた。
トンクスはそういったシオニーの主張に対して懐疑的だった。チームメイトも寮生も、寮を勝たせるという気迫はなかった。トンクス自身、自分に出来ることをやれれば勝敗はどうでもよかった。クィディッチでプロになるつもりもなく、学生時代の思い出とするつもりだったのだから。
それはシトレにとっては不義理だったかもしれない。しかし、クィディッチというチームスポーツにおいて、チームの雰囲気を悪くしているのはシトレだったとトンクスは今でも思う。だからこそ、トンクスはしばしばシトレと口論になった。
「昔、シトレ先輩がトンクス先輩と口論になったことを覚えてます。『何でも才能があるのに本気でやらないんだ』って」
「……そんなこと……あったっけな」
不意に、トンクスの胸にこみ上げるものがあった。シトレが人として真っ当なことを言い、ハッフルパフの仲間として生きていたこともあったのだ。折り合うことはなかったが。
「そして、『努力ってのは押し付けられてやるもんじゃねえ』って先輩は言いました」
「あー、あったねー。懐かしい。そんで確かシトレは」
(実際には、社会には押し付けられてやる努力も多かったんだけどね)
「『勝つためにやらない努力に意味はない』って言いました」
「……勝つためか」
(あたしら闇祓いには、勝利なんてないけどね。……いつも被害が出てからだ。どうしようもなくなった後始末ばかりだ)
トンクスは本音は言わなかった。同時に、やり場のない思いがこみ上げてくる。
「……僕は、お二人のことを尊敬していました。意見は違うけれど、どちらも間違ったことは言っていない。だからこそ、自分が納得できるように妥協せず頑張ろうって」
「今のあんたを見たら、頑張ってきたことは一目で分かるよ。ホグズミードでもあんたがいたお陰で、ちっちゃい子が死なずにすんだ」
セドリックはぎこちなく微笑んだ。
「あんたやバナーナや、あの場にいた全員には、『ホグワーツ特別功労賞』の勲章どころか魔法省からの感謝状が与えられてもいいとあたしは思うね」
トンクスはそう言った。セドリックは、暫くの間黙って目を瞑っていた。
「シオニー·シトレは、どうしてあんなことをしたんでしょう」
やがて、セドリックはトンクスにそう尋ねた。トンクスはさぁね、と言ったあと言葉を続けた。
「シオニーは……理想と現実の間で折り合えなかったんだと思う。あいつは努力家で、勤勉で、我慢強かった。けど、それを出すのが下手すぎた」
セドリックは黙ってトンクスの言葉を聞いた。悲しさの中に、シオニーへの哀れみがあるのをトンクスはは感じ取った。
「努力は大事だって、あいつの言ってたことが本当なことは今ならあたしにも分かるよ。でもね、どれだけ頑張っても、どれだけ力を尽くしても結果が伴わないことはある。本気で努力した上でそうなったとき、それを受け入れることはあいつには出来なかったんだと思う」
セドリックは、そうでしょうかと言った。
「……本当にそれだけでしょうか?あの人は、それでも前を向いていたのに」
セドリックはあの場に馳せ参じ、多くの人の命を守ことを選択した。その選択に後悔はなく、シオニーに対する怒りはセドリックの中にもある。
だからこそ、シオニーのことを知る誰かに葛藤を打ち明けたかったのだ。セドリックは監督生で、今のハッフルパフを率いていく立場もあった。見知った人が最悪の犯罪者になったという動揺を後輩たちに見せるわけにはいかなかった。だからこそ、トンクスに相談したのだ。
「私はシオニーに何があったのかは知らないけどね」
と、トンクスは前置きした。
「……多分、シオニーの中では、努力が報われなかったんだと思う。頑張ったけど、自分の頑張りとは無関係の部分でどうしようもなくなることが、あいつを闇の魔法使いに落とした」
シオニー·シトレを昔から知り、魔法省でのシオニーの様子を噂越しにではあるが知っていたトンクスはそう言った。そしてそれは、シトレにとっては正しく、社会から見ればシトレは間違っていた。
「……それは……僕でもそうなるかもしれません」
セドリックははじめて弱さを見せた。期間限定の教師で、よく知っているトンクスだからこそ見せられる弱みだった。
「なるかぁ?セドリックが?」
「なりますよ!いや、なりたくはありませんけど……他のやりたいことを我慢して努力してるんです。それなのに、関係ないことが原因でどうしようもなくなるなんておかしいと思います」
それは、忍耐と忠実さ、努力や誠実さを美徳とするハッフルパフ生らしい意見だった。そして、そんなセドリックのことをOGとしてトンクスは誇りに思った。
自分たちは、我慢強くて努力家で、そしていいやつだという世間の風潮はある。トンクス自身は自分がそうだと思ったことは一度もないが、そう言われることは嬉しく思う。
そして、だからこそ。我慢強いから、いいやつだから、努力家だからと何もかもを押し付けてきたり、自分たちとは無関係の部分で足を引っ張ってくる人間、具体的には現在の魔法省大臣のような連中は、ハッフルパフ生にとって何よりの敵だった。自分たちは、頑張って、努力して我慢しているのだ。報われない努力は数多くある。それでも、自分で選んだ道なら努力することは厭わない。
しかし、それをいいことに無限の奉仕を求める相手はお断りなのだ。
努力したことを理由に、無関係の他人を害するようなモンスターも許してはならないのだ。
「そうだ。だからさ、セドリック。どうしようもなくなるなんてことは無いんだって思わなきゃいけない。自分で、頑張った自分を褒めてやればいいんだ。シトレはそれが出来なかった。だからもう、どうにもならないんだ」
セドリック·ディゴリーは、ハッフルパフの徳目を信じていたし、今もそうありたいと思っている。そんな彼は、トンクスの言葉を噛み砕き、自分の中で消化しようとしていた。
(……やっぱり……あの屑が…よりによって闇の魔法使いなんかになってんじゃねえよ…)
トンクスの中に沸き上がったのは、身勝手な闇の魔法使いに対する怒りだった。
(散々人を殺しておいて、お前ごときのために前途あるやつを悲しませてんじゃねえよ……)
それが許せないからこそ、それを許してはならないからこそ、トンクスも、そして目の前のセドリックも苦しんでいた。なまじまともだった頃のシトレを思い出してしまったトンクスは、怒りによって心を強く持った。
人は誰もが一人では生きられない。無秩序な生き方をした人間は、それを忘れたふりをしているのだ。トンクスはセドリックの相手をしながら、セドリックを通して過去の己とシトレを見、現在の自分たちを見た。
人として正しく誠実に生きることがどれ程難しく、そして大切なことなのかを、人はしばしば忘れてしまう。だからこそ、ハッフルパフは誠実と、忍耐と、勤勉さと、そして公平さを徳目として掲げるのだ。人が人として社会の中で生きていくために必要なことが、それなのだから。
個人の感想ですが、ハッフルパフが育てた英雄なのに天然のメタモルフォーガスという天才肌(ハッフルパフでは天才肌は評価されない)だからかトンクスにはハッフルパフ感がありませんね……
原作時空だと名誉グリフィンドール生みたいな称号を貰ってそうですらある。
だからこそそんな彼女のハッフルパフらしさを描写できたらいいなあ。