ひとえにてめえの素行と過去の所業のせいだが……
クィディッチの試合が続くなか、スリザリンは順調にリードを広げていた。しかし百五十点の大差とは言えず、試合の勝敗はまだシーカーにかかっていた。
ハリーが興奮しながら試合の行方を見守っていたとき、決定的な勝敗の分かれ目が訪れた。
グリフィンドールのシーカーであるコーマック·マクラーゲンは何かを見つけたかのように箒を傾け、加速する。赤いマントが、閃光のようにピッチの上を駆ける。スリザリンのシーカーもそれに続いたが、箒の性能の差か、赤と緑の影の差が埋まることはない。
グリフィンドールのビーター、ジョージとフレッドの双子は敵ながら優秀だった。彼らはスリザリンのビーターがコーマックに向けて撃ったブラッジャーを、完璧な連携でことごとく弾き返した。その時、不思議なことが起きた。ブラッジャーが突然軌道を変え、ハリーに向けて動き出した。
ブラッジャーがハリーに狙いを定めたのと、コーマックがスニッチを取ったのはほとんど同時だった。観客も、プレイヤーも、視線のほとんどはスニッチに夢中で、ブラッジャーには気付かない。
ブラッジャーがハリーに向けて迫ってくる。
ハリーは二回目だったので、杖をブラッジャーに向けてボンバーダ(爆発)と叫んだ。呪文の閃光はブラッジャーに衝突する前に、プロテゴの障壁に阻まれて四散した。もっとも、仮にブラッシャーに当たったとして、勢いをつけた鉄の塊に効果があったとは思えなかったが。
ハリーへと衝突するかと思われたブラッジャーは、しかし、ギリギリのところで勢いを失った。グリフィンドールの選手とスリザリンの選手や教師たちがブラッジャーを魔法で拘束するなか、スネイプ教授は燃え広がる己のローブを消火するので手一杯になっていた。炎はスネイプ教授の隣にいたクィレル教授にまで燃え広がっていた。
***
「間違いなく箒のせいだね。スリザリンのシーカーにニンバスのようないい箒があれば、スリザリンが勝っていたさ!!!」
ドラコは敗北の原因をそう言った。スリザリンのシーカーは敗北の責任を感じてか、スリザリンの応援席に頭を下げていた。彼は周囲のスリザリン生徒たちから労られながらピッチを去った。ドラコはクラッブとゴイルを連れて、悔しそうに応援席から出ていった。
勝利に沸き立って大盛り上がりのグリフィンドール生(マクゴナガル教授が一番喜んでいた)を眺めながら、ハリーはザビニたちと共に競技場を去ろうとした。
「……なあハリー。ちょっといいか?」
その時、グリフィンドールの生徒から呼び止められた。ハリーはその姿を見て、更に驚いた。ロン·ウィーズリーが深刻そうな顔でハリーを呼び止めていた。ロンは今まで、スリザリン生からの悪質な野次に対して返す以外はスリザリン生に話しかけようとはしなかった。
「何の用だウィーズリー。俺たちを笑いに来たのか?そりゃあ負け犬の顔をみるのは楽しいよな。いい趣味だぜ」
ザビニはロンに突っかかった。彼はスリザリンが敗北したことで、普段より不機嫌になっていた。それはアズラエルやファルカスも同じだった。
「待ってザビニ。ロンがスリザリンに話しかけるなんて相当のことだよ。ロン、続けて」
ハリーはザビニをなだめてロンの話を聞くことにした。ハリーは、ロンが勝利の喜びを全く感じていなさそうなことが気になった。
「……ああ実は、俺の友達が、スネイプ教授がブラッジャーに魔法を使ってるってところを見たんだ」
ロンの話では、スネイプ教授が魔法を使ってハリーを襲おうとしていたというものだった。ハリーたち四人は、この話を単なる見間違いとして否定することは出来なかった。
「……確か、試合が終わったときにスネイプ教授のローブに火が着いてましたね」
「スネイプの魔法が途切れたからハリーが助かったのかもしれない。人を疑うのは良くないことだけど、可能性はあるだろ?」
ロンはハリーがスリザリンで友人と一緒なことには安心していたが、スリザリン生に寮監を疑えと言うのはとても勇気がいることだった。ハーマイオニーの証言ではスリザリン生に信じてもらえるか分からないと、ロンが彼女の代わりに伝えに来たのだ。
「……そうか、教えてくれてありがとうロン。僕はスネイプ教授から嫌われてるからね。ロンの忠告を無駄にはしないよ」
「気をつけろよハリー。スネイプは闇の魔術に興味があるんだ」
ロンがそう言うとアズラエルは顔をしかめたが、なにも言わずにロンの背中を見送った。あとに残されたハリーたちは、ヒソヒソと周囲に聞こえないように、ブラッジャーの犯人を考察しあった。
***
次の日、寮の自室でハリーたちは意見を交わしあっていた。
「犯人は」
ザビニは自信ありげに持論を展開した。
「リカルド・マーセナスだ。あいつしかいないだろ。ハリーのことを恨んでる」
ザビニは敵対関係にあるグリフィンドール生の証言を鵜呑みにするほど、愚かではなかった。彼はまず、スリザリン生のほとんどが思いつく候補を挙げた。
「でもザビニ。僕がマーセナスなら、今ハリーに手は出さないと思う。スリザリン生なら誰だってマーセナスを疑うよ」
ファルカスがそう言うと、ザビニはがしがしと頭をかいた。
「それじゃあウィーズリーの言う通りスネイプなのか?アズラエル、ハリー。お前らはどう思うんだ」
「僕は……スリザリンの仲間がハリーを狙ったなんて思いたくはないです。スリザリンの先生がハリーを狙ったとも……」
「お前マーセナスのせいで散々な目に遭っただろ」
ザビニが呆れた目でアズラエルを見るが、アズラエルは憤慨していた。
「簡単にスリザリンの仲間や先生を疑う方がどうかしてますよ!ハリーはどう思うんですか?」
アズラエルはそれまで黙っていたハリーに意見を求めた。ハリーの心は、他人の言葉ばかりを根拠にして動くことに警鐘を鳴らしていた。
「……僕、シリウス・ブラックから手紙のやり取りをしてるけど。シリウスは、今度会って話がしたいって書いてきたんだ。ロンの証言で僕がスネイプを疑ってるから」
ハリーは自分の友達と、持っている情報を共有することにした。ハリーは最近、シリウスが定期的に手紙を送ってくれるので、それに返事を出していた。ハリーは手紙を出した経験がない。手紙に書く内容について、どうすればいいのかとファルカスに尋ねると、ハリーは彼の返答に顔を赤くした。
「僕は両親に、君のことを書いてるよ」
「たぶんホグワーツのほとんどの子がそうだよ」
ハリーはシリウスと一度も会ったことがない。話をしたこともないので、自分のことはほどほどにしながら、普段は寮の三人の友達について書いて送っていた。シリウスのふくろうであるヘドヴィグは、本当に良く働いてくれた。シリウスの手紙には時としてユーモアを交えながら、スリザリンでハリーが健やかであることを喜ぶ内容が綴られていた。シリウスが、ハリーのことをまるでグリフィンドール生のようだと書くのには辟易していたが。ハリーはどうせならスリザリン生らしいと褒められたかった。
「君のことを心配してくれてるんだね」
「……僕もスネイプじゃないほうがいいとは思うんだけど……」
スネイプ教授は何故かハリーに対して異様に厳しかった。ロンの証言を信じるなら、スネイプが実行犯の可能性は高い。
しかし、ハリーはアズラエルと同じように、スリザリンを愛していた。状況と動機が黒に近い灰色であっても、感情がスネイプは無罪だと主張したがっていった。マーセナスにしても、マーセナスから仕返しをされる可能性はあっても、殺されるほどとは思っていなかった。その裏付けのための調査が必要だった。
「……まずはマーセナスが黒の線で調べてみようと思う、マーセナスができなくても、マーセナスの友達にならできるかもしれない」
ハリーは悩んだ末に、可能性を調査して潰していくことを選んだ。
***
ハリーたちが談話室に顔を見せると、スリザリンの生徒たちも、ハリーが狙われたことについて話し合っていた。
「やっぱりマーセナスがポッターを……」
「やめろよ、仲間を疑うのは……」
「いや、でも……」
一年生のハリーたちが疑ったように、生徒のほとんどはハリーに恨みを持つマーセナスに疑いの視線を向けていた。マーセナスはカローと二人で、居心地が悪そうにしながらそんな視線に耐えていた。ハリーはそんなマーセナスに同情する気持ちと、アズラエルに手を出した報いだという気持ちで葛藤していた。マーセナスはあまり顔色が良くなく、ハリーの方をちらちらと見ていた。
スリザリン生のほとんどがクィディッチの競技場にいた。その中には、もちろんカローとマーセナスもいる。マーセナスが視線に耐えきれずに自室に戻ろうとしたとき、一人の女生徒が、マーセナスのアリバイを証明した。彼女はハリーがマーセナスの持ち物をレベリオしたときに現場にいた女生徒だった。
「みんな、気持ちは分かるけどマーセナスを、私の友達を疑うのはやめて。彼は私と一緒にスリザリンを応援していたのよ。スリザリンのために心を入れ換えたの」
意外なことに、彼女はマーセナスを擁護した。蛇寮としての仲間意識なのか、それとも別の感情があったのかは分からない。マーセナスのアリバイが証明されたことと、彼女が後ろ楯になったことで、スリザリンの寮内ではハリーを狙ったのは彼ではない、ということになった。それでも疑惑と不審の種が寮内に蔓延することを恐れた監督生たちは、ブラッジャーが古いために起きた事故だという噂を蒔いた。そして、後日ハリーに、それを支持するようにハリーにも頼んだ。ハリーはそれを了承した。犯人捜しをしていると思われるのは得策ではなかった。
ハリーは次の日から、カローとマーセナスの二人が女子生徒に追従して、女子生徒の取り巻きのようになっているのを見た。女子生徒は満更でもなさそうな顔でマーセナスとカローの二人をこき使い、休日にはホグズミードという村に三人で外出して遊んでいた。ハリーはプライドの高そうなマーセナスが、今ハリーを狙うわけはないと思った。ハリーはマーセナスを容疑者から外した。
***
ハリーは、シリウスからの定期連絡でヘドヴィグから手紙をもらった。ハリーが試合で起きたことを話すとシリウスは憤慨し、会って話がしたいと言った。
「夜の10時に、スリザリンの寮の談話室で話そう。私はフルーパウダーの秘密の抜け道を知り尽くしている」
シリウスによると、フルーパウダーというのは暖炉の中を通行できる魔法の粉らしい。手紙には学生時代に、学校中の暖炉を攻略したと書かれていた。
ハリーは一度、シリウス・ブラックと会ってみたいと思った。直接出会ったとき、ハリーは自分がシリウスとどう話せばいいのだろうかと少し悩んで、手紙をくれてありがとうと言おうと思った。ハリーは自分が、手紙でのやり取りができるとは思っていなかった。そして、自分のことを息子のように思うと言ってくれる大人がいるとは、思っていなかった。
***
寮の談話室で、ハリーはザビニから買ったフルーパウダーを暖炉に入れていた。ザビニは(シリウスに会いたい気持ちをこらえて)、三シックルと引き換えにハリーに粉を手渡した。
「ホラよ。貸し一だぞ」
「この借りはダンブルドアのカードでチャラってことでどうかな」
「いらねーよ。蛙チョコレートのカードは全部持ってる。シリウスにちゃんと話せよ」
「何を話したか、僕たちにも教えて下さいね」
「今日はもう寝るから明日聞かせてね」
「約束するよ」
そしてハリーは暖炉の前にいた。魔法で彩られた緑色の炎が、暖炉の中に輝いていた。眼鏡に緑色の焔が反射して煌めく。ハリーは、今か今かとシリウスを待った。もしかしたらあの手紙は、自分の勘違いだったのではないか、炎の中でシリウスが焼けてしまったのではないかとハリーが考えたとき、暖かいそよ風のような炎に動きがあった。
「……やれやれ。暖炉の掃除をサボってるな、ここのハウスエルフは」
ハリーの目の前には、少し痩せこけてはいたが、黒髪で、新聞で見たよりもずっと格好いい大人の男の姿があった。ハリーが魅せられたのは男の目だった。男の目からは、まるでアルバス·ダンブルドアのような強い輝きと意志が感じられた。
「あの、はじめまして。シリウスさん。ハリー・ポッターです。いつも僕なんかに手紙をくれて、ありがとうございます」
シリウスはハリーの姿を見て固まっていた。シリウスは少し涙ぐんで、ハリーに言った。
「いや、すまない。本当に驚いたんだ。まるで、ジェームズが現れたように見えて」
ハリーは大人の男性が、自分のために泣いているという状況に驚いていた。シリウスもハグリッドのような人なのだろうかと、ハリーは第一印象でシリウスのことを悪くは思わなかった。
シリウスは、まずはハリーに自分の過去の過ちを謝罪した。
「……君のゴッドファーザーでありながら、私は君に何もしてあげられなかった。今まで君に会えなくてすまなかった、ハリー」
ハリーは手紙で、何度もシリウスから謝罪を受けていた。シリウスが、ハリーのことを気にかけてくれているのは明らかだったので、ハリーもシリウスのことを少し信用してみよう、という気になった。
「積もる話をしたいところだが、この煙突飛行も時間が限られている。単刀直入に言うぞハリー。スネイプ教授が黒であるか白であるかは問題じゃない。君が危険な目に遭う可能性があるなら、犯人捜しはすべきじゃない。クィディッチの観戦も控えたほうがいい。スリザリンの友達と、平穏な学校生活を送って欲しい」
シリウスのこの言葉に、ハリーは納得しなかった。
「でもシリウス。犯人が誰なのか分からないと、僕だけじゃなくてみんなが不安になるよ。それに、僕だけ仲間外れなんて……」
ハリーがそう言うと、シリウスは悩んでいたようだった。少しの沈黙の後、シリウスはしっかりとハリーに言い聞かせた。
「君の友達は、その程度で君をハブるような子達じゃないだろう。いいかハリー、スネイプ教授のプロテゴを貫通するというのは、それこそカース級の魔法を習得した闇の魔法使いだ。一年生が太刀打ちできる相手じゃない」
そこまで言ったとき、シリウスの顔色が変わった。
「……時間切れだ!!ハリー、次は手紙で話そう。いいか、絶対に危険なことはしないでくれ!」
シリウスは大慌てで暖炉から姿を消してしまった。残されたハリーは、恨めしそうに暖炉の炎を見ていた。
***
暖炉で話をした次の日、スネイプ教授の機嫌は過去最悪だった。彼は、ハリーの前の席で作業をしていたアズラエルの作業を妨害したと難癖をつけてハリーを狙い、スリザリン寮からなんと十点も減点した。