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結婚式場に集ったハリーの友人たちは、マリーダとシリウスの結婚を喜んでいた。中でも、ロンとハーマイオニーは、ブラック家の一員になったマリーダをとても尊敬していた。
ハリー達もマグル式のドレスコードで参列をしていた。ロンはウィーズリーおじさんが『マグル式の』スーツを着込めると大喜びして借りたという藍色のスーツで、ハーマイオニーは普段ぼさぼさの髪をじっくりととりまとめ、橙色のドレスに身を包んでいた。魔法使いのローブではなく、なるべくマグル式の結婚式にしたいというシリウスの意向が反映されてのことだった。
「それにしても、マリーダさんはよくシリウスさんについていこうって思ったよな」
「そうだね」
ロンが口を開いた。ハリーも同感だった。
「シリウスはグリフィンドール出身でマリーダさんはスリザリン出身だからね。水と油で合わないんじゃないかって思ったけど、うまくいってよかったよ」
「お前が言うと説得力ねえぞハリー」
ザビニの突っ込みに少なくない笑いが起きた。ロンはひとしきり笑ったあと周囲を見渡して、そのマリーダがいないことに気付いた。
「でもマリーダさんの姿が見えねえな。どうしたんだろ」
「きっと恥ずかしいのよ。……でも変ね、さっきまであんなに浮かれてたのに」
「めでたい席に浮かれない新婦なんて新婦じゃないわ。どこかで羽目を外しているのではなくて?」
「けれどシリウスはここにいるのよ?それで羽目を外すなんてことあるかしら」
ダフネとハーマイオニーが言い合ったところで、ハリーはハッとした。ハリーのまえを横切ったリーマスの様子がおかしいような気がしたのだ。心なしか顔色が悪いように見える。
(どうしたんだろう……?ルーピン先生、さっきはあれだけ楽しそうだっのに)
ハリーがリーマスに声をかけようとしたところで、そのハリーを呼び止める者がいた。最高級のブランドスーツに身を包んだドラコと、その父のルシウスだった。ルシウスからはほんのりと酒の香りがした。
(あれ、この人こんな感じだったっけ)
ハリーはルシウスに微かな違和感を感じた。と言っても、ハリーがルシウスと会ったのはほんの数回でしかないのだが。
「これはこれは、ハリー·ポッター。しばらくぶりだね。我々がこのような低俗なマグルの格好をするというのはなかなかに屈辱的ではあるが、歴史あるブラック家の門出を祝わないわけにもいくまい」
「あ……どうも。ルシウスさんもお元気そうで。楽しんで頂けているようで嬉しいです。シリウスとマリーダさんの式を祝っていただいてありがとうございます」
ハリーが社交辞令を口にすると、ルシウスは面白そうに笑っただけだった。一方のドラコは、やや気まずそうにハリーに握手を求めた。ハリーも握手で返す。その後ろではナルシッサが微笑んでいる。しかし、ナルシッサは視界にハーマイオニーやロンの姿を映すと即座に目を覆い、不快なものを見たという失礼な仕草をした。この場にナルシッサに追従する人間がいなかったために、滑稽なことになっていたが。
「やぁ、ドラコ。……趣味のいいスーツだね」
ハリーはスリザリンの同僚であり、友人にそう言った。
正直なところ、金にあかせた高級スーツは悪趣味としか思えなかったが、ハリーは無難にドラコを褒めた。ドラコのスーツは父親のそれとよく似ていたからだ。
「当然だ。ところで、こんなところで何をしに来た?」
「人を探してるんだ」
「ああ、マリーダ·ブラックか?それならあっちで見かけたよ」
ドラコが言った『あっち』というのは喫煙スペースだった。子供がいる空間では吸えないという人間のためのスペースだが、マリーダはそこで何をしていたのだろうかとハリーは訝しんだ。
「そうか、ありがとう。居たならいいんだよ。急に居なくなったからね」
「ふうん。義母が恋しいって訳かい?」
ドラコは少し馬鹿にしたような声を出した。ハリーとしては義母という揶揄は心外ではあった。
「さぁね。僕には母親がいたことないんでそういう気持ちは知らない。それより、ぼくに何か御用でしょうか?」
ハリーはルシウスを真っ直ぐに見て言った。ルシウスがハリーに何か用があるのは明らかだった。ハリーの後ろでは、リーマスがハリーを守るために控えていた。シリウスはマリーダの父親であるスペロアやビスト家の人間と話し込んでいて、こちらには来ない。
一瞬、ルシウスもハリーに何か含みのある表情を見せた。だが、すぐにいつもの嫌味な表情に戻ると、やや高圧的な態度をとった。
「なに、このめでたい席は一つの節目だ。潰える筈だった純血の家系に存続の兆しが見えた。ブラック家の後継者が産まれるのもそう遠くはない。私はそれが喜ばしくてね」
「その通りです、父上」
まるで王様のご機嫌を取る家臣のようにドラコは恭しく頭を下げた。ハリーはそれが可笑しかった。
ハリーからは見えないものの、ハリーの後ろでは、ハーマイオニーやロンやファルカスらは何て品のない人間だとルシウスに非難の目を向けた。シリウスやマリーダが居ないからまだよいが、居たとしたらシリウスは激怒していただろう。マリーダのことを、子を産むためのものとしか認識していない発言だった。
ダフネやアズラエルはルシウスを非難することもできなかった。親戚に一人はいるデリカシーに欠けた人間を思い出していた。魔法使いの寿命は長く、昔から生き残った魔法使いの中には戦前のマグル世界の価値観を引き継いだ、セクシュアルハラスメントの権化のような老害もいるのだ。いてほしくはないが。
「シリウスに家族が増えるのは良いことです。それがマリーダさんのような人なら尚更です」
ハリーは、ルシウスの不快な目線に負けないように堂々とした態度で言った。
「そうだな……英雄殿にも喜ばしいことだろう。しかし良いのかな?シリウスに本物の子が産まれれば、義理の子など儚く脆いものだと思うが?」
ルシウスがハリーを『英雄』と呼ぶときは、大抵が侮蔑を含んでいる。今回もそうだった。
ハリーの後ろではリーマスがルシウスとハリーとの間に割って入ろうとしたが、ハリーはきっぱりと答えた。
「それが本物の家族なら、そうあるべきです。僕は居候ですから。シリウスの幸せに邪魔なら居ない方がいいです」
そう言って、ハリーはルシウスの目を見、そして気付いた。
(……この人、化粧をしている。目の下の隈を隠してるんだ……)
そしてルシウスからは、隠しきれないほどのワインの香りが漂ってくる。明らかにルシウスは体調が悪く、過剰に酒を摂取していた。以前アズラエル主催のパーティーでは、ルシウスは高慢でありつつも余裕があった筈なのに、今のルシウスには余裕が感じ取れないのだ。
(……余裕がない?なんで?……怯えてる?何にだ?)
ハリーの脳裏に浮かぶのは、ホグズミードで遭遇したデスイーター、アントニン・ドロホフの負け惜しみだった。
『てめえらが築き上げた人並みの幸せって奴を!全てブッ壊してやるからよぉ!』
(……もしかしてこの人、酒に逃げてるのか?怖くて?)
「なんと殊勝な心掛けだ。私が君の立場なら、もっと未練がましく言えただろうに」
ルシウスは愉快そうに笑った。ハリーにはルシウスの高笑いが、どこか悲鳴のようにも聞こえた。ハリーはさらに言葉を続けた。
「ですが、世の中には殊勝に考えない人間もいるみたいです。純血の足を引っ張りたいという人間もいます」
「ほう?ウィーズリー家かね?君はグリーングラス家と懇意にしていると聞くが、やっと君も考えを改めて」
「いいえ。ウィーズリー家ではありません。例えば、少し前に世間を騒がせた犯罪者は、幸せな人間の脚を引っ張りたいと思っているようです。気をつけてください、ルシウスさん」
ハリーはルシウスに含みを持たせて言った。
(悪いことはしないでくれよ……)
ルシウスの過去が具体的に何なのか、ハリーは把握していない。かつて昔のデスイーターによって殺害された魔法使い達の記事を読んだくらいだ。しかしそれを把握して調べてしまえば、ルシウスの罪が拭いきれないほどに膨大で罪深いことは察せられた。
それでも、ハリーにとってルシウスは『憎むべき仇の一人』ではなく、『友人の父親』なのだ。大人しく善良に、そしてドロホフなんかに殺されないように日々を過ごしてほしいと思わずにはいられなかった。
ハリーの背後ではリーマスがハラハラとした様子で成り行きを見守っていた。
しかしルシウスは、冷たい笑みを浮かべていた。
「ハリーポッター。かつて教育者だった人間として一つ指導をしてあげよう。私には、恐れるものは何もないのだよ」
ルシウスは優雅に両手を広げた。その挙動と表情には傲慢さが滲み出ていた。しかし、ハリーにはなぜか余裕というものは感じられなかった。
「純血の家として産まれ落ち、純血の思想を信仰する。たったそれだけのことで、何不自由ない裕福な生活を享受し、子孫にそれを受け継がせることが出来る。それがどれ程困難で」
ルシウスはまずはロンに目を向けた。ロンのスーツは借り物だった。そんなロンに対するルシウスの目には憐れみがあった。
「自分達がどれ程どれ程恵まれていることか」
さらにルシウスはファルカスに目を向けた。ファルカスのスーツは、父親の大人用のスーツを変身魔法で子供用に仕立て直したものだ。その目には見下しと嘲りがあった。
「……君たちのような存在を見るたびに、私は実感できるのだから」
「酔っておられますね」
ハリーは冷めた目でルシウスを見た。ルシウスの酔いは、ハリーにとってはあまり見ていて気持ちのいいものではなかった。友人の父親の醜態というだけでも勘弁してほしいのに、無理をして酔っているともなれば尚更だった。
「そうだ。それが我々に許された特権なのだよ、ハリー。君もスリザリン生徒ならば、それを受け入れることを考えてみたまえ」
「僕は人を尊重しようとは思います。主義ではありません」
ルシウス達が去っていく後ろ姿に、男子達は中指を立てていた。
「狂ってるわ」
「どうかしてるぜ、あのおっさん」
ロンとハーマイオニーは不快感を露わにしながら、ハリーに言った。
「気にしないことね。あの方はああやって自分を偉く見せるのが趣味なのよ。昔からだわ」
そんな2人にダフネが言った。ダフネはザビニやアズラエルと同じように、ロンやハーマイオニーに対して親しくすることで場の雰囲気を元に戻そうとしていた。ダフネはハリーにノンアルコールドリンクを差し出した。
「ありがとうダフネ。……美味しいね。……ん?……ねぇ、ルナの奴アルコールに手を出してない?」
ルシウスによって凍りついていた場の空気は、ルナがアルコールを飲もうとしていたことで氷解した。ハリー達は全員でルナが飲もうとしたアルコールをひったくり、ファルカスが慌てて運んできたフルーツジュースとすり替えた。
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「そうか、ルシウスがな……」
「シリウス。僕はあの人が、助けを求めているように見えたけど」
ハリーは後日、シリウスに対してルシウスから感じた違和感を報告した。完全にハリー自身の所感でしかなかったが、意外にもシリウスはそれを悪くないと言った。
「ルシウス·マルフォイは万が一ヴォルデモートが復活すれば、間違いなくヴォルデモートにつく。あいつはそういう男だ。……だが、今の恵まれた生活が消え失せることが恐ろしくて仕方がないのだろう。ドロホフは奴を疎んでいるし、ヴォルデモートがルシウスを許すかどうかも微妙だ。見せしめのために殺害されたとしても、何ら不思議ではないのだからな」
シリウスの言葉は他人事ではなく、実感の籠った雰囲気があった。ヴォルデモートが復活したならば、シリウスだってマリーダだって狙われることは想像にかたくなかった。マリーダと過ごしているシリウスは今まで見た中で一番幸せそうで、そして、時折寂しげな表情を見せた。ハリーはシリウスとマリーダの幸せが消えてしまう可能性が恐ろしかった。
(もし、ダーズリー家みたいに僕がいることで幸せを壊してしまったら……)
そうならないよう、ハリーは己を強くするより他になかった。
「……ま、ドロホフがヴォルデモートの居場所を突き止められるとも思えん。それより先に、闇祓いがやつを捕まえるさ」
シリウスの言葉に、ハリーはますます自分の思いを強くした。
(……でも。もしもの時のためにもっと強くなっておかないと。少なくともドロホフには勝てないとなぁ……)
自分の命を狙いに来たドロホフやヴォルデモートを打倒して、魔法界に本当の平和をもたらす。その時はじめて、ドラコとの約束が果たされる。そうすることで、ハリー達スリザリン生が幸せになれるのだと、ハリーは信じて疑っていなかった。そのために必要な努力をハリーは惜しまなかった。シリウスが使う変身呪文の杖裁きを、夏休みの間中ハリーは模擬杖で真似し、訓練を続けた。
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深い眠りについていた筈のハリーは、恐怖で飛び起きた。体中に嫌な汗がつたい、シーツは不快に湿っていた。ハリーは、ブンブンと頭を横に振った。
人気がなく、ろくな手入れをされていない屋敷の片隅で、屈強なロシア人と醜悪な赤子が何かの会話をしていた。それを見ていたのは、マグルの老人だった。偶然その場にいただけの、何の罪もない普通の人だった。そのマグルを緑色の閃光が貫いたとき、ハリーはたまらず飛び起きたのだった。ヴォルデモートとドロホフという男が合流してしまったことを、ハリーは知ったのだ。
ここのハリーは原作よりINTか低いので秘密の部屋事件がルシウスの仕業だと気付いていません。
ドラコの父親だしとルシウスのことを無理矢理美化したがっているというか、目を背けてるんですねえ。