***
「ただの夢だ、ハリー」
シリウスはそう言ってハリーをなだめた。シリウスはハリーの夢を本物と思わないことで、ハリーの精神を守ろうとした。
ハリーは結局朝まで寝付くことはできなかった。朝、ブラック家の屋敷で起きてきたシリウスにあったハリーは、己の見た夢の内容をシリウスに説明した。。
「あれが夢とは思えないんだ」
ハリーは何度もシリウスに訴えかけた。
ドロホフとヴォルデモートの会話を聞いてしまい殺されたマグルの老人の側には、巨大な蛇もいた。ハリーにはただただ不快な夢の余韻だけが残っていた。
「ヴォルデモートがあそこにいたんだ。そしてあいつらは罪のないマグルを……」
「ハリー、それは夢だ。君に予知や千里眼の才能があるならともかく、そう言った傾向はないとシビル·トレローニ教授は仰ったのだろう?現状に対する不安を夢として見てしまっただけだ」
シリウスはハリーの肩に手を置いて言った。しかしハリーは頭を横に振った。そんな二人を、マリーダは複雑な表情で見守っていたが、一言だけそっと提案した。
「ダンブルドアに手紙を書いてみるのはどうだろうか。あの方なら、何か分かるかもしれない」
「ふむ……」
シリウスがマリーダに頷いたとき、屋敷しもべ妖精のクリーチャーが朝食を載せたカートを押してやってきた。クリーチャーはテーブルに料理を並べると床に平伏して叫んだ。
「ご主人様。手紙が届いております」
「誰だ?」
「あのいやしいリベラリスト……アルバス·ダンブルドアです!」
シリウスの問いにクリーチャーが答えた。ハリーは驚いてクリーチャーを見たが、クリーチャーはハリーを見ずに続けた。
「手紙は二通ございます。こちらはグリーングラス家からのものです」
「わかった。あとで確認する。……ご苦労だった、クリーチャー。下がっていい」
シリウスが言った。シリウスはクリーチャーを残酷に扱うことはなかったが、温かく接することはしなかった。
クリーチャーはシリウスに対してぶつぶつと聞こえないような言葉を呟いたあと、マリーダに一礼をして足早に部屋を出て行った。純血主義を尊ぶ姿勢を示すマリーダに対しては、クリーチャーは一定の敬意を示していた。
ハリーは朝食を食べる間中ずっと、クリーチャーから届けられたダンブルドアの手紙が気になって仕方なかった。
ダンブルドアについてハリーが持っている感情は複雑だ。ダーズリー家に全てを押し付け、ハリーをあそこに放置したあと省みなかったという一点で、ハリーはダンブルドアを好きにはなれない。しかし、ハリーはダンブルドアの温情によってタイムターナーの不正使用未遂を見逃された上、殺人未遂を止めてもらった恩があった。
(あの時ダンブルドアの言葉に従ったのは……僕自身に覚悟が無かったからだ)
ハリーは、タイムターナーを使いドロホフを殺害することを、己の手を汚すことを躊躇った。それはダンブルドアの説得あってのことだが、決めたのはハリー自身だ。
……その結果として、無関係のマグルが死ぬことになったのだとしたら?
(……僕は、出来たかもしれないことをしなかった。……僕はマグルを見殺しにしたのか?)
ハリーはそんなことはない、と思った。悪いのはマグルを殺害したドロホフと、ヴォルデモートの筈だ。自分の中で答えが出ない問題を考えないようにしながら、クリーチャーが調理したマッシュポテトを食べた。
朝食の席では誰も口を開かず、重苦しい空気の中クリーチャーが食器を下げる音だけが響いていた。シリウスもマリーダも、ハリーに何と言って慰めて良いものか悩んでいる様子だった。そっとシリウスが言った。
「今日は君の後輩の学会発表があるのだったな、ハリー」
「ああ。魔法生物飼育学の言語に関するルナの発表があるよ。十一時からだ」
ハリーは頷いた。ルナ·ラブグッドがスクリュート飼育のために用いた手法をまとめた研究論文は、魔法生物の言語理解に対して非常に興味深く、また面白い試みであるとされた。そのためルナは夏期休暇であるにも関わらず、魔法生物飼育学会の魔法生物言語部門で発表をすることになった。発表の順番は四番目で、最初でも最後でもない。ビギナーのルナにとってはやり易い環境ではあった。
「ダンブルドアも評価するほどの研究成果をこの目で見れないのは残念だ。しかし、ハリー、きみはそれを見ることが出来る。後輩の晴れ舞台なんだ。元気付けてやるといい」
「しっかり面倒を見てくるよ。まぁ、ルナは天才だからフォローなんて必要ないかもしれないけどね」
「こういうのは才能ではなく経験だ。学会での発表ははじめてと聞いた。そりゃあ緊張もするさ。しっかり見てやるんだぞ」
ルナの学会発表では、スキャマンダー先生とハグリッドも同時に別々のセッションで発表する。スキャマンダー先生とハーマイオニーはハグリッドのフォローにかかりきりになるので、ルナはアズラエルとハリーがフォローすることになっていた。
ルナに言わせれば、『知らん人の前よりも真面目な顔で顔見知りの前で話す方が緊張する』とのことだったが。
「マリーダ、苦労を掛けるが……」
「シリウス。わたしはこれを苦労とは思わない。オックスフォード観光と洒落こんでいくさ」
ハリーを会場まで送り、そのあとも保護者として同行するのはマリーダだった。彼女はシリウスと結婚してから、マグルの社会に別れを告げてブラック家やハリーを守るための雑務を行なっていた。
「ハリー。九時半にテレポートしよう。それまでは部屋で仮眠をとりなさい。目の下に隈がある」
「ありがとうございます、マリーダさん。……じゃあシリウス、仕事を頑張ってね」
「ああ。ハリーもしっかりな」
ハリーはシリウスとハグをし、マリーダと共に自分の部屋に戻った。マリーダから渡されたオレンジ色の錠剤は簡易睡眠薬で、時間きっちりだけ眠れるという魔法薬だった。一粒飲み込むと、ベッドに横になる。すると、ハリーはすぐさま眠り込んだ。
「……こうして見ると普通の子供だ。本当に、普通で居られたらいいのにな」
マリーダはハリーが眠りに落ちたのを確認するとそう呟き、ハリーに薄い布団をかけた。ハリーは穏やかに寝息を立てていた。
「普通でいられるのは夢の中でだけか」
ハリー·ポッターとその友人達は、ドロホフやその部下と闘い、ドロホフ一味に操られていた人々を解放した。その事実は徐々に人の口の端から広がって、ハリーは『生き残った男の子』から、『(スリザリンとは思えないほど)勇敢な英雄』としての名声を勝ち取っていた。シリウスがハリーの教育によくないと突っぱねなければ、コーネリウス·ファッジ魔法省大臣は政治的パフォーマンスのためにハリーを祭り上げていただろう
それだけのことをハリーはしてのけたのだ。単なるホグワーツ三年生が成し遂げられることではなかった。悪辣な闇の魔法使いの迷惑さと恐怖は、地位と立場のある大人であればあるほど理解できる。マリーダから見てもハリーは英雄で、しかしその力量に見合わないほど、まだ子供なのだ。恐怖からドロホフのことを夢で見てしまうほどに。
(ゆっくり眠れ……)
マリーダはハリーの見たという夢の話を信じたわけではなかった。シリウスに提案したダンブルドアへの相談も本気で言ったわけでもなかった。ただ、ハリーやシリウスの気が晴れるかもしれないと思っただけだ。
マリーダはハリーに対して、リリー·ポッターがしたようなような無償の愛情は注げないと思っている。それでも、保護者として見守ろうという気概はあるつもりだった。実際ハリーはマリーダを信頼して、彼女の渡した薬を疑いもなく飲み込んでいた。
***
簡易睡眠薬で見た夢で、ハリーはホグワーツ特急の中にいた。ホグワーツ特急でガーフィールやマーカスに別れを告げたあと、ハリーはザビニやファルカス、そしてアズラエルと自分のコンパートメントに戻ろうとしているところだった。ハリーはこの光景に覚えがあった。
(あれ、これって……)
夢は本来、脳機能が記憶の整理を行っている時に見るものだった。ハリーはヴォルデモートやドロホフの夢を見たことで脳があまり休めていなかった。そのため、過去の記憶を流すことで休ませようとしたのである。
三年生の終わりにホグワーツ特急のなかで友とした会話が甦った。ファルカスは残念そうに愚痴を言っていた。
「でも、先輩達を勝たせてあげたかったね。七年生で最後だったのに……」
スリザリンは、三年生の終わりに優勝を逃した。それまでは同時優勝などのアクシデントこそあれ、スリザリンの優勝は揺るぎなかったのだ。
「ダンブルドアはいい人だけど、少しケチだよなぁ。ハリーにあと十点加点してくれたら、グリフィンドールとの同時優勝も狙えたのによ」
ザビニは冗談交じりにそう言った。ザビニとしては本気でそう思っていたわけではなく、友人達との他愛ない会話のつもりだった。
「ルナの成果が素晴らしかったんだよ。僕は僕一人で何かしたって訳でもないし。今後の成長に期待して、ルナを優先するのは間違ってないんじゃない?ザビニだって、ルナが褒められたのは嬉しかったろ?」
ハリーはザビニに笑って言った。先輩達には悪いが、ハリーはダンブルドアの采配に異を唱えるつもりはなかった。
ルナは、ハリーには思い付かなかったし、思い付いても面倒臭がってやらなかったであろうことをやってみせた。そして見事に結果を出したのだ。後輩が正当な評価を受けるのはハリーにとっても嬉しいことだった。
「まーな~。でも、お前のやったことはすげえことなのは確かなんだぜ。犯罪者どころか、ホグズミードのいろんな奴とかホグワーツの生徒とかを相手にして生き残ったんだし」
ザビニの言葉は事実であり、そして過言でもあった。
(僕が生き残ったのは、あの場にいた全員の力があってこそだったからだ)
と、そのときのハリーは思っていた。
しかし。
ハリーは額に焼けつくような痛みを感じた。痛みは強い感情を引き起こした。
(……そうだ。ダンブルドアは僕を褒めなかった。この僕を!)
記憶の中のハリーは平然としている。痛みを感じているのは記憶の中のハリーではなく、この夢を夢と認識している本物のハリーだった。
ハリーの感じた痛みはすぐに収まり、記憶はそのまま進行していった。アズラエルは、ザビニ相手に自分の推測を披露していた。
「多分、ダンブルドアは僕らを勝たせたくなかったんじゃないでしょうか。スリザリンは勝ちすぎていましたから」
「スリザリンを勝たせたくなかった?寮杯にかい?」
「勝ちすぎって。アズラエルは何でそう思ったの?」
ファルカスとハリーが疑問をのべると、アズラエルは、ええ、と頷いた。
「一昨年と去年、僕らスリザリンは僕らの頑張りとハリーの活躍もあって寮杯を勝ちました。それで今年も……となるわけですが、今年はクィディッチではグリフィンドールの圧勝だったじゃあありませんか」
「まぁ、悔しいけどそうだね」
「今回、ハリーが何をやってどう活躍したかは人の口の端から伝え聞けますし、わざわざダンブルドアが過剰に褒めるまでもない、と思ったんでしょう。それに」
アズラエルは、蛙チョコレートを弾いてファルカスに渡した。
「これでハリーに大量加点して、寮杯の結果をひっくり返したとしましょうか。暴動が起きますよ。グリフィンドール生は、間違いなくキレます。『あれだけ圧勝してそれかよ』ってね」
「……まぁ確かに……『クィディッチの試合で勝ったのに優勝はできません』じゃあマクラーゲン辺りは納得しないか……」
ファルカスは蛙を踊り食いしながら渋々とそう言った。スリザリンの勝利を願っていたファルカスにしてみれば、理解はしても納得は出来なかったのだろう。
要するに、ハリーを褒めつつ他の寮生からのヘイトをハリーが買わないようにするために、ダンブルドアは配慮して点数を調整したというのがアズラエルの主張だった。
夢の最後に、ハリーはこう言った。
「…じゃあダンブルドアの掌の上ってことかぁ。…窮屈だなぁ」
アルバス·ダンブルドアの真意は、ハリー達には理解の及ばぬところにあった。しかし、自分達の感情まで見透かされている、と思うと、ハリーはやはりダンブルドアを好きになることはできないと思うのだった。
***
ハリーの目が覚めたのは九時半になる直前だった。三度寝をしないようにハリーは洗面台で顔を洗うと、鏡の前に立って自分の顔を睨み続けた。ハリーの髪の毛は寝癖でバラバラになっていた。
(あーあ、またこれだ)
ハリーは苦笑しつつ、寝癖を直毛剤で整える。バラバラで見るに耐えなかった髪の毛が、見映えよくなっていく。
そうしているうちにハリーの部屋にマリーダがやってきた。ノックの音に、ハリーは入って下さいと返した。
「スリークイージーの直毛剤か?ハリー。随分と似合っている。君のお祖父様も喜ぶだろう」
部屋に入ってきたマリーダはそうハリーを褒めた。ハリーはむず痒い気持ちになった。ハリーのスリザリン生としての部分は、祖父のことを褒められて悪い気はしない。スリザリン生として育ってきたハリーは、同じスリザリン生だったマリーダの称賛を聞き入れやすくなっていた。スリザリン生同士でしか分からない感覚はある。スリザリン生にとって相手の親を褒めるということは、つまり相手の家柄を褒めているということだ。スリザリン生の理屈では、それは遠回しに相手自身を褒めているのと同じなのだ。
ただ、ハリーや多くのスリザリン生はそれにとどまらず、より上を目指したいという意識が存在する。両親から受け継いだものだけでなく、己の力で何かを勝ち取りたいと思うのもまたスリザリン生の気質だった。
「ありがとう、マリーダ。ダフネの薦めで購入したんだけど、この薬は僕の体質にも合うみたいだ。髪の毛を真っ直ぐにするのはポッター家の悲願だったのかもしれないね」
ハリーは内心、自分の推測は的外れではないと思っていた。シリウスやハグリッドに見せてもらった記憶の中の父親はハリーと同じ癖毛だったからだ。
「この直毛薬ならミスグレンジャーにも薦めてみるといいだろう。しかし、ミスタウィーズリーには薦めない方がいい。この薬は赤毛には異常を引き起こしてしまうからな」
「へぇ」
ハリーは直毛剤のラベルを確認した。隅に小さく赤文字で、赤毛の人には使用しないで下さいという但し書きがあった。
「何が原因なんだろうね。それが分かれば、学会で発表出来るかな?」
「恐らくは学会でもっとも馬鹿馬鹿しい発表になるだろう」
二人は冗談を言いながらテレポートでオックスフォードへと移動した。ハリーとマリーダは、すぐに歴史ある学術都市へと移動した。ハリーもマリーダも観光客風の装いで風景に溶け込んでいる。雲に遮られているとはいえ、夏の熱気は容赦なくハリーやマリーダを襲った。
オックスフォードの町はホグズミードにも似て、風情を感じさせる造りだ。ホグズミードと異なるのはあちこちに魔法で出来た隠し通路や隠し扉などがないということで、魔法の存在しない空間は落ち着いた安心感を与えてくれた。
「やぁお姉さん。ここははじめてですか?もし宜しければエスコートしましょうか?」
オックスフォードに住む研究員だろうか、それとも住人か、若い男性が町並みを歩くマリーダへ声をかけてきた。マリーダが結構ですと左手を相手に見せると、男性は失礼しましたと引き下がった。
「弟さんと旅行ですか?ここは観光してもも楽しい場所ですよ。是非色々と見ていって下さい」
「弟?」
ハリーは男性の言葉に微妙な顔をした。シリウスはともかく、マリーダは姉というには歳が離れているような気がしたからだ。
「時間を無駄にしたな。ハリー、ルナの研究発表を聞きに行こう。観光はそれからでいい」
ハリーとマリーダは、オックスフォードに作られた魔法族の学会会場に入った。カレッジはハリー達魔法使いの目にはすぐにわかった。道のど真ん中に扉が設置されていて、マグル達はその扉に気がつかずに通りすぎていくのだ。
ハリー達が扉を潜ると、そこにはマグルらしい服装で擬態した魔法使いと、魔法族らしいローブを着込んだ魔法族が混在していた。ハリー達はオックスフォードの町並みから内部の魔法使い達がいる会場に足を踏み入れたのだ。
会場に入るや否や、マグルの服を杖でローブに変えてしまう人もいた。開始二十分前だったので、会場は異様な熱気に包まれていた。
「言語学会ですね。十三番出口にお進みください。迷わないよう、右に進み続けて下さい。ついてきて下さいね」
受付を済ませると、誘導員はハリー達を案内した。
「きちんと管理されてないのかな?人の数に対して会場が狭い気がするんだけど」
「空間拡張に失敗したのだろう。魔法族にはたまにあることだ」
マリーダが言った。魔法で造り出した空間の広さは魔法族の腕によってどこまで拡張するか自由に決められるが、拡張した空間内を整理するのは一苦労だ。事前の調整がうまく行かなかったのか、ルナの発表する会場は誘導に従わなければたどり着けないほど曲がりくねった道の先にあった。道の先々で、ハリーはゴーストやタコのような不思議な魔法生物や、ハウスエルフが会場にいるのを見た。発表者達が持参した魔法生物で会場は溢れかえり、祭りのようになっていた。
「……どうして会場をオックスフォードに作ったんだろうね。発表するならどこでも変わらないのに」
誘導員に従って移動する間、ハリーはマリーダにそう問いかけた。マリーダは麦わら帽子が風に飛ばされないよう抑えつつ言った。
「こういった発表は風情ある場所を選びたいものだ。魔法使いにもアカデミーはあるが」
「オックスフォードの町並みの美しさと、培われてきた歴史を否定できる魔法族はいない。ホグワーツに次ぐ歴史がここにはある。権威主義的で格式に拘る私たちスリザリンを出たような魔女や魔法使いほど、こうした風格ある場所に弱いのだ。私も昔そうだった」
マリーダはハリーにそう解説した。ハリーはマリーダの説明に納得したが、ふと思い付いて言った。
「ホグワーツに次ぐ歴史。ホグワーツもここを参考にしたりしたんでしょうか」
「意識はしたかもしれないな」
「あのう、宜しいですか?もう到着しておりますが……」
「あ、そうですか。ありがとうございました」
そこまで話したところで、誘導員は到着をハリー達に知らせた。
誘導員が指差す方向には、『13番ゲート、魔法生物の言語に関するセッション』という表示があった。ハリーが周囲を見渡すと、鷹の帽子を被ったブロンドの女の子が緊張した面持ちで座り込み、アズラエルに励まされていた。
マリーダは手慣れた様子で人混みをすり抜け、ルナの元へとハリーを案内した。ハリーはルナのもとにたどり着くと言った。
「やぁ、ルナ、アズラエル。」
「おおっ……ハリー!そんでマリーダさん!ちわっす!」
ルナの声はいつになく上ずっていた。頬は赤く上気していて、肩には余計な力が入っている。普段の惚けたような雰囲気は今のルナからは感じ取れなかった。
「こんにちはハリー、そしてマリーダさん。スクリュートのエリザベスも、ラジカセも準備は万端ですよ。あとはルナ次第です」
アズラエルは、目でハリーに何かアドバイスをするよう促してきた。ルナの発表まではもう時間もない。ハリーは、ルナにこう言った。
「大勢の前で発表するって緊張することかもしれない。でも、ここで発表できたのは、君の論文が認められたからだよ。きみはここの一員として立派に認められたから発表できるんだ」
「お?おう……ハーマイオニーとアズにゃんのお陰だね」
ルナの言葉にアズラエルはまんざらでもなさそうに頷いた。マリーダは感心したようにルナを、そしてハリーを眺めた。
(……天才。なるほど普段通りの調子を取り戻させればいける、か。ハリーはしっかりと人を見ている。
……でもこの子は。アズにゃんはないだろう)
「いや、あたし、昨日まではそんなに緊張してなかったもん。でも、会場は思ったよりずっと人多いし、めちゃくちゃ面白い動物達もいるし。聞いてもらえるかな?」
ルナの中に、今になってプレッシャーが生まれたのだ。無理もない話だった。
ハリーはルナを元気付けられるように言った。
「この発表はみんなにスクリュートのことを知ってもらうための場でもある。君がスクリュートにどれだけ向き合ったのか分かれば、会場の人たちもきっと耳を傾けてくれるよ。ここにいるのは魔法生物学者なんだ。魔法生物に関しては知りたくてたまらないはずさ」
そしてアズラエルは、ルナをこう励ました。
「ここでは僕らが見てます。何か不測の事態が起きたら必ず助けます。どうせなら、堂々と挑んできなさい。その方が皆面白がってくれますよ」
アズラエルの言葉に、ルナは深呼吸して微笑んだ。まだ固さが残っていて、普段通りとないかないものの大失敗することはないだろうとハリーは思った。
「……アズにゃん、ハリー、あたし自分がこんなことになるなんて思ってなかったもん。なんか夢みたい」
「夢じゃない。それに、これが終わりって訳でもないだろう」
ハリーはルナにそう言った。
「UMAを探したり未知のアイテムを探したり。そういうことを繰り返して、またここに来ればいいさ」
「そうですね。これは君にとってのゴールじゃない。あくまでも最初の一歩なんですよ」
ルナ·ラブグッドは目に光を携えて、はじめての学会発表に挑んだ。最初の一声で盛大に舌を噛んだものの、ラジカセと変声薬を用いてスクリュートと意志疎通を始めたルナの姿を見て、集まった聴講者達は沸き立った。
「私のニーズルに言葉を伝えられないかな?」
「今やってみます。『こんにちは。ニーズルちゃん。お腹空いてる?ジャーキー食べる?』あ、要らないみたいです」
「そのラジカセを別の機械で代用したりは出来るかな?」
「出来ます。こっちにハンドラジオを持ってきました。ラジカセより機能も少なくて使いやすいやつです」
「使用した変声薬の種類は?変声薬のグレードを下げても意志疎通は出来るのかね?」
「市販のB級品までは効果を確認しています。A級品は調査中です。C級(無認可の違法薬物)はあたしが退学になっちゃいます」
「はは、そりゃあそうだ!これは失礼っ!」
「凄いぞルナ……」
「ちゃんと出来てるじゃあないですか……!ハーマイオニーにこの姿を見せたかったですねえ……」
順調だったルナの発表は、最後にオチがついた。会場聴講者の一人が、次はどんな動物と話したいですか、と聞いたのだ。ルナは迷わずこう答えた。
「ガルピング·プリンピーです!いつかガルピングを見つけたら、真っ先にこう言うんです。『やっと会えたね』って!」
ルナの発言した生物は、魔法界においても存在しない空想上の生物だった。質問者はしばし凍りついたあと、貴女がそれに出会える日を心待ちにしています、と返した。魔法生物学者達の界隈で、ルナ·ラブグッドは新たな学者の卵となるか、それとも詐欺師になるか判断がつきかねているようだった。
それでも、ルナの論文も含めた多くの論文が載った学会誌をハリー達は購入した。購入した人たちのなかには魔法族だけでなく、会場に訪れていた吸血鬼やハウスエルフなどの亜人達もいた。ハウスエルフは主人にこの学会の資料を届けるのだろうとハリーは思った。
とある魔法族「マグルで一番頭がいい連中の前でマグルが気付かない仕掛けしたら面白いやろなあ……」
マリーダはシリウスやハリーの手前オックスフォードを立てたけど、わざわざオックスフォードが会場なのは多分これ。