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ハーマイオニー·ジーン·グレンジャーは無事ハグリッドの学会発表を見届け、魔法生物学会の奇妙な生物達をハリー達と観察して回った。
「うーん……可愛いか可愛くないかと聞かれれば、間違いなくどれも微妙よ。でもみんなそれぞれ凄く興味深いわ!」
魔法生物学会は大成功のうちに幕を閉じた。少なくとも、ハグリッドとルナにとっては大きな成果が上がったと言えるだろう。
「それでルナ?スクリュートの機嫌はどうですか?」
「ん?あー……」
アズラエルの質問にルナは決まり悪そうに視線を泳がせた。ハリーは嫌な予感がした。ハーマイオニーと視線が合う。ハリーはハーマイオニーにこっそりと耳打ちした。
「暴れられなくてご立腹みたいだよ、スクリュートの女王様は」
ルナはアズラエルに向き合った。
「あー……それなんだけどさ、アズにゃん」
「はい?なんですか?」
「あのね、エリザベスたちみんなね……」
「ええ。」
「……ここにいる人たちを見て驚いたっぽい」
「……それで?」
アズラエルはルナの言いたいことがよく分からなかったらしい。ハリーとハーマイオニーも首をかしげた。そしてついにルナは言った。ハリーが恐れていたことを口にしたのだ。
「人間は襲わないって教えたけど、妖精さんとかバンパイアとか。はじめてみた人種のこと餌だと思ってるみたい……」
「え?」
「餌……?」
「うん」
ハリーはルナに改めて問いかけた。アズラエルは別段驚いた様子を見せなかった。もしかしたら、こういう事態になるのを予想していたのかもしれない。ハリーはアズラエルの冷静さが憎らしくなった。ハーマイオニーだけが心底ショックを受けた表情で青ざめていた。
「ハリー、あたしはちゃんとみんなのこと説明したんだよ!でもエリザベスはあの人たちを見て固まったり、追い掛けようとしたりしてて。ちょっと興奮してるんだ」
「あー、まぁ僕たちで人間を知ったと思ったら、知らないいろんな人種を見て怖くなるよなあ」
ハリーは溜息をついて頭を掻いた。スクリュートと意志疎通が出来るようになったとしても、元来の狂暴性を取り除けたわけではない。さらに言えば、ずっと狭い世界で管理されてきたスクリュートが、人間とは異なる人種を見て冷静でいられるわけもない。
「こればっかりは仕方ありませんね。ともあれ、君の発表がうまく行ったことを喜びましょうか。最後の一言は余計でしたけどね」
アズラエルは素直にルナを祝福した。ハリーは慌てて言った。
「アズラエルはルナを責めてるわけじゃないんだ」
「うん、知ってる。……エリザベスはちゃんと人間は食べてないから、たぶん他のみんなも分かってくれると思う」
「そう願うしかないね」
ハリーはアズラエルと顔を見合わせた。アズラエルの脱力した顔は、スクリュートという怪物への諦めから来ているようだった。ハリーはそんな友人を励ますように言った。
「ハグリッドの方も無事に終わったし、ここの発表を見て回ろう。新種の魔法生物とか魔法生物由来の新薬とか、面白そうな研究もあるしね」
「そうですね……そうしましょうか。魔法生物保護学会や、環境保護学会もあるみたいですよ。行きましょう」
溜息をついてとぼとぼ歩くアズラエルに、ハリーとハーマイオニー、ルナは続いた。ゼノフィリウスやマリーダは後ろから子供達を見守っていた。ハリーはふと気になってアズラエルに聞いた。
「魔法生物保護学会はいつからあったんだい?」
「学会そのものは昔からあったそうです。ただ、今よりずっと少数派だったようですね。スニジェットとか、デミガイズとか絶滅危惧種だったり絶滅したって言う魔法生物も居るでしょう?大昔の魔法使いにとっては、魔法生物をわざわざ保護しようなんて考えはマイノリティでした」
感心するハリーやルナの横で、ハーマイオニーは頷いていた。彼女のことだから、魔法史の予習で把握していたのだろう。
「よく今の規模になったね。何かきっかけでもあったのかな」
「ええ。歴史上、魔法生物は僕らにとって道具に過ぎませんでした。しかし、野放図に狩りをして密猟を繰り返す密猟者が問題となり、規制法が成立します。密猟の厳罰化により、魔法生物の数が爆発的に増えたんですよ。それが第一の転換点ですね」
「OWLの試験でもよく出る箇所ね」
「ハーマイオニー、君まさか今から過去問をやってるって訳じゃないよね?」
ハリーの問いにハーマイオニーは曖昧に微笑んだ。その微笑みに、ハリーは違和感を覚えた。
(ん?なんだか……?)
ハーマイオニーの笑みの違和感にハリーが疑問を覚えたとき、ルナがアズラエルに言った。
「でもさ、禁止されたらかえって需要が増えるってことはないの?市場に出回らなくなったらものの値段って釣り上がるよね?」
「ルナは鋭いね。レイブンクローに十点」
ハリーが茶化すとハーマイオニーは呆れた目でハリーを見た。
「ええ、そういう傾向はありましたね。需要があるのに規制だけしても意味はない。マグルの禁酒法とかがいい例です」
禁酒法とは、20世紀のアメリカにおいて施行されたアルコールの製造、販売だけでなく運搬や輸出入まで規制した法律である。その法律はほとんど守られなかった上、密造されたアルコールがマフィアの資金源となるなど禍根となったことで魔法族の間でも(主にマグルを見下すための材料として)有名になったのである。
「魔法省が規制を強化したことで短期的に混乱はありましたが、長期的に見れば密猟者を取り締まる動きは強化されました。市場の混乱については今は置いておきましょう」
アズラエルは三人にそう説明した。ハーマイオニーはアズラエルに言った。
「法律を整備することで、社会が魔法生物を受け入れる体制を作った、という部分が重要なのね?」
「そういうことです。密猟者を取り締まる法律が出来たはいいが、実態にはあまりそぐわなかった。つまり密猟の風潮は依然としてあったわけですが」
アズラエルはルナに続けて説明を始めた。
「第二の転換点は、スキャマンダー先生の登場ですね」
「スキャマンダー先生?政府じゃなくて?」ハリーはアズラエルにそう聞いた。アズラエルは嬉しそうに説明を続けた。
「ハリー、良い質問です。魔法生物の権利を擁護し、密猟を取り締まるための新しい法律を作ろうとした人たちはいたんです。しかし彼らの声は政府に届かなかった。何故か?」
ハリーは答えられなかったが、ハーマイオニーがすかさず答えた。
「魔法省内に反対派がいたからよ。彼らはその法案に反対していたのね?」
アズラエルは満面の笑みでハーマイオニーに拍手を送った。ハーマイオニーは気恥ずかしそうに頬を染めた。
「そんな時、スキャマンダー先生の『幻の生物とその生息地』が発売され、国境を超えたベストセラーになりました」
「本の売れ行きと法案の成立は関係ないんじゃない?」
ハリーの質問にアズラエルが答えた。
「関係大有りですよ、ハリー。スキャマンダー先生の本は国境を超えてのベストセラーでした。つまりは大勢の魔法族が、スキャマンダー先生を通して魔法生物を認めたわけです。スキャマンダー先生はそれまでは、単なる道具でしかなかった魔法生物の地位を高めたと言っても過言ではありません」
ハーマイオニーは何故か興味深そうに頷いていた。ルナはそんなハーマイオニーにこっそりと囁いた。
『アズにゃんってスキャマンダー先生のファンなんだよねえ』
『でも安心するわね。スキャマンダー先生について語っているときのアズラエルは楽しそうだもの』
「第三の転換点は、魔法省内に密猟取締局の開設ですね」
アズラエルが説明を再開した。
「国境を超えた本によってスキャマンダー先生の地位は確固たるものになり、魔法生物を飼おうという動きも加速しましたが、これによって新たな問題が発生したのです」
「問題って?」ハリーが聞いた。アズラエルの答えは大体が予測できることではあったが、難しい問題ですぐに解決できないことだった。
「魔法生物の飼育ブームが来たのに、獣医の数が足りない。流行に乗っかって育てただけの三流ブリーダーの増加。外来種の繁殖とそれに伴う問題です。それをきっかけに環境学会や保護学会の会員数も飛躍的に増加しました」
「人が増えるってことは問題も増える、ってことか」
「魔法生物は生き物ですからねえ。噂だけで飛び付いて、飽きたら捨てるなんてことも珍しくなかったそうです。そういう問題が起きる度に法規制に奔走し、魔法生物飼育の適切なマニュアルを制定して……その繰り返しでやっと今があるってわけですね」
「ねぇ、アズラエル。『魔法生物の権利を保護するための法律』で気になったところがあるの。ちょっといいかしら?」
「どうかしましたか、ハーマイオニー」
「私、去年新聞で『反人狼法』が制定されかけたのを知ったの。そのときは秘密の部屋事件のことで頭が一杯だったけれど、あれは正しかったとは言えないわ。人を魔法生物として扱うなんて。規制法って、どういう基準で起草されているのかしら」
「……反人狼法ですか。人狼を闇の魔法生物とし、就業を制限するべきという法律ですね」
アズラエルは腕を組んで唸った。
「魔法使いの世界での就業が制限されるのは理不尽すぎるハンデだね」
とハリーも言った。ハリーはホグワーツを卒業後は魔法族の世界で働くと決めていた。もし自分が人狼になったとき反人狼法が成立していたとしたら、それはハリーにとって地獄のような世界に違いなかった。
人狼は人であり、人狼同士の子供や人狼の子供が人狼として産まれたという場合を除けば、魔法使いが人狼になるケースがほとんどだ。その人狼の就業を制限すべきという法律が制定されかけたものの、シリウスが裏から手を回して廃案に追い込んだのである。ハリーはマリーダから、反人狼法廃案の経緯を聞いていた。
『私たちが闘った闇の魔女、シオニー·シトレは魔法生物規制管理部に所属していた。反人狼法をはじめとしていくつか悪法を起草していたのでシリウスが叩き潰したが、まさか闇陣営に与するとは』
官僚として法律を制定することは仕事の範囲であり、なにも悪いことではない。だがその法律の内容次第では、大勢の人間が迷惑を被る。だからシリウスは手を回したのだという。
『シリウスはブラック家の当主としてそういう手段を取った。汚い手段だとシリウスは自己嫌悪していたが、そういう手法を取ることも人には必要だ。一度制定された法律を撤回させることは至難だし、裕福ではない人狼はその撤回させるまでの時間で困窮してしまうからな』
(……ルーピン先生みたいな人達が酷い目に遭うなら、それは止めなきゃ行けなかったと思う)
ハリーはマリーダの話を聞いてシリウスのことを誇りに思ったが、同時に歯痒くも思った。人狼が危険だという意見そのものは、スリザリン生としては全く否定できない意見だからだ。
満月の夜の人狼に噛まれたとき、通常の魔法族ならば人狼となる。それだけでも、社会的に大打撃を受けることは間違いないが、マグルが人狼に噛まれたときはもっと悲惨だ。
マグルには人狼が保有する細菌への抵抗手段がない。人狼に噛まれた場合、銀粉とハナハッカを傷口に塗布することで命を長らえるが、マグルにはそれが出来ないのだ。そのため、マグルは人狼による被害を狂犬病で死亡したと考てきたのである。
「そういう法律が制定されかけるのは、人々が人狼を悪いものと思っているからですね」
「なら、そういう偏見を助長しないように法律を制定すべきなのかしら。人狼に対する社会支援制度を整えて……それとも、スキャマンダー先生がやったように、人々の関心を引いてから少しずつ実態に則して変えていくべきなのかしら?」
「そうですねえ……人狼の中には自分が人狼だって明かしたくないって人も多いでしょう?人狼を支援するって言われても、じゃあ自分が人狼ですなんて普通言えませんよ。僕としては、社会の方と人狼双方がルールを守って歩み寄っていくべきとは思いますが、その手段は思い付きませんねぇ」
ハリーは感心してハーマイオニーとアズラエルの話を聴きながら環境保護学会の学会発表を見ていたが、ルナは途中から興味をなくしてしまったようで退屈そうに欠伸をした。
(ルナは猫みたいなやつだな)
とハリーは思った。フィッグ婆さんの猫も、気まぐれで御しがたいところがあった。アズラエルとハーマイオニーが人狼談義に花を咲かせる裏で、ハリーは環境学会の『増加傾向にある二酸化炭素の有効的な利用法方としてのサンダーバードとその課題、マグルの飛行機及び人工衛星への対策』に関する発表に没入することにした。
***
「みんな~っ!今日はありがとーっ!ワールドカップでまた会おうねっ!」
ゼノフィリウスと右手を繋ぎながら、ルナはぶんぶんと左手を振った。ハリーも笑顔で振り返す。ルナは笑顔のまま、ゼノフィリウスのテレポートによって自宅へ帰っていった。
「……さて、名残惜しいですが僕らも帰りましょうか」
アズラエルがそう言って指を弾こうとしたのを、ハリーは止めた。
「ちょっと待って。アズラエルとハーマイオニーには聞いてほしいことがあるんだ。荒唐無稽な話ではあるんだけど……」
「……ハリー、何かあったのね?」
そしてハリーは、オックスフォードの喫茶店でアズラエルとハーマイオニーの二人に自分が見た光景について話した。ドロホフとヴォルデモートと思われる赤子を見たというハリーにアズラエルは顔を青くしていたが、迷いこんだマグルが殺害されたと聞くとハーマイオニーがはっと口に手を当てた。
「……そんな。……でもハリー、それは夢よね?つまり、本当にあった訳じゃないわよね?」
「僕もそう思う。シリウスも僕に千里眼でもなければ、夢で現実の光景を見ることなんて出来ないと言っていたし」
ハリーは内心、あの光景が本物であるという嫌な確信があった。ハリーは学会発表によって心踊るルナの気分を害したくなかったので言わなかったが、ハーマイオニーやアズラエルには相談しておくべきだと思った。二人ならば、あの夢に対して何らかの有用なアドバイスをしてくれると思ったからだ。
「ハリーはその夢に何らかの意味があると思うわけですね。それなら……ファルカスに相談するのはどうですか?」
「ファルカス?」
「ええ。彼が闇祓いの家なのは知ってますよね?その手の夢に関しても、彼の祖父の書斎に何か知識があるかもしれません。……それに、ファルカスの家に行った時、彼の部屋に夢占いに関する本も何冊かありました。聞いてみても損はないと思いますが」
「でも……夢占いなんて非合理的だわ。ハリーは夢を見ただけよ」ハーマイオニーが言った。
「むしろ僕はその思い込みが危険だと思いますね」アズラエルは懐から懐中時計を取り出して時間を確認しながら言った。
「ハリーの夢に意味があるとしても、それに関して手掛かりはない以上、今必要なのは情報です。占いは曖昧かつ、どうとでも解釈できるものですが、それでもゼロよりはマシでしょう」
アズラエルは四時を示していた時計をしまうと、マリーダに問いかけた。
「すみません、今から時間を頂いても宜しいですか?」
「私は構わない」
「ありがとうございます。では、アウル!」
アズラエルが呼ぶと、醜いボロ布をまとったハウスエルフが現れた。そのハウスエルフはドビーより幾分か顔色も体格もよく、そこそこの待遇であることが伺えた。
「アウル。彼女は僕の友人でハーマイオニー・グレンジャーです。くれぐれも丁重に、ラフへロー村表通り四番地にお送りしなさい」
アウルと呼ばれたハウスエルフはハーマイオニーに恭しくお辞儀をした。ハリーはその仕草だけでも、クリーチャーやドビーより知性と教養を感じた。
「かしこまりました、ご主人様。お掴まりくださいませ、グレンジャーお嬢様」
「ありがとう。私に親切にしてくれて。名前で呼んでもいいかしら?」
「ご主人様はそうお望みです。私のことはお好きにお呼びください」
そんなやり取りをしていると、マリーダがテレポートでハリー達の前に姿を見せた。彼女は手に高級そうな包みを持っていた。
「マリーダ、それは?」
「ハリーのご友人の家に出向くのだ。これくらいは持っていかなければ失礼に当たる」
「マリーダさんはラフへローへ行ったことはおありですか?」
「ああ、問題はない。ハリーは私と共にテレポートしよう」
そして、ハーマイオニーとアズラエルは、アウルの力でファルカスの家までテレポートした。ハリーは一瞬、ハウスエルフは魔法使いより能力が優れているのではないかと思ったがそれを口に出すのはやめた。ハリーはマリーダに右手を差し出した。
「では行くぞ。3、2、1……!」
マリーダの手を取ったハリーの視界が反転し、再び地面に足を付けていた。
「……おお」
ラフへローは、時代錯誤と思わせるほど辺鄙な田舎町だった。住宅街であるにも関わらず閑散としていて、マグルの村落ならばあってしかるべき車の代わりに、それぞれの住宅には箒が備え付けられている。マリーダとハリーは、すぐにアズラエル達と合流した。
「ハリー、大丈夫か?」
「ああ。大丈夫。マリーダはテレポートが上手いからね。もう慣れたよ」
ハリーは上着についた塵を払い、そしてファルカスの家を見上げた。ファルカスの家はマグルの中流家庭と同じ平凡な作りだった。しかしダーズリー家ほど裕福そうではなく、家の屋根は塗装が剥げていた。ハリー達は少し緊張しながらも、マリーダの後に続いてファルカスの自宅にお邪魔した。
***
「まぁまぁ光栄ですわ、うちにブラック家の方を招き入れるなんて。大したものはお出しできませんが……」
「そんなことは気にならならいで。事前のアポイントメントも無しに訪れてしまって申し訳ありません。息子がどうしても、ファルカス君に会いたいと言って聞きいれませんで」
「まぁまぁ、うちの子に?あの子ったらそんなに慕われていたのかしら。アズラエル君に、ポッターさん、そしてミス グレンジャー。もう少しだけ待っていて頂戴ね。ファルカスは今、箒の手入れから帰ってくる筈だから」
マリーダは愛想よくファルカスの母親と話していた。ファルカスの母親はファルカスによく似た髪を持っていて薄いブロンドだったが、ファルカスよりさらに痩せていて目には強い光があった。ハリーはペチュニアと似た雰囲気をファルカスの母から感じ取った。
「マダム。子供たちの話は、子供達だけでさせて頂きたいのですが……」
「ええ、ええ。構いませんとも。うちの子の部屋を使って頂ければ」
「ご子息についてはうちのハリーからも度々耳にします。正義感のある優秀なご子息で、決闘クラブでも期待されているとか」
「あらあらあの子ったら。アズラエル君やポッターさんの話ばかりで、自分のことは聞かせてくれなかったんですのよ?」
ファルカスの母親愛想よく振る舞っていた。全力でマリーダの機嫌を取ろうという意思がハリーには感じられた。
(ブラック家の家名ってやっぱりとんでもないんだな……)
ファルカスを待っている間、ファルカスの母とマリーダとのやり取りは続いた。ファルカスの母親は、ペチュニアが取引先の奥様相手に見せるような本気の笑みでマリーダを接待していた。ハーマイオニーはブラック家の権力を感じ取って微妙な顔をしていたし、アズラエルも興味深そうに話を聞いていた。ハリーはあまり居心地はよくなかったが、マリーダの話に相づちをうちながら一刻も早くファルカスが帰るのを待った。
しばらくして、箒を手入れしていたファルカスが戻ってきた。ハリーと同い年の友人、身長は平均的で寡黙で、実直な雰囲気を持っていた。そして、スリザリンにあって闇祓いを志す魂を持っていた。
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ファルカス·サダルファスは、その日のアルバイトを迅速に終えた。ファルカスのアルバイトは、ラフへローにあるクィディッチ競技場の箒や備品の手入れだった。
「おつかれさん、ファル坊。だんだんと上手くなってるねえ」
「クリケットさんに教えて頂いたお陰です」
ファルカスは年輩の用務員に愛想よく笑い、今月の賃金である一シックルと四クヌートを受け取った。
ファルカスの家は、ウィーズリー家と比べてもあまり裕福ではない。ファルカスの祖父の名誉が失墜して以来、ファルカスの父は魔法省にあって閑職に甘んじていた。次第に酒浸りになっていく入婿の父の諦めと、祖父の時代の輝きを忘れられない母の言葉を子守唄にしてファルカスは幼少期を過ごした。
(僕は父さんのようにはならないぞ。闇祓いになって、母さんを安心させるんだ)
ファルカスはそう心に決めていた。そのための努力を惜しむつもりはなかった。しかし闇祓いになるためには、呪文学、変身呪文、薬草学、魔法薬学、DADAで高い成績を取る必要がある。ファルカスは自分の成績を考えて今のままだと不安があるから、四年の夏期休暇では名門塾にいれてほしいと両親に頼み込んでいた。
(せめてその費用の足しくらいは自分で稼がないと……)
無茶を言っている分だけ、ファルカスは自分もさらに努力するつもりだった。このあいだの結婚式に参列するための衣服や、友人達との交際にかかる費用でも家計に負担をかけている自覚はあった。ファルカスは、せめて友人たちとの交際費だけでも自分の力で何とかしたかった。そこで、村のアルバイトを始めたのだ。
ラフへローにはクィディッチ競技場があり、休日は村の魔法使いの子供達が競技場を訪れて遊ぶ。そこの管理は魔法省から派遣されている村役場の役人の仕事だったが、ファルカスは村役場の役人クリケットとは懇意にしていた。何なら実の父親よりも、真面目に仕事をしている姿を見ているその役人の方を尊敬しているくらいだったが、ファルカスがアルバイトをしたいと申し出ると、クリケットは快く道具の手入れを任せてくれた。
そしてファルカスが帰宅すると、待っていたのは友人たちだった。
「やぁ、ファルカス。お邪魔してます」
「みんなどうしたのさ一体!?今日は学会発表じゃなかったかい?」
ファルカスは仰天して一番の理解者であるアズラエルに言った。ファルカスがスリザリンに入って最初の友達になったのはアズラエルだった。
「実は僕のことでちょっと君の意見を聞きたくて。いきなり来てごめんね、ファルカス」
「いや、大丈夫だよ」
母がいつになく嬉しそうな顔をしているのを見て、ファルカスの胸は躍った。自分の成績は不出来とは言えないが、際立っているわけではない。スリザリンの中で生きていくなら力のある誰かと必ず行動を共にしなければならないことは解っていたし、他の寮の同級生とも上手くコミュニケーションが取れているとは言えなかった。だからこうして他の寮の友人たちが遊びに来てくれて、しかもそのうちの一人はブラック家の後ろ楯があり、一人は裕福な純血となれば母が安心するのは当然のことだった。ハリーたちにはむしろ感謝したいくらいだった。
ファルカスは自分の部屋にハリー達を招き入れた。普段使い込んでいる学習机には、闇祓いの訓練メニューとメンタルトレーニングメニューを起きっぱなしにしていた。ファルカスは慌ててそれを隠したが、三人ともそれに触れないだけの良心があった。
「……それで、話っていうのは?」
ファルカスは取りあえずハーマイオニーを椅子に座らせ、アズラエルにはベッドで腰かけてもらうと、ハリーとは立って話し合った。
「うん。実は……」
それからハリーがした話は、ファルカスから見ても荒唐無稽なものだった。
「……うーん」
ファルカスは唸った。ハリーの話のなかで、気になる部分があったからだ。
「夢の中で、君の傷が傷んだりしたんだね?」
「ああ。蛇や赤子を見るたびに僕の傷は傷んだ」
「……それは、例のあの人の呪いが君に悪影響を与えているんじゃないかって思うんだ」
ファルカスの見解は、ハリーの見た夢はあの人が見せた呪いだという意見だった。
「呪いっていうのは、かけられた後も人に後遺症を与えるんだ。それも早期に治癒しないと、根治が難しくなる。君が赤子のときかけられた呪いが原因で、あの人に干渉されたのかも……」
「待ってファルカス。ヴォルデモート……ごめん、例のあの人が僕に夢を見せたとしても、何十キロ……あるいは何百キロと離れた場所から干渉するなんてことは出来ないと思う」
ファルカスは、友人が呪術関連の知識には疎いことを思い出した。
「呪いは闇の魔術と同じで、本人の恨みとか負の感情を起点に発動するんだ。例のあの人は君のせいで肉体を喪ったんだろ?君への恨みで呪いが強化されても全然おかしくはないよ。爺ちゃんの手記にも陰湿な呪いに関する記述はあるんだ」
「……呪いか。……緩和する方法はいくつか知ってる。今度からプロテゴをかけて眠ってみることにするよ」
「うん。そうしてみて」
ハーマイオニーはファルカスの意見に満足そうに頷いていたが、アズラエルは、別方向の視点からファルカスへ意見を求めた。
「呪いですか、その発想はありませんでした。……ねぇファルカス、夢を占い学として考えるとどういう解釈が出来ますか?」
「占い?……何かの暗示として?……うーん、そうだね……」
ファルカスは自分が占い学でOの成績を取ったことを思い出した。周囲の友人たちが言うには、自分にはそこそこの(たまに当たる程度の)占いの才能があるらしい。本人としては、闇祓いに必要な変身呪文のギフテッドが欲しかったのだが。
「……まず赤子、例のあの人が赤子って言うのは……未来、成長、進化の暗示を示している。赤子の可能性は無限大だって言うしね」
「でも、例のあの人は何十歳という大人よ?赤子の姿だなんて恥ずかしくないのかしら」
「いや、夢の内容に文句を言われても」
ハリーがハーマイオニーにあきれた声を出すなか、ファルカスは言葉を付け加えた。
「ハリーの夢が単なる夢って前提でいうけど、赤子の姿なのはあの人の肉体的、精神的未熟さを現しているのかもしれない。それを克服できていないっていうことなら、案外悪い夢じゃないのかもね」
そう言うと、アズラエルは安心したような顔になった。
(うん、良かったかな……)
ファルカスはその顔を見てほっとした。占いなんて当てにならないというのは、占いをしているファルカスが一番良くわかっているのだ。それでも皆が安心してくれるなら、ファルカスは自分の解釈を述べる気になった。
「次にドロホフ……従者の立ち位置で酒を飲んでいた。これは、本人の不安定さを表現している」
「……いやまって。ドロホフには、腕があった!燃えた筈の左腕で酒瓶を持っていた!手には手袋をつけてたけど……」
ハリーがそう思い出して言うと、場の雰囲気は凍りついた。
「……酒……アルコールは、主から下賜されたものだと解釈できる。つまりドロホフは、何らかの手段で自分の腕をあの人に治してもらったのかもしれない」
ファルカスの見解は筋が通っていた。そして、場の雰囲気を凍りつかせてしまった。
「……あの人に治してもらったのならまだいいよ。誰か罪のないヒーラーが操られたよりよっぽどマシだ」
ハリーはそう言った。
悪霊の火のような凶悪な闇の魔術で受けた傷を癒せるヒーラーが敵にいるよりは、あの人のワンオペであった方がありがたいというのはその通りだった。ファルカスは冷や汗をかきながら、蛇について話した。
「最後に、犠牲になったマグルと蛇。マグルは文字通り力なき無力な人々、蛇は、夢物語における権力の象徴として扱われている。弱者を食い物にして、権力を取り戻そうっていう暗示にも見える」
けど、とファルカスは続けた。
「蛇は、過ぎたるものを求める人間を破滅させてくれる。例のあの人のような邪悪な存在が、そのまま生き続けられるとは僕には思えない。あの人には破滅の暗示が出ていると僕は思うよ」
ファルカスは己自信を鼓舞するようにそう言った。夢に出てくる蛇は、権力者を導き、高みへと導くこともある。しかし、その資格のない人間にとって蛇の毒は強力すぎるのだ。ファルカスの言葉はそうあってほしいという願望ではあったが、スリザリンの象徴として例のあの人を認めたくはないという正義感が見て取れた。
「ありがとう、ファルカス。なんだか勇気が沸いてくるね」
「占いなんて非合理的よ、ハリー、ファルカス。油断せずにいきましょう」
「呪いにしろ本当にあったことにしろ、きな臭い情勢であるのは確かですしね。例のあの人が、クィディッチワールドカップで何かしてこなければいいんですが」
「それならファルカス。今度僕のことを占ってよ。僕に降りかかる災いの種類が分かっていれば、対処もしやすいだろうし」
「分かったよハリー」
ファルカスの見解は、ハリー達をそれなりに安心させる効果はあったようだった。その後、ファルカスはアズラエルから魔法生物学会の学会誌を受け取り、三人がハウスエルフやマリーダと共に家を去るのを見送った。
***
ファルカスはその日の出夜、日課の復習と予習を終えた後、ふと気になってタロット占いを試みた。占いの対象は親友の一人であるハリーだった。
(……こんなものに効果はないって分かってるけど……)
友人の身を案じるものとして、ファルカスは胸騒ぎがしたのだ。占いがより良い結果になることを祈りながら、ファルカスはタロット占いでハリー·ポッターを占った。
(僕は何か、とんでもない間違いをしたんじゃないか……?)
そして、ハリーを占った結果として、ファルカスは塔の正位置を出した。ファルカスがまさかと思い何度占ってみても、その結果が覆ることはなかった。
マグル生まれ(周囲に魔法使いの友人がいないので2ヶ月魔法と触れられない)の修学環境に比べたらどいつもこいつも恵まれている……恵まれ過ぎている……
それはそれとして、ファルカスの家はウィーズリー家よりマシな程度で貧乏です。魔法省の派閥争いに負けたのです。
ファルカスの父親は息子からは酒浸りと言われますがちゃんと仕事してるし真人間ではあります。ただこの世界には父親デバフがあるから……