蛇寮の獅子   作:捨独楽

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Q.LOVEが高くても就職できますか?
A.出来ますよ。実例をお見せします。


スリザリンの恥部

 

 

 

***

 

 時を少し遡る。

 

 ダフネとアストリアというグリーングラス姉妹がハリーの部屋にいる間、シリウスはダフネ·グリーングラスの父、ラドン·グリーングラスとの交渉を終えていた。ラドンはダフネに似た黒髪で、初老の男性のようにも見える。しかし、実際にはシリウスより一歳歳上なだけだ。暗黒時代の艱難辛苦ゆえか、あるいは別の要因が、ラドンという男に実年齢以上の印象を与えていた。それは純血の一族にとっては風格として好意的に受け取られる要素だった。

 

 濃紺のローブを着込んだラドンは保守的な魔法使いで、ルシウスをはじめとした純血派閥とも強い繋がりを持っている。シリウスがなぜそんな男と親しげに会話しているのかと言えば、全てゴッドソンであるハリーのためだった。

 

 シリウスはハリーの保護者としてスリザリンの保護者達と知り合い、幾度かの会話を経てラドンとも親しくなっていた。保護者としての交流を続けるうちに、ラドンは次第にシリウスに胸中を明かすようになった。今日は、正式な書面による契約を交わすためにラドンを招いたのだ。

 

「ラドン、貴方のような実直な人物と話せて嬉しい。こうして話が纏まったのもな。……社交界では誰も彼も腹の内を見せないから」

 

「お世辞はよしてくれ。私も君の支援を当てにしてすり寄っている純血の一人に過ぎんよ、シリウス。君ほど行動力と実行力を兼ね備えた男を他に知らないのでね」

 

 ラドン·グリーングラスの持ちかけた話は、血の呪いに対する治療法の支援に関するものだった。

 

 グリーングラス家に代々引き継がれている血の呪いは、緩和方法こそあれど、現時点で根治方法は見つかっていない。その根治方法を確立させるためには、今まで以上の製薬支援や、魔法省の医療部門に対する働きかけが必要となる。ラドンはそれをシリウスに求めた。その代わり、ウルフスベーンの改良のためにグリーングラス家と縁のあるヒーラーやポーションマスターを仲介して貰う予定だった。狼人間達がウルフスベーンを使いやすくするためには、薬の生産体制を強化して値段を下げなければ手が届かないからだ。

 

 シリウスは数ヵ月前、狼人間用脱狼薬の開発を支援するために強引に政治的な圧力をかけた。ラドンが危険を承知でシリウスに近づくことを決めたのは、シリウスの行動力と実行力を見込んでのことだとラドンはシリウスに言った。

 

「もちろんそれは分かっている。しかし、友が助けを求めているなら助けるのが道理というものだろう。遠慮はしないでくれ、ラドン」

 

 シリウスがそう言い切ると、ラドンはふぅむとうなった。そして言った。

 

「君はもう少し排他的にものを考える人間だと思っていたがね」

 

 その言葉に込められた含みを感じとり、シリウスは微笑んで言った。

 

「意外か?俺の友人はジェームズだけだと言われているからな」

 

 シリウスには後ろ暗い過去が山程あるのでそう思われるのは当然だった。だが、すでに賽は投げられたのだ。今さら止める気はなかった。

 

 

「いや。私は君のような友を持って嬉しく思うよ。世間は我々のような純血一族に厳しい。君も、デイリープロフィットに誹謗中傷を受けているだろう?」

 

「俺に関しては自業自得ととらえている。俺に関してはな」

 

 シリウスは、自分が記事にされあることないことを中傷される分には仕方無いことだと受け入れていた。しかし、マリーダまでありもしない誹謗中傷を受けるという事態はシリウスの心を傷付けていた。政治的圧力をかけて記事を書かせないという手などそうそう出来るものではない。

 

 シリウスにとってマリーダがどれだけ大切な存在であろうと、世間は単なる情報のひとつとして彼女をとらえ、面白おかしく踏みにじることに躊躇しない。シリウスは、言外でそれについて触れるなと殺気を出した。

 

「……ところで、ワールドカップの試合観戦についてなのだが」

 

 シリウスの不機嫌を察したラドンは、唐突も唐突な話題変換を試みた。ラドンが長年培った保身術のひとつだった。相手の触れられたくない話題をつついても何の利もないのである。

 

「……うちの娘が、ポッターくんと一緒に試合を見たいと言い出したのだ。ああ、上のダフネの方だ。ダフネのことは御存知かな?」

 

「知っている。別に何の問題も無いが?うちのハリーも、御令嬢とともに試合を観戦出来ることを楽しみにしている」

 

 シリウスが好意的であることにラドンは安堵したようだったが、しかし、顔を引き締めて言った。皺の深い顔には、娘を案じる父親の憂いがあった。

 

「それなのだよ。実はうちのダフネは、ポッターくんのことをよく私に語って聞かせるのだが……にわかには信じがたいことばかりでね。この間のホグズミードの一件もそうだ」

 

「ああ、あのときの話か」

 

 シリウスが笑顔で頷くと、ラドンは怪訝そうに首を捻った。

 

「本当なのかね?いや、何度聞いても私には信じられないのだ。三年生が複数人の暴漢相手に大立ち回りなど出来るはずもなかろう?」

 

 ラドンの言葉は全くもってその通りだった。魔法使いの戦闘において、複数人を相手取ることはよほどの実力差がなければ厳しい。ましてや三年生など本来は成人一人分の戦力にも満たないのだ。シリウスの立場で考えたとき、大人を含めた複数人の魔法使い相手に生き残れると断言できるのは五年生の時、メタモルフォーガスになった後だ。数の差を覆すことは、地力に相当の差がなければ不可能なのである。

 

「まぁ、そこはハリーの自己防衛能力と機転を褒めるべきだろう。私は当時あの現場にいたが、暴漢ども相手に逃げ切れたのはハリーと、そしてダフネ嬢の機転あってのことだ」

 

 シリウスはさらりとダフネを褒めた。互いの子供達を褒め合うのはスリザリン流の処世術だが、シリウスの言葉は本音でもあった。ダフネを、ザビニをはじめとしたスリザリンの立派な生徒として認める心の準備がシリウスに出来たからこの言葉を言ったのだ。

 

「ああ。もちろん称賛すべきはポッターくんの方だ。しかし、可愛いうちの子が……その……非常識な体験に浮かれているのではないかと心配でな」

 

 シリウスとは対照的に、ラドンの言葉には嘘も混じっていた。

 

 ラドン·グリーングラスは、はじめからダフネをハリーに近付けるつもりでいた。ブラック家のシリウスと近く、右も左も分からない一年生当時のハリーを丸め込むことなど造作もないだろうと思って、ハリーと友人になるようにダフネに言ったのはラドンだった。

 

 

 が、ことここに至って事態はラドンの思惑を斜め上に外れた。『生き残った男の子』が、どう考えても常識外れの方向に成長し、年齢に見合わない力量を持っているとは思いもしなかったのだ。

 

「心配には及ばない。ハリーは君に顔向け出来なくなるような真似はしない。ダフネ嬢も立派な淑女だ。君の娘達は誇り高くあるだろう」

 

 シリウスの言葉には一片の迷いもなかった。あまりに堂々としていたので、ラドンも頷かざるをえなかった。

 

「……君がそこまで言うなら信じるが……」

 

 ラドンはうなった後言った。

 

「親馬鹿と思って聞いてほしいのだが、いいかね?」

 

「ああ、構わない」

 

 シリウスの灰色の目を見ながら、ラドンは言った。シリウスとラドンの両者とも閉心術を使っていて、腹の底は見せていない。しかし、表面に浮かび上がる感情はどちらも真摯だった。 

 

「ダフネは真面目な子でね。私に似て、思い込んだら一直線で一気に走ってしまうところがある。そこがハリーくんの気に障るのではないかと心配しているのだよ」

 

「なるほど、確かに。ダフネ嬢は君によく似ている。人として恥ずべきところのない立派な娘だとわたしは思う。先日の一件でも、彼女は負傷者の手当てのために走り回っていた」

 

 シリウスは、さらに一言付け加えた。

 

「君の教育が良かったのだろう」

 

 と。この言葉はダフネに限っては嘘ではないが、アストリアに関しては嘘だった。シリウスは、幼いアストリアに純血主義を教え込んだラドンの教育方針を全面的に肯定している訳ではない。ただ、ダフネに関しては立派だったというだけだ。

 

「何と、あの子が。ヒーラーになりたいというのは冗談ではなかったのか?」

 

「ほう、それはいい夢だ。御令嬢の言葉が冗談に聞こえたのか?」

 

「いや……いや。なるほど、そういうことだったのか」

 

 ラドンは一人納得したように言った。感心したように、シリウスを見た。

 

「君はどうやら、我が娘を高く買ってくれているようだ」

 

「ああ、彼女の他者を思いやる心には敬意を表するよ。俺には到底出来ないことだ。俺は他者のために尽くせる人間を、無条件で尊敬する」

 

 シリウスの言葉に嘘はなかった。ラドンはそんなシリウスを意外なものを見る目で見たあと言った。

 

「……まさか、君にそう言われるとは。我が家の娘と、君の息子との間で縁が持てるとは嬉しいことだな。これからもよろしく頼むよ」

 

 そしてシリウスは、ラドンと固い握手を交わした。ラドンの手は皺だらけで、年齢よりも老いを感じさせた。

 

(……もしやこの男も)

 

 シリウスは血の呪いがラドンを蝕んでいることを察したが、それを直接言わないだけの良識はあった。二人は十年来の友人のように笑い合い、そして別れた。少なくとも表面上は。

 

******

 

 ハリーはワールドカップの直前、シリウスと一つ約束をしていた。

 

「……戦闘するなってどういうこと?シリウス」

 

「言葉の通りだ。君の能力が必要なときは、必ず俺が伝える。だが、ワールドカップ内で問題が起きた場合、指示なしで動き回るのはやめてほしい。不用意に戦闘するのも危険だ。君を釣り出すための陽動の可能性もあるからな。必ず、俺かマリーダの指示通り動いてくれ」

 

 シリウスは険しい表情でそう言った。

 

「『ワールドカップ』という催しには世界の注目が集まる。闇の魔法使いが騒ぎを起こすならうってつけの環境だ。君だけでなくブルガリアの大臣を狙ったテロが起きる可能性もある。それくらい何が起きても不思議ではないし、起きたとき不用意に動くことの危険さを分かっておいてほしい」 

 

 ハリーは苦々しい表情で言った。

 

「……ワールドカップ内でドロホフがまた襲ってきたら?『支配の呪文』で観客を操ってくるかもしれない。それでも駄目かな」

 

「その場合もだ。俺は念のためにウィーズリー家のアーサーと話はつけてある。正式な避難所ではなく、アーサーのテントに逃げる手筈になっている」

 

「魔法省指定の避難所じゃないんだね」

 

「ああ、そうだ。魔法省の役人が操られている可能性もあるし、避難所に操られた人間がいる可能性もある。そのリスクを考えれば、アーサーの居場所が最も安全だ」

 

 シリウスの言葉は尤もだったが、ハリーは頼るべき相手として別の人々の姿を思い浮かべた。

 

「分かったよ。でも、ユルゲンさんやジンネマンさんのところでもないの?」

 

「ユルゲンには自分の家族がいる。義父は体にがたがきている。頼るわけにはいかん。だが、アーサーは一昨年も去年も家族を闇の魔法使いに操られている。徹底抗戦する覚悟は出来ているさ」

 

 

 ハリーは不承不承頷いた。確かに、もしドロホフが観客に魔法をかけて操っていた場合、避難所にいるよりテントにいる方が安全だろう。ましてやそれがロンのところとなれば、ハリーにとってこれ程心強いものはなかった。

 

「……シリウス。もしもダフネがいるところで巻き込まれたら……」

 

「その時は、ハリー。ダフネの側を離れるな」

 

 シリウスはそう言ったが、ハリーは緑色の瞳で言った。

 

「ダフネ達を守るために闘うことは許してほしい。……闘いたくて言ってるんじゃないんだ。ダフネの妹は病弱で、迅速に避難することは難しいんだ。テレポートは体に強い負担があるから、それで逃げることも難しいし。二人を置いて自分だけ逃げることは出来ないよ」

 

 ハリーは叱責を覚悟の上で言った。シリウスから我儘を言うなと小言をくらうと思っていた。しかし、意外なことに、シリウスはハリーに微笑んだ。

 

「よく言った。ジェームズも、同じ状況ならそう言うだろう。その心意気だけは買おう。だが、積極的に闘わないと約束してくれ。前に出るな。俺か、マリーダの後ろにいろ」

 

「……シリウス。……死なないで」

 

 ハリーは唇を舐めながら言った。守られるだけで、なにも出来ないことが悔しかった。目の前で大切な人が殺されるかもしれないというのに、自分だけ安全圏にいるということはハリーにとって違和感があった。たとえ、操られた人々を巻き込んだ大暴動が始まろうとも、自分なら守れるという自信があった。それは間違いなく驕りだった。シリウスはハリーの肩を力強く叩いた。

 

***

 

 その後、シリウスとマリーダはハリーと夕食をとった。一日が終わりに差し掛かったとき、シリウスはいつもどおりマリーダと共に夜を過ごしていた。

 

「ラドン·グリーングラスは、シリウスの一年先輩だったのだな」

 

 寝室で本を読みながら、マリーダはシリウスに尋ねた。本のタイトルは『血の呪いに関する十二の致命的な症例』である。著者はセバスチャン·サロウというヒーラーで、マリーダはこの魔法使いの書物を蒐集していた。

 

「ああ。彼はスリザリンで俺はグリフィンドールだったから会話したことはなかったがな」

 

 シリウスは遠い目でかつてのラドンとの思い出を語ろうとして、あまり語ることもないことに気付いた。

 

「ガキの頃に社交界ですれ違ったときも目立つ男でもなかった。……ラドンは残酷ではないが、といって純血主義を捨てる訳でもない。普通の男だった」

 

 シリウスは、苦い思いを噛み締めながら言った。

 純血主義が、純血主義者として振る舞うというだけで個人の善性や個性、良識や理性を塗りつぶしてしまう。ラドン·グリーングラスや、大勢のスリザリン生の親たちを見て実感したことだった。

 

 親として子の幸せを願う気持ちは、純血主義者にも存在する。存在はするのだ。シリウスはハリーのゴッドファーザーとして、何度もそれを目の当たりにしてきた。マリーダを嫁として貰い受けると決めたとき、マリーダの父親がシリウスの手を震えながら握りしめたのを今でも覚えている。

 

 そしてその上で、純血主義者はその主義のために、家というシステムの存続のために子供に人生を捧げさせることすらよしとする。それが、どうしようもなくシリウスの癪に障るのだ。

 

 グリーングラス家の行動は、シリウスから見て愚劣そのものだった。純血にこだわり近親婚に走ったせいで、生まれてくる子供は虚弱になる。虚弱な体だから、引き継いだ血の呪いに耐えきれず死んでしまう。十五年前のシリウスであればそれを指摘することを躊躇わなかっただろう。

 

 だが、今のシリウスはそれを言えなかった。たとえ欺瞞であっても、子を思う親としてのラドンを否定することは親になると誓った今のシリウスには出来ないのだ。妥協を覚えたことは客観的に見て成長でしかなかった。しかし、シリウスの心はそれを堕落ととらえ、シリウスを蝕んでいた。シリウスはまるで自分が純血主義者になってしまったかのような気がして、吐き気すら覚えた。

 

 シリウスはかつて、純血主義とそれに連なるもの全てを憎んだ。今はその中に、微かな善性を見出だすことで辛うじて立っているのだ。今のシリウスは、ハリーという親友の忘れがたみを守る、ただそれだけを心の支えにして純血主義の中にいた。

 

「普通の男か。純血の一族には、シリウスは辛辣だな」

 

 マリーダが拗ねたような声を出したのを見て、シリウスは即座に謝った。

 

「すまんすまん。何せ、間近で普通じゃあないスリザリンの魔女を見たんだ。情けない純血の男を見ると一言言いたくなるのも当然だろう?」

 

「……バカなことを言わないでくれ。……ただ……その……彼のような真っ当な人間もいるのだということを理解して貰いたくてだな……」

 

 マリーダにしては珍しく歯切れが悪かった。そんな妻の様子を見てシリウスはくっくと笑った。

 

「ああ、分かっているさ。心配するな、マリーダ」

 

(個人としてまともな感性があるかどうかと、人としてまともでいられるかどうかは全く別だ)

 

 それをシリウスはよく理解していた。ラドン·グリーングラス、マリーダの父であるスペロア·ジンネマン、マリーダの親戚にあたるビスト家のカーディアス·ビスト。彼らは、現在の情勢であればシリウスを支援することも、シリウスの支援を受け入れることも躊躇わないだろう。

 

 

 しかし、情勢が悪化したとき。ヴォルデモートと名乗る禿頭の怪物が復活したとき、彼らは当てにならないだろうということもシリウスは理解していた。皆それぞれに守るものがあるのだ。それを守るためなら、ハリーやシリウスを犠牲にすることだって躊躇わないということを、シリウスはよく理解していた。立場のある大人同士の関係は、利害の一致によるものであって情による繋がりではないのだから。

 

 だからこそ、シリウスの中でジェームズ·ポッターとの思い出は輝き続けるのだ。役割や立場に縛られず、自分自身でいられた時間だったのだから。

 

 今この瞬間も、シリウスは輝いていた。ジェームズ·ポッターがシリウスに見せた、輝くような笑顔をマリーダに向けていた。

 

***

 

 鼠さえも寝静まった深夜に、マリーダはシリウスの悪夢をオブリビエイトで忘却しようかどうか迷っていた。マリーダが、自分の考えを実行に移したことはただの一度もない。

 

 束の間の暖かく掛け替えのない時間を過ごしたあと、シリウスはいつも夢で魘される。シリウスは、自分が、幸福な時間を過ごすべきだった友の命と引き換えにここにいるという事実に苛まれ、夢のなかで己を責め続けるのだ。

 

「父さん……どうしてあなたは……」

 

「何で、人を殺した……」

 

 シリウスのうわ言は、いつもジェームズに己の不甲斐なさを詫びるものばかりだった。しかし、この日は違った。父親について、シリウスは思うところがあるのだとマリーダは気付いた。

 

(……どうすれば。どうしたら、シリウスを救えるんだ)

 

(何をしたら、あなたは救われるんだ、シリウス)

 

 マリーダは手に持った樫の杖を置き、そっとシリウスの手を握った。節くれた男の手はマリーダのそれより大きく、そして凍えるように冷たかった。

 

***

 

 処刑人。

 

 それが、ワルデン·マクネアという魔法使いに与えられた蔑称だった。

 

ワルデンは、ルシウス·マルフォイと同じ年にホグワーツに入学し、スリザリンに所属した。マクネアという姓は純血の一族にはない。ワルデン自身もマグルの母と魔法使いの父を持つ半純血だった。

 

 スリザリンに入ると、ワルデンはまずルシウスに取り入った。ルシウスは、学年で最も裕福な魔法使いだったからだ。煽てておけば乗ってくれるよい御輿であり、なおかつワルデンの存在を重宝してうまく使ってくれた。

 

 スリザリンに対して反抗的だったり、目立っているマグル生まれや半純血の魔法使いをワルデンが虐めたおす。相手からすれば理不尽な理由でだ。ワルデン自身は、そんな連中のことなどどうでもよかった。ルシウスの指示でそうしていただけなのだから。

 

 やがて成長するにつれ、ワルデンは義務感でやっていた虐めや暴力に、楽しみを見出だすようになる。人を傷つけるにはどうすれば効率がよいか、どんな魔法なら相手を怖がらせ、かつ証拠を残さずに精神を破壊できるか。退学ギリギリになるまで続けたワルデンの遊びは、当時の寮監督であるスラグホーン教授に発覚することはなかった。ルシウスが上手く立ち回り、ワルデンの遊びが露見しないよう裏で手を回していたからだ。ルシウスは実家から被害者の親に圧力をかけることで、問題が表面化しないよう手を回していた。被害者の親たちは、デスイーターに殺害されることを恐れて泣き寝入りするしかなかった。

 

 

 その後もルシウスとワルデンたち半純血の歪な関係は続いた。ある時、腕の立つマグル生まれの生徒を吊し上げるためルシウスとワルデンたちはフードをつけて顔を隠しながら集団で生徒を吊し上げ、さんざんに辱しめた。それがワルデンやルシウスにとっての、輝かしい黄金時代だった。

 

 ワルデンは、ルシウスに恩義を感じていた。暴力と、弱者を蹂躙することに快楽を見出だす男でもスリザリンらしく同胞へ感謝する心はあった。たとえいいように利用されているのだとしても、媚を売る相手を選ぶ程度の理性はあるつもりだった。

 

 スリザリン生が社会から見て信用に値しない要素、スリザリンの美点と欠点を全て全て備えたワルデンやルシウスや同期の多くは、卒業と同時に闇の帝王に忠誠を誓い、デスイーターとなった。ワルデンは、他の多くのデスイーター同様、忠誠の証として闇の印を杖腕に刻まれた。それはヴォルデモート卿への忠誠の証であると同時に、己のマグル生まれや半純血の魔法使いに対する加虐心と暴力衝動を抑えるための鎖でもあった。ワルデンはこの瞬間から、秩序的な暴力というものを覚えた。

 ワルデンたちデスイーターは、必ず大勢で殺害対象を囲み、情報を引き出した後はいたぶってなぶり殺しにした。学生時代の延長である。この時、ワルデンが真っ先に一人殺し、ルシウスや他のデスイーターもそれに続いて殺した。

 

 人間という生き物は、集団に弱い。ワルデンという危険人物がいると分かれば、デスイーターに成り立ての若者はワルデンに目をつけられたくない一心で死の呪文を乱射する。そうやって闇の魔法使いを育て上げることもワルデンの役割だった。

 

 ルシウスたち純血は、周囲には高貴な血筋、高尚な家柄だと誇示していたものの、実態が低俗な殺人犯であることは言うまでもなかった。しかし、一人に対して集団でアバダケタブラをかければ、誰の死の呪文が直撃したのかが分かることはない。ルシウスたちは、そうやって己の魂の破損を少しでも減らそうと試みていた。

 ワルデンたちの殺戮と暴力と、そして嘲笑の日々はワルデンやルシウスたちにとって楽しい日々だった。少なくとも、そのときのワルデンはそう思っていた。しかし、そんな日々は唐突に終わりを迎えた。闇の帝王が失踪したのだ。

 

 

 あろうことか、ハリー·ポッターという幼児に敗北して!!

 

 当時のワルデンたちが受けた失望と衝撃は途轍もなかった。ワルデンが混乱渦巻く情勢を生き残ることが出来たのは、ルシウスが魔法省に投降して別派閥の仲間を売り、ワルデンを含めた自派閥の仲間を守ったからに他ならなかった。ルシウスは、ワルデンがデスイーターであるという秘密を守った。ルシウスのお陰で、ワルデンは戦後ものうのうと魔法省職員として仕事することができた。

 

 

 ワルデンは戦後ルシウスと再会した。かたやホグワーツの理事、かたや一介の魔法省職員の身分ではあったが、ルシウスはワルデンが望むならもっとよいポストを用意すると言った。

 

『そうだな……俺にもそろそろガキが出来る。ストレスの溜まる生活が待っているが、憂さを晴らせる職場はないものか』

 

 ワルデンに出来るせいぜい憂さ晴らしの手段が殺戮と暴力であることを把握していたルシウスは、笑ってワルデンのためのポストを用意した。

 魔法生物の死刑執行人というポストだ。このポストは、ワルデンにとっては非常に居心地がいいものだった。なにしろ、罪を犯したという真っ当な理由で殺戮することが出来るのだから。

 

 ある時、ワルデンは仕事の終わりに依頼人からこう言われた。

 

『本当に助かりました。あのグリフォンは畠を荒らし回って困っていたんです。あなたのお陰で助かりましたよ。……いかがです、たいしたおもてなしは出来ませんが、お茶でも……』

 

 それは純粋な感謝の言葉だった。ワルデンに向けられるべきではないその言葉は、ワルデンの気分を確かに浮き上がらせた。家庭では笑顔も増え、仕事も順調に回った。魔法生物を殺害するワルデンは処刑人として恐れられたが、それもワルデンにとっては居心地がよかった。ワルデンは、天職を得たのである。

 

 

 ワルデンにとって満たされた幸福な日々は、『平和』と呼ぶべきものだった。ワルデンも、そしてルシウスたちデスイーターも、ワルデンにとってどうでもいい堅気の魔法使いたちも死ぬことなく、平穏な日々を送る。気付けば、ワルデンはそのぬるま湯のような日々に浸っていた。それがいつまでも続くことを願っているワルデンがいた。

 

 しかし、その日々が終わりを迎えようとしていることを、ワルデンは察した。杖腕に刻まれた闇の印が、その色を濃くしていたからだ。ワルデンは、ある時苛立ちのままに老いぼれたフクロウをアバダケタブラで殺害しようとした。

 

 しかし、ワルデンの杖からは緑色の閃光は出なかった。十数年前、何人ものマグルや魔法使いを殺戮した杖は、ワルデンの殺意に応えなかった。

 

***

 

「いやはや、迫力ある試合でしたな」

 

「本当に。いやぁ、よかった」

 

「ビクトール・クラムのご両親はさぞ悔しがっているでしょう」

 

「いやいや、将来が楽しみで嬉しいでしょうよ。私も一人っ子なので気持ちはよく分かりますよ」

 

 ワールドカップを見終えた観客たちは口々に感想を述べながら、興奮冷めやらぬ様子で席を立っていく。ワルデンは、ルシウスと出会い感想を述べあった。ルシウスからは、いつになくワインの香りが漂ってきていた。やがて観客はワルデンたちだけになった。ルシウスがワインをあおりながらワルデンに問いかける。

 

「本当にいい試合だった。……ワルデン。我々も、そろそろ立ち位置を定めるべきとは思わんかね」

 

 ルシウスは、ワルデンにそう言った。先程までの柔和な表情とは一変し、剣吞な雰囲気を漂わせるその顔は紛れもなくデスイーターの顔だ。

 

 魔法界の浄化を誓った同志たちの前で見せるこの顔こそ、本当のルシウスなのだ。柔和な笑顔は表の世界を生きるための仮面でしかないとワルデンには分かっていた。この顔をしたルシウスに内心恐怖しながらも、同時にワルデンの心には喜びが満ちていた。黄金時代に帰るのであれば、ルシウスの隣であった方がよい。その方が、ワルデンが生き残る確率は高くなるのだから。

 

「ああ、その通りだ……クラブ、ノット、ヤクスリーも来ているのか?」

 

「ああ、いる。エイブリーもだ。ただ、今回はあくまでも遊びだ。殺しまでする必要はない。……久しぶりにマグル狩りと洒落こもうじゃないかね、ワルデン。腕が鳴るだろう?」

 

「当然だ。俺が一番大勢のマグルを痛め付ける。誰か得点係が必要かな?子供は十点、大人は五点にするか?それとも、男女で点数を分けるか?」

 

 ルシウスはニヤリと笑い、杖を振るった。ワルデンもそれに続くように杖を振るった。二人は姿を消した。闇祓いたちも魔法省職員もいない空間で、ワルデンたちは仲間たちと合流し、髑髏の仮面と黒いフードに身を包んでことを始めた。

 

 何の罪もないマグルに襲いかかり、無抵抗の弱者を蹂躙するお遊び。学生時代の延長である、『マグル狩り』を、ワルデンたちは開始した。

 

 

***

 

 

 




この二次創作ではスリザリンをなんだかんだ美化しておりますが、こういう一面も間違いなくスリザリンでございます。あしからず。
ワールドカップでのルシウスたちの蛮行に関してはマジで原作そのままです。
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