ザビニ→魔術師(正位置)
アズラエル→死神(逆位置)
ファルカス→法王(正位置)
***
四年目のホグワーツは、アラスター·ムーディという新任教師の話題で持ちきりだった。クィディッチという楽しみを奪われた生徒達の目下の関心は、老練の元闇祓いに集まっていた。
「……ったく。何もクィディッチを廃止する必要はねえだろうがよ。夏休みの時に練習して損したぜ」
「決闘大会も今年は無しだしね……本当についてないよ」
クィディッチ競技場やグラウンドは、トライウィザードトーナメントの会場として利用される。そのため今年はクィディッチの試合はなく、決闘大会も空き教室でのささやかな催しとなる。ザビニとファルカスがふてくされているのを横目で見ながら、ハリーは二人を励ました。
「二人ともそんなに落ち込むなよ。今年のイベントは皆で落ち着いて観戦できるんだから良かったじゃないか」
「ハリーはいいよ。今年ダメでもレギュラーになれる見込みがあるからな。俺は試合経験もないからそういうの絶望的なんだぜ?ったく。夏休みに練習して損したぜ」
ザビニは恨みがましくハリーを睨んだが、アズラエルがザビニの口にチョコレートを突っ込んだ。
「まぁまぁその辺にしときましょう。クィディッチが開催されないのはわが社としても宣伝にならなくて残念ですが、たまにはのんびりと余暇を過ごす一年もいいでしょう。去年は色々ありましたからね」
「フン。先生達がのんびりとさせてくれるといいけどな。あのムーディ先生とか、俺らをスパルタ訓練で殺しかねねぇよ」
「こら、そんな怖いこと言うもんじゃないぞ、ザビニ。ムーディ先生に聞かれたらどうするんだ」
ハリーは苦笑いしながらたしなめたが、あながち冗談ではすまなかった。
『マッドアイ』という異名を持ち、青く輝く魔法の瞳で隠蔽魔法を見破ってしまうというアラスター·ムーディ先生は、傷だらけの顔や威厳のある立ち振舞い、そして元闇祓いという経歴から生徒達の畏怖の対象としてホグワーツに迎えられた。
生徒や教師たちは彼の就任以来、口々にムーディについて噂し合った。
元々、ムーディ先生にかかる期待は高かった。二年生のとき魔法省から派遣されてきたシャックボルト先生や、三年生のときのトンクス先生が無難に優秀で、問題らしい問題も起こさず勤めてくれたからだ。元闇祓いであるムーディ先生も、並外れて優秀な人材だろうと思われていた。
ハリーもシリウスからムーディについての話を手紙で聞いた。シリウスはムーディのことをリスペクトしており、彼の指示に従うように、と手紙の中で再三ハリーに忠告した。
『アラスター·ムーディは俺の知る限り最高の闇祓いだ。彼が教師になってくれたなら、今年一年はまず安泰だろう』
シリウスはそこから羊皮紙が一杯になるまでムーディのエピソードを書き綴った。シリウスとハリーの父親が騎士団員(非公認のレジスタンス)として活動していたとき、闇祓いとして活動しながらシリウスやハリーの父親にあれこれと指導してくれた恩人だという。
『俺はピーターを信頼してダンブルドアへの報告を怠り、ムーディの期待を裏切った。だから、気まずくて合わせる顔もないが……』
シリウスの手紙からは後悔が滲んでいた。
『ムーディは、余程の修羅場でなければ闇の魔法使いでも生け捕りにしてみせた。ムーディのお陰でアズカバンの半分が埋まったほどだ。彼は慈悲深く、人の命の重さを知っている。色々と話を聞いてみるといい。今の君にとって最も必要な教師だと思う』
実際、ムーディ先生はハリーにとって必要な教師だった。シリウスが期待した精神面の指導ではなく、実技面の指導においてだったが。
ファルカスは、ムーディ先生を不安がるザビニに釘を刺した。
「ザビニ。あまりムーディ先生を悪く言うものじゃないよ。彼は非常に有能な闇祓いだよ。僕は、僕たちを護るためにダンブルドアが雇ったんじゃないかと思うんだ」
闇祓い志望のファルカスの言葉に、ザビニははいはいと頷いた。
「分かってるよ。けど、俺はどうにもあの先生は苦手なんだよ」
「美形以外への評価はどうしても辛口になりますねえ、ザビニは」
「ふん、当たり前だろ。顔はそいつの人格の九割を占めるんだぜ」
「ただし、ロックハートを除いてね」
ザビニはしかめ面のままカエルチョコレートを口に放り込んだ。ザビニが動き回るカエルを口の中で咀嚼している間に、ハリーたちはDADAの教室に辿り着いた。
***
「教科書をしまえ。ここではそんなものは必要ない」
アラスター·ムーディ先生は、生徒達の期待に反しない優秀な教師だった。
ムーディ先生が杖を一振りすれば、魔法のかかった壁が取り払われ、DADAの教室は広々としたオープンテラスのような空間になった。ムーディはずらりと揃った生徒たちを見回し、唸るように言った。
「お前達の進捗については前任のルーピン先生と、トンクス先生が記録を残してくれていた。お前たちは例年と比べても非常に優秀だ。よく勉強している。そこで私は、おまえたちに闇の魔術への対策を教えようと思う」
ムーディ先生の言葉は衝撃的だった。ほとんどの生徒が黙りこくるなかで、ドラコはムーディを嘲笑うかのようにクラブに何かを囁いていた。
その時、すっと手を挙げる生徒がいた。
パンジー·パーキンソンだった。パンジーは優秀な生徒として真面目に授業を受けることにしたようだとハリーは思った。
「……あ、あのう先生。闇の魔術への対策は私たちにはちょっと早いというか。それってNEWTレベルの内容なのではありませんか?」
(そうだね。さすがにちゃんと勉強はしてるな、パンジー)
四年生ともなれば、強力な闇の魔法生物に対抗するためにヘックスやジンクス、そして強力なカースレベルの魔法を習いだす。しかし、闇の魔法の対抗策について習うのは本来六年生からだ。四年生の自分達には早いという意見も無理はなかった。魔法省の指定するカリキュラムでは、まだ習わない筈だからだ。
「お前たちのレベルに合わせて話している。なぜならお前たちは、去年実際に闇の魔術に遭遇したからだ。つい先日、クィディッチワールドカップでの騒ぎを目の当たりにした筈だ」
教室はしん、と静まった。ドラコはムーディの話を聞きたくないとばかりにそっぽを向いた。その時、バシッという音がした。
「まだ話の最中だが?私が何を話していたか、聞いていたか?私の話は聞くに値せんか?ドラコ·マルフォイ?」
ムーディは魔法でドラコの顔を自分に向けると唸るように言った。スリザリン生の間に緊張が走った。授業態度が悪くても、ドラコのことは放置こそされ指導されたことはほとんどなかったからだ。
「先生、離してください。やりすぎです。マルフォイも自分が悪かったことは分かっています」
ハリーはムーディにそう意見した。ムーディはふん、と鼻を鳴らして呪文を解いた。
「友人に恵まれたようだな?え?マルフォイ?お前の父親もさぞ鼻が高かろう」
(……この人……)
ハリーはムーディに不快感を抱いた。父親のことを出したとき、明らかにドラコを嘲るような雰囲気があったからだ。
「マルフォイ、授業はまだ終わっていない。他の生徒も、不用意な態度で臨むようならこの教室からつまみ出す。……ハリー·ポッターに感謝するのだな」
ムーディはまた話を続けた。
「確かに、まだお前たちは闇の魔術に対する対策を学ぶ段階にはない、と定められている。しかし!!」
ムーディは杖で床を叩いた。どん、という轟音が教室に響き、生徒たちは息を呑んだ。
「……油断大敵だ。闇の魔法使いは弱者から狙うけだものだ。お前達が子供でか弱く、闇の魔術に対して無知ならば、連中は迷わずお前達を狙い、食い物にするだろう」
ダフネは隣のパンジーが指を震わせているのに気付き、ぎゅっとパンジーの手を握った。パンジーの震えは、徐々に収まっていった。
「ゆえに、お前たちは知らねばならない。闇の魔術への対策を。正しい知識と、実践による経験を、な」
教室内の熱気が高まるのをハリーは感じた。
教室の中の何人かも、ホグズミードでドロホフ一派に操られたのだ。スリザリン生であろうと、闇の魔術の対抗策があるなら知っておきたいのは当然だった。
(この人、うまい……)
ハリーもムーディの演出に飲み込まれていた。ドラコへの指導で生徒達の弛緩した雰囲気を引き締め、演説によって生徒達のモチベーションを高めたのだ。
ムーディはトランクの中から生きた蜘蛛を取り出し、インペリオ(支配)、クルーシオ(拷問)、そして、アバダケタブラ(殺害)の全てを実践してみせた。緑色の閃光が蜘蛛を貫いたとき、ドラコはまた目を背けた。ハリーは教室が異様な静寂に包まれるなか、冷や汗をかいてムーディの授業を聞いていた。
(何かドラコへ当たりが強いことは気にくわないけど……本物だ!凄い魔法使いだ!)
「さて、ドラコ。アバダケタブラへの対応策について答えられるか?」
「分かりません」
ドラコはほとんど投げやりに答えた。
「ほう?本当に?え?お前の父親は、これについてよく知っていた筈だが?」
「先生、授業の進行が遅れています。アバダケタブラの対応策は、射線上に動物を設置することです」
ムーディは拒否するドラコを指名しようとしたので、ハリーはドラコに代わってムーディの質問に解答した。ムーディはフンと鼻を鳴らすと、蜘蛛の死骸をトランクに戻した。
ムーディによる授業は、それから何度か中断したが、それでもハリーが恐怖を抱くほどに見事な授業だった。ハリーはいままでで一番闇の魔術に対する防衛術の授業を楽しんでいた。のめり込んでいたと言っても過言ではなかった。
(あの杖さばき。あれが闇祓いの本気か。トンクス先生やキングズリーに負けてない…)
ムーディは闇の魔術の理論を教えることはなかったが、インペリオ、クルーシオ、そしてアバダケタブラに必要な杖の動きをハリーの頭は正確に記憶した。ハリーが優秀だったのではなく、ムーディの模擬授業が完璧だったからだ。生徒たちは口々にムーディの授業について語り合った。
しかし、ハリーには気がかりもあった。ドラコをはじめとした、デスイーターの両親を持つ同級生が萎縮していたことだ。その日の終わり、皆が荷物をまとめて教室を出るとき。ドラコが他の生徒から少し離れて教室を出ようとした時を見計らってハリーはドラコに話しかけた。
「……ねぇ。気晴らしに決闘クラブに行ってみないか?グレゴリーとかビンセントも一緒にさ」
「決闘クラブだって?確か、フリットウィックのクラブだろう?」
ドラコは、ハリーの言葉を鼻で笑った。
「ああ。ヘッドボーイのバナナージが部長だ」
「くだらない。半獣が教師な時点で僕が足を運ぶところじゃないね。僕は、ああいうくだらない連中は好きじゃないんだ」
ドラコはそう言い放つと、さっさと教室を出て行ってしまった。ハリーはドラコの背中に言葉を投げ掛けた。
「くだらないお遊びがしたくなったら、いつでも来てくれ。……待ってるから」
ハリーはダフネやザビニが待っている廊下に急いだ。アズラエルとファルカスは一足先に薬草学の温室に行っている。ハリーは二人と合流するとうんと背伸びをして、薬草学の温室に向かった。
***
「……ドラコと一緒にさ、決闘クラブに行けば良かったんじゃねえかなあ。なぁ、そう思わねえ?」
薬草学の授業中、ゴリラのような体格を持ち、オークのような顔のグレゴリー·ゴイルは、ゴリラのような体格を持ち、トロルのような顔のビンセント·クラブにそう話しかけていた。
「そんなお遊びをしてる暇はないんだよ、マルフォイには。黙って手を動かせよ」
ビンセントはピシャリと言いきった。グレゴリーはううんと唸って、ビンセントへ言った。
「でもさあ、あいつはハリーと仲良くしたいんだろ?なら、一緒に遊んでもいいんじゃないの。今年はクィディッチもないんだしよ」
勉強嫌いで人間関係の機微に疎いグレゴリーだが、クィディッチが勉学の負担になることは実感として分かる。クィディッチがないのなら、お遊びをしてもいいんじゃないかとグレゴリーは思うのだ。
(わっかんねえなあ。何でだよ?)
そんなグレゴリーに、ビンセントは苛々しながら言った。
「お前そんなことも分からねえのか?ポッターに誘われて行くってことは、ポッターに借りを作るってことだぞ。ドラコはそんな立場じゃねえ。『是非来てください』ってポッターが頭を下げてはじめて考えてやるって立場なんだよ」
ビンセントはそう言った。グレゴリーは、ドラコの性格の面倒くささに嘆息した。
(来てくれよって頼んできたんだから行けばいいと思うんだけどなぁ……)
グレゴリーは、そっちのほうが俺も机に向かう時間が少なくてすむのにと思いながら温室に生えた雑草を引きちぎった。雑草は綺麗に根本まですっぽぬけ、その勢いのままクラブの目に当たった。グレゴリーはその後、クラブに一発ぶん殴られた。
「ぎゃー!!」
ビンセントは悲鳴を上げてのたうち回るグレゴリーを見て、大声で笑い転げた。そんな二人を見て、スプラウト教授はスリザリンから十点を減点した。
***
決闘クラブには、毎年新規の部員が加入する。ダフネ·グリーングラスは正式に加入届をフリットウィック教授へ提出し、見事受理された。
「グリーングラスさん、よく来たね」
「フリットウィック先生。入部届を受理していただきありがとうございます」
ダフネはそう言うと、教授に頭を下げた。ハリーが視線を向けると、例年よりも大勢の生徒が入部届を提出しているところだった。
「今年はやけに多いね。決闘が流行ってるのかな」
「ホグズミードとかワールドカップで、世間は物騒になってきましたからねえ。自衛のために参加してみようって子達が多いんでしょう」
「なるほど。昔の僕たちみたいだね」
アズラエルがハリーの疑問にそう推測を述べた。かつてのハリーがそうだったように、安全を求めて決闘クラブに参加する生徒は多い。スリザリンの中にもそういう風潮が出来たのはいいことなのかもしれない、とハリーは思った。
「いいですか?決闘は紳士淑女のスポーツです。何も殴り合いをするわけじゃない。もちろん、暴力を振るってもいけません。魔法だけを使うんです」
フリットウィック教授は、二人に向けてそう注意した。
「諸君がどの魔法を覚えたい、練習したいと言っても、私はそれを止めはしません。しかし、私が顧問である間は、習った呪文で他人との喧嘩をすることは許しません。ここに所属したからには部員としての自覚を持ってもらわねばなりません。いいですね?」
「はい」
フリットウィック教授の言葉にダフネは神妙に頷いた。
「……はい、先生」
やや遅れて他の新入部員たちも頷いた。新入部員は例年ハッフルパフが最も多く、グリフィンドール、レイブンクロー、そしてスリザリンの順となる。しかし、今年の加入者はスリザリンがレイブンクローを上回った。
***
「グリーングラスさんはハリーがお目当て?」
ダフネは自分にそう声をかけてきたハッフルパフ生、スーザン·ボーンに微笑んで言った。
「あら、どうしてそう思うのかしら」
ダフネはスーザンと話をしながら軽く走って汗を流していた。決闘クラブは緩い部活で強制参加でもないが、参加時は必ず準備運動が義務付けられていた。スーザンやダフネはほとんど形だけで切り上げたが、ハリーやセドリック、アンジェリーナのようなクィディッチ選手は準備運動も入念にやっているようだった。
ウォームアップを終えたハリーは、驚くほど正確に魔法の練習を始めた。エクスペリアームス、レヴィオーソ、デパルソといった基本的な魔法から、アクシオやステューピファイといった魔法を正確に撃っていく。ダフネはハリーがたまに無言魔法に成功していることに気付いた。隣のザビニやロンと競争しながら、ハリーはとても真面目に、そして楽しそうに魔法の訓練に興じていた。
「ワールドカップでもハリーの隣にいたし、ハリーと一緒の時間が作りたいのかなって。違った?」
スーザンは自分の説に自信があるようだった。ダフネはスーザンがハリーの隣にいたザビニに視線を向けていたことに気付いた。
(一緒にしないでほしいわ。私だって目的があってここに来たのよ)
「まったく。ミスボーンは人をなんだと思っているのかしら。そんなに四六時中一緒にいたら息がつまるわよ」
ダフネはスーザンの言葉を鼻で笑った。執行部部長のスーザンとは社交界でもそこそこの交流があったが、スーザンは洞察力に優れているタイプではなかった。しかし、悪意を持って他人を貶めたり蹴落とすタイプでもなかった。だからこそ、ダフネも安心して付き合うことが出来た。
「私がここに来たのは勉強のためよ。ここなら、色々な魔法の対抗呪文を知ることが出来るもの」
ダフネは決闘クラブで様々なチャームやヘックス、ジンクス、そしてカースに対する対抗呪文を身に付けるためだった。決闘クラブでは色々な人が参加していて、それぞれが好む魔法の種類も多種多様だ。決闘によって複雑な魔法の怪我やちょっとしたジンクスの症状が起きることも多いとハリーから聞いていた。ダフネはヒーラーになるために、様々な治癒魔法を覚えたかった。そのために決闘クラブはうってつけだったのである。
「ふぅん、ほんとかな~?」
「本当よ。……意外と恋愛脳ね、貴女って」
結局、スーザンはニヤニヤと笑いながらハッフルパフ生の仲間のもとに戻っていった。ダフネはミリセントに一緒に来てもらうべきだったかと後悔しながら、バナナージに凍傷治癒の魔法を教わっていた。
***
決闘クラブに新しいメンバーが加入したその日、クラブでは一悶着があった。ハーマイオニーが、部員達にSPEW活動への理解を求めたのだ。賛同者を募るハーマイオニーの隣では、ロンが死んだ魚の目でバッジを身に付けていた。
「ワリーけど興味ねえ」「僕も、そういうのはちょっと……」
ザビニやファルカスといったスリザリンの友人達に活動への参加を否定されたとき、ハーマイオニーは傷ついた顔をした。ハーマイオニーがどうしてそんなことを言い出したのか察したハリーは、二人に説明せねばならなかった。
「……ウィンキーの一件がきっかけだよね?あれを見て、ハウスエルフの地位を向上させようって思ったの?」
ハーマイオニーが頷いた。ロンが苦々しい顔で言った。
「反吐が出る話ではあるけどさぁ。何も反吐を作ることはないんじゃないかって言ったんだけど」
(一体何をしているのかしら?)
ダフネは小バカにしたような顔でハーマイオニーをチラリと見た。ハリーはハーマイオニーに言った。
「取りあえず、クラブ内で布教活動するのはよくないよ。バナナージ先輩に見つかったら……」
「もう遅いぞ、ハリー」
ハリーの肩にぽん、と手が置かれた。決闘クラブ部長であるバナナージ·ビストが、にこにこと笑ってハリー達の前に現れた。
***
「……ま、駄目だ。その活動は部長として許可できない」
「何故ですか?」
決闘クラブの活動終了後、ハリー、ロン、ハーマイオニー、アズラエル、そしてバナナージとマクギリスは必要の部屋に集まっていた。マクギリスが優雅に紅茶を楽しむなか、ハーマイオニーは納得がいかないという顔で立ち上がった。バナナージは、そんなハーマイオニーに優しい視線で言った。
「ハウスエルフを救いたいっていう君の気持ちはよく分かった。けど、政治活動を認めるわけにはいかない。これは部の基本方針で、例外を作るわけにはいかない。どうしてもやりたいなら部の外でやってくれ、ハーマイオニー」
バナナージは、決闘クラブの方針として政治活動を認めるわけにはいかないと言った。
「あのクラブは、テストでいい点数を取るだとか、自分の魔法の研鑽のためとか、覚えたい魔法があるからとか。そういう理由で集まってる場所だ。政治を持ち込むのは決闘クラブの趣旨からはズレてる」
「道理だね。ミスグレンジャーの活動を認めるなら、我々純血主義の布教活動も許可せざるを得なくなるのだから」
マクギリスがそう言って笑うと、ハーマイオニーはみるみる顔を赤くした。ロンは純血主義と一緒にするなという風にマクギリスを睨んだ。
ハリーは慌てて言った。
「ハーマイオニーは政治活動をしたつもりはないんです。彼女はただ、皆にそういう問題があると分かってもらおうとしただけで」
「分かってる。それは俺も理解している。けどな、ハリー。こういうことに前例を作っちゃいけないんだ。部の趣旨とは関係ないものを認めるわけにはいかない」
ハリーはハーマイオニーをかばったが、彼女はまだ不満そうだった。ハーマイオニーはバツが悪そうに腰を下ろした。マクギリスは優しく微笑んで言った。
「君はとても優しい子だね、ミスグレンジャー。ハウスエルフという存在にそこまで配慮できる人間を私は初めて見た」
「ありがとうございます」
(本気で言ってるんでしょうか。それとも、ハリーを懐柔するために言ってるんでしょうか)
アズラエルはマクギリスに疑いの目を向けていた。あんまり信用してはならない人としてアズラエルはマクギリスを認識していて、その判断は正しいという確信がアズラエルにはあった。
「どうして、ハウスエルフに皆残酷になれるんですか。あの時、ウインキーは緊急避難しただけなんです。それなのに、誰も彼女の訴えに耳を貸さなかった。ハウスエルフには何をしてもいいみたいに……!」
ハーマイオニーの言葉に、マクギリスは真摯に耳を傾けているようにハリーには見えた。ハリーはバツが悪いような気分で紅茶を飲み干した。
(……ハウスエルフにもいろんな奴がいるんだってことをハーマイオニーに言ったほうがいいのかな……)
ハリーは二年前、ドビーとクリーチャーというハウスエルフに出会った。最近は、アズラエルの家のハウスエルフも見た。そこでハリーが思ったことは、ハウスエルフは人間と同じように個性的で、困った奴もいるということだった。ドビーは秘密の部屋の戦いでハリー達を助けたが、ハリーを殺しかけたり妨害することもあった。クリーチャーは、シリウスとそりが合わず、雇い主である筈のシリウスに無礼な態度を取り続けている。
(ハウスエルフを『保護』するっていうのは違う気がするんだよな……)
ハリーはハウスエルフが、単に差別され虐げられているだけとは思えなかった。しかし、ウインキーの一件を目の当たりにしたハーマイオニーにしてみれば、魔法族とハウスエルフの関係は不平等と差別以外の何者でもない。ハリーは、ひとまずは静観しながら事態を見守ることにした。
「クラウチ氏の一件に関しては、私も耳にしたよ。バナナージから教えてもらった」
バナナージは無言で頷いた。マクギリスは、ハーマイオニーの顔を見ながら話した。
(……少なくとも、この人はちゃんと話そうとしてくれている)
マクギリスはハーマイオニーに対して、なるべく真摯であろうとしているようだった。ハーマイオニーは会話のテーブルに乗ってくれたことが嬉しかったのか、しっかりとマクギリスの瞳を見返した。
「……これは私の主観として聞いてほしいのだが、その場でウインキーを解雇した判断そのものは間違っていなかったと思う」
「……パーシーもそう言っていました。けれど、それはおかしいと思います。事情を詳しく調べもしないで全てをハウスエルフに押し付けて、真相は闇の中にしまいこむなんて許される筈がありません」
(パーシーさんが?)
ハリーは意外な気がした。学生時代、あれだけ公平、公正さに拘っていたパーシーらしくない言動だと思った。
「それが現実なんですか?魔法界の」
ハリーは思わず疑問が口をついて出た。マクギリスはううむ、と唸って言った。
「なんと言ったものか……この場合、責任の所在はクラウチ氏にあるのだ。ハウスエルフを、対等なものと認めていないのであれば、な。大勢の魔法使いが認識しているように、ハウスエルフが道具に過ぎないのならば、その管理を怠ったクラウチ氏が責めを負うべきなのだ」
しかし、とマクギリスはいいよどんだ。そんなマクギリスに代わって、バナナージは言葉を紡いだ。
「でも、実際はそうじゃなかった。クラウチ氏はペナルティは負っていない。ハウスエルフのウインキーは、クラウチ氏の命令を無視してあの場にいて、多分運悪くその場に居合わせてしまった。そして、命令無視を見かねた雇用主によって解雇された。それだけのことだ。大人はそういう建前で満足してるんだ」
「見せかけだけの対等さって奴ですね」
アズラエルが言った。
「どういう意味だよ、アズラエル。俺話についていけてないんだ。解説してくれ」
ロンはアズラエルに解説を求めた。アズラエルは、いつもの嫌味を含んだ口調で話した。
「魔法省はハウスエルフを、『ヒトという存在』じゃなくて『魔法生物』って定義しています。で、魔法生物が問題を起こしたら、規制管理部が動いて持ち主に罰金を支払わせたり、その動物を罰することで決着にするわけです。けど、それだと都合が悪いんです」
アズラエルは紅茶を淹れ直した。ティーカップから立ち上る湯気が、側にいたハリーの眼鏡を曇らせた。
「ハウスエルフを動物ってことにすると、ハウスエルフが問題を起こしたらクラウチさんとか僕たちとか、ハウスエルフを所有する人たちが罪に問われてしまう。だから、魔法省はその区分をあえて曖昧にしてるんです。都合の悪いときは動物扱いにして主人の罪を問い、都合のいいときはハウスエルフをヒト扱いするんです。今回みたいにね」
「彼らには感情があるわ。心がある。それを、それを不当に扱って許されると思っているの?本当にそれでいいと思うの?」
「良いわけはないよ、ハーマイオニー」
ハリーはそう言った。そして続けてこうも言った。
「……でも、ハウスエルフにはいろんな奴がいるだろう?解放されたくないってハウスエルフの意見はどうするの、ハーマイオニー?」
ハーマイオニーはきっぱりと言った。「もちろん、彼らは解放されるべきだわ。自分達がどれだけ不当に扱われていて、虐げられる可能性があるのかを認識すべきよ。そうでなれけば、雇い主の都合だけで全てが決まってしまうもの」
(ハーマイオニーはハウスエルフに労働組合でも作らせる気ですか……?)
アズラエルはハーマイオニーの言葉に引いていた。一方バナナージは、ハウスエルフの境遇には同情しつつ別のことを考えていた。
(思ったより過激だったな、ハーマイオニーは。あー、フリットウィック教授に推薦する次期部長候補は別の子にしよう。この子に任せたら不安だ……)
「君の考えだと、ハウスエルフは奴隷労働や奉仕を当然のものとしか認識していないから解放されるべきだってことだけど、解放されたハウスエルフに居場所ってあるの?」
ハリーは不安になってハーマイオニーに聞いた。ハーマイオニーは解放されるべき、と言ったが、居場所もないのに解放されても困るだろうとハリーは思った。ダーズリー家での支配を受け入れていたのは、マグルの世界で他にいく宛がなかったからなのだ。
ハーマイオニーは、ハリー達より数段先の未来が見えていた。ハウスエルフに対する不当な扱いによる歪みは改善されなければならないことを、彼女は正しく認識していた。そしてだからこそ、ハリー達凡人はその考えについていけなかったのだ。
マクギリス·カローはハーマイオニーの言葉に真摯に耳を傾けていた。マクギリスは、ワールドカップの現場でデスイーター、ルシウス達の凶行を目にしたうちの一人だった。マクギリスは純血主義、ひいては大人達の現状に失望し、改善のためのなにかを求めていた。
(……なるほど……現状を変えるための一手は、既得権益の中からは出てこない。だからこそ、ミス グレンジャーのような存在が必要となるのだろうか……?)
闇の中にあって光を求めていたのは、ハーマイオニーやハリーだけではなかった。ハーマイオニーに迎合することはなかったが、マクギリスはハーマイオニーの話を聞いた後、それにはこういう問題があるということを真摯に話した。
「……ハウスエルフを解放して、さらに再雇用するというのであればその費用は負担となってのし掛かってくる。君の考えの一番の課題は、ホグワーツ魔法魔術学校の維持費になるだろうな」
ハーマイオニーの最も尊敬すべき部分は、学習意欲の高さだとハリーは思った。彼女は、マクギリスの否定的な意見にもしっかりと耳を傾け、改善するためにどうすればよいのかマクギリスに持論をぶつけていたのだから。