***
ある日の放課後、ハリーはムーディ先生の教員室を訪れていた。ファルカスやロンを誘わなかったのには理由があった。ドラコやノット達へのアカデミックハラスメントをやめてほしいと訴えるためだった。しかし、ムーディはハリーの訴えを聞き入れなかった。
「私の言葉を聞こうとしないマルフォイの授業態度に問題がある。聞けば、別の授業でも教師に噛みついているようだが?」
ムーディの言葉は事実だった。ドラコはハグリッドの魔法生物飼育学で出てきたスクリュートの飼育を拒否した。ハリーが率先してルナが作り上げた指導方法を実践していなければ、授業崩壊していたかもしれない。
「それは……そうかもしれません。けれど、それはここ最近の授業でストレスを感じているせいです。先生はドラコにだけ厳しすぎます」
ハリーはムーディの義眼によって、全身をくまなく観察された。ドラコのこれまでの振る舞いが脳裏によぎった。
(……確かに、ムーディ先生に対して無礼ではあった。けど、ムーディ先生もやりすぎだ。晒し者にするようなやり方は……)
ハリーはムーディ先生の義眼ではなく、普通の目を見て話し続けた。
「ドラコは先生からみて、模範的な生徒じゃないかもしれません。……でもあいつも苦しんでいるんです!」
「苦しんでいる?」
ムーディは唸るような声で聞き返した。年老いた元闇祓いの義眼と、自分自身の瞳の両方がぎろりとハリーを睨みつけた。ムーディの後ろのフォーグラスは、ムーディの疑心に答えるように敵の姿を朧気な形で写し出していた。
「分からんな。ポッター。お前はなぜ、マルフォイと友人でいられるのだ?マルフォイがデスイーターの父を敬愛しているのは明らかだ。あの卑劣なルシウス·マルフォイをだ」
ムーディの言葉はあんまりだとハリーは思い、思わず言った。
「学校の友達に理屈が必要なんですか?違うでしょう。先生は友達になることに理屈を求めるんですか?」
ハリーの言葉に、ムーディは意外そうな顔をした。
(……いけるか……?)
ムーディの硬化した態度を何とか緩和して貰えないかと、ハリーは必死に糸口を探った。
「ムーディ先生。先生は、ドラコの父親とドラコを同一視していらっしゃるんですか?」
ムーディ先生は答えない。重苦しい沈黙が二人の間に流れた。ハリーは言った。
「……そんなのは理不尽です。ドラコは性格は良くないかもしれないけど、良いところはもっとある。何より、ドラコは犯罪はしていません!お父さんとは違います」
ハリーはきっぱりと言い切った。ワールドカップでのルシウスの蛮行を、ムーディは知っているのだろう。ならばルシウスについてあれこれと擁護するのはムーディの気分を害するだけだとハリーは思った。
(……ったく。シリウスといいムーディと言い、本当に大人は融通がきかない……)
ムーディのようにはっきりとものを言ってくる人間は今までいなかったので、ハリーは新鮮な気分だった。新鮮な怒りを抑えながら、あくまで理屈によってムーディを説得できないだろうかとハリーは考えていた。
しかし、ムーディの眉がぴくりと動いた。
「犯罪は、か。それ以外のあらゆる卑劣な行為はしているのだろう。ポッター、お前が目を背けているだけで、私は教授達からドラコのやった虐めや卑劣な行為は全て把握している」
「証拠があるんですか?」
ハリーの言葉を、ムーディは鼻で笑った。
「教授達の言葉を信頼できぬとなれば、このホグワーツで生きていけん。私は、マルフォイを教育しなければならないと思っている。ルシウスのような性根から腐りきった魔法使いの風上にもおけん人間になる前にな!!」
(……どうやってこの人を説得すればいいんだ)
ハリーは内心で呻いた。ムーディ先生は、明らかにルシウスへの怒りをドラコへとぶつけようとしている。それを教育の一環だと言われたら、生徒でしかないハリーにはどうしようもない。
(最悪の場合はマクゴナガル教授に相談してみよう)
ハリーは内心でそう考えながら、ムーディに頭を下げた。
「……お願いします。どうか、チャンスをください。親への恨みを僕たちにぶつけないでください。ドラコはクィディッチ好きの、普通の奴なんです。あんまり干渉しないでやってください」
ムーディ先生は、クィディッチという単語に眉を動かした。先生は携帯していた小瓶を自らの口に運び、中身を飲み干した。そして、微かな声で呟いた。
「クィディッチへの愛がある人間は、あんな卑劣な行為はせん」
さらに、ムーディ先生は言った。
「いいや、ポッター。私はただ、お前たちのような何も知らん連中に、闇の魔法使いの恐ろしさを知らしめようとしているだけだ。これは『教育』に過ぎん」
(分からず屋め!)
ハリーはムーディ先生に対して言った。シリウスの警告が頭に響く。闇祓いの先生とは友好関係を構築すべきだと頭の中の理性的な部分が囁いていたが、感情のままに行動することをハリーは選んだ。
「先生はご存じなんですか?親がそうだからって、それを押し付けられることが辛いって分からないんですか?」
ギョロギョロと回転しながらながらハリーを観察していた魔法の瞳が、ムーディ先生の感情に呼応するかのように動きを止めた。
「何を以て僕らと親を見分けるんですか?どの時点で子供が、親と同じ悪だと判断するんですか?」
ハリーの言葉には怒りがにじんでいた。ハリーは自分が正論を口にしている自信があった。正しいことをしているのは自分のほうであると確信していた。
ムーディはしばし沈黙し、それから静かに言った。
「ポッターよ、お前はルシウスの本当の姿を見たことがないだろう?」
ハリーは頷き、そして言った。
「僕とドラコにとって、それは関係がありません」
「……不思議なこともあるものだ。お前のような勇敢な少年がスリザリンに入り、マルフォイのような卑劣な少年と友達になるとは。……マルフォイが、私の授業を妨害しない限りにおいてわたしは奴に干渉しないと誓おう。去れ、ポッター」
「ありがとうございます、先生」
ムーディ先生は嘆息して、ハリーに教員室から出るよう言った。ハリーは頭を下げ、すぐに教員室を後にした。
***
バナナージ·ビストは、決闘クラブの部活中に、自分の後を託せる次期部長に誰を推薦するか考えていた。
決闘クラブはNEWT 試験があるギリギリまで開かれ、部長もバナナージのままだ。しかし、引き継ぎもかねて次の部長を誰にするかは早めに決めておき、日々の業務を見せながら部長業務を遂行できるよう育てておきたいとバナナージは考えていた。
クラブの部長に必要な条件は、揉め事が起きたときに仲裁できる程度の腕や人柄、寮の区別なく部員達に接することが出来るかどうかという公平さ、フリットウィック教授の要請に従うことができる従順さなど多岐にわたる。五年生の時のバナナージは全て完璧に出来ていたわけでもないが、当時の自分と比較して遜色無さそうな人材については心当たりがあった。
ハリー·ポッターと、その友人達である。
決闘クラブでは、友達グループが入部してくることが多い。決闘は二人一組で行なうもので、練習相手を見つけられなければ何かと都合が悪いと不安になって友達を誘って入ってくる子は多い。その中で、ファルカス·サダルファスの紹介によって入ってきたハリー·ポッター達はめきめきと頭角を表した。
ハリーの周辺で何かと命の危険が起きるせいか、その友人達も他の部員より熱心に練習に取り組む。勤勉なハリーやハーマイオニー、ファルカスらがバナナージやフリットウィックの話を良く聞いて、周囲の友人にそれを還元するからか練習の効率も良い。気がつけば、同年代の部員達や下手な上級生達よりもハリー達は腕を上げていた。
バナナージは、次の部長に出来そうな人材かどうか改めてハリー達を観察した。
ブレーズ·ザビニという黒人の美男子は、他所の寮の美人な女子達に人気があった。そういうキャラとして売っているからか、女子達も気軽にザビニに話しかけている。部長にすれば、さぞかし部は華やかになるだろう、とバナナージは思った。
(……けど、ザビニは止めておこう。誰かの彼女を口説いたとかで揉め事になりそうだしな)
決闘クラブは、一度恋愛沙汰がきっかけで崩壊しかけたことがあった。バナナージは同じ轍を踏むわけにはいかないと、ザビニから視線を外した。
次に目を向けたのは、ハリーの後ろでスリザリンの後輩に魔法を教えていたアズラエルだった。彼は面倒見も良いらしく、後輩たちに手際よく魔法を教えていた。
(……決闘の腕はそこそこだけど指導方面なら……いや、駄目か……)
アズラエルは指導の最中、度々嫌味を飛ばしていた。言わなくてもいい嫌味はアズラエルの癖なのだろう。決闘が多少弱いことよりも、余計な人間関係のトラブルを起こしそうだという理由でバナナージはアズラエルを候補から除外した。
(アズラエルはNo.2向きだな。それはハーマイオニーもなんだが……)
バナナージは、赤毛の少年の前で杖に花を咲かせていた栗色の髪の少女に視線を移した。彼女は決闘クラブでも最も勤勉で、最も優秀な生徒だった。何事もなければ、バナナージは彼女に後を託していただろう。
(……うん。政治活動家を部長に据えるわけにはいかないな)
そして、消去法で残った二人をバナナージは候補に決めた。
***
「ロン·ウィーズリーとファルカス·サダルファスですか……安定志向なのですね、バナナージは」
フリットウィック教授は、バナナージが言った候補についてそう評価した。
「ええ。ウィーズリーは精神的にむらがありますが、景気良く道化役になれるタイプです。呪文の食らい役とかも笑ってこなせるでしょうし、和やかにクラブを進めてくれると思います」
決闘クラブの部長は、フリットウィック教授の放った様々な呪文の受け役になる役目もある。要するにタフでなければ務まらない役目だった。バナナージから見て、プライドの高そうな優等生よりはロンのような普通の性格で優秀な生徒の方が部長としては相応しかった。
「ファルカス君は決闘術の腕と、人格面のバランスを見てのことですか?」
「ええ。特に他の寮の生徒と揉めたとかいう話もありませんし、決闘に関しては一番熱心な子です。彼なら真面目にこの部をリードしてくれると思いまして」
バナナージはそう言った。ファルカスは闇祓いになりたいと周囲に公言していたが、そのビッグマウスに見合うように努力を重ねていた。性格面ではロンの方に軍配が上がるものの、決闘にかける熱意などを考慮すると、ファルカスに軍配が上がるとバナナージは思っていた。
フリットウィック教授は、ふむふむと頷きながら言った。
「バナナージの推薦理由は分かりました。……では逆に、私が候補として真っ先に思い至った三人。ディゴリー、グレンジャー、ポッターが候補にいない理由を教えてくれますか?」
フリットウィック教授に対して、バナナージは簡潔に答えた。
「セドリックは、来年はクィディッチとNEWTに専念したいという本人の希望を聞きました。俺としてはあいつにやってほしかったんですが、仕方ないです」
バナナージから見て、セドリックは非の打ち所がない自慢の後輩だった。どの寮の生徒にも公平に、分け隔てなく接することができるセドリックこそ、この決闘クラブに相応しい人材だと思っていた。セドリックが辞退していなければ、そもそも後継者候補をハリー達の中から探すことはしなかっただろう。
「では、ミスグレンジャーは?」
バナナージは気まずそうに頭をかいた。
「先日の一件を考慮して外しました。そういう時期だったのかもしれませんが、部としてリスクは取りたくありません」
フリットウィック教授は深く頷いた。バナナージの言葉に頷いただけで、ハーマイオニーの政治的主張の内容についての言及は避けた。
「……では、ポッターは?」
「リスクが高過ぎるので、止めました。ポッターを部長にしたら、この部に呪いが降りかかりかねませんから」
バナナージの言葉は嘘だった。本当は、ハリーが闇の魔術を知っていて、使えるからだった。
ハリーが闇の魔術を使ったことについては、バナナージに批判する気は毛頭なかった。しかし、闇の魔術を使える人間を部長とするのはホグワーツの決闘クラブとしては不適切だった。バナナージも、ハリーが闇の魔術を生徒に教えるとは思っていない。しかし、ハリーが厄介ごとに巻き込まれて闇の魔術を自衛のために使うことは充分にあり得る。その時、ハリーが部長だったならそれは部にとって致命傷となるのだ。
バナナージ·ビストは公平さを重んじるハッフルパフ生だった。彼はハリーとも形式上親戚となり、個人的にもハリーのことは悪く思っていない。しかし、それとこれとは話が別なのだ。
良くも悪くも縁故や恩義に囚われがちなスリザリン生とは違い、全体のバランスを考えてリスクを回避できるところに、ハッフルパフ生の強みがあった。