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和やかに談笑していた代表選手達(正確に言えばフルールとセドリックとの会話にクラムは混ざれないでいたが)のなかに、異物が紛れ込んだ。その異物とは、ハリー·ポッターだった。
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「何かの間違いだ!ハリーが選ばれた!?そんなわけねぇよ!ありえねぇって!何かの間違いだ!」
ザビニの絶叫は今までにないほど鬼気迫るものだった。ハリーは呆気に取られてその姿を見ていた。周りの生徒達も皆似たりよったりの反応だった。まさか、ホグワーツから代表選手が二人も出ると夢にも思っていなかったのだ。そして、それを最も受け入れられないのはハリー本人だった。
あまりの事態に呆然としているハリーに代わってザビニが叫んだことはそれなりに効果はあったかもしれない。ボーバトンやダームストラングの生徒達は、口々に囁きあう。
「ハリーって誰だ?」
「何で四人目?トライウィザードだよね、これ?それとも僕の耳に『コンファンダス(錯乱)』がかけられたのかな?」
「ホグワーツだけ二人?それなら私たちにもチャンスがあるってこと?」
ザワザワと囁きは広がり、大広間に疑念と微かな期待が渦巻いていく。その時、ダンブルドアが手を挙げた。それだけで、広間の視線はダンブルドアに集まる。ダンブルドアは、子供達の視線を誘導する術を心得ていた。
「静粛に。ハリー·ポッター。こちらへ」
ダンブルドアの一喝で皆が沈黙するなか、ハリーはアズラエルに肩を叩かれた。
「行ってください、ハリー。先生達を待たせてはいけません」
「いや、でも……」
「いいから早く!」
ハリーは背中を押され、半ば無理やり送り出された。ファルカスが何か言いたげにしていたが、ハリーには振り向く余裕もなかった。
「ああ。……これが夢であることを祈るよ」
(……どうして僕が選ばれてるんだ)
(……年齢制限はあったのに。僕は入れていないのに。誰かが入れたならどうして?僕を選ぶメリットがあったっていうのか?)
(……こういう事態を防ぐために先生達や役人が居るんじゃないのか)
ハリーには選ばれた喜びなど欠片もない。驚きと疑問だけが頭を支配していた。思わず誰かを責めてしまいそうになるのを堪えてハリーは足早に進む。
ダンブルドアに急かされたこともあり、ハリーは教職員のテーブルを横切り、大広間の扉を押し開けて肖像画の並ぶ部屋へと向かった。その肖像画に描かれる偉人達は、いずれもホグワーツの卒業生だ。ダフネならば絵を仕上げた画家についてあれこれと蘊蓄を述べてくれるだろうが、ここにダフネは居なかった。
ボーバトンの代表選手であるフルールは、長いシルバーブロンドの髪を揺らしてハリーに問いかけた。
「どうかしたのですか?私たちに、広間に戻れということですか?」
「……いいえ、違います。……役人か、先生から説明がある筈です」
「……?」
クラムは視線でセドリックに彼は誰だ?と尋ねていた。セドリックはハリーの様子がおかしいことに気付いた。
「ハリー。どうかしたのかい?随分と顔色が悪いが……」
「いえ。大丈夫です」
しかし、ハリーはセドリックの声に応える余裕がなかった。そんなハリーを観察しながら、フルールとクラムは何かがおかしいと気づいたらしい。
「……まさか君は、ホグワーツの代表選手なのか?」
クラムがハリーに尋ねた。ハリーは曖昧に頷いた。
「何故?トライウィザード・トーナメントには年齢制限がある筈だ。セドリックが代表なんだろう」
「あの……僕にもわからなくて……」
ハリーはどう答えるべきかわからなかった。とても不快で、とても恐ろしい事態になってしまったと思っているとしか答えようがない。ハリーの心に余裕がないからか、フルールを見てもハリーは心動かされることはなかった。
セドリックが場の雰囲気を取り持とうと口を開きかけたとき、部屋にルード·バグマンが入ってきた。彼はこの場に相応しくないほどに陽気に言った。
「……やあやあ諸君!自己紹介は済ませたかね?突然のことで驚いたと思うが、四人目の代表選手、ハリー·ポッターだ!担当役人……クラウチの分析によると、イルヴァーモーニーのホーンド·サーペント寮出身ということになっているらしいがね!」
ハリー、クラム、セドリック、そしてフルールの心はこの瞬間一つになっていたかもしれない。そんな思いを代弁した訳ではないだろうが、フルールは美しい顔に冷徹な軽蔑と怒りを携えてバグマンに対して抗議した。
「私の聞き間違いですか?面白い冗談ですね。この人……ポッターは若すぎます。競技には参加できません。そんな不正が許されると思っているのですか?」
フルールの怒りはハリーから見ても至極当然で、正当なものだった。ボーバトンの留学生で選ばれなかった生徒のなかには泣き出した生徒もいる。トライウィザードへ挑戦するという目標を胸に留学してきた生徒達が参加できないのに、本来資格のないハリーがこの場にいるのは場違いにもほどかあった。
「僕もそう思います。僕はトーナメントに参加すべきじゃない。そもそも立候補していないんです」
「そうです。彼のような子供が参加するお遊戯ではないのですよ」
(……っ。子供。……耐えろ。今は耐えるんだ。年齢のことを言われているだけだ……)
ハリーはなけなしの閉心術を駆使して、全力で下手に出なければならなかった。やってもいない不正の疑惑で立場を悪くするのは御免だった。それは自己保身的な打算もあったものの、スリザリン寮の名誉のためでもあった。
この疑惑で不利益を被るのはハリーだけではない。『狡猾さ』を信条とし、勝利のためならば手段を選ばないとされているスリザリンのイメージダウンにも繋がることにハリーは気付いていた。
元々スリザリンの評判は悪い。ハリーが闇の魔法使いを退けることでイメージアップに繋がりはしたものの、そのハリーにしても規則違反の常習者ではあるのだ。そこに今回の疑惑が合わされば、ハリーだけではなくスリザリン事態のイメージも低下しかねないのである。
元々スリザリンに対する信頼など皆無に等しいが、それでも積み上げてきた僅かな信頼はある。それが一瞬で消えてしまうことをハリーは恐れていた。
「ああ、ポッター。心配には及ばない」
バグマンがにこやかに言った。
「私は君の評判をよく知っている。数ヵ月前に闇の魔法使い相手に対抗して生き残ったことも。これはきっと、何かの導きなのだろう……」
「そんな理屈が許されるものか!」
バグマンの言葉に反論したのは、部屋に入ってきたカルカロフ校長だった。部屋にはカルカロフだけではなく、マダム マクシーム、ダンブルドアやマクゴナガル、スネイプ、そしてクラウチといった錚々たる面々が集まっている。
「クラウチによれば選出された代表が辞退することは叶わないらしい。魔法契約であるから、ポッターが試練で手を抜くことも、恣意的にリタイアすることも許されぬらしい。……誠に遺憾である」
ホグワーツの教授達も、カルカロフの言葉に反論しない。言われて当然だったからだ。
「しかし、ポッターを認めざるをえないのであれば、炎のゴブレットをもう一度設置していただこう。ボーバトンとダームストラングからももう一名選出する。それが公平というものだ」
そのカルカロフの提案はもっともな話だった。フルールはそれならばと納得しかけたが、その提案も通らなかった。ゴブレットの炎が消え失せ、代表を選出できないとクラウチ氏が淡々と言ったからだ。
部屋の空気は今や冷えきっていた。カルカロフもマクシームも、自分の生徒以外の全てに軽蔑の視線を向けていた。そんな空気をぶち壊したのは、部屋に入ってきたアラスター·ムーディ先生だった。
「…………冴えない芝居だなカルカロフ。闇の魔術に長けた人間らしい小賢しさだ。人を欺く演技には余念がないと見える」
「な、なにをいきなり。私は当然の抗議をしたまでだ……!」
「ほう?闇の印が打ち上げられ、そこの少年を殺すと帝王の配下が宣言していたのに?ゴブレッドに闇の魔術をかけそうな人間といえば、かつて彼に与した……」
「アラスター!」
ムーディが持論を述べる度に、カルカロフ校長の顔は蒼白になっていく。ダンブルドアはムーディが全て言いきる前に、強い口調でムーディを制した。
ムーディによって、場の主導権はカルカロフからダンブルドアへと譲渡された。ダンブルドアは、ハリーを代表選手として認めると言った。
「ハリーとセドリックは競技の最中は競い合う。二人の間での協力や共闘はなく、ただ己の勝利のみを目指して競技を遂行する。……他に代案がある方は、どうか一言意見をお願いしたい」
しかし、代案のある人はいないようだった。マダム マクシームも、不満のある目で睨むだけだ。
「……では、話を進めさせていただく。第一の課題は11月24日に行われる。課題の遂行にあたり、選手は教授陣に対して助力を頼むことも、教授陣からの助力を受けることも許されない」
クラウチ氏がすべての説明を終えて解散となったとき、スネイプ教授はハリーの側には寄らなかった。彼は最早同じ空間にいることすら苦痛だと言わんばかりに真っ先にその場を去った。
(…………フリットウィック教授に、助力を請おう……)
ハリーはそう心に誓った。現時点のハリーには、七年生や六年生と比較してまだまだ知識も技術も不足している。足りないところを埋めるには、助けを請うより他に道はなかった。
***
ダンブルドアの計らいで、ハリーとセドリックは二人で大広間に戻った。大広間は閑散としていて、太った修道士以外にはゴーストすら居なかった。
「……公の場で君と戦うことになるなんてね、ハリー」
セドリックはハリーに微笑みながら言った。
「……はい。でも僕は……」
ハリーは居たたまれない気持ちで言った。
「……こんな形で闘うことを望んでは居ませんでした」
セドリックはハリーの言葉に少し失望するような表情を見せた。
(……?)
セドリックから告げられた言葉は、ハリーにとって衝撃的だった。
「……誰にも言わないと約束する。君がどんな手段を使って入れたのか、僕だけに明かしてくれないか?」
(……そ、そこまで……僕には信頼がなかったのか!?)
ハリーの脳裏には過去のセドリックとのやり取りが浮かんでいた。いつも誠実で、ハリー達が死地にいるとき助けに来てくれたこともあった。
(……いや、でもあのとき……)
ハリーはファルカスと二人でトンクス先生の部屋を訪れ、セドリックと出会った時のことを思い出した。セドリックは、ハリーが闇の魔術を使えるにも関わらず、見え透いた嘘を言ったとき失望したような表情になった。
(もしかして、セドリックは……誠実に本音を言って欲しいのか?)
そんな馬鹿な、とは思った。しかし、ハリーは賭けに出ることにした。セドリックはハリーの知る限り、最も誠実で人望のある先輩の一人だ。彼から嫌われるということは、社会的には死んだも同然になるということでもあるのだ。
「すいません、先輩。僕は少し見栄を張りました。……ほんの少しでも、参加したいと思わなかったと言えば嘘になります」
セドリックは、ハリーの言葉にお、と驚きを見せた。
「君でもそう思うのかい?」
「はい。先輩達と実力差があるのは分かっていますが、僕は自分の力量を証明して、スリザリンの評判をよくしようと思ったことはあります」
でも、とハリーは強調した。
「今回はやっていません。お願いします。信じてください。……どんな闇の魔術を使ったとしても、ゴブレットを突破できるという確証がなければ僕はそれを使いません。自分に災いが振りかかるかもしれないのに、そんなリスクは犯せない」
セドリックはハリーが闇の魔術を知っていることに対しては驚きを見せなかった。ハリーはますます推測は正しいと思った。
(そうかこの人、無駄な嘘をつかれると自分は信頼されてないと思うタイプだ!……意外と面倒くさい!)
ハリーは真摯に見えるよう、必死でセドリックと目を合わせた。母親譲りの翡翠色の目は、灰色の目によく映った筈だった。
「それに……冷静になってみると、僕が参加したとしても、それでスリザリンの評判が上がるわけもない。不正したって叩かれるだけです。スネイプ教授が僕をどんな目で見ているかは御存知ですよね?」
「ああ。……君は本当に、酷い目にあっていることも知っているよ」
「だから、僕はやってないんです。……お願いします、先輩からも信じられなかったら、僕はホグワーツで居場所がありません!」
ハリーが必死で頭を下げると、セドリックはそっとハリーに手を差しのべた。
「……わかった。僕の出来る範囲ではあるけれど、君が不正をした訳じゃないと仲間に言うよ。バナナージ先輩にもね。きっと君の味方に立ってくれる」
「ありがとうございます!」
ハリーはこの時、道が開けたと思った。セドリックから信頼されたことで、確かにハリーが不正したという声は小さくなった。
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それでも、ハリーがやった、と言う人はいた。
「なぁハリー。俺にだけでいいからさ、どうやったのか教えてくれよ。友だちだろ?」
ハリーは信じられない思いで、その言葉を聞いた。赤毛で、のっぽでそばかすで、そしてどんなときでも困難を共に乗り越えてきた筈の友人からそう言われたとき、ハリーはセドリックの時のように言葉を返すことが出来なかった。
他の誰がなんと言おうと。
ロンはいつでも、何があろうとも自分の味方でいくれる。
ハリーはそう信じきっていたからだ。
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談話室で一人火に当たるハリーの横に、そっとドラコが座った。
「これでわかっただろう?……都合のいい時だけ友人のふりをしておいて。肝心なときにあっさりと裏切る。所詮はあいつも、裏切り者のウィーズリーなのさ」
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ウィーズリー家というだけで変なレッテルを貼られるロンさんかわいそ……
ファルカスのタロット占い
クラム→戦車(逆位置)
フルール→運命の輪(正位置)
セドリック→塔(逆位置)