***
時を少し遡る。
ハリーがセドリックに対しての説得を終えたあと、ハリーはスリザリンの談話室に戻った。自分の部屋でザビニに会い、今後の相談をするつもりでいた。しかし、談話室でハリーは予期せぬ面々に遭遇してしまった。
スリザリンの談話室には、普段ならば緑色のローブを着込んだ蛇達が並ぶ。しかし今日は、スリザリン生達は姿を見せなかった。代わりに、毛皮のコートで身を包んだ背の高いダームストラング生達の姿があった。スリザリン寮に迎え入れられたダームストラング生達の視線がハリーに突き刺さる。彼らはわざわざハリーを待っていたのだ。
「……あれが、ハリー·ポッター?」
彼らはハリーに話しかけてはこなかった。遠巻きにハリーの姿を眺めながら、ヒソヒソと囁きあっている。
「本当に子供だ」
「……こんな不公平を納得しろっていうのか……」
(……やる気なのか?)
ダームストラング生達はハリーが部屋に戻る道の前で、邪魔になるように立ち塞がっていた。
「そこを通してください。部屋に戻らなければいけませんから」
しかし、彼らは道を譲らない。無言のまま動かない彼らは手を出さないが、動く気もないと言わんばかりだ。彼らは視線でハリーを挑発していた。
(……ああ、僕に手を出させて失格扱いにさせたいのか)
ハリーは何となくそう思った。勿論、ハリーから喧嘩を売るつもりは微塵もない。その時、ダームストラング生の背後から低い声がした。
「……お前ら止せ。子供相手にみっともないぞ」
ダームストラング生達を止めたのは、いつの間にかハリーの後ろにいたクラムだった。屈強なダームストラング生のなかでも一際鍛え上げられた彼がじろりと男子生徒を睨むと、不満げな顔をしつつもダームストラング生徒は口をつぐむ。クラムの不興を買いたくなかったのか、一人の女子生徒が慌てて言った。
「部屋に戻りましょう。……ホグワーツってこういうことをするのね。来て損したわ」
「そうだな。……まぁ、不正で子供を潜り込ませるような学校なんだ。どうせあのセドリックってやつも大したことないだろうな!」
女子生徒に促されて、ダームストラング生は肩をいからせて談話室を出て部屋に戻った。ハリーはクラムに軽く会釈をした。クラムは無言で、少しだけ頷いた。
スリザリンの寮部屋に戻ろうとしたハリーに、メゾソプラノの声がかけられた。
「……ハリー。お帰りなさい」
「……ただいま、ダフネ」
ダームストラング生の目につかないよう物陰に隠れていたダフネだった。彼女はハリーの顔を見て気の毒そうな表情になったが、きゅっと気を引き締めてハリーに言った。
「……マクギリス先輩から言伝てよ。監督生室に来て欲しいと」
「……そうか。分かったよ。ありがとう」
ハリーとダフネは連れ立って監督生室まで向かった。ダフネはダームストラングの生徒達に毒づいていた。
「感じの悪い連中だったわね。今すぐにダームストラングに帰って貰えないかしら。どうせクラム以外はここには必要ないでしょう?」
「それが出来ればいいんだけどね……でも、何でダフネまでついて来てるの?」
「カロー先輩が私にも来て欲しいと仰ったの。私だって不本意だわ。」
「そうか、君もなのか。何でだろうね」
ハリーとダフネは話しながら、監督生マクギリス·カローと書かれた部屋の前に到着した。軽く二回ノックをすると、待ちかねたというカロー先輩の声が聞こえる。中に入りドアを閉めると、深刻な顔のマクギリス·カローが二人を迎えた。
「来てくれたか、ハリー。……それからミスグリーングラス。夜分にすまないね」
「お気にさならないでください。監督生室には興味がありましたから。罰則以外で訪れることが出来て嬉しいくらいです」
「……うむ……」
マクギリスの顔にも疲労の色があった。監督生にあてがわれた個室は、寮の四人一組の部屋とは違い広々としている。マクギリスが収集したらしき数々の呪物がガラスケースで展示され、監督生の部屋と言うよりは一種の美術館のようになっていた。普段は、部屋に招いた後輩たちにそれらについての解説をしながら勉強を教えていたのだろう。
「話を進めましょう。カロー先輩のお話はどんなものなのですか?」
ハリーはすぐに切り出した。マクギリスは無理に笑って言った。
「ああ。最早言うまでもないだろうが、君の選出について話を聞きたいと思ってね。……その顔を見る限り、君が不正をした、というわけではないのだね?」
マクギリスはあくまでも確認という形でハリーに質問した。ハリーは淡々と言った。
「ええ、選ばれたのは僕の仕業ではありません。ムーディ先生によると、別の誰かの犯行のようです。……もっともスリザリン生としては恥ずかしいことですね。ゴブレットを出し抜く方法が思い付かなかったんですから」
「本当かね?」
「先輩を相手に嘘はつけません。スリザリンの名誉を汚すことはしたくありません」
自分はゴブレットに名前を入れていないし、誰かが自分の名前を入れたのも見ていないということをハリーは念を押して説明しなければならなかった。
「……そうか、確かにその通りだな。私の目も曇ったらしい。すまなかった」
ダフネは少し怒りを滲ませてマクギリスに言った。
「不正なんてもっての他です。『狡猾』さと不正とはイコールではない筈です。先輩はハリーのことを疑っておいでなのですか」
「ハリーが不正をしたわけではないと理解したとも。ミスグリーングラス。私は単に確認しておきたかっただけなのだよ」
(……本当かしら。ハリーの仕業だと疑っていたのでは?)
内心でマクギリスの本心を推測しながら、ダフネはじっとマクギリスを観察した。ダームストラング生達への折衝のせいか、それとも別の要件があるのか、マクギリスの表情には余裕がないようにも見えた。
「分かりませんね。皆さんが僕のことを疑う気持ちがわからない。何で分かってくれないんです?」
ハリーは思わず言った。セドリックですらハリーのことを疑ったのは心外だったが、マクギリスも疑うというのは理解できなかった。
「少し考えたら分かるでしょう。ゴブレットを騙すなんて芸当は今の僕には不可能だって」
ハリーがそう言うと、マクギリスはふっと笑った。
「ハリー。こういう場合の鉄則はね、まずは疑ってかかることだ。人柄や感情による先入観を排除し、出来るか否かで判断するのが魔法使いの鉄則だ。しかしだ」
マクギリスはそこで目を伏せた。
「……君は、バジリスクを殺害した実績がある。闇の魔術に長けた君ならばもしかして、と思ってしまったのだ。どうか許して欲しい」
「あれはパーシーさんの実績です」
ハリーの言葉をダフネですら信じなかった。何を言っているのかしらという視線がハリーに突き刺さる。
「……先輩ですら僕を疑うというなら、これから先いろんな人から疑われることになるでしょうか」
気まずくなった場の空気を変えるために、ハリーはマクギリスに言った。マクギリスは、そうだな、と頷いた。
「そればかりは仕方のないことだ。君はあまりにも目立ちすぎているからね」
「理不尽な話ね」
とダフネは言った。
「ハリーは数ヵ月前には大勢の人たちを救ったわ。二年生の時は秘密の部屋事件も、ハリーの助力があったことを皆が知っている。それなのに、こんなことでハリーを疑うなんて」
「……ダフネ」
ハリーはまじまじとダフネを見た。長い睫毛が、整った鼻筋が、いつもにも増して魅力的に見える。
(……)
ハリーが思わぬ援護射撃に戸惑っている間、マクギリスはダフネとハリーを諭すように群衆の心理について説明してくれた。
「助けられた人々はハリーに感謝しているだろう。それは間違いないとも。しかし、大勢の人々にとっては、ハリーの活躍は雑多な日常の中のどうでもいい情報なのだよ。ハリー、グリーングラス、君はダンブルドアがかつて倒した闇の魔法使いが誰だったのか言えるかな?」
「ゲラート·グリンデルバルドです」
「では、ダンブルドアにその事で感謝できるかな?」
「……いえ」「……」
ハリーもダフネも、沈黙し否定するしかなかった。
「ハリーのことを疑う人がいたとすれば、それはおそらくはハリーのことをどうでもよいと思っている人だろう。ハリーに無関心で、無神経な人なのだ。もっともそれは悪いことではない。話をしたこともないのに噂だけで好きになられても、ハリーも迷惑だろう?」
「仰る通りです。僕の心をレジリメンスで覗かれたのですか?」
ハリーは感心しながらマクギリスにお世辞を言ったが、マクギリスは単なる推測だと笑った。
「ミス グリーングラス。私やセドリックも含めて、ハリーを疑う人々のほとんどは『大衆』だ。ハリーと深い繋がりがなく、ハリーに強い関心がない。そういう人たちを不快に思うだろうが、どうか許して欲しい。悪気はないのだ」
「私は……でも、ハリーはそれでいいの?」
「……怒ってもメリットがないってことですね?」
ハリーは赦せ、と言われてはい許します、とは言えなかった。自分が聖人でも善人でもないという自覚はあったし、それを演じる気もなかった。
「ああ。その通りだ。冷静な思考が出来ているな」
マクギリスはそうハリーを褒めた。ハリーは内心を押し殺して笑った。
「ありがとうございます」
そんなハリーを見てマクギリスは頼もしそうにしていたが、さらに言葉を続けた。
「……多くの人々は、自分と深く関わりのないものについて思考を停止する。出来るか否かではなくて、『あいつのせいにしておけば角が立たない』ものを疑い、そうではないと思っていても、そういうことにしてしまおうとするのだよ。世間はそういうものだ」
どこか達観したようなマクギリスの言葉には、いつものマクギリスの熱がなかった。ハリーはそれが気になって言った。
「……いや。幾らなんでもそんな馬鹿なことがあるわけないでしょう」
「そうです。冷静に考えれば、ハリーがするわけがないと分かる筈です」
ハリーの言葉にダフネも頷いたが、マクギリスは気の毒そうに首を横に振った。
「ハリー。ミスグリーングラス。……ハリーの父上とミスタ ブラックの一件を思い出してみたまえ」
「シリウスの……?」
「……正確には、ピーター・ペティグリューの一件だ」
ハリーもダフネも、一瞬で押し黙った。
「人は正しいものをではなく、見たいものを見るのだよ。かつて、『狡猾なブラック家の跡取りがポッター夫妻を騙しきってあの人に寝返り、ポッター夫妻を売った』と大人達が信じたように……」
マクギリスはじっとハリーを見た。
「『狡猾なスリザリン生が本性を出した』と見る人間もいるかもしれない。あらゆる悪意を想定して耐えておきたまえ」
(……い、印象だけで……)
ハリーは言い返そうとして言い返せなかった。シリウスはかつて、レジスタンスの一員として少なくない数の人を助けた。しかし殺人犯として疑われたとき、誰もシリウスを擁護しなかった。ハリーはセドリックに疑われたものの必死で弁明したことで何とかなったが、人というものが印象によって左右される生き物だということは全く否定できなかった。
「……まぁ、その手の悪意ある馬鹿はごく僅かだろうが。悪意に流される人間も一割ほど出現するだろう。数ヵ月前のホグズミードで、我々スリザリンのマイナスイメージは皆の心に刻み込まれてしまったからな」
「そんなことは……!」
「無論、これは最悪の予想だ。おそらく、これより悪いことになることはあるまいよ。スリザリンに対して悪意ある妄言をほざくのは大体がグリフィンドール生だが、幸い君はグリフィンドールに多大な恩を売っている。……君でなければ、状況はさらに悪くなっていた」
マクギリスはハリーを励ますように言葉を投げ掛ける。ハリーは無言で頷いた。
(ロンとハーマイオニーは必ず味方になってくれる)
ハリーはそう信じて疑っていなかった。
「残りの六割は、『ハリーのせいにしておいたほうが角が立たないからそういうことにしておこう』という者達だ。君に対してあまり興味がない人たちは、君がやったという雰囲気が出来上がればおそらくそちらに流れる。しかし、積極的に君を害することはしない筈だ。君に対してそもそも興味がないのだから」
「じゃあ、残りの三割である私達スリザリン生で、ハリーを全力で支援するのですね?」
ダフネは明るい声で言ったが、ハリーはそんな甘い話ではないと思った。
「……さて。私個人としては、スリザリンからの代表選手として全力でハリーを支援したい」
「先輩、それは……」
ハリーが眉をひそめると、マクギリスはため息をついた。
「しかしだ。我々はダームストラング生を、寮の一員であり家族として迎え入れている」
「仲の悪い親戚として」
ダフネの言葉にマクギリスもハリーも苦笑した。ハリーのことがなければ、おそらくは親しい親戚になれただろう。
「不正によって突然沸いてきた君に対する風当たりは強い。スリザリン寮を挙げて君を代表選手として応援し、君を支援するということはつまり、彼らに対する不義理でもある」
「僕もそう思います」
「それはおかしいわ。自分の寮の生徒を応援するのは当然のことよ」
ダフネはマクギリスの言葉に反発したが、マクギリスは首を横に振った。
「……やるのであれば陰ながら、目につかないようにだ。下手にハリーを支援すれば、ボーバトンやダームストラングだけでなくハッフルパフの反発を招く。我がスリザリンは嫌われ者ではあるが、彼らから憎まれるのは避けたいのだよ」
「……でも、それではハリーが」
ハリーは気にしないでとダフネに笑ったが、ダフネは気にしていた。
「ハリーが不正したという事実はないにせよ、ハリーが選ばれたという事実そのものが彼らにとっては許されざる出来事なのだ。ハリー、すまないが……」
マクギリスは心の底から申し訳なさそうに言った。ハリーはまだ微笑む余裕があった。これはスリザリンのために仕方ないことだと覚悟していたからだ。
「分かります。僕のことは、この一年間無視していただいて構いません。それがスリザリンにとって益になるならそうすべきです」
「……ハリー。不安ではないのかね?」
「僕は問題ありません。ディゴリーに、僕をフォローして欲しいと頼み込みました」
「え?」「何?」
「ディゴリーは、僕が潔白であると証言してくれます。……ハッフルパフ生からのスリザリンへの当たりは、そこまで強くはならない筈です」
(……これはちょっと希望的観測かな……いや。ハッフルパフ生も、セドリックの言葉は聞いてくれる筈だ)
ハリーがそう言うと、マクギリスは暫く口をつぐんだあと、言った。
「……見事だ、ハリー。よくセドリック·ディゴリーを説得したね。彼の立場からすれば、君を嫌って当然だろうに。どんな魔法を使ったのだ?」
「セドリックが好い人だったとしか……」
ハリーが心の底から言うと、マクギリスは心の底から可笑しそうに笑った。ダフネは目を丸くしていた。ハリーはやっとマクギリスらしくなったと思った。
(あ、戻った)
ハリーから見て、マクギリスはマクギリスらしさを取り戻したように見えた。ハリーに対して何やら過大な期待をかけつつも、常に前向きに前進するいつものマクギリス·カローに。
「ハリー。君はいつも私の期待を越えてくれる。ならば私もそれに応えよう。決闘クラブでは私を練習台にするといい。七年生レベルとの戦闘経験、積んでおいて損はあるまい」
「!是非お願いします!」
ハリーにとって願ってもない話だった。トライウィザードに向けて、七年生との決闘経験を積んでおくことはハリーにとって確かに利になる。フルールもクラムもセドリックも確実にマクギリスより強いだろうが、マクギリスは彼らが学んできた知識を学んでいるのだから。
困惑するダフネをよそに、マクギリスはハリーの手を取って言った。
「……無茶を承知で言いたい、ハリー。結果を出して欲しい。君が代表選手にふさわしい力量があると証明されればダームストラングやボーバトンへの言い訳も立つ。スリザリンの代表選手として、大手を振って君を応援できるのだ」
客観的に見れば、四年生でしかないハリーにはあまりに無茶な要求だ。しかし、ハリーにはその無茶をはね除ける実績があった。
本人の腕が錆び付いていたとはいえ、闇の魔法使いであるロックハートやシトレ、ドロホフらと交戦して生き延びたという実績。修羅場をくぐった経験だけなら、ハリーはセドリックやクラム、そしてフルールに勝るのだ。
「ディゴリーやクラムと闘って欲しい」
「……ええ。場違いではありますが全力を尽くします。ああ、ドゥラクゥールとも闘いますよ、勿論」
ハリーは内心、嫌だと言いたかった。いつも自分ばかり厄介ごとに巻き込まれるのは不公平で、最悪命を落としかねないことばかり起きるのはいい加減にして欲しいと思っていた。しかし本音を明かしたところでどうなるものでもない。
(……今回は皆が巻き込まれていないだけ、マシだ。ロンやハーマイオニーやザビニや、ダフネが襲われることはないんだから……)
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
「君や我が寮の後輩たちがこれからの一年を有意義に過ごせるように私は全力を尽くす。だから、君は自分のことに専念したまえ。何か知りたい魔法があれば私に言うといい。知っていれば君に教えるし、知らないものは父親の伝手でも何でも使って、魔道書を持ってこよう」
「ありがとうございます、先輩」
ハリーはマクギリスに心から礼を述べた。内心不満は燻っているが、これで憂いなくトライウィザードに打ち込める。そんなハリーの様子を、ダフネは唖然として見つめていた。
「それから、ミスグリーングラス。君を呼んだのは他でもない、女子グループでの争いが過激にならないように調整して欲しいと思ってのことだ。特に君の年代がもっとも過激になるだろうからね」
「……申し訳ありません。私は力になれそうにありません……」
ダフネは即座にマクギリスに詫びた。
「実は、グループから抜け出したいと思っています。今は、ハリーの応援に専念したいのです」
「え!?あの、ダフネ?どういうこと?」
ハリーはダフネがいきなりそんなことを言ったので驚いた。マクギリスは微笑んだ。
「気にするな、ハリー、ミスグリーングラス。そういうことなら、私がどうこう言う話ではないね。……今日はありがとう」
***
ハリーは訳が分からぬまま、マクギリスの部屋を離れた。廊下でハリーはダフネに問いかけた。
「ダフネ。さっきのあれは……」
「方便よ。ハリー、わたしは自分の手に余る責任は持たないようにしているの」
ダフネはさっぱりと言った。
「……そうか。それならいいんだ。……でも、ちょっと愚痴りたくなったら言ってくれ」
「自分のスキルアップに専念しろって言われたじゃない。バカね」
ダフネはため息をついた。
現在ダフネの親友であるパンジーは一人のハッフルパフ女子を虐めることに躍起になっていた。ダフネはそれに荷担するわけにもいかず、前学期まで親しかったパンジーとの間に少し距離が出来始めていた。
パンジーの虐めの対象は、同い年のハッフルパフ女子、スーザン·ボーンである。ボーンはザビニの三股の相手で、三股が発覚したとき、トレイシーがザビニを振るきっかけになった相手でもある。
パンジーはダフネの所属するグループの女帝であり、仲間思いである。自分より成績のいい女子を追い落とそうと必死で、ハーマイオニーに陰湿な嫌がらせを企てたのもパンジーだ。ホグズミードでハーマイオニーとハリーによって闇の魔法使いの支配を解除されていなければ、今でもハーマイオニーへの虐めを継続していただろう。
恩義からか、ハーマイオニーへの虐めは控えるようになったパンジーだが、彼女が権力の行使をやめることはない。パンジーは慕われ、侮られるよりも恐れられることを選んだスリザリンの魔女だった。だからハーマイオニー以外の、目立つ女子に対しては相変わらず虐めを企てるのだ。
パンジーは(ダフネにだって気持ちは分かるが)顔と権力と財力のいずれか、あるいはその複数を持つ男子に目がない。ドラコだけでなく、あわよくばザビニの関心を得たいという思惑もあったのだろう。パンジーのスーザンに対する嫌がらせはエスカレートし始めていた。
(……手に追えなくなったら、セルウィン先輩に投げよう)
ダフネは集団でのいやがらせや無視といった虐めには加担していたこともあるし、今さらそれを恥じる良心があるわけではない。しかし、ザビニはハリーの友人でもある。そんな相手の彼女に対する虐めに荷担するというのは、あまり気が進むものではない。ダフネはスーザンのためではなく、自分の人間関係を守るために動こうと思った。そこでパンジーを止められないところが、ダフネの限界でもあった。
スリザリン生には、勇気が不足しているのだ。友に立ち向かうという勇気が。
(……パンジーのことを思い出したら憂鬱になってきたわね)
ダフネの目の前には、急展開によって疲労しながらもダフネを心配するハリーの姿があった。
(……今なら誰も見ていないし……)
そう思い、ダフネはハリーの肩をとん、と叩いた。
「……ちょっと寒くて疲れたわ。手を引いてくれるかしら」
ダフネはハリーに引っ張らせて寮まで戻ることを要求した。ハリーは犬の散歩をするかのようにダフネの手を引いて、女子寮の前までダフネとともにゆっくりと歩いた。
「……また変なことが起きたわね」
「うん。今回は期日が決まっていて、準備期間がある。考えようによっては今までよりマシだね」
そう虚勢を張るハリーの姿を、ダフネはしっかりと目に焼き付けた。
「頼もしいわね。カロー先輩が言ったように、貴方にはウィーズリーやグレンジャーも居るものね」
「スリザリンの仲間もね」
(……気が利かないわね……)
ハリーの言葉は、ダフネの期待したものではなかった。それが少し癪で、ダフネは歩みを進めながら女子寮に到着したとき、ハリーに言った。
「ところでハリー。……この手はいつまで続くのかしら?」
ダフネはハリーの手をさすりながら聞いた。ハリーは顔を真っ赤にして慌てて手を離した。
「ごめん!つい!」
「……別にいいわ。また明日ね」
(ようし、一勝ね)
ダフネは内心でハリーに優越感を抱くと女子寮に戻り始める。ハリーを少し慌てさせたと思うと、小気味がよかった。
ハリーは照れ笑いしながら頭を掻いていた。ダフネはそんなハリーを見てため息をつくと、女子寮へ入っていった。
(……パンジーやミリセントが言うように、『私のために頑張ってね』って言えばよかったかしら)
ダフネのため息は自分自身に対するものだ。どう言えばいいのか分からず、ただ黙って歩くことしか出来なかった。
(……そんなはしたない台詞。言えるもんですか……!)
ダフネにも意地とプライドはある。自ら媚びたような言葉など言う筈もない。
(……今のハリーに『頑張れ』なんて言えないわ。……本当に、どうすればいいのかしら……)
ハリーと付き合いを始めてから、ダフネの身の回りの景色は変わった。ダフネにとって灰色だった景色が鮮やかに色づいていく。停滞していた周囲が目まぐるしく移り変わっていく。ダフネはそれに追い付こうと走るのに必死で、何が正解なのかまるで分からない。ダフネは結局、ハリーに頑張れとは言わなかった。
***
ハリーはマクギリスに対しても、ダフネに対しても虚勢を張っていた。二人の前では強い自分を演出したが、クラムやセドリック、フルール達に勝てる算段や確信はまるでないのだ。
次の日のハリーに対する風当たりは強かった。ハッフルパフ生はハリーに対して異常に他人行儀になり、ハリーとは会話をしなくなった。スリザリン生はハリーの周囲を取り巻くようになり、レイブンクロー生は遠巻きにハリーを見ながらヒソヒソと囁きあう。ホグワーツはたった一日でそれまでとは様変わりしていた。誰もが寮を意識し、ハリーに対して余所余所しくなっていたのだ。
セドリックがハリーの潔白をハッフルパフ生に告げた効果は確かにあった。その話はハッフルパフ生からグリフィンドール生、レイブンクロー生にも伝わった。しかし、人の感情というものはそう簡単にコントロールできるものではない。
ハッフルパフ生はセドリックへの敬意と義務感から、普段と同じようにハリーと接することは出来ないと考えたのだろう。面と向かって話せば、嫌味や皮肉の一つも言いたくなる。だから、アーニーもジャスティンもハリーの前では笑顔を作っていた。あまりに分かりやすすぎる作り笑いで、ハリーは居たたまれなくなった。
(馬鹿げてる……)
レイブンクロー生は、ハリーと関わることがリスクだと考えたようだった。ハリーがドロホフの息のかかった闇の魔法使いに狙われているのなら、ハリーと親しくするメリットは彼らにはないのだ。
ハリーはスリザリン生達に、繰り返し自分の潔白を主張しなければならなかった。あまりにも同じ台詞を繰り返したので、いい加減ハリーはうんざりしていた。
「決闘クラブでロンに会おうか、ザビニ。ロンなら分かってくれる」
「ハーマイオニーもな。急ぐぜハリー。急に増えた取り巻きがうぜぇしよ」
ハリー達四人組はスリザリン生達を振り切って決闘クラブへと急いだ。
ハリーにとって弱音を吐いて本音を見せられる相手はザビニ達同室の三人であり、ロンとハーマイオニーだった。決闘クラブでロンと会ったとき、ハリーはいつも通りロンとトレーニングを積むことができると信じて疑わなかった。
「すげぇな、ハリー。どうやってゴブレットを騙したんだ?」
だからハリーは、ロンから聞いた言葉が信じられずフリーズした。あまりにも予想外で、ロンの言葉を信じたくなかったからだ。
ロンの言葉に驚いているのはハリーだけではない。何ならダフネやマクギリスですら驚いていた。
ロンが卑屈な作り笑いを浮かべていることも、ハリーが不正をしたと信じていることも不愉快で、信じられなかった。
「なんて言ったんだい?ロン。君は、君は。……頭にコンファンド(錯乱)を受けたのか?」
ハリーは閉心術など使う余裕もなかった。気がつけばロンを罵っていた。
(君は、僕を信じてくれる筈だろう!)
余計な気を使わなくても、以心伝心で分かると思っていた。それはハリーの甘えだったのだと、ハリーは実感することになった。
「何だよ、その言い方!俺はただ、ハリーならトライウィザードにも勝てると思って……」
「僕が不正したって言いたいのか?そういうやつだって言いたいのかい?」
アズラエルもザビニも、ロンの予想外の言葉に固まってしまっていた。そのため、本来ならばブレーキ役になる筈の二人がロンとハリーを止められない。ハーマイオニーは本気の喧嘩におろおろするばかりで、ファルカスはバナナージを呼びに行ってしまった。
バナナージがファルカスによって連れてこられた頃には、ハリーとロンは互いを罵り、怒ったロンは決闘クラブを出ていってしまっていた。
***
「……ザビニ。僕は、何が悪かったのかな」
「ハリー。ロンはお前が不正する筈ねぇって分かってるさ。……お前は悪いことしてねえよ。なに考えてんだあのアホ」
ザビニはスリザリンの談話室でドラコに慰められているハリーが呆然としているのを見て、ハリーを慰める方が先だと判断した。
(重症だ……)
ザビニがはじめて見るハリーの姿だった。スリザリンの継承者として疑われた時の比較にならないほど、ハリーは憔悴していた。今のハリーの姿にトレイシーに振られたときの自分が重なり、ザビニは言葉に詰まった。
(お前そこまであいつのことを気に入ってたのか……)
「友達ならよぉ、やってねえって言われたら普通信じるよ。つーか信じるに決まってんだろ。何回同じ修羅場潜ったと思ってんだよ。親友信じなくて何を信じろってんだよ」
「うん。……でも、僕は……ロンに本当は嫌われてたのかなって思っちゃって……」
「……」
ザビニは冷や汗をかきながら黙ってハリーの言葉を聞いた。
(……それはねえ、と思うけどよ……)
「……なんか、一瞬でもそう思った自分が嫌でさ……」
「馬鹿。気のせいだ気のせい。気が動転したからって変なことを思い込んでんじゃねーよ」
「……じゃあ何で信じてくれなかったんだろう」
(本っっ当に、何であいつが信じねーんだよ訳わかんねーよ俺も聞きてーよ)
そんなハリーに助言をしたのはアズラエルだった。彼は、ハリーにも問題はあったと言った。
「まぁ待ってくださいよ。ロンに悪気があったかどうなのか。確認すべきはまずはそこでしょう。ロンとまた会って話せばいいんです」
「……それはそうだね。そうだけど……和解出来なかったらと思うと、怖いな……」
「………」
ハリーは弱音をこぼした。アズラエルもザビニも、ハリーの言葉に応えられなかった。ハリーは、ファルカスが何か言いたそうにしているのに気付いた。
「……ファルカス。何か名案があるのかい?」
「……!うん!」
ハリーに話を振られ、それまで黙っていたファルカスは言った。
「……確かに、ロンも君も迷っているのかもしれない。ハリーが迷っているのなら、僕はロンの側にたって話を聞いてみるよ」
「ロンの側ぁ?何言ってんだおめー」
「待ってくれ、ザビニ」
ザビニが怪訝な顔をした。ハリーは期待と不安を込めた顔でファルカスを見た。
「……忘れてるみたいだけど。僕はハリーの友達ではあるけれどロンの友達でもあるんだ。一方的にハリーの都合を押し付けるのはよくないと思うんだよ」
「いや、都合って言うけどよぉ。今のハリーの状況分かってんだろ?やべーんだよ。圧倒的に命の危機なんだよ。だったら、友達ならハリーに寄り添うべきじゃねぇのかよ」
「友達ならロンにも寄り添うべきだって言ってるんだよ、ザビニ」
寮の部屋は、ピリピリとした緊張感が流れていた。ハリー達の間でこんな空気になったのは、一年生のとき、ハリーの私物が盗まれて以来のことだった。
「待ってくれ、ザビニ。……僕は、ファルカスに頼みたい」
ハリーは成り行きに任せているわけにはいかなかった。ファルカスを睨んでいたザビニの前に立ち、ハリーはファルカスに向き直る。
「……今の僕は冷静じゃない。今すぐに会ったら心にもないことを言ってしまいそうで怖いんだ。……だから、ファルカス。ロンの本心を聞いてみてくれ。……僕に気に入らないところがあるなら、僕はそれを直してみる」
「分かった。任せて、ハリー。期限はいつまでにする?」
「……大事なのはロンの気持ちだ」
ハリーは明日にでも聞いてくれないか、と言おうとしたのを堪えた。それこそ、ロンのこころを無視した言葉だったからだ。
***
グレゴリー·ゴイルは、同じ部屋のセオドールとドラコの作り上げたバッジを眺めていた。一見すると何の変哲もないバッジだが、ある仕掛けをするとみるみるうちにバッジは変化する。それを見て、ドラコもセオドールも傑作だと笑い、クラブは愛想笑いをしていた。
「よし、いいぞ!これでポッターをこちら側へ引き込める!」
ドラコはそう言って浮かれていた。ドラコによると、これはハリーを闇陣営、つまりはドラコやグレゴリー達の父親の陣営に引き込むための素晴らしいアイディアなのだそうだ。
(……いいのかなぁ。余計なことなんじゃねえかなぁ、これ)
(単に落ち込んでるハリーに優しくするだけで、もっと仲良くなれるんじゃねえかなぁ)
クラブ以外に親友がおらず、友達と言えるのもドラコだけで、セオドールはせいぜい知り合いにとどまるグレゴリーは、自分に人間関係の機微を察する能力はないと自認していた。だから、余計なことを言わない方がいい、と思った。
(……やめとこう。馬鹿にされんのも嫌だし、余計なこと言うとクラブのやつ殴るしな……)
グレゴリー·ゴイルは無能な怠け者である。彼は指示されたことしかやらないし、指示されていないことは極限まで手を抜く姑息さを持っている。それは、不用意な発言が許されないいびつな友人関係に起因していた。
もしもドラコがグレゴリーやクラブに対してハリーに対するものほどの友情を抱けなくても、せめて対等な関係であるように務めていれば、ドラコはここでグレゴリーの意見を聞いていたかもしれない。しかし、ドラコはそうしなかった。ドラコにとってグレゴリーとビンセントは手足であり、己の考えを補強したり修正するに足りうる相手とは見なしていなかったからだ。
***
次の日、昼食時にはハッフルパフ生やドラコ、何人かのスリザリン生達が皆一つのバッジをつけていた。朝食の際にはなかったもので、光の反射で目立つため否が応でも目についた。
「……何だあれ?」
「やぁポッター。お一つどうだい?『セドリック·ディゴリー応援バッジ』さ」
「……へぇ、良くできてるね。これをドラコが?」
ハリーは本心から言った。セドリックに対しては恩義があったから、応援しようという雰囲気を醸成するのは悪い話ではないと思った。
「待ってください。ディゴリーの許可は取っているんですか?」
「ふん、そんなものは事後承諾で構わないさ。見ろよ。ハッフルパフの連中はこぞってこれを胸につけているぞ?君もどうだい?」
ドラコの言葉には嫌な響きがあった。ハッフルパフ生はこぞって応援バッジを胸につけている。ハリー達は、ドラコからバッジを受け取ったものの胸には着けなかった。
「……どうかしたのかい、グレゴリー」
「……え、いや。なんでもねぇ」
ハリーはグレゴリーが視線を彷徨わせているのが気になったが、グレゴリーは答えない。ハリーの中でますます嫌な予感が膨れ上がった。
その時、ドラコは大広間で目当ての人間を見つけたらしい。嬉々としてその目当ての人物に駆け寄った。
「やぁウィーズリー。ご機嫌はいかがかな?」
ドラコが声をかけたのは、なんとロンだった。ハーマイオニーではなく、シェーマス·フィネガンとディーン·トーマスの二人と行動を共にしていた。
「何の用だよ。俺は腹が減ってるんだ。どけよ」
「今の君に必要なプレゼントをしたいと思って、ねぇ?」
「あいつ……まさか」
止めようとするハリーの前に、ビンセントとグレゴリーが立ち塞がる。二人は物理的な壁役になるためにドラコに付き従っていたのだ。
「これを見ろよ。『セドリック応援バッジ』だ!エポキシマイズ(接着せよ)!」
そう言って、ドラコはロンにバッジを投げつけた。接着呪文がかけられたバッジがロンの胸元のポケットにくっついた瞬間、バッジの色が鮮やかに変化する。それまでの黄色いハッフルパフカラーから、グリフィンドールを思わせるような深紅の色に。
「何だぁ!?」
そして、バッジには文字が浮かび上がる。ロンにバッジが触れた瞬間、周囲のハッフルパフ生達のバッジも呼応して変化する。
バッジには、『セドリックを応援しよう』というそれまでの文字ではなく、『裏切り者のウィーズリーめ』という文字が浮かび上がっていた。
「……てめえ、何を!」
ロンは激怒してドラコにつかみかかろうとした。そんなロンは、高笑いするドラコのプロテゴに阻まれる。
周囲のハッフルパフ生は、凍りついた顔でドラコを見た。自分達がドラコに利用されたのは明らかだった。そしてスリザリン生ですら、ドラコのやり口に嫌悪し、あるいはその低俗さに呆れていた。
「ハリーもこのバッジは傑作だそうだよ!」
そんなドラコの言葉に、ハリーは切れた。
「エバネスコ(消えろ)!!」
ロンの胸元に、白い閃光が突き刺さる。ロンの胸元で赤く光っていたバッジが消失すると、周囲のハッフルパフ生達のバッジも元の黄色いバッジへと戻った。
ひゅう、とザビニが口笛を吹く。
「何のつもりだ、ポッ……」
「ロンに謝罪しろ、マルフォイ」
ハリーは切れたまま断言した。迷いはなかった。ドラコは目を見開いたまま、唖然とした顔でハリーを見ていた。
ロンとハリーとの間に、気まずい沈黙が流れた。ロンはハリーに何も言わなかった。ハリーも何も言えなかった。ハリーは結局、ロンともドラコとも会話をしないまま大広間から逃げた。
(何で上手く行かないんだ……)
ハリーの胸中には、苦い痛みだけが残った。
***
マルフォイ家は、時流に乗りうまく生き延びてきた一族である。陰謀渦巻く激動の時代にあっても幸運に特化し、結果的にではあるが生き延びることに成功した彼らは、身内への情にあつい。
しかし、同時にマルフォイ家には欠点があった。自分達が生き延びることに特化し、窮地ならばつく陣営を選ばない彼らは、所属した陣営に甚大な被害をもたらす厄介者でもあった。
早い話が、マルフォイ家は無能な働き者だったのだ。この場合は、スリザリンに対して彼らは被害をもたらした。
ハリーのせいで地に落ちていたスリザリンの評判は、この一件で地中深くまでめり込んだ。ダームストラング生はドラコがスリザリン生の代表としてしきりにクラムに話しかけていたのを見ていたし、ボーバトン生も今回の一件を目撃したからだ。そして善良なハッフルパフ生達は、自分達の意志が利用され、虐めの道具にされたことを決して忘れなかった。スリザリン生の中に側にいてほしくない虐めっ子が存在するということを、彼らは改めて再認識したのである。
周囲のスリザリン生含めたホグワーツ生徒の反応(何だあいつら……?)
ダームストラング&ボーバトン生の反応(????)
ドラコからハリーへ向ける感情も大概だけど原作も本作もハリーからロンに向ける感情はずっしりじっとりと重いんですよねえ。