蛇寮の獅子   作:捨独楽

169 / 330
BURNOUT SYNDROMES

 

***

 

「…………………………………………」

 

 

 

 ドラゴンという生物にとって、人間は身勝手で恐ろしく、ぶち殺しても足りない害獣だった。

 

 

 群れを作れない孤高な生命であるドラゴンであっても、こと母親においては己の愛すべき子供を守るという愛が存在する。そうしなければ、卵や産まれたばかりの子供はたちまちのうちに外敵によって殺害されてしまう。種を保存するための本能だけではなく、母の愛が、己の卵に近づく存在を全て排除しろと訴えかける。

 

 しかし、ドラゴンは怯えていた。目の前の小さな黒髪の人間に対してではなかった。障壁の向こう側から自分を観察する年老いた人間を、ハンガリー·ホーンテールは恐れていた。ちょうどその日の天気のように、ホーンテールの心には靄がかかっていた。

 

 自然界を生きる生命は、些細な違和感に対して敏感でなければならない。生態系の頂点に君臨するドラゴンであってもそれは変わらない。その違和感が全力で囁くのだ。

 

(……恐ろしい。なんだあの人間は)

 

 と。

 

(私が迂闊な動きをすれば、私ごと卵の中の赤子まで殺害するのではないか)

 

 ハンガリー·ホーンテールはハリーと向かい合っている間も、その背後に控えていたダンブルドアを恐れていた。人間の言葉で試合開始の合図があがり、人間の子供が空へ飛び上がった後も、彼女はハリーを追いかけはしなかった。代わりに、彼女は咆哮を上げた。己の卵を守るように這いつくばりながら。

 

 

「グルオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」

 

 暴風が吹き荒れ、爆撃が投下されたかのような轟音が周囲に響く。ドラゴンの咆哮は、己のテリトリーを誇示するための威嚇である。本来、大人のドラゴンが威嚇することは珍しい。生態系の頂点にある大人のドラゴンは、威嚇する前に大抵の魔法生物が逃げ出す脅威だからだ。

 

 

 その威嚇は、目の前の人間にとっては無駄な行為だった。ホーンテールの周囲に爆発が起き、砂埃が舞い上がる。ホーンテールは閉じていた両翼を広げ、砂埃を吹き飛ばした。

 

(……あの人間(ダンブルドア)は何もしてこないか……)

 

 ホーンテールは内心でダンブルドアに対し恐怖しながらも、現在の事態に冷静に対応していた。

 

 ホーンテールの15メートル以上の巨体は、翼だけでハリーの全身より大きい。ハリーが巻き起こした爆風などたちまちのうちに消し飛んでしまう。

 

 砂埃をかきけした一瞬の後、ホーンテールはハリーを排除対象と認め、母の愛でもってハリーを駆除するべく飛び上がった。アルバス·ダンブルドアではなく、この瞬間、ハリーこそ最優先で駆除すべきホーンテールの敵となった。

 

 

 ホーンテールが対する人間……ハリー・ポッターの周囲には、二十メートル以上の大きさになった岩石が浮き上がっていた。それも一つ二つではない。四つだ。ハリーは高笑いをしながら、ホーンテールめがけてそれを撃ち落とした。

 

***

 

「……シリウス。この試合、止めた方がいいのでは?」

 

 マリーダは青ざめた顔でシリウスに言った。シリウスは腕を組み、じっとハリーの動きを見守っていた。何も答えないシリウスに、マリーダはすがるように言った。

 

「あんな高速で飛んでしまってはハリーの身が持たない。ハリーはドラゴンではないんだ。何かにぶつかるだけで、ハリーの体は……」

 

 魔法族が飛行魔法を加速させなかったのは、単純にその制御が難しいからだけではない。飛行魔法には致命的な欠点があったからだ。

 

 速度を出せば出すほど、物体と衝突したとき、飛行魔法を使っていた本人が受けるダメージは大きくなるという単純明快な理屈である。あらゆる箒にもこの問題は付随するが、いざというとき搭乗者を守れるよう保護魔法がかけられた箒とは違い、今のハリーには簡単なルーンの護りしかないのだ。

 

 観客席を見れば、スネイプ教授も試合を止めようとダンブルドアに談判しようとしていた。彼はムーディによって追い返されていたが、マリーダの目にはムーディやダンブルドアは狂人としか思えなかった。

 

「このままでは、ハリーは……」

 

「……ハリーは死なん。絶対にだ」

 

 シリウスは、絞り出すようにか細い声でそう言った。シリウスの手には杖が握り締められている。

 

「…………俺たちが見てきたハリーを信じろ、マリーダ。あの子は強い」

 

(……本当に、この人は)

 

 シリウスが、誰よりも己自身にそう言い聞かせていることをマリーダも理解していた。だから、マリーダはシリウスから視線を外し、ハリーに目を向けた。

 

***

 

 ハリーの血潮は熱く滾っていた。はじめてバジリスクを殺害したときや、転入生と対峙した時に感じた恐怖と高揚感がハリーの魔力を活性化させ、制服に刻んだ調和のルーンでも抑えきれないほどの魔力をハリーの周囲に放出する。

 

(行くぞ!!レダクト マキシマ(割れろ)!アクシオ(岩よ来い)!)

 

 ホーンテールの咆哮はハリーには何の効果も与えなかった。ハリーはホーンテール周囲の地面を割ると、ざつに割れた岩を己の周囲に引き寄せる。

 

「エンゴージオ(肥大しろ!!)!!」

 

 引き寄せた岩を拡大することで、ハリーは空に浮かぶ巨石を作り上げた。エンゴージオ(肥大化)は、物体を風船のように肥大化させることも可能だ。だが、そのサイズには当然限度がある。全長一メートルに満たない岩石を、密度も強度も保ったまま二十倍以上も拡大しようとは通常なら考えないだろう。

 

 しかし、ハリーには先例があった。転入生のように、基礎魔法でも、魔力をコントロールし調整すれば強力な武器となるという経験があった。そして、ハリーは決闘クラブで訓練を重ねた分だけ、魔力の総量は増えていた。

 

 向かってくるドラゴンへと、ハリーは四つの巨石を落下させる。ホーンテールの驚異的な身体能力は、岩石を避けるという選択すら選ばなかった。

 

「シャアアアアアッ!!!」

 

 人間によって不当に捕まえられ、見世物にされた鬱憤を晴らすかのように、ホーンテールは左腕の爪で岩石を引き裂いた。ホーンテールの毒々しい色の爪は、魔力で固く強化された岩石など問題にせず砕ききってしまった。

 

 さらに、ホーンテールは大きく息を吸い込んだ。

 

(ブレス(炎)か)

 

 ハリーはそう思って自分にフレイム グレイシアス(炎凍結魔法)をかけたが、違った。ハンガリー·ホーンテールのフェイントだった。

 

 ホーンテールは、右腕をハリーに向けて振りだした。その動作を感じ取る前にハリーは動いていた。ハリーは自分に杖を向けたまま飛行魔法でその場から消えた。

 

 正確には、消えたと錯覚するほどの速度で上に逃げた。消えた瞬間、先程までハリーから居た場所に、黒い稲妻と大量の岩石が走る。稲妻はハリーが出したもので、土砂はホーンテールが予め握っていたものだ。

 

 ハリーが飛行魔法の出力を上昇させるにつれて、ハリーの周囲には黒い稲妻が走るようになっていた。これは居場所を特定できてしまうため無くしたかったが、ハリーの魔力制御が未熟なために空気中の酸素と魔力が反応して焦げ付いてしまうのだ。

 

「アクシオ マキシマ(全速力で来い)!!!」

 

 ハリーは思考と動作を切り離して反射的に逃げつつも、反撃の手は緩めなかった。ハリーを追いかけるホーンテールの背後に、ハリーが浮かせていた大岩を引き寄せる。超高速の大質量が、ホーンテールの翼に直撃する。

 

「グオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 ホーンテールは何の痛みも感じていなかったかのように勢いを緩めなかった。彼女は飛び回るハリーめがけて、必殺の火炎を放つ。

 

 

 ドラゴンの鱗はあらゆる魔法への耐性を持つ。しかし、物理的な攻撃であれば理論上は通じる。つまりはホーンテールは備わった先天的な魔力による防御力だけではなく、圧倒的な身体能力と、外敵に対して屈しない高い精神力を備えているのだ。

 

 ハリーは笑いながら加速し、ホーンテールの炎をかわした。内心で恐怖に怯えながら、ハリーの心に衝動が沸き上がる。

 

(凄い!何て炎だ!!…勝ちたい!!!ドラゴンに!このホーンテールに、真っ向から!力だけで!)

 

 悪霊の火をドラゴンのブレスにぶつけ、真っ向から勝負したいという衝動的な誘惑にハリーは打ち勝った。ハリーがこの誘惑に勝ったのは、それがあまりに無謀な戦いだと分かっていたからだ。

 

 ホーンテールの撒き散らす炎で、上空の水分はあっという間に霧散していく。ハリーは黒い閃光と共に、ホーンテールの頭上へと舞い上がる。ホーンテールはハリーを仕留めんと加速する。上空に積み上げられた雲達が霧散していく。

 

(アクシオ(来い))

 

 ハリーは無言アクシオで、残った二つの大岩を自分に追随させていた。ハリーとホーンテールが空の観覧飛行を楽しむ間、大岩達はハリー達よりかなり遅れてハリーのもとへ戻ってくる。

 

(チャンスは一度きりだ……)

 

 ホーンテールは何の躊躇いもなく、ハリーへと襲いかかってくる。尾をムチのようにしならせ空を泳ぎながらハリーへと迫るホーンテールの腹に、ハリーは大岩をぶつけた。これで、ハリーに残された大岩は後一つだ。

 

 ホーンテールの顔に笑みが浮かぶ。ハリーはホーンテールが勝利を確信していることがわかった。ハリーは、残った最後の大岩に呪文を放った。

 

「ジェミニオ(そっくり)」

 

 ハリーの使った魔法は、双子の魔法。ある物体と、そっくりなものを複製する魔法だ。

 

 ハリーはそのままホーンテールの巨体に、双子の大岩を撃ち落としぶつけた。

 

 双子の魔法にはこんな性質がある。

 

 双子の魔法は、ある物体とそっくりな物体を精製する。これは詐欺にもってこいの魔法だが、複製品はオリジナルと比べて大抵作りが雑になったり、デザインが未熟だったりと散々な出来になる。しかし、この場合ハリーはデザインなど求めておらず、大岩の外観もそっくりそのままではない。つまりは、未熟な双子の魔法であっても何の問題にもならない。

 それよりも、双子の魔法には重要な性質がある。

 魔法をかけた本人以外がその物体に触れると、増えるという性質が。

 

 

「オオオオオオオオオオオオッッッッ!!??」

 

 

 ホーンテールには油断があった。なまじ一度大岩での攻撃を受けたがために、彼女の心には慢心が産まれてしまった。

 

 人間を自分の領域である空へと追い詰め、その武器を減らし確実に勝利へ近づいてきたという油断。それは実際には、受け身も取れない死地に誘い込まれてきたということに過ぎなかったのに。

 

 二つの大岩は、ホーンテールへと触れた瞬間、本物の大岩が二つに増える。ホーンテールが反射的に暴れてしまったことでさらに二つ。細かく砕けた破片がホーンテールの巨体に当たったことでさらに、二つ。

 

 

「エクスパルソ マキシマ(爆発しろ)!!」

 

 ハリーは増えた大岩に全力の爆破魔法をかけ、勢いよくホーンテールを吹き飛ばした。高密度の魔力によって加速された大岩の破片は、今度こそホーンテールの全身に確かな痛みを与えた。ホーンテールの黄色い目が、痛みによって閉じられる。

 

 その一瞬を見計らい、ハリーは己にかけた飛行魔法の浮遊魔法を一部解除し、重力の定めに従い落下する。ホーンテールは大岩に打ち据えられながらも、ハリーを殺さんと上空に留まり続ける。ホーンテールの頭部に衝撃が走り、彼女は痛みに呻き声をあげる。ハリーは名残惜しい気持ちになりながら彼女に背を向けた。

 

(……またね。……また、僕と遊んでくれ)

 

 ハリーにとって、これ程心踊る闘いはなかった。空の上で、誰にも縛られることのない闘いはそれこそドラコとのクィディッチくらいのものだった。知らず知らずのうちに、ハリーの笑みは小さくなっていった。

 

 

 

 ハリーは大地へと降り注ぐ瓦礫の中を泳ぐように降りてきた。悠々と両手に金色の卵を手にしたとき、スリザリン生たちの応援席から割れんばかりの大歓声が上がった。その歓声を聞きながら、ハリーは観客席でダフネの姿を発見し、笑った。ダフネはほぼ半狂乱でハリーに怒っていた。

 

(あ、怒ってる。何でだろ)

 

 ハリーが理由に思い至る前に、競技場に入ってきたザビニに抱きつかれた。ハリーは友人たちに揉みくちゃにされながら、ダフネが怒った理由について思い至った。

 

(あ、サーペンタリウス使うの忘れたからだ……)

 

 なお、ハリーはダフネから頬をはたかれた。




ドラゴンさんは今回ハリーの攻撃でピヨったけど倒れてはいません。滅茶苦茶タフです。
この二次創作の設定だと生きてるドラゴンは(自分も炎を使うし)炎に高い耐性があるので、この時点のハリーの悪霊の火では殺せないということにします。だってかっこいいからね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。