蛇寮の獅子   作:捨独楽

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胸糞注意


Bon Voyage

 

「決闘クラブに入部したいって?」

 

 

 ハリーは空き教室に呼び出され、三人のスリザリン生の顔を不思議なものを見る目で眺めた。ハリーの後ろには、例によってザビニ、アズラエル、ファルカスが控えている。

 

「後輩が増えるのは嬉しいけど、理由を聞いてもいいかな?どうしてこの時期に?」

 

 

 白髪で長身のオルガ·ザルバッグ、小柄でアジア人を思わせる黒髪のオーガスタ·ミカエル、プラチナブロンドでどこか高貴さを漂わせたシュラーク·サーペンタリウスというスリザリンの三年生男子達だ。いずれも聖28一族のような歴史ある家柄ではない。三人のなかで最も背の高いオルガは、ハリーに何度も頭を下げて頼み込んでいた。

 

「先輩の闘ってる姿を見て憧れたんです。俺たちもあんな風に魔法を自由に使いこなしてえ。お願いします、入部出来るようにフリットウイック教授に取りなして頂けませんか?」

 

(別に僕に断りを入れなくても)

 

 ハリーはそう言おうとして思いとどまった。後輩たちがこのまま決闘クラブに入るとしても、クラブ内で差別的な言動や行動をされては困るのだ。

 

(……いや、ちゃんと最初に釘を刺しておいた方がいいな)

 

 問題を起こす前に最低限の忠告はしておくべきかと思ったとき、ザビニが三人の後輩たちへ軽く言った。

 

「今の時期に途中参加ってのは部員達からいい顔されねーぞ。ただでさえ有名人目当てのミーハーな追っかけが増えてるんだ。それは分かってるな?」

 

 ザビニは三人に釘を刺した。ミカエルはまるで表情を変えなかったが、サーペンタリウスはピクリと目尻を吊り上げた。

 

「僕達が軽い気持ちで入部するような連中だと言いたいのですか?心外です。僕達は魔法の腕を向上させるためなら、努力は惜しみません」

 

「シュラ!先輩に口ごたえすんな!……すみません、こいつはちょっと生意気で」

 

 オルガは三人組のなかではもっとも強面で、不良のような髪型をしていたが最も腰が低く、シュラークの分まで頭を下げる勢いだった。

 

「いいよ、僕達は気にしない。シュラーク。君たちをバカにした訳じゃないんだ。単にそういう視線があるから、それに対しては覚悟してほしいっていうだけなんだ。気を悪くさせてすまないね」

 

「……いえ、こちらこそ不躾でした」

 

 シュラークは渋々と言った。ハリーから見て、後輩のスリザリン生三人は真っ当に見えた。ハリーはニコニコと笑いながら三人を吟味する。

 

(……自分の立ち位置を探している半純血、ってところかな。支援したいけど……)

 

 スリザリン内の半純血の立場は不安定だ。元々純血の一族と交流があるならばよいが、そうでない場合は純血の一族に対して上手く立ち回るための何かを要求される。

 

 ハリーであれば名声、ザビニならば財力と容姿。それらがないファルカスは魔法の腕。そういうものがあってはじめて仲間として認められるのだ。ハリーは心情的に、彼らを引き入れたいという思いがないではなかった。

 

 しかし、ハリーには懸念もあった。後輩たちが純血主義を持っているかどうかという懸念だ。この三人は今まで無名だったことから、対外的に純血主義を披露するようなタイプではないことは確かだった。しかし、ダフネのような軽度の純血主義だったり、潜在的な純血主義者である可能性は拭いきれない。

 

 

 ハリーは目線で、ファルカス達にどう思うか問いかけてみた。ファルカスもアズラエルも満更でもなさそうな顔だ。

 

(……彼らが純血主義かどうか聞いておくべきか?……いや……)

 

 ハリーは純血主義は良くない、とは言わなかった。内心で一部の悪質なマグルに思うところのある自分が、大して親しくもない後輩に思想を強制させることなど出来はしない。それこそ親しい人であれば別だが、ハリーはこの後輩たちのことをなにも知らないのだ。

 

「君たちの熱意は分かったよ。バナナージ先輩には話を通しておくよ」

 

「本当ですか!?ありがとうござい……」

 

 シュラークは素直なのか、子犬のように喜びかけた。しかし、ハリーはシュラークの喜びに水を差した。

 

「ただし。決闘クラブにはルールがあるんだ。それを守れるなら、ではあるけれど」

 

「……ルール?どんなルール?」

 

 ミカエルが首をかしげた。これまで他人事のように動かなかった無機質な顔に、はじめて興味と好奇心が浮かぶ。

 

「『決闘クラブには思想を持ち込まないこと』だ。早い話が、あそこではマグル生まれも混血も純血と対等に扱う、ということだよ」

 

 ハリーは三人の反応を待った。オルガは一も二もなくハリーの言葉に頷いていたし、ミカエルはふーん、と興味なさげな顔に戻った。しかし、シュラークは不快そうにハリーの言葉に顔をしかめていた。

 

「……先輩。それはおかしな話ではないですか?」

 

「何がだい、シュラーク?」

 

 シュラークを止めようとするオルガを手で制してハリーは言った。シュラークは己が正しいことを信じて疑わずに言った。

 

「思想を持ち込まないとありますが、誰もが対等であるなど絵空事です。貴方のような優秀なスリザリン生がイニシアチブを取っていくべきです。現に、クラムやドゥラクゥール目当てに集まっている部員は数多いと聞きます。そうやって、スリザリンの部員を入りにくくしている。『ノンポリシー』などあり得ない。中途半端な有象無象を助長する、破綻したルールではありませんか」

 

(ブーメランになってますよぉ~、シュラークくん。……ま、同族嫌悪も含んでいるのかもしれませんが。居るんですよねえ、自分と似てる人のダメなところを許せない子って)

 

 アズラエルは笑いを堪えながらシュラークを見ていた。シュラークの主張は何から何まで的はずれだった。クラム目当てで加入した生徒達と、ハリーに感化されて決闘クラブに参加したシュラーク達になんの違いもないのだ。

 

 ただ一点、スリザリンで、純血主義であるかどうかという違いを除いては。

 

「そう思うかい、シュラーク?」

 

「少なくとも、スリザリンの純血主義が排斥される謂れはありません。純血は如何なる場合でも尊ばれるべきものです。それが社会の秩序を保つための序列ではないのですか」

 

 シュラークの言葉をハリーは黙って聞いた。そして言った。

 

「シュラーク。君の言葉には一理あると思うよ。スリザリンにおいては純血こそが正義であると決められている。それがスリザリンのルールだ」

 

「ハリー。お前血迷ったのかよ?」

 

 ザビニの突っ込みをハリーは無視した。純血主義者にその思想を改心させるなどということを、ハリーはわざわざやりたいとは思わないのだ。

 

「でもね、ルールっていうのはいつ如何なる場所でも同じとは限らない。決闘クラブには、決闘クラブのルールがあるんだ。それが君のいう『破綻したルール』だ」

 

 ハリーはシュラークに話を合わせつつ言った。スリザリンの三年生達は意外と素直にハリーの言葉を聞いた。

 

「破綻しているとお分かりなのであれば、なぜ先輩はそんな馬鹿げた環境に居られるのですか?純血でもない弱者達と……」

 

 シュラークは純血主義であることを隠そうとしなかった。ハリーはシュラークの目を見て断言した。

 

「自己研鑽のためだよ」

 

「自己研鑽?」

 

 シュラークはハリーの言葉を聞き漏らすまいと、真摯に耳を傾けていた。ハリーはまだ会話の余地があるだけマシだと割りきっていた。

 

「決闘クラブの部員の一人に、ラブグッドっていうレイブンクロー生がいる。彼女は決闘に関しては全くやる気はない」

 

「不真面目な生徒なのですか?そんなやつはさっさと排除してしまえばいい」

 

 オルガは渋い顔でシュラークを見、次に詫びるような視線をハリーに向けた。ルナ·ラブグッドがハリーの友人の一人だと知っていたのだ。シュラークは本当につい先日までは、ハリーにも決闘クラブにも興味がなかったのだろうということは察せられた。

 

「でも、彼女は時々僕より上手くチャームを使う。呪文学の腕でいえば、君たちより間違いなく上だろう」

 

「……!!」

 

「そういう生徒も居ると理解した上で、彼女の技術も参考にしながら努力するのと、自分達だけで努力すること。どっちが効率がいいと思う?」

 

「……それは……ラブグッドの魔法を取り入れた方がいいに決まっています」

 

「そう。自己研鑽は、自分より優れた人たちのいる環境に身をおいて、手本を見ながら頑張ることで捗るんだ。少なくとも僕はそうだった」

 

 ハリーは幾つかの嘘と誇張も交えていた。実際にハリーが手本にした魔女や魔法使いにはマグル生まれのハーマイオニーも含む。

「シュラーク。同じ相手としか闘っていない人が本当に強いって言えるかい?」

 

「……いえ……」

 

「自分が今どれくらいの強さで、どれくらいの知識があるのか断言できるかい?」

 

「……分かりません」

 

 シュラークは素直に認めた。

 

「自分の強さを証明するためには、純血の優れた魔法使い達と闘うだけじゃあ足りないんだ。色んな人たちと闘ってみて、いろいろな戦法や考えに触れてみてはじめて分かる。だから僕は決闘クラブに行くんだよ」

 

「純血の人と決闘したり、関わるだけならスリザリンで充分ってことですか」

 

 オルガの言葉にハリーは頷くと、シュラークに語りかけるように言った。

 

「決闘クラブは、純血以外の人達と交流し、時にその技術を盗むための場所。そう考えてもいいんじゃないかい?」

 

「……そういうものでしょうか?しかし……」

 

 半信半疑なシュラークをからかうように、ザビニはシュラークの肩に手を回して言った。

 

「シュラークよぉ、騙されたと思って色んなやつの話聞いて、正々堂々と闘ってみろよ~お前顔はいいんだからよ。まともにしてるだけで女が寄ってくるぜ~?」

 

「なっ……は、破廉恥な!ザビニ先輩、取り消して下さい!女などと!神聖な決闘を瀆す行為です!」

 

 ハリー達はひとしきり笑った後、去っていくスリザリンの三人組を見送った。そしてポツリとアズラエルが言った。

 

「……スリザリン内部にも、ハリーを認めてくれる人はいる。それは救いですね」

 

「純血主義っぽいやつを受け入れて大丈夫なの、ハリー?」

 

 心配そうに尋ねるファルカスにハリーは深呼吸してから言った。

 

「大丈夫じゃないと思うよ。問題は起こすかもしれない。……でもまぁ、ちゃんと釘は刺したからね。これで問題を起こしたら、そのときフォローしてやればいいさ」

 

「痛し痒しですねえ。寮の中に支持者を増やそうとしても、純血主義者が混じるのは」

 

「まぁね。でもね、アズラエル」

 

 ハリーは不快そうに言った。

 

「問題はスリザリンの中だけじゃない。外部にもあるんだよ」

 

***

 

 

「スリザリンの人たちのことを皆は、悪い目で見るけど。話すといい人ですから」

 

「話せば、ね」

 

 

 ペネロピーは含みを持たせて言った。ルナは不快さを隠さず言った。

 

「ハリー達が悪人だって言いたいんですか?」

「もちろん違うわ」

 

「でも、好きな人とだけ閉じ籠って話して、それ以外を蔑ろにしている。貴女は優しい男子たちに甘えて、仲間を作る努力を放棄しているのではないかと思ったのよ」

 

 ペネロピーはあっさりと言った。ペネロピーの目がルナの丸い目を射抜くように鋭くなる。

 

(うっ……視線が痛い)

 

 ルナは恐怖感で言葉につまった。自分のことを虐めてきたレイブンクローの女子達を、仲間だと思って行動するなんてルナには出来なかった。

 

「私もね、マグル生まれだったからレイブンクローに入ったすぐの時は色々と言われたわ。だから、それに合わせる努力もした」

「……」

「でも、その努力は無駄じゃなかったと思ってる。自分を偽るんじゃなくて、自分を変えるんだって思えたから。魔女になっていくのが楽しかったわ」

 

(本当に~?無理してない~?)

 

 ルナは内心でペネロピーの言葉を疑いながらもふんふんと頷いた。

 

 ペネロピーは一呼吸置いてから紅茶を一口飲んだ。そして、ルナを見つめた。

 

「レイブンクローの仲間が私を魔女だと言ってくれたのも嬉しかったわ。それは馴染もうとする努力を認めてくれたからでしょう?」

「……はい」

 

(あたしは別に認められたいわけじゃ……)

 

 ルナは渋々と言った様子で頷いた。ペネロピーは柔らかく微笑んだ。

 

「誰だって、その環境に合わせて自分を変えて見せるの。ましてや私たちは魔女なんだから。レイブンクロー生の魔女が、レイブンクローらしく振る舞うことは、そんなに難しいことじゃないはずよね」

 

 それは正論ではあった。本心からルナのためを思っての正論で、しかしルナにとっては受け入れがたいものだった。

(いや……ええ~?)

 

 魔法族というものは、元々社交性に乏しい生き物である。新たな知識を何よりも求める研究肌のレイブンクロー生ともなれば、己の専門分野に没頭し、それ以外を蔑ろにする生徒は実は多い。そしてルナは典型的なレイブンクロー生ではあった。

 

 ただ、ルナの愛したものは、魔法界の基準に置いても普通ではなかった。実在すら疑わしい父親の言った魔法生物。父親が記事を書く三流誌の法螺話。それらを愛するルナは、知的とは見なされなかった。むしろレイブンクローの名を貶めるものとして疎まれ、阻害されてしまったのだ。

 

「だからこそ、ね。レイブンクローの中でも誰か一人、信頼できる仲間を作っておきなさい」

 

「でも……」

「貴女、レイブンクローでずっと一人きりでいるつもり?この先ずっと?」

「はい」

 

 ルナは観念してあっさりと頷いた。ペネロピーは、信じられないものを見る目でルナを見た。その後、はぁ……とため息をついた。

 

「先輩もグリフィンドールの彼氏を持っておられますよね」

 

「自然消滅したわ。卒業式以降は一回も会ってないの。ウィーズリーは仕事が恋人になったみたいでね」

 

 ルナは反骨精神を見せ、反撃を試みたがすげなくかわされた。気まずい顔のままルナは謝罪する。

 

 

「あっ……すみません。あたしそういうこと知らなくて」

 

 

「いいわ。次の相手が見つかったから」

 

(はやっ!?)

 

 事も無げに言い切るペネロピーにルナは尊敬の眼差しを向けた。目の前のペネロピーにとって、パーシー·ウィーズリーとの出来事は既に過去のものらしい。

 

 

「私が言うのもおかしなことだけど……寮や学年が違うってことは、簡単に関係が消えてしまうリスクもあるのよ。だからこそ、ね?同じ後悔をしてほしくないの。寮内で仲間を作っておいたほうが得よ。特に、同年代の同性をね」

 

 

「……はい」

 

 有無を言わさぬペネロピーの言動に、ルナは渋々といった様子で返事をした。ペネロピーは紅茶を一口飲むと、また話し出した。

 

「スリザリン生のなかでも、ポッターが異端児なのは皆知ってるわ。マグル生まれへの偏見がないことは私も知ってる」

 

「でもね、世間はそうは思わないの。怖いのよ、あの子の周囲に現れる闇の魔法使いが」

 

(そうかな)

 

 ルナは内心で疑問を抱いた。ルナは闇の魔法使いを怖いとは思わなかった。それよりもずっと恐ろしく、どうしようもない絶望を知っていたからだ。

 

「貴女はポッター達をうまく利用できた。レイブンクローらしくね」

「利用?」

 

 嫌な言い回しにルナは反感を覚えたが、ペネロピーはそんなルナの内心に気付くことなく話を続けた。

 

「でも、貴女はもう、自分の力で立てるだけの実績と魔力を得たのよ?このまま何も考えずポッターたちに着いていくのではなく、しっかりと考えていくべきではないかしら」

 

 ペネロピーはそう言うと、また一口紅茶を飲んだ。ルナもつられて紅茶を飲む。ベネロピーに対して怒ることは無駄だとルナは思った。

 

(まぁ。言いたいことは分かるよ?)

 

 ルナはレイブンクロー生らしく思考を回す。ペネロピーの話はもっともだった。道を歩けば、ヒソヒソと好き勝手にハリーの悪口を言う阿呆は多い。知性を尊ぶレイブンクローであっても、本当に知性があるというわけではない。世間の風潮や偏見に流され、ハリーを悪人だと言う声が大きくなれば容易にハリーを糾弾するだろう。表だってではなく、影から陰湿にだ。

 

(怖い、なぁ。あたしもターゲットになるのかなー。もしそうなら怖い。でも……)

 

 ルナの頬にじっとりとした汗がつたった。

 

 ハリー達と冒険ばかりしていて、ずっとレイブンクローの中で独りぼっちでいるなんて馬鹿げてると自分でも思うのだ。それでも、自分のスタイルを曲げることはルナは出来なかった。

 

 ハリー達がいたから、孤独だった一年生の秋に、自分は孤独ではなくなったのだから。

 

(レイブンクローの皆はあたしを助けてくれなかったじゃん?)

 

 ルナは思い返す。ハリーと一年生の時にハロウィンで出会ったときのことを。マルフォイと一緒になってレイブンクローに乗り込んできたときのことを。エルフを交えた秘密の部屋での冒険を。ハーマイオニーやアズラエルがスクリュートの世話を焼いてくれたことを。

 

(あたしの居場所はあっちだもん)

 

 ルナは自らの心に従った。それは賢明な判断ではなかった。差しのべられた手を拒み、己の意思で選び取る行為は、勇気と呼ぶべきものだった。

 

 ルナは知らない。

 

 秘密の部屋の事件以降、ペネロピーが影でルナに対して虐めを働いていた女子に罰則を与えていたことを。

 

 それ以降もルナに対する虐めが起きる度に、ペネロピーが人知れずルナをフォローしていたことを。

 

 

 ペネロピーの善意は見えにくく、そして分かりにくいものだった。個人主義のレイブンクロー生としては珍しく監督生として後輩を守るという義務を果たしたペネロピーの努力は報われることはなかった。ルナ本人がペネロピーの庇護を受けていたことを認識していないのだから。

 

「そうですよね……考えます」

 

 ルナは頷くと、紅茶を味わうこともなくグイ、と飲んだ。それから席を立った。

 

「あたし行きますね、ペネロピー先輩」

 

「ええ……」

 

(……失敗?私、言い方を間違えた?いつ?……何がいけなかったのかしら……)

 

 ペネロピーの顔色は晴れなかった。考える、という言葉は、ルナの遠回しな拒否であると悟ったのである。

 

 ペネロピーは何か言いたげにしたが、結局何も言うことなく頷いた。ルナが部屋から出た後、彼女は深いため息をついた。

 

「……後悔しなきゃいいけどねぇ……」

 

 残った紅茶を飲み干し、ルナの飲み残しの紅茶をエバネスコで消し去ったペネロピーの顔には、拭いきれない憂いがあった。

 

「いくらポッターが英雄だからって。スリザリンはそうじゃないんだから。闇の魔法使いの巣窟になんて関わるもんじゃないわよ……」

 

 二年前はバジリスクの標的になり死にかけ、一年前には操られた魔女の偽らざる本音は、誰にも届くことなく空気に溶けて消えていった。

 

 スリザリン最悪最強のOB、ヴォルデモートとその支持者達が起こした事件は、人々の心に消えない傷跡を残していた。そして、高い戦闘能力を持つハリーの存在はあまりにも生々しく心の傷を呼び起こしてしまうのだった。

 

***

 

「僕は君に決闘を申し込む。受けるだろう、ルナ·ラブグッド」

 

 

「……?えっと……どちら様?あんた誰?」

「この僕が分からないと?僕はシュラーク·サーペンタリウスだ。これで分かるか?」

「分かんない」

 

「正気か!?同い年だぞ!?」

 

「話したこともない人の顔と名前なんて覚えてないよ~」

 

 

 シュラーク、オルガ、ミカエルの三人はハリーの取りなしもあり、決闘クラブに入部した。そして入部するや否や、何を血迷ったのかシュラークはルナへと決闘を申し込んだ。ルナはシュラークを眺めながら首をかしげた。

 

(誰だっけ……)

 

 ルナは周囲をぐるりと見渡し、背の高いスリザリン生、オルガ·ザルバッグの姿を見て言った。

 

「ああ、スリザリンにオルガっていう人がいたのは知ってる。あんたオルガの友達だっけ」

「取り巻き扱いとは失敬な奴だな」

 

 ルナは嫌そうに顔をしかめた。

「……初対面で決闘申し込むやつに言われたくないもん」

 

「決闘クラブは決闘をする場所だろう。失礼には当たらない」

 シュラークは自信満々に言った。ルナは肩をすくめた。

「決闘はいつでもどこでもするもんじゃないよ。こっちにも都合ってものがあるし、面倒くさいなら拒否っていいものだよ」

 

「ふんっ。まぁいいさ、いずれ僕は君を倒し、スリザリンの強さを証明して見せる。シュラーク·サーペンタリウスの名をせいぜい覚えておくといい」

 

(人の話聞いてる?えっと、ねぇ?)

 

 シュラークにそういわれ、ルナは迷惑げに眉根を寄せた。ルナの内心は複雑だった。

 

(あたしに話しかけてくれてるのは嬉しい、んだけどな~。顔はイケメンだし……)

 

 見知らぬ他人との会話に、ルナの心は弾んでいた。会話の内容は望んだものではなかったが。

 

 ルナの会話相手は寮内にはいない。最近はもっぱらコリンであり、ハリー達のうちの誰かとしか会話らしい会話をしていない。知らない誰かと会話するのは久しぶりだった。それがそれなりに顔立ちの整った男子というのは、ルナにとって満更でもなかった。

 

 ルナの口が自然と歪み、目が猫のように細められる。そして口元からは鋭い犬歯が覗いた。その笑みをシュラークはどう受け止めたのか、一瞬怯んだように後ずさりした。が、気を持ち直して言った。

「どうした?僕に敗北するのが怖いのか?」

 

「んー、そうじゃなくて。シュラの趣味とか好きなものとかないの?決闘好きなの?」

 

 

「シュラ?」

馴れ馴れしく話しかけるルナを見て、シュラークの顔に、今度ははっきりと侮蔑の色が浮かぶ。ルナはその顔が面白くて仕方がなかった。

 

「だって決闘決闘って言われてもね?あたしは決闘はそんな好きでもないし、勉強のためにいるだけだもん。シュラの好きなこととか話してよー」

 

「……決闘を好きでもない人間がいるというのは不愉快だ。やはり、君のような人間はポッターの側には相応しくない」

 

「ええ~。そうかな~?」

 シュラークは真面目そうに言った。ルナはただにへらと笑っただけだった。

 

「ちょっと待ってよ、サーペンタリウス」

 

 と、その時、ルナとシュラークの間にコリンが割り込んで入ってきた。シュラークは驚いたようにコリンを見た。

 

「黙って聞いていれば、ルナのことを一方的に決めつけていいたい放題言ってるのは君じゃないか。ルナの方がここでは先輩だ。君より長くここにいたんだぞ。君に好き勝手に言われる謂れはないよ」

 

「僕と彼女との会話に割り込まないでもらおうか、クリービー」

 

「……んー?あれ、ちょっと~?喧嘩はヨクナイヨー?ねえ?コリン?」

 

 シュラは露骨にコリンを見下した目になった。コリンはシュラに対して一歩も引かない。ルナはおろおろとコリンとシュラークを交互に見ていた。ダームストラング、ボーバトンの生徒が好奇心に駆られた表情で彼らに視線を向けるなか、ホグワーツ生は不愉快そうにスリザリン生へと視線を向けていた。

 

(グリフィンドール生とスリザリン生の喧嘩か。いつものことだな……仲裁してやるか)

 

 バナナージ·ビストは部長として即座に止めに入ろうとした。が、そんなバナナージの肩を掴むものがいた。

 

「まぁ待てよ、部長さん。何か面白そうじゃねえか。恋をめぐる三角関係ってやつは……!」

 

 ダームストラング生のアクセルだった。バナナージは赤く染められたアクセルの毛を鬱陶しそうに払いながら言うが、アクセルは面白そうだと言って聞かない。

 

「いや面白くはありませんよ!?恋愛禁止だからなこの部では!」

 

「固いこと言うなって……!俺、グリフィンドールとスリザリンの対立ってのを生で見れてちょっと感動してるんだよ……!」

 

「何も面白くありませんよ!?他人事だからって勝手なこと言うなよ!?」

 

 

 やり取りを見守っていたのはバナナージだけではない。ハリー達もまた、シュラークとコリンのやり取りを見守っていた。ハリーはシュラークやオルガ、ミカエルの動きをつぶさに観察していた。

 

(……シュラークは直情的で、素直なタイプだな。不安はあったけれど純血思想を隠そうともしていない……)

 

「止めるか?」

 

 ザビニが呆れながらハリーに聞いたが、ハリーは首を横にふった。

 

「いやまだだ。ギリギリまでコリンにまかせる。シュラークは一回痛い目を見た方がいいかもしれないけど」

 

 口論を続けるシュラークとコリンの間に、横からオルガとミカエルが口を挟んできた。

 

「シュラ。嫌がってる相手に決闘を押し付けるのは良くないよ」

 

 無表情に、しかし強くミカエルはシュラを制する。オルガはシュラークに何事かを囁いた。すると、シュラークは渋々と引き下がった。オルガはルナとコリンへと向き直ると、深く頭を下げた。

 

「済まねえな、ラブグッド、それからクリービー。俺たちはお前らを不愉快にさせる気はなかった。ただ、決闘クラブに参加できて嬉しくて、つい羽目を外しちまったんだ」

 

「別にいいよ?シュラ……サーペンタリウスと決闘しても」

 

 オルガがペコペコと頭を下げる度に、触覚のような髪の毛が揺れる。ルナはそれを面白そうに眺めながら言った。シュラという愛称をシュラークが喜ばなかったので、ルナは普段の調子をある程度控えていた。

 

「その代わり、あたしの子供達の世話を手伝ってくれるならだけど」

 

「こ、子供達……?わけの分からないことを言って煙に巻くつもりか」

 

 困惑するシュラークに対して、コリンが言う。

 

「ルナが面倒を見ているスクリュートだよ。スリザリン生にとっては怖くて近寄れないかもしれないけどね」

 

 コリンは先ほど向けられた侮蔑的かつ差別的な視線への意趣返しとばかりに切り込んだ。シュラークは、たちまち頭に血を登らせた。

 

「一度ならず二度までも、僕に無礼を働くとは。ラブグッド、君との決闘は後日でいい。杖を構えろ、クリービー。純血の力というものを見せつけてやる。介添人はオルガを指名する。公平な男だ、卑劣な真似はしないと約束する」

 

「望むところだ!ルナ、介添人になってくれる?!」

 

「ええ~?やれって言うならやるけどさぁー。何で喧嘩するのー?」

 

 間の抜けたルナの声をよそに、コリンとシュラークの決闘は始まった。

 

 シュラークは決闘の教育を受けていたのか、両方の脚をコリンに向けて一直線になるよう揃え、前後左右に動けるよう踵を上げていた。コリンはその構えだけでシュラークの実力を察した。

 

(ふん、両足も上げずに僕と闘おうなど。決闘クラブのレベルとやらも知れているっ!)

 

 バナナージが告げた試合開始の号令と同時に、シュラークは必殺の魔法を放つ。それは決闘術の基礎にして、お手本のような魔法だった。

 

「エクスペリアームス!!」

 

「……惜しいな」

 

 ハリーはシュラークに向けて言った。幼少期から魔法の勉強をして、しっかりと真面目に魔法に向き合ってきたことはその動きを見れば良く分かる。しかし、ハリーから見てシュラークの動きは遅かった。学んだ技術に身体能力がまだ追い付いていないのだ。

 

 

 シュラークが遅いと感じるのは、ハリーやハーマイオニー達に挑み続けてきたコリンにとっても同じことだった。コリンはだん、と跳躍することで最速必殺のエクスペリアームスを回避した。そのまま、コリンは己に飛行魔法をかける。

 

「ロコモータ!ボンバーダ!!ペトリフィカストタルス!!」

 

「エクスペリアームス!!」

 

 コリンの体が飛翔した瞬間、先ほどまでコリンがいた空間にシュラークの武装解除呪文が飛来する。コリンは難なくシュラークの攻撃を回避し、逆にボンバーダによる爆発でシュラークの視界を塞ぐ。

 

 シュラークは素早く移動することで、ボンバーダの被害を最小限に抑えた。元々決闘用のボンバーダは弱々しく威力を抑えたものではあるが、シュラークの回避が巧みだったこともありシュラークには傷ひとつない。

 

 シュラークは回避した瞬間も集中を切らしてはいない。彼はコリンから目を離していたわけではなかった。煙の切れ目からコリンの姿が見えれば、そこへエクスペリアームスを叩き込むつもりだった。

 

 しかし、シュラークの予想よりコリンは上に舞い上がっていた。シュラークの視界から外れた遥か上方、決闘クラブのシャンデリアの影から、コリンは石化魔法をシュラークにかける。シュラークは健闘も虚しく、コリンに敗北してしまった。

 

「勝者、コリン!」

 審判を務めたバナナージは、一瞬の攻防の結果を冷静に告げた。

 

 勝者、コリン·クリービー。決闘クラブ在籍のキャリアからすれば当然。しかし、魔法に触れた時間の長さから言えば、大金星と言って良かった。

 

(本当に勝つとは……!)

 

 ハリーは嬉しさと誇らしさで顔をほころばせていた。コリンはハリーに付きまとうことで、着実にハリーのスタイルを吸収して自分の物にしようとしていた。

 

 一方、スリザリン生達は皆が目を丸くしていた。ダフネの手で石化を解除され、起き上がったシュラークはコリンに握手を求めた。

「完敗だ、クリービー。ポッター先輩の仰っていたことはとうやら……正しかったらしい。ここには、僕の想像もつかないような強者が集っているらしいな」

「こちらこそありがとう!スリザリンとの戦いで勝利を飾れて嬉しいよ!」

 

「……油断しているようだが、僕はここから強くなってみせるぞ。君の地位も脅かしてみせる。覚悟したまえ」

 

 シュラークとコリンは友情を育んでいるように見えた。スリザリン生達も口々に健闘を称えている。その空気感に、ハリーは確かな希望を感じていた。

 

(少しずつでいい。何も考え方を変えろとまでは言わない。それでも……)

 

 この調子で行けば、グリフィンドール生とスリザリンが力を合わせて寮同士の隔たりを越えて協力できるようになるのではないか……そんな風にハリーは思った。ハリーやハリーの友人達が、寮の隔たりを超えた繋がりを作っても、それだけで偏見が是正されるわけではない。積み上げられてきた偏見は、それほど深い。

 

 その偏見を越えるためには。たとえ危うく、儚い友情が壊れるリスクがあろうとも、次の世代でも友情を続ける者が必要なのだ。少なくとも、この時のハリーは希望を信じていた。ハリーはシュラークを励ました。

 

「君は負けた。シュラーク、神聖な決闘での敗けだ。きみはそれを受け入れるかい?」

 

「勿論です、先輩。僕は誇り高くあるつもりです」

 

 ルナはシュラークやコリンの姿を見ながら、ハーマイオニーと共にため息をついていた。

 

「何でかな~?何で仲良く出来ないかな~」

 

「……男の子には色々と引けないプライドあるのよ、多分……」

 ハーマイオニーはひきつった笑みを浮かべていた。ハリーに近付こうというハッフルパフ生やレイブンクロー生の数はますます減り、ハリーの周囲に集まるのは奇人変人という風潮が広まることは確実だった。

 

 

 




ルナ視点だと気にかけてくれてるペネロピーの頑張りなんて見えないし分からないからね。
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