ユールボール、それは魔法を使わない一つの戦場である。
思春期の少年少女達が参加を許されるユールボールは、社交の場であると同時に、己自身をアピールし、子供から大人の社会への一歩を踏み出すための場所でもある。ホグワーツの少年少女達にとって目下の感心は、トライウィザードトーナメントではなくユールボールであると言って良かった。
***
ハリーはクリスマスダンスパーティーの相手を早々にダフネに決めていたが、まだ決まっていない生徒もいた。ダンスパーティーまでの期間が刻一刻と近づいてくる中、相手を見つけられない男子たちは焦りを隠せなくなっていく。ハリーは空き教室で友人達に話を聞いていた。
「ロン、まだ相手は決まっていないの?」
「ああ。ドゥラクゥールは駄目だった。ハリーが蹴った女の子はみんな相手が居るしなぁ」
「ロン、君……」
(本気で言ってるのか?ハーマイオニーから誘われるのを待つつもりか?)
ハリーは半ば呆れながらロンの冗談を聞いて咎めるような声になった。ハリー達スリザリンの四人組はロンはハーマイオニーを誘ったものと思い込んでいたのだ。
(…………いや、これを突っ込むのは危険な気がする。下手に茶化してもロンに悪いし、誘うなんて気恥ずかしいだろうし……かといって変に焚き付けてもハーマイオニーも怒るだろうしな……)
ハリーは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。ロンとハーマイオニーの関係は親友以上のそれだ。異性としてお互いを意識するかどうかは二人の問題で、ハリーがあれこれと口を出すべき問題ではないと自制した。
「……ま、いいや」
「なんだよハリー。言いたいことがあるんなら言えよ」
「……いや、分かるだろ。お前の立場で相手がいないなんて本来あり得ねーぞ、マジで!」
「いやだからわかんねーって!何だよ?何でファルカスまで俺のこと変な目で見てるんだ?」
「あーっ、ほんと勿体ねえよなーっ!」
「ザビニお前、普段からモテるからってなぁ……!モテないやつを煽ってもいいってことにはならねぇんだぞ……!」
ザビニはひとしきりロンをからかった後、ファルカスの方を見た。ファルカスは他人事のように腕を組んでいたが、ザビニは心配そうな顔をファルカスに見せた。
「俺らの中でパーティーの相手が決まってねぇのはロンとファルカスだけだぜ。ロンはともかくファルカスは焦れよ。どんどん『予約』は埋まってくぞ」
「ファルカスにはきっと似合いの相手が現れますよ」
ザビニはニヤニヤと笑いながら言うが、アズラエルはザビニを嗜めるようにファルカスをフォローした。
ユールボールに参加するには男女一名ずつでペアを組まなければならない。性格が良く人気のある女子は既に多数の男子から誘いを受けている。人気のある女子は、本命の男子からの誘いがあるまで返事を保留し、本命との成立を機に保留を解除する。ファルカスはこの保留解除の被害に遭っていて、相手を見つけられずにいた。
ファルカスには気の毒だが、この件に関して女子達を責めるべきではなかった。ハリーの友人であるザビニも、本命のスーザン·ボーンからOKをもらうまでは何人かの女子達に誘われ返事を保留していたのだから。
「うん、それなんだけど……」
ファルカスは照れ臭そうに頭をかきながら言った。
「僕、この間ルナを誘ったんだ。驚いた顔をしていたけれど、いいよって言ってくれたよ」
「「マジ?」」
ハリー、ザビニ、アズラエルの三人は揃って驚いた。中でもハリーは誰より驚いた。
「なんだそのリアクション。三人は同じ部屋だろ。ファルカスの好みも知ってたんじゃないの?」
と、ロンは言った。ファルカスと同じ部屋の三人はファルカスの異性の趣味くらいは知っていると思い込んでいたがゆえにである。
「いや、初耳だよ。ファルカスはどっちかというと常識的でおしとやかな子が良いって聞いてたし」
「あ、そうなのか?」
「いやちょっと待って、ハリー。それは僕らだけの秘密だった筈だよね?」
「え?え?ルナ……───?」
勝手にファルカスの好みを暴露するハリーとロンをよそに、アズラエルは混乱した様子でファルカスに尋ねた。
「ルナって……あのルナですよね?」
「うん、そうだよ」
「相手が見つかって本当に良かった。けれど、一体どうしてルナなんですか?」
(アズラエルのやつ、本当にパニックになっているな……まぁ無理もないけど……)
ハリーは何も言わずに肩を竦めた。ザビニはファルカスの正気を疑うという顔をしている。
「俺も聞きてえな、どうやって口説いたんだ?」
ルナはザビニから『トロールファッション』と揶揄されるほどに服装に関してはエキセントリックな感性を持っていた。その服装は奇抜で、ユールボールでどんなドレスを着てくるかも分からない少女だ。ルナには悪いが、常識的な感性のファルカスと会うとは到底思えなかった。
「僕……ルナは確かに変わり者だし、スクリュートを飼っているし、なんか言動も変だけど」
(……う、ううん…)
ハリーは一気に残念な気持ちになりながらファルカス見た。
「一人ぼっちでユールボールに出るくらいなら、ルナでもいいって言ったんだ」
「ああ……そうか……お前それ口説き文句になってねぇよ。占い学の得点はどうしたよ。ことごとく断られる理由を理解したわ俺……」
「えっ……駄目かな?ルナはOKしてくれたけど」
「それはルナのメンタルの方が心配だろ。そんなことを言われたらキレんぞ普通は」
ザビニは呆れてそれ以上何も言えなくなった。ハリーも同感だった。
女子を誘う時には相応の言い方というものがある。友人としてある程度信頼関係があるからこそそんな言い方になったのだろうが、ほとんど罵倒のような誘い方だとハリーは思った。
(魔法をかけられなかったのが奇跡だな)
「ファルカス。そういうときは、『君じゃなきゃ駄目なんだ』『そういうところが好きなんだ』って言いましょうか。『君でも』なんて言われたら普通の女の子は怒りますよ」
「でもルナは普通の女の子じゃなくねぇか?UMA好きだし」
「普通じゃなかろうが女子には変わりねーんだよ、それを察しろ。……マジで意識を変えねーとヤバイぞロン」
ロンの突っ込みはデリカシーがないものとしてザビニの警告を受けた。
「でもファルカス。ルナはどんな感じだったんだい?君の口ぶりだと、わりといい感じにオーケーしてくれたようだけど」
「……うん、それが……『頼んでる時の僕の顔が面白かったからいいよ』って……」
「ぶっ!!!」
ロンは腹を抱えて笑っていた。ファルカスはいささかばつが悪そうな顔になった。
「ロン、笑いすぎだよ。……ルナが変に気を遣ってOKしたとかじゃないならいいんじゃないか、ザビニ」
「……んー、本人がそれでいいっつーならそうだけどよ」
ザビニは机の上に行儀悪く座りながら言った。ファルカスは少しはにかみながらも、パートナーが決定したときの瞬間を思い出したと喜んでいた。
「OKしてくれたあの時はルナが美人に見えたよ。人の印象って状況で変わるものなんだね」
「うん、まぁ悪くないぜ?頭のてっぺんに蛇を乗っけたようなバカみてぇな服装じゃなきゃだけど」
ロンは曖昧な返事をする。ハリーとアズラエルはそのやり取りを聞いて苦笑した。
「悪い意味で言ったんじゃないんだ。……なんていうか、可愛いだろ?悪意がないからみていて安心すると言うか。OKしてくれたときはルナが聖母に見えたよ……」
「んな大袈裟な。きっと疲れてたんだよファルカス」
ロンは呆れていたが、ハリーは少しだけ笑った。友人がつつがなくダンスパーティーを終えることができるだろうとハリーは安心した。
「聖母っていうのは少し大袈裟だね。ファルカスにとっての救い主だったのは確かだけど」
「じゃあ女神かな。とにかく、ぼっちでダンスパーティーを過ごさなくていいんだからなんでもいいよ」
「ルナが聖母か女神……さしずめルナマリアか、アルテミスかな?浮気をしたらひどい目に遭うよ、ファルカス」
「気を付けるよ。別に付き合ってないけどね」
ハリーとファルカスは戯言を言いながら弛みきったやり取りをしていたが、アズラエルは腕を組んで言った。
「……いや、ちょっと待って下さい。ルナが誘われてまぁ満更でないのは喜ばしいことです。ファルカスもその点は気兼ねなくパーティーを楽しめるでしょう」
アズラエルの口調には普段の嫌味な余裕がない。それだけ真剣にファルカスのことを心配しているということだ。
「ですが、ここでひとつ問題があります。マイフレンド、彼女の奇抜な服装についてです。ドレスコードをどうするか、考えていますか?もちろん君の分も含めてです。組合せ次第で、どれだけ上等な燕尾服もぼろ布に成り下がりますからねぇ」
「…………」
ファルカスは石のように黙りこんだ、その頬からは一筋の汗が流れ落ちる。ハリーはロンと目配せした。
(どうする?)
(俺に聞くな)
ハリーにはレジリメンスは聞こえないが、ロンがそう言ったような気がした。ロンは視線でどうにかしろとハリーに訴えかけてくる。
(…………ファルカス自身もコーディネイトについては考えていなかったな、これは……)
ハリーはあまりファルカスのことを責められないと思った。切羽詰まっているときにパーティーへの参加を約束してくれたのだから、細かいことにまでとやかく言う気にはなれないだろう。仮にハリーがファルカスの立場でもそうなった筈だ。ダフネが了承してくれたから良かったものの、そうでなければハリーだって相手は見つからなかったのだ。
「ファルカスが誘った以上は、ルナの好きなドレスを着させてやるのが筋なんじゃねぇか?」
ザビニはもっともな意見を言ったが、ハリーはファルカスのこともルナのことも心配になった。ドレスコードは、その場に相応しいものでなくてはならない。普段のセンスそのままにルナが奇抜なドレスで着飾れば、ルナとファルカスという二人の友人は嘲笑を免れないだろう。
(……どうする?何かあるか?……ルナが納得できて、ある程度まともな衣装が……?)
ファルカスもアズラエルも滝のような汗を流すなか、ハリーは一つの提案をした。うまく行くとは到底思えない提案だったが、ファルカスはアズラエルのアドバイスと共に、ハリーの提案も採用することにしたようだった。ハリーは、友人達のダンスパーティーが上手く行くことを願うしかなかった。
***
第二の試練に向けての訓練や魔法の練習、12科目の予習と復習、そして日常の様々なトラブルやちょっとした笑い話を経て、12月24日のユールボール当日がやって来た。ハリーはシリウスからのプレゼントを確認した。シリウスはハリーに、学生時代のハリーの父親が好きだったという音楽グループのCDアルバムの初回限定版を贈ってきた。アズラエルに言わせると古くさいグループだ。ハリーは、喜びの中に別の感情を抱いてしまい、そんな自分に苛立ちを感じずにはいられなかった。
(……何で僕は苛立ってる……?……いや、これは苛立ってるんじゃない。戸惑っているだけだ。……嬉しいことじゃないか、プレゼントを贈ってもらえるなんて)
ハリーは自分にそう言い聞かせると、ザビニと共に部屋を出た。クリスマスのホグワーツでは、皆がそわそわと囁きあいながらそれぞれの余暇を過ごしていた。ハリーはいつもの三人と共にロンやウィーズリーの双子を相手にした雪合戦に興じ、兎の姿で跳ね回る雪玉に魔法をかけてロンの顔面にクリーンヒットさせた。
***
午前中は雪合戦に励んだハリーは、午後のひとときになってロンの愚痴に付き合っていた。ロンは母親から贈られたセーターが雪で濡れたのか、既に普段の服に着替えていた。
「本当、ハーマイオニーのやつ誰と行くっていうんだよ」
「それは、まぁ誰かは分からないけど。きっと断れなかったんだよ、先に誘われたから」
「パドマ·パチルからOKを貰えたんだからいいじゃないか、ロン」
「そうだぜ、愚痴ってねぇでパチルを楽しませるネタでも考えとけよ。それが義務ってもんだろ」
ハリーとファルカス、ザビニにそうやって宥められても、ロンは納得がいっていない様子だった。アズラエルとザビニは腕を組んでロンを見ていた。
「ま、自業自得ということでしょうねぇ。踏み出す勇気がなかったんですから」
着替えのために寮の部屋へ戻るロンの姿が見えなくなったあと、アズラエルはそう評した。
「確かにそうだね。だけど」
ハリーは同意しつつも、こう言わざるを得なかった。
「…………そう簡単に踏み出せるものでもないだろ。特に、あの二人は仲が良すぎるんだし」
その言葉への反論はなかった。ただし、アズラエルは深いため息を一つ吐き出した。
***
ダンスパーティーの時間になり、ハリーはまずスリザリンの談話室に出た。
「こんばんわ。とても素敵ね、ポッター」
「こんばんわ、バルストロード。似合っているね、そのドレス。……ダフネはまだ準備中かい?」
「ええ、まだよ。トレイシーと一緒になって焦っているわ。もう少し待ってあげて」
「いくらでも待つよ、彼女のためなら」
ハリーはダフネを待つ間、スリザリンの生徒達に押し潰されるような形になった。スリザリンの女子から挨拶をされる度、その女子に軽く挨拶を返す。そして男子からは半純血の癖にグリーングラスと、という嫉妬と羨望の視線を受けた。
(……カローやエイドリアンもそうなのかな?僕では彼女に釣り合わないと思っているだろうか)
エイドリアン·ピュシーは他寮の生徒をパートナーに選んだらしく、軽い挨拶だけ済ませると早々に大広間へと向かった。マクギリス·カローはハリーの全身をしげしげと観察したあと、しっかりとレディをエスコートしてあげたまえ、とハリーの肩を軽く叩いた。
ハリーは動物園の蛇のような時間にはもう慣れていた。隣にアズラエルやミリセントがいたのは救いだった。
(ああ……)
そして、ハリーはダフネを迎えた。ダフネは長い黒髪を三つ編みにし、黒のバレンシアガのドレスに身を包んでいた。当初、ダフネは黒髪を染めるか、ウィッグを使いたいと言ったがハリーは出来ればやめて欲しいと言ったのだ。ダフネは、ハリーの要望を聞き入れてくれたのである。
ダフネの顔に、ダンスパーティーを楽しもうという余裕はなかった。戦場に赴く兵士のような悲壮な顔だとハリーは思った。
「……さぁ、恥をかきにいくわよハリー。覚悟して着いてきなさい」
「ダフネ」
ハリーは心の底から笑って言った。
「今日ほど嬉しい日はないよ、僕は。こんなに綺麗な君と踊れるんだから」
「……皆に言っているのではないでしょうね」
「皆って?」
「ミス グレンジャーやミス ラヴグッドよ」
ふい、とそっぽを向きながら、ハリーとダフネは大広間へと足を踏み入れた。
ダンスパーティーの舞台となる大広間は、ハリーにとって戦場そのものだった。パーティーの主役足るフルール、セドリックといった美男美女に比べれば、ハリーなど平凡な路傍の小石でしかない。
(ドラゴンと戦う方がよほど楽だった)
と思わざるを得ないほど、ハリーはプレッシャーを感じていた。代表選手として彼らと同じ場で踊るのだから尚更だ。
しかし、ハリーはそんな動揺を表に出すわけにはいかなかった。ダフネのためにも、ハリーは心臓をドキドキさせながら己の席へとダフネの手をそっと引きながら進む。ダフネは流石に、社交場の経験が豊富だった。ハリーを立てるように、優雅な足取りでハリーと共に席へと進む。
しかし、ハリーとダフネは驚きをもって席へと着席することになった。ビクトール・クラムの隣にいた美しい女子に見覚えがあったからだ。
普段手入れされていなかった栗色の髪の毛を真っ直ぐに美しく整え、チャームポイントだった出っ歯を矯正し、背筋を正してクラムの横に座る女子こそ、ハーマイオニー·グレンジャーその人だったのだ。
ダフネの衣装のイメージはベラトリックス·レストレンジです。
ちなみに映画版ハリー役の役者さんはベラとリックス役の女優さんが初恋だったそうです。