ロンは隣のパドマ·パチルには目もくれず、クラムと談笑するハーマイオニーを見ていた。ハリーはぞくりと背筋を震わせた。
(……ロン。ユールボールの間は抑えてくれよ)
一体いつクラムとハーマイオニーが知り合ったのか、ハリーには分からなかった。確かなことは、ロンがクラムのことを殺したいほどに憎んでいるだろうということだった。ハリーはロンを見ていられずにそっと目を背けた。
「……ごきげんよう、ミス グレンジャー。一目では誰か判別できなかった……というのは失礼かしら」
そんなハリーを他所に、ダフネとハーマイオニーは親しげな会話をしていた。代表選手のパートナー同士、太陽のように華やかなハーマイオニーと、月のように静かなダフネは対照的な装いで絵になっていた。
「こんばんわ。褒め言葉として受け取っておきましょう。貴女もとっても似合っているわ、ダフネ」
「嘘がお上手ね。ねえ、貴女……絵画に興味はないかしら?被写体になってみる気はなくて?」
「えっ?ええと……」
(あっ……)
ハリーはまずい、と思った。何となくだが、ダフネの中でスイッチが入ったような気がしたのだ。絵を描きたいと思ったのは久しぶりだったのだろう。困惑するハーマイオニーと、ハーマイオニーに迫るダフネを放置してハリーは後ろの席に居たパーシーとの会話に興じた。
「久しぶりだな。去年までここにいたというのに随分と懐かしく感じるよ」
「……ミスタ ウィーズリーとお呼びしましょうか?」
「そうしてくれたまえ。今日は私用ではなく、クラウチの代理で来ているのでね」
(意外だな……)
ハリーは素直に驚いた。クラウチ氏はシリウスから話を聞く限り、規則に忠実な堅物だった筈だ。いくら優秀とはいえ、入省したてのパーシーに役目を任せるなんてことがあるのだろうか。
「……そうなのですか?クラウチ氏はどこかお体の具合でも悪いのですか?」
「いや、健康だとも。……ただ、彼はもうお年でね。先のワールドカップの一件でハウスエルフを解雇して以来、屋敷を管理するエルフを雇えてもいないようだ」
(……おかしいな、今日のパーシーさんは)
ハリーは違和感を持った。パーシーの表情があまり優れなかったからだ。見るからにとても喜んでいる。が、仕事だからそうしている、という雰囲気があった。
(……突っ込んで聞いてみるべきか……?そう言えば、ウインキーというハウスエルフが厨房にいたけど……)
パーシーは上司から与えられた役目を忠実に果たさんとしているようだ。しかし、彼の表情には、拭いきれない疑問があるように見える。
「……何か、不安があるのですか?」
「……いや……」
「……僕は部外者に対して余計なことを話しすぎたようだ。忘れてくれたまえ、ハリー」
「……クラウチさんがどうかされたのですか?顔色が優れませんが……」
ハリーは何となくかまをかけてみた。パーシーは表情を変えなかったが、こほんと咳払いをして言った。
「心配には及ばない。さ、ダンブルドア校長先生が話をされる。傾聴させていただこうか」
結局、ハリーはパーシーから感じた違和感について確認できなかった。
***
ダンブルドアが、ユールボール開始のための挨拶を終えようとしていた。パーシーはダンブルドアの話を聞き流しながら、今日自分がこの場所に来ることになった原因について考えていた。
(……クラウチ氏はどうしてこの僕に、ここに来るように言った……?)
パーシーにとって、クラウチという上司は理想の魔法使いであり、人生で初めて出会った憧れる大人だった。
規則を遵守する姿勢。魔法使いでありつつもマグルの世界に溶け込んでも違和感のない装いが可能な教養の深さ。そして何より、仕事に対する割り振りの上手さ。パーシーのような新人でも、過不足なく仕事を回せるように配慮してくれているということがパーシーには痛い程よく分かっていた。自分自身の不甲斐なさを、パーシーは勤務して半年で嫌というほど理解したからだ。
驕りはあった。
魔法省管轄のNEWTで最高の成績を修めた自分は、執行部に配属されてしかるべきだという驕り。そんな期待から外れて配属された先で、パーシーはバーテミウス·クラウチという最高の上司と出会った。
魔法省に限った話ではないが、社会のなかで働く際には学校での学業とはまた別のスキルが求められる。パーシーは、所属して三日でミスを二回も発生させた。
そんなことも知らないのか、と言われたくなかったがために、起こしてしまったミスだった。早く仕事をこなし、同僚や上司の評価を上げ、花形の執行部へと転属したいという焦りだけで、目の前の仕事というものを舐め腐っていた。パーシーは今でもそのミスを夢に見る。夢の中の自分に対してステューピファイをかけたくなるほどに、馬鹿馬鹿しい失態だった。
コピー機の印刷機能を知らずに印刷魔法を使おうとした。専用の掃除機を使わずエバネスコ(消失)で摘発された廃品を処分しようとした。
この二つは、マグルの世界にたいしてもう少し目を向けているか、クラウチ氏への確認をしていれば防げた筈のミスだった。NEWTの十二科目でOを取ろうが、与えられた仕事をこなすことには何の関係もないのだと自覚させられた。はっきり言えば、自分は有能気取りのお坊っちゃまでしかなかった。
自分はエリートだという思い込みを捨て、パーシーはまずは目の前の仕事を忠実にこなすことに努めた。
クラウチ氏に謝罪し、同じミスを繰り返さないようにした。分からないところは聞き、まずは勝手な判断で動かないようにした。業務終了後にメモを取り、出社前にメモを読み込んでいった。与えられた仕事をこなし、前例を踏襲し、勝手にやり方を変えない。ミスは必ず報告する。パーシーは特別なことではなく、当たり前のことをするように心掛けた。
パーシーには夢があった。入局してから抱いていた夢は、何とも馬鹿馬鹿しい理想だった。
優秀な自分が魔法省の内部を改革して執行部の局長となり、ルシウス·マルフォイのような傲慢な純血主義者の悪行を暴く。そして、功績を立てた後は政治家に転身して、政治家として更に大勢の人々に対する手を広げる。差別による不公平や抑圧をなくせはしなくとも、過剰なものは是正していく。ついでに、長年自分や家族を苦しめてきた貧乏とも縁を切る。
……そんな夢をパーシーは抱いていた。しかし理想とは裏腹に、現実の自分は他人をあれこれと批判できるほど優秀でもない。マグルの世界のことはマグル学で習った内容とペネロピーから聞き齧った知識しかない。
(驚くほど無知蒙昧で、視野が狭い。それが入省したての頃の自分だ。今もそれは変わっていない。夢だって捨てていない。ただ、自分が愚かだと理解して学び直しているというだけだ)
パーシーはそう自己分析していた。人生設計の前提から修正を余儀なくされたパーシーだったが、それで止まるほどパーシーの野心は弱くはなかった。
(現時点の僕で魔法省の改革など、口にするのも烏滸がましい思い上がりだ。現在の自分が思うほど世界は狭くなく、見習うべき人間は多いんだ)
パーシーはそう考え直して日常の業務に取り組んでいた。
実際、希望の部署に入ることも出来ず、また、結果を出すことも出来ず腐っていく新人局員は魔法省には多い。デスイーターに堕ちたシオニー·シトレに限った話ではなく、誰にでも起こり得ることなのだ。それを思えば、局員として向上心を持ち続け、同じミスを繰り返さないよう努めるパーシーは新人としてはマシな部類だった。
社会人として誰に倣うべきかパーシーが考えたとき、パーシーが手本としたのは父であるアーサーではなかった。アーサーは高いコミュニケーション能力とそれなりな魔法の腕を持っていたが、パーシーの理想とは程遠かった。パーシーの理想は、バーテミウス·クラウチだった。
クラウチは、パーシーの父である窓際部署のアーサーとは正反対の性格で、優秀な官僚としての役目を果たしていた。魔力に優れているというだけではなく語学にも明るく、様々な異種族の言語にも精通している。そんなクラウチ氏に、パーシーは心酔した。
(クラウチ氏が僕の父であったなら……)
(…………貧乏で。犯罪を取り締まる側なのに犯罪を犯すなんて惨めな思いはしなくて済んだのに)
と、眠りにつくとき考えている自分に気付く。そんな馬鹿げた考えが頭に浮かぶほど、クラウチはパーシーにとって理想的な魔法使いだったのだ。
クラウチ氏は仕事に忠実で、優れた魔法使いとしての尊敬を周囲から勝ち取っている。
魔法界とマグルの世界、その二つの差異を理解している。
少なくとも、パーシーの目にはそう見えた。魔法省に入り、『あの』アーサーの息子……自分で作った法律を自ら破った男の息子と揶揄されたパーシーにとって、クラウチはとても魅力的に見えたのだ。少なくとも、クラウチはアーサーのように上下で不揃いなマグルの衣服を着て、マグルから怪しまれたりはしない。
……『変わり者の息子』。
そう揶揄されるのが嫌で。アーサーとは正反対の、クラウチのようになりたいとパーシーは願った。父の汚名を払拭したい。いつしかパーシーはそう考えるようになっていた。
それがクラウチの一面しか知らず、仕事上の付き合いでしかその人となりを知らないパーシーの思い込みに過ぎないということを、パーシーは知らない。
当たり前の話だった。普通、人は自分の見たいものしか見ないものだ。部下として、上司であるクラウチに対して憧憬や尊敬というバイアスをかけて見ている限り、パーシーが理解というプロセスに到達することは、ない。
しかし、クラウチ氏を崇拝するパーシーだからこそ、クラウチからユールボールへの出席を命じられたことに違和感はあった。
(…クラウチ氏は…何故僕に仕事を任せてくれたんだ……?)
敬愛する上司から、ついに単独での仕事を任されたという喜びはある。しかし、クラウチ氏から信頼されるほどに優秀だったという実感は、ない。
(……ハウスエルフが消えたことによるコンディションの悪化はあるだろう。しかし、あれからもう何ヵ月も経っている。クラウチ氏ほどの魔法使いなら、解雇したハウスエルフの後任を見つけている筈……)
ハリーに語った内容を、パーシーは心の底から信じていたわけではなかった。心の奥底には現状への違和感が炎となって燻り続け、それを不敬だとなじる理性がパーシーを押さえつけている。
(……仮に。仮にだ。ハウスエルフの後任が見つからなかったのだととしても。体調管理は社会人の基礎だ。クラウチ氏には、かかりつけのヒーラーも居た筈)
(確かに最近はワールドカップの後始末と、トライウィザード関連でろくな休みもなかったが、それでも欠席するほどだったのか……?)
クラウチ氏を己の心中で神格化かけていたからこそ、パーシーは理想のクラウチ氏と、現実のクラウチ氏との相違に解釈違いを起こしていた。
クラウチ氏に、何かがあった。少なくとも、すぐには治せないような病気にかかったのではないだろうか、とパーシーは思ったのだ。
パーシーがそう考えたのは、休む前のクラウチ氏からある言葉を投げ掛けられたからだ。
「……そう言えば、ハリー。スリザリンにクラウチという男子生徒は居たかい?」
パーシーはハリーにそう尋ねた。クラウチ家は聖28一族のひとつだった。厳格なクラウチ氏の息子ともなれば、レイブンクローかスリザリンだろう、という勘がパーシーにはあった。
「……いえ。クラウチですか?そんな姓の先輩とは会ったことはありません」
「ふ、そうか。つまらないことを聞いたね。忘れてくれたまえ」
「構いませんよ。けれど、どうしてクラウチなんです?」
ハリーは微笑みながらパーシーに尋ねてくる。ハリーの横では、ダフネ·グリーングラスが興味津々といった顔で耳を傾けていた。パーシーは話しすぎたなと思った。
「この間、部長がご子息の話をしてくださったんだ。OWLで12科目Oを取った、とても優秀なご子息だそうだ」
「……?……そのクラウチ氏のご子息は、パーシーさんみたいな人だったんでしょうか」
ハリーは困惑した様子でパーシーに聞いてきた。パーシーは胸を張って自慢げに言った。
「いいや、僕など足元にも及ばないほど優秀な生徒……いや、君が心当たりがないなら、元生徒か?とにかく、天才に違いない。何せ、あのクラウチ氏のご子息なのだから」
そうですね、と愛想笑いを浮かべるハリーに対して疑問を覚えることはなく、パーシーはハリーに対して純粋な厚意からこう言った。
「君も12科目を取っていると弟から聞いている。もし現在もスリザリンに居られるのなら、交流を持っておいたほうが君のためだと思ってね」
「それは凄い方ですね。……もしかしたら、まだ会えていない先輩かもしれません。探して聞いてみます」
「うむ、そうしたまえ」
パーシーは内心の違和感を悟られないよう、あえて尊大に見えるように言った。
内心、パーシーの中では違和感が膨れ上がっていた。
(……クラウチ氏のご子息は今のスリザリンには居ない、のか?……考えてみれば、クラウチ氏も過去形で話されていたが……)
パーシーはクラウチ氏の言動を思い返す。
『ウェザピーくん。君もなかなか優秀な成績だったようだが、私の息子ほどではないな。私の息子は、12科目でOを取得したのだ』
部下に対する、単なる自慢話だった。しかし、その話をしたとたんにクラウチ氏は頭痛を訴えた。そして、次の日の業務を休み、今日パーシーがホグワーツに来ることになったのだ。
(……認知症?いや。それはない。そんなことがあってたまるものか。クラウチ氏に限ってそれはあり得ない)
パーシーは、ここ最近クラウチ氏の周囲で起きた不幸を思い出した。ワールドカップで、闇の印が打ち上げられ、クラウチ氏のハウスエルフが巻き込まれたときのことを。
(……闇の魔術……?もしや、クラウチ氏は何らかの闇の魔術を受けたのではないだろうか?その後遺症で、あのようなふるまいを……)
DADAのNEWTで学んだ知識によって脳内に沸きあがった可能性。それを、パーシーはあり得ないと握り潰した。
(……馬鹿馬鹿しい。中学生でもあるまいに。……闇の魔法使いがクラウチ氏を狙う理由がどこにある?狙うなら……シリウス·ブラックか、闇祓い局職員。あるいは執行部の人間だろう。僕ならそうする)
パーシーは自分を基準にして考えすぎた。魔法省という政府機関の職員を狙うならば、パーシーなら中枢を落とす。それが最短で、犠牲を最小限にして勝てる方法だからだ。
しかし、パーシーは気付かなかった。中枢を落とさずとも、詰みに持っていく方法は幾らでもあるということに。幼少期から平和を享受してきたパーシーは、魔法省という組織と、それがもたらす権威に信頼を置いていた。だからこそ、パーシーの思考はそこで止まる。
(考えるな。余計なことを考えすぎだ、僕は。まったくどうかしている。クラウチ氏だけではなく、僕も多忙のせいで睡眠時間が取れていなかったのだろう)
クラウチへの疑いや疑念はパーシーにはない。ただ、理想の上司が何か良からぬことに巻き込まれているのではないか、という不安は頭の片隅に残り続けた。
結局、パーシーはその不安を頭のなかで握り潰した。上司への崇拝は、疑念を抱く自分自身への嫌悪感となって、パーシーを押さえつけたのだ。
***
「……クラウチ、か。ダフネはそういう先輩を知ってるかい?」
「申し訳ないけど記憶にないわね。クラウチ氏のことはワールドカップのあと、パンジーから噂で聞いたのだけれど……」
「うん」
ハリーは頷きながら話の続きを促した。ハリーはシリウスから、クラウチ氏の一人息子が既に死んでいることを聞いている。ハリーはダフネが、クラウチ氏の息子がどうなったのか知っていることを察した。
「……その……辞めましょう。パーティーの席で話すことではないわ。とにかく、クラウチ氏の息子がホグワーツに居る筈がないわ。クラウチ一族もいないはずよ」
「ん、そうだね。気を悪くさせてごめん、ダフネ」
(…………一応、確認はしておこうかな)
ハリーはマクギリスにクラウチという男子生徒が居るかどうか尋ねようと思った。もっとも、居る筈がないと思った。ハリーは三年以上もスリザリンに居たが、クラウチという名前を聞いた覚えはなかったからだ。
パーシーは原作の時点で味があるキャラですねぇ……