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いよいよ時間が来た。大広間は暗くなり、無数の蝋燭が宙に浮き、クリスマスツリーに点った青白い光が窓を染めている。するとダンブルドア校長が立ち上がった。ハリーは心穏やかにダンブルドアの話を傾聴した。
「今年、ボーバトンとダームストラングから私たちのもとへ友が訪れてくれた。今日という日は、その友たちと喜びを分かち合う日だ。ここに集まった紳士淑女の諸君は今日という日を心待ちにしていたことだろう。今日は、互いの気持ちに素直となり新しい交遊を育む良き日となるだろう」
「いいぞ!」
ハリーには見分けがつかない双子のウィーズリーのうちの一人が囃し立てる。彼のとなりには、グリフィンドールクィディッチチームのアシリア·スピネットが居た。ダンブルドアは双子に向けて穏やかな笑みを浮かべ、杖を淀みなく振り下ろす。
「では、宴を始めよう」
合図と共に、空中に浮かぶ蝋燭の炎がふっと消え、大広間は暗闇に包まれる。そして一瞬の後、鮮やかな光が大広間を照らし出した。
……その光は、まるで月のように優しくハリーたち代表選手を照らし出した。
「心行くまで踊り、気の済むまで宴を楽しもう」
(さぁ、覚悟を決めろ…!)
月明かりに照らされたハリーには羞恥心や葛藤があった。ダフネの姿をみてそんな思考は消し飛んだ。クラムとハーマイオニーが、セドリックとチョウが、フルールとロジャーが明かりに導かれるままにそっと皆の前へと進んでいく中、ハリーは膝をついてダフネが差し出した手の甲に唇をそっと当てる。
(……僕は何をやっているんだろうか)
ハリーは頬が赤く染まるのを感じた。消え去った羞恥心が再び頭をもたげる。周囲の視線が背中に刺さるのを感じつつ、産まれたばかりのニーズルを抱えるようにダフネの手を取る。
ここまで全てが、ダフネの要望通りであった。ダフネは流石に社交界に慣れていた。ハリーより経験豊富な彼女は、ハリーをリードする代わりに、ハリーに対して過剰とも言える演技を要求したのである。ハリーがもしもアズラエルの誘いに乗ってマグルの作った映画を鑑賞していれば、これがある有名映画のワンシーンから切り取ったオマージュであることに気がついただろう。
大仰にすぎるパフォーマンスは数秒にも満たない。しかしその数秒が、ハリーにとっては一分にも勝る羞恥心を沸き起こす。ハリーは顔を上げた。
(……良かった!)
ダフネの満足げな顔を見て、ハリーは思わず頬を緩ませた。とびきりの笑顔がハリーの瞳に映りこむ。
ハリーとダフネは流れるように躍りの輪に加わった。代表選手たちが出揃うと、それにともなって月明かりが大広間の全体に広がっていく。
ユールボールの幕開けである。
弦を弾くような音とともに大広間に陽気なポルカが流れ出す。ハリーとダフネは気ままに妖女シスターズが奏でた音色にあわせてステップを踏み、互いを思いやりながら躍りに興じた。
気がつけば、大広間は躍りに興じる人の輪で溢れていた。ダンブルドア校長とマクゴナガル教授は年齢を感じさせない見事なステップを見せた。一方、ムーディ先生は義足のぎこちない足取りでパートナーのシニストラ教授からひどく警戒されていた。
「ダフネ、君、またうまくなったかい?」
「これくらいは出来て当然よ。これでもプロの指導を受けて練習してきたのだから」
「本当に流石だね。お陰で僕の地団駄も普通のステップに見えるよ」
ハリーの踊りはお世辞にもセドリックやクラムほど様にはなっていなかった。が、ダフネの経験がその未熟さを覆い隠した。ハリーはダフネの負担にならないようペースをゆっくりと保っていた。
しばらくすると曲調が変わり、ハリーたちの好みである流行りのポップスが流れ始めた。大広間は今や格式張った舞台からお祭り騒ぎへと変貌しようとしていた。
生徒たちは楽しげに揺れていた。クラムに抱き抱えられたハーマイオニーがふわりと腰を揺らしているのを見て、ハリーは一瞬ひやりとした。ロンの凍てつくような殺気を感じ取ったからだ。殺気はクラムへと向けられていた。あんなロンは、秘密の部屋に突入したときしか見たことがない。ロンは最早パートナーであるパチルのことを忘れているようだった。
(……何やってるんだ、ロン……)
一瞬がロンに気を取られたのがいけなかったのか、ダフネはハリーの足を踏むことでハリーの視線を自分へと戻した。
「あっ……」
「大丈夫、痛くないから。でしょう?」
ハリーはダフネの視線に嫉妬を感じ取り、そうだねと頷いた。
「君と踊れる幸運を噛み締めているよ、僕は」
何事もなかったかのようにハリーとダフネは躍り続けた。ハリーは幸せを感じていた。
(……やっぱり綺麗だな、ダフネは。……宝石みたいだ…)
それは、ハリーの人生で産まれて始めて感じる幸福だったかもしれなかった。言葉を交わさなくても、ダフネがどう動きたいのかが視線と力の入れ方から分かる。しっかりと体幹でダフネを支え、一気にその場を回る。練習したときより上手く踊れたという喜びもあったが、それ以上に、ダフネとの無言の会話を楽しんでいた。ダンスもクィディッチと同じで、要領が分かってくると楽しくなってくるものだ。それが好きな人と踊るのであれば、尚更だった。
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ひとしきり汗を流したとき、気付くと生徒たちは大広間から中庭に出たり、思い思いの場所で逢瀬を楽しむ時間になっていた。ハリーはダフネの手を引いて踊りながら大広間を歩き回ったが、その間最も周囲の注目を集めたのはビクトール・クラムとハーマイオニーのカップルだった。クラムは短髪を整えて、ビーズ飾りのついた素敵な三角帽子を被っていた。ハーマイオニーはとても魅力的だった。出っ歯は夏期休暇の間に矯正され、ドレスは彼女の微笑みを邪魔しないよう控えめに輝いている。そして、ロンの怨念の籠められた視線がクラムへと向かっているのをハリーは感じ取り、その場を離れた。
「ハリー、行かなくていいのかしら?その……ウィーズリーは随分と剣呑な雰囲気だったわ」
「……こればっかりは……ロンとハーマイオニーの問題だよ。……頼ってこられたら仲裁はするけど。誘わなかったロンも悪い」
ハリーは閉口して言った。ロンとハーマイオニーはおそらくは喧嘩して、数日は口を利かなくなるだろうと分かっていた。
「フォローするのは明日からでいいんだ。一ガリオン賭けてもいいけど、明日から数日はロンとハーマイオニーはギクシャクする。今回はちょっと長いかもだけど」
「……まぁ。でも喧嘩した後に仲直りすると言うの?それは楽観的な考えなのではないかしら」
ダフネはクスクス笑いながら言った。ハリーは肩をすくめてドリンクを手に取り、ダフネに差し出した。
「ようお二人さん。いい演技だったぜ。コリンの奴が写真に撮ってた」
ハリーがオレンジジュース飲み物を飲んでいると、スーザンの手を引いてザビニがやって来た。ザビニはブロンドのスーザンに合うように服装を調整したのか、ネイビーを基調とした燕尾服に身を包んできた。そんなザビニはいつもよりずっとハンサムだった。
「まぁ!この場にそんなものを持ち込むなんて、あの後輩には仕置きが必要なのではなくて?」
「冗談だよ。そうだろ?ザビニ」
「当たり前だろ。コリンの奴もこんな場所までカメラは持ち込めねーよ」
「持ち込んでいたら壊さなきゃならなくなるところだった」
ハリーのジョークに、ザビニもスーザンも笑い、ついでダフネが吹き出した。
「……ま、カメラは壊されてねえが。コリンの奴ならあっちで脳ミソ壊されてるぜ」
ザビニがくい、と杖を向けた先には、ルナとファルカスが陽気に踊り回っている姿があった。決闘クラブで誰より熱心に練習して体力トレーニングにも打ち込んできたファルカスと、ハグリッド先生のもとで魔法生物やスクリュートの世話に明け暮れていたルナは体力にも余裕があるのか、かなり高度な踊りも失敗しながら一部は成功させ、楽しんでいた。
ルナは赤いドレスとレイブンクローのダイアデムのレプリカで着飾っていた。レイブンクローのダイアデムを模したレプリカを使えとファルカスに持ちかけたのはハリーだった。ルナのインパクトのある服装のほとんどは頭部の異様な飾り物が原因だったからだ。場違いな飾り物から、レプリカとはいえしかるべき場で借り受けたレイブンクローのダイアデムを身につけたルナは一般的なレディと比べても違和感がなくなっていた。
そして、そんなルナを見つめるコリンの姿があった。ホグズミードの貸衣装で誂えたコリンの燕尾服は黄色と緑のコントラストが入っていて、少しデザインに古臭さがあった。コリンの側にはグリフィンドールの見慣れない女子生徒がいたが、コリンはルナを見て驚きで目を見開いていた。
(……まさか……とは思うけど、またこのパターンか……?)
「あら、ヘスティアも居るわ。パートナーは……えっと、サーペンタリウス、だったかしら」
「何だって?」
ダフネの声に嫌な予感がしたハリーは、ダフネの視線の先を追った。コリンたちより更に奥には、シュラークとヘスティア·カローの姿もあった。シュラークは微かに頬を赤らめながら、チラチラとルナへと視線を向けていた。
「オイオイオイ……」
ハリーは額の傷とは無関係の頭痛を感じることになった。
「ほーん。こりゃあ……面倒くさいことになりそうだ。ファルカスの奴も御愁傷様だな」
ザビニはハリーに言うだけ言うと、スーザンと共に二人は行ってしまった。
「……どうしてこう、人間関係っていうのは面倒くさくなるんだろうね」
ハリーはダフネに向けてそうぼやくと、ダフネは腕を組んで言った。
「人を好きになることは止められないわ。それがたとえ親しい友人であろうと、ね。何がきっかけで好きになるかなんて、誰にも分からないものよ」
ダフネの言葉は至言かもしれなかった。ロンが友愛と恋愛のおそらくは二つの感情で揺れているように、他の誰もがそうなる可能性はあるのだ。そして恋愛が一対一の関係である以上、必ずあぶれる人間が出てくる。それは自然の摂理であり、仕方のないことなのかもしれなかった。
「……でも、ダフネ。君、なんだか楽しんでいないかい?僕は結構気が重くなってきたんだけど?」
ハリーが冗談交じりに言うと、ダフネは蛇寮生らしくニヤリと意地悪く笑った。
「あら、そうかしら。恋愛は、他人のそれを眺めているときが一番楽しいのよ?」
「いい性格してるよね、ダフネも……」
この時、ダフネは自らの身に災いが降りかかってくることを予想だにしていなかった。ダフネ自身も、第三者から視線を向けられていたのだ。
セオドール·ノットは、五年生の監督生アリシアとの舞踏を終え、アリシアが休憩のために席を外したとき暗い、感情を感じさせない目でハリーとダフネの姿を見た。ハリーとダフネが笑いあったとき、暗い瞳の中に激情が燃え上がった。
いやー青春ですなぁ。