「やあ……ミス グリーングラス。今日の君はいつにも増して輝いて見えるね」
「ミスタ スミス。ごきげんよう。私、今日は立て込んでいるの。機会があれば、次のパーティーでご一緒しましょう」
大広間で最初に出会った時よりも少し紅潮した顔でザカリアス·スミスがやって来た。ダフネは笑って彼を見つめた。ハリーはダフネの表情を見て良い印象を持っていないことが分かった。ザカリアスはダフネにダンスを申し込んだが、ダフネはすげなく断った。ザカリアスはしょんぼりとして去っていった。
「私に魅力を感じたからではないわ」
と、ダフネはザカリアスの背中を見送りながらきっぱりと言った。
「彼はあなたからパートナーを奪ったという勲章が欲しいのよ。でなければ、これまでのパーティーで私に声をかけていた筈よ」
「……考えすぎだよ。君は二つくらい思い違いをしている」
と、ハリーは言った。
「君は自分で思っているよりはずっと魅力的な女の子だってことが一つ。もう一つは……」
「あわよくばグリーングラス家との繋がりを作ろうとしている」
「不正解。男子は君が思っているよりは奥手な生き物なんだよ、ダフネ。美しいものであればあるほど、おいそれと声をかけられないんだ。もしも断られたらどうしよう。嫌われるかもしれないと思うからね」
ダフネはハリーの言葉に返事をしなかったが、ダフネの頬は少し赤く染まっていた。魅力的だと言われて悪い気はしなかったのだろう。
ハリーとダフネはそれから少しの間、大広間で時を過ごした。ドラコがカロー姉妹のフローラ·カローとのダンスに興じている間、ハリーとダフネは互いによそった食事を分けあって過ごした。ドラコとフローラが見事に曲目に合わせたダンスを踊ったのを見届けた後、ハリーとダフネは無言で大広間を後にした。
******
ハリーとダフネは大広間を離れ、人気のない場所を目指し彷徨っていた。
「……考えることは皆同じ、ね。見られてるわよ、ハリー」
「ああ……」
二人は、大広間を抜け出す際、他の生徒たちから注目されていることに気づいていた。皆一様にハリーに視線を注ぐのである。
「パパラッチたちが追いかけてくるわ」
ダフネは冗談目かしてそう言ったが、冗談でもないようだった。ついてくる足音を気にしながら、ハリーはダフネの手を引いて玄関ホールから移動し、本物の月の光を浴びながらバラの庭園へと進んだ。
ハリーはふと手に力を感じた。ダフネが足を止めたのだ。
「……」
ダフネが無言で指し示す先には、イゴール·カルカロフとスネイプ教授の姿があった。カルカロフ校長の目には深い隈が出来ており、髭で誤魔化されているが頬もこけ体調が良くなさそうだ。もっとも、それはカルカロフがホグワーツに来てからずっとそうだった。
『オーケー。ちょっと隠れようか』
ハリーとダフネは物陰に身を潜めた。ハリーは無言呪文で自分とダフネにシレンシオをかけ、音が周囲に漏れないようにした。ダフネは盛大に深呼吸することが出来た。
「……騒ぐまでもないことだ、イゴール」
「現実逃避している場合ではないぞ、セブルス!」
カルカロフの声には明らかな焦りの色があった。カルカロフはスネイプ教授に、自分の右腕を晒して見せていた。
「この数ヶ月でますます強くなっている。もう否定することは出来ないのだ……!」
まるで子供が大人に縋るように、カルカロフはスネイプ教授へ話していた。
『おかしいな。あの二人、そこまで仲が良かったのか?昔の同僚だったとはいえ……』
ハリーは疑問に思いふと呟いて、隣のダフネを見た。そして、ダフネは何かに怯えるように目を見開いてスネイプ教授とカルカロフ校長を見ていた。
スネイプ教授は、まったく慈悲の欠片もなくカルカロフを突き放した。
「なら逃げるがいい。言い訳は私が考えておく。だが、私はホグワーツに残る。去れ、イゴール。それが友としての忠告だ」
そしてバラの庭園をカルカロフとスネイプ教授があとにしていく。その時、スネイプ教授はハリーに対して減点するときのような意地の悪い笑みを浮かべた。ハリーは無言でプロテゴ(護れ)をダフネと自分へと展開した。
「フォーセット!!ステビンズ!!減点だ!!」
魔力の奔流がバラの束を吹き飛ばし、隠れていた(……)カップルたちが慌てて飛び出していく。ハリーはダフネをかばいながら、姿勢を低くして嵐が過ぎ去るのを待った。
やがてスネイプ教授とカルカロフ校長の足音が聞こえなくなってから、ハリーはダフネに言った。
「流石スネイプ教授だね。無言でもあれだけのフリペンド(吹き飛ばし)を使えるんだから」
「……」
ダフネはハリーのジョークに何も言わなかった。ただ、ハリーはダフネが泣いているのに気づいた。
ハリーはハンカチでダフネの目元を優しく拭った。それでもなお、彼女の瞳から落ちる涙は止まらなかった。
(!?)
ハリーはバラ園の茂みからダフネを出すと、彼女を椅子へと腰かけさせた。ダフネの震えは止まらない。
「……大丈夫、スネイプ教授はもう居ないよ」
それからハリーはしばらくバラ園の中で他愛ない話を続けた。ザビニがまたスーザン以外の女子と踊っていたことや、アズラエルがミリセントと共に早々に大広間を出ていたこと。他愛ない話でダフネの気分が落ち着いた頃、ダフネが言った。
「……ハリー。……防音魔法で周囲から音を消してくれるかしら」
「オーケー。マフリアート(防音せよ)」
ハリーはダフネと自分の周囲に、マフリアート(防音)をかけた。一時的にだが、ハリーたちの声は周囲には雑音にしか聞こえなくなる。シリウスから教わった魔法だった。この魔法は難易度が高く、ハリーも無言で使うことは出来ない。
「私、カルカロフの腕を見たわ。……デスイーターの印が……闇の印が、浮かび上がっていたの。髑髏の蛇が、まるでカルカロフを喰らうように大きくなっているところを見たの。スネイプ教授は眉ひとつ動かさなかった……」
(……闇の印……?)
ダフネは前髪に貼り付いたコガネムシにも気が付かないほどに怯えていた。ハリーはシリウスから聞いた話を思い出した。
『ヴォルデモートは自分の部下にはタトゥーを刻んだ。マグルのマフィアの真似事だな。自分の力と勢力を誇示するために、やつは強力だと思った魔法使いにそれを刻み、従えていった。そして従わない人間を殺害した後、その印を空へと打ち上げた……』
ハリーは背中から嫌な汗が出てくるのを感じたが、笑って言った。
「……カルカロフとスネイプ教授は、元デスイーターだ。でも、昔の話だよ」
ハリーは元の部分を強調して言った。
「それは……許されることなの……?許されていいの?」
「……考えないようにしていたのだけれど……私、スネイプ教授が恐ろしいわ。スネイプ教授だけではなくて、ドラコの両親や、付き合いのあるみんなの両親が人を殺しているのかもしれないと思うと、頭がおかしくなりそうなの」
「……今さらだって思うかしら?」
「……いや。思わない。ダフネが動揺したのは正しい。皆がそう思ってるんだよ。深く考えないようにしてる。だけど、君はスネイプ教授やカルカロフが、恐ろしい人たちだと実感してしまったんだね」
ダフネは声を振り絞ってハリーに悩みを打ちあけた。ハリーは少し悩みながらも、正直に答えようと決めた。
「……ええ。……私たちの担任で、薬学を教えてくださる先生がおぞましい人殺しだなんて……そんなことないって思い込もうとしたけど」
ダフネは何年も貯まった膿を出すように吐き捨てた。
(……もしかしたら、ダフネは昔から。本当にずっと昔から、その事に悩んでいたのかも……)
ハリーは胸が傷んだ。ダフネがここまで思い詰めていたとは思いもしなかったからだ。
どれだけ見ないフリをしても、考えないフリをしても、担任が元犯罪者という汚名は自分達について回るからだ。
「それはもう覆しようもない事実なんだわ。……闇の印をカルカロフの腕に見てしまって、私、どうしていいか分からなくなって」
ハリーはなるべく優しくダフネの手を握った。
「ダフネ。これは僕の考えであって、たぶん一般的な考えとはずれていると思うんだ。それでも良ければ聞いてくれ」
「……ええ…」
ダフネの声は絶望の色で染まっていた。
(……ダフネ……そこまで思い詰めていたのか?)
自分の担任が元死喰い人だと実感して動揺しない生徒がいるだろうか?闇の魔術を肯定し、マグル生まれや魔法使いの混血を殺し回った悪党だということをまざまざと見せつけられて、どうして平常心でいられるだろうか。
「スネイプ教授もカルカロフ校長も、許されてなんか居ないよ。絶対に」
ハリーの翡翠色の瞳に力が灯る。ダフネは、息を呑んでハリーの瞳を見守った。
(綺麗、だわ…ハリーの目が…)
強い意志を持ったとき、人の瞳は輝きを放つ。ハリーの翡翠色の瞳に、ダフネは魅了されていた。強い光に導かれて集まる羽虫のように。
「皆、スネイプ教授を良くない目で見てる。それは仕方ないと思う。……ドロホフみたいな連中が許されたらおかしい」
「当たり前じゃない!あのバカどものせいで、私たちがどれだけ辛い思いをしてきたか……!」
ダフネの声には怯えと怒りの色があった。誰にも言えなかった怒りを、ハリーに向けて吐き出していた。
「私がやったわけじゃないわ。マグルへの迫害とか、マグル生まれを排除しろとか。……それなのに、スネイプは露骨にグレンジャーを無視する。私たちが他の寮生達から嫌われるよう誘導しているのよ。不愉快だわ」
ダフネの不満はそれからも長々と続いた。ハリーは辛抱強く、二十分ほどダフネの怒りに付き合わなければならなかった。
「どうしてよ。教師なんかやらずに、どこかで引きこもって生きていれば良かったのに。はっきり言って迷惑だわ。牢屋に入っていれば良かったのよ」
「……」
ハリーはスネイプ教授に対して少しだけ同情した。それは、ハリーがスネイプ教授に恩義があるからだった。賢者の石の時の恩をハリーは忘れたつもりはなかった。
ハリーは、自分に当てはめて言った。ハリーはダドリーから与えられた痛みを記憶からかき消したが、屈辱を受けたという怒りは消えない。ペチュニアから与えられた空腹や貧乏も、バーノンから与えられた狭い物置も忘れていない。ダーズリー家に戻る度に、否が応でも思い出すのだ。
(ヴォルデモートは許せない。……けど、ダーズリー家はもっと……)
だからこそ、ダフネがおぞましいと言った気持ちも理解は出来る。理解できるからこそ、ハリーはダフネを落ち着かせなければならないのだ。
「……だからね、ダフネ。カルカロフ校長やスネイプ教授の悪事は、誰からも許されていないんだ。償うべき相手の人生をめちゃくちゃにしたんだから。許されることはないと思う」
「……なら、どうして?」
「あくまでも推測なんだけど。教師は、人のためになる仕事だろ。ヴ……例のあの人のためじゃなくて、ホグワーツのほとんどの生徒のためになる仕事だ」
「……ええ。その仕事に就いて、どうしたかったと言うのよ」
「犯した罪を償えないとしても……同じ過ちを犯さないために、あの人達は先生になったんじゃないかな」
ハリーはなんの根拠もなかったが、直感でそう言った。教師にしろ、校長にしろ、半端な覚悟で勤まるような仕事には見えなかったからだ。実際、半端な覚悟で教師という仕事を引き受けたロックハートという魔法使いの末路もハリーは覚えている。
「……そう、よね。…………そうなのよね。ごめんなさい、バカみたいに取り乱して」
ダフネはハリーの言葉を噛み締めるようにして頷いた。
「馬鹿だとは思わないよ。人として真っ当な感覚だよ、その気持ちは」
「……ハリーのせいよ」
ダフネは小さくそう呟いた。ハリーは聞こえなかったフリをした。
暫くの間、二人の間には気まずい沈黙が続いた。ハリーはこほんと咳払いをして、ダフネに言った。
「………ダフネ。ダンブルドアにカルカロフ校長とスネイプ教授が密会していたことは報告しておくよ。……でも、スネイプ教授は僕たちの味方だと思う」
「そうかしら?どうしてそう言い切れるの?スネイプ教授は貴方やザビニには酷なのに」
「……僕らは変に目立つからだよ。ほら、ザビニなんてホグワーツで一体何人彼女を作ったか分からないだろ?」
ハリーのジョークは通用しなかった。ダフネは疑心暗鬼に陥っていた。ダフネの頬からは一滴の汗が流れ落ちる。
ダフネは動揺から立ち直ってはいたが、冷静にスネイプ教授への疑念を口に出した。
「闇の印が強まっているということは。……良からぬことを考え付くかもしれないわ。もしもスネイプ教授が心変わりして、ダンブルドアや貴方を裏切ったとしたら……?」
「スネイプ教授は、一年生の時僕を護ってくれた人なんだ」
ハリーの言葉に、ダフネは驚きで目を見開いた。
「一年生の時に、僕はクィレル教授に殺されかけた。本当に死ぬ寸前だった」
「でもスネイプは僕たちや、ロンやハーマイオニーを助けてくれた。ダンブルドアに連絡して、賢者の石を護り抜いてくれた。……まあ、僕のやらかしはスネイプ教授から嫌われるには充分だったけどね……」
「……」
それでも納得できていないダフネに対して、ハリーはさらに畳み掛けた。
「去年一年間、ルーピン先生に薬を煎じてくれたのはスネイプ教授なんだ。スネイプ先生が、ルーピン先生と僕たちを護ってくれていたんだよ」
「嘘、あのへそ曲がりで偏屈で頭でっかちな先生が……?」
ハリーはまじまじとダフネを見た。真面目そうだと思っていたが、わりと面白いところがある。
「君やっぱり面白いね」
「……!?」
ダフネは信じられないという表情でハリーを見ていた。ハリーは笑みを浮かべながら続けた。
「少なくとも昔のデスイーターと、今のスネイプ教授は違う。過去の罪が消えないとしても、今のスネイプ教授は……僕らを護ってくれているんだ。僕はあの人に感謝してる」
ダフネはそれでも半信半疑だったが、ハリーを立てることにしたのか、最後には頷いた。
「……わかったわ。貴方がそこまで言うなら…私も、スネイプ教授を信じてみる。……ちょっと怖いのだけれど」
ハリーは安堵した。が、これはダフネの演技だった。ダフネはこの後、元闇祓いのムーディ先生にスネイプ教授とカルカロフの密談について相談するのである。
***
バラ園をとめどなく歩いていたハリーとダフネは、噴水へとたどり着いた。月明かりに照らされて水がアーチを描くなか、ハリーとダフネは大きな人影を目にして息を呑んだ。
「あれは……」
その二人は、ハリーたちの倍ほどもあろうかという巨体だった。ハリーの敬愛するルビウス·ハグリッドと、フランス随一の魔女、オリンペ·マクシーム校長が月夜の夜に影となって浮かび上がる。
「あんたはわしと同じだ」
「……同じ?」
マクシーム校長の声には好意的ではない響きがあった。ハリーはハグリッドには悪いが仕方ないことだと思った。洗練されたフランス式、もといボーバトン式の魔女であり校長でもあるマクシーム校長は、ハグリッドのイメージとは真逆だ。ハグリッドもハグリッドで、恋するあまり舞い上がっているように見える。
『……ダフネ、そろそろ行こう……』
ハリーは何となくこの先があまり良くない結果になると思い、その場から去ろうとダフネに囁いた。が、ダフネはいいえと首を横にふった。
『待って。もう少しだけ見ていきましょう……』
『でも、ハグリッドに悪いよ』
『大丈夫よ。この位置なら気付かれないわ』
ハリーはダフネの考えが分からなかったが、とりあえず無言でシレンシオをかけ、バラの影で様子を見守ることにした。折角機嫌を直したダフネの機嫌をまた損ねることは避けたかった。ハリーとダフネは噴水の奥の木の影から二人の会話に耳をそばだてた。
「同じ?それはどういう意味です、ムッシュ?」
マクシーム校長の声は怒りで震えていた。ハグリッドは困ったように頭をぼりぼりと掻いた。
「俺はただ、マダム。あんたが同じ半巨人だと思っただけだ。あんたとなら俺は……」
「わたしがあんな……腐った……汚らわしい……」
マクシームはそこでいったん言葉を切り、喉の奥からしぼり出すように言った。
「……腐った巨人族だと?こんな侮辱を受けたのははじめてです」
「俺はそんな事思っちゃいねえ!」
ハグリッドは慌てて否定したが、その声は少し大きかった。すぐに気がついて気まずそうに辺りを見回す。幸い近くには誰もいないようだ。マクシーム校長は大きく鼻をフンと鳴らした。
『……やっぱり……』
ダフネはハグリッドの告白に衝撃を受けるということはなかった。ただ、哀れむようにハグリッドを見ていた。ハリーはダフネのその様子に違和感を感じた。
(……予想していたのかな)
ダフネは純血主義としての教育も受けている。半巨人という出自に反感を覚えても仕方がないはずだった。が、ダフネの視線には怒りとは別な感情が見てとれる。
「私は骨が人より太いだけです。ごきげんよう」
マクシーム校長がそう言ってハグリッドの誘いを断り、放心したハグリッドがとぼとぼとバラ園を後にしたとき、ハリーはダフネに尋ねた。
『……知っていたのかい?』
『見れば分かることだもの。……ただ、呆れたわ』
その答えを聞いてハリーは納得した。確かにハグリッドをよく見れば分かることだ。あの長身が単なる魔法使いではあり得ないことは誰でもわかる。
『……最低の口説き文句よ、あれって。要するに、半巨人なら誰でも良かったという意味でしょう?マクシームを愚弄しているわ』
ダフネは冷徹に言いきった。
『……自分の出自を認めてもらえるのは一般的には嬉しいことよ。けど、段階というものがあるわ。そういうことはある程度親しくなってから言うものよ。ハグリッドのあれは……』
『ただ出自だけで選んだと取られかねない?』
ダフネは無言で頷いた。ハリー自身、なにも言えなかった。
ハグリッドがマクシーム校長を好きなことは明白だった。それはハリーやダフネの目からも明らかだ。ただ、ユールボールでいろいろな人に会ったりしているうちにハリーは感づいていた。半巨人であることをコンプレックスに思っているからこそ惹かれた、というのは消去法だ。消去法で貴方にします、と言われて喜ぶ女性がいるはずもなかった。たとえハグリッド本人にとっては、自分の弱みをさらけ出す一世一代の大告白だったとしてもだ。
ハリーとダフネにかかったシレンシオの効果が切れようとした頃、少し離れた薔薇の茂みからがさごそという音がした。ハリーが視線を向けると、スリザリンのカップル達が茂みから出ていくところだった。リカルド·マーセナスとイザベラ·セルウィンだった。
「まさかハグリッドとマクシームが半巨人なんてな。穢れてるぜ、まったく。魔法界はどうなってんだか」
「やめなさいよ、まったく。誰かに聞こえるわよ?リディったら本当に懲りないわね……」
「今日くらいは多めに見てくれよ、ベラ。なんつってもダンスパーティーなんだからさー!」
「本当にしょうがないわねー」
やけに陽気なマーセナスとセルウィンの二人は、腕を組んでスキップしながらその場を後にした。ハリー達も出ていこうかとしたとき、勢い良く飛び出てくる影があった。
フルール·ドゥラクゥールとロジャー·ディビスが、ハリーたちの反対側の薔薇の園から出てくるところだった。フルールはデイビスに必死に押し止められている。そうでなければマーセナスは今頃ボコボコに叩きのめされていただろうとハリーは思った。ダフネはフルールが見せる本気の怒りに息を飲んでいた。
「……穢れている?」
フルールは憤りを隠せないようだった。
「この時代にまだそんな言葉を口に出せる無知と、そんな言葉を口に出して恥じない精神性には呆れ返りますね」
フルールがそうロジャーに溢しているのを、ハリーもダフネもハッキリと聞いた。
「この時代にそんなことを気にするようなのは居ないよ。他人の出自を下に見て貶めるようなやつはアズカバンに行ったらいいんだ」
ロジャーは手慣れたようにフルールをフォローしていた。クィディッチチームのチェイサーとしてロジャーとは面識があったが、特に印象に残る相手ではなかった。しかし、ハリーはロジャーの評価を上方修正した。
(チームに一人は欲しいタイプだな、この人……)
意外と気が回るとハリーは思った。そうでなければチームをうまく回すことなど出来ないのだろう。ロジャーはプレイングよりも、メンバーのメンタルを管理する能力に長けたタイプの選手なのかもしれないとハリーは思った。
「それこそ、スリザリン出身者くらいさ。生まれを気にするのはね。地下室で黴の生えた環境らしい時代遅れの考えだ」
「……私の出自を知ってもそう言えますか?」
フルールはしおらしくロジャーに言った。そんなフルールを見て、ダフネはごくりと唾を飲み込んだ。
「……うまいわね、あの女。男子に対して弱いところの見せ方が分かっているわ」
ハリーは若干ダフネに対して圧倒されながら言った。
「あの、ダフネ。僕にはあの二人はとてもセンシティブな話題をしているように思えるんだけど……」
「……それはそうよ。けど、あの……ドゥラクゥールはああ見えて自分をしっかりとコントロール出来ているわ。傷ついたというのも本当でしょうけど、半分は演技よ」
(そ、そうかな……ダフネが言うならそうなのかもな……)
「君の観察眼には負けたよ、ダフネ」
ハリーがダフネをこっそりと褒め称えたところで、ロジャーはフルールに対して格好をつけていた。心の底からフルールのためだけを思っての言葉がフルールに対して投げ掛けられる。
「賭けてもいい。あんなことを気にするのはスリザリンの連中だけさ。ハグリッドはマダムに対して少し……いやかなりデリカシーがなかったけど……皆が皆そういう訳じゃない。忘れようよ、ハニー」
(……言ってくれるな……っていうか言い過ぎじゃないか?)
ハリーは少しだけ苛ついた。マーセナスの言動は確かに失言ではあった。マーセナスのことを好きになったことはない。それでも、誰も聞いていない時に溢した言動をあげつらって人格を下げられるほどのことはしていないとハリーは思った。
「…………」
「ダフネ。どうかしたかい?」
「いえ。私、私は。…………っ」
ハリーはダフネも内心でロジャーやフルールに対して思うところがありそうだと感じた。ロジャー達が通りすぎていくのを見送ろうとしたとき、ダフネはハリーの手を握りしめた。
「……ねぇ、ハリー。……私、やっぱり悔しいわ」
ダフネは顔を伏せていた。
「……どうしてスリザリンというだけで……」
それは、スリザリン生の心の底からの叫びだった。ホグワーツ城の地下、海底へと押しやられ、日の光から遠ざかった人間の悲痛な気持ちだった。
確かに自分達は性格が良くない。狡猾だと言われている。しかし。
自分達には心がある。
何もしていないのに、そこまで言われる謂れはない、と。
「……じゃあ、声をあげようか。君はここにいてね、ダフネ」
ハリーは一人、ロジャーとフルールの前に躍り出た。深い考えがあったわけではない。ただ、ダフネのために何かがしたかったのだ。
ハリーの行動を誘導したダフネはたぶんスリザリンらしい狡猾さを備えていると思います。