蛇寮の獅子   作:捨独楽

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今回は原作のとあるキャラが不幸になります。ファンの方は申し訳ありません。


水流のロック

 

「やあ、ドゥラクゥール、デイビス。いい夜ですね」

 

 ハリーはちょっと上ずった声で言った。振り向いたデイビスは気まずそうな顔になった。

 

「君は……」

 

 デイビスは何か言いかけてやめた。そして、深呼吸してから言った。

 

「いや……盗み聞きなんて趣味が悪いね、ポッター」

 

「お言葉ですが、それはお二人も変わらないのではないですか?ハグリッドとマクシーム校長のやり取りを盗み聞きされていましたよね」

 

「たまたまさ。少なくとも僕たちは、ね」

 

 

 気まずそうな顔のデイビスとは対照的に、フルールは何の感慨も抱いていないような目でハリーを見た。

 

「……ところで。先ほど面白そうなことを仰っておいででしたね。スリザリン生が差別主義だと聞こえましたが」

 

 あくまでも笑みを崩さず言ったハリーに、デイビスは一瞬済まなさそうな顔をした。ハリーはアズラエルを模倣し、二人を交互に見ながら丁寧な口調でねちねちと言葉を重ねた。

 

「ミス ドゥラクゥール。スリザリン生だからそういう考えを持っているというのは誤解なんです」

 

「誤解?確かに私は彼がマクシームを侮辱したのを聞きましたが」

 

 フルールの言葉に頷きながらも、ハリーは微笑み、目に力を入れて言った。

 

「確かにマーセナスはそういう考えなのでしょう。けれど、スリザリン生全員がそうだという訳じゃない。半巨人や混血に対してどういう考えを持っているのかは個人の意見であって、僕たち全員の総意ではないんです」

 

 ハリーは少し感情的になり、責めるようにデイビスを見た。少し言い過ぎたと思い、さらに一言付け加えた。

 

「ちなみに僕は、ハグリッド先生を尊敬しています。彼には何かと良くしてもらっていますし、僕個人の考えとして、魔法使いは僕にとっては尊重すべき仲間だと思っているからです」

 

 ハリーが笑って言うと、ふ、とデイビスも笑った。白々しいと思っているのか、それともハリーの言葉に素直に共感したのか。デイビスの真意は分からなかったが、デイビスはなるほど、と手を叩いた。

 

「そうだったのか。……うん、それは済まなかったね。僕もちょっと理解が足りていなかった。知的じゃない言い方だった」

 

 デイビスは笑顔で言葉を付け加えた。

 

「ほんの冗談だ。ジョークだよ。……さっきの僕の言葉も、あいつの言葉もね。悪気はなかったんだ。マーセナスもそうだったんだろう?」

 

 ディビスは一刻も早くその場を離れたいという気持ちで一杯のようだった。グリフィンドール生ならば堂々と己の正しさを主張し、スリザリンは悪だと居直ったのだろうが、ディビスはレイブンクロー生らしく流石に頭がよい。変に揉める前にさっさとハリーとの会話を切り上げようとしていた。

 

「マーセナスと同じように、僕もこの月明かりで……いや違うな。月より美しい女性と一緒に居たことで気が大きくなっていたんだ。ポッター、本気にはしないでくれ。……さ、行こうハニー」

 

 フルールはディビスに答えなかった。彼女は、真っ直ぐな瞳でハリーに向き直った。彼女はどうやら議論をする意思があるらしい。

 

(フルールはグリフィンドール生みたいな人だな)

 

 と、ハリーは思った。ヴィーラの妖艶さすら感じる美しい容姿から抱く印象よりもフルールはずっと勇敢で、取り繕うということはしない性格らしい。パーティーの席でもボーバトンの宮殿とホグワーツ城をなにかと比較していたのをハリーは思い出した。

 

 フルールはレイブンクロー生よりもグリフィンドール生、具体的にはハーマイオニーに近しい性格なのだろう、とハリーは思った。自分の中の正義に忠実で、おいそれとそれを曲げないが議論しようという意思がある。その印象は的外れではなかった。

 

「いいえ、ロジャー。自分の意見は簡単に曲げるべきではありません。それが信念にもとづいた正しい考えならば尚更です。あなたはスリザリンの出身でしたね。……では、私からも一つ言っておきます」

 

「……」

 

 ハリーは何を言われるのだろう、と考えて無言でフルールの言葉を待った。

 

「私は差別を肯定するような考えを嫌います。というよりは、それを肯定する感覚が理解できない。貴方たちスリザリン生はなぜ、誤った考え方を放置するのですか?」

 

(……簡単に言ってくれるよな)

 

 ある意味で核心をつかれた形になり、ハリーの笑顔の仮面は崩れようとしていた。

 

「……僕たちは差別を肯定しているつもりはありません。ただ」

 

 ハリーは表面上だけの笑顔を浮かべながらも冷たい瞳でフルールを見た。

 

「僕たちスリザリンは、自分の家族や友人を他の人以上に優先したいんです。貴女も、自分の家によく知らない人が入ってきたら嫌ですよね?」

 

「……そして、『友人』の範囲は人によって違うのも当たり前ですよね。誰とでも友達になれる人なんて居ないでしょう?……僕ならそれが同じ魔法使いでマーセナスなら純血の魔法使いや、スリザリンの仲間になる。それだけのことですよ」

 

 ハリーはダーズリー家での迫害を思い出しながら言った。ハリーがダーズリー家から疎んじられたのも、ハリーがマグルとは程遠い異物だったからだ。魔法使いを優先して何が悪いのだ、という本音の一部をハリーは吐き出していた。

 

 

 

「なるほどその考え方には確かに一理あるね。人の話は聞いてみるもんだなぁ」

 

 デイビスはうんうんと頷いた。が、どこか熱が感じられない。

 

(どうでもいいから早くここを離れてフルールと二人きりになりたいとでも思っているんだろうな)

 

 ハリーは内心、フルールとの議論を引き伸ばすことがデイビスへの復讐になるのではないかと考えた。フルールは議論好きだったらしく、即座にハリーの持論に反論した。

 

「その考え方には欠点がありますね。身内ばかりを見ていて『他の人たち』に目を向けていない。身内を優先することと、他人を踏みつけにすることは違います。全くの別です」

 

「……僕たちが他の人たちを虐げていると仰るんですか?」

 

 ハリーの問いに、フルールはYESと答えた。

 

「少なくとも、私にはそうとしか思えません。このホグワーツに来てから、何度か似たような光景を目にしました。貴方が原因で緑色の制服と赤色の制服が揉め事を起こすところもね」

 

 ハリーは顔をしかめた。ロンの一件でドラコが揉め事を起こしたことや、そもそもハリーがロンと喧嘩した苦い記憶が甦る。

 

「友達同士のじゃれあいですよ」

 

「とても友好的な関係とは思えませんでしたね」

 

 フルールの言葉は事実を述べているだけに過ぎなかったが、ハリーはそれでも、と否定した。

 

「それはあくまでも個人の問題です。スリザリンの責任ではありません」

 

 ハリーが堂々と言い切った姿を見て、フルールは少しだけ感心したようにハリーを見た。が、フルールは安易に自分の考えを曲げる魔女ではなかった。

 

「なるほど、自分の行動の責任を環境に押し付けない姿勢には好感が持てますね。そういう姿勢は、嫌いではありません」

 

 しかし、とフルールは言った。それはヴィーラの血を継ぐクォーターとして産まれたからというだけではなく、フルール自身の体験に基づく信念だった。

 

「私の見る限り、あなた方の大多数はなにも考えず流されて人を虐げているようにしか見えません。出自で人を判断して見下す。私には、それは自分を強く保てない弱者の行動にしか思えません」

 

(……弱い?僕たちが?流されている?)

 

 フルールの上から目線にも思える言動に、ハリーの心は苛立った。

 

「弱者と思っていただいて結構。そういう綺麗事が言えるのは、自分に余裕があるときだけですよ。僕たちは助けたいと思う人と助けあっているんです」

 

 ハリーは皮肉げに笑って言った。フルールの言葉の端々でダンブルドアのことを思い出して少し腹が立ったのもある。身内ばかりを見るな、とダンブルドアにも言われた。ハリー自身、その身内の範囲を広げようとしている最中なのだ。

 

(いちいち言われなくても分かっているんだ、そんなことは)

 

 ハリーの言葉に、フルールは冷たく言った。

 

「余裕がなければ助けない。それはつまり、弱い立場に落ちたとき誰からも助けられないということになりませんか?」

 

 フルールはそれだけ言うと、デイビスのエスコートで大広間の方に消えていった。

 

(……何をやったんだ、僕は?)

 

 ハリーは自分の言ったことを心の中で反芻した。フルールやロジャーにスリザリンへの偏見をやめろと言っておいて、結局何も変えられていないではないか。

 

(……僕は、スリザリン生だ。その事を恥ずかしく思ったことはない)

 

 ロジャーのような一般的な生徒に、スリザリンは恐れられ距離を置かれている。その事実が、ハリーは堪らなく腹立たしく思えた。スリザリンは魔法界で常に恐れられてきた。闇の帝王の存在ゆえに。だから、ハリーは闇の帝王へと抗うことでスリザリンを変えようとした。

 

 しかし、フルールは現在のスリザリン生の素行と言動を見て判断した。それはつまり、闇の帝王やデスイーターの存在とは無関係に、世間は現在のスリザリン生の素行を見て良し悪しを判断するということなのだろうか。

 

(……話して良かった、のか……?)

 

 ハリーはスリザリン内でも浮いていた。嫌われてもいる。それでも、ハリーはスリザリンの仲間たちを誇りに思っていたのだ。

 

「ハリー」

 

 バラの茂みから顔を出し、ダフネが声を掛けてきた。フルールはどうやらもういなくなったようだ。

 

「よ……良く頑張ったわ!大丈夫よ!!気にすることなんてないわ!」

 

(本当は全然大丈夫じゃないのにな)

 

 ハリーはそう思ったが、ダフネの気遣いはありがたかった。

 

「ありがとう……うん。大丈夫」

 

「そう……。でも、あの人たちの言うことなんて気にすることはないわ。対抗戦で叩きのめしてやれば、きっと掌を返す。これまでもそうだったもの」

 

「うん。そうだね」

 

 それから、ハリーとダフネは人混みを外れ、バラ園のなかでも人気のない場所へと足を進めた。噴水の音が遠ざかり、二人は静寂に包まれていく。

 

 ハリーはダフネに、自分の出自を誇りたいという気持ちがあることを話した。

 

「そう……」

 

「僕はスリザリン生だ。嫌いなマグルの血が入ってはいるけれど、蛇語が使えるしね」

 

「……ええ」

 

 ハリーは母親のリリーを嫌っているわけではなかった。ただ、会ったことのない祖母や祖父を慕う気持ちはハリーにはなかった。ペチュニアのような叔母と血が繋がっていたがためにハリーは憎しみで苦しんでいた。

 

「僕はスリザリンに入って、はじめて生きていて楽しいって思えたんだ。……だから、僕はスリザリン生であることを誇りにしたいんだ」

 

「……そうね。でも、それは……難しいわ」

 

 ダフネはハリーがスリザリン生であることを誇ることに反対はしなかったが、それが難しいことも分かっていた。

 

「『純血であれ』というのがスリザリンに入る条件よ。けれど、それは外から見たら、滑稽なものに見える。今日のフルールや、ディビスがいい例ね」

 

「……それでも、地道に頑張っていけば理解してくれる人はいるよ」

 

 ハリーがそう言った瞬間ダフネは小石につまづきかけ、ハリーは無言で浮遊呪文を使ってダフネを浮き上がらせた。少し頬を染めながら、ダフネは言葉を続ける。

 

「ハリー。それでスリザリンへの見方が良くなるのはずっと先で……多分、私たちが卒業した後になるわよ。楽になってもいいのではなくて?」

 

 蛇が楽園にいた人間を唆すようにダフネは言う。ハリーは頷きながら言った。

 

「……何というか、周囲の目は気になるんだけどさ。ここで引いたら、自分にとってどうでもいい人たちの意見で考え方を変えたみたいだろう。それは嫌だよ」

 

 ダフネの肩にはコガネムシが止まった。ダフネは手でそれを払いながら、バカねぇと苦笑する。

 

「……だけど、それは皆そうなのかもしれないわね。バカだと思っていてもやめられないし、考え方を変えるなんて簡単じゃない。ハリー、……私は純血主義が間違っているとは思わないわ。それがなければ、魔法界はマグルのものに押し流されて喪われてしまうものが沢山あるもの」

 

 ハリーが打ち明けたように、ダフネも自分の考えを打ち明けてくれたのかもしれないとハリーは思い、心臓が高鳴った。

 

「それは分かってるよ。ただ……」

 

 ハリーはまだ自分の気持ちをうまく言葉には出来なかった。それを分かっているかのように、ダフネは言った。

 

「純血主義が間違っているとは思わないけど……それは、世間からは快く思われない。自分達の居場所を守りたいと思って動く度に、それ以外の人たちからは嫌われていく。世間の人々は純血ではないものね」

 

 ハリーが頷くと、ダフネは続けた。

 

 

「本物の純血はいないとウィーズリーは言う。それは、そうね。けれど、『家』と『歴史』は確かにあるの。守るべきものを、私たちは受け継いできたのよ」

 

 ハリーは純血主義者を嫌悪しているわけではないし、純血主義者の全てを嫌っているわけでもない。ただ、自分の居場所を守りたかっただけなのだ。その思いは、スリザリン生ならば誰もが持っているものだ。しかしそれは、グリフィンドールやハッフルパフでは受け入れられないだろうこともまた分かっていたのだ。

だから、ハリーはスリザリン生であることを誇りにしたかったのだ。

 

「スリザリンを……私たちを守ってくれる?ハリー」

 

 二人の間に緊張が走る。

 ハリーとダフネの顔が近付く。ついに互いの唇が重なろうかというその時、ハリーがポケットに忍ばせていたスニーコスコープから警報音が鳴り響く。

 

「ペトリフィカストタルス(石化)!!」

 

「プロテゴ(護れ)!!」

 

「ええっ!?」

 

 ハリーに向けて放たれた閃光が跳ね返り、襲撃してきたと思わしき影へと突き刺さる。ハリーはすぐさま確認しようとしたが、ダフネがしがみついていたため飛び出せなかった。

 

「ハリー!大丈夫!?」

 

「ダフネ、周辺を警戒して!レベリオを!!!」

 

(ホグワーツに敵が!?このタイミングで仕掛けてきたのか!?どうしてだ!?……僕が油断していると思ったのか!)

 

 ハリーは無言ルーモスによって周囲を照らしながらダフネへと指示を飛ばす。控えめな月の光だけだった周囲は魔法による明かりによって照らされ、襲撃者の姿を照らし出した。

 

「……フローラ·カロー……?」

 

 襲撃者は、純血の魔女である双子のカロー姉妹、フローラ·カローだった。パーティーのときにも纏っていたゆったりとしたローブではなく、動きやすそうな軽装に身を包んでいるが顔は同じだ。

 

(僕はそこまで嫌われていたのか……)

 

「れ、レベリオ!」

 

 ハリーは内心で胸の痛みを隠せなかった。しかし、襲撃者が一人とは限らない。ハリーはいつでも迎撃出来るよう姿勢を低く保ち、ダフネのレベリオに合わせて杖を握り直す。

 

「ダフネ、僕の背中に……」

 

 しがみついてと言おうとしたとき、バラの繁みの中から飛び出してくる影があった。ハリーは無言ステューピファイ(失神呪文)を影に撃ち込む。

 

「あぎぃ!?」

 

 間抜けな叫び声をあげて、影は倒れた。大人の女性らしき声だった。ビンス書司でもポンフリー校医でもないとハリーは思った。

 

「こ、これで……襲ってきたのは全員!?もう大丈夫なのかしら!?」

 

 ダフネは上ずった声でハリーに問いかける。

 

「いや、まだだ。襲撃者がどこかにいるかもしれない。レベリオを続けて。僕は……」

 

 ハリーはボンバーダ マキシマ(最大爆発)による花火を打ち上げ、助けを呼んだ。夜空にハリーの炎による緑色の花火が浮かぶ。それは皮肉なことに闇の印にも似ていた。

 

 ホグワーツの内部で襲撃されたのは四年生になって始めてのことだった。ハリーの心臓は高揚と恐怖からどくんどくんと脈打っていた。その時、ダフネが怒気を孕んだ声で叫んだ。

 

「……一体どうして……?何をやっているの?……本当に何をやっているの、アストリア!?」

 

 ハリーが振り返ると、フローラ·カローだった筈の魔女は一回りほど小柄になっていた。ぶかぶかのドレスローブに身を包んでいたのは、ダフネの妹、アストリア·グリーングラスだった。

 

(……ああ、うん。これは……ポリジュース薬か……)

 

 

 ハリーは自分がアストリアから好かれていないことを思い出した。とはいえ、今はもう一人襲撃者と思わしき人間が居る。

「ダフネ!アストリアはインペリオで操られたのかもしれない!アストリアを診てあげて!」

 

 アストリアの弁明は後で聞くことにし、倒したもう一人の魔女が誰なのか確認すべくハリーは杖で魔女を浮かせた。

 

 

 そしてハリーは思わず頭を抱えることになる。その魔女は、デイリープロフィット所属の新聞記者、リタ·スキータだったのだ。

 

 駆けつけたマクギリス·カローによって、アストリアがポリジュース薬でダンスパーティーに参加したことが明かされた。さらにアストリア本人の自白により、アストリアは操られていたわけではないことも明らかになった。

 

「……マグル混じりと……姉様が一緒にいると思うと、わたくしは自分が分からなくなって……わたくしはただ、姉様に目を醒まして貰おうと」

 

 現場に駆けつけたムーディ先生によって、アストリアには五十点の減点と二週間の罰則が課せられた。

 

「目を醒ます、か。アストリア·グリーングラス。お前が考えるべきは他者の出自や失点ではない。己自身の視野の狭い考えと恥ずべき行動についてだ」

 

 ムーディ先生は携帯していた小瓶の中身を飲み干しながらアストリアを叱った。そして、ハリーとダフネに惜しみ無い称賛を送った。

 

「見事な対応だった。咄嗟にプロテゴを展開したのもそうだが、晴れの場でも気を抜くことなく警戒を怠らなかったポッターを称えて三十点を与えよう」

 

「……そして、ダフネ·グリーングラス。まことに見事な働きだった。レベリオ。そうだ。基本であるからこそ怠りがちな魔法だ。だが、その基本を徹底することでホグワーツに潜む小悪党を炙り出した」

 

 ダフネは妹の不手際のせいか顔もあげられなくなっていた。

 

 

「お陰で管理人はこれからの警戒体制を見直さねばならん。その功績を称えて、スリザリンに三十点を与えよう」

 

 他人の姿で悪事を働くのは卑劣な行為だというムーディ教授からの説教を受けたあと、アストリアはべそをかいていた。そんなアストリアを見送った後で、ムーディ先生はハリーとダフネへ加点した。

 

 ハリーはなんと声をかけていいか分からず無言のままホグワーツ城の塔の上までダフネの手を引いて歩いた。ダフネの耳は真っ赤に染まったままだった。

 

***

 

「ありがとう」

 

 屋上のベンチに腰掛けると、ダフネはハリーに礼を言った。その目は真っ赤だった。ハリーは黙って首を振った。しばらくの沈黙のあと、おもむろに口を開いたのはダフネの方だった。

 

「…………ごめんなさい……」

 

「…………いや……ほら……結果的に、アストリアのお陰で不法侵入者を見つけられた訳だし……」

 

 アストリアはスキータとは無関係だった。彼女はユールボールに参加するためにカロー姉妹とマクギリスの協力を得て、フローラの姿でパーティーに出ていたのだ。

 

 パーティーを楽しんでいたところ、姉と気に入らない男が仲良くなっていそうだったので邪魔をした。アストリアの行為は褒められたものではない。

 

 しかし、幸いなことにポリジュース薬の使用は本人の許可を得ている。マクギリスもアストリアが自分に恥をかかせないためにポリジュース薬を飲んだのだと証言し、ダンブルドアのとりなしもあって、アストリアへの罰はムーディ先生の減点と罰則のみになった。

 

(僕が許せばそれで済む話だ)

 

 と、ハリーは思った。アストリアの抱く敵対心などかわいいものだ。本物の悪党に比べれば悪戯好きの魔女でしかない。

 

 ダフネはまだ耳まで真っ赤にしたままだ。しかしそれは怒りや悲しみによるものではないことをハリーは分かっていた。ハリーは少し安心して続けた。

 

「スキータを捕まえることが出来たのは良かったよ。記者がホグワーツに不法侵入してくるなんて誰も想像してなかった」

 

 一方、笑い話では済まないのがスキータだ。彼女は取材許可もなくホグワーツへと不法侵入し、コガネムシに姿を変えて記事……もといゴシップを集めていたのだ。

 

「ええ。だから、あなたが心配なの」

 

 ハリーはダフネがなぜここまで心配しているのか分からなかった。アストリアを擁護しているのだろうか?スキータを捕まえられたというのに? ハリーが首をかしげると、ダフネはこう続けた。

 

「ロックハートを覚えてる?彼は記憶喪失になって破滅したわよね。実はあれから、貴方に関わると破滅するっていう冗談みたいな噂があるのよ。笑い話で誰も本気にはしていなかったけれど。今回のリタの出来事で、その噂がより一層強固になると思うの……」

 

「勘弁してくれ」

 

 ハリーはうんざりして言った。

 

「後ろめたいことをしている人間が破滅することは僕の責任じゃない。自業自得だよ」

 

「そうだけど……」

 ダフネはそれでも心配そうだった。

 

(……まぁ、いいや)

 

 ハリーはダフネを安心させたいと考えびきりの笑顔を作って言った。

 

(弱いなら。スリザリン生が弱いと言うなら、僕が強くなればいい。強くなって護ればいいんだ)

 

「……今日は色々あった。だけど、誰も怪我したりはしなかった。だからさ」

 

「……ここで、一緒に踊ろう」

「……ええ」

「僕たちだけの秘密だ」

 

 ハリーはダフネの手を取り、ダンスパーティーで覚えたステップを踏む。ダフネは少し疲れを滲ませた様子でハリーに合わせた。二人のシルエットが月明かりの中で重なる。とても静かな夜だった。ただお互いの掌の鼓動と、ステップを踏む音だけが感じられた。

 

***

 

 翌日、デイリープロフィット以外の新聞はこぞってリタ·スキータが逮捕されたという記事を一面に掲載した。

 リタの無許可での強引かつ違法な取材行為、アニメーガス習得後の資格申請義務の放棄、誇張まみれな記事の数々をライバル新聞社はここぞとばかりに報じた。一方で、リタの所属するデイリープロフィットだけは沈黙を守っていた。

 

(……まあ、こうなるか)

 

 ハリーはデイリープロフィットを読み終えるとファルカスへと手渡した。デイリープロフィットの一面を飾っていたのはいつもリタだったが、今日からは別の記者が一面を飾るようになっていた。

 

「リタはこの先どうなるかな。デイリープロフィットで書くことは出来なくなるだろうけど」

 

 ハリーは紅茶を飲み干した後でザビニに尋ねた。

 

「まぁ人を殺したって訳でもねえし、あいつがいつアニメーガスになったのかとか、他にどんな悪さをしてたかとか調べなきゃいけねえからなぁ。判決までは結構長くかかるんじゃねえか。最悪でも執行猶予付きの有罪が出るのは間違いねえだろうが……」

 

 スキータが社会的な制裁を受けることは確実だった。

 

「……そうまでして特ダネが欲しかったのかな、リタは」

 

 ハリーは神妙な面持ちで言った。ドロホフのような闇の魔法使いを見てきたハリーにとって、リタは全くの小物だ。自分やダフネのプライベートを覗き見たことを許したわけではないが、哀れだと思う気持ちもあった。

 

「リタってのは仕事熱心なジャーナリストだったんだろうぜ。それこそ他人の尊厳なんて考えねえくらいにな」

 

 ザビニは怪訝そうにハリーを見た。

「まさか同情してんのか?捕まったのは自分の意思でやらかしてたカスだぞ」

 

「……同情か……そうなのかもしれない、ね」

 

 ハリーは苦笑いしながら言った。同情というより、スキータから恨まれたのだろうなという思いもハリーにはあった。

 

「それは優しいんじゃなくて甘いって言うんだぜ、ハリー」

 

 ザビニは皮肉を交えて言った。ザビニにはデイリープロフィットに母親の件を報じられた恨みがあった。その記事を担当していたのもリタだった。

 

「……っつーか、マジで。リタみたいな小悪党にいちいち同情すんなよハリー。クズさなら俺らも似たり寄ったりではあるけどよ。クズの内面とか、クズの生活なんて気にしてたらキリがねーぞ。お前被害者なんだからよ」

 

 

「いや僕をリタと一緒にするのやめて貰えません?僕はそこまで人として堕ちてはいませんからね?」

 

 アズラエルの突っ込みにハリーはくすりと笑った。

 

 ハリーの笑顔を見て、ザビニはわざわざスクランブルエッグを魔法で浮かせて口に運んだ。ファルカスは行儀が悪いなという目をザビニに向けたが、指摘するのも馬鹿馬鹿しいと思ったのかハリーに向けて言った。

 

「リタがやった犯罪行為は殺人とか、闇の魔術を使ったって訳じゃない。だけど、ここで見つけていなければきっと誰かがリタのせいで不幸になっていたよ」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 ファルカスは天気予報の欄に目を通しながら言った。

 

「アニメーガスによる余罪の立証は難しいとしても、今回の不法侵入に関しては現行犯だからね。本当に良くやったよ、ハリーは」

 

「リタが具体的にどうやって侵入したのかはまだ不明ですからねえ。生徒の手紙にくっついて入り込んだのか、それとも他に彼女しか知らない侵入経路があったのか。或いは、黙っていただけで何らかの闇の魔法使いから指示されて闇の魔術で入り込んだのか。その辺りを明らかにして欲しいものです」

 

 アズラエルが言ったことにハリーはすぐさま答えを出した。

 

「それに関しては問題ないよ。スネイプ教授のべリタセラムでリタが吐いてくれた。今回はリタの単独犯さ。スネイプ教授は『貴重な薬を下らないことで浪費させられた』ってご立腹だったけどね……」

 

「ハハッ!そりゃスネイプらしいぜっ!……でもマジで良かったな!大したことなくってよ」

 

「ああ、全くだよ」

 ハリーの言葉に、ザビニはゲラゲラと意地悪く笑った。ハリーはザビニと一緒になって笑いながらも、本当に良かったのだろうかと内心で思った。

 

(……リタは今回の一件……僕が代表選手になったこととは無関係だった。コガネムシの姿で誰にも気取られずホグワーツに入り込めるなら、あいつがゴブレットを騙すことは簡単だったのに)

 

 ハリーは内心で本命である闇の魔法使いの周到さを恐れていた。ダンブルドアやホグワーツの教授陣ですら欺いたリタよりも数段狡猾な闇の魔法使いは、未だにその尻尾を出していない。ハリーを代表選手へと押し上げ、ハリーを殺すか、それとも何か想像も出来ないようなことをしでかそうとしている。にもかかわらず、ハリーたちにはその手がかりすらまるで分からないのだ。

 

***




スリザリン生は身内には優しいけどそれ以外にはかなり面倒くさい人たちなのです。
ディビスがウザがって関わりを避けたがるのも無理はありません。
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