人には二面性がありますよね。今回の話は二面性がテーマです。
「リタが居なくなったら平和になるって思い込んでいたのにねぇ」
「残念ながら、人の心というものは下らないものに流されやすいようです。……まったく、胸が悪くなりますよ」
ファルカス•サダルファスは気の毒そうにハーマイオニーを見て言った。ハーマイオニーの手には包帯が巻かれている。アズラエルも深い失望と憤りを感じながらファルカスへと言った。
ハーマイオニーに関する誹謗中傷の記事がデイリープロフィットに掲載された後、記事を鵜呑みにした魔女や魔法使い達によってハーマイオニーを攻撃する手紙が数多く寄せられた。運悪く手紙のひとつに触れてしまったハーマイオニーは、手を怪我し薬草学の授業を欠席する羽目になった。
「流石にこんなことになるとは思わなかったね……」
「ハリーのせいじゃないよ」
即座にハリーをフォローするファルカスだったが、ハリーは居心地が悪かった。
「……だとしても、なにもしないっていうのも悪いよ。今度、ロンを通してハーマイオニーに薬を持っていく。あの手じゃ杖だって満足に振れないだろうし」
ハリーは火傷に効果のある軟膏を持っていくことに決めた。ミカエルは温室での栽培実験に精を出しており、頼めば薬草も手に入る。スネイプ教授の度重なる指導の賜物か、軟膏を煎じるのはハリーの得意分野だった。ハーマイオニーの手の治りが早くなるよう、火傷に効く薬を煎じるつもりだった。
「それがいいと思います。直接渡したらまーたあれこれと嫌な憶測が生まれるでしょうしねぇ」
アズラエルがうんうんと頷く中で、ザビニはゴシップ記事に流される世間をシニカルに嗤った。
「まったくよー。世間ってのはどうしてこう騒がしいのかねぇ。彼氏や彼女が複数居るくらいで大騒ぎすんのがおかしいんだよな」
「「「おかしいのはザビニの方(です)だよ」」」
「えっそうか?結婚してるわけでもないんだからそれくらいいいだろ」
ザビニのブラックジョークに対して、ハリー達三人の団結は揺るぎなかった。流石のハリーでも、恋人がいる身分で他の女子と恋愛関係になるつもりはなかったのである。
***
「それにしてもグレンジャーの手ったら酷かったわねえ!いい気味よ。ねぇ?ダフネだって内心そう思ってるでしょう?」
「これに懲りて、身のほどを弁えればいいのよ」
「……ちょっと待って、パンジー。それはいくらなんでも酷いわ。去年、操られた貴女を止めてくれたのはグレンジャーなのよ?」
寮の部屋で、パンジーに対してダフネははじめて抗議の姿勢を見せた。ミリセントとトレイシーは恐る恐る二人から距離を取り、トイレに行くフリをしながら部屋を出た。
『ダフネがパンジーに意見するなんてはじめてじゃない?よく逆らおうなんて思えるわよね……』
『私なら、パンジーにあれこれ言うなんて無理だわ。ポッター相手に薬を盛ったことを思い出すもの』
ミリセントは戦々恐々としながら小声でトレイシーに話しかけた。パンジーは同年代のスリザリン生女子にとっては女王蜂だった。自分に従うもの、意見を合わせる女子には寛容で優しく接するが、異様に嫉妬深い。意見を違えてまで何か言おうなどという気にはなれなかった。後々めんどうなことになるのは目に見えていたからだ。
人を罪に導く七つの大罪のうちの一つ、嫉妬。パンジーはその傾向がもっとも強い。ミリセントとしては、グレンジャーを見捨ててでもパンジーと対立することは避けたかった。
(……どうしよう。パンジーがダフネをハブれと言ってきたら断れる自信がない……!)
あんたもそうだよね?と救いを求めるようにトレイシーを見た。トレイシーはミリセントよりだいぶ能天気に言った。
『うーん、でも……大丈夫なんじゃない?』
『大丈夫って、何でよ?あのパンジーよ?絶対に陰湿ないやがらせをやらかすわよ』
付き合いの長さから確信を持ってそう断言できるミリセントに、トレイシーは冷めた眼で言った。
『それがダフネの選んだ道でしょ。あたし達が考えることくらいダフネが考えていないわけがないし。そうなることも覚悟してダフネは言ったんじゃないの?』
噂好きで世間に触れる機会が多かったからか、トレイシーは俯瞰して突き放して見ることも出来るようになっていた。ダフネに対して薄情すぎると思った反面、自分がパンジーにあれこれと口を出す勇気のないミリセントは言葉をつまらせる。
『うーん……でも、ダフネだし感情的になってつい言ってしまったって可能性も……』
心配を募らせるミリセントに、トレイシーはやはり冷めた目で言った。
『多分、大丈夫だよ。ダフネは最近ポッターに似てきたからさ。パンジーと離れてもやっていけるって』
トレイシーの言葉に、ミリセントは今度こそ露骨に顔をしかめた。
『……それは……』
(……なんかパンジーとダフネの友情がグレンジャーとポッターに壊されたみたいで嫌なんだけど……)
今ミリセントが感じた思いを、きっとパンジーも持っているだろう。ならば二人のあいだで起きる喧嘩は長いものになりそうだ、とミリセントは思った。
***
「いや……なんでグレンジャーを庇うのよ。というか、貴女は危機感を持っていないの?」
「危機感?意味が分からないわ、パンジー」
「グレンジャーがポッターを奪うかもって思わないの?秘密の特訓をしていたって、ダフネが言っていたときも悠長だと思ったけどね」
「う、奪うって……」
パンジーの嫌味とも取れる言葉はダフネを追い詰める。
「グレンジャーはウィーズリーと親しかった筈なのに平気でクラムに手を出すのよ?いつ寝首をかかれてもおかしくないわ」
「……それは無いわよ。だって、ハリーは黒髪が好きだもの」
パンジーの指摘に、ダフネははじめて動揺した。が、露骨に動揺を見せるわけにもいかない。無い胸を張って断言するダフネをパンジーは鼻で笑った。
「どうだかね。そう言って後で泣いても知らないわよ」
(何よ、自分ばかり言いたい放題言って)
したり顔で笑うパンジーに対して、ダフネはだんだん腹が立ってきた。一度犯罪者に落ちる瀬戸際を救われておきながら下らないゴシップ記事を信じるあさはかさもそうだが、ダフネとハリーのことにまで頚を突っ込んでくるのは不愉快だった。ダフネだって誹謗中傷の心ないメールを受けているのだ。
「あれこれと推測するのは結構だけれど、パンジーだって自分の心配をしたらどうなの?第二の試練から、マルフォイに声をかける女子は増えているわよ?」
このダフネの一言をきっかけに、ダフネとパンジーは冷戦期間に突入した。その後、ダフネとパンジーは口をきかなくなったのである。
***
「……シリウス。今回ばかりはお手上げなんだ。相談に乗って欲しいんだ」
ハリーはシリウスに切実な悩みを相談するために手紙を書いて出した。シリウスは忙しかった仕事がようやく落ち着き、ハリーと手紙のやり取りを出来るまでになっていた。ホグズミードを少し外れた洞穴で待ち合わせることになった。
ハリーはロンとザビニを連れて洞穴でシリウスと再会した。久しぶりに会うシリウスは仕事がよほど充実していたのか、覇気の漲った顔になっていた。シリウスはまず第二の試練を見れなかったことを悔やんだが、ロンが持ってきたテープを嬉しそうに受け取った。
「コリンのやつ、いつテープをダビングしたんだ?そもそもダビングは禁止じゃなかったかい?」
「固いこと言うなってハリー」
「流石ウィーズリーってか。こういうどうでもいいところでは頭回るよな、ロンはよ」
ハリーはロンの手際のよさに呆れながら、シリウスが嬉しそうにテープを受け取るのを黙って見守るしかなかった。ハリーは羞恥心から、テープを爆破したいという気分に襲われた。
「……で、相談というのは二件だったか。ハリー、簡単な方と、重要な方。どちらから聞こうか」
「簡単な方からかな。……ダフネが友達と喧嘩したみたいでね」
「ほう?スリザリン生同士は仲がいいと聞くが……」
シリウスはハリーの相談に快く応じた。冗談交じりに笑うシリウスに、ザビニはいやいやと首を横にふった。
「あー、それ半分は幻想っすよ。四六時中顔を付き合わせてたら我慢できなくなることだってあります」
「マルフォイのことは俺以上にボロクソに言うからな、ザビニは」
「べつに俺だけじゃねえ。何ならファルカスだって呆れてんだぜ、あいつの鼻持ちならねえマウント発言にはよ」
「二人とも、今はドラコのことは関係ないだろう。……とにかく、ダフネとパンジーって女子は友達だったんだ。だけど、今は仲が悪くなっていて……口もきかないくらいなんだ」
ハリーは無力感に苛まれていた。デイリープロフィットにハリーやハーマイオニーのゴシップが載ってから暫くして、ハーマイオニーに対する誹謗中傷が落ち着いたと思った矢先にダフネは孤立していたのだ。
ホグワーツの三つの寮から、ではない。スリザリンの女子達の中で、である。これはあまりにも由々しき事態だった。
「……そうか……理由は聞いたのか?」
「……ダフネも話してくれなくて」
「女子達のことはほっとけって言ったんすけどね。ハリーは聞いてくれなくて」
ロンがそう補足する。シリウスはハリーの、ハリーを突き放すように言った。
「その対立の理由とやらが何なのか分からなければ解決するも何もない。だがな、ハリー」
「ダフネ……ミス グリーングラスの様子はどうなんだ」
「普段通りだよ、表面上はね。けど、少し参っているのは見ていればわかるよ。寮の中で無視されて平気でいられる筈もないんだ」
ハリーは焦りを滲ませていた。ロンとザビニは気の毒そうに互いの顔を見合わせる。
(……さすがに女子相手はなぁ)
ロンも何か有効な手だてを思い付きたかったが、思い浮かばなかった。そもそもハーマイオニーを励ますことで手一杯で、なぜか喧嘩していた他寮の女子達までは気が回らなかった、という負い目もあった。
一方、ザビニは祈るような気持ちでシリウスを見ていた。
(このままだとハリーは実力行使で女子達を黙らせかねねーんすよ。何とか止めてください頼みますシリウスさん)
そんなザビニの祈りが通じたのか、シリウスはハリーに向けて言った。
「重要なのはハリーではなくて、ミスグリーングラスの気持ちだろう。……彼女が話したくないというならそれを無理に聞くことは、彼女のプライドを足蹴にすることになる」
「時間を作ってダフネとデートするのもいいし、ダフネの愚痴を聞くのもいい。だがな、自分の都合で暴走するのはやめた方がいい。本当にダフネの気持ちを尊重するならな」
シリウスの言動には重みがあった。ロンもザビニも、そしてハリーも反論できないほどの『経験』に裏打ちされた言葉だった。
(……やっぱりすげぇや、シリウスさんは。ハリーがここまで納得してるなんて……)
ロンはシリウスに対する尊敬の念を強く持った。ハリーが暴走したとき止られるのは自分だと、ロンはアズラエルから言われている。
しかし、暴走できるならロンだって暴走したいのだ。思い人が苦労しているときに何も出来ない辛さはロンだって分かる。だからこそ、ハリーを止められるシリウスをロンは尊敬した。こうなりたいと強く思った。
「何かしたい、という気持ちは大切なことだ。ハリー。ハリーがそう口に出して言うだけでも、ダフネにとっては気が楽になると俺は思う」
「……気が楽に、か。原因の解決にはならないけど」
「重要なのは、結果ではなくダフネの心だ。一足飛びに問題を解決したいという気持ちは分かるがな。結果だけを求めているといつか足元を掬われるぞ」
まるで自分を戒めるようにシリウスは言った。持参した缶コーヒーをハリーに手渡すと、シリウスは次の相談はなんだ、というハリーに尋ねた。
「……さて、次は何だハリー。面と向かって俺に相談したいと言うのはかなり久しぶりのことだからな。まだまだ話せることがあるなら言ってくれ」
「……ああ、ありがとうシリウス。……バグマンさんと、クラウチさんについて知っていることを教えて欲しい」
「あの二人か?どうしてだ?」
「……これはハーマイオニーの意見なんだけど、僕を嵌めようとするなら運営側に立つのが一番だから」
ハリーはハーマイオニーと相談して出てきた意見をまとめて簡潔に言った。
「カルカロフやマクシームが僕を嵌めたとする。でも、その二人だと僕の命を狙うには不安があるんだ。試練の内容に口を差し挟むことが難しくなるから」
「……面白い推測だな。試練の内容に口を差し挟めないとは?」
(中々成長しているじゃないか)
シリウスはハリー達の成長を喜んでいた。
「そっから先は俺に言わせてくれ、ハリー」
ロンはシリウスに、チャーリーがドラゴンの研究者であることを語った。
「一次試験のドラゴンとかが顕著なんだけど、こういう大きな大会の場合でも外来種の持ち込みとか、場所の確保にはものすごく気を遣う。シリウスさんなら分かってることだろうけど、うっかり逃げ出して繁殖でもしたら大変なことになるし」
「ああ」
「……で、一次も二次も、試練は徹底的にハリーをメタってきた。外来種の規制や場所の確保、試練の内容とかをコントロールしつつハリーを嵌め殺そうとするなら、カルカロフやマクシームじゃダメなんだ」
「ホグワーツや英国の内情が分かってて、試練の準備を整えられる運営側にハリーを狙うやつがいる。俺たちはそう考えたんだよ」
「俺はクラウチって人が怪しいと思うんすよ。あのバグマンってやつはいい加減な魔法使いっぽいっすよね。ゴブレットを騙せるとは思えないんす」
「……確かにあの二人のうち、どちらが仕事ができるかと言えばクラウチだが……」
シリウスは言いにくそうに言葉を濁した。
「それは憶測にすぎないな、ザビニ。人を外見で判断すると痛い目に遭うぞ。ロックハートのことを忘れたのか?」
「それを言われると誰もが怪しく見えてきますね」
シリウスはザビニをたしなめた。ハリーも同感だった。バグマンとクラウチの二択なら、クラウチが怪しいと思うのは仕方の無いことだった。
「……しかし……ふむ。どちらも疑わしいのは事実だ。クラウチにはワールドカップの一件があるし、バグマンはバーサという部下を一人管理しきれていない」
「どういうこと?」
「最近分かったことだ。ゲームスポーツ部にはバーサというゴシップ好きな馬鹿な女が居たのだが」
(まるでパンジーみたいだな)
ハリーは失礼ながらそう思った。ハーマイオニーのゴシップ記事が出てから、パンジーはその記事を鵜呑みにしているような言動を見せていた。真偽はどうでもよく、ただゴシップに乗っかって騒ぎたいという悪意が透けて見える。そういう人はどこにでもいた。
そして、ロンは嫌そうに顔をしかめた。ロンの母、モリーもまたゴシップ記事を信じた一人だった。
「ワールドカップの前に旅行に行ったのだが……その後、休職したままだ」
「それって……」
ハリーが不安を感じてシリウスを見ると、シリウスはニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。
「……確かなことは何もない。今はまだ何も分からない。……だが、調べよう。足取りを追えば、見えるものもある筈だ」
「頼むよ。クラウチの方は?」
ハリーが言うと、シリウスは後回しにする、と言った。
「クラウチも体調不良で休職しているようだがな。あの男は自分の出世のために家庭をを犠牲にするほどの正義漢だ。悪事に荷担することはまずあり得ない」
「でも、シリウスをろくな裁判にもかけず投獄した人だろう?」
「確かにそうだ。だが、闇陣営から一般人と闇祓いの命を守るために法律を改正した男でもある」
「……僕が退学になっていないのも、ある意味クラウチのお陰ってことか」
ハリーはブラックジョークを言った。ロンがぎょっとした顔で、ザビニは面白そうにハリーを見た。シリウスはいい顔をしなかった。
「……感情面で言えばクラウチに好きになれるところは一つもない。つまらん男だ。しかし、疑いようもなく光側に違いない」
シリウスはそう言って、逆にハリーにクラウチ家の元ハウスエルフから話を聞けないかと言った。
「難しいだろうが、クラウチが体調を崩していると伝えて興味を持たせてみろ、ハリー。クラウチを疑うなら、まずはその周囲から話を聞いてみることだ」
「つまり、クラウチが白か黒か判断できるってことか」
「そんなに簡単な話じゃない」
シリウスは苦笑した。
「……人には誰しも二面性がある。君達がそれを知るにはいい機会だと俺は思う。クラウチは……そういう男だ」
そう言うと、シリウスはハリー達に決闘術の稽古をつけてくれた。ハリーはシリウス相手に二回杖を奪われながら、日が暮れるまで訓練に勤しんだ。
「いいぞハリー!また腕を上げたな!」
「シリウスこそ早くなったね!前はもっと遅かったのに!」
それは一般的な親子の関係とは少し離れていた。それでいて、ハリーとシリウスにとっては噛み合った時間だった。互いに全力で魔法を撃ち合い、騙し合う決闘という時間を通して、ハリーとシリウスはどちらも笑っていた。
(……やっぱりなんかおかしい。親子って言うかこれ……)
(……兄弟?年の離れた親戚?……わっかんねーなこの二人は……)
ロンとザビニはシリウスに叩きのめされながら、ハリーとシリウスとの関係にどこか歪さを感じ取るのだった。
気づいたらパンジーとダフネが喧嘩していた……なぜだ……