蛇寮の獅子   作:捨独楽

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新米熱血老害教師 ムーディ

 

「アラスター。少々指導に熱を入れすぎているのではないかな」

 

 

「熱を入れすぎている、か。私に言わせれば、忖度をし過ぎていると言った方が正しいと思うが」

 

 不死鳥のフォークスはムーディを威嚇するように燃え上がる羽根を広げて見せた。ダンブルドアがフォークスをたしなめるように餌の蚯蚓を与えると、フォークスは羽根を閉じて餌を啄む。

 

「ミネルバと、それからミスタポッターから話は聞いた。君が……ミスタマルフォイに対して体罰を与えたと。何故そんなことを?」

 

 ムーディがここに呼び出されたのは、定期報告のためではない。ムーディ自身の行動が原因だった。

 

「マルフォイは口論となったウィーズリーに対して、背後から魔法をかけようとした。卑劣な行為だった」

 

「私が聞いているのは現場の状況ではない。君ともあろうものが、どうしてそんなことをしたのか説明を求めているのだよ」

 

 ダンブルドアの口調は穏やかではあったが、目に暖かみはなかった。ダンブルドアは教師に就任してから現在に至るまで、体罰を肯定したことは一度もなかった。

 

「私は卑劣漢に対して適切な教育を施したまでだ、ダンブルドア。私は己の信念に恥じることは何一つしていない」

 

 ムーディの義眼にも本物の瞳にも、恥ずべきところは何一つ感じ取れない。ダンブルドアは、ムーディから老いを感じ取った。

 

「…老いたな、アラスター……」

 

「どういう意味だ、アルバス?」

 

 内心で古き知人の衰えを感じ取り、ダンブルドアは嘆息する。

 

「かつての君が私に対して語ったことだ。『ある人物の人となりを判断したいならば、弱い立場の人間に対してどう振る舞うかを見ろ』と。君はいつから、年端もいかない学生に横暴な振る舞いをするような人間になった?」

 

 かつてのムーディは、若き闇祓いに対して慕われていた。シリウスのような問題児であっても対等な仲間として扱い、厳しく指導した。しかし、体罰を課すことはなかったのだ。

 

「…………」

 

 ムーディは、ダンブルドアの問いに答えを返さなかった。

 

 ムーディが過剰な罰則を、否、かつてならばやらなかった筈の体罰を課すに至ったのは、ムーディ自身の衰えに他ならないとダンブルドアは嘆いた。

 

 人は変わる。よい方向に変わることもあれば、悪い方向に転がることもある。長く生きてきたダンブルドアは、目の前の知人が変わってしまったことを人づてに聞いてはいた。しかし、そう信じたくはなかった。

 

 

「……学生に対して体罰を課すことは禁止されている。ここはホグワーツであって、闇祓いの養成所ではないのだよ、アラスター。……君ならばそれはよく理解していたと思うが」

 

「なるほど、確かにここは闇祓いの養成機関ではない。しかしだ、アルバス」

 

 

 ムーディーはダンブルドアに対して全く臆すことなく鋭く切り返した。

 

「道を誤ろうとする若者に対して罰も課さず、忖度を重ねて甘やかす。……私は、それを教育とは思わない」

 

 ムーディーの視線には冷たい憤りが感じられた。今度は黙ってムーディーの言葉をダンブルドアが聞く。校長と一教師であれば許されないことだ。対等な友人であるからこそ、ダンブルドアはムーディーの反論を許した。

 

「甘やかす、か」

 

「事実だろう?先日の第二の試練の時もそうだった」

 

 ムーディは憤慨しながら言った。ダンブルドアはその姿に、熱意と誠意を感じはした。一方で、老いによる焦りから生じる凝り固まった思考の硬直を感じ取らずにはいられなかった。

 

「あの時、マルフォイは差別発言をしていたのだろう。問題が発覚することを恐れたウィーズリーのせがれが忖度し事なきをえたがな。あんなことを繰り返しているから、魔法界は腐敗していくのだ」

 

「……平和とは、大勢の人間の努力によって成り立っている。私は腐敗をある程度は許容しなければならないと考えているよ、アラスター」

 

 ダンブルドアの言葉は、妥協と呼ぶべきものだった。組織人ならば誰もが大なり小なり持つ妥協。目の前のアラスターもそれをしてきた筈だとダンブルドアは思った。

 

(……いや、そうか。アラスターは……覚悟してきているのだ)

 

 DADAの教職につくということは、己に対する災いを覚悟するということだ。この一年を超えたあと、アラスターが無事でいられる可能性は限りなく低い。

 

(アラスターは己にはもう時間がないことを察している。……だからこそ、妥協や忖度をかなぐり捨てて今しか出来ないことをやろうとしているのだ……)

 

 ダンブルドアはある程度は相手の立場に立って思考し、相手の内心を尊重することができる。だからこそ、ムーディが覚悟をもってマルフォイに罰を課したことはわかる。

 

 

「スリザリン生の中に蔓延する純血思想は魔法界を蝕む病原菌だ。金と血筋さえあれば何をしてもよいという驕りが、ドラコ•マルフォイをはじめとしたスリザリン生たちの堕落と腐敗を招いた」

 

 事実、ムーディの言葉には嘘は感じ取れなかった。だからこそ、アルバスも己の信念にかけてムーディの手法を否定しなければならない。

 

 体罰が許容されたという前例を作ってはならないからだ。

 

「……私達はあくまでも教師だ。一介の教師である以上、政治への口出しは我々のすべきことではないよ、アラスター」

 

 ぬけぬけと言うダンブルドアに対して、アラスターは意地悪く笑った。

 

(……そう、思うだろうな、君も。今さら何を言っているのかと呆れているだろう)

 

 ダンブルドアは内心でアラスターの皮肉を受け入れた。互いの悪事も欠点も知る友人であるからこそ、ダンブルドアの本音と建前もよく理解している筈だから。

 

「ファッジに対しての助言は『政治に対する介入』ではないのか、アルバス?」

 

「意見を求めてきた友人に対する助言を『介入』と呼ぶのであれば、私は舌を引っこ抜いて火にくべなくてはならなくなるよ」

 

 ダンブルドアの返しにアラスターはそれもそうだと笑った。しかし、ダンブルドアは己に対する批判は許しても、生徒に対する体罰は許さなかった。

 

「論点をそらすのはそこまでにしようか、アラスター。君が教師として生徒たちの将来を憂いていることはよく理解した。しかし、体罰は教育手段としては悪手なのだ、アラスター」

 

 ダンブルドアの蒼い瞳が冷徹にムーディーの本物の瞳を射貫く。

 

「痛みを知らなければ理解しないこともある。ドラコ•マルフォイという少年は、己が他人に対して痛みを与えていることを知らねばならない。……本来であれば、寮監がすべきことの筈だがな」

 

「……スネイプ教授は確かに、ミスタマルフォイを目にかけている。それこそ本当の息子のように」

 

 しかし、とダンブルドアは続けた。

 

「己の行動の何が悪かったのか。何故罰されているのか。それを理解させ反省させるために、減点制度と罰則制度はある。だが、肉体的体罰は下中の下だ。罰を受けたミスタマルフォイは、己が悪いことをしたとは思ってはいないだろう」

 

「その腐りきった性根を叩き直すために罰を与えたのだ、アルバス」

 

「それは逆効果だ。君は、肉体的な罰というものが、人を歪めることを考えたことはないだろう。そうした罰を受けた世代が大人になったとき、その子供や……あるいは弱い立場の人間に対して肉体的な罰を与えないとも限らない」

 

「どういう意味だ、アルバス?」

 

 アルバスの指摘に、ムーディーははじめて顔を曇らせた。

 

「肉体的な罰を与えれば理解する、改心する、というのは短期的な効果にしか目を向けていない理想論なのだよ、アラスター」

 

 アルバスの言葉は、教師として長年生徒を見続けたからというだけではない。己の信念に基づく言葉だ。それだけに、ムーディーははじめてダンブルドアに気圧されていた。

 

「よしんばそれで効果が出たとしても、肉体的な罰を恐れてのこと。悪いのは己ではなく罰を与えた君で、君がいなくなればより酷い仕返しをミスタウィーズリーにしてやろうと思うだろう。肉体的な罰は、心に深い傷を残す。それが、今以上にミスタマルフォイの性根を歪めることもあるのだよ」

 

「……むぅ……」

 

 アラスターは真摯にダンブルドアの言葉を受け止めていた。

 

「……では、私のしたことは逆効果だったと言うのか?」

 

「誰にでも過ちはある。君は少々過剰にやり過ぎた、ということだ」

 

「……そうか……」

 

 ムーディーは深く己の行動を恥じていた。ダンブルドアは古き知人が持つ熱き思いを、何とかこの一年で生徒たちに残したいと思った。

 

(……劇薬ではある。ではあるが……やはり、この年を任せられるのはムーディをおいて他にない)

 

 教育現場の教師たちは、無論生徒たちのために日夜睡眠時間を削って仕事に追われている。だからこそ、教師としての高潔な理想を持ち続けることは難しい。ムーディのような熱血教師は今では少なくなってしまったのだ。

 

 本気で生徒や魔法界のために身を粉にできるムーディだからこそ、ダンブルドアは全幅の信頼を置いていた。たとえダンブルドアの信念に相反する間違いを犯したとしても、改善の意志があるのであればなおさらだ。

 

「アラスター、たとえどのような生徒であれ、二度と体罰をしないと私に誓ってくれるかね?」

 

 

「無論だとも」

 

「その言葉を聞いて安心したよ」

 

 フォークスはダンブルドアの安堵を感じ取ったのか、鈴のような美しい音色を奏でた。場の空気が緩む。ムーディとダンブルドアは互いに笑うと、ムーディーは己の携帯する小瓶に口をつけた。

 

「……ふぅ。……ダンブルドア、生徒の指導について少し私に考えがある。……マルフォイについてではないぞ。もはやマルフォイは私の言葉には耳を貸さぬだろうしな」

 

「……うむ、何かな、アラスター」

 

「……ポッターとその周辺だ。……闇の魔術に傾倒しているポッターを私は警戒し、距離を置いてきたが……」

 

「うむ、妥当な判断だろう。客観的に見れば、ポッターはデスイーター予備軍として見たほうがよい」

 

 ダンブルドアは続けてほしいとムーディーに先を促した。

 

「先日の第二の試練を見て、私も多少はポッターを知ろうという気になった。……見所がある」

 

「……ほう」

 

 アルバスが面白そうにムーディを見つめるので、ムーディは勘違いするなと釘を刺した。

 

「……連中が完全に光陣営だと認めたわけではない」

 

「若くして過剰な力を持った以上、己の力に溺れる可能性は常にある。……とはいえ、力を己のためではなく他人のために使おうという理性と善意を持ち合わせてもいる」

 

 それは限りなく正解に近い評価だった。アルバスは感慨深そうにムーディを見た。

 

「どうとでも転びうる。……しかし、少なくともポッターは……目の前のか弱い命を見捨てるような肝の小さい男ではない。ならば、指導をしてその才覚を伸ばしてやるべきだ」

 

 

 ムーディは少し気まずそうに、ハリーを認める発言をした。アルバスは何故かそれが、我がことのように嬉しかった。

 

「……私はポッターたちに稽古をつけてやろうと思う。それがこの老人にできる最後の仕事になるだろう」

 

「……アラスター。ありがとう」

 

「……何についてだ?アルバス」

 

 ダンブルドアが微笑みを浮かべて己を見ているのを、アラスターは心底不思議そうに見返した。アラスターの魔法の目が、行き場を無くしたようにくるくると視線をさまよっている。

 

「君がまだ人を信じるという気持ちを持ってくれて、私は嬉しい。……君から見てもそう思えたと言うのであれば、私も……ポッターを信じる気になれる」

 

 

 アルバスは古き知人の行動を称賛した。ムーディーが校長室を去るとき、アルバスはこの一年で最も穏やかな気持ちになることができた。

 

 

***

 

 ハリーはウィンキーからクラウチ氏のことを聞き出すことは出来なかった。

 

「私から話すことはなにもございません、ポッター様」

 

「……貴女は本当に、クラウチ氏を敬愛しているんですね」

 

 ハリーは心の底からそう言った。ウインキーはクラウチ家をクビにされたことを今でも気に病み、酒浸りになっていたが、クラウチ家の内情だけは絶対に明かそうとしなかったのだ。

 

(……凄いな、ハウスエルフは……いや、ウインキーが特別に凄いのか?)

 

 ハリーはクラウチ家のことを尋ねることを断念した。それは、ウインキーに対して敬意を持ったからだ。

 

「いいんですか、話を聞かなくて?」

 

 まだ聞けることはあるのでは、というアズラエルとは対照的に、ザビニは諦めムードだった。

 

「二週間通っても無理だったんだぜ?……スーザンからもあれこれと良くしてやったけど進展なしだ。諦めよーぜ」

 

 それは、すでにあれこれと手を尽くしたからだ。

 

「自白剤……ベリタセラムを使うのはどう?」

 

「いいや、ダメだよ。それはウインキーに対して失礼な行為だ」

 

 

 ファルカスはハリーにそう提案したが、ハリーはそれを却下した。ウインキーの忠誠は報われず、打ちひしがれるだけではある。しかし、外部の人間が無理矢理にウインキーから証言を引き出し、その誇りを瀆すことはウインキーに対する冒涜に他ならなかった。

 

 そうして、ハリーたちの時間は少しずつ緩やかに流れていった。ムーディ先生が決闘クラブに顔を見せ、鬼のような指導でくたくたになって寮に帰る途中、ハリーとダフネ、そしてファルカスは意外な人物が大広間に居るのを発見した。

 

「あれはバグマンさん……?隣に居るのは誰かしら、赤毛だけど凄く格好いいわね……」

 

「フリントとガフガリオンもいるよ、ハリー」

 

「ガーフィール先輩はグリンゴッツにいる筈だ。ということは、あの人は……ロンのお兄さん?」

 

 バグマン氏とその部下であるフリントは、二人の銀行員に詰め寄られていた。

 

 一人は、プラチナブロンドのすらりとした長身のガフガリオン。スーツとネクタイで正装した姿は、どこから見てもマグルの銀行員と変わらなかった。

 

 

 そしてもう一人は、ビジュアル系のロックスターのような出で立ちだった。滑らかな赤毛をポニーテールにし、耳にはピアスを開けている。しかし、そんな奇抜なファッションがその容姿を損なうことはない。

 

 ビル•ウィーズリー。生半可な顔の人間では、絶対に不可能な美の境地がそこにあった。たまたま現場に居合わせたフルール•ドゥラクゥールもまた、ビルの容姿に衝撃を受けたように固まっていた。

 

 ハリーは、他に彼を評価する言葉を知らなかった。ハリーは夢見心地でこう呟いた。

 

「……クールだ」





ハリーさんは男のイケメンに目がない(原作通り)。
ザビニに対する評価が甘いのも多分そう。
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