蛇寮の獅子   作:捨独楽

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欲望

 

 

「バグマンに気を付けろ、ですか。また随分直接的な警告ですね」

 

「ガフガリオンがバグマンについて言ってきたって?……何で?」

 

 

 昼休みの間、ハリーはロンやハーマイオニーも交えてガフガリオンから渡された手紙の内容について話していた。ロンはバグマンとガフガリオンとの接点が思い付かず、首を捻っていた。

 

「ガーフィール先輩がワールドカップやトライウィザードのことを知っていたとは思えない。となると、考えられる要因はひとつだね」

 

 ハリーは即座に横のザビニを見た。

 

「金。借金しかねぇよ」

 

 ザビニはこれしかない、とばかりに強く主張した。ハリーがまず部屋の四人組に相談したとき、ザビニはバグマンは金に困っているのだろうと言ったのだ。

 

「僕としては、お役人がグリンゴッツから多額の借金するなんていう状況は想像できないんですけどねえ……」

 

「てゆーか、グリンゴッツは個人なんてそうそう相手にしねーよ。うちの親父なんて相談にいったら断られたし」

 

 ロンのジョークにザビニやハリーは笑ったが、ファルカスは笑えなかったらしい。ファルカスはカレーをいやに長く咀嚼していた。

 

(……金か……)

 

 実際のところ、ハリーにとっても金の話は他人事ではなかった。むしろあまりにも生々しく面倒なものの一つだった。ハリーは両親から多額の資産を受け継いだが、これはあくまでもポッター家の財産なのだ。ハリー自身の力で勝ち取ったものではなく、それに頼りすぎることは己の堕落を意味していた。

 ハリーが勉強や実験のための自己投資のために使う金額はシリウスによって決められていた。さらに、ハリーはマリーダとシリウス(特にマリーダ)から毎月の帳簿をつけるよう強く言い含められていた。

 

『ハリー、一度狂った金銭感覚というものは容易には戻らない。自分にとって本当に必要なものが何で、それがいくらかかるかということをしっかりと覚えておきなさい』

 

 と。

 

「グリンゴッツは個人には貸し出しはしねえって言うけどよ。バグマンはクィディッチをやってたろ」

 

「名ビーターだったんだよね」

 

 ハリーが言うと、アズラエルも強く頷いた。

 

「そのようですよ。うちの会社が社名を変更する前も、バグマン氏に箒の広告をして頂いたそうです」

 

「そういう収入があったならお金には困らないんじゃない?」

 

 ファルカスはもっともな疑問をぶつけたが、ザビニはいいや、と言った。

 

「まず、収入が大きいやつは税金で三割以上は持ってかれる。オーナーとの交渉やら口座の管理をやってたのなら、代理人にも多額の金を払わなきゃならねえ。そこら辺の管理をきっちりしてるやつなら借金なんてする必要はねえが……」

 

「ロンが言ってたろ。『バグマンはどんなことに対してもいい加減だってパースが手紙で愚痴ってた』ってよ」

 

 ロンもハーマイオニーも、ファルカスも口をつぐんだ。人間というものは思い込みに弱い生き物だ。バグマンという人物が豪放磊落で盛り上げ上手な人物であるという第一印象と、金に対して不誠実であるという情報は結び付きやすい。ハリーがそうだったように、その場の全員はこう思っていた。

 

 バグマンは怪しいと。

 

 これが例えばクラウチ氏のような紳士であればまだ違っただろう。しかし、ハリーは無借金のバグマンよりも、借金をしているバグマンの方がらしいと思えてしまったのだ。人は、見たいものを見てしまうものなのである。

 

「……どういう経緯かはともかく……バグマンさんはうっかり借金を返し忘れて利子が膨らんだ、とかは充分あり得るんじゃないかな」

 

 

 ハリーが言うと、ロンは信じられないという風に頭をがしがしとかいた。

 

「いやっ…………でも……そう言われて思い返すと……」

 

 ロンは腕を組んで唸りながら言った。

 

「……バグマンが双子に追い回されてたって言ってたの、覚えてるか?」

 

「覚えてませんね。いつの話ですか?」

 

 アズラエルが聞くと、ハーマイオニーは明晰な頭脳でもって解答を導いた。

 

「ワールドカップの後と、ダンスパーティーや試練の後よ。私たちは双子が新しい玩具を見つけたのだと思って気にしていなかったけど……」

 

「……確か、フレジョはワールドカップの時バグマンと賭けをしてたんだ。……もしかしてだけど、バグマンは双子に勝った金を渡してないのかも……」

 

「何だって?」

 

「……はぁ?それあり得ねーだろ。そもそもあの賭けってバグマンから持ち掛けた話だろ?ロン、お前そう言ってたよな?」

 

 ハリーもザビニも顔色を変えた。賭けに負けておいて支払いを渋るのはもはや詐偽と同じだ。

 

「いや。あの時は確かに二人とも勝った金を受け取ってたんだよ。でも……」

 

 ロンの声は低くなった。

 

「………あの時さ。ワールドカップの会場には……レプラコーンがいただろ…」

 

 レプラコーンはイタズラ好きで、魔法使いたちを騙して遊ぶためにガリオン金貨をばら蒔く習性がある。ただしその金貨は魔法でできた偽物だ。三時間もすれば跡形もなく消えてしまう紛い物。

 

 それは支払ったとは言わない。ペテンにかけたのである。

 

 ファルカスは同情的な視線をロンに、というよりはウィーズリー家に向けていたが、アズラエルはバグマンに引いていた。ザヒニは腕を組んでいた。

 

(……そこまでやるか……?)

 

「まさか魔法省の役人にロックハートみたいな詐欺師がいるなんてね」

 

 ハリーは内心でバグマンを呪ってやろうかと思った。はっきり言って、やったことの悪質さはあのロックハートと変わらないと言い切った。

 

「本当にそうだとしたらだけど……僕、バグマンは許せないよ。下手な闇の魔法使いより邪悪だよ」

 

 金はあくまでも価値のある物質でしかない。しかし、金がなければ何も出来ないのだ。そのことをよくわかっているからこその言葉だった。

 

「……スター選手だった頃のバグマンは収入も多かった。だから、グリンゴッツも返済能力があると見て貸したのかもしれない。でも、今は払えない。……だから、ガフガリオンはハリーに気を付けろって言ったのかもな……」

 

 ロンは神妙な面持ちで言ったが、ハーマイオニーは待ったをかけた。

 

「みんな少し考えすぎだわ。ザビニの推測はあくまでも憶測で、ロンの話も……信憑性はあるけれど……」

 

「トライウィザードのために、グリンゴッツの管理している魔法生物を貸し出したとか、アイテムを貸し出したという可能性もあるわよ?」

 

 ハーマイオニーはつとめて明るく言った。ハリーも昼休みが終わるのを確認して、そういうことにしておこう、と思った。重苦しい気分で魔法薬の授業を受けたくはなかったのだ。

 

「……実はよ……先輩から回ってきた紙があってよ」

 

 

 ザビニはトランクの中から一枚の羊皮紙を取り出した。ゾンコのジョークグッズの特売セールについて書かれた紙だった。

 

「……それは?」

 

「実はー」

 

 ザビニが何か言う前に、羊皮紙は宙を浮いた。ハリーたちが驚きで目を見開きながら羊皮紙を目で追った先には、どっしりと杖を構えたマッドアイが立っていた。

 

「ザビニ。放課後私の教員室に来るように」

 

「う、うす……」

 

 

 ぎょろり、と魔法の義眼がザビニを射貫いた。ハリーはポン、とザビニの肩に手を置いた。

 

「……ドンマイ……」

 

 

***

 

 放課後になるまでの間にも、ハリーたちはバグマンについて話をした。ハーマイオニーはまだ確定したわけではないとしながらもハリーたちの憶測に付き合ってくれていた。

 

 議題は、バグマンがハリーを嵌めてトライウィザードに参加させたのか、そうではなく単に巻き込まれただけなのかだった。ザビニとファルカスはバグマンを疑っていたが、ロンとアズラエルはそこまではしないだろう、と消極的だった。

 

「金目当てでハリーを参加させて、賭けで大勝ちするのが目的とは言うけどよ。リスクがでかすぎるだろ。バグマン視点だと何個障害があるんだって話だよ……」

 

「まず僕が選ばれるかどうかはゴブレット次第で最悪選ばれない可能性大、次に試練で僕が死ぬ可能性大、最後に賭けのとおりに試練を誘導できる可能性は極少。流石にないよね、それは」

 

「別にハリーを勝たせる必要はねえんだよ、バグマンには」

 

 ザビニはボールペンを指で弄びながら言った。ハリーは杖なし魔法でボールペンを浮かせる練習をしながら話を聞いていた。杖なし魔法は指の動きだけで出来るものだが、ハリーの場合は習熟度の問題か、変身魔法や炎といった魔法よりは呪文学のチャームの方が使いやすかった。

 

「……ハリーが困っているところで、ちょっと課題の内容を教えてやるとかでいい。そっから貸しを作れたのなら後はもうアイツの思惑通りさ。ハリーをゆすったりたかったりする魂胆だったんじゃねえの」

 

「……発想がえげつないね……」

 

 ファルカスがザビニに言うと、ザビニはふんと鼻で笑った。

 

「金のためなら何でもやるってやつは散々見てきたからな。バグマンがゴブレットを騙したのだってあり得ると俺は思うぜ。ハリーはどうだ?」

 

 

「僕は……」

 

 ハリーは宙に浮かせたボールペンを一端はねあげてから、アクシオで引き寄せた。ボールペンはすっぽりとハリーの左手に収まった。

 

「バグマンにはその能力はないと思う。ダンブルドアやムーディがかけた防衛機構をバグマンが突破できるとは思えない。……ロンの話を聞いて、優秀な魔法使いだとは思えなくなったんだ」

 

 ハリーの言葉に、ザビニはまぁなと頷いた。ハリーはこれで推理は行きつまってしまったと思った。

 

(……バグマンも……クラウチ氏も犯人じゃないとすると。いったい誰がゴブレットを騙したんだ……?)

 

 

***

 

「……よく来たな、ザビニ。まぁ座るといい」

 

 

 放課後、ブレーズ•ザビニはムーディに招かれ教員室を訪れていた。

 

(早く帰りてぇ~)

 

 内心でそう思いつつ、ザビニは一礼をしてから腰掛ける。ムーディは節くれだった左手の指先で羊皮紙をつまむと、こつこつと右手の杖で羊皮紙を叩いた。

 

 すると、羊皮紙の本当の姿が明らかになる。

 

 その羊皮紙はジョークグッズについて書かれたものではなかった。羊皮紙にはセドリック、クラム、フルール、そしてハリーの名前が書かれていて、その横には数字がある。

 

 クラム     1.6。

ディゴリー    3.9。

ドゥラクゥール  5.1。

ポッター    11.1。

 

 明らかに賭博の倍率だった。

 

「賭博は法律で禁じられているわけではない。訳ではないが。公の場で声高に話すようなことではない。ましてや、ここが学校であるのであればなおさらだ」

 

(……あー、隠してもしょうがねぇーしなぁ……)

 

 ザビニは困ったような顔で弁明を試みた。

 

「俺は別に賭けてるわけじゃありませんよ。ただこんな見た目なもンで、なんかチャラいと思われてるというか。俺にだけ変な話が舞い込んでくるんすよ」

 

 ザビニは取り繕わずに正直に言った。

 

 賭けに関する話は、決闘クラブのリー•ジョーダンや他にも大勢の先輩から舞い込んでくる。当初はザビニも賭けに興じ、勝った負けたの繰り返しを楽しんでいた。そうすることで日々のストレスを忘れようとした。

 

 

 が、付き合いだしたスーザン・ボンズはトトカルチョを快く思わなかった。

 

『そういうのって自分で稼いだお金でやるべきって言うか……親のお金でギャンブルをするのは格好悪いわ』

 

 彼女から格好悪いと言われては、流石のザビニも考えを改めざるをえなかった。最近は賭けの話にはほどほどに合わせ、何も賭けずに終わっていた。望んでトライウィザードに出たわけでもないハリーに対して悪いとも思ったからだ。

 

 

「見た目、か。本当にそれだけか?」

 

 ムーディの目は厳しくザビニを見据えた。グロテスクな義眼より、本物の瞳に見据えられる方がザビニにとっては心臓に悪かった。

 

「これでも俺たち、スリザリンの中だと優等生なんですよ?実際差別とかしたことねーし」

 

 

 ぬけぬけとザビニはいい放ったが、ムーディはくっくと笑う。

 

「私に話すスリザリン生は皆そう言う。自分だけは違う、とな。私に言わせれば、そう言っている人間ほど最も怪しい」

 

(うるせーよ。じゃあどーしろってんだ)

 

 ザビニは内心そう罵倒したい気分だが、堪えた。不快な偏見に晒されることには慣れている。いちいち腹を立てていてはきりがないのだ。

 

「……しかし、公にマグル生まれの生徒と親しくするスリザリン生は珍しい。……少なくとも、戦争が起きてからは」

 

 ムーディの声のトーンが微かに下がったのをザビニは感じた。

 

「……スリザリンの中で浮いてはいないか?」

 

「そうでもねえっすよ」

 

 ザビニの嘘はムーディに聞き流された。

 

「なぜそこまでやるのだ?」

 

「何でって……」

 

 

 ムーディは携帯している小瓶を飲み干すと、ザビニにそう問いかけた。その視線には、疑問以上になにがしかの期待が込められているようにザビニは感じた。

 

(そんな話、賭けと全然関係ねぇじゃねえか。何なんだこのオッサン)

 

 ザビニは内心でムーディをオッサン呼ばわりしつつ、胸に手を当てて考えてみた。

 

(……あー……このオッサンが好きそうな答えを返してやんのもいいけどめんどくせぇ……)

 

 

 

「何でって。そもそも差別とかのノリがダセェからじゃねえすか」

 

「ダサい?」

 

「格好悪いっす。はっきり言って。……でもま、それで食ってるやつもいるから面と向かって言わないだけの分別はあるつもりですけどね」

 

 ザビニの脳裏に浮かぶのは、一年生の頃ハリーたちについていけなかった自分。ただただスリザリンの純血主義に乗っかればいいとたかをくくっていた自分自身である。

 

 あの頃から成長できたか、と自分自身に言い聞かせて、あまり変わっていないと自答できる。それでも一つだけマシだと断言できるのが、マグルだのマグル生まれだので人を差別することの愚かさだった。

 

(絶対に親と同じにだけはならねーぞ、俺は。……そうなったらあの人らに申し訳が立たねえ)

 

「……俺もね、昔はノリで合わせてマグル差別とかしてましたよ。でもまぁ……」

 

 ザビニは内心の本音は明かさず、ニヒルに笑って言った。

 

「俺は俺が格好いいと思うことをする。ロンやハーマイオニーとダチな理由はそれだけっすね。アイツら、格好いい奴等なんで」

 

 言い切ってから、ザビニは気恥ずかしさを感じた。場当たり的な世辞や好きな女子の気を引くための嘘には慣れていたが、本音を明かすことには若干の気恥ずかしさがあった。

 

「……そうか。どうやら私が思っているよりはいい友達を持ったようだ。……だが」

 

 ムーディ教授は、羊皮紙に無言インセンディオ(着火)で火をつけた。

 

「悪い友人とは、手を切ることも覚えた方がよいぞ。博奕に興じ、災いに身を焦がす人間は己が失っているものに気が付いていない」

 

 帰っていいぞ、と言ったムーディに、ザビニは笑顔で頭を下げた。心の底からの笑顔で教員室を後にするザビニは、ムーディが薄く笑っている姿を記憶にとどめた。

 

(あのオッサン、いつもしかめっ面だけどあんな風に笑うこともあるのか……)

 

 面白いものを見た、とザビニは思った。

 

(ハリーにちょっと盛って話してやるか)

 

 ザビニは背伸びをすると、決闘クラブへ向けて歩いていった。

 

***

 

 

「……親への反発、か」

 

 ムーディの教員室で、ムーディはそう呟いた。

 

 

「……ブレーズ•ザビニ。……お前はそれでいい」

 

 お前はな。

 

 

 ムーディの呟きと共に、ムーディの部屋のトランクがカタカタと揺れた。ムーディが杖を振るとトランクは静まり返り、部屋にはムーディだけが残された。ムーディの魔法の目は、扉の外に待つ生徒の姿を見抜いていた。

 

「……入れ。私の目には見えているぞ」




ファルカスの占い結果

クラウチ→永劫(逆位置)
バグマン→節制(逆位置)
ムーディ→法王(逆位置)
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