蛇寮の獅子   作:捨独楽

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エンデヴァー

 

「…………」

 

 

「浮かない顔ね、ハリー」

 

 

「うん。ボーバトンから借りたフラメルの書物の解読は終わったんだけど、内容が難しくてね」

 

 ハリーはダフネに嘘をついた。

 

 最後の試練の前日、ホグワーツ城の湖畔のほとりにハリーとダフネはいた。ハリーは決闘クラブでロンとの模擬戦を終えた後、城に戻らず湖畔でぼうっと過ごしていたところでダフネに呼び止められたのだ。

 

 昨夜、ハリーは夢を見た。どこかの屋敷の中にアントニン・ドロホフがいて、人を殺す許可がほしい、と赤子に話しかけている夢だった。悪夢の最中で飛び起きたハリーはその後なかなか寝付けなかった。

 

 夢に違いない、夢であってほしいのに、ハリーはそれを単なる悪夢と笑い飛ばせなかった。夢を見ている間中ハリーの額は痛みを発し続けた。ドロホフがエサを与えていた蛇は相変わらず美しく、いっそ不気味なほどだった。そして何より、人を殺すことをなんとも思っていないドロホフの声はドロホフ以外ではあり得なかった。

 

 思い悩むハリーの目の下には、深い隈が出来上がっていた。

 

(今日も誰かが殺されたかもしれない。……ドロホフは……『自分にはやつは操れない。だから殺させてほしい』と言っていた。……ドロホフが……)

 

 ハリーは湖畔から顔を出すマーピープルに対して礼をすると、グレイシアス(凍結)で氷を手渡した。その代わりに、マーピープルからの見返りを受け取る。湖畔に棲むオオイカの足だった。弾性のある足は多大な魔力を秘めていて、魔法薬の調合にももってこいである。

 

 

 

(……もしも殺したい相手が僕だったならまだいい。何度だって撃退してやる。……でもまた無関係の人間だったなら……)

 

 ハリーは悪夢の内容について誰にも話す気はなかった。試練へのストレスから見た単なる妄想だと思いたかった。そういうことにして切り上げたかったのだ。

 

「フラメルの錬金術ね。けれど、今の時代からすれば型落ちの理論も多いのではなくて?フランス人の見栄と形骸化した時代遅れの書物ではないの?」

 

「時代遅れの部分は確かに多いよ。でも、面白い理論は多くある。錬金術による変身魔法の永久固定化は、現代の再生医療の礎になったからね」

 

 

「医療、ね。赤きエリクシルの精製は確かに魔法族の夢ではあるけれど、成功したのはフラメルとダンブルドアだけ。それも再現性に欠ける代物だそうよ」

 

「だからこそ、挑戦してみる価値はあるさ。一度は作れたものなんだから」

 

 ハリーはダフネに笑いかけながら、内心ではドロホフのことで頭が一杯だった。

 

(……もしもドロホフがまた一般人を殺めていたなら。やっぱりあの時、ドロホフを…殺しておくべきだった……)

 

 ハリーの内心では焦りが燻っていた。

 

 クラウチ氏とバグマン氏を疑い、ロンのつてやシリウスのつてを頼って探りをいれてみたもののこれといった進展はなかった。出来ることと言えば、ただただ魔法の腕を磨くことだけ。ハリーの覚えた手札が最後の試練で果たしてどこまで通用するかは未知数だ。何なら使う機会が来ない方がいいようなものだった。

 

 そんなハリーの内心を感じ取ったのか、ダフネはハリーにあるものを手渡した。

 

「……ハリー、錬金術に没頭するのはいいけれど、明日の試練で自分の身を守ることを第一に考えてね。貴方がいなければ、……私達は立ち行かなくなるのよ」

 

「大袈裟だなぁ。もしかして、心配してくれてる?」

 

「茶化さないで頂戴ね?」

 

 ダフネは私達は、という部分を強調した。ハリーはその気遣いが嬉しくもあり気恥ずかしくもあった。からかうようにハリーが笑うと、ダフネはハリーに魔法薬を手渡した。

 

「………簡単な魔法薬よ。ココアの味付けがしてあるの。これで今夜はぐっすりと眠れる筈よ。食事の後、三十分以内に服用してもらえるかしら」

 

「……ありがとう。ちゃんと飲むよ」

 

「しっかりしてね。記録の上ではイルヴァーモーニー生でも、今の貴方は紛れもなくスリザリン代表なの。スリザリンの代表として、恥ずかしくない闘いをしてほしいわね」

 

「……!」

 

 ふん、と腕を組むダフネにハリーはまた笑うと、ダフネにお礼がしたいと芸を見せることにした。

 

 

 ハリーは魔法で湖畔から掬い上げた水の一部を鉄に変え、粘性のある流体状に変化させてみた。その鉄をさらに動かし、梟の形に整えようとする。

 

「……どうかな、ダフネ」

 

「まだまだ造形が甘いわね。この出来ではすぐに崩れてしまうわよ」

 

 ハリーの作り上げたプレゼントは5分も経たないうちに崩れ、水へと戻っていく。まだまだ、ハリーの実力は錬金術と呼べるものには至っていない。錬金術師は、それこそコンジュレーションの教授クラスの見識を持つ熟練の魔法使いが研鑽を積んではじめてなれる存在なのだ。

 

「まだまだ僕は弱いけど、それでも僕のことをスリザリンの代表だって言ってくれてありがとう。……凄く嬉しいよ」

 

 ハリーが笑うと、ダフネは頼りないわと言った。それでも、ダフネはハリーから離れなかった。

 

***

 

 必要の部屋は今、一人の魔法使いと一人の魔女によって貸し切り状態になっていた。一人は黒髪に恵まれた長身を持つ優しげな男子、セドリック·ディゴリー。もう一人は、豊かな黒髪と美貌を持つアジア系の魔女、チョウ·チャンだった。

 

 チョウとセドリックは必要の部屋で模擬戦を繰り広げた。クラムのアジリティを再現した人形をチョウが作り出し、仮想人形から放たれる光線を避ける訓練。フルールの魅了を模した香水を放ち、それに対処するための閉心訓練。そしてハリーの大規模攻撃を模した、マキシマクラスの魔法に対応するための訓練。セドリックは準備期間の間、それらの仮想訓練も怠ってはいなかった。

 

「本当に凄いわ、セドリック。ここまで完璧に対応できるなんて信じられない」

 

「応援してくれる皆のお陰だよ。……ここまで調子のいい日は久しぶりだ。明日はいい試合が見せられそうだよ」

 

 自身も今年OWLを受験するチョウはセドリックとの模擬戦によって確実に腕を上げていた。しかしそれでも、セドリックは別格と言ってよかった。五年生と六年生という違い以上に、セドリックは訓練や努力に対する妥協がない。誰もが躓き、後回しにしてしまうことにも原因を追求し、対策し、挑戦する姿勢がある。チョウにとってはそんなセドリックの姿勢も眩しく見えるのだ。

 

 セドリックが眩いほどの笑みを見せると、チョウの胸はなぜだかざわついた。そのきっかけは、今から二週間前にセドリックが言ったある一言だった。

 

***

 

「チョウ、僕はね。……この戦いで死んでもいいって思うことがあるんだ」

 

「いきなりどうしたのよ、セドリック」

 

 チョウとセドリックは図書館から借りた資料を漁っていた。バジリスクやフェニックス、レシフォールドやアグロマンチュラといった危険生物への対処方法を復習するためだ。

 

 第二の試練では流石に自重されたとはいえ、第一の試練では危険度最高レベルのドラゴンを出してきたのがトライウィザードの運営側である。油断していれば死にかねないというのはホグワーツ生の共通見解で、当事者であるセドリックも一番よく分かっていることだった。二人で資料の山に埋もれながら、セドリックはある羊皮紙をチョウへと手渡した。

 

「双子が持っていたのを拝借したんだ。その紙には、最終試練の賭けの倍率が書かれている。僕は二番人気らしい。光栄なことにね」

 

 チョウは紙を見て固まった。実のところ、トトカルチョの紙はかなりの数の生徒の間で出回っていたが、当事者である代表選手には見せないようにするという暗黙の了解があった筈なのだ。

 

「ふ、不公平ね。セドリックが一番人気じゃないなんておかしいわよ、このオッズ」

 

 セドリックは肯定も否定もしなかった。そんなセドリックを見て、チョウは不安に駆られた。

 

「……もしかして、一番人気じゃないことに嫉妬してる?」

 

 恐る恐るそう尋ねると、セドリックは肩をすくめた。

 

「まさか。クラムが人気なのは当たり前のことだろう?僕がどれだけ自信家でもそれには異論を唱えられないよ。……むしろ、嬉しかったよ。あのフルールやハリーより高い評価をつけてもらえたんだからね」

 

(……本当に……?)

 

 視線でセドリックを観察したチョウは、セドリックの灰色の目がいつになく輝いていることに気付いた。まるで夢に浮かれる少年のように、セドリックからは野心と希望が溢れだしていた。

 

***

 

 

「フルール、ハリー、そしてクラム。最後の試練は間違いなくこの年で最高の魔法使いを決める戦いなんだ。……僕は悔いの残らない闘いがしたい。ベストを尽くすことができるなら、冗談抜きに死んでも構わない」

 

 そして試合前日の今日になっても、セドリックは夢から醒めていない。最強、最高の代表選手たちを打ち倒し、栄光を手にする。そんな未来を疑っていない。

 

(……ああ……!……ああ、セドリック……!!)

 

 チョウの胸は不安と期待に輝いた。

 

 前のめりになったセドリックが、試練で命を落としてしまうのではないか。

 

 

 邪悪な闇の魔法使いという噂のあるダームストラング生やハリーに酷い仕打ちを受けるのではないか。

 

 そんな不安と、自分にだけは本当の姿を見せてくれていることに対する嬉しさ。その二つがない交ぜになったチョウは二週間の間に、ある人に依頼しセドリックを占ってもらった。その占い師は時々外れるもののそれなりに当たると評判で、変わり者のルナ·ラブグッドとも、スリザリンの異端児であるハリーとも親しい魔法使いの少年だった。

 

 結果は、『太陽』の正位置。悪い結果ではなかった。決して。

 不安が消えたわけではない。

 

 

 なぜだかチョウの胸に残るざわつきは消えていないし、セドリックから感じる危うさは計り知れない。それでも、チョウにとってはそんなセドリックこそ魅力的で、かけがえのない大切な恋人だった。

 

「危険な試練よ。ポッターには悪い噂もあるわ」

 

「……そうだね。そう言われているのは確かだ。けど……」

 

「リスクを取らずに『公平な全力の闘い』なんて出来ないんだ。グリフィンドール生にも負けないほどの勇気で踏み込んでいかなければ、優勝なんて出来はしない。自分を大切にしているだけで、掴み取れる勝ちなんてないんだ」

 

 セドリックの言葉は紛れもなくセドリックの本心だったのだろう。ならば、チョウにできることは背中を押すこと、それだけだった。

 

「僕は誰より高い景色が見たい。……それができるなら、僕は命だって要らないよ」

 

 そう言い切ったセドリックに、チョウはあまりにも無力だった。チョウは自分の杖とセドリックの杖をかつん、と一回合わせた。あれこれと口出しするよりも、その方がセドリックにとっては支えになる筈だと思ったからだ。

 

「ほんとにもう……」

 

「…………帰ってきたら、またこの部屋に呼んでね?」

 

「ああ、約束するよチョウ」

 

 そう言って、チョウとセドリックは必要の部屋を後にした。チョウの心臓は必要の部屋を入る前よりも、一段と早く脈打っていた。

 

 

 




セドリック「本気のハリーやクラムやフルールとフェアに闘って勝てるなら死んでもいい」
チョウ「やめて」
人は時にプライドを優先するのです。
ちなみにファルカスのタロット占い結果の太陽はセドリックではなくチョウです。推定セドリックの恋人の前で何度やってもタワーになるセドリックを占う勇気はファルカスにはなかったのだ。

この話のハリーを読んでもらえば分かりますが、ハリーの変身呪文のスキルにはまだまだ上がいます。ガリオン金貨の偽物を造り上げそれを長時間維持した原作五巻のハーマイオニーは秀才中の秀才と呼んで差し支えないでしょう。
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