蛇寮の獅子   作:捨独楽

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最高到達点

 

 

 魔法使い同士の決闘は、いかに相手の隙をつくか、が重要となる。

 

 ワガドゥー出身の魔法族を除くと、現代におけるほぼ全ての魔法使いは杖を介して魔法を撃ち、相手の杖を奪うか相手を拘束することで決闘の勝利とする。

 

 あくまでも戦闘能力を奪えばいいのであって、殺すことは決闘の目的ではない。勝利とは、自分自身が相手に負けない状況を作り上げることにあるのだ。

 

 

 トライウィザード本来の代表選手であるセドリック・ディゴリー、ビクトール・クラム、フルール・ドゥラクゥールは、決闘術においては並の成人魔法使い以上の腕前を持っているとフィリウス・フリットウィックは判断していた。ハリーは一般的な魔法使い相当の実力があるが、それと比べても頭ひとつ抜けていると、フリットウィックは同僚のポモーナ・スプラウトに語ったことがある。

 

 まず、ビクトール・クラム。彼は天性の才能と、クィディッチによって伸ばした類いまれなる反射神経を決闘に活かすことが出来た。その反射神経は、ハリーを遥かに凌ぐ。恵まれた反射神経を活かして空を飛び闘うハリーでも難しい相手だった。

 

 次に、フルール・ドゥラクゥール。彼女は血筋ゆえの天性の美貌と魅了の能力を持つが、人の心を操り、また惑わす繊細な魔法を得意としていた。対人戦闘において、精神面に訴えかける魔法はこの上なく強い。精神面において不安を抱えているハリーにとっては、最も相性が悪い相手だった。

 

 最後に、セドリック・ディゴリー。クィディッチで培った反射神経と、弛まぬ努力によって培った学力を持つ彼は、ハリーがまだまだ未熟なコンジュレーションをハリー以上の精度で使いこなすことができる。それは広範な状況に対応できる地力の高さを証明していた。

 

「最後の試練を突破するのが誰かは分かりませんが……ポッターではないでしょう。この試練では妨害や足止めは禁止されていませんから、代表選手の誰かと遭遇すれば厳しい戦いになる」

 

 

 フリットウィックは、同僚のスプラウトに誰が勝つかと尋ねられてそう答えた。

 

 

***

 

 そして今、フリットウィックの見立てが正しいかどうかが明らかになる。ハリーとセドリックという二人のホグワーツ生は、杖を胸の前に掲げ、互いに礼を行なう。一羽のファルコンが木々の間を通り過ぎた。ハリーとセドリックは、礼の後作法通りに互いに後ずさる。

 

 明らかな隙だった。しかし、ハリーもセドリックも手を出さない。決闘の作法を守るということは、相手を同じ魔法使いとして尊重するということだ。互いへの敬意を持って、ホグワーツ最強の生徒を決める戦いの幕が上がる。

 

「3……」

 

セドリックが言葉を発する。

 

「2」

 

 ハリーが答える

 

「「1」」

 

 二人の声が重なった。

 

 

「……マキシマ(最大防御)!!」

 

 ハリーがまず選択したのは、無言呪文を交えたプロテゴ・マキシマ。最大レベルのプロテゴは、決闘において決め手となる失神呪文の赤い閃光や物理的な魔法攻撃、ヘックスやジンクスといった呪いやエクスペリアームス(武装解除)を防ぐ鉄壁の守りだ。

 

 プロテゴ マキシマは、結果的にはベストではなくベターな選択だった。セドリックは瞬時に、自分自身に対して魔法をかけたのだ。

 

 無言のままセドリックの身体が浮かび上がる。ハリーは驚きで目を見開いた。セドリックとハリーとの距離が開く間、セドリックはハリーの周囲の地面にコンジュレーションをかける。ハリーは周囲に出現したドーベルマンの群れから逃れるため、即座に飛行魔法で飛び上がる。

 

「空を飛ぶのは僕の方が先だよ、セドリック!」

 

 無言呪文の応酬が暫くの間続いた。ハリーはセドリックに魔法を使わせたくはなかった。コンジュレーションが得意な魔法使いは、何をしてくるのかわからない怖さがある。無機物から擬似的な生命を産み出すことができる相手に距離を取られ、空から引き撃ちに徹されてはたまらないと、得意の空中での高速戦闘を挑んだ。

 

(勝てるっ!どうして僕にそれを挑んだのかは知らないけど、僕の方が早い!!)

 

 ハリーには自信があった。空中での戦闘経験では圧倒的にハリーにアドバンテージがあるのだ。全力で飛行するハリーの周囲からは、闇の魔法使いと似たような黒い魔力の残滓が漏れ出す。ハリーは即座にセドリックとの距離をつめた。

 

「アクシオ(来い)!エンゴージオッ(肥大化)!!」

 

 ハリーは引き寄せ呪文で呼び寄せた小石を肥大化させる。質量の増大した大岩は、ハリーめがけて高速で近付く。ハリーはセドリックの上を取り、上から魔法、下から大岩で挟み撃ちにするつもりだった。

 

 しかし、セドリックは速かった。

 

 闇の魔法使いを超えるほどの速度を出すハリーより、さらに早くセドリックはハリーから遠ざかる。その勢いのまま、レダクト(破壊)で大岩を打ち砕く。さらに打ち砕いた大岩を、セドリックはコンジュレーションによってファルコンへと変えていく。ファルコンの大群がハリーめがけて襲いかかる。

 

 セドリックは、どうして即座にハリーの戦術に対応できたのか。それは彼がハリーやクラム、フルールの過去の試練の記録を見返し、戦術を理解していたからだけではない。ハリーの杖の動きから、次に来る魔法を推測したのである。

 

 才能だけではなく、努力を重ねて魔法を習得した魔法使いの特権だった。練習を重ねて身体に染み込ませた杖の動きを忘れることはない。だからこそ、相手の杖の動きからどんな魔法が出てくるかを朧気に予測できるようになるのだ。

 

 努力。言葉にすると簡単で、実際にそれを続けることは難しく、結果に結び付くとも限らないもの。愚直きわまりないそれこそが、セドリックの最大の武器だった。

 

 

「鷹狩りは得意か、ハリー!!」

 

 セドリックの魔法がハリーに迫る。セドリックは、完全にハリーの上をいっていた。

 

 ハリーには、ここで選択肢があった。得意とするプロテゴ インセンディオによる炎の護りでセドリックの挟み撃ちに対応するという選択肢。しかしその瞬間、ハリーはゾクリとした。セドリックの瞳を見たからだ。

 

 セドリックの目はどこまでも冷徹で、勝つための最善手を取ろうという意志が感じ取れた。ハリーは咄嗟に得意の炎の護りではなく、その別属性を選択した。

 

「……!!グレイシアス マキシマ(氷の護り)!!」

 

「……!」

 

 ハリーが氷の護りを展開した数秒後には、セドリックが作り出した液体が降り注ぐ。

 

 セドリックのコンジュレーションによって、大気中の水分を変化させた油がハリーへと降り注いだのだ。

 

(……!!)

 

 炎の護りは術者を焼かない。しかしそれは、術者が炎を完璧にコントロールできるからこそだ。もしも迂闊に炎の護りを出していれば、今頃ハリーは痛手を被っていただろう。

 

 命のやり取りを繰り広げてきたハリーだからこそわかる直感。何がなんでも生き延びるという強い意思のなせる技が両者の実力差を埋め、決闘は伯仲した展開を見せていた。

 

「……フリペンド(吹っ飛べ)」

 

「ロコモータ(動け)!!」

 

 

 ハリーは空気中に展開した氷を武器として吹き飛ばしセドリックにぶつけようとする。セドリックは自らに迫る氷塊を操り、蛇のような動きでハリーへとぶつけ返す。

 

 両者の魔法の応酬は苛烈を極めた。一見すると互角のそれはしかし、ハリーにとって不利な時間だった。

 

(このままじゃ不味い、何とかするんだ!)

 

 ハリーは起死回生の一手を撃とうとした。

 

 飛行魔法の速度で、ハリーは限界を超えた。セドリックから離れ撹乱し、前後不覚の状態からの不意打ちで勝負を決めようとした。ハリーの緑色のローブは加速によって今やデスイーターのそれを呼び起こすほど黒く染まっている。過剰な魔力がそうさせたのだ。

 

 しかし、セドリックはハリーよりも速かった。セドリックは、独学で飛行魔法を改良したハリーとは違う。ハリーよりも優秀なプロフェッサーであるフリットウィック教授に頭を下げて、より使い勝手のよい飛行魔法を教わり、自分の物にしていたのだ。

 

 セドリックは空のハリーに追い付き杖を銃のように構える。呪文の射程圏内になる。ハリーの呪文が届かず、セドリックの魔法が届くギリギリの距離だ。セドリックはチョウ·チャンと協力することで、従来とは異なる銃を撃つような構えを自分のスタイルとして習得していた。

 

 そのスタイルは、それまでのセドリックよりも速く、長い距離まで魔法を当てることができる。セドリックに決定的な勝機が訪れた。

 

(いや、待て!!)

 

 セドリックが魔法を撃とうとした瞬間、セドリックは己を戒め、対策をした。瞬間、ハリーの杖が白く光り輝いた。

 

「ルーモス マキシマ(照らせ)!!」

 

 ハリーの杖から解き放たれる光は、まともに見れば数秒は視界を奪っただろう。ハリーはその光の中でも動くことができる。セドリックから離れようとした時に、こっそりと眼鏡をサングラスへと変化させていたからだ。

 

 そして今度こそ、とハリーはエクスペリアームスをセドリックに向けて撃った。瞬間、セドリックの身体が大きくぶれる。ハリーはセドリックを目ではなく魔力で追った。

 

(……くそっ!!!)

 

 ハリーは荒い息を吐きながら魔法を撃ち、セドリックを追い詰めようとする。しかし、セドリックは捕らえられない。全力の全力、出せる最速で飛ぶセドリックの動きはスニッチを凌駕していた。セドリックは、ハリーの魔法をプロテゴ グレイシアス(氷の護り)で防ぎきった。迷宮の木々がハリー達の戦闘によって折れ曲がり凍りつき、パキパキと音を立てて大地へ崩れ落ちていく。しかし、二人の魔法使いは消耗戦を重ねながら未だ健在だった。

 

 それから束の間、一進一退の攻防が続いた。ハリーとセドリックにとっては一時間にも渡るような紙一重の攻防は、実際の時間にすると二分にも満たない。ハリーは必死だった。目の前のセドリックは恐ろしく、超えられない壁だった。闇の魔術に堕落したハリーやドロホフとは違う。正真正銘の鍛え上げた魔法使いに魔法を直撃させることは、それほど困難なのだ。

 

 この戦いは魔力の削り合いであると同時に、精神力の削り合いでもあった。一手を間違えば敗北すると、二人は理解していた。今この瞬間、ハリーとセドリックは何としても超えなければならない憎い宿敵であり、二度と出会えないかもしれない好敵手だった。

 

 ハリーの頭の中にはセドリックに勝つことしかなかった。そして、それはセドリックも同じだった。打算も敬意もなく、ただ勝利を求め、公平に最善を尽くす。その果てにある勝利こそが、セドリックの望みだった。ハリーはまんまとセドリックの思惑通り、勝つことだけを考えていた。余計なことを考えている余裕など一欠片もなかったのだ。

 

 二人の体感にして永遠に続くかと思われた決闘にも終わりの瞬間が訪れた。

 

 

 

 セドリックは自身の習得した豊富なコンジュレーションによって、自分自身の周囲に展開していた氷塊を多種多様な生物へと姿を変えていく。防御を捨てた賭けだ。氷から出現したのはただのファルコンやフクロウではなく、人の心を狂わせるフウーパーもいた。赤く、見た目だけなら可憐なファンタスティックビーストが出現した時、ハリーは即座に無言爆破呪文でフウーパーを撃ち落とした。

 

(エクスパルソ!!)

 

 フウーパーの歌声は人の心を惑わせ、狂わせる。ハリーにとって天敵とも言える魔法生物なのだ。青い閃光がフウーパーを破裂させた瞬間、ハリーの周囲のプロテゴが切れた。

 

 

 

 それは決定的な隙となり、ハリーにセドリックのエクスペリアームス(武装解除)がかすった。ハリーの杖が、ハリーの掌から弾かれた。セドリックはついに勝利を確信して一瞬目を閉じ、左手の拳を握りしめた。

 

 すぐにセドリックは目を開け、感傷に浸っている場合ではないと慌てる。杖を飛ばされ、落下していくハリーを救わなければならないのだ。

 

 その一瞬の油断が命取りになった。

 

(負けたくないっ……!!)

 

「アクシオーッッッ……!!」

 

 ハリーは杖を弾き飛ばされた瞬間、反射的にワンドレスマジックを使った。成功する保証だのを考えたわけでもない。苦し紛れの悪足掻きだ。しかし、その悪足掻きはハリーに味方した。

 

 ハリーのワンドレスマジックが発動した。

 

 杖を喪い飛行魔法の効果が切れ、重力に従って落下していくだけだったハリーの身体に、再び柊と不死鳥の杖が舞い戻った。そのままハリーはセドリックの胸に狙いを定めた。セドリックは反応しきれない。ただハリーを助けるためだけに近寄っていたセドリックの身体は無防備で、プロテゴも貼られていない。

 

 勝利を確信していたセドリックの胸に、ハリーは無言でステューピファイを叩き込んだ。赤い閃光を叩き込まれたセドリックは驚愕に目を見開いていた。

 

 セドリック·ディゴリーの名誉のために書いておくが、決闘の作法では杖を弾き飛ばされた魔法使いは戦闘不能扱いとなる。よほどの差がない限り、杖のない魔法使いが杖を持つ魔法使いに勝つことはできないからだ。

 

 セドリックの油断は仕方のないことだった。決闘前と決闘中にどれだけ殺気をぶつけ合おうとも試合が終わればノーサイドと言うのが決闘における不文律だったからだ。

 

 試合を経験してきたセドリックも、実戦の経験はハリーほどではなかった。かつての決闘チャンピオン、フリットウィック教授の読みは正しく、そして間違ってもいた。ハリーはトライウィザードの参加者の中でもっとも実戦経験が豊富だった。誰よりも諦めが悪くそして生き汚かったのだ。

 

 

 スリザリンの異端児ハリー・ポッターは、現時点でのホグワーツ最強の生徒、ハッフルパフの誇りセドリック・ディゴリーを見事打ち負かしたのだ。

 

***

 

 

 地面に落下するセドリックを受け止めてゴブレットのもとに降り立ったハリーは、セドリックを丁寧に寝かせた。暫くの間荒い息を整えていたハリーは、疲労のあまり大地へと倒れ込んだ。一羽のファルコンが二人の決闘を称えるかのように空を舞っていた。

 

(……勝った……?本当に勝てたのか、僕が?)

 

 ハリーは自分の勝利が信じられなかった。ハリーにとって、戦闘中のセドリックは明らかに格上であり、ハリーは追い詰められ狩られる側だった。勝利の喜びがじわじわとハリーの全身を駆け巡る。

 

(……本当に勝った。勝ったんだ、あのセドリックに。やった。やったぞ……)

 

 ハリーは空にセドリックのリタイアを告げる花火を打ち上げることにした。それこそが、セドリックへの礼儀だと思った。

 

 

***

 

 蔦にからめとられ、迷宮から追い出されていくセドリックの姿を見て、ハリーは失神呪文ではなくペトリフィカストタルス(石化魔法)をかけてあげるべきだったかなと思った。

 

(痛そうだな……ごめんなさい、セドリック)

 

 ポンフリー校医ならば治せるだろうが、セドリックには打撲跡ができているだろう。ハリーは暫くの間ぼうっとしていたが、ついに立ち上がりゴブレットを見た。

 

 トライウィザードの勝者を決めるゴブレットは、爛々と輝きハリーを待っていた。ハリーはそれに手を伸ばそうとして、ふと思いとどまる。

 

(……結局この戦いは、バグマンに仕込まれていたのか?)

 

 

 ハリーの中の引っ掛かりはそこだった。

 

 予定にない第四の代表選手。トライウィダードトーナメントという一大イベントで賭けをするならば、ハリーの存在は賭けを面白くするための燃料となりうる。

 

(……いや。そうとは思えない。ここまでの流れは全部おかしい。……そもそもどうしてクラムは闇の魔術を使った?勝つだけならステューピファイでよかったはずなのに)

 

 これまでの戦いにはハリーから見て不審な点がありすぎた。ハリーは自分の実力がセドリックに届いたことに舞い上がりかけたが、それでも踏みとどまった。

 

 

(クルシオは魂を傷付けるほどの闇の魔術。わざわざそれを使った……いや、クラムに使わせた第三者がいるんだ)

 

 ハリーは額の傷痕を撫でた。傷痕に痛みはない。ローブに刻んだ警戒のルーンは危険を知らせてこない。危険な呪いがゴブレットにあるわけではなく、ハリーに殺意を持つ魔法使いが近くに居るわけでもない。

 

 ハリーは目の前のゴブレットをじっと見つめた。手を伸ばそうとする己の左手をじっと見つめる。泥だらけになった左手には、擦り傷ができていた。

 

(……僕が敵の立場なら……)

 

 ハリーは深呼吸をして考えた。周囲の木々がかさかさと揺れて、鳥達のさえずりがハリーの耳に響いてくる。

 

(試練の最中に罠を仕込む。トライウィザードでの事故死はよくあることだから。……でも)

 

(……まさかとは思うけど、ゴブレットに呪いを仕込んでいたとしたら?たとえば、触る前までは何もなくて、触った後にだけ発動するタイプのカースや闇の魔術を仕込む。それなら警戒のルーンを掻い潜ることだって、不可能じゃない……)

 

 ハリーはローブの裾をディフィンド(切断)でビリビリと破いた。そして、左手にも軽度の切断魔法をかける。

 

 緑色のローブの切れ端には、ハリーの左手から流れた血が垂らされた。

 

「エピスキー(治療)」

 

 

 左手に向けてハリーは魔法をかけた。ダフネやハーマイオニーほどうまくはなく、左手の傷には瘡蓋ができる。ハリーはそれでかまわなかった。

(帰ったら、ダフネに治して貰おうかな)

 

 

 そんなことを考えながら、赤黒く染まったローブの切れ端にハリーは魔法をかけた。

 

 ロコモータ(動け)。ハリーの意志に従ってローブは動き、ゴブレットへと衝突する。

 

(慎重すぎるってロンからは笑われるよな、これ)

 

 ハリーはローブを動かしながら、自分はなんて馬鹿馬鹿しい思い付きをしたのだろうと思っていた。ゴブレットに呪いがかけられていたとして、これで発動しなかったとしても安全というわけではない。より確実にゴブレットの安全性を証明する方法は他にもあるだろう、と自分に言い聞かせていた。

 

「えっ!?」

 

 しかし、ハリーの血が付着したローブとゴブレットは、次の瞬間跡形もなく姿を消した。

 

 

***

 

「こ、これは……これは、どういうことだ……レベリオっ!」

 

 ハリーは何がなんだかわからなかった。レベリオでゴブレットがあった場所を見通しても何もない。ハリーの心臓は早鐘をうっていたが、ごくりと生唾を飲み込む。

 

(触ったらどこかへ消える消失呪文があったのか?でも、消失は生物には無効のはずだ)

 

(……もしくは、テレポートする呪いがかかっていたのか……?ポートキーのように?)

 

 そのどちらなのか、あるいは別の要因があるのかハリーには判断できない。もしかしたら触れば迷宮を出て、みんなの前に戻るという仕掛けだったのかもしれない。それでも、ハリーはぐっと杖を握りしめ笑った。

 

(……いや。とにかく、ゴブレットには何かがあった。僕は迷宮を出て先生たちに報告をすればいいんだ……)

 

 ゴブレットの謎が解けたわけではない。しかし、ハリーは危険を回避できたのだ。ハリーにとっては紛れもない勝利だった。

 

「よしっ……!」

 

 ハリーが本当の意味での勝利を確信し動こうとした、その瞬間。

 

 

「えっ……!?」

 

 ハリーの瞳は驚愕によって見開かれた。ハリーは全身を蔦で拘束されていた。

 

 敗北した代表選手が拘束される仕掛けではない。インカーセラスだった。命令によって強靭になった蔦による強烈な拘束がハリーに迫る。

 

「インセンディオ!」

 

 誰がやったのか考える暇もなくハリーはプロテゴ インセンディオ(炎の護り)で蔦を焼き払う。ハリーの周囲には炎が広がり、だからこそハリーの反応は遅れた。

 

 

 ハリーの周囲には赤い炎が広がる。プロテゴ インセンディオは、制御しきっていればハリーを焼くことはない。しかし、その赤い炎にオレンジ色の炎が混じっていたことにハリーは気がつかなかった。

 

「うっ……?」

 

 気がついたときには、全てが手遅れだった。ハリーは油断と慢心はないつもりだった。しかし、人間である以上は油断や慢心を棄てきれるものではない。

 

 そのオレンジ色の炎にも、本来備わっているべき焼却能力はなかった。ハリーはその炎を知っていた。暖かく、何時もハリー達を護ってきたからだ。

 

 アルバス・ダンブルドアから、ハリーの親友の一人、ブレーズ・ザビニへと貸与された火消しライターの炎だった。闇陣営や闇の魔法生物と関わりがちなハリー達を守るための、緊急離脱用かつ消火用の、最高のアイテム。

 

 その炎が今、ハリーの周囲に展開されていた。

 

 炎の中に、ハリー以外に1人の生徒の姿があった。スリザリンのローブに身を包んだスリザリン生が二人。本来ならばここにいる筈のない二人の生徒が、ホグワーツから消えていく。

 

「そんなっ……そんな……!」

 

 迷宮の魔法が解けたとき、そこにいるべき人間は居なくなっていた。周囲には静寂だけが残された。

 

***

 

 そこは、まるでこの世の悪意を煮詰めたかのような場所だった。人気のない墓場に、この世にいるべきではない悪魔が存在していた。

 

 ハリーは無惨に地面に這いつくばっていた。テレポートされた直後に、ハリーはクルシオ(拷問)を受けたのだ。

 

「……長かった。本当に良くやったぞ、ボウズ。闇の帝王がお喜びだ」

 

「う……あ……」

 

 痛みで涙を流しながらハリーは立ち上がった。地面に倒れたとき、メガネの左側にはヒビが入っていた。それでも、ハリーは目の前の相手の姿を見間違えることはなかった。

 

 ハリーの友の肩を、ロシア系の魔法使いがポンポンと叩いた。夢の中で見た姿そのままのアントニン・ドロホフは、まるで長年の友のように気安くハリーの友の肩をたたく。ハリーは絶句した。

 

 友の目に光はなかった。がたがたと震えるハリーの友は、ブレーズ・ザビニではなかった。

 

 

 くすんだ金髪に、使い古したローブ。少し痩せた小柄な男子。

 

 ファルカス・サダルファス。

 

 闇祓いを目指していたはずの友の姿が、そこにあった。

 




ついにこの瞬間が来てしまいました……
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