蛇寮の獅子   作:捨独楽

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世界の終わり

 

 最後の試練を観戦していた応援席の観客たちは、ざわざわと互いに囁きあっていた。いったい何があったのだろうと。

 

***

 

 

 

 最後の試練が始まってから迷宮の中の代表選手の様子を外側から観察することは叶わず、こちらからの応援も届かない。誰が残るのだろうと予想しワクワクしていた観客たちも、ハリーのことを心配していた親友たちも次第にこれは無為な時間なのではないかと思い始めた。

 

 

 そんな観客達が沸いたのは、最初の脱落者が出た時だった。フルール・ドゥラクゥールがその美しい顔を恐怖にひきつらせながら迷宮から放り出された瞬間、ボーバトン生達から落胆と嘆きの声が上がった。スリザリンの観客席から嘲りの声が上がったことも明記しておかなければならないだろう。

 

 最も会場がざわついたのは、次の脱落者が出た時だった。マッドアイによって救出された脱落者はなんと、あのビクトール・クラム。花火が上空に打ち上げられ優勝候補の大本命が落ちた。いよいよハリーとセドリックの一騎討ちとなったことで観客席のハッフルパフ生とスリザリン生は熱気に包まれた。

 

 そして暫くの間何事も起こらず観客席がだれ始めたとき、ハッフルパフの観客席からため息が、スリザリンの観客席からは大歓声が上がった。

 

 ハグリッド先生によって、セドリックがそのハンサムな顔を驚愕に染めて運び出されたのだ。残る一人はハリーだけだ。ぬか喜びしてはいけないとマクギリスが声を出し、スリザリン生達が普段の澄ました顔を取り戻すまでしばしの時間を必要とした。

 

 スリザリン生達が笑顔に包まれたのは、ハリーの勝利を告げる鐘の音が鳴り響いた瞬間だった。優勝者が決定すると同時に、ホグワーツの塔に備え付けられた鐘の音が鳴り響くとバグマンは観客席に語っていた。

 

 しかし。

 

 迷宮はその姿を変えず、ハリーの姿も現れなかった。

 

 

 

「えっ、ファルカスがいないですって…………?」

 

「うん。あたしはレイブンクローの観客席でズーっと待ってたンだけど。……こっちに来てないの?」

 

「アイツ何やってんだこんな時に……?トイレか?」

 

 そんなとき、スリザリンの観客席にレイブンクロー生の女子がやってきた。オガミーを模した帽子を被ったルナ・ラブグッドは周囲からの視線も意に介していなかった。

 

「……ファルカスは約束を破るような子じゃあありません。……おかしいですね。探しに行きましょう」

 

「トイレに探しに行くの??」

 

 きょとんとした顔で尋ねるルナにたいして、アズラエルは威張って言った。

 

「いいえ。探す時間を省く手段があるんですよ。正確には僕ではなくハリーにですが」

 

「ポッターの帰りを待たなくていいのかい?おまえたちは随分と薄情なんだねぇ?」

 

「うるせーよマルフォイ。誰もおめーに話しかけてねーだろ。あっち行け」

 

 

 

「あっ、久しぶり。元気だった?よかった。ちょっと急いでるからまたね!」

 

 妙な胸騒ぎを感じたのはアズラエルもザビニも一緒だった。突っかかってくるマルフォイをルナ以外はスルーし、アズラエルとザビニはスリザリンの寮に向かう。ルナはスリザリンの談話室に入れると楽しげだった。

 

 

「変な期待はすんなよ。『ピュアブラッド(純血)』」

 

 その合言葉を聞いたとき、ルナは露骨に顔をしかめた。蛇のリレーフに向かってべぇ、と舌を出す。

 

「うぇー……」

 

「あんまり言うなよ。うちはこういう寮なんだ」

 

「一年に一回は必ずこの合言葉になります。ネタ切れってやつなんでしょうね」

 

「それってセキュリティとしてヤバくない?……あ、ダイオウイカがいる?」

 

 

 アズラエルとザビニに率いられて談話室に入ったルナは、天然のアクアテラリウムに見とれてしばらくの間時間と本来の目的を忘れた。その間に、ふたりは自分の部屋へと急いだ。

 

***

 

「アスクレピオス、ハリーのトランクを開けてくれませんか?どうしても急を要するんです」

 

 アズラエルは賢きクスシヘビにそう言った。クスシヘビはハリーに従順だったが、たまにハリー以外の三人から(主にアズラエルから)餌を受け取っていた。

 

 クスシヘビは普段とは様子が違った。そろそろとガラスケースから這い出た蛇は、ハリーの勉強机に置いてあった魔法薬を舌で指し示した。

 

「……なんだぁ?」

 

「……この赤い薬ですか?それとも、これ?」

 

「いや化粧水はねぇだろ……」

 

 アズラエルが指で一つ一つ薬を指し示すと、蛇はふるふると体を横にふるわせる。シューシューという蛇の声が響いていた。やがて変声薬をアズラエルが指し示したとき、賢き蛇はこくりと頷いた。

 

 アズラエルとザビニは半信半疑ながらも変声薬を飲んだ。この薬は、自在に任意の声を出せるようになる優れものだ。最近では、動物の言語を理解するためにも用いられている。

 

『あのファルカスっていうニンゲンはおかしくなっていた。そっちのザビニ……のトランクから、何かを盗んでいったぞ』

 

『何ぃ!?』『どういう事ですか、それは!?』

 

 困惑するザビニとは違い、アズラエルは露骨に機嫌を悪くした。

 

『ファルカスがそんなことをするはずがないでしょう!』

 

『オ、おい待てアズラエル。今はとにかく探し物を見つけるのが先だろ!?』

 

『俺にニンゲンのことは分からねえ。そこから先はおまえ達で考えてくれ。マルキン洋装店』

 

 驚愕するザビニをよそに、アスクレピオスは蛇語によってロックされたハリーのトランクを蛇語でこじ開けた。

 

『ありがとうございます、アスクレピオス。このお礼は必ずしますよ。……ただ事じゃありませんね、これは』

 

 アズラエルがハリーのトランクからマローダーズマップを取り出すのと、ザビニが自分のトランクの中にあったはずの火消しライターが無くなっていることに気付いたのは同時だった。

 

***

 

「……どしたの、二人とも?ひどい顔だよ」

 

「……俺たちも何がなんだか……とにかく。まずはハリーだ」

 

 

「…我、良からぬことを企むものなり。…ハリー・ポッター」

 

 

「えっ何これ?」

 

「人の位置がわかる地図だ。まぁ黙ってみとけ」

 

「ほぇー。便利だねー」

 

 マローダーズマップを起動させたアズラエルは、ルナに返事をせず淡々とマローダーズマップを起動させた。マローダーズマップはホグワーツに存在するあらゆる人物を追跡することが可能なアイテムなのだ。

 

 

 しかし、アズラエルの呼び掛けにマローダーズマップは答えなかった。

 

「……故障?」

 

「……そう決めつけんのは早いぜ。ドラコ・マルフォイ!」

 

 

 ザビニが地図にそう呼び掛けると、スリザリンの観客席の黒点が赤く染まる。地図を拡大表示すると、無数の黒点の中にドラコ・マルフォイを示す赤丸が確かに存在した。

 

「……故障じゃあねえ……な……」

 

 ザビニの声色には残念そうな響きがあった。

 

「……くっ。ファルカス・サダルファス!!」

 

 アズラエルが苛立ちを込めてファルカスの名を呼んだ。しかし、地図は答えてくれない。ホグワーツにファルカスは居ないのだ。

 

「え……?何で?どゆこと!?」

 

「彼は……彼はハリーを助けに行ったんです」

 

 そう決めつけるように話すアズラエルの剣幕にルナは押されていた。本気で怒ったアズラエルの姿を見るのはこれが始めてで、本気で怒ったアズラエルは誰彼構わず傷つけかねない危うさがあった。

 

「とにかく。ムーディ先生かダンブルドアに報告だ。マッドアイ・ムーディ!」

 

「……出ねぇ?」

 

 地図はザビニの声にも反応しなかった。

 

「それ、名前が違うよ。『アラスター・ムーディ』」

 

 即座にルナが訂正すると、ムーディの居場所を地図は伝えてくれた。それを見た三人は怪訝な顔になる。

 

「……?」

 

「……ムーディはグラウンドに居るはずだよな……?」

 

 

 赤い丸が示すのは、ムーディの居場所。赤丸はグラウンドではなく、ムーディの教員室から動かなかった。

 

 

***

 

 人気のない墓地に、大蛇がとぐろを巻いて周囲を伺っていた。大柄な大人の男が、自分より二回りほども小さな少年達を脅しつける間も、彼女はその目でその瞬間を見ていた。その瞳には、人間に対する憐れみは消え去っていた。

 

 

 

 金髪とスリザリンの緑色のローブを持つファルカスは、杖と火消しライターを持つ手をガタガタと震わせていた。ハリーはファルカスの瞳が、正気を失っていることに気がついた。

 

(操られていたんだ!!インペリオで!)

 

 ハリーはそう思った。本当にそうなのか。曲がりなりにも正気のまま、恐怖や他の何かの要因で敵に協力してしまったのかは今のハリーでは判別できない。しかし、ハリーは操られていたのだと信じたかった。

 

 動くことも出来ず立ちすくむファルカスは、ドロホフから命令を受ける。ハリーを縛り付けろ、と。

 

 しかしファルカスは動かない。呆然とハリーを見ているだけだ。

 

(……支配の呪文は完璧じゃない。術者以外の命令は受け付けないんだ……!)

 

 ハリーはそう思った。強力な支配の呪文だが、たとえばある術者が命令を出しているときは、他の人間からの命令を受け付けるとは限らない。命令されている人間が自律思考をなくしているのならば、他者の命令を聞けるはずもないのだ。

 

 そんなファルカスはドロホフの洗礼を浴びた。ドロホフの拳がファルカスの顔面に打ち付けられる。

 

「ファルカス!!」

 

 ファルカスの鼻から血痕が飛び散り、痛みでファルカスの意識が戻る。支配の呪文から脱するには、強い衝撃を与えることも有効なのだ。

 

「……まったく。聞き分けの悪いガキはこれだから困る」

 

「エピスキー」

 

「……なっ……」

 

(何て……何てやつだ)

 

 ドロホフはファルカスを殴って衝撃を与えることで、強引にファルカスにかけられていた支配の呪文を解いた。正気を取り戻したファルカスは、恐怖で目を閉じてしまった。

 

「あ、ああ……そんな……そんな!僕は……なんてことを……」

 

 意識を取り戻したファルカスは、自分がハリーをここに連れてきてしまったことを認識して震え出す。目の前の男が最悪の殺人鬼であることを頭の片隅では認識していたのかもしれないが、それが悪夢ではなく現実であると知りファルカスの顔に絶望が走る。

 

 ハリーにはどうすることもできない。杖1本すら動かせず、杖なし魔法を使うための左手すら蔦で固定されてしまっていた。

 

「はじめましてだなぁ。ボウズ……よくここにポッターを連れてきたな。いい働きだと言いたいところだが。操られてやらされた仕事は仕事とは言わん」

 

「ポッターを十字架に磔にしろ。それがおまえのデスイーターとしての最初の仕事だ」

 

 ドロホフは杖をファルカスに向けそう命令する。ファルカスが拒否すれば、殺す。無言の圧力をかけてファルカスを脅していた。

 

「卑怯者!罪もない人を、巻き込むことしかできないのか、お前は!」

 

 

「ソイツを十字架に磔にしろ、ボウズ」

 

「駄目だ、ファルカス、やめろ、そんなやつに負けるな!!」

 

 

 厳つい顔に不釣り合いなほどに澄んだ目をしたデスイーターがファルカスに指示する。ハリーは叫んだ。話を聞くなと。

 

(ちくしょう……!)

 

 ハリーはあまりにも無力な自分が情けなかった。セドリックとの戦いで疲れていたなど何の言い訳にもなりはしない。ドロホフからの奇襲に対応できていれば。いや、そもそもファルカスの奇襲に引っ掛からなければ、こうはならなかったのだから。

 

「い、嫌だ……」

 

 

 ファルカスは強靭な正義感と、理性を持っていた。自己訓練の賜物か、ドロホフにかけられた精神支配を一度はねのける。

 

「誰が……!お前なんかの言葉を聞くか……!」

 

 しかしそれは、ドロホフにとっては余興でしかなかった。悪魔は淡々と杖を向けた。

 

「クルーシオ(拷問)」

 

 

 ドロホフの拷問の呪いはファルカスの肉体ではなく精神を蝕んでいくのがわかった。ハリーは思わず目を瞑った。ハリーも一度、ボカートのルシウスからクルーシオを受けたからわかるのだ。

 

 傷つきたくない。

 

 もうあの魔法を受けたくない。

 そう心が思ってしまうのだ。

 

 

 ちょうどダドリーから肉体的苦痛を受け続けた時のように。

 

 人間の心は、苦痛に立ち向かうことはできるかもしれない。しかし、あまりにも長い時間苦痛にさらされたとき、精神力を維持し続けられるだろうか。

 その状況はあまりにも、あまりにもファルカスにとっては酷だった。逃げるために何をすべきかを考える余裕すらなく、魔法を避けることもかなわず。ドロホフの玩具のように地面をのたうち回る。地面がファルカスの涙と鼻水で溢れていく。

 

「うわああああっ!!」

 

 

 

 ハリーの右手は杖を握っていたが、動かすことができない。左手のワンドレスマジックでドロホフを突き飛ばそうとした。拘束がきつく石を飛ばすことしかできないハリーのワンドレスマジックは、ドロホフのプロテゴに阻まれ意味をなさない。

 

「アクシオ!……レラシオ(離せ)っ!……クソォ!!」

 

 ハリーが拘束から逃れようと奮闘している間にも、ドロホフの拷問は続いた。

 

(ファルカス……ごめん、ごめん……!)

 

 ドロホフがハリーにかけたインカーセラスは、ファルカスを弄んでいてもなお健在だ。ドロホフはそれほどハリーを警戒していた。ハリーは友人が拷問されていく光景を見ていることしかできなかった。ついに耐えきれずに言った。

 

「やめろ、やめてくれっ!ドロホフ!ファルカスに手を出すな!」

 

 ドロホフはそんなハリーを見て満足そうにせせら笑った。

 

「『手を出すな』?聞き間違えたかな?お前はまだ自分の立場がよくわかっていないようだな、ハリー・ポッター」

 

「このボウズをこんな状況に追い込んだのはお前だぞ」

 

 

(……こいつ……!!)

 

 そう嘯くドロホフを前にして、ハリーははじめて本気で人間への殺意を抱いた。かつてスリザリンの継承者に抱いた殺意以上の、ありとあらゆる憎しみを詰め込んだような感情がハリーの全身を駆け巡る。

 

 額の傷跡は割れるように痛んでいる。それなのに、ハリーの身体は思うように動いてはくれなかった。

 

「たす……けて……父さん……かぁさん……ハリー……」

 

 うわ言のように呟くファルカスはうずくまって動けない。

 

 怒りから来る衝動的な殺意とはまた違う泥のような憎しみをハリーはドロホフとヴォルデモートに抱いた。ハリー自身の生命という尊厳を脅かされるだけではなく、友人にすら手を出されるのだ。   

 

(殺す……!)

 

 ヴォルデモートも、その配下も。ハリーにとって絶対に生かしてはならない相手だった。

 

 

 

「可哀想に。お前があの時、俺達に歯向かわず死を受け入れていれば、このボウズはこんなところに来る必要もなかったんだ」

 

「違う!お前達が人を殺すから、人を傷つけるからだ!」

 

「見解の相違だな。他人を尊重すべきものと見なしているなら、そんなものは単なる勘違いだ。自分と関わりのない人間なんぞ、俺たちにとっては餌でしかない。ポッター、お前だってそうだろう」

 

「一緒にするな……!僕は……ぼくたちは確かに自分の仲間が一番大事だ!だけど、だからって無関係の人を殺していいわけがない!お前達は間違っている!」

 

 ハリーはそう言い切った。ドロホフの瞳に嘲笑とは別の何かが浮かんだような気がした。しかしそれはすぐ消え失せた。

 

「立派だな、おまえの両親もそう言う連中だった。だが、口だけだ。力がなければそんな言葉は無意味な正義だ。このボウズを見ろ」

 

 ファルカスをドロホフは杖で指し示した。

 

「ポッター。お前がなまじ抵抗するばかりに場違いな役者が来る羽目になってしまった。本当にこいつを大切に思うなら」

 

 ドロホフの言葉を聞くたびに、ハリーの心には怒りが沸き上がる。頭がどうにかなってしまいそうだった。

 

「闇の帝王に跪いて許しを請え。デスイーターになると誓え、ポッター。このボウズともども帝王に取りなしてやろう。長生きできるかもしれんぞ」

 

「ふざけるな……!!」

 

 ハリーは即答した。それだけは受け入れられない。

 

 ドロホフはハリーの返事を聞くと、ハリーからさっさと視線をはずした。

 

「……ファルカスと言ったか?ポッターの言葉を聞いたか、ファルカスよ。おまえの友達はお前より、つまらんプライドを選んだらしい。本当に可哀想に」

 

 

 ドロホフはタラントアレグラ(踊れ)で強引にファルカスの体を操り、ぐい、とファルカスの顔を自分に向けさせる。ドロホフが杖を向けたとき、ファルカスの顔には怯えの色があった。もはや抵抗する気力など残されていなかった。

 

「たすけて……やめて……」

 

「苦しいだろう、ファルカス。ポッターに魔法をかけろ。できるな?」

 

 ドロホフはファルカスに杖を持たせたが、ファルカスはハリーに魔法をかけられなかった。ドロホフの顔に失望の色が走る。が、すぐにドロホフは気を取り直した。

 

「まぁいい。……そういうやつは嫌いじゃない。……助けてやろうか?ん?」

 

 ニヤニヤと嗤うドロホフは、杖をファルカスの頭に向けた。

 

 

「お前達は負けたんだ。それを受け入れろ。インペリオ(付き従え)!!」

 

 ドロホフの手で、ファルカスに支配の呪文がかけられた。最悪の闇の魔術が、ファルカスに残された理性や人間性を奪い去っていく。

 

「ファルカス……!!」

 

 ハリーは友の名前を呼ぶことしかできなかった。

 

 ファルカスは再び、今度はドロホフの手で正気を失っていた。ハリーはファルカスの目を見て背筋が凍った。ファルカスの顔色は死人のように白く、ハリーを見ているようで何も見てはいない。そこまで追い詰められたのだ。ファルカスは自分の杖をドロホフにではなく、ハリーに向けた。

 

「ロコモータ(動け)」

 

 ハリーの身体が宙に浮き上がる。ファルカスの杖から放たれる魔法によって、ハリーは十字架に磔にされていく。

 

「インカーセラス」

 

 蔦はハリーの首を締め付けるように巻き付いた。

(息ができない……苦しい……!)

 

 拘束系の魔法はファルカスの得意分野だった。インペリオによって正気を失ってなお、強力な拘束にハリーは杖を動かすこともできない。

 

 

「ようしいい子だ!ここを生き残れたら、立派なデスイーターになれるよう教育してやるからな!」

 

 まるで我が子の成長を喜ぶ父親のようにドロホフはファルカスを褒める。醜悪極まりない光景にハリーは吐き気がした。

 

「やめろ……」

 

「今さらやめられんよ。俺はこういう生き方しかできない人間だからな!捕まれば死か終身刑の身の上だ、好きにやらせてもらうさ」

 

「随分と待った。早くしろ」

 

「は。直ちに!」

 

 その時、ドロホフのものではない声が墓地に響いた。ハリーの傷跡がずきずきと傷んだ。ドロホフはそれまでとうってかわってきびきびと動き出す。

 

 ドロホフという闇の魔法使いは、テレポートではなく飛行魔法によってハリーの隣に立った。黒い魔力の残滓は墓地を闇に染め上げていく。

 

 ドロホフは岩のなかから、おぞましい生き物を取り出した。ハリーはその姿を見て、吐いた。見たことを心の底から後悔した。

 ドロホフは、生まれ損なった赤子のような何かを取り出したのだ。彼は愛おしそうにその赤子を大鍋に投じた。

 

「我が君……」

 

 十字架の下では、大鍋が煮えたぎっていた。ドロホフは魔法によって大鍋を自動で撹拌していたらしい。ハリーは霞む意識を総動員して、これから何が行われようとしているのか推測する。

 

(なんだこの儀式は?魔法薬?……いや、あの素材は?あの赤子は……)

 

 ドロホフが無言呪文で草むらから引き寄せた素材を見て、ハリーはゾッとした。それは人の頭蓋骨だった。

 

「父親の骨、子のために捧げられん!父は息子を蘇らせん!」

 

「まさか、ホムンクルスを作ろうって言うのか!?」

 

 ハリーはフラメルが残した錬金術の書物を読んでいた。錬金術のなかには、人造人間を作るための研究も存在していた。ホムンクルス。人為的に人間を作り上げるという試みは、闇の魔術として禁止されている。

 

 この研究が禁止されたのは、肉体を作り上げたとしても魂が入れられないからだ。空の器はただの肉塊として生まれてすぐに朽ち果てる。そんな研究に意味はない。

 

 しかし。

 

 ハリーは知っていた。

 

 ヴォルデモートが魂だけでクィレル教授に乗り移っていたことを。ハリーの額にある傷跡は、今やハリーの頭を割るほどの警告を発していた。

 

 

 

「おお!よく勉強しているなぁポッター!!」

 

「やめろ!そんなこと……そんなおぞましいことが許されるはずがないだろう!」

 

「闇の魔法使いにそんな制約は存在しねえ!我が右腕!喜んで主のために捧げんっ!」

 

 そう言うと、ドロホフは己の右腕を……闇の印が刻まれた杖腕を、躊躇なく切り落とし大鍋に投げ入れた。

 

 ドロホフがなぜファルカスを協力させようとしたのか、ハリーははっきりとわかった。

 

 

 それは、人体を錬成するにあたって条件があったからだ。理不尽なほどの制約だ。

 

 ホムンクルスの肉体を作るときは人骨、縁のある人間の肉体が望ましい。そして完全に望む肉体を再生するのであれば、進んで身を捧げる必要がある。そう書物には記載されていた。

 

 肉体の再生のためには心からの忠誠を誓う下僕が、己の肉体を進んで捧げなくてはならない。ドロホフはあわよくば、ファルカスの肉体を捧げようとしたのだろう。ファルカスをデスイーターとすることで、己は犠牲を払わず主を復活させようとした。

 

 しかしファルカスは己の意思で忠誠を誓うことを拒んだ。だからドロホフは苛立ち、あそこまでファルカスを拷問したのだ。

 

 ファルカス・サダルファスはインペリオをはね除けることは出来なかった。しかしだからこそ、人体錬成の素材にされるという不名誉だけは免れたのだ。

 

「そして。仇の血液、わが主のため捧げられん!仇の血は、わが主を蘇らせん!!」

 

「……!!っ……!!!」

 

 痛みにあえぐドロホフの目には狂喜が宿っていた。ドロホフは左手で杖を持ちハリーの右腕をディフィンドで切り裂いた。右腕の手首から肘にかけてが切り裂かれ、こぼれ落ちる血をドロホフは一滴残らず魔法で掬い上げ、大鍋へと投じる。

 

 ハリーにできた抵抗は、叫び声をあげないこと。ただそれだけだった。

 

 

 ハリーの血を受け取った大鍋は、まるで宝石のように白く深く輝く。ハリーは失敗してくれと心の底から祈った。

 

 やがて蒸気が立ち上ぼり、その熱気でハリーは噎せた。

 

「おお……神よ……!神が帰還なされた……!」

 

 ドロホフが歓喜と狂信ですすり泣く声が墓地に響く。支配され意識を失っていたファルカスは本能的に、恐怖で後退りする。

 

「ローブを着せろ」

 

 

「ははっ!!」

 

 痛みと出血で顔色を悪くしながらも、ドロホフは即座に主の命令に応えた。スリザリンを思わせる緑ではなく、死を連想させる黒のローブが一人の男に纏わりつく。

 

 霧が開けたとき。大鍋の中には、一人の魔法使いがいた。

 

 骸骨のように落ち窪んだ顔のなかに、血よりも赤い瞳が輝いていた。蛇を思わせる平らな鼻と、その容貌からは想像もできないほどの膨大な魔力を持つ、一人の人間が甦った。

 

 ロード・ヴォルデモートが帰還した。

 

 




ドロホフは忠臣プレイに酔っている犯罪者です。
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