炎のゴブレット完結まであと少しです。
ロン・ウィーズリーはパーシーから届いた手紙の返事を持たせ、パーシーの愛鳥ヘルメスを送り出した。
高齢のヘルメスは少し固くなった羽根を伸ばし、飛び立つ構えを見せた。首から下げた手紙の重さにふらつくことはなかったが、飛び立ったとき少し体を斜めに傾けた。ヘルメスが無事安定飛行に入ったのを確認すると、ロンはポツリと呟いた。
「パーシーのばっかやろ……」
ロンの赤毛が風に揺れた。ロンはいつもの曇り空を眺めながら、パーシーから届いた手紙の内容を思い返していた。
パーシーの手紙には人の心が滲み出ていた。勿論、悪い意味でだ。
パーシーは、ハリーから距離を置けと言ってきた。
『彼が闇の魔術を行使したことは、法的には問題はない。クラウチ氏の手によって法律は改正されている。闇の魔法使い相手に著しい命の危険がある場合は、無罪となる例外規定が出来ている』
問題はないと言いつつ、その後のパーシーの文章はハリーがいかに危険で反社会的な存在であるかということが雄弁に記されていた。今のハリーは情緒不安定で、ことによっては自分に杖を向けるかもしれないとすら書いていたとき、ロンは自分の目を疑った。
『しかし、闇の魔術を行使できる人間は危険だ。僕は父さんの言っていた言葉の意味をやっと理解した。闇の魔術は人格を歪める。おまえはこう言うだろう。今更それを言うのか、と』
『或いは、ジニーを助けてもらった癖に、か。確かに自分でも恩知らずだとは思っている』
パーシーは自分にも非がある、とロンに詫びていた。
『二年前バジリスクを倒した彼を見たとき、僕は彼に内心で恐怖心を抱いた。あの時ヒーローと持て囃されたが、本当のヒーローは彼だった』
『闇の魔術を使わなければ死んでいただろうことは認める。だから誰も、大人ですら彼を叱りこそすれ完全に止めることはできなかった。僕もそうだ。だから、責任の一端は僕にもあるのだろう』
これ程無責任な他人事の言葉をロンは知らなかった。パーシーはどこまでいっても他人だからそんなことが言えるのだ。
『その後、闇の魔術から足を洗って決闘クラブでの活動に精を出すポッターを見て、もう安心だと思った』
だがそれは間違いだったとパーシーは書きなぐっていた。
『相手が闇の魔法使いだったとはいえ、あれほど瞬時に殺しが選択肢に入る人間がお前の側にいて欲しくはない。ダンブルドアがいたからよかったものの、そうでなければあの場にいた誰かが死んでいてもおかしくはなかった。闇の魔法使いの魔法でではなく、ポッターの闇の魔術によってだ』
パーシーの手紙の内容は客観的に見れば至極もっともな意見も多かった。しかし、ロンにとっては正論は、自分達のことを考えない暴論に過ぎなった。
『兄としての頼みだ、ロン。ポッターとは距離を取れ』
と、パーシーは書いていた。自己弁護のためか、見せかけの公平さを演出する言葉まで添えて。
『勘違いしないで欲しい。僕はなにも、彼がスリザリン生だからこう書いているわけではない。スリザリンであっても闇の魔術に手を出さず、真面目な生徒がいることも知っている。お前がたまに口に出していたザビエル君などはその典型だろう』
パーシーは内心よほど焦っていたのかザビニとアズラエルがごっちゃになっていた。最後にはこう締め括った。
『本当にポッターやスリザリン生のためを思うのであれば、妥協せず毅然とした態度を取って彼と接するべきなのだろう。闇の魔術を非難して、そんなものはやめろと口に出すべきなのだ。だが、状況がそれを許さない。彼の周辺は不健全極まりないのだ』
『お前はふつうの子供だ。他人と比べて特別な才能があるわけでも、特別劣っているわけでもない』
ロンはうるせえよ、と言いたかった。そんなことは、生まれた頃から突きつけられてきたことだった。
そこから変わりたくて足掻いているのに、パーシーもフレッドも、いつまでも自分にロニー坊やであることを押し付けてくる。ロンにとってはいい迷惑だった。
『そんなお前が彼の側にいれば、きっと災いを受ける。もう現実を見るべきだ。僕の忠告の意味をよく考えてくれ。君の兄、パーシー』
ロンは返信の手紙にこう書いた。
『パーシーには友達が居なかったから、ハリーの気持ちなんて想像も出来ないんだろうな』
と、ありったけの怒りを込めて。
ロンが現実を受け入れられているかというと、そんなことは全くなかった。しかし、ハリーがなぜあんな蛮行に至ったのか、じわじわと理解することが出来た。
ファルカスのためにハリーは怒ったのだ。理性を失うほどに。
闇の魔法使いが余計な工作をしなければ、ファルカスは死ななかった。ファルカスは間違っても闇陣営に加担するような人間ではない。それがどういうわけかトライウィザードに介入させられた挙げ句殺された。それを理解したとき、ロンはハリーがどれだけファルカスのことを、友達を大切に思っていたのかを知ったのだ。
(これで正気でいろなんて、それこそ正気の沙汰じゃねえよ)
ロンにとってもファルカスは友達だった。ロンは内心、自分とハリーとで差が開いていくことに劣等感を持っていた。だからハリーとも喧嘩した。
喧嘩してそのままばつが悪くなり、友達ではなくなるなんて珍しいことでもない。直ぐに謝ればその限りではないが、ロンは自分でも認めるくらい意地が悪かった。ハリーから爪弾きにされても文句は言えなかった、とロンは自省する。
しかし、ファルカスはロンのことを見捨てなかったのだ。それどころか、ハリーではなくロンについてきた。
(……部屋に戻るか……)
ロンはふくろう小屋の羽根を踏まないようそっと動きながら宛もなく彷徨った。
「俺だってどうしたらハリーを止められるのかわかんねーよ……」
友を止められるものなら、とっくに止められていたはずなのだ。
ハリーは間違った道を進もうとはしていた。しかし、去年苦しんで努力して、正しい道を進んでいたはずなのだ。少なくとも、第三の試練を終えるまでは。
たどり着くべき場所がどこにあるのか。どうすればそこにたどり着けるのか。ロンはそれを考えながら、宛もなく彷徨っていた。
***
「火消しライターを返却したい?」
「はい。俺じゃなくて……他の誰かに持たせてやってください」
ブレーズ・ザビニは自主的に校長室を訪れていた。合言葉はマクゴナガル教授から聞いた。マクゴナガル教授はハリーの件で話したいことがあるのだと伝えると、あっさりとザビニに合言葉を教えてくれた。
校長室で端正な黒人の少年とダンブルドア校長が相対したとき、ダンブルドアに疲労の色は見えなかった。しかし、ザビニには目の下に隈ができ、顔色も優れない。
ダンブルドアはザビニに対して、早まることはないと言った。
「……今回の一件を気に病んでいるのであれば、君の責任ではない。インペリオを使い立ち回られては手の打ちようもなかった」
「……俺は……」
ザビニは、もしもハリーとの友情がなくなっても自分を信用してくれますかと聞きたかった。しかし、聞けなかった。
ザビニはダンブルドアと視線を交わした。ザビニの瞳には縋るような切実さがあった。
(……駄目だ。言えねえ。これを言ったら人としておしまいだ)
ザビニは内心で、ファルカスの死を悼む自分よりも、どこかで安堵している自分がいたことに愕然としていた。
ザビニが油断しきって部屋の仲間の前で合言葉を漏らしていなければ、インペリオにかかって死んでいたのはファルカスではなく自分だったかもしれない。少しでもそう思ってしまった自分に気付いたとき、ザビニは自分に火消しライターを持っている資格はないと思った。
恥じるべきなのだ。友達が殺されたことを怒るべきなのだ。だが、自分の中にほっとしている気持ちが僅かでもあることがザビニには許せなかった。
あまりにも無様で、人として醜い。そう思ってしまったのだ。そして、自分の非を責めないアズラエルに対しても申し訳なさがあった。
ザビニは自分を罰したかったのだ。
「……火消しライターは、ハリーのために一番側にいるやつにあげるべきです。それは、きっと俺じゃない」
ザビニは自分への戒めのために脱出用の切り札を返上することにした。ザビニの内心には恐怖があった。
(ああ、これでもう逃げられねぇ……)
ザビニは一見すると責任を放棄したとも言えるが、そうではなかった。ザビニはまだ、光陣営として戦うという覚悟を棄ててはなかった。
火消しライターがあれば、緊急事態にあっても自分の安全は確保できる。今回のように敵に狙われることもあるが、基本的には己の身を守るための優れたアイテムなのだ。
ザビニは気付いていない。
今まで依存していた脱出手段を喪った上で、いつ死んでもおかしくないハリーとの友人関係を続けることは、勇気ある行為だということに。
「分かった。これは君の気持ちとして受け取っておこう」
「ありがとうございます」
「……あの、校長先生。ひとつ伺っても宜しいですか?」
「君が望むのであれば、二つでも三つでも」
「……ありがとうございます。ハリーのことで、聞きたいことがあるんですけど」
「あいつが人を殺さずにすむ方法ってあったんですか?」
「ハリーはまだ人を殺してはいない」
「……クィレル教授」
「教授はユニコーンの血で、もはや余命幾ばくもない命だった」
「でも、最後の相手になったのはハリーです」
「俺なりに考えてみたんです。あいつがおかしくなったのって二年の時色々あってからだったけど……きっかけは、クィレル教授を死なせてからなんじゃねえかって」
ダンブルドアの聡明な瞳は、興味深そうにザビニの挙動を見つめた。ザビニは自分なりの推理をダンブルドアに話していった。
「……あの時、クィレル教授のところにハリーがいなきゃ、闇の帝王は復活していました」
「ヴォルデモートだよ、ザビニ。帝王などという大層なものではない。そもそも、魔法界にロードは存在しない」
(無茶を言わないでくださいよ。それを言えるのは例外だけなんです)
例のあの人の名前を言える人間などダンブルドア以外ではハリーかシリウス・ブラックくらいだろうとザビニは思う。
「はい、先生。……ハリーが例のあの人の復活を阻止してなきゃ、今みたいなことになってたと思うんです。だからハリーのしたことは正しかった。でもそのせいで、あいつは……正当防衛とはいえクィレル教授を死なせちまった」
「もしも、クィレル教授を生かすことができていれば。ハリーももっと別の手を取るようになったと思うんです」
ダンブルドアは少し考えていたが、ザビニに当時の状況を語った。クィレル教授は余命幾ばくもない命だったらしく、切羽詰まっていたらしい。
「賢者の石の力があれば」
「クィレル教授を生かすことはできたかもしれない。クィレル教授がユニコーンの血を飲み干さず、早い段階でヴォルデモートをその肉体から追い出せていれば、命の水を投与することで生きながらえることはできた」
「……しかし、それは結果論に過ぎない」
ダンブルドアの言葉はどこまでも無慈悲な現実を突きつけていた。しかし、これはダンブルドアなりの気遣いでもあった。
ザビニはなぜ、今更になって賢者の石の一件を持ち出したのか。それはあの時が、ザビニが最もハリー達の側で戦っていた瞬間だったからだ。
「時計の針を戻すことは誰にもできないのだよ。私たちにできることは、今できることを少しずつ積み上げていくことしかない」
それはダンブルドアが自分自身に言い聞かせていることのように、ザビニには思えた。
「……心に刻んでおきます」
校長室を辞そうとするザビニに向けて、ダンブルドアは優しい目で言った。
「君は自分が思っているよりもずっと勇敢で、優しい生徒だよ、ザビニ。胸を張りなさい。誰よりもまず自分自身のために」
言われたザビニは言葉の意味を考えながら、校長室を去っていった。
(優しいなんて言われたの、はじめてだぜ。何でかな、ダンブルドア校長の言葉は嘘には思えねえ……)
内心でそう思いながら、ザビニは自分が今すべきこととすべきではないことについて考えた。
(……アズラエルも、ハリーも……これからのことなんて考えられる状態じゃあねぇよなぁ……)
ザビニとしては、ハリーに人を殺して欲しくはない。
ほんの少し前までは、ザビニは思考を停止していた。闇の魔法使いならば死んでも構わないと思っていたし、ハリーではない別の誰かが殺してくれるというなら大歓迎する自信はある。
だが、ハリーに人を殺して欲しくはないと、本気で思った。
「……なら。殺さずに済むように支えるしかねぇよな」
***
(助けて……)
ダフネ・グリーングラスは助けを求めていた。
「ポッターももう終わりね……」
「サダルファスの両親が私物を引き取ったそうよ。お可哀想……」
口では可哀想と言いながら、クスクスと嘲笑う声がスリザリンの談話室に木霊していた。
スリザリンは、狂気の中にあった。
寮生の多くはハリーの身に何があったのかを知っているわけではない。それでも、ファルカス・サダルファスという『仲間』の死に悲しむ生徒よりも、喜びを見せる生徒が目立った。
デスイーターを親族に持つ生徒達だった。それは異様な光景だった。
「聞けばサダルファスの一族は闇祓いとして、善良な市民に違法な捜査で濡れ衣を着せていたそうよ」
「まぁ怖い。そう思うわよね、ダフネ?」
純血主義者の集会にダフネは招待を受けていた。断ることはできなかった。断る勇気を、持つことができなかった。
話を合わせてよ、お願いだからというパンジーの無言の懇願があった。それは明確な同調圧力だった。
純血主義者達にとって、それ以外の信条は潜在的な敵である。
例のあの人が台頭して以来、あの人のやり方を疑問に思うスリザリン出身者がいないわけではなかった。しかし何故、彼らは主流派になり得なかったのか。
それは機会があるまでは適当に泳がせておき、スリザリンの者達にとってもっとも効果的なタイミングで見せしめのように死に至らしめることで、反抗の芽を摘まれてきたからだった。
「ええ、本当にその通りね」
(なんて卑劣なの、私って……)
ダフネはスリザリンの中の何かが、決定的に間違った流れに進んでいるように感じていた。それは大きな流れの中にあって、もうどうにもならないように感じられた。
(助けて誰か。誰か……ハリー……)
ダフネはあれほど打ちひしがれたハリーの姿を見たことはなかった。今まではどれだけ追い詰められようが、死ぬような思いをしようが、最後にはハリーが何とかしてくれた。だからダフネも立つことが出来ていた。
結局のところ、自分は小魚でしかなかったのだと実感する。ハリーという大鯨の影にいてはじめて正しいことが出来ていただけで、ハリーがいなければ、何も出来ないのだと。
王子さまの助けを待つお姫様のような心持ちで、ダフネはハリーを待っていた。ハリーならば、ハリーならば何とかしてくれるという縋るような思いで。
***
「……ハリー……」
「ザビニ……?」
ハリーは保健室を出て、ハグリッドの小屋へと向かう途中でザビニと出会った。二人に普段の覇気はなく、しょぼくれた足取りで廊下に突っ立った。
「……どこかに行く気だったのか?」
「うん。……ハグリッドの小屋まで……」
ハリーは何となくそう言った。実際のところ、特に行き先を決めているわけではなかった。ただ、道を歩いていると寮生を問わず、好奇心、憐憫、嫌悪、同情などのありとあらゆる視線に晒される。人気のない場所に行きたい気分ではあった。
「そうか。……俺も、ついていっていいか?」
ザビニにしては珍しく恐る恐るハリーに尋ねてきた。普段のザビニならばハグリッドの小屋には行かない。ごくごく稀に行くときは、当然のような顔をしてついてくる。ハリーは無言で頷くと、少しずつハグリッドの小屋に向かった。
ハグリッドの小屋にいるファングは臆病さから、近寄った人に向かって吠える。しかしハリーに対しては一声吠えた後、すぐに大人しくなってしまった。
ハリーはハグリッドの小屋をノックする前に、小屋から離れ森の近くに来た。ここならば、人に聞かれる心配はなかった。ハリーはザビニに尋ねた。
「ザビニはさ」
「ん?」
「僕が怖くないの?」
「は?何で今?俺にそれを聞くか?」
ザビニは何でもないことのように言った。ハリーは有り難さに流されそうになる自分をぐっと堪えた。
(……駄目だ……)
あのファルカスでさえ。闇祓いになるために訓練を受けていたファルカスでさえ、インペリオには抗えなかったのだ。
ハリーの側にいれば、操られて殺されてしまうかもしれない。ファルカスのように杖を向け合うことになるかもしれない。
それ以前に、アバダケタブラを使ったハリーにはザビニや皆と友達でいる資格がなかった。
それでも孤独が恐ろしいばかりに流されてしまう前に、ハリーはザビニに距離を置かなければならなかった。
「……怖いかっつーなら、そりゃこえーよ。キレた時のお前はな。けどな、そんなことで俺の意見を変えられると思うなよ」
「……?そんなこと?闇の魔術が?」
「……ハリーが闇の魔術を使うのは闇の魔法使いに対してだけだ。それを俺がわかってりゃ問題ねえ」
(いったいどうして……?僕といれば死ぬかもしれないのに?)
ハリーはザビニの言葉を聞いていたが、どう考えても無理をしていると思った。ザビニの頬からは汗が流れていた。
「俺はな。格好悪いことが死ぬほど嫌いなんだよ。俺は俺のために……格好いい俺になるためにお前の友達やってんだ。俺の母親のことは知ってるだろ」
「ああ」
ザビニの母親はマグルとの婚姻を繰り返し、保険金殺人を重ねた容疑で逮捕され今はアズカバンで実刑を受けていた。
「バカな母親のせいで、俺のことまで犯罪者みてえな目で見てくるアホは後を絶たねえ。マルフォイなんかはその筆頭だ。そんな状況ひっくり返すには」
ザビニは器用に木の端を蹴りあげ、反転させた。
「でかい功績を立てるしかねぇだろ」
「地道に真っ当に生きるだけでもひっくり返せるさ、ザビニなら。その顔があるだろう」
ハリーは冷静に言った。光陣営として働くことは確かに凄いことだが、ザビニにとって必ずしも必要とは思えなかった。
「……それに。正しいことのために戦っても、報われるとは限らない。皆は成功したときのことは褒めるかもしれない。けれど、失敗した人間のことはさんざんに貶める」
デスイーターに対抗するために働いた英雄達の全てが称賛されているというわけではなかった。光陣営として働いたルーピンの功績は知られていなかったし、闇祓いの英雄といえるムーディも、近年では被害妄想の激しい魔法使いとして周囲から認知されていた。
英雄達は、闇陣営によってもたらされるマイナスを限りなくゼロにするために戦っている。しかし、その全てが報われるわけではない。シリウスや今回のファルカスのように、敵に利用されるリスクだって大いにある。
「そんなことは、わかってる。俺はただ」
ザビニは歯を食いしばっていた。恐怖心はあるに違いない。この状況でリスクを考えられないような人間は勇敢なのではなくて、単なる考えなしに他ならなかった。
「俺達スリザリン生にも意地があるってことを証明してぇんだよ」
「ファルカスが言っていたことだよ、それは。ザビニの意志じゃない」
格好をつけている、とハリーは思った。
ザビニは明らかに虚勢を張っていた。
虚勢を張り、声を荒くして、意地を張って恐怖に立ち向かっている。ハリーにはその姿がとても眩しく見えた。ザビニは自分の野心のためだと否定するだろうが、それは紛れもなく勇気に他ならなかった。
しかし、どこまでも無慈悲な現実だけがハリーとファルカスの前には訪れた。ファルカスは勇敢だった。勇敢だったのだ。
「それで構わねえよ。……誰かじゃなくて、俺がやらなきゃ駄目なんだよ。いいか、ハリー」
ザビニの額からは脂汗が滲んでいた。
「スリザリンは今純血主義のやつらが幅をきかせてる。俺達のことは誰も見ちゃいねえ。……よその寮にいるマグル生まれを虐めだすのも時間の問題だ」
「……何だって?」
「秘密の部屋の時以上にヤバくなってる。皆そうすれば、自分の身を守れると思い込んでるんだ」
「俺は嫌だぜ、そんなスリザリンは」
ザビニの言葉は、ハリーに衝撃を与えた。覚悟はしていた。しかし、それでも。ハリーは自分が悪人だと認識していても、止まるわけにはいかないことをまざまざと思い知らされた。
純血主義の過激派はハリーが台頭して息を潜めたに過ぎない。ハリーが負けて勢いを失えば、息を吹き返すのは当たり前のことだった。
「全部お前のせいにして押し付けて自分だけ逃げて……そうすれば楽だよ、そりゃあな」
「けどな、そうなったとき、俺はどんな顔してロンやハーマイオニーに会えばいいのかわからねえ。鏡の前の自分の顔にも自信が持てなくなる。だからもう、俺の道は俺が決める」
ザビニはハリーに手を差しのべた。
「……ハリー一人で勝てるわけがねえ。スリザリンを、今までやってきたことをゼロにしたくねえなら。俺達で戦おうぜ、ハリー」
「……わかった、ザビニ」
ブレーズ・ザビニの手を、ハリーは取った。自分自身のために、そして何よりも、今まで守ってきたものが何で、何のためにそれを守りたかったのかを思い出したから。
ハリーにとってホグワーツの、スリザリンは家だった。その家は今、安息の地ではなくなっている。ハリーだけではなく、ザビニを含めたスリザリン生にとってもだ。
他人をその出自で苦しめ、踏みつけ、そしてその血を見て笑うような家族をハリーは求めてはいなかった。それはもはや、ダーズリー家と何も変わらないのだから。
スネイプ教授はどうしてザビニをハリーの同室にしたのでしょう。
金持ちのザビニなら何かとちやほやされているハリーを虐めるだろう!よし、同じ部屋にしてやれ!みたいな理由で選んでいそうな気がします。
実際にはそんなことはありませんでしたとさ……
ザビニは手段を選ばず毒をもって毒を征することを選んだようです。