ハグリッドにプレゼントされたクスシヘビは、ハリーによってアスクレピオスと名付けられ、ハリーにとって掛け替えのない友達になった。ハリーの生涯における二人目の友達だ。
ハリーはハグリッドと別れる前に、自分の両親に関する色々な話をせがんだ。母も父も、魔法薬学をはじめとした色々な魔法を習得し、ホグワーツ魔法魔術学校でもトップクラスの秀才だった、と聞いたとき、ハリーのなかでこれ以上なく両親に対する誇らしさが沸き起こった。生まれてはじめて、自分自身に対する肯定感が芽生えた。
両親に恥じないような魔法使いになりたいと、入学までの間、ハリーは教科書を熟読して理解に努めようとした。
今までハリーが学んできた算数や理科とも異なる魔法界独自の理論はハリーを混乱させたが、周囲にハリーの疑問に答えてくれる魔法使いはいない。この時だけは、ハグリッドにフクロウを貰わなかったことを後悔した。
ダーズリー家に戻ったハリーは、相変わらずダーズリー家の家事手伝いをし、食事もダーズリー家よりも貧相なものを食べるいつも通りの生活を送っていた。欠食児童ではいくらなんでもまずかろうとハグリッドが贈ってくれた食糧がなければ、ハリーは飢え死にしていたかもしれない。ホグワーツに行ったらハグリッドに心からお礼を言おうとハリーは決めていた。
小屋での一件以来、ダドリーやペチュニアやバーノンの顔には恐怖が浮かぶようになっていた。ハリーはひどく後悔していたが、自分から謝るような勇気はなく、また、謝る必要があるのだろうかという意地もあり、ダーズリー家とはほとんど会話らしい会話もなく過ごした。
『……ねえアスク。僕にホグワーツで友達が出来るかなあ?』
そんなハリーの唯一の心の拠り所が、クスシヘビのアスクレピオスだった。小さな身体で、解凍した小型の鼠の子供を飲み込むアスクレピオスと、ハリーは夜中に会話する。
万が一ダドリーやペチュニアにハリーが蛇と話をしていることがばれれば、アスクレピオスがどんな目に遭うか分からないからだ。
『そいつはハリー次第だろ。……にしても、ツガイでもないトモダチってやつが居なきゃやってけねえなんて、人間ってのは不憫な生き物だな?』
蛇に友情の概念はないらしいが、ハリーにとってはそれでも構わなかった。今のハリーにとって、話し相手がいればそれが友達だ。
『人は友達が居なきゃ生きていけないんだ。……僕の友達は君とハグリッドだけだよ』
『そうか。……他の人間を見かけたら、俺にするみてえに自分から話しかけてみろよ』
『そうするよ。ありがとうアスク』
ハリーはダーズリー家の皆が寝静まった夜中に、アスクレピオスとそんな話をした。
ハリーはホグワーツに行ける日を今か今かと待ちわびていた。ホグワーツに行ってまずしたいことは、自分の古着を変身魔法で新品にしなおすことだった。
両親からもらった遺産は、魔法界の基準では膨大だ(ハグリッドがそう言った)。だが、マグルのポンドに換金して使えば、ダーズリー家にあらぬ疑いをかけられる。それはハリーの待遇をさらに悪化させるので、おいそれと使うわけにはいかない。
再びダイアゴン横丁に行くことも出来ないハリーは、入学式の日を今か今かと待ちわびた。
そんなハリーは、ペチュニア・ダーズリーがひそかに誰かと連絡を取っていたことに気がつかなかった。
そして、入学当日。
ハリーはトランクにアスクレピオスの入ったケースを乗せ、9と4分の3番線からホグワーツ特急に乗り込んでいた。
自分の前を行く赤毛の大家族に内心感謝しながら、ハリーは空いているコンパートメントをさがす。だが、なかなか空きは見つからなかった。
(どけてとは言えないし……いれてって言うのは勇気がいるし……)
より正確に言えば、勇気を出して仲間にいれて、と言えば小柄なハリー一人分の席はあっただろう。だが、十年間を一人で過ごしてきたハリーにそんな勇気はなかった。
そして、車両の最後尾付近でやっと空きのあるコンパートメントを見つけることができた。
「隣、座ってもいいかな?君が嫌じゃなければだけど……」
ハリーはそう聞いてみて、座っていた少年がハリーの前を進んでいた赤毛の大家族の子供だったことに気づいた。
「勿論さ!実は俺、ぼっちで退屈してたんだ。スキャバーズだけが会話相手さ」
赤毛の少年はお下がりの古着を着ていて、ハリーに負けず劣らずみすぼらしかった。その姿に、ハリーは親近感を持った。
ドラコのように、生まれてからずっと衣類に困っていないような相手ではない。ハリーは、自分の境遇に対する劣等感を共有できる相手を求めていた。
「実は僕も、ペットだけが友達さ」
「はは、ナイスジョーク。俺はロン・ウィーズリー。君は?」
「ハリー・ポッター」
「マジ?マジで?マーリンの髭(オーマイゴッド)だわ」
魔法界に伝わる慣用句で驚きを隠さないロンに対して、ハリーも少し笑った。ロンの視線に好奇心は感じるものの、過剰な持ち上げや浮わついた有名人への興味はそこまで感じなかった。
ハリーとロンは、それから少しの間話をして、魔法界のおやつを食べながら仲良くなっていた。ロンが母親から持たされたコンビーフのサンドイッチにうんざりしているのを見ると、ハリーの中でロンに対する羨ましさが沸き上がっていた。
「このチョコカード、ダンブルドアって名前があるね」
話題を変えようとハリーが手に取ったカードの偉大な魔法使いのなかには、アルバス・ダンブルドアという名前があった。ハリーはそれが、ハグリッドがことあるごとに誉めそやしていた校長先生の名前だと気がついた。
「あ、ダンブルドアだったんならラッキーじゃん。俺なんてアグリッパがダブっちゃったぜ。もう5枚も持ってる」
「じゃあレアカードなんだ。……賢者の石を作ったとかグリンデルバルドを倒したとかが書いてあるね」
「らしいな。パーシーが前に言ってたけど、賢者の石は、黄金とか長寿の源になる命の水を作り出すんだってさ。庭の石ころと取り替えてほしいよ」
「黄金なんて、魔法でいくらでも作れるんじゃないの?」
「それが違うんだってよ。俺も詳しい理論は知らないけど……」
ロンによると、変身魔法で実在する黄金の量を増やすことや、異なる鉱物を黄金に替えることはできる、らしい。しかし、そうして作り上げた黄金は時間と共に効力を失ってしまうのだという。英国魔法界で流通する黄金の鉱脈はゴブリンが所有しているので、本物の黄金を入手するのは難しいらしい。ガリオン金貨は魔法で引き伸ばされた混ぜ物であるらしい。どこまで本当かは知らないが。
もとに戻らない、変身魔法の枠組みを超えた本物の錬金術師であり、大魔法使い。それがアルバス・ダンブルドアなのだろう。
「僕も勉強して、ダンブルドアみたいになりたいな。賢者の石とかも作ってみたい」
冗談半分、本気半分でハリーがそう言うと、ロンは愉快そうに笑った。
「そりゃあいいや。出来たら見せてくれよ。……あ、でももしも君がうちの兄貴のパーシーみたいながり勉になったら、俺は君と絶交するね」
「大丈夫だよ僕は勤勉じゃないから。がり勉ってほどじゃない」
実際には、ハリーはここに来るまでの間に教科書は何度も読み返した。出来れば使って練習もしてみたかったが、ハリーは今まで一回も魔法を使っていない。未成年が勝手に魔法を使ってはいけないという法律があるからだ。
自分が授業についていけるのか、寮で孤立してしまわないか。ハリーはそれがひどく不安だった。
「ロンはさ、ホグワーツで入りたい寮とか決めてる?」
ハリーがそう聞くと、ロンは迷わずグリフィンドールだと言った。
「断然グリフィンドールだね。最高の寮さ。……まあ俺なんかが入れるかは分かんないし、グリフィンドールがダメでもレイブンクローなら悪くないかもしれない。ハッフルパフだったら……まぁうちの双子にとやかく言われるくらいかな」
がり勉を揶揄するわりに、ロンはなかなか現実的な思考をしているらしい。彼は知性を重んじる寮を第二志望に挙げたのだから。
「ロンの兄さんは全員グリフィンドールなんだね」
「まーね」
ロンによれば、上二人は銀行員にドラゴンの研究家をしているのだという。加えて三男は監督生、双子の兄はスポーツチームのレギュラーだというのだから相当なものだ。
「もしかして、君の両親も?」
魔法界は血統を重視する雰囲気でもあるのかな、とハリーはなんとなく察した。
「たまたまさ。スリザリンみたいなこと言うなよハリー」
「そうだね、ごめんロン。何となく魔法界ってそういうものなのかなって思って」
ロンは家で決まっている、と言われることを嫌がったし、この感情はハリーにも理解できたので素直に謝った。
(ハリーのやつ、兄弟とかがいないことを気にしてんのかな……まずったかな?)
何となく気まずい沈黙が流れかけたとき、ロンは流れを変えようと道化を演じることにした。
「じゃあ俺に何ができんのって言うと、兄弟のなかではなんの取り柄もない落ちこぼれさ。双子に教えてもらった魔法があるんだけど、見てろよ?」
双子のインチキ魔法を披露し、当然発動しないそれを見てハリーが自信と笑いを取り戻す。
そんなロンの目論見は、コンパートメントに入ってきた女子生徒の声で掻き消えた。
出歯で、お洒落には気を使わないのかボサボサの髪をした女子だった。彼女は男子生徒のペットを捜していたようだが、ロンが魔法を使おうとしたのに興味を持ったようで、ハリーと二人でロンの魔法を見守った。
「お陽さま、雛菊、溶ろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ!」
ハリーは女子の前で笑うのにも気が引けてしまい、ロンが恥をかいただけで終わってしまった。その女子は、ロンとハリーに言いたいことだけ捲し立てると、ペット探しを手伝おうかというハリーの申し出も断って嵐のように去っていってしまった。
「どの寮でもいいけど、あの子と同じ寮は勘弁だな。めっちゃ疲れそう」
「あの子はきっとレイブンクローだよ。頭良さそうだし」
「それだと俺がグリフィンドールを弾かれた時に困るんだよなあ。第二志望なのに……」
何はともあれ、彼女のお陰でハリーとロンの間にあった微妙な雰囲気はなくなった。
「まー、こうなったらどの寮でもいいけどさ。スリザリンだけは勘弁だな。もしそうだったら、俺は荷物をまとめてホグワーツを去るね」
そうロンは話に落ちをつけようとした。スリザリンが悪というのは、兄弟や魔法族の子供たちの間で共通認識であり、鉄板のジョークでもあった。
ロンがスリザリンを嫌う気持ちには、実感が籠っている。家では双子からスリザリン生の悪事について教えられたし、ロンのおじはスリザリン出身の闇の魔法使いに殺されている。そういう境遇の子供は珍しくなく、ロンの意見は、大多数の魔法族の総意でもあった。
スリザリンは、ろくでもない悪党の子供たちが行く犯罪者予備軍だと。
スリザリンや、スリザリンに所属する生徒に対して警戒心が薄いのは、皮肉にも、ハリーや先程の少女のような魔法界で過ごしてこなかった子供たちなのだ。
「ロン、そんな言い方は良くないんじゃないかな?
スリザリンにだっていい生徒はいるよ」
(え、君がそれ言う?)
ロンは両親をスリザリン出身の闇の魔法使いに殺された子に、スリザリンに対する擁護意見を言われるとは思わず、目を見張った。
(……そっか、ハリーは魔法界のことが分かってねえんだな)
そう思ったロンは、純粋な好意からハリーに友達として忠告しようとした。
「かもしれないけどなあ……基本的にスリザリンだと、悪くてずるいことをするやつが正しいんだぜ?
それってさ、正しいやつが損するってことじゃん?」
ハリーはロンの意見を尊重して、スリザリンには基本的に悪いやつが多いという趣旨の発言をした。もしもスリザリン生に聞かれたら、快くは思われないだろう。いいやつもいるというのはつまり、基本的に嫌なやつが多いということなのだから。
ハリーはハグリッドから、スリザリンがヴォルデモートを輩出した寮だということを聞いていた。だが、いいやつも沢山いる、とも聞いている。
しかし、ハリーはスリザリンに入る気があった。蛇語を話せる自分を受け入れてくれるのは、スリザリンくらいしかないだろうという期待もあったし、両親に恥じないような偉大で立派な魔法使いになりたかった。
魔法界にきてから、ハリーは英雄として崇められた。だが実際のハリーは、痩せっぽちの子供でしかなく、みんなの期待には応えられそうにない。
それでは、自分を受け入れてくれた魔法界に申し訳ないとハリーは思っていた。だから立派な魔法使いとして、蛙チョコレートに載るような功績を立てたかった。
(……ロンは僕が蛇語を話せると分かっても、一緒に居てくれるのだろうか?)
ロンと話をするのは、楽しい。蛇のアスクレピオスとは違い、はじめてできた同年代の友達だ。ハリーは、ロンを大切にしたいと心から思っていた。
だが、だからこそ、ハリーはあと一歩踏み出す勇気がなかった。自分に闇の魔法使いと同じ才能があると知って、ロンの視線が変わるのが怖かった。
それでも、たとえハリーがスリザリンに入ったとしても、ロンに友達で居て欲しいというのはハリーの高望みなのだろうか?
「それでも……ロンが言ってるマーリンだってスリザリン出身なんだし……スリザリンの人たちだって、なにもしてないのに貶されたら嫌な気分になるよ」
そう言ってハリーがロンにスリザリンの話を聞こうとした時、コンパートメントに入ってくる人がいた。
金髪をオールバックにし、周囲を威圧するような傲慢さを携えた少年、ドラコ・マルフォイが、二人の大柄な少年を従えてハリーとロンのいるコンパートメントにたどり着いたのだ。
地味にハーマイオニーも登場。なお容姿はエマではなく原作通り。