蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ブラック家の一日

 

「……アズラエルってやつは一体何なんだ、ロン」

 

 ロンに宛がわれた客室には、フレッドとジョージが訪れていた。隠れ穴にある自分の部屋より広く、少々落ち着かない空間は、双子をあわせてようやく落ち着きを取り戻すことが出来るほどの広さになっていた。

 

「どうもこうもねぇよ。俺の友達だよ」

 

 心配そうに訊ねてくるジョージに対して、ロンは鬱陶しさを隠せずに言った。

 

「ハリーの中に例のあの人の力があるって聞いて、随分と喜んでいたじゃないか。……本当にまともなのか、アイツは?」

 

「ああ見えて敵の回し者なんじゃねーだろうな」

 

 フレッドは腕を組み高圧的に聞いてくる。流石の暴言にロンも頭に血が上る。

 

(……いや、アズラエルはたしかに頭がおかしいところはあるけど。そこまで言うほどか!?)

 

「いくらフレッドでも言っていいことと悪いことがあるぞ。……アズラエルには……きっとあいつなりの考えがあるんだ。取り消せ」

 

 ロンは今度こそ耳を赤くしながら言った。本気でキレているときのロンは見境がなくなることをよく知っているフレッドは、悪かった、と降参するように両手をあげた。

 

「……あのブロンドボーイのことは棚上げするにしてもだ。ハリーが闇の魔法使いみたいなもんだとは思わなかった。マジでパースの言ったとおりだったとは」

 

「パーシーはハリーのお陰で助かったことを忘れたただの恥知らずだろうが。フレッドだって散々パーシーのことを詰ってた癖に」

 

 パーシーはアーサーとの大喧嘩の末にウィーズリー家を出ていくとき、ある警告を発していた。

 

『ハリー・ポッターは危険だということだけは覚えておいた方がいい。僕の言葉など聞く価値もないというのならそれでも構わないが、家族の安全を守りたいのであれば『闇の魔法使い』からは距離を取るべきだ』

 

 と。

 

 ロンやジニー、パーシーの暗黙の了承によって守られていたハリーの闇の魔術使用経験は、今やウィーズリー家の全員に知れ渡っていた。

 

 実の兄弟であるギデオンとファービエンを内戦で喪っているモリーは一刻も早くハリーとは関わりを絶つべきだと話し、ロンがモリーに生まれてはじめて反発し、アーサーがロンを叱ってモリーを必死で宥めるという第二次家庭内戦争が勃発しかけた。それほどウィーズリー家は闇の魔術をタブーとしてきたのである。

 

「……ハリーが闇の魔術を使えることは否定しねーんだな、ロン」

 

 ジョージの言葉にロンは押し黙る。目をそらすロンの仕草を、フレッドは肯定と受け取った。

 

「闇の魔術が使えるってことはヤバいヤツなことに変わりはねー。そこんとこは弁えとけ」

 

「そんな言い方止めろよ。ハリーを見込んでマローダーズマップを渡したのはフレッドだろうが」

 

「100%なんでもかんでも全肯定すんじゃねぇって言ってんだ。お前は流されやすいキョロ充だからな。あのアズラエルなりハリーなりが暴走したときお前は止められんのかよ?止めねーよな。むしろ便乗するんじゃねえのか?」

 

「ぐっ……お、俺だって親友だからってなんでもかんでも許してた訳じゃない。ハリーが闇の魔術を使ったときは一度は止めたし、その後ハリーも闇の魔術からは距離を置いていたんだ」

 

「一度やったヤツは何度でもやる。薬物や賭けに手を出したヤツと同じでな」

 

 ロンは食って掛かるが、フレッドは取り合わなかった。そもそも一家のなかでロンのヒエラルキーは最下層であり、発言が採用されたことはほとんどない。結局、ロンはフレッドとジョージに追い出されるように自分に宛がわれた客室を出た。

 

***

 

「……アズラエル、居るか?」

 

 自分の部屋を出たロンがノックしたのは、ハリーではなくアズラエルの部屋だった。ハリーの部屋には先にザビニが入っていったからだ。

 

「その声、ロンですか?ええ、どうぞ。入ってください」

 

 アズラエルはロンを招き入れた。ロンはアズラエルの目を見てこころを痛めた。アズラエルの目には、何かに取り憑かれたかのような輝きがあった。

 

 

(……あのときと同じだ。ハーマイオニーが石になった時と……)

 

 ロンのなかに、二年生の時の記憶が甦る。

 

 アズラエルと言えば、ロンにとっては劣化マルフォイとでも言うべき存在だった。いつもハリーの近くにいてなにかと蘊蓄を垂れ流してはいるが、アズラエル本人が何が出来るのか聞いたことはない。それでも少しずつ付き合ってきて打ち解けてきたところで、ハリーが何か拗らせたことを言い出し、ハーマイオニーが石へと変えられた。

 

 その時、ハリーやロンと同じくらい激怒していたのもアズラエルだった。正気を喪ったかのような輝きが宿った目には鬼気迫るエネルギーがあり、ファルカスを喪って以来、アズラエルはすっかり狂気に取り憑かれてしまっていた。

 

 よくも悪くも身内を大切にするスリザリン生は、大切な身内が傷つけられたとき、時として善悪の垣根を飛び越えて暴走してしまうことがある。ハリーを通してそれをよく理解していたロンは、アズラエルの部屋に入ると開口一番アズラエルの思惑を訊ねた。

 

「……なぁ、さっきハリーのことを聞いたときさ……何であんな顔したんだ。アズラエルらしくもない」

 

「えっ……ああ。そうですか、顔に出ていましたか」

 

 アズラエルは一瞬きょとんとしたが、顎に手を当てるとクックッと笑った。

 

「どうしてもこうしてもありませんよ。ムーディの言葉を聞いたでしょう?『ハリーには例のあの人の力の一部がある』んですよ!」

 

 アズラエルは強く左手を握りしめた。

 

「それはつまり、ハリーならば『あの人』の才能も活用して『あの人』を超えられる可能性があるってことです。……僕はハーマイオニーの言った言葉は勿論覚えていますよ?闇の魔術に頼らない部分でもあの人の才能に、ハリーの素質が上乗せされるんです。ハリーならばあの人を超えられる可能性が出てきたとは思いませんか?」

 

 

「確かに……」

 

(い、いや……あの人の才能の一部があるからって、あの人の才能の全部を受け継いでる訳じゃあねえだろうし。頑張って超えられるとは限らねぇ……)

 

(……っていうか。そもそもハリーがあの人を超えたいとかあの人になりたいとか言ってた覚えがねえ。ダンブルドアを超えたいとは言ってたけど)

 

 ロンは内心の本音を飲み込んでアズラエルへと相づちをうった。アズラエルはすっかり自分の案に酔っぱらっていた。それは、絶望的な状況で生まれた希望にすがりついているようにも見えた。

 

 ロンはフレッドの見込み通り、アズラエルを方針転換させることはできなかった。そもそもロンは、ハーマイオニーに対してもSPEWに苦言を呈したことはあっても止められたわけではない。アズラエルの事情がわかっているロンにしてみれば、なおさら止められないのだ。

 

「そうだな、アズラエル。……大切なのはあとは、ハリーの気持ちだな」

 

「ハリーのですか?」

 

「……だってそうだろ?ハリーにはその気がねぇかもしれないしよ。例のあの人の才能があるってわかって落ち込んでるかもしれねえし。……二人でハリーのところに行ってみるか?」

 

(……そうすれば少しは目が醒めるだろ)

 

 ロンはアズラエルを落ち着かせるつもりで提案した。アズラエルはいい案ですね、と言ったが、行きますとは言わなかった。

 

「……僕はね、ロン。こう考えているんですよ」

 

「……ハリーには、僕たちのために……いえ、オーダーのために戦って貰わなければならない。オーダーにとっての『例のあの人』になって、ダンブルドアに次ぐ最高戦力としてヴォルデモートに対抗して貰わなければならない。ダンブルドアはそう考えていると僕は思います」

 

「……ダンブルドアが?……いくらなんでもそれはないだろ?何でそう思うんだ」

 

「ハリー一人のために割かれた人員を見たでしょう?現役の闇祓い二人とムーディとルーピン先生。僕たち見た限りでは最強の布陣です」

 

「……仰々しいと思うでしょ?ちなみに僕の時はシリウスさんとルーピン先生でしたよ」

 

 

「それは、まぁ、な。うちに派遣されたのはムーディ一人だったし……」

 

 アズラエルは狂気に染まっていても、鋭いところでは鋭かった。ロンも否定は出来ない。

 

 ハリーが生き残った男の子で、確定でヴォルデモート本人に狙われているとはいえ護衛に派遣される人員としては豪華すぎた。

 

「ハリーの周囲に起きる出来事が全て、ハリーを強く育てるためだったとしたら……辻褄が合うとは思いませんか?」

 

 アズラエルの言葉は推測に過ぎなかったものの、ロンにとっては否定できる材料がなかった。実際、ハリーはこの四年間で急速に力をつけ、トライウィザードトーナメントで優勝出来るまでになったのだから。

 

***

 

 

「フィニアス校長先生。フィニアス校長先生。……もしもおられるのでしたら、返事をしてください。お願いします」

 

 ハリーは自分を気遣ってやってきたザビニと共に、フィニアス・ナイジェラスの肖像画の前にやってきた。

 

 ブラック家の歴代当主の肖像画が展示された居間には、シリウスの手で肖像画を封じ込めるためのカーテンがかけられている。しかし、そのうちのひとつは今も機能を封じ込められることはなく生き残っていることをハリーは知っていた。

 

「……ああ。呼んだかね?ポッターと、ザビニ。どちらもダンブルドアのお気に入りか」

 

 ブラック家特有の整った顔立ちに間延びした声を乗せた肖像画がハリーとザビニのもとへ訪れた。フィニアス・ナイジェラス・ブラック元校長にハリーは深く、ザビニは軽く礼をした。

 

「ダンブルドアから命令だ。『動くな』。……もういいかね?私は、君たちの相手をしてあげるほど暇ではないのでね」

 

「えっ。そんだけ……ですか?他には?何かハリーに説明とかないんですか」

 

 ザビニは焦り上ずった声を出した。フィニアスの肖像画はなにも言わず、ハリー達など相手にする価値もないとばかりに欠伸をする。

 

 ハリーは絶句した。あまりにもハリーのことを馬鹿にしていると思った。

 

(……ちょっと待ってくれ。説明をしてくれ……)

 

「待ってください、校長先生。僕は……ダンブルドア先生に、僕のことを監視していた理由を聞きたいんですよ」

 

 フィニアスが答えないので、ハリーはにこやかな笑みを貼りつけたまま話さざるをえなかった。

 

「……僕がどんな扱いを受けていたか、知っておられたのですよね。知っていてどうして、知らないふりをしたんですか?僕に興味がないと言うなら、今こうして保護してくれているのはどうしてですか?利用価値があるから」

 

「ハリー、少し落ち着けよ」

 

 ハリーの言葉を聞くに堪えないと思ったのか、フィニアスはふん、と傲慢に笑って言った。

 

「つくづく、教師に対する君たち生徒の態度ほど屈折したものはない。君たち弱者は、私たち庇護者の寛大さを抑圧と感じ、見当違いな報復をしたいと願うものだ。我々が君たちの安全にどれだけ心を砕いているかを考えることもなく、自分が世界で一番賢いのだと信じて疑わない」

 

 マグルの哲学者であるホッファーの一節を引用し、フィニアスの肖像画は煽りとも取れる嘆きをハリーに向かってこぼす。

 

 しかし、それはハリーの怒りに火をつけるだけだった。

 

「……待ってください。僕は、一方的な指示が聞きたかったわけじゃんないんです。……校長先生の指示には従います。ただ、説明をしてほしいだけなんです」

 

「ダンブルドアからの伝言は伝えた。ブラック家の居候よ、己の分を弁えることを覚えるがいい」

 

 フィニアスは今度も答えなかった。ハリーの訴えに耳を貸すことはなく、今度こそ姿を消した。

 

 

***

 

「……絶対あのオッサンがダンブルドアからの伝言を止めてるんだ。そうに決まってる」

 

「……だと、いいけどね」

 

(そんな人をシリウスが伝言役として使う筈がない)

 

 後半の本音をハリーは心の奥にしまった。ザビニはダンブルドアに恩義でもあるのか、ダンブルドアに心酔していたからだ。

 

 ハリーにとって辛いことに、オーダーはダンブルドアのシンパで固まっていた。ダンブルドアに対する怒りややるせない感情を共有してくれるのは、人の事情に頓着しないアスクレピオスという蛇一匹と言ってよかった。

 

 

(……本当にどうして……)

 

「ーきゃあっ!」

 

 ハリー達が自分の部屋に戻ろうとしたとき、女性の叫び声が聞こえた。

 

 

「マリーダさん!?」

 

「待て!お前は魔法を使ったら駄目だろうが!」

 

 ハリーは即座に駆け出した。ザビニは慌ててハリーの後を追う。敏速も使えないハリーはそこまで速いわけではなく、ザビニはハリーに少し引き離されるくらいでついてきた。

 

 ブラック家の邸宅の中で、最も古く、そして古い倉庫の前にマリーダはいた。震え尻餅をついていたその姿は、普段の気丈な魔女のそれではなかった。

 

 ハリーがマリーダの杖先に視線を向けると、そこにはシリウスの遺体があった。ホグズミードにいたマグルのように、アバダケタブラによって動かぬ肉塊と貸したシリウスの姿にハリーはトラウマを呼び起こされる。

 

(ボガートか!)

 

「マリーダさん!大丈夫ですか!?避難しましょう!」

 

「来るな!リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!」

 

(僕が近づけば)

 

 マリーダが言った瞬間、マリーダの杖先にいた何かは姿を変えた。筋骨粒々の老年期に差し掛かろうとしている熊のような男性、ジンネマンの死体へ。マリーダは恐怖心からか、うまく笑えるイメージを作り出せない。ハリーと、追い付いてきたザビニはマリーダの前に立とうとして、マリーダの魔法で身体を後ろへと押し退けられた。

 

「……ふたりは下がっていろ!リディクラス!」

 

 マリーダがリディクラスを唱えようとした瞬間、バナナージ・ビストがアバダケタブラの光を受けて地に倒れた。ボガートはハリーの思念を読み取ったのか、それともマリーダの恐怖を読み取ったのか。マリーダのリディクラスでは止められない。さらにボガートは、シリウスの死体、ジンネマンの死体、バナナージの死体の姿を繰り返してじりじりとマリーダへと近付いてくる。

 

「く、来るな……」

 

 マリーダは大粒の汗を流していた。シリウスの死体がマリーダのもとへと倒れこみそうになったそのとき、ブラック家当主の声が轟いた。

 

 

「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」

 

 シリウスの遺体は、一瞬でつぶらな瞳のゴールデンレトリバーへと姿を変えてしまう。マリーダが驚いて視線を向けた先に、シリウス・ブラックが立っていた。マリーダは今度こそリディクラスに成功し、ボガートは消え去った。

 

「……すまん、遅くなった」

 

 

 マリーダとシリウスが抱き合う中、ハリーとザビニは黙ってそっとその場を去った。ハリーの部屋に戻ったとき、ザビニはポツリと言った。

 

「やっぱかっけぇな、お前のゴッドファーザーは」

 

 ハリーはにこりと笑って言った。

 

「格好よくなったのは、マリーダさんのお陰だと思うよ。出てきてすぐはボサボサだった」

 

(……お前のそういうところ、俺はいいと思うぜ、ハリー)

 

 シリウスを牢獄から解放した立役者は己の功績を誇ることは決してなかった。ザビニもハリーに内心の称賛を伝えることはなく、だな、と相槌をうった。




ボガートって邪悪な闇の魔法生物ですよね!
まぁブラック家にとっては飼っておいてよかったよかった。
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