蛇寮の獅子   作:捨独楽

21 / 330
竜とマルフォイ

 

 ハリーは自分の中のダンブルドアに対する怒りを、ザビニたち親友三人にも打ち明けられずにいた。ザビニたちにダンブルドアに対するハリーの怒りを話すということは、ハリーがマグルに育てられたことに触れることになる。ハリーはザビニたちに、そんなつまらなくて何も面白くない話をしたくはなかった。スリザリン生として、ザビニたちとは対等でいたいというつまらないプライドがあった。

 

 ハリーは入学してからずっと、ダンブルドアのような立派な魔法使いになりたいと思って勉強してきた。今だって、自分の知識欲を満たすための勉強に妥協するつもりはなかった。だがそれは、ダンブルドアのような魔法使いになるためなのか、ハリーにはわからなくなっていた。ハリーにとってのダンブルドアは今でも尊敬する大魔法使いの筈なのに、自分を最低の環境に追いやった憎い相手だった。ハリーはダンブルドアの折れた鼻に、いつかカースをかけてやりたいとすら思った。

 

 ハリーが一番信頼し、自分を救ってくれた人として感謝しているハグリッドも、尊敬する教授たちも全てダンブルドアのことを信頼している。それがハリーには嫌だった。ハグリッドや大人たちのことを嫌いになりたくないハリーは、ハグリッドにも自分の悩みを相談できなかった。

 

 ハリーが、自分の中のもやもやした感情を相談する相手に選んだのはシリウスだった。ハリーは小屋で借りたふくろうに、ダンブルドアへの恨みを書いた手紙を持たせてシリウスへと送り届けた。

 手紙には、賢者の石のことは書かなかった。その代わり、嫌いな人間がひどい目に遭いそうなとき、シリウスならどうするのかを聞いた。

 

(シリウスなら僕の気持ちがわかるはずだ。何か、答えをくれるはずだ)

 

 ハリーはきっと、シリウスもダンブルドアを恨んでいるに違いないと思っていた。ハリーに共感して、何か言葉をかけてくれるのではないかと期待した。

 シリウスとはたった一回会話しただけで、手紙でのやり取りしかしていない。それでも、たった一回でも、わざわざ自分のことを気にかけて直接会いに来てくれた大人だ。ハグリッドの次に信頼できる人だと、ハリーはすがるような思いでシリウスの返事を待った。

 

 

 数日後、シリウスの返事は届いた。そこには、ハリーにとって衝撃的な言葉があった。

 

「話はわかった。ハリー、君がダンブルドアを憎む気持ちはよくわかる。私も監獄で一人のとき、この世のありとあらゆるものがどうしようもなく憎くなった」

 

 

 ハリーは手紙の文面を見て、シリウスに対して同情し、同時に申し訳なく思った。ハリーが学校にいてダドリーと離れている瞬間ですら、シリウスは監獄で苦痛を味わっていたのだ。

 

「だが、ダンブルドアを悪く言うことはできない。ハリー、君を辛い目に遭わせてしまったのは、私が、他人から信頼されるように行動しなかったからだ」

 

 シリウスは手紙の中で、過去の自分が決して周囲から無条件で好かれるような人間ではなく、日刊予言者新聞に載っていたような非の打ち所のない人間ではなかったと書いた。

 

「君の父が私を君のゴッドファーザーにしたとき、周囲の人間はきっと、私ごときにその大役が務まるのだろうか、と思っただろう。昔のわたしを知る人間なら、シリウスならやりかねないと思っただろう。ダンブルドアがもしもそう思ったとしても、それはダンブルドアではなく、私の責任だ」

 

 シリウスは、手紙の中でハリーにこう綴った。それはとても丁寧で、ハリーにはシリウスが立派な大人に見えた。

 

「ハリー。大人は相手の行動によって、鏡のように対応を変える生き物だ。皆忙しくて、時間がない。だから、私のように普段の態度が悪かった人間は、いざというときにあまり信頼されない。だから、ハリーはなるべくお利口さんにしておくんだ」

 

 ハリーはスネイプ教授のハリーに対する機嫌が日に日に悪くなっていったのを思い出した。まあ確かに、ハリーが規則を破ったのがそのきっかけではあった。

 

「ジェームズとリリーは、卒業してからずっとレジスタンスとして私と戦っていたから私を信頼してくれた。ダンブルドアも、わたしを信頼して騎士団に加えてくれた」

 

 そしてシリウスは、もしもハリーがダンブルドアを信じられないなら、ハリー自身を信じて行動しろ、とハリーに言った。

 

「ハリーが困っている嫌なやつを助けたくないと思うのは当然だ。それは人として当たり前の感情だし、昔の私だったら助けなかったと思うよ」

 

 シリウスは子供の気持ちを知り尽くしているかのようだった。ハリーの気持ちを否定せず、その上で、ハリーを上手く誘導していた。

 

「でもそう考えるということは、君の心にそいつを助けたいという良心があるということだ。私は、君がジェームズやリリーのような良心を持った人間であることがわかって嬉しい」

 

 シリウスはハリーを誉めるとき、グリフィンドールらしいとか、ハリーの両親らしいという言い方をよくした。それを言われる度に、ハリーの心はざわついた。

 

(僕はもう話せないのに)

 

と。

 

 手紙はこう締めくくられていた。

 

「ハリー。君がどういう選択をするにしても、私はいつでも君の味方だ。また、何かあったらいつでも手紙をくれ。君のゴッドファーザー、シリウス」

 

(……この人を裏切りたくないな……)

 

 今まで、ハリーのことをこんなに無条件で信じてくれた大人がいただろうか。ハリーはシリウスの言葉を支えに、自分が何をすべきかを考えた。

 

 ダンブルドアがどれだけハリーに対して冷酷でも、自分で作ったものを奪われる理由はないはずだった。仮にダンブルドアが石を独占していて、他人にそれを使わせないようにしていたのだとしても、石はダンブルドアのものだ。文句をつける権利はハリーにはない。

 

 そして、ザビニが冗談で唆したように、石をハリーが盗むという選択もあり得なかった。もしもアスクレピオスが明日も知れない命だったなら石を盗もうとしただろうが、アスクレピオスは健康そのものなのだから。ハリーはペットと会話できるという利点を最大限生かして、アスクレピオスの健康には気を遣っていた。

 

 いざというとき、自分の身や賢者の石を守るために、呪文学の勉強を頑張ろう。ハリーがそう決意し朝食を胃に流し込んでいたとき、グリフィンドールのテーブルにいたロンがハリーに話しかけてきた。

 

 

「おはよう、ハリー、あと……」

 

 ザビニは無言でロンに目配せした。俺のことは知らないふりをしろ、という合図だ。ザビニは周囲にスリザリン生の目がある時に、ロンやハーマイオニーと親しくする気はないようで、それはアズラエルやファルカスもそうだった。

 

 ロンはザビニの気配から、ザビニの意図を察したようだった。

 

「誰か知らねえけど、スリザリンの奴にはちょっと悪いけどハリーに話を聞いてもらうぞ。ハリー、実は、ハグリッドから手紙が届いたんだ。ハリーにも来て欲しいって言ってる」

 

「……ハグリッドから?珍しいね」

 

 ハリーが手紙を見ると、ハグリッドの筆跡で、凄いものが見れるから小屋に来て欲しい、と書かれている。

 

「俺も驚いたけど、そういうことだ。今週末に行こうぜ」

 

 ロンは言うだけ言うとグリフィンドールのテーブルに戻った。ファルカスは不安そうな目でハリーを見ていた。

 

「ねえハリー。本当に今更なんだけどさ、狙われているかもしれないのに校外に行くのは危なくない?」

 

 スリザリン生には自己保身的な傾向が強い子供が多いとされる。それは言い換えれば、危機管理能力があるということでもある。前のめりになりすぎるハリーにとって、ファルカスのような意見を出してくれる相手は貴重だった。

 

「ハリーの目と鼻の先に森番がいるんだ。ハグリッドの目の前で生徒を襲えるやつがいるか?」

 

 ザビニがそう返す。ハリーもザビニの言葉に頷いた。ハグリッドは生徒を守るためなら、危険な闇の魔法使いにだって立ち向かってくれるんじゃないかと思った。

 

「あ、そうか、そうだね」

 

 ファルカスはそれで引き下がったが、アズラエルはあることを思い出した。

 

「確かハグリッドは魔法禁止なんですよね。用心しておくにこしたことはありませんよ、ハリー」

 

「そうだね、念のために行き帰りは透明マントを持っていったほうがいいかもしれない。有り難うファルカス、ブルーム。でも、どうして魔法を使っちゃいけないの?」

 

「なんでも彼は昔、杖を折られたらしいんですよ。法律違反をしたとかで」

 

「俺らスリザリン生からバカにされんのも、追放処分を受けたのが原因だな。……ハグリッドは学校を出てねえってマルフォイのやつが言ってた」

 

「だとしても、僕にとっての恩人であることには変わりないよ。僕はそんなこと気にしない」

 

 ハリーはそう即答した。アズラエルはでしょうね、と肩をすくめた。

 

「でもハリー、くれぐれも注意だけはしておいてくださいね。ハグリッドが善人なのは話を聞くだけでも伝わってきますけど、それでハリーの安全が保証されるかは別問題ですから」

 

 そのアズラエルの言葉を、ハリーは実感することになった。

 

***

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊せよ)」

 

 ハグリッドの小屋で、ぺきりと床板が割れる音がした。乱暴に引きちぎられた床板は、ぶんっと振り回されてハリーたちめがけて突っ込んでくる。ハリーは高速で向かってくる板を浮遊させ、小屋の脇へと移動させた。

 

「ノーバードは乱暴な赤ちゃんなんだね」

 

 ハリーは笑って言った。

 

「まるでダドリーみたいだ」

 

 しかし、ハリーの目は笑っていなかった。眼鏡の奥にある緑色の瞳には疲労の跡があった。

 

 

 ハグリッドの見せたかったもの。それは、最も有名でかっこいい魔法生物であるドラゴンの卵だった。

 ドラゴンは強力な魔法耐性を持ち、その鱗はほとんどの呪いを弾いてしまうそうだ。口から放出する魔法は広範囲を薙ぎ払えるほどに強力で、爪はケルベロスのそれとすら比較にならないほど強大になる。それに加えて、自由に空を飛行する移動能力の高さから、あらゆる魔法生物の中で最も危険で、育てにくいのだ。

 

 ハリーはハグリッドから卵を見せられて、秒でマクゴナガル教授に密告しようとした。ハーマイオニーによるとドラゴンの飼育には許可が必要なのに、ハグリッドは免許を持っていなかったのだから。ハグリッドならば大丈夫だったかもしれないが、素人が誤った知識で無理に育てた結果、ノーバードを殺してしまう危険だってあった。

 

 ロンが自分の兄に報告してドラゴンを引き取ってもらうと言わなければ、ハリーとハグリッドとの友情はどうなっていたか分からなかった。

 

 そしてロンの兄が来るまでの期間、ハリーはロンやハーマイオニーと共に生まれてきたドラゴンの子供……ノーバードの世話を焼こうとした。当然、一年生にドラゴンの世話が務まるわけもなく、ドラゴンはハリーたちを敵と認識し、顔を合わせるや否や戦闘が開始するという有り様だ。

 

 

「ハグリッド。この子をどこで手に入れたの?」

 

「手に入れたというのは人聞きが悪いぞハリー。ワシはちゃーんと、賭けで勝ってこいつを譲ってもらったんだ」

 ハグリッドが満面の笑みでそういうのを、ハリーたち三人は顔を見合わせるしかなかった。ハリーは、ノーバードの件にザビニを呼ばなかった。こんな貧乏くじを友達に引かせたくはなかった。

 

「きっと、密漁の証拠隠滅のための相手として選ばれたんだわ……」

 

「ハグリッド、卵を持ってきた相手の特徴わかる?分かったらチャーリーが取っ捕まえてくれると思うんだけど」

 

「いんや?フードで深く顔を隠しとったから詳しいところはわからん。若い男だったと思うがの……」

 

 ハグリッドはその時酒に酔っていて、相手の顔を覚えていないと言った。

 

「けんど、魔法生物のことがもっと知りてえって言っとったな。ケルベロスが良いとか!最近の若いもんにしては謙虚な良いやつだった……」

 

 魔法生物を飼育する授業をハリーたち一年生はまだ受けられない。飼育学は、ホグワーツでは三年生以上が選択科目で学ぶのだ。

 

「ねぇハグリッド。もしかしてだけど、ケルベロスの飼育方法をそいつに言ったりしてないよね?」

 

 ハリーは恐る恐るハグリッドに聞いた。残念なことに、ハリーの不安は的中した。

 

 

「そんなもんは、ちょっと笛の演奏がうまけりゃ一発だって言ってやったらえらく喜んどったぞ」

 

 ハリーはもはや泣くべきか笑うべきか分からなかった。確かなことは、謎の密漁者は明らかにハグリッドを狙って近づき、ケルベロスの攻略法を手に入れてしまったということだった。

 

 ……その時、小屋の外で、なにかが動く音がした。ハリーは杖を持って、小屋の外を確認する。小屋の外には、大慌てで校内に戻るドラコ・マルフォイの姿があった。

 

***

 

 ドラコの報告によってハリーの校則違反を知ったマクゴナガル教授は一切の容赦がなかった。ハリーとドラコは無断で校外をうろついた罰として一人五十点、合計百点をスリザリンから減点させてしまった上、罰則を課された。悲惨だったのはグリフィンドールで、ロンとハーマイオニーだけでなく、たまたま合言葉を忘れて廊下をうろついていたネビル・ロングボトムまで減点と罰則をくらい、グリフィンドールは百五十点を失って寮杯レース首位の座から陥落した。

 




シリウスによるメンタルケア入りました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。