シリウスはONE PIECEのシャンクスとエースを足して二で割ったイメージがあります。
何が言いたいかと言うと、身内には優しいけど一度敵対すると決めたら容赦がない。
間違っても敵に回したくないタイプの男です。
「一体どういうことかな、シリウス。計画を打ち切ると言うのは……」
「ラドン。打ち切ると言うのは早計だ。人の話は最後まで聞いてほしい」
「う、うむ……」
ブラック家の屋敷には今日、騎士団の面々は滞在していない。居るのはハリーの友人達と、そしてラドン・グリーングラスである。
ラドン・グリーングラスをはじめとしたグリーングラス家の面々はこの日、グリモールド・プレイスを訪れた。ハリーとダフネはロンやハーマイオニーを伴って逢瀬に出かけ、客人であるラドンはアストリアの対応をブレーズ・ザビニに任せてシリウスとの密談に勤しむ。シリウスの側には、シリウスを護衛するかのようにマリーダ・ブラックが立っていた。
端から見ると、シリウス・ブラックとマリーダ・ブラックの関係は異様に映った。ラドンはマリーダ・ブラックがマリーダ・ジンネマンだった時のうわさを少しだけ耳にしたことがあった。寡黙で多くを語らず、しかし決闘術に秀でた魔女は、その決闘術でシリウスを護ろうとするかのようにシリウスの側に立ち、一言も話すことなく空気となって溶け込んでいた。あまりにも自然にそうするので、ラドンはマリーダの存在を忘れることがしばしばあった。
シリウスは密談の前に、屋敷の部屋にプロテゴとマフリアート(防音)を施していた。屋敷の密談が外部に漏れることはまずないとラドンに示すための措置である。ラドンはシリウスの対応に安心しきっていた。そんなとき、唐突にグリーングラス家の呪いを解くための研究への支援を一部見直すと告げられたのである。
(落ち着くのだ。心の表層に『困惑』の感情を出せ)
オクルメンシーを会得しているラドンは真っ先に困惑の表情を表に出す。なぜ、どうして。わからない。そんな感情を浮かべつつ、オクルメンシーによって閉じた心の奥底ではこう考えていた。
(この男はまだ、私を疑ってはいない筈だ。出し抜くことはできる筈だ)
シリウス・ブラックは純血主義に対して反抗的でありながら、これまで忍耐強くラドン達純血の一族との交流を続けてきた。それは、親友の忘れ形見であるハリー・ポッターがスリザリンへと組分けされたためであった。
スリザリンにおいては保護者同士の結び付きを重視する傾向があった。ラドンは目の前のシリウスが、かつて名を馳せた光陣営の魔法使いであることを知っている。
誰にも言えないことではあるが、その在り方に対して憧憬を抱いたことすらあった。常に周囲の顔色を伺い、余計な恨みを買わず、しかし、自分の身を護るために周囲に合わせ、マグル生まれの生徒達から必要な恨みを買う。
スリザリンでそんな生活を過ごしていた学生時代のラドンにとって、スリザリンに入るべきだったにも関わらずその道を選択せず、役割を放棄したブラック家の長兄の姿はあまりにも眩く映った。
(……私を娘思いの子煩悩な父親と誤解しているのだろう。お前は私を人のよい凡夫だと思っている筈だ。そうだろう)
内心のシリウスに対する劣等感や恐怖心を隠しつつ、ラドンはシリウスの言葉を待った。紳士面をしたラドンにシリウスから提示されたのは、ラドンがルシウス・マルフォイに宛てた手紙だった。
「……こんなものを見つけてな、ラドン。『娘を光の側に潜り込ませるから便宜を図ってほしい』か。几帳面な男だな、お前は。そういう時は、直接面談して話を通すものだろう」
「……な……何を馬鹿な。こんなものはデタラメだ。……手紙を渡してもらってもよいかね、シリウス」
「しっかりと確認してほしい。君が自分の手でしたことをな」
シラをきるラドンであったが、言い逃れはできなかった。その書面は確かにラドンの筆跡で書かれたもので、間違いなくラドンがルシウスに向けて送った手紙だった。グリーングラス家に代々伝わる蝋印も押されている。ラドンがこの手で押したものだ。複製など不可能だった。
レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)。レベリオマキシマ(全て暴露せよ)。スペシアリスレベリオ。アパレシウム(出現せよ)。インセンディオ(炎よ)。
手紙に施されたあらゆる隠蔽措置を解除しようと、ラドンはシリウスの目の前で手を尽くした。知る限りの魔法は試し、手紙が事実無根であることを証明しようとした。
しかし、その手紙は確かにラドンがルシウスに宛てたもので間違いなかった。日付は一年と少し前、ダフネがハリーと交際しているのだと手紙を送ってきた次の日だった。
ラドンはダフネに対してそのままハリーと親しくしておくように言い、同時にルシウスに対して便宜を図ってもらうように頭を下げた。ルシウスに対して借りを作った形にはなるが、その借りは既に返した。
筈だった。実際のところ、ラドンの返済は釣り合っていなかったらしい。
(馬鹿な!?ル、ルシウス・マルフォイ!!ま、まさかあの男!!わ、私を裏切ったのか!?あの男はまた、自分だけ光陣営に寝返るつもりで……?)
(私を売ったのか……!自分が光陣営にも居場所を残しておくために……!)
ラドンにとって、ルシウスもまた恐怖の対象であった。
デスイーターの指揮官として重要な役割を与えられていたルシウス・マルフォイに逆らえば、ラドンやグリーングラス家などあっという間に吹き飛びかねない。だからこそ媚びへつらい、ルシウスの機嫌を損ねないように手を尽くしてきた。
しかし、ルシウスという男は、マルフォイ家の存続と隆盛を維持するためならば何でもするだろう、ということにラドンは今さらになって思い至った。ラドンが舐めていたのはシリウスだけではない。ルシウスのことも、ラドンは舐め腐っていた。ラドンはその可能性に思い至った。
「……ラドン。君は他人を信じすぎる。好感の持てる人間ではあるが、素直すぎるところが欠点だ」
シリウスはかけていた茶色のサングラスを外し、灰色の瞳をラドンへと向けた。その瞳に浮かぶ感情は怒りではなく、ラドン・グリーングラスに対する哀れみだった。その視線が、ラドンのなけなしのプライドを刺激する。
「ルシウス・マルフォイは老獪な男だ。十五年以上前にあれだけ悪事を働きながら、やつが生き残ることが出来たのは単に純血主義を信仰していたからではない。忘れたのか?」
「……やつが己の同輩達を売り渡したことを。知らないわけではないだろう?」
同輩達を売り飛ばせる相手がなぜ、ラドンだけ売らないと言えるのかとシリウスは言外に言っていた。
(わ、私は。掌で踊らされていたのか。シリウスにも、ルシウスにも…………)
(いい道化だと思われていたのか……)
ラドンの胸中に沸き上がるのは、シリウスやルシウスに対する劣等感と、それ以上に無能な自分自身に対する怒り。
グリーングラス家を維持するために。グリーングラス家の呪いを解くために。
そんな悲願にとらわれて、己の力量を超えた問題に手出しし自滅した自分自身に対する激しい怒りがラドンを責めた。
(それでも当主なのか、私は)
と。
「ラドン、一つ俺から提案がある。聞いてくれるか?」
シリウスはラドンを落ち着けるかのように優しく言葉を重ねる。優しい筈なのに、ラドンのポーカーフェイスからは汗が滴り落ちた。
恐怖に負けまいと、ラドンは声を張り上げた。
「提案とは何だね?……私を恫喝しようとでも言うのか?」
「何、そう難しい話じゃない。俺としては、新しくできた友人に対して手荒な真似はしたくはない。ラドンが、『正しい道』を歩んでくれるならば」
(小賢しい!!)
シリウス・ブラックに対して、ついに、ラドン・グリーングラスは己をさらけ出した。
「正しい道?君らしくもない勿体ぶった言い回しだ。……私に、君に協力しろとでも言うつもりかね?」
シリウスの瞳からは、憐れむような感情が消えていなかった。ラドンはますます声を粗げた。感情に呼応して、紅茶のティーカップが割れて中身が散乱する。マリーダ・ブラックは一瞬眉を潜めたが、すぐに紅茶とティーカップをエバネスコ(消失呪文)で消し去った。
「君には分かるまいよ!正しい道だけを歩んできた人間には!日陰を歩くことしか許されなかった人間の気持ちなど!」
マリーダ・ブラックの杖がピクリと動く。が、シリウスは視線でマリーダの動きを抑えた。
「所詮君は『強い人間』でしかない。我々が、どれだけの恐怖と期待を込めてあの方を崇めているのか考えたこともなかろう」
「……ああ。理解しようとも思わなかった。……と言うよりは、俺は、ラドン達について考えたいとも思わなかった」
シリウスは過去形で言った。持たざる者であるラドンにとって、そのシリウスの歩み寄りは不愉快ですらあった。
「純血主義は衰退する一方だ。……我がグリーングラス家が、最盛期から落ちぶれながらも存続を許されているのは、純血という枠組みに権威と価値がある……そう認識されているからに過ぎない」
「我々が護ってきたものが……血と権威に何の意味もないと明らかにされれば、我々に待つのは何だ。……狼人間のように、周囲から哀れまれ蔑まれる日々を過ごせと言うのか?」
「つまりラドン。君はこう言いたいわけだ。『自分が弱い立場に立ちたくないがために、弱者を叩く立場に立つ』と」
「それの何が悪い?誰もがそうだ!『正義』だの、倫理だのを振りかざしたところで、誰も我々の呪いを解いてはくれない。純血の一族も……」
「いや……」
「……君だけは違うのだろう。……君はな。……純血に産まれながら、抗った。抗うことが出来た。……なぜだ?」
ジェームズと出会えたからだという本音をシリウスは飲み込んだ。人との縁があったかなかったか。それを言うことはあまりにも残酷で、心がない言葉だとシリウスは思ったのである。
代わりにシリウスが言ったのは、単なる事実だった。
「俺は、自分が強い人間だと思ったことは一度もない。グリフィンドールに居た時、俺はいつも怯えていた。怖くて眠ることができない日もあった」
「嘘をつくな。気休めを……」
ラドン・グリーングラスの瞳には剥き出しの嫉妬心があった。シリウスは、嫉妬されるような人間ではないことを説明しなければならなかった。
「……俺は、勇敢でないと言われるのが怖かった。グリフィンドールに来たはいいが、所詮はブラック家の人間、勇気からは程遠い臆病者だと言われるのが……何よりも恐ろしかった」
「……」
ラドン・グリーングラスは信じられないという風にマリーダを見た。が、マリーダは言った。
「私もスリザリンのOGです。私には、グリフィンドールの風潮はわかりません」
「グリフィンドール生は勇気を重んじる。その勇気は敵に対して発揮されるが、味方に対して勇敢になれる人間はそう多くない。俺は、大勢の人間の一人だった。……だから勇敢であることに拘った」
(ううむ……)
(……憎めぬ……!)
ラドンの心に憐憫の情が沸き上がる。憎い相手ではあるが、シリウスの語る言葉は、ホグワーツ生であれば誰もが通る道だった。
人は誰しも、その環境に適応しようとしなければ生きられない。集団から外れた存在は爪弾きにされ、集団に馴染むまで教育を施される。それは直接的な言葉だけではない。あらゆる要素が、その個人の個性を否定することも時にはあるのだ。
そうしなければ、育ちも考え方も趣味も嗜好も異なる人間同士が纏まることなど不可能だから。ラドン自身、スリザリンらしくあるように己を律して個人を封じ込めてきたことはあったのだ。
「スリザリンの、闇の魔術を使って他人を害する連中が気に食わなかったのも勿論理由のひとつではあるが、俺は、自分のために戦った」
ラドンはなぜか、シリウスに尊敬の感情を抱いていた。
(獅子寮の蛇だった男が獅子になるまでに、いったいどれ程の葛藤や苦難があったのだろうか)
とすらラドンは思った。
シリウスはブラック家で育ち、ブラック家の教育を受けてきた人間である。周囲と自分との齟齬や剥離を感じ取り、己を責めたことも一度や二度ではないだろう。ラドンはその一点だけはシリウスに共感できた。
「グリフィンドールが俺を育てた。おれは臆病だったからこそ、目先の勇敢さにとらわれた。……俺がこうなった理由はこれでいいか、ラドン」
「……」
ラドンは答えない。が、怒りの感情からは少しだけ遠ざかっていた。
シリウスはラドンの心を見透かしたかのように、ラドンへとある提案をした。
「俺はラドンと契約を結び直したいと思っていた。子供達の未来のために俺たちが出来ることと言えば、俺にはこんなことくらいしか思い付かなかったからな」
油断していたラドンにシリウス・ブラックからの提案は、ラドンの心臓をグレイシアス(凍結呪文)にかけたかのように凍りつかせた。
「ラドン・グリーングラス。俺と、『破れぬ誓い』を交わそう。……それが今日、俺がラドンを招いた理由だ」
手紙がルシウスからシリウスに渡されたのか。
それともシリウスがラドンを引き込むために錯乱呪文や魔法を駆使してでっち上げたのか。
そこら辺は読者の皆様方の想像にお任せします。